2010年9月30日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート250

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート250』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。  

『第一の肉性意識なるものは、人間ばかりじゃないんだぜ。肉体のあるものには、鳥、獣から、昆虫、爬虫、もっと厳格に言ったら、顕微鏡で見なきゃわからないアミ―バのような微細なものにもあるんだ。
 が、第二の心性意識と第三の霊性意識とは人間だけしかないんだ。万物の霊長たる我れら人間だけに付与された心で、ほかのものにはないの。うちの犬や猫は人間よりも利ロですよというようなことをよく言う人があるわね。そいつはまあ、かわいいペットだから、形容してそう言うんだろうけども、いくら利口でもだよ、犬、猫にはこの第二の心性意識も第三の霊性意識もむろんない。
 だから、庭で飼われている犬が、座敷でかわいがられてる猫を見てハンストをおこしたなんていうのはないでしょう。理性心意識がないもん。
 人間になると、もうすぐ不平を言うわね。同じ兄弟でも、弟がかわいがられるとか、兄貴だけがかわいがられるとか、妹だけがかわいがられて、姉が粗略にされてるなんて、すぐ不平おこすだろう。これは理性心意識があるからなんだ。
 人間以外の動物は肉性意識のみで生きてるんだから、自己というものをただ単に肉体だけのものとしか考えていないのであります。ほかのこと考えられないんだもん。いかなる事柄に直面しても、その事柄に関する事情だとか理由とかというような複雑なことはぜんぜん考えられないんです。考えようとしても、考える心がないんだから、考えられないわな。心性意識が働かなかったら、考えられないんですよ。
 たとえば、ここに一匹の犬が、吹きすさむ嵐の夜、木にゆわかれてつながれたとするんだ。するとその犬は必ずや、キャンキャン吠えたり、暴れたりしますよ。けれども、吠えたり暴れたりするのは、その場から何とかして逃れて、現在の自分の肉体の感じてる不愉快から、もっと安楽なところに行きたいと思うだけで、吠えたり騒いだりしてるだけたんだ。肉性意識がそういうことをさせてるだけなんだ。つまり、肉体に感じる不愉快な感じや、または苦痛の感覚だけを意識して、それから逃れたいだけなんだ。それ以上に階級の高い心性意識などはもともとないんだから、その心にでようはずがないもん。
 だから、ギャンギャン吠えながらも、こんな雨風の激しい嵐の晩に、一体どういう理由で俺はここにつながれたのかなあ、なんてことは言いませんよ。考えられないもん。
 ところが、人間だったらどうなるんだよ。あんた方をいきなり座敷から引きずりだして、嵐の晩に、高手小手にいましめて、庭の木にゆわえつけたとしたら、あなた方はねえ、どんな偉い人にやられたからって、礼は言わないだろう。そうらもう理屈を言いますよ。何で私、ゆわかれてここにいなきゃなんねえんだ。病になったらどうするんだ、一体全体。あれからこれへといろんなことを言うでしょうが。そらもう犬、猫がゆわかれた場合とは格段の相違がでてくるのは、けっきょく要するに、犬や猫は肉性意識が命の全体であるのに比較して、人間のほうはそれより階級の高い心性意識や霊性意識があるがためなんだ。
 動物にだってやっぱり愉快な感覚や不愉快な感覚はありますよ。犬なんか愉快な感覚になって、尾をふってるじゃないか。また、痛い感覚や辛い感覚もあります。それから、物の味わいのうまいとか、まずいとかもありますよ、人間同様。しかし、彼らはただ単に肉体感覚だけで知覚したものを意識してるだけなんだからね。推理的に考える作用は心にないんだから、そこが人間と動物の違うところなんだ。』


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月29日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート249

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート249』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。  

『「一生かかって山の中で、こうして難行苦行しなければ掘りだせないのですか」と言ったらね、
 「うーん、掘りだす方法を知ってしまえば、わけないんだ。けれども、そのわけない方法をみつけることがなかなかできないから、こうやって一生懸命に難行苦行してるんだ」
 この言葉はやがて、きょうの話を聞くと、ああ、そうだなあ、ということがすぐわかる。
私もその初め、何か非常にこれは難しいものであるかのごとくに考えちゃったよ、知らないから。
 けど、ようく考えてみると、人間が人間になるんだから、難しいはずはありませんわね。 人間が猿になるとか、改めて馬になる、こいつは難しいよ。できっこないもん。生まれたときは、諸君はみんな正真正銘の人間だったんだぜ。猿の子でも豚の子でもなかったんだ。
 ただ、物心ついてから、もちろん知らずにやっちゃったことだけれども、にせものになっちゃったのよ。にせものになっちまうと、自分の心の奥底に生まれながら与えられた自覚正念、霊感というものをぜんぜん気がつかないんだから、どうしてもあるとは思いやしませんよ。あると思わないんだから、一生使うことなしに終わっちまうんだ。
 そして、やれ健康がどうの、運命がどうのと、ただもう、ああもなりたい、こうもなりたいという欲望は炎と燃やしていても、これもいつも口癖に言ってるが、日向で自分の影法師をとっつかまえようと思って、駆けりや駆けだすほど、その影法師も逃げだしてしまうような状態の人生を繰り返し繰り返し生きて、そしてどうにもならないで、五十か六十歳でキューツと死んじまう。つまんない人生ですわね、これ。
 支那の昔のことわざに、「悟れば一瞬にして喜びきたり、迷いは永劫に不幸きたる」というのがあるが、全くそのとおりです。
 だから、耳で聞くと同時に、これを本当に自分のものにしなきゃ駄目ですよ。ただおもしろおかしく聞いてるだけじゃあ、何のくその役にもたたないんだから。

 それでは、第一番に知っておきたいことは何だというと、「意識」ということであります。
 意識というのは、わかりやすく言うと、心の活動する状態に対する形容詞なんだ。わかりました? だから、心が活動しなかったら意識はでてこない。心が活動すると同時にでてきた現象を意識という。
 思ったり、考えたりしたら、もうそれが意識なんだよ。心の活動は思考によって現実化するんだから。心は思ったり、考えたりする以外に働かないのよ。心は駆けださないのよ。思ったり、考えたりするのが心の役目なんだもの。思いだした、考えだしたということになると、すぐそれが意識という状態になる。
 そして、一つのように見えてる意識が、その活動の上から仔細に区別すると三つになる。
三つとは何だというと、「肉性意識」と「心性意識」と「霊性意識」という三つのもの。
 それで、肉性意識のなかには「本能心」と「動物心」と「植物心」があるんだよ。心性意識のなかには「理性心」というのがあるわけだ。それから、霊性意識のなかには「霊性心」というものがある。
 第一の肉性意識というのは、肉体生命を生かすために必要な働きを行う心なんです。第二の心性意識というのは、精神生命のなかに存在する理性心から発生する意識なんです。第三の霊性意識というのは、人間の命の本体である霊魂という気体のなかにあるんだ。
 そして、その気体のなかにある霊性意識のなかに霊感、いわゆる第六感があるんですよ。
どうです? あなた方が生まれながら与えられてある霊感、第六感は霊性意識のなかにあるんだ。
 生きてる以上はみんなこの霊魂があるんだぜ。霊魂と言うから、何とかく仏教じみちまうけれども、生きてる命のもとをなしている気体があるんですよ。ただ、見えないもんだから、感じないもんだから、ないと思ってるかもしれないけど、あるから生きてんだぜ。この気がぬけちまうと死ぬんだよ。
 だから、ひどい打撃なんか受けて「気が絶える」とよく言うだろ、「気絶」すると。気絶しても、甦ってくりゃあ気が返ってくるけれども、返ってこなかったときには結局、死んじまうんです。気がぬけっちまうもの。 』

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月28日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート248

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート248』だ。

諸君、俗説であるから真偽のほどは確かではないが、9月28日は孔子先生の誕生日と言われている。
人は皆、天の命令により使命を預かって万物の霊長たる人間として生まれてくる日を定めてきた。
諸君も運命には二種類あることはすでに承知していると思う。
それは天命と宿命である。
天命は絶対で、宿命は相対的である。
どうにも仕様のない運命を天命といい、人間の力で打ち開くことできるものを宿命という。
女が女に生まれ、男が男に生まれたのは天命である。
現代に生まれたのも天命であり、どうすることもできない。
ところが今の人は、打ち開くことのできる運命にぶつかったときでも、それを天命という。
自分の努力が足らないことは棚に上げ、どうにも仕様がないという。

話は変わるが、孔子先生が「もう一人の自分から来る霊感がそう伝えてくれるんだよ。」と話していたね!
そもそも「霊感」とは何であろうか?
そこらへんの話をしてみよう。

肉体を本位に働いてる心から、あるいは理屈を本位に働いている心から妄想念というのは働き出すんだ。
妄想念は煩悶によって引き起こされる自分を苦しめるものだね!
霊性意識の中から働かないんだ。
霊性意識とは、やさしい言葉で言うと「本心・良心」のことだね。
だから、妄想念が除き去られれば、霊性意識が招かずして発現してくる。
霊性意識が発現すりゃ、そこに「自覚正念」というものが出てくるんだ。
いわゆる「霊感」というんですが、学問的に言うと、「自覚正念」。
同じことなのよ、「霊感」も「自覚正念」も。

「霊感」について「盛大な人生」で私は生前このように話している。
その一部を掲載しよう。

『この自覚正念、つまり霊感は人間の心の奥底に存在しているきわめて微妙な力なんだ。
 しかも、学問があろうがなかろうが、経験があろうがなかろうが、女であろうが男だろうが、オギャーと生まれたら、みんなもってるの、この不可思議きわまるありかたいものを。
 ただ、もってるにはもってるけども、もってることを知らないやつは、一生ぜんぜん使わない。
 私もね、アメリカ、ヨーロッパと世界の三分の二も歩いて、そしてあげくの果て、インドの山の中でカリアッパ先生から初めてこの話を聞いたんですよ。
 この話というのは、つまり、
 「おまえの心の奥底には、自覚正念というものがあるのを知ってるか?」
 「そんなものはありませんよ」と言ったら、
 「自分があるということを知らなければ、ないと否定してしまうのは乱暴な断定じゃないか。私たちが生まれおちてから死ぬまで、人生というものの真理と取っ組んで、こうして山の中で毎日、日にちを暮らしているのも、結局その力を掘りだしたいからなんだ」
 そのとき、私はこういう質問をした。 』

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月27日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート247

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート247』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子曰く、「私が朝づみしたフレッシュハーブのオリジナルブレンドティーだ。 気持ちが落ち着くから、まーゆっくりと口にふくめて飲むとよい・・・ それから話をしよう。」

子貢、出されたハーブティーを口にふくめてゴクッと飲み込んだ。

子貢(しこう)曰く、「スーッとしたペパーミントとほのかなレモンの香りのレモングラスと甘い芳香のスペアーミントが醸し出す三つのハーブの清涼感が何とも言えませんね! 肩の力が抜けてリラックスしてきました。」

子曰く、「そうかい。 では、一息入って落ち着いたところで、子貢に調べてもらいたいことがある。」

子貢曰く、「調べてもらいたいこと・・・ はい、なんでしょうか?」

子曰く、「この度、子路(しろ)の推薦で入門した神北(かんぺき)のことだ。」

子貢曰く、「先生、神北君に問題があるというのですか?」

子曰く、「いや、まだそうは言っていない。 だから子貢に調べてもらいたい。」

子貢曰く、「あー、はい。」

子曰く、「神北は立ち振る舞い、並びに言葉づかいがどこかの国の君主かその臣下(しんか)か、また側近に仕えている者か、仕えていた者のどちらかだ。 実のところはわからないが、私のもう一人の自分から来る霊感がそう伝えてくれるんだよ。」

子貢曰く、「先生はいつから霊能者になられたのですか?」

子曰く、「そこらへんを話せば長くなる・・・」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月26日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート246

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート246』だ。

諸君、いよいよ舞台は孔子塾であるが、子貢(しこう)が孔子先生の御用でしばらく留守していたんだったね!
その用向きは何であったのだろうか?
さかのぼって、子貢が孔子先生から用事を言いつかる場面から始めることにする。

ここは、「書院の間」、孔子先生の書斎兼リビングであるである。
先生お気に入りの栴檀(せんだん)の香気がそこはかとなく漂っている。

子貢「書院の間」に入る「控えの間」で曰く、「子貢です。 お呼びでしょうか?」

子曰く、「おお、子貢か。 忙しいところ呼びだてして済まんな! さあ、こちらへ入って来ておくれ・・・」

子貢、一礼して「書院の間」へ向かう・・・

子貢、椅子に腰かけている先生に一礼して曰く、「御用件はなんでありますか?」

子曰く、「さあさあ、ここへ座りたまえ。 私は背が高く、体も大きい、もちろん顔もでかい・・・  それはともかく、座ったほうが目を見てお互いに話がしやすいからね!」

子貢、孔子先生の対面の椅子に座って曰く、「先生、私への用向きは何でありましょうか?」

子曰く、「まあまあ、そう急(せ)くな! 茶でも入れよう・・・ 一服して落ち着きなさい。」

子貢曰く、「先生、典礼役の仕事が午後から入っております。 若いものに指示を出さなきゃなりませんので、長居ができないのであります。」

子曰く、「そうは暇(いとま)はとらせはしないから、まあその間だけは、イライラせず心静かに!」

子貢曰く、「はい、このところ仕事が立て込んでいたもので申し訳ありません。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月25日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート245

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート245』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

『論民』の亭主とバイザー京華(きょうか)が店先まで出て来て、頭を幾度となく下げ、にこやかに手を振って四人の姿が闇の中に消えるまで見送ってくれた。
その後、「『論民』に近いうちにまた飲みに来ようや」との子路の掛け声のもと、孔子塾生寮門前で四人は分かれ、帰宅の途についた。

諸君、四人は居酒屋『論民』にずいぶんと長く居たね!
話は変わるが、サラリーマンたちの飲み屋での会話は、おおむね人事の不平不満、給料の安さ、人間関係のトラブルによる悪口等が相場であろう。
お互いにバカ話をして陽気に笑っているうちはいいが、それが段々グチとなり、やれ胃の調子が悪い、肝臓や内臓の調子が悪い、血圧が高いと言いながら飲むのは体と心に悪いのはどなたが聞いても納得できるはずだぜ。
それは消極的な陰気な飲み方である。
陰気な酒は、消極的な会話となり、それでは逆にストレスが溜まる一方だ。
割り勘で金を払って、余分な他者のストレスまで割り勘では、それこそ割に合わないぞ!
諸君、酒癖の悪い奴とは飲むな! 
ろくなことはない。 
酒は楽しく陽気に飲め!
つまりポジティブに飲むが心得である。
心一つの置きどころである。

明日からは舞台は居酒屋『論民』から孔子塾に移る。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月24日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート244

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート244』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

『論民』スタッフしのもりきしん曰く、「はい、もう一度みなさん、いい顔つくりましょうねぇ・・・肛門締めて・・・ 肩の力抜いて、肩を落として下さい。 よろしいですか・・・ おなかに力を充満させて・・・ ・・・おならしてはいけませんよ・・・ はい撮りますよ・・・ 『クンバハカ!』・・・ (カシャッ!) はい、もう一枚撮りますよ・・・ はい、『クンバハカ!』・・・ (カシャッ!) はい、みなさんご苦労さまでした。」

子貢(しこう)曰く、「先輩、回さん、神北(かんぺき)君、お疲れさまでした。」

顔回(がんかい)曰く、「写真はいつできるんですか? すぐにでも見たいですよ。」

子路曰(しろ)く、「回よ、無理言っちゃいかん! それぞれ会計を済ませて帰るぞ!」

神北(かんぺき)曰く、「回さん! 明日の午後にはプリントしておいてくださるそうですから、夕方にとりに行って来ますよ。 お渡しできるのは明後日に教室で顔を合わせた時ですかね。」

子貢曰く、「回さんが早く見たくて待ち遠しいようだ。 実は、私もだがね。 お手数かけるが宜しく頼みます。」

神北曰く、「はい、4枚プリントをお願いしておきました。 皆様に記念として1枚ずつ頂けるそうです。 それと店内の『千客万来』の額の横に『生ビールピッチャー一気飲みWinner』として写真を飾っておくそうですので、予めご了承下さいとのことです。」

子路曰く、「まあ、飲食半額券もゲットしたことだし、またこなきゃなるめぇから、写真飾るぐらいいいだろう! こんどは四人で飲みに来ようや!」

子貢曰く、「そうですね。 先輩、回さん、孔子先生もうすぐバースデイですよね! 先生を誘って誕生会をしませんか?」

ガラガラガラ(『論民』の玄関のドアの音)。
四人は居酒屋『論民』を後にする。

店内より『論民』スタッフそろって曰く、「ありがとうございました。 またのご来店をお待ちしております!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月23日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート243

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート243』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

1Fの『千客万来』の額がかかった客の待ちスペースにすでにデジタル一眼レフカメラが三脚と共にセッティングされていた。
FC『論民』亭主曰く、「本日は御来店誠にありがとうございました。 記念撮影の準備が出来ております。 さあさあ、みなさんこちらへどうぞ!」

バイザー京華(きょうか)曰く、「どうも! ありがとうございました。 回(かい)様、今日の主役ですから中央にお座り下さい! その隣はで大先輩の子路(しろ)様どうぞ!」

子路曰く、「故(ゆえ)あって、後ろの立ち席がいい。」

バイザー京華曰く、「そうですか。 子路様のお好きにどうぞ。 では、回様の隣は私が同席させて頂きます。 回様の隣を神北(かんぺき)様。 私の隣を子貢(しこう)様でお願いします。 その隣がオーナー亭主が座ります。 お店のスタッフが後ろに入らせて頂きますので予(あらかじ)めご了承ください! ではお席について下さいな。」

顔回(がんかい)曰く、「なんかドキドキしますね! 写真にさゆりちゃんと親父グモが写っていたらいいですね!」

子貢曰く、「回さん、あれは先輩の作り話ですよ! 本気にしないで下さいよ。」

神北曰く、「私は信じますよ! 何かがきっと写ってきますよ。」

顔回(がんかい)曰く、「何が写っているか楽しみですね!」

『論民』スタッフが声をかけて曰く、「皆様! お席に着かれましたか? 記念写真を撮らせていただきます『論民』スタッフの『しのもりきしん』です。 どうぞよろしく。 では、いい顔つくりましょう。  はい、深呼吸して下さい! 肛門を締めて下さい! 同時に肩の力を抜いて、へそ下の丹田に力を充満させて下さい! よろしいですか?」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月22日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート242

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート242』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「回(かい)さん! 我々門弟は先生の人徳や考え方、生き方、または学問に関する造詣の深さに感嘆し、心から尊敬し、頭(こうべ)を垂(た)れ謙虚にそれに倣(なら)おうとしています。 先生をお慕いする気持ちは私とても同じですよ。 『良師は以(も)ってすべからく宝となすべし。 良友は以ってすべからく鑑(かがみ)と為すべし』ですよね。 不肖子貢は、自己を完全に啓発し、自己を真実に向上させて人の世のために真に役立つという仁者・真人となろうためには、ひたすらこうした心がけで何でも善いことを貪欲に模倣することに努めようと決めています。」

顔回(がんかい)曰く、「子貢君、君なりに頑張って下さい! 回は後輩として『“こ”の一番』の札を子路先輩にお返しします。 下足を取り出して『“い”の一番』の札の下足と入れ替えますので、その札をあずけて下さい。 すぐ入れ替えてまいります。」

子路(しろ)曰く、「回や、『“こ”の一番』はお前に譲ることにするぜ。」

顔回曰く、「私はそうそうここに来ることはありませんからいりません。」

子貢曰く、「バカバカしいやり取りはいいかげんにして、さっさと記念撮影して帰りましょう。」

子路『“こ”の一番』の札を見つめながらつぶやいて曰く、「回に『“こ”の一番』を『譲る』と言うのに『いらん』と言いやがる。 こだわっていたのがアホらしくなったぜ‼ さっさと帰って寝るとするか。」

四人は履き物をはいて、みな1Fへと下りて行った。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月21日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート241

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート241』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「先輩は先生に『恋』をしているんですよ! それも長年苦楽を共にしてきた先生の大きな背中を見ながら、先生に憧れ、いつしか片思いの恋に落ちたんですよ。」

子路(しろ)曰く、「俺が片思いの恋に落ちただとぉ! 子貢よ、お前の天職は司会典礼役じゃない。」

子貢曰く、「先輩、自分の心の中を見られるようで嫌なんでしょう! それで私の天職は何だと言うんですか?」

子路曰く、「お前、心理学者ぶりやがって、人の心の中見たような気になっているが、お前は心理学者なんかじゃない! お前の天性は・・・」

子貢曰く、「私の天性は・・・ ズバリ何ですか?」

子路曰く、「本当の恋を知らない恋愛小説家だ! これがお前の職業にピッタリだ。」

子貢曰く、「私は恋愛小説家ですか。」

神北(かんぺき)曰く、「いいなぁ~。 恋愛小説書いて飯が食えるなら、最高ですね! ハーレクイン・ロマンス『論語に出てくるあの子路の嫉妬と恋』というタイトルで子貢さん一つ書いてみてくださいよ! すでにネタはあがってますから・・・」

子路曰く、「おい、神北! 図に乗るんじゃないぞ! 『仏の子路様』でも我慢ならねぇことだってあるんだ。」

子貢曰く、「まあまあ・・・ 先輩、目くじら立てないで下さいよ。 つい先ほどまで、変わらぬ友情を誓いあったばかりじゃないですか。」

顔回曰く、「突然ですが、子路先輩、皆さん、私は今はっきりわかったんです。 私も孔子先生に『恋』していることに気がついたんです。 と言っても、私は心から先生を尊敬している恩師の愛なんです。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月20日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート240

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート240』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「先生が『回よ! 回よ! 回さんよ!』とばかりに回さんばかり可愛がるから、年甲斐もなく回さんにモーレツに嫉妬していたんですよね! 先生に気に入られようと一生懸命するんですが、何故かやることなすこと先生に注意を受けるものだから面白くない。 先生も言わなきゃいいのに、言葉じりの最後に『回を見習え! 回を見習え!』といわれるものだから、よけい腹が立つ。 『腹が立つが言われてみればもっともだ。』と思えることなので、よけいに癪(しゃく)に障り、感情のもって行き場がないものだから、恋敵の回さんに向けての姿を見ると『癪』の種になっちゃった。 まさに嫉妬の炎が焔々(えんえん)と燃え上ってきて、その炎の勢いが強すぎて、もうどうにも理性心では押さえきれない。 この度の騒動は、先輩の嫉妬が原因で端を発したことですが、これは相手の立場で考えれば今回のことも先輩に限ったことではありませんよ。 意外に回さんだって嫉妬の炎が焔々と燃え上り、ことは起こさなくても心の中で解決できずに苦しみ、悩み続けたかもしれませんよ!」

顔回(がんかい)曰く、「その通りです。 先輩を責めることはできません。 この度の私に対しての先輩や神北君や門人の無視する態度は私の心の感情が傷つき、その傷がもとで煩悶(はんもん)していました。 帰宅途中で子貢君に出合わなければ、まだ私は傷が癒えずに更なる煩悶をつくり、悶(もだ)え苦しんでいたでしょう。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月19日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート239

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート239』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子路(しろ) 曰く、「こだわるわけ・・・ おおありよ~! 『“こ”の一番』のこだわりは・・・『こ・い』なんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「池の『こい』ですか? こいのぼりの『こい』ですか?」

子路曰く、「ちゃうちゃう、その『こい』じゃない! この『こい』は釣らずに育てるものだ。 それでまた、不思議なものなんだ。 会っている時はなんともないが、『さよなら』すると涙がこぼれちゃうんだよ。 そんな切ない『こい』なんだ。 この気持ち、わかるか? 回君!」

顔回曰く、「それって、初恋や恋愛の『恋』ですか?」

子路曰く、「そうだ。 俺は周りの奴から『無鉄砲な子路』とか『勇敢な子路』とか、そんなイメージが定着して期待されているもんだから、常に勇気!勇気!勇気!一辺倒で振舞ってきたんだ。」

顔回曰く、「先輩それと『“こ”の一番』とどういう関係があるんですか?」

子路曰く、「俺の本音は、『勇気凛凛』より、いつも『恋』をしていたいんだ。」

子貢(しこう)曰く、「先輩、悪酔いしたんですか?」

子路曰く、「バカ言うな! 俺は正気だ! おい、回! お前は本気で恋愛したこといっぺんでもあるか?」

顔回曰く、「そう単刀直入に言われますと・・・ 恋と言えるかわかりませんが、無いとも言えません。」

子路曰く、「へえ~、女に興味の無い学問ばかりしているお前が本当の恋愛をしたことがあるのか?」

神北曰く、「先輩、ここに飲みに来るたびに『孔子先生大好き!』、『孔子先生命(いのち)』と下駄箱の前で言っているじゃないですか。 『こ』は孔子先生のことだと・・・ 先生を大切に思う気持ちは孔門弟子ナンバーワンであると自負している先輩の気概が『“こ”の一番』の下足札のこだわりなんですよね!」

子路顔を赤くして曰く、無言。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月18日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート238

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート238』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう)曰く、「これにて一件落着! では、お開きといたしましょう!」

顔回(がんかい)曰く、「神北(かんぺき)君、そちらはそちらでお会計してくれたまえ。 こちらは子貢君がおあいそをすることに決まっているから!」

神北曰く、「はい、記念撮影もありますので・・・。 では京華(きょうか)さんに『おあいそ』お願いしますと伝えてきます!」

子貢曰く、「神北君! あっ、ちょっと、僕の支払いは『いつもニコニコカード払い』でお願いしてます。 この店は、カード払いOKか聞いてきて下さい!」

神北曰く、「あっ、論民はチェーン店で、私は以前、他店の論民でカード払いしましたから大丈夫と思いますよ。」

子貢曰く、「そうですか。 私は明日・・・、あっ、いやぁ~もう深夜の2時ですよ! 今日孔子先生に報告をする約束をしていますので、皆さん、さっさと帰る準備をしましょう。」

神北戻って来て曰く、「子貢さん、カード払いOKです。 1Fでカメラのセッティングはできているそうです。 いつでもどうぞと言うことです。」

子路(しろ)曰く、「では、引き上げるとするか! (顔回の下足札を見て)何ぃ! 俺専用の『“こ”の一番』の下足札じゃないか!」

顔回曰く、「『“こ”の一番』のこの下足札がどうかしましたか?」

子路曰く、「俺は『“こ”の一番』は子路様専用の下駄箱なんだ。 この店の主人に『長嶋茂雄の背番号 “3” と同じく永久欠番にしろ! 俺以外の者に使わせるな!』ときつく言ってあるんだぜ!」

顔回曰く、「先輩、『“こ”の一番』にこだわる理由でもあるんですか?」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月17日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート237

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート237」だ。

諸君、聖人君子でないかぎり、諸君も「気咎(とが)め」を感じたことは今までに一度や二度や三度はあるじゃないですかい?

子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)、お前をかえって苦しませてしまった。 すまんことをした。 許せ! ただし聞き捨てならぬことを言ったな! 神北よ、改めて聴く、この居酒屋で初めて会ったのも偶然じゃなくして、孔家門人の子路様だと承知のうえで近づいたのか?」

子貢(しこう)曰く、「まあまあ、先輩、神北君も正直に詫びているんですから、その話は後日にしましょうよ! ここは、お互いに同門の弟子として、変わらぬ友情を誓いあって乾杯してお開きにひましょうよ! 子路先輩、回さん、神北君、いかがですか?」

子路曰く、「もちろん異存はない! おれも気咎めを感じていた。 それが今は『八面玲瓏(はちめんれいろう)、磨(みが)ける鏡のごとき』という心境だぜ。」

顔回曰く、「私も同感です。」

神北曰く、「不肖神北、皆様方のお仲間に入れていただき、光栄です。 私、神北は、変わらぬ友情を誓います。」

子貢曰く、「それでは、芽台酒(マオタイジュウ)で、変わらぬ友情を誓ってシメの乾杯といたしましょう! 乾杯の音頭は、子路先輩お願いします。」

子路曰く、「よっしゃ! では、孔子先生ならび諸君らの健康と我ら四人の変わらぬ友情を誓って乾杯!」

顔回、子貢、神北そろって曰く、「かんぱい!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月16日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート236

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート236」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。
以前にもふれたことがあるが、孔子先生は、仁者、君子と人間をより分けるのではなく、万人共通の人間の本性としてすでに持ち来らしている人間真理として捉えていたのっではないかと推論する。

「論語」「里仁(りじん)篇」の中にこう述べている。

子曰く、「参(しん)や、わが道は一をもってこれを貫く」。 曽子(そうし・参)曰く、「唯(い)」。 子出(い)ず。
門人問いて曰く、「なんの謂(いい)ぞや」。
曽子曰く、「夫子の道は、忠恕のみ」。

この対話の意味は、
「参(しん・曽子)よ、私という人間はただ一つのプリンシプル(原理、原則)だけで貫かれているのだ。」
この孔子の言葉に、曽子(参)はただ「ハイ」と返事をし、うなずいただけであった。
孔子先生がその場を立ち去ると、居合わせた門人が曽子にたずねた。
「参さん! 孔子先生は何をおっしゃりたかったのか私にはその意味がさっぱりわかりませんでした。 参さんは、うなずいておられましたが、何のことを言っておられたのでしょうか?」
「それはね、先生は、良心を偽らぬこと『忠』と、他人への思いやり『恕』とが人倫の根本であり、人間真理であるとおっしゃったのだよ。」

私で言えば「積極一貫」ですな。
諸君等も、どういう場合に直面した時でも、本心良心に悖(もと)らないようにすることです。
自分の言葉や行ないは常に本心良心そのままという気持ちを心がけの第一とされたのであります。
よく「誠心誠意」といいますが、この誠心誠意というのは、本心良心がその大根大本(おおねおおもと)となって、本心良心に悖りさえしなかったら、自分の仕事に対して情熱の炎が焔々(えんえん)として燃えるであろうし、そして常にその気持ちにむらというものがないことになります。
むらのない心から働きだされる事柄にどんな結果がくるか、これはもう考えなくてもおわかりのことと思います。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月15日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート235

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート235」だ。

諸君、神北(かんぺき)ではないが、人間、何か道に外れた事を言ったり、あるいは不道理なことを行う場合、また行なった場合にも、何とはなしに気の重い後ろめたさを感じるものだね!
これが「気咎(きどが)め」というやつですよ。
何とも、言うに言われない嫌な気持ちを感じるものでありますよ!
どんな人間にも本心良心がある証拠には、悪いことをする人間も公然と悪いことはしません。
本心良心の咎めがあるからですよ。

「論語」「顔淵(がんえん)篇」の中にこう述べている。

司馬牛(しばぎゅう)、君子を問う。 子曰く、「君子は憂(うれ)えず懼(おそ)れず」。 曰く、「憂えず懼れず、すなわちこれを君子というか」。 子曰く、「内に省(かえり)みて疾(やま)しからずんば、それを何をか憂え何かを懼れん」。

この対話の意味は、
君子たる者の資格について司馬牛から質問された時、孔子はこう答えた。
「心に心配や恐れがないのが君子だぜ。」
「それだけで君子と言えるのでしょうか?」
「良心に照らして恥じるところがある。 また後ろめたさを感じるのであれば、良心に対しての気咎めで、心配や恐れから自らの心が解放されないのだぞ。」

ですから、現在も永久にも、自分がやましい気持ちを感じないというものこそ、本心良心のあらわれなんですぜ。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月14日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート234

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート234」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩、回(かい)さんによく謝ってくれました。 先輩の弟弟子、不肖子貢、心よりお礼申し上げます。」

子路(しろ)曰く、「子貢よ、貴様は天性の司会典礼役だな。 この度のことはお前にも迷惑をかけ、骨を折らせたな・・・ 礼を言うよ。 ありがとう!」

子貢曰く、「いえいえ、どういたしまして・・・ さてさて先輩!  先ほど私が神北(かんぺき)君に事の次第の説明を求めた時、神北君は沈黙を守って先輩の指図について何も語りませんでした。 先輩の回さんへの個人的嫉妬が理由でその腹いせのためにお先棒を担がされた神北君ですが、神北君にも非があります。 それは問い詰めません。 神北君も先輩への義理立てがあるでしょうから、ここは先輩から何か言ってあげて下さい。」

顔回(がんかい)曰く、「新参者の神北君としては、先輩の命令は断れないですよ! それはパワーハラスメントですよ! 神北君も気の毒です。」

子路曰く、「神北! まだ入門したばかりのお前に、俺の不平不満の感情を満たすために利用したことを深く詫びる!(子路、神北に向かって土下座する。) これこのとおりだ。 申し訳なかった。 あいすまぬ!」

神北曰く、「先輩、面(おもて)を上げて下さい! 私も回先輩に何の怨みも遺恨もありません。 ただ指図されたままに動いたのは本当のことです! 実は私は孔門の弟子の一人になりたくって計画的に子路先輩に近づいたのも本当のことです。 先輩だけが悪いんじゃないです。 ただ回さんは立派な方です。 回さんの勤勉家で実直な振る舞いを見ていて、自分が万物の霊長たる人間として恥ずべきことをしていると心苦しくて気咎めを感じていたんです。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月13日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート233

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート233」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。
子路(しろ)、子貢(しこう)の諫言(かんげん)にうなずくも無言。

子貢曰く、「孔子先生は後輩弟子の宰我(さいが)君に厳しく戒(いまし)めておられながらも『既往(きおう)は咎(とが)めず。』と言っておられました。 子路先輩もご存知のはずです。 過去の出来ごとについてあれこれと重箱の隅を突っつくように咎めだてするより、深く反省し、今を改め、同じ事を二度と繰り返さないよう心と身を慎むことが大切であると言っておられます。 私も回さんも先輩や神北君を決して咎めだてしているのではありません。 これからもずっと同門の敬愛する先輩に何ら変わりはないのですから・・・ 回さんもそう思いませんか?」

顔回(がんかい)曰く、「もちろんです。 先輩に対する敬愛の気持ちに対しては、いささかも変わりはありませぬ!」

子路たまりかねて曰く、「回! すまぬ! すまなかった。 孔門の弟子として恥ずべきことをした。」

子路は回の前に居住まいを正して座り、いきなり土下座をした。

子路土下座をして曰く、「これこの通りだ。 俺のした振る舞いを許してくれ!」


顔回曰く、「先輩、面(おもて)を上げて下さい! 許すも許さぬもありませんよ。 年は離れていますが、いつも変わらぬ実の兄弟のような弟思いの兄貴でいて下さいませんか?」

子路曰く、「おうよ! お前らは、この勇気凛凛の子路様がが守ってくれるわ!」

顔回曰く、「あっ、いつもの先輩にもどりましたね。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月12日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート232

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート232」だ。

諸君、話を戻すことにする。
子貢(しこう)の「一つはっきりさせなきゃならない事がある!」の続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「子貢君! 急に真剣な顔してどうしたんですか?」

子貢曰く、「回(かい)さん、ここへ来た第一の動機ですよ! ここで四人で会ったことで、はっきりさせたいことがあるんじゃないですか?」

顔回曰く、「はい、そうでした。 子路少年の林間学校の話に夢中になって、肝心なことを忘れてました。」

子貢曰く、「回さん、ここで子路(しろ)先輩と神北(かんぺき)君を前にして、言った言わないはお互い無しにしてはっきりさせましょうよ!」

顔回曰く、「はい!」

子貢曰く、「先輩! 神北君! いちいち改めて私の方から事のいきさつを説明するまでもないでしょう! 先生に用を言いつけられて留守をしている間に、回さんに対するお二人の振る舞いです! 回さんが挨拶しても他の門下生も挨拶せず無視するありさま! これは先輩の差し金で、『顔回を無視するように』と神北君が門人に言いふらしていたそうですね! 何のことかご存じのはずです。 ご自身の胸に手を当てて良心に問うてみればすぐわかることです。」

子路曰く、「俺は神北にそこまでせよ!とは指図していない。」

神北曰く、うなだれて沈黙。

子貢曰く、「先輩、お互い孔子先生の弟子です! 良心の呵責(かしゃく)を感じていたんでしょう? 『回よ! 俺が仕組んだことだ! すまない! 許してくれ!』と正直に回さんに謝ってまた兄弟弟子として仲睦まじくしましょうよ。 兄貴ぃ~! ゲロすれば楽になりますよ!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月11日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート231

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート231」だ。

昨日の引き続きであります。

 心を健全に活かすには、いかなる場合にも、心に積極的な態度をしっかりと持たねばならない。そうして初めて、生命の源泉を確保したことになる。形ある肉体も、自ら、その力に導かれ、当然健全なものになるのである。
 この真理を厳かに考えれば、たとえ、現在の体力が不完全であろうとも、病があろうとも、心配することも、悲観することもない。自分の心さえ、積極的に健全にさえすれば、その肉体は自然に強健なものに作りかえられる。そしてそのことが、宇宙真理であるということに気づかねばならない。
 心を積極的にする要点は何かというと、勇気の煥発だ! だから、すべからく何事に対しても、またいかなるときといえども、勇気、勇気で対応しなければならない。
 力の暗示誦句を唱うときでも、体のどこかに穴が空いているのじやないかと思うようなのがときどきいるが、勇気の抜けているのは力の誦句にならない。私は、勇気ひとすじな人間が大好きなのだ。女でも、男でも、勇気のない人間は、いざというときに話相手にならない。ちょっと一緒に往来を歩いていても、勇気のない人間というものは、戦々恐々と、びくびくして歩いている。
 まこと、人生修養の最彼岸点は、いつも勇気の溌剌たるものがなければいけない。
 勇気溌剌たるものとはどんなものか。
 わかりやすくいえば、どんな場合にも、虚心平気の状態でいるのが、溌刺たる勇気の状態なのだ。勇気を常に心から落さない心がけで人生を活きると、人生何事に直面した場合でも、虚心平気の状態で、それに応接することが出来るようになるのである。つまり、勇気というものが、虚心平気という大境涯に入る経路なのである。ところが、たいていの人は、この簡単な道理に目覚めていないので、ものごとを怖れるとか、不安になるとか、神経過敏とかということが、心を消極的にする原因のように考えているが、それらは原因でなく結果なのである。尻と頭を間違えている。原因は勇気が欠けているからで、勇気が欠けているから、消極的な心や気持ちが起こってくるのである。
 以前話したことがあるが、平炭坑のストライキ調停のため、私が単身で炭坑の現地に赴いた。それまで陸軍の大迫(おおさこ)将軍や、日蓮宗の田中智学らが調停に行っても鉄砲を撃ちかけられて渡ることすら出来なかった炭坑の入口の橋を、警官が止めるのも聞かず、平気で渡っていったのも、この勇気が煥発されたからこそなのである。
 女房や娘を売ってまでも、炭坑に立て龍って、長い間、経営者と戦い続けている悲惨な労働者を救おうとしてやって来た自分に、弾丸なんか当ってたまるか、いや、当るはずがない。
 この勇気が煥発されて虚心平気な気持ちになれたのである。だから橋に一歩足をかけた途端、パンパンと撃ちかけてきたが、平気でドンドン渡って行った。そして、橋を渡った後に気が付いたのであるが、身につけていた外套を六発の弾丸が打ち抜いていた。けれど身にはまったく、かすり傷一つ受けなかったのである。
 だから、勇気さえ心から失わなければ、何事もこの世に怖るるものはないのである。
 昔の諺にも、
    勇気は常に勝利をもたらし
    恐怖は常に敗北を招く
 というのがある。
   断じて行なえば、鬼神もこれを避く
   陽気の発するところ 金石もまた透る
 である。
 だから、人間の心から勇気がなくなると哀れなものである。万物の霊長なんて名ばかりになってしまう。四六時中不当にやすらかな気持ちで人生を活きることが出来ない。
 何か「事」があるとすぐに心の調和を失い、心の平和がかき乱される。
 だから、理屈は抜きにして“たとえ、どんなことがあっても、断然、勇気を失うことなかれ″これがモットーなのである。
 そうなるには、観念要素の更改を真剣に実行するとともに、普段から、出来るだけ勇気凛々たる人間と交際するように心がけることである。
 前にもいったとおり、この世の中や人生には、滅多矢鱈(やたら)に恐ろしいということはありはしない。怖ろしいと思っているのは、自分の心なのである。
 今まで活きて来た過去を考えてみなさい。のべつそんなに怖ろしいことがあったか、なかったか。
 生まれつき神経過敏な人間はいないといっただろう。生まれたときには白紙のごとし。
 それが、いまのような状態になったのはなぜかというと、自分自身で生まれたときに持ってきた勇気というものを影を薄くしてしまっているからだ。なくなっているのではない。その上に消極的な弱い心が蓋(ふた)をしているからなのである。
 日本人であることを忘れるな!
 世界で二つとない富士山をもっている日本国民、燎乱三千年の歴史の中に燦(さん)として輝いていた、日本人の勇気がいかに豊富であったか。それが、太平洋戦争で、滅茶滅茶に醜くなり、たとえ一時的であろうとも勝を向うへやった。これは、当時の人間が、大言壮語しても、真の勇気が欠けていたからだ。
 今夜から寝ぎわの観念要素の更改には、毎日毎日こうして、魂に手ごたえを与えている真理の瞑想によって開けた悟りのうち、どれでも良いから、寝がけの観念要素の更改の場合の魂を綺麗に研ぎ上げる手段に使いなさい。それには、誦句集のどの章でもいいから、開けて読みなさい!
 読むだけでも非常に寝ぎわのときの気持ちの掃除が出来る。ただ、眠いからといって、フーッと寝るよりは、この誦句集のどのページでもいいから開いて、一章だけでいいから誦えなさい! 二つも三つも重ねていう必要はない。そして、そのままの気持ちになる。信念のところを唱えたら信念の気持ち。勇気のところを唱えたら勇気の気持ちになって、「夢むらさきと豊けくけむれ」ばいいのだ。
 そして、本当にけなげな勇気ある自分を作りなさい!

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月10日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート230

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート230」だ。

昨日の引き続きであります。

 それから、中には、人に忠告したり勧告したりするとき、その忠告や勧告に応じてくれないと、やたらと胸くそを悪くする人かある。これも滑稽千万である。第一、無理な注文である。あなたのその言葉に応じるか応じないかは、向うの勝手だ。人の意思は自由だから、こっちで干渉する権利はない。
 もっと滑稽な人間になると、人に親切にしてやって、相手がその親切に感じないと、盛んに怒っている者がいる。
「何よ! あの人、恩知らず!」なんて……。
 それからまた、愚にもつかないこういう人間もいる。
 自分の仕事などが、うまく思うとおりにいかないと、とっても、がっかりして、へこたれて、意気消沈してしまう。箸一つ切れなかったり、竹一つ切れなかったりすると、一日中意気消沈しているような間抜けもいる。
 ただ、往生のときを早めるだけじやないか。この世の精算を早めるだけじやないか。他に、何の効果も来やしない。人生は主観だ! 心一つのおきどころだ!
 いったいなぜ人間はこういうようなんだろうかということを考えてみよう。
 たとえば、病のときなんか、「なにくそ! こんな病に負けてたまるか」と考えればいいんだけれど、考えられないのはなぜか、ということを考えてみよう。
 自分の仕事だからこそ、「これが心配せずにいられるか。これが悲観せずにいられるか……」と。しかし原因は何と、極めて簡単なところにあるのだ。どういうところにあるかというと、結論的にずばり言えば “勇気” がないからなのだ。否! 勇気が欠けているからだ。勇気はあるのに、出し方がわからないから、人生を活きる際に、非常に勇気が足りないものが出てくるのだ。
 勇気が落ちたら、いくら積極的にしようと思っても、“いざ、さらば” というときに積極的にならない。普段の習慣が大事なのである。勇気というものは、人生を統一する一切の根本基礎なのだ。
 繰り返していうが、人間の生命の本体というものは、形ある肉体ではない。ちょっと考えると、形のある肉体であるかのごとく見えるが、実は形の見えない気の中にあるのである。
 ちょうど、扇風機は、扇風機のモーターの力で回っているのではない、扇風機を回している力の元は、エレクトロンとプロトンという “気” である。
 よく考えてみれば、すぐ解ることだけれども、頑健な肉体を持たず、見るからに弱々しい体であっても、相当に長生きをし、世の中のために仕事をなしている人が、昔から随分といる。イマヌエル・カントや、ヘレン・ケラーや平田篤胤(あつたね)、貝原益軒というような人は、その代表的な人達だ。もちろん、肉体が強いに越したことはないけれども、いかに肉体が発達しても、それはただ単に、生命の物質的方面のみの発達だ。心の方面が積極でないかぎり、理想通りの最高の生命の発達は出来ない。
 というのは、いまいったとおり、人間の生命の本体は、精神生命の根元である無形の霊という “気” であるからである。
 今の話のとおり、いかに立派な扇風機を拵(こしら)えてみたところで、モーターの中のコイルの捲き方が不完全であったら、充分にこの気を受け入れることが出来ない。形だけは立派でも少しも回らない。だから、完全に、生命を活かす計画の成就は、生命の本体たる霊という気を、完全なる姿で、この生命を確保しなければいけない。
 その第一の先決問題は何か!
 それは、心を健全に活かすことである。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月9日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート229

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート229」だ。

昨日の引き続きであります。

 心配や悲観をする癖がつくと、悪い習慣だけど何を考えるときでも、やたらと取越苦労をする。取越苦労をすると、物事をやたらと消極的におおぎょうに考える。あれがああなってこうなって、こうなってああなって、ああペシャンコだ、というようにね。
 人間は、この良くない癖と、伝統的に、慣習的に付き合っているといっても過言ではない。重大に考えなければならないことは、心配したり悲観したりする習慣を、習慣とも気づかず、悪い癖とも反省しないで、人間共通の通有性というように、間違えてますますやっていると、人生の光明をどんどん闇にする哀れな気分だけが、人生を支配するようになってしまう。
 ただ、それだけでも下らない惨めな人生なのに、そういう心配や悲観をしていると、その心配や悲観したことが、なんと現実の事実となって、人生を惨めな状態にしてしまうのである。なぜかというと、悲観したり心配したりすると、その心配や悲観が、人生に苦い形で現実の姿を現わしてくるように、宇宙真理が出来ているからである。
 これは絶対の真理である。これは自然の法則なのである。
 だからかりそめにも、生まれ甲斐があり、生き甲斐のある人生を活きようと欲するならば、何よりも一番戒めなければならない大切なことは、心配や悲観、これは断然、禁物だと思わねばならないのだ。
 もう、何回もいっているとおり、この大宇宙の中には精気というものがあって、その精気の中には、積極の気と消極の気とが入り混って、遍満している。その気が人間の心の中の気分と常に同化的に働いている。積極的なことを考えればプラス(正)の気が入ってくるし、消極的の気分になればマイナス(負)の気が入ってくる。
 我々は、千万の理論よりも、一つの事実を厳かに考えねばならない。真理というものは、事情や情実で左右はされない。まして病や運命に対して、もっとより良い結果を望むのならばなおさら、一段と心配や悲観というものは絶対に無意味だと考えねばならない。否、無意味というより破壊に終わるのだ。
 もう何遍もいっているとおり、宇宙の根本主体である、神仏と称せられるものの心の中には、“真” “善” “美” 以外に心配や悲観というような心持ちは夢にもない。その神の心と通じている心を持つあなたがたが、この自覚を明瞭にしなければならない。そのことが明瞭になれば、下らないものを心配したり、悲観したりする必要は、さらになくなってしまうものだ。
 人間というものは、人間である以上、人間としての面目を発揮しないと、人間としての面汚しを自分でしているようなものである。人間は人間らしくあるときにのみ、人間の恵まれた幸福というものが与えられる。だから、もっと神の心や仏の力に近寄りたかったら、心配や悲観を断然しないようにしなくてはならない。
 よく考えてみよう。人生には特に病が生じたり、運命が悪くなったときは、ひとしおその生命の力をより強くする必要があるときなのである。何でもないときは、さもあらばあれ、病や運命が悪くなったときには、そのときこそ、生命を守る戦いを開始しなければならないのだ。そのときに、戦いに勝つものは、力なのだ。しかも、その力を強くするには何を措いても、第一に心を積極的にしなければいけないのだ。それを、悲観したり心配したりして、心を消極的にして、なおかつ、より価値高く活きようとする考え方は、火種なしに炭から火を熾(おこ)そうとするのと同じである。
 もっととぼけた滑稽な人間になると、他人の言葉や行為にまで、自分の心が影響され、あるいは同情して、自分まで心配して不愉快になったり、悲観して不機嫌になってしまう馬鹿者がいる。
 “同情” という気分は尊いが、自分というものを、これと同様の消極的な気分にして、自分の生命まで腐らしてしまわねばならぬ、いささかの義務も責任もないはずだ。消極的な他人の気分にまで、同化的環境を造る必要はない。


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月8日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート228

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート228」だ。

諸君、子路(しろ)少年の勇気は、やはり心の態度が積極的であったのは間違いないね!
何事に遭遇しても恐れたりしなかった。
生前に勇気について述べたことがある。
「運命を拓く―天風瞑想録」の「第十一章 勇気と不幸福撃退」というタイトルテーマのところです。 
大切なことなので全文を掲載することにする。
諸君等の参考にしてほしい。




 今日は人生を完全に活きるのに必要な各種の要項の中で、特に必要なことを悟ることにしよう。
 それは何かというと、第一に必要なことは、何事にもやたらに悲観したり心配したりして、すべてのことを消極的に思ったり考えたりすることを止めることである。
 今まで、常日頃、あなたがたが当り前のように思ったり考えていた心配や悲観、それが決して当り前ではないということを悟ることにしよう。
 あなたがたが、病なり運命なりに冒されると、やにわに、それを心配したり悲観したりする。そして、そうすることが当り前の人間のように思っている。常識のある人間なら、そうあるのが当然だと思っている。そして、その理由というのは、実に第二義的なことを麗々しく並べたてる。〝自分も含め周囲のすべてがそうであるから”というのである。ところが、真理の上から正しく論断するなら、大変な間違いなのである。間違いを行なっている人が多いからといって、その数で是非善悪を決定するということは、実に無鉄砲な乱暴な決定ではないだろうか。
 考えてみよう、人聞か病や不運に冒されたとき、それを心配したり悲観したりするのが、真理だとしたら、人間なんて値打ちが少しもなく、人間ほど惨めなものはないと思わないだろうか。
 心配したり悲観したりするとき、人生が明るく感じられるか、あるいは暗く感じられるか、すぐ解ることだ。何ともいえぬ楽しみで心配や悲観の気持ち、心持ちを、もっている人があったら、そんな人は、人間が万物の霊長としてこの世に生まれてきた理由を考えないからである。万物の霊長として生まれてきた理由を考えるなら、心配したり悲観したりすることが寸法違いだということをすぐ悟れるわけである。
 考えてみよう。人間はこの世に悩むために来たのではないだろう。心配するために来たんではなかろう。悲観するために来たのではないだろう。つまり、一生を暗く生きるために来たのでは断じてない。まこと尊きかな、人間は進化と向上という偉大な尊厳な宇宙法則を現実化するために、この世に生まれてきたのである。
 このような見地に立脚して、人間というものを厳かに考えるなら、まったく、悲観や心配という心持ちが人間の共通性だという決定は、最初からまったく、とんでもない誤りから出発した結論ではないだろうか。しかるに、この間違いを正しく悟ることができず、病だから心配するのが当り前で、不運だから悲観するのが当然だというように、少しも間違いのない真理のように考えるのなら、そういう人は、こういうことを考えてごらん。いや、そうしたことが、五十歩百歩譲って、正しい真理であるとしたならば、病に罹(かか)って心配した者が早く治り、不運に遭って悲観した者がたちまち幸運に運命を転換しているはずである。ところが事実は全然それと反対ではないか。
 病のとき、心配すればするほど回復は遅い。私は死亡広告を新聞で見るたびに、この人は、本当の病で死んだのだろうかと考えてしまう。否、寿命で死んだのなら、さもあらばあれ、たいていは自殺じゃないのだろうか。自殺といっても、なにも青酸カリやブロバリンを大量に飲んで死ぬのばかりが自殺ではない。病に罹ったときに神経を過敏にして、ああでもないこうでもないと、心配を重ねて、活きる力を自分で衰えさせて死んだのも自殺なのだ。私はそういう者が多いのではないか、といつも思う。
 また不運のとき、悲観すればするほど、よりいっそうよくない事実が現実にくる、という、侵すべからざる事実があるのを何とするか。いかに屁理屈を付けてみても、この厳然たる事実を曲げたり、否定したりすることは出来ないだろう。
 しかるに、この真理に正しく目覚めないで、やたらと何でも、人生のことを心配したり悲観したりするのを人類の通有性と見るのは、随分飛び離れた、“あわてもの”といわねばならない。そういうのも結局、生命に関する宇宙の法則や、心の持つ生命への偉大な働きかけ、というものに無自覚であるからだ。そして、その無自覚から、そういう“癖”を知らず知らずの間に心につけてしまっているからだ。習慣は第二の天性というが、まことに怖るべきことではある。


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月7日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート227

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート227」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ) 曰く、「おい、子貢(しこう)、俺はモデルじゃないんだ。 写真を撮られるばかりで自分で見なければ面白くも何ともねえじゃないか。」

神北(かんぺき)曰く、「それより、先輩が手にとったら、いつも何か写っているんですよね。今回は何が写るか、そっちの方が興味ありますよ!」

子貢曰く、「そうですよ! 話をずいぶん引っぱった割に、結局これからここで記念撮影して、さて何が写っているかその方が楽しみですよ!」

顔回(がんかい)曰く、「心霊写真になってしまうきっかけは、やはり、さゆりさん達に会ってからのことですよね!」

子路曰く、「多分それからだと思う。」

顔回曰く、「それなら原因がわかるじゃないですか。 勇気ある少年を誇りに思って、はたまた感謝しつつ同じ仲間として認めての記念撮影に入ってきたのでしょう。 さゆりさんや親父グモだけじゃなく他の心霊や精霊も先輩のことが好きなんですよ! 好かれているんですから写真嫌いになることないじゃないですか?」

神北曰く、「後輩の分際で話の腰を折るようで申し訳ないですが、孔子先生の講義を受けたいので皆さんさっさと記念撮影して帰りませんか?」

子貢曰く、「神北、ちょっと待ってくれ! 一つはっきりさせなきゃならないことがある!」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月6日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート226

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート226」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ) 曰く、『おじさん、さゆりは学校と子供たちを守ろうとしているんですよ! その手伝いが出来るんだから、それは誇りに思ったらいいですよ! 用務員の誇りですよ!』

案内人曰く、『用務員の誇り!! 子供なのにいいこと言うね! ますます気に入ったよ!』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、「どうやら用務員のおじさんと親父グモはスチーブンソン作の小説の主人公であるジキル博士とハイド氏のようにセットであることは間違いない。 それから一緒に記念撮影をした。 おじさんは俺の隣に立っていた。 後日、夏休みが終わって、学校で先生から写真を渡されたんだ。 その写真を見たとき隣のおじさんが消えていて親父グモが代わりに写っていたんだ。 おまけに親父グモの頭の上にさゆりが写っていた。 友達の回りにも、この小学校の子供たちが重なり合うように写っていた。 俺が写真嫌いになったのは、俺の写真にだけ写っているということだ。 同じ写真が配られたのに、俺に渡された写真だけに奇怪なものが写っている。 つまり俺が写っている写真を俺が手に持って見ると心霊写真になっちまうんだ。」

子貢(しこう)曰く、「話をずいぶん引っ張った割には落ちがつまらないですね! それは写真を撮られるのが実は嫌いじゃない先輩が写真を手に持ってみることで問題が生じているわけですから、先輩は手にとって写真を見なければいいんですよ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月5日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート225

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート225」だ。

昨日の引き続きであります。

神北(かんぺき)曰く、「そう言えば、アメリカ映画『スパイダーマン』にも主人公の青年がスーパーグモに刺されたため、熱に浮かされて、目が覚めると、超能力クモ人間になっていた。 と言う映画でしたが、顔も体も人間でしたね! 顔だけ親父で、たいした力も無しでは気の毒というものです!」

顔回(がんかい)曰く、「スパイダーマンは、スーパーヒーローです。 親父グモとは一緒に比較しないで下さい! 話の先をお願いします。」

子路(しろ)曰く、「案内人のおじさんは、懐中電灯をぶつけられた腹いせなのか、俺にへばりついて離れないんだ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

案内人曰く、『子路君、その時の夢は、ここには、さゆりという学校童(わらし)がいて、この学校を陰で守っているんだ。 そのさゆりが、“お兄さん、このまま放っておけばクモの毒が全身に回って24時間以内に死んでしまうよ! まだ死にたくないでしょう? 必ず助けるから、この学校を守るためのお手伝いをしなさい!” と言われた夢なんだ。』

子路曰く、『それで、おじさんは夢の中でどうしたんだ。』

案内人曰く、『子路君、その当時は私も若くてハンサムなお兄さんでしたよ!』

子路曰く、『そりゃどうも。 お兄さん、失礼しました。』

案内人曰く、『俺はこの学校が好きだから用務員になった。 だから、この学校を守るためなら “はい、喜んで!” と即答した。 その返事をした途端、夢から覚めて、目を覚ましたらすっかり熱も下がり、俺は死なずに生きていることを実感したんだよ! それから、この学校の用務員室に泊まるたびに、夢を見るんだ。 さゆりが “学校のトイレが汚い! もっときれいに掃除させろ!”、“ 村の○○ちゃんがひどい風邪だ、山の中の薬草をとって持って行きなさい!” とか、ことあるにつけ命令するんですよ! “明日はお休みだから出来ない” と言うと、“約束守らないとクモになっちゃうよ!” と脅すんですよ!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月4日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート224

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート224」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺は案内人のおじさんの顔をそのときまざまざと見たんだ。 それで、ハッとした。 そのおじさんの顔は、あの時の親父グモの顔に瓜二つ、そっくりなんだ。 それに何故、このおじさんは親父グモのことを知っているんだ。 おじさんは絆創膏を『ここを見ろ』と言わんばかりに剥(は)がしたんだ。 その傷は、三日月の格好をしている切り傷であった。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、『おじさん、その傷は俺が投げた懐中電灯で切ったと言いましたが、俺はおじさん目がけて投げたおぼえなんかないよ。 顔はおじさんにそっくりで、体全身クモのような毛で覆われた見たこともない化け物に投げたんだ!』

案内人曰く、『教室内の見回り中に、いきなり懐中電灯が飛んできたんですよ。 まだズキズキして頭が痛いです。』

子路曰く、『おじさんはどうして親父グモのことを知っているんだよ。』

案内人曰く、『おじさんはこの小学校の卒業生でね。 大人になってからここの用務員になったんだ。 今はこの廃校の管理を任されているんだよ。 おじさんがこの小学校の用務員になりたてのころ夜間に教室を見回っているときに、廊下の床に毛むくじゃらの大きなクモがいたんだ。 暗かったので誤って踏みつぶすところだったが、このクモは動かないんだ。 おじさんは、子供のころから虫でも何でも謂(い)われなく殺すのが嫌だから、手にとって逃がしてやろうとしたんだ。 その時にクモが毒グモだったのか、指を刺されたんだ。 夜のクモは縁起が悪いというが、それから三日三晩高熱が出て浮かされながら不思議な夢を見たんだ。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月3日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート223

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート223」だ。

昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「世にも不思議な物語ですねぇ~。」

子路(しろ)曰く、「物語じゃねえやい! 俺にとってはノンフィクションだ。 人は本当らしい嘘は信じるが、嘘らしい本当は信じねえものだ。 オレオレ詐欺にはひっかかるが、当の正真の本人のほうが親の所へ電話をかけたら、『あなたが何方(どなた)か知りませんが、息子の声色を真似るの上手ねぇ!!  オレオレ詐欺なんか仕事にしないで、その才能を活かして俳優になるか、他の真っ当な仕事に付きなさい!』なんて逆に説教たれられるようなもんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「わかるようでわかりにくい、屁理屈のような話ですね。 まぁ、それだけ人身の心が、疑心暗鬼(ぎしんあんき)になっていると言うことですかね。 ではその先をお願いします。」

子路曰く、「林間学校に来ている間、校庭のすみっこで飯ごうでご飯を炊いて、大なべでお決まりのカレーを作ったりして食べた。 最後の晩は、皆で歌ったり踊ったり、これもお決まりのキャンプファイアで盛り上がったなぁ。 そして帰る日になって、校舎の前の二宮尊徳翁の前で、記念撮影をすることになり、俺は小6の割に大人顔負けの体であったので、向かって左の(二宮)金次郎側の後ろの位置になった。 その時、道案内してくれたおじさんも来ていて、記念撮影に加わってくれることになったんだが、そのおじさんの顔をその時よくよく見ると、額(ひたい)の真中に大判の絆創膏を貼っていたんだ。 『どこかで見た見覚えのある顔だなぁ』と思ったが、なかなか思い出せない。 すると案内人のおじさんはニッコリ笑って俺の耳元でおかしなことを言うんだ。 『子路君、君、親父グモに会ったでしょう! 君に投げつけられた懐中電灯で額が切れて、三日月の傷が残っちゃったんだよね! “天下御免の向こう傷” だ。』と言いながら絆創膏をはがしたんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月2日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート222

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート222」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「村長さんと助役さんの働きで校舎は村営の歴史記念館として残ることになって、『めでたし、めでたし』と一件落着になった。 しかし、俺は人質になった玄徳(げんとく)や友達や引率の先生に聞いたんだが、誰もが『人質になった覚えがない』と口を揃えて言うんだ。 トイレに行った俺と甥陽明(おいようめい)がいつまでたっても帰ってこないんで、引率の先生と案内人のおじさんと一緒に校舎の周りを探しに行ったが見つからず、『単独行動をするいつもの腕白大将の子路のことだから、陽明とここら辺の山を冒険に行っているんだろう。 腹がへったら必ず帰ってくるだろうから』とそれ以上探しはしなかったんだ。 友達も気にも留めずに歌を歌ったり、ゲームしたりと楽しく過ごしていたそうだ。 親父グモの糸にぐるぐる巻きにされた玄徳ちゃんだが、本人は『親父グモなんかいっぺんも見てはいない。』と言うんだ。 ではあの俺が見た蜘蛛の糸に巻かれた玄徳の姿は何だったんだろうか? 唯一、さゆりや親父グモの話ができたのは陽明だけだった。 陽明は気絶したままだったが、意識が戻ってみるとガランとした教室にいた。 『目が覚めた後、不思議な夢を見たとほっぺたをつねってみると痛かったが、何かリアルな夢で、きつねにつままれた不思議な感覚だ。』と言っていた。 『ただ子路ちゃんがいないので心配していたんだ。』と言うんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月1日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート221

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート221」だ。

昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩、お話の腰を折るようですいませんが、さゆりちゃんは精霊でこの世のものじゃないですよね。 火をつけて校舎と共に死ぬことができるのですか?」

子路(しろ)曰く、「さゆりも切羽詰まっていたから、気持ちが空回りして思わず言ってしまったんだろうよ!」

顔回(がんかい)曰く、「 “さゆり” と気安く呼び捨てに出来る関係って、なんかいいですね! その先の話をお願いします。」

子路曰く、「村長はしばらく沈黙していたが・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

村長曰く、『人命には代えられません! 私が全ての責任を持ちます。 この校舎を残すことに同意します。 引き換えに職員を開放して下さい!』

さゆり曰く、『村長さんは私達の要求に同意していただけました。 助役さんはどうしますか?』

助役曰く、『私も人命には代えられません! 同意します。』

さゆり曰く、『では、お二人ともこの誓約書にサインして下さい! 言っときますがこの誓約を守らないと・・・』

村長曰く、『この誓約を守らないと、どうなるんですか?』

子路曰く、『さゆり、どうするんだ。』

さゆり曰く、『この誓約は聖なる誓いです。 この誓いを守らない時は、毎日化けてお仕置きするからね!』

村長曰く、『さゆりちゃんなら可愛いから化けて出てもかまいませんが、それとこれは別のことです。 私とさゆりさんのお互いの信義の問題です。 (誓約書にサインをして・・・)これでどうですか?』

さゆり曰く、『では、職員さんを解放することを誓約します。 私のサイン入りの誓約書を渡します。 ただし、子路ちゃんが林間学校にいる間は子路ちゃん達をお預かりするかたちになります。 決して人質ではなく、お客様として接待しますからご安心下さい!』

村長曰く、『わかりました。 その間に村民も含めて事情説明します!』

さゆり曰く、『では、これで手打ちで決まりですね!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月31日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート220

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート220」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺はさゆりに言った・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、『俺の友達は皆大丈夫か?』

さゆり曰く、『大丈夫よ。 安心してちょうだい!』

村長曰く、『さゆりさん、あなたの申し出はわかるが、子路君の仲間をすぐに開放して欲しい! それからでないと私としては話し合いには応じられない。』

さゆり曰く、『村長さん、もうとっくに開放してますよ! 食事も終えてみんなで楽しく遊んでいます。 ここの様子を調べに来た役所の方に代わりに人質になっていただきました。』

村長曰く、『さゆりさん、職員は無事ですか?』

さゆり曰く、『無事です! それより村長さん、この校舎をこのまま村の管理でいつでも活用できるように残すことを約束して下さい! それが私達の要求です。』

村長曰く、『さゆりさん、私の一存では決められないのです。』

さゆり曰く、『あなたの村の職員の命がかかっていてもですか?』

村長曰く、『職員に罪はありません。 すぐ解放して下さい! このことは改めてここが村営の歴史記念館として残せるよう議会にかけてみます。 さゆりさん、私の政治生命をかけて議員を説得します。』

さゆり曰く、『村長さん、私には村議会の議員の心が見えます。 信用できません。 今ここで返事をいただけないのなら、この校舎が壊される前にあなたの職員を道連れに私の手で火をつけて校舎と共に果てる覚悟です。 村長は、今すぐ、はっきりした返答をして下さい!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月30日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート219

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート219」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「村長が音楽教室の戸を開けようとする刹那、中からオルガンの音と子供たちの歌声が聞こえてきた。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

助役曰く、『村長、この小学校の校歌ですよ‼』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路(しろ)曰く、「村長はうなずきながら黙って戸を開けた。 その中を見ると大勢の小学児童が教室の中に所狭しと重なり合いながら一生懸命校歌を歌っていた。」

顔回(がんかい)曰く、「それはいったいどういうことなのですか?」

子路曰く、「教室に入りきれない子供たちだ。 それも俺の友達じゃない。 後でさゆりに聞いたら、この小学校で学んだ全ての児童の面影のホログラムだと言うんだ。 村長と助役と俺は中に入ってその歌声をしばらく聞いていた。 その中に子供の頃の村長と助役の姿もあったらしく、その姿を見る二人の頬には大粒の涙が流れていたのを覚えている。 歌っている子供の中から一人の少女がまっすぐこちらへ向かって歩いて来た。 学校童(わらし)のさゆりであった。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さゆり曰く、『村長さん、助役さん、ようこそいらっしゃって下さいました。 学校童のさゆりです。 子路ちゃん、ごくろうさまでした。』

村長曰く、『子供の頃にここで校歌を歌った懐かしい記憶があります。 私と助役の姿もありましたが、この光景はいったい何でしょうか?』

さゆり曰く、『これは、ここの小学校に学んだ児童全員の面影です。 村長さんと助役さんの面影もあったでしょう。 この校舎にはここで学んだ全ての児童の面影が大切に保存されているんですよ。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月29日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート218

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート218」だ。

昨日の引き続きであります。

秘書課長曰く、『小学校が見えてきました。』

助役曰く、『村長! ここに来るのは久しぶりです。 懐かしいですね!』

村長曰く、『そうだね! 助役、君とはこの道を歩いて通ったね。』

助役曰く、『二人でずいぶんいたずらしましたね!』

村長曰く、『お互い悪ガキだったが、あの頃は何をしても楽しかったな!』

子路(しろ)曰く、『お話中すみませんが、 “真実の鏡” を通してさゆりから連絡が入っています。 ちょっと待って下さい!』

さゆり曰く、『もしもし、子路ちゃん。 校舎の中の音楽教室に来るように伝えて下さい!どうぞ』

子路曰く、『了解しました。 どうぞ・・・ 村長さん、さゆりが音楽教室に来るようにとのことです。』

村長曰く、『わかりました。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、「四人は正門をくぐり、二宮尊徳像に一礼して校舎に入った。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

村長曰く、『思ったより中はきれいに掃除されているんだね!』

助役曰く、『村長、廃校にはなりましたが、この近くの者に火元の管理から、校舎の保守管理、不審者がいないかなど、毎日見回ってもらってます。』

村長曰く、『そうかね。 ご苦労様ですね。』

子路曰く、『もしかして、僕たちをここまで道案内してくれた方ですか?』

助役曰く、『そうです。 彼もこの小学校の卒業生で、廃校になるまで用務員として勤めていました。 この辺りに一番詳しい者です。』

村長曰く、『いよいよ音楽教室ですね! さゆりさんと会えるのが楽しみです。』

秘書課長曰く、『村長! 私は廊下で皆さんを待っておりますが、よろしいでしょうか・・・』

村長曰く、『君、震えているね! 好きにしたまえ。 では、子路君、助役、入りますよ!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月28日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート217

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート217」だ。

昨日の引き続きであります。

村長曰く、『秘書課長、急いで車を手配してくれたまえ!』

秘書課長曰く、『はい、すぐに手配いたします。』

村長曰く、『せっかくの機会だ、君も同乗しなさい!』

秘書課長曰く、『私は出来れば遠慮したいのですが・・・』

村長曰く、『この機会でないとめったに見られんぞ。 遠慮しないで一緒に来なさい。』

秘書課長曰く、『はい、そうさせていただきます。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路(しろ)曰く、「・・・ということで、途中まで車で行くことになった。」

子貢(しこう)曰く、「話のわかる村長さんでよかったですね!」

子路曰く、「そうだな。 ツイていたよ!」

顔回(がんかい)曰く、「話の先をお願いします。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


村長曰く、『秘書課長、廃校の中の様子を見に行かせた者たちの報告はありましたか?』

秘書課長曰く、『いいえ! 着いたら連絡するように指示しましたが、まったく音信がありません。』

村長曰く、『どうしたんだろうか? 何か事故でもあったのでしょうか?』

運転手曰く、『村長! 助役! 見て下さい。 役所の車があります。 誰も乗っていないようです。』

村長曰く、『ではまだ戻って来てないということだな!』

運転手曰く、『村長、車で行かれるのはここまでです。』

村長曰く、『ありがとう! ここまででいいよ。 あなたはここで待っていて下さい! みなさん、とにかく急ぎましょう!』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、「運転手さんを一人車に待たせて、村長と助役と課長と俺は、廃校まで歩いて登って行った。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月27日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート216

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート216」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、『村長さんの心の中が写ってきました。 村長さんは様々な問題を一杯抱えていて大変なんですね。 村議会を通さなきゃいけない懸案事項が目白押しですね!』

村長曰く、『それは私に与えられた職務であり責務であるから承知している。』

子路曰く、『村長さんの子供の頃の想い出が写っています。 こんな高い建物はありません! これは廃校になった小学校であります。  あっ、村長さんに目元がそっくりの少年が二宮尊徳像にいたずらしています。 あ~、このいたずらは度が過ぎるので言わないことにします。 もしかしてこの少年は村長さんかも? あっ、また助役さんらしき少年が廊下に立たされてます。 村長さんも助役さんもこの小学校の卒業生なんですね! 村長さんの心が写ってきました。 子供の数が少なくてしかたなく廃校にしたんですね。 この小学校を残そうと努力したんですが、議会決議で校舎の取り壊しが決まってしまったんですね。 村長さんは本当はこの小学校を残したいんですね。』

村長曰く、『そうです。 子路君、この村庁舎の外観をみたね。 バブル時代の箱物行政の産物だよ。 今は財政上、職員も削減してこの中は閑散としている。 若者は職を求めて都市に流れて、残るのは年寄りばかりだ。 しかしあの小学校はこの村の歴史でもある。 たくさんの児童が卒業して大人になっていったんだよ! 帰省した時に生まれ故郷のこの村の小学校を訪ねれば、その時過ごした記憶がよみがえってくるはずだ。 私もその一人だよ。 この機会にもう一度村にとって何が大切か考え直してみたい。』

子路曰く、『はい、それは村長さんの本心ですね! あっ学校童(わらし)のさゆりが写っている。 どうやら話し合いたいようです。』

村長曰く、『そうですか。 人命もかかっている。 急いで出かけましょう。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月26日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート215

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート215」だ。

昨日の引き続きであります。

村長曰く、『では子路(しろ)君、私から一つ提案があるがいいかね!』

子路曰く、『はい、なんでしょうか。』

村長曰く、『私と助役で学校童(わらし)と話し合ってみたいのだが、どうだろうか?』

子路曰く、『そうしていただけると私も大人の使いじゃないので助かります。 さゆりとの約束が果たせます。 ぜひお願いします。』

村長曰く、『では、決まりだ。 ああ、そうだ君に私の心をその “真実の鏡” で写してみてはくれまいか。 私とて人として清い心、正しい心、尊い心、強い心、明るい心、朗らかな心でありたいと自己を陶冶(とうや)しているんです。 だが今の政治を取り巻く環境は困難を極めていて人の倫理に反していても決議されればやらねばならんのですよ! 私は子供の頃より政治家を志してきたが多数代表制で決議されたものをそうやすやすと変更するのもまた多大な困難が生ずるんだ。 少年の君に理解して欲しいと言い訳するのもおかしな話だが、嘘をつきたくないのですよ。』

子路曰く、『はい、村長さんや助役さんの立場もわかるような気がします。』

村長曰く、『では、只今の私の心を写してくれたまえ。 私は私のやれるできるだけのことをしたい! ましてや人の命がかかっている以上、何をおいてもその命を最優先で考えるのが人の道であり、政治家としての務めである。 正しい道を選択しているのか? 私に何ができるのか? 子路君、そのところを “真実の鏡” で見極めて欲しい!』

子路曰く、『わかりました。 では、早速始めます。 “鏡よ! 鏡よ! 鏡さん! 村長さんの誠の心を写して下さいな!”』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月25日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート214

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート214」だ。

昨日の引き続きであります。

村長曰く、『子路(しろ)君は小学校の6年生なんだね!』

子路曰く、『はい、そうです。』

村長曰く、『小6の君が自らも乱用したことをすまなく思っているんだね! お互いに反面教師ということですか。 わかりました。 課長の処分については不問に付すことにしましょう。 助役もよろしいですか?』

助役曰く、『はい、異存はありません。』

村長曰く、『では、課長のプライベートのことについても忘れることにいたしましょう。』

秘書課長曰く、『ありがとうございます。』

村長曰く、『では、本題に入ろう。 子路君の話だと、廃校になっている校舎に学校童(わらし)が住んでいて、この校舎を壊されると行くところが無いということだね!』

子路曰く、『はい、そうです。』

村長曰く、『学校童は、林間学校として来ていた先生や友達を人質にして君が一人、その伝令の使者として選ばれて、今ここに私達といると言うことだね!』

子路曰く、『はい、その通りです! その時にビデオカメラを村役の肩に見せなさいと言付かったんです。 それと、この鏡をもたされたんです。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月24日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート213

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート213」だ。

諸君、昨日の子路(しろ)少年の話の中で、「鏡におじさんの心が写っているよ!」との会話のやりとりがあったね。
心を鏡と置きかえてみると、その鏡が曇っていたり、汚れていれば明瞭に鏡に写すことができませんな!

私、生前こんなことを申し上げていましたよ。
「どんな場合、どんな事物に対応するにも、常に意識を明瞭にしてこれに接するようにすること。 もっとわかりやすく言えば、いつもはっきりした気持ちで何事何物にも接すること。 これが先決問題なのである。 形容すれば、八面玲瓏(はちめんれいろう)磨き上げた鏡の如くあるべきである。 写真のレンズが曇っておれば、対称事物を明瞭にフィルムに印象しない。 これと同様で心が明瞭な意識で保持されていないと、心の前に現われた一切を完全に集中捕捉することはできない。」

八面玲瓏磨き上げた鏡は、どの面から見ても美しく鮮明な心の状態をさしているんです。
当然のことこのような心であれば、おのずと向かい合う人の心がおのずと写し出されてきても不思議ではないんですよ。

では、昨日の引き続きであります。

子路曰く、「村長さん、おまけに助役さんまでお詫びをして頂けるとは恐縮です!」

子貢(しこう)曰く、「先輩、小6の子路少年がそんな言葉づかいするんですか?」

子路曰く、「そんなことわかっとるよ! こんな気持ちで答えたんだということだ。 そこらへんのニュアンスをくんでくれないか。」

顔回(がんかい)曰く、「続きをお願いします。」



村長曰く、「秘書課長! 君の行為は職権乱用に当たるぞ! 処分はあとで検討するよ! いいね。」

秘書課長曰く、「はい、申し訳ありません。 以後気をつけます。」

子路曰く、「村長さん、課長さんを許してあげて下さい。 僕が不思議な鏡を使ったからいけないんです。 ですから私も人の心を乱用したんです。 ごめんなさい。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月23日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート212

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート212」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、
「職員:『おい、俺が鏡に向かって全体ズラをつけたりはずしたりしているところがその鏡に本当に写っているのか?』
 
子路(しろ):『おじさん、俺は写ったままを伝えただけだよ。 おじさん、顔が青ざめているけど、かなり動揺しているみたいだね!』

職員:『おい、その鏡、俺によこせ!』

路:『だめだよ! これはさゆりからの大切な預かり物なんだ。』

職員:『じゃあちょっと貸してくれよ!』

路:『だめだよ! 渡したら返してくれないでしょ! 鏡におじさんの心が写っているよ!』

職員:『渡さなきゃ村長に会わせないぞ! いいのか。』

路:『約束が違うじゃないか! おじさん、これを悪用するつもりだね! バレバレだよ!絶対に渡さない!』

職員:『では、村長に会わせない! 警備員に言えば君の持ち物を取り上げることぐらいすぐできるんだからな。』

そこに村長が助役と一緒に入って来た。
村長曰く、『うちの職員と子路君のやりとりを別室のテレビモニターでみさせたもらった。助役ともどもここに来たのは、子路君、君に謝ろうと思ってね! うちの職員が大変無礼なことをした。 深く深くお詫びする。』

助役ともども村長は頭をさげた。」
 
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月22日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート211

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート211」だ。

昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩の話しっぷりでは、少年子路(しろ)は正義のヒーローですよね。今の先輩とはずいぶんイメージがほど遠いんですが、もしかして少年マンガに出てくる主人公のストーリーを脚色して自分のことのように話しているんじゃないですか?」

子路(しろ)曰く、「これは小6の頃の俺の忘れたくても忘れられない心の傷として残っているノンフィクションドラマなんだ。 子貢君は、人の揚げ足を取る名人だねぇ。 まったく『ああ言えば子貢』 子貢君、君に忠告する。 心の曇りを払拭(ふっしょく)して、素直な心で聞きなさい。」

子貢曰く、「むむむ・・・」

顔回(がんかい)曰く、「二人とも話を引っ張らないでさっさと話の続きをお願いします。」

子路曰く、「職員のおじさんが、『子路君、さっきの私の秘密にしていることわかっちゃった。とは、君は俺の秘密を知っているということだ。 それならば俺の秘密を俺だけに教えてくれないか! 聞かないうちは気になって落ち着かない! 今すぐ教えろ!』

路:『おじさん、もし教えてズバリ的中したら、おじさんの秘密は俺にばれたことになるから、聞かないほうがいいんじゃないの。 それがおじさんのトラウマだとしたら俺はそのことに触れたくないよ! 聞かないで俺とおじさんの胸にしまっておこうよ!』

職員:『俺の秘密なんだから、俺は知っているんだ。 俺が俺のことを聞く分には問題ないじゃないか。』
 
路:『おじさんのたってのお願いであれば言うよ! その代わり落ち着いて冷静に聞いてよ! じゃあ、言うよ・・・ おじさんの頭の毛は実はアデランネイチャーのズラだってこの鏡が写し出したよ。 おじさん、よほど気にしてるみたいだね。 おじさんが洗面所でズラをつけたりはずしたりしている姿が鏡に写ってるんだ。 俺はズラが無いほうがスッキリして男らしくてカッコイイと思うけどなぁ。』 」


 
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月21日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート210

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート210」だ。

諸君、ここで鏡の話が出てきましたな。
余談になるが、鏡と言えば生前に鏡の前に向き合って、潜在意識領域に刻み込むために、顕在意識より気を込めて真剣に命令暗示法を日々実践していた。
その要領は、鏡に映る自己の顔面に対し、自己の欲する積極精神状態を命令的言語を用いて、例えば「信念が強くなる!」というような言葉を、真剣な気分で発声するんです。
発声は特に大声である必要はなく、自分の耳に聞こえる程度でよい。
必要なのは、一回一事項に限ることと、命令したことが確実に自己の精神に具体化するまで、同一命令をその度ごとに続行することであります。

昨日の引き続きであります。

職員:『子路(しろ)君、君は俺に何を言いたいんだ! 人の弱みに付け込んで、俺の秘密を言いふらそうとでも言うのか?』

路:『おじさん、おじさんの秘密なんか俺にとっては関心無いよ、どうでもいいんだよ。 それより、おじさんの力を借りたいんだよ!』

職員:『どうやら子路君は嘘を言ってないことは認める。 しかし俺は一介の宮仕(みやづか)えの身だ。 力は無いよ。』
 
路:『そんなことないよ! 村長に話をさせて下さい! それだけでいいんだ。』

職員:『わかったよ! 子供ながら子路君の友達を思う気持ちに免じて会わせることにしよう!』

路:『本当に村長に会わせてくれるのかい?』

職員:『おれも男だ! 会わせると言った以上、嘘は言わん! こう見えても俺は秘書課長だぞ!』

路:『おじさん、偉い人だったんだね。 見直したよ。』

職員:『見直したはないだろう!』

路:『でもおじさん、本当にありがとう!』
 
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月20日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート209

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート209」だ。

昨日の引き続きであります。

職員:『子路(しろ)君、大人をからかうもんじゃないぞ! 自分の置かれた立場をよく考えるんだな! 嘘をつけば、村長には会わせてやれないな!』

路:『嘘じゃない、これだよ!』

職員:『なんだ手鏡じゃないか! それが何だと言うんだ!』
 
路:『おじさん、これは “真実の鏡” と言って、人の心を写すんだよ!』

職員:『ほお、そうかい! じゃあ、俺の心も写すんだな!』

路:『そうだよ。 まる見えだね!』

職員:『それは恐いね! 俺も叩けばほこりが出るからな! 子路君、すぐわかる簡単なところから試させてもらうよ! 間違えれば嘘と言うことで村長には会えない。 いいね!』

路:『もちろん。 異存は無いよ。』

職員:『大した自信だな! では、俺は昼飯に何を食べたか当ててごらん。』

路:『じゃあ、はじめるよ! “鏡よ、鏡よ、鏡さん! おじさんの心を写して下さいな! 今日のおじさんの昼飯は何を食べたか?” えーっと、ラーメン屋さんが写っている。 お店の名前は “餃子の王様” だ。 えーと、メニューは、ラーメン、ギョーザと半ライスのB定食だ! おじさん、この鏡にはっきり写っているよ!』

職員:『正解! やるな。 だがそれだけでは信用できんな! ではA定食は何だ?』

路:『チャーハン、ギョーザにスープとザーサイがついてるね。』

職員:『正解! やるな。 だがそれだけでは信用できんな!』

路:『おじさん! おじさんを脅す訳じゃないけど、おじさんの秘密にしてることわかっちゃった。』

職員:『なんだこのガキ! おれを脅迫するのか?』

路:『おじさん! 俺は村長さんに話を聞いてもらって、一刻も早く仲間を助け出したいんだ。 それと “さゆり” との約束を守りたいんだ。 ただそれだけだよ!』
 
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月19日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート208

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート208」だ。

諸君、子路(しろ)少年は私の言うところの『積極的精神』が子供ながら出来ているんですな。
仲間の命を救おうとの一途な誠の心が、つまり『誠心誠意』が人を動かすんことになるんですよ。
どんな時にでも本心良心に悖(もと)った言葉や行ないは断然しないことです。
本心良心に悖った言葉や行ないというものは、それ自体がすでに消極的なんです。
積極的じゃないであります。
というのは、本心良心に悖ると、やましい観念のために心の力は常に委縮(いしゅく)してしまうんです。
これも昔のことわざにはっきりとうたわれていますね。

「自ら省(かえり)みて直(なお)くんば、千万人といえど我れ往(い)かん」と。

この言葉こそ、本心良心の発動した結果現象の尊さを形容している言葉なんです。
本心良心の発動した場合における言葉や行ないというものには、一点のやましいことがないから、どんな場合でも恐れることはないという意味です。

昨日の引き続きであります。

職員:『子路君、もし君の言う通りであるとすれば、主謀犯である女の子は学校童(わらし)で学校を守護する精霊であるとか? そんな精霊が子供たちを捕まえて何故こんな残忍非道なことをするんだ! これには納得がいかんね!』

路:『俺、面白い物もってんだ。』

職員:『おいおい、話をはぐらかすな! その面白い物って何だ?』
 
路:『人の本音やたてまえ、嘘か誠か、何を思っているかわかっちまう不思議なものなんだ。 おじさん、興味ある?』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月18日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート207

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート207」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「今時は子供でも何をしでかすかわからないですよ。 警備員も村長に何かあってからでは大変ですからね。」

子路(しろ)曰く、「ま~、騒ぎを起こしたことが結果的には村長と話をすることが出来たんだがな! 自分の持ち物検査と身体検査をされて警備員2名にひも付けられて会議室に連れて行かれた。 まるで犯罪者だ。 そこには男の職員が立っていて、

職員:『坊主、名前は何と言うか?』

路:『はい、子路です!』

職員:『子路君、これからいくつかの質問をするから正直に答えてくれたまえ、いいね! 答え如何(いかん)によっては村長に面会させないでもないぞ!』
 
路:『はい、正直に答えます。』

職員:『子路君、騒ぎを起こした本当の理由を答えなさい!』

路:『俺はこの村の山の上の廃校の小学校に林間学校として学ぶために友達と来ているんです。 そこに行ったら “これこれしかじか”の理由でここに来ることになっちまったんです。 持参したビデオカメラを見てもらえばわかります。』

職員:『ビデオカメラの中身はすでに見せてもらった。 作りごとかそうじゃないか、廃校に職員を見に行かせている。 これが事実だとしたら人命に関わることだからな! ただし、妖怪の脅しに屈して村議会で決定されたことを、“はい、そうですか” と直ちに覆(くつがえ)す訳にはいかないんだぞ!』

路:『“はい、そうですか” と覆して下さい! とにかく人命に関わることです! 廃校一つぐらい村の歴史記念館にしたっていいじゃないですか!』

職員:『君の意見は聞いていない。 こちらの質問にだけ答えなさい。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月17日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート206

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート206」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「村役場に着くと正面玄関をくぐって自動ドアを通り抜け受付目がけて駆け寄って行った。 そこで、俺は大胆にも村役場の受付で『村長さんに会わせろ!』と大声を上げたんだ。 受付の女性が『ぼく。 ここでは大声出しちゃいけませんよ。』とたしなめられたが、『子供の命に関わる大事なんだ。 このまま放っておくと友達が死んでしまうかもしれないんだ。 助けておくれよ!』と必死で叫んだんだ。 頭の髪の毛の薄いメガネをかけた男の職員が俺の方に駆け寄って曰く、『こらぁ、ガキ、静かにしろ!』とどなり上げてきた。 『うるせぇ、お前みたいな小役人に用は無い。 村長に会わせろ!』と言い返したんだ。 『生意気な小僧だ! 小役人で悪かったな!』と言いながらこの職員が俺を捕まえようとしたから、『捕まってなるものか!』と逃げながら大声で『村長に会わせろ! 山の上にある廃校にいる子供の命が危ない! 助けてくれ! ヘルプ! 村長出てこい!』と連呼したんだ。 そこに黒塗りの公用車から降りてきた村長らしき人物に遭遇したんだ。 村長は『おいおい、この騒ぎは何だ! テロでもあったのか?』とお供のものに聞いていた。 俺はすかさず『村長さんですか? 村長さんですか? おじさんは村長さんですか?』 村長曰く、『どうしたんですか? 私がここの村長だが? 私に何か用でもあるのかい?』 俺は『大変なことになっているんだ。 俺の友達の命が危ないんだ。 助けておくれよ!』と大泣きしたんだ。 村長もただ事ではないと察したようだったが、俺は警備員に捕まって取り押さえられてしまったんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月16日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート205

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート205」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、

さゆり:『そうよここは私の家でもあるのよ! 他の派遣切りにあった妖怪たちも次の職が見つかる間暮していけるための大切な施設でもあるの! そんなことより、ぐずぐずしているとあなたの友達がこのままミイラになるわよ! やるしかないのよ。 あなたにノーという返事はないの。 覚悟しなさい!』

路:『“義を見てせざるは勇無きなり” 男、子路! やってみせるぜ! すぐに役場に行って事情を話をして俺の仲間とお前の仲間とこの学校を壊さないでもらうように話をつけて来るぜ!』

さゆり:『あなたの仲間が持っていたとビデオカメラが一目で事態がわかるようにしてあるからこれを見せればいいわ! それとこの鏡を持って行って! これは“真実の鏡”と言って精霊たちの必須アイテムで、人の心の思いが真実かどうか見抜ける鏡なのよ! それにナビにもなるとっても便利な鏡なのよ。 使い方は簡単よ! 鏡に自分の顔を写してこうとなえるの “鏡よ、鏡よ、鏡さん。役場まで連れて行って下さいな!” わかった?』

路:『わかった! ロンパールームの要領で言えばいいんだな。 ありがとう』

さゆり:『終わったら返してね! ぐずぐずしないで早く行って!』

路:『行ってくるぜ!』

早速俺は食料と水をリュックに入れて、カメラと鏡を持って村役のいる役場に向かったんだ。
俺は鏡の導くままに従って行くと村の家々が見えてきた。
村の唯一の繁華街である銀座通り商店街の中心に地上10階建てのガラスばりのビルでこの村の環境には似つかわしくない建物であった。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月15日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート204

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート204」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、

さゆり:『子路兄ちゃんよく聞いて! この廃校(はいこう)になった校舎は今年いっぱいで壊されてしまうのよ! この建物は120年の歴史があってこの村の子供たちの成長を見守ってきたのよ! 校庭の二宮尊徳像も校門の桜の木もそうよ! これが全て壊されてしまうの!』

路:『さゆりちゃん、今どきは少子化で子供の数が減る一方だよ。 あっちこっちで学校が成り立たなくなって閉校している現状だ。 ましてや廃校になって子供がいないなら、このまま使わない校舎として置いておく訳にゃいかないじゃないかい? 管理するのも大変だから行政も仕方なくすることだと思うよ。』

さゆり:『そんな勝手なこと許さないわ! ここの小学校はこの地域で最初の学校で村人が自らの手で建てたところよ! 村にとっては重要文化財よ! 壊す前にこの校舎を村中で活かすことを考えてないわ!』

路:『なんか難しい話になってきたな! 俺に何をしろと言うんだよ!』

さゆり:『この校舎を壊さないでほしの! それと村中で大切にしてこの小学校に全国から子供や大人が集まるように努力して欲しいことを村役の人達に伝えてくれない!』

路:『伝えるって、小6のよそ者の子供の話を聞いてくれるかい?』

さゆり:『そのために人質よ! これは最後の手段なの。 私達は長年ここに住んでいるのよ。 この場所が無くなったら行くとこもなくなってしまうのよ!』

路:『さゆり、この小学校がお前の家なのか! ホームレスになっちまうのか! 他の小学校に転勤することはできないのかよ? バカなことはやめて次の家を早く探しなよ!』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月14日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート203

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート203」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「正座で足がしびれていた。 それを察したのか、

女の子:『足がしびれて座ってられないのね! 特別に許してあげるから足をくずして楽ににしていいわよ!』

俺は助かったと思ったよ。 すぐ足をくずして立ち上がろうとしたが、足がもつれて大きく転倒してしまった。

路:『おい、陽明(ようめい)、肩を貸してくれ!』と呼んだが、やつはすでに俺の後ろで気絶していたんだ。

女の子:『アハハハハ・・・ あなたの仲間で私と話ができるのは、子路兄ちゃんあなた一人だけよ!』

路:『何故俺だけ一人残したんだ?』

女の子:『あなたは勇気があるわ! 男の中の男と見込んでお願いがあるの!』

路:『お前は誰だよ! 本当の正体を明かせよ!』

女の子:『わかったわ。 私の名前は“さゆり”。 職業は学校童(がっこうわらし)よ。 よろしくね!』

路:『座敷童(ざしきわらし)は聞いたことあるが、学校童は聞いたことがないぞ。 嘘を言うなよ!』

女の子:『私は小学校の精霊、お化けじゃないわよ! 小学校の繁栄を守護する役職なのよ!』

路:『さゆりが小学校を守護する精霊なら、何で俺の仲間をこんなひどい目にわせるんだよ!』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月13日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート202

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート202」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「おやじグモ曰く、『正座したまま頭を下げろ! 俺が“おもてをあげよ!”と合図するまでそのままでいろよ。 いいな!』 俺は『わかった』と言ってすぐ額が床に着くぐらい深々と頭を下げた。 おやじグモ曰く、『ボスのお出ましだ。』 俺は頭を下げたまま少し緊張した。」

顔回(がんかい)曰く、「妖怪の世界も仁義を重んじるんですねぇ~! 勉強になります。」

子路曰く、「妖怪の世界が仁義に厚ければ、孔子先生の言う理想世界だぜ!」

顔回曰く、「話の先をお願いします。」

子路曰く、「いよいよボスとのご対面だ。 おやじグモ曰く、『坊主、おもてを上げよ!』 俺はゆっくりと頭をあげた。 俺の前にいたボスとはトイレの天井にいた女の子だった。」

子貢(しこう)曰く、「そうじゃないかと薄々は感じていました。 やっぱりそうでしたか。」

顔回曰く、「私も同感です。 その先をお願いします。」

子路曰く、「思わず『トイレにいた女の子じゃないか! 陽明(ようめい)や玄徳(げんとく)や友達にひどい目にあわせた首謀者はお前か?』

女の子:『子路兄ちゃん勇気あるね! それに友達思いで感心しちゃった。』

路:『おい、お前! すぐに玄徳たちを解放しろ!』

女の子:『いやよ! せっかくの人質だもの。』

路:『人質とはどうゆうことだ。 本当は人を食うつもりでいたんだろう?』

女の子:『あなた方は私の人質よ!』

路:『お前いったい何者で、俺たちを人質にとるとは何が目的だ!』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月12日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート201

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート201」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「理由はわかりませんが、おやじグモはおやじグモなりの立場があるんですね! まるで中年中堅サラリーマンのようですね!」

神北(かんぺき)曰く、「そこに勤めていた小学校の先生が亡くなって何かの理由で妖怪グモおやじになったのかもしれませんよね!」

顔回(がんかい)曰く、「まー、どちらにしても今時のサラリーマンは厳しいですよ! とにかくここでは真実を知っているのは子路少年です。 その話をうかがいましょう。 ではお願いします。」

子路(しろ)曰く、「では、話を戻そう。 どうやらおやじグモの上司が陰に隠れていて糸を引いて操っているらしいことは推測できるだろう。 『おい、おやじさんの立場はわかったから、お前のボスとやらに会わせてくれよ! 何故こんなひどいことをするのか、俺が直接ボスに聞くからな! それならおやじがボスの命令を忠実に守ったことになるだろう!』 おやじグモ曰く、『わかった。 ボスと話をしてくるからちょっと待っていろ!』 俺はその場を動かずに立って待っていたんだ。」

神北曰く、「ボスって誰でしょうねぇ? すごくグロテスクなやつなんでしょうかね?」

子貢曰く、「意外にその逆かもしれませんよ!」

顔回曰く、「私もそんな気がします。 ではその先をお願いします。」

子路曰く、「しばらくするとおやじグモが戻ってきたんだ。 おやじグモ曰く、『待たせたな。 ボスがお前に会うそうだ。 正座してして待つようにいいな!』 何で正座して待たなきゃならないのかと思ったが、とにかくボスに会うために『ハイ』と元気よく返事をしたんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月11日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート200

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート200」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

神北(かんぺき)曰く、「先輩すごいですね! 敵にほめられたんですね。」

顔回(がんかい)曰く、「神北君、おやじグモがまだ敵と決めるのは早計すぎますよ。」

子路(しろ)曰く、「そうだな。」

顔回曰く、「話の先をお願いします。」

子路曰く、「俺はおやじグモに真意を尋ねた。 

路:『こりゃ、ほめてくれてありがとさん。 おやじグモに、いや、おじちゃんグモに聞きたいことがある。 答えてくれるかなぁ?』 


おやじ:『あらたまって何だよ! 聞きたいことがあるなら言えよ!』

路:『では、おじちゃんはどうしてそんな蜘蛛男になっちまったんだ?』

おやじ:『どうしてそんなことを聞く!』

路:『スパイダーマンは糸は飛ばすが姿は人間のままなので聞きたかったんだ。』

おやじ:『話せば長くなる。』

路:『では、次の質問。 どうして子供の玄徳(げんとく)をかどわかして糸でぐるぐる巻きにしてしばりつけるようなひどいことをするんだ。』

おやじ:『お化け屋敷のアトラクションじゃないんだ。 このくらいのことをしないと目的が果たせない!』

路:『目的が果たせないとはどういうことだよ! 子供の俺にわかるように話してくれないか?』

おやじ:『それは俺の口からは話せない!』

路:『聞けって言ったじゃないか!』

おやじ:『聞きたいことがあるなら言えと言ったが、それについて答えるとは言ってない!』

路:『お前、蜘蛛のくせしてずいぶんと理屈言うね。』

おやじ:『話したら俺のボスにこっぴどく叱られる! 俺のボスってすごく怖いんだ! そのことは聞くな! 俺の立場も理解してくれ。』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月10日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート199

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート199」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩! 蜘蛛には手があるんですか?」

子路(しろ)曰く、「子貢君、おやじグモなんだ。 手もありゃ足もある。 つまりカニのハサミの部分をおやじグモの手であるとイメージしてくれたまえ。」

子貢曰く、「とりあえず了解しました。 先をお願いします。」

子路曰く、「おやじグモが額(ひたい)を指して『おい、クソガキ! お前が投げた懐中電灯が俺のおでこに当って額が割れた。 よ~く見ろよ! このキズ、どうしてくれるんだ。』と怒ってるんだ。 よ~く見ると額の真中の上部から左下に三日月型の切り傷があったんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「それで先輩はどう答えたんですか?」

子路曰く、「『おやじグモさん、よ~く聞けよ。 そんな傷ひとつくらいで死にゃしないぜ! おやじが俺たちを脅かすからいけないんじゃないか! その傷のかたちは俺のじいちゃんと同じ三日月型の傷だ! じいちゃん曰くそれって“天下御免の向こう傷”と言うんだぞ。 男の勲章だよ。 つまり度胸の証だ。』」

子貢曰く、「おやじグモはただ驚かすだけで、人喰いグモではなさそうですね。 その先をお願いします。」

子路曰く、「おやじグモが俺に向かって『おい、クソガキ! お前いい度胸してるな。 たいがいは俺の姿を見るだけで、気絶するか腰抜かすかしょん便漏らすかだ。 俺に傷をおわせたやつはお前がはじめてだ。 ほめてやるぞ。』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月9日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート198

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート198」だ。

諸君、子路(しろ)の話からの引き続きであります。

子路曰く、「俺は隣の教室を開けると、そこはまさに妖怪グモの吐く糸にからめとられる寸前の女子の泣き叫ぶ光景であった。 その蜘蛛ときたら、さきほど一階の教室にいたはずのおやじグモで、俺の顔を見て不敵に笑ったんだ。 俺と陽明(ようめい)とはなすすべを失ってただ呆然と立ち尽くしていた。」

子貢(しこう)曰く、「そのおやじグモは、人喰いグモなんですか? 食べる気だったらもうとっくに誰かが食べられて犠牲者が出てますよ! 先輩も人喰いグモに食べられていたら今頃はここで飲んでられませんからね! ぐるぐる巻きにして楽しんでいるだけじゃないですかねぇ。」

子路曰く、「子貢君は何でも理屈で捉えるからいけないねぇ! その場に出くわしたら起こった出来事をいちいち分析してさらに解析している余裕なんかないんだぜ! 自分を信じて刹那刹那の霊感の勘が頼りなんだ。 子貢君、事件は現場で起こっているんです。 その時にはよろしいか! 理屈を超えた判断が必要となるんです。」

顔回(がんかい)曰く、「先輩のおっしゃることがよく分かります。 その先をお願いします。」

子路曰く、「そのおやじグモが臭い息を吐きながら俺の方へ近づいてきたんだ。 さすがの俺も身震いしたよ。 ところがおやじグモが俺の前でピタリと止まっておかしなことを言いやがる。」

神北(かんぺき)曰く、「おやじグモは喋れるんですか?」

子路曰く、「まさか蜘蛛は人間の言葉は喋れねえが、妖怪おやじグモだから顔はおやじだ! 喋れねれ道理はないぜ。 いきなり俺に『お前、俺の額の傷を見ろ』と蜘蛛手でおやじの額(ひたい)を指差したんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月8日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート197

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート197」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

「旗本退屈男」や「桃太郎侍」に出てくる主人公のように、人を大根や人参、キャベツを切るように切れるもんじゃありませんぜ。

真剣で命のとりやりをする時です。
いくら偉そうなことを言ったって、初めての命のとりやりというものはね、もう生きた気持ちのあるべきものじゃないんですぜ。
もしも、「俺は初めての斬(き)りあいの時だったって、何もかもはっきりしていた」っていう奴があったら、そいつは嘘ですよ。
何がどうなったんだか、ちっともわかりゃしないんだ。
殺されちゃたいへんだと思うからね。
一尺足らずの仕込み杖(づえ)を抜いて構えは構えたものの、震えてんだか動いてんだか、息してんだか生きてんだかわかりゃしない。
それで雲をつくような男が青龍刀(せいりゅうとう)ブンブンふり回して、デモンストレーション(示威)がすこぶる派手なんですからねえ、満州の馬賊(ばぞく)って奴は。
その時フウッと……思ったんじゃないよ、思わないで頭の中に出てきたんだ。
「真剣の勝負は腕前じゃない。度胸だぞ」って。
毎晩、もういやんなっちまうように聞かされていたその話が、爺(じい)の顔がパアーッとあっちへ出ると同時に、頭の中に閃(ひらめ)いたと思うと、どういうふうに斬り込んじゃったか、とにかくメチャメチャに斬っちゃったわけです。
それで、どこもどうもないとこを見れば、私は無事だったんだ。
もしも、ああいう尊い毎晩の教えが私の頭になかったら、あるいはそれでこの世を終わってしまっていたかもしれないんです。
いや、斬りあわないうちに倒れちまいますよ。
だから、現在かくある原因は自分じゃ気がつかなかろうけど、心のなかに与えられた、知らざるあいだに自分の心を同化させている暗示のおかげだということを深く反省しなければいけないんであります。
だから今夜から寝がけ、わずかな時間ですが、寝つくまでのあいだ、たとえ昼間どんな場合があろうとも、それは寝床の中に持ち込まないこと。
寝床の中はあとうかぎり積極的な状態で心を堅持しなければ駄目ですよ。
理想からいったらば、寝がけは何も考えないほうがいいんです。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月7日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート196

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート196」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

さて、私の爺(じい)は夕飯の場合には必ず四つも五つもお膳(ぜん)を並べて、腰元が三人もかしずいて晩酌(ばんしゃく)の楽しみを毎晩やることになっています。
そうすると必ず私が呼び寄せられる。
で、言うことがもう紋切り型、判で押したようなことを言うんです。
「そちの好めるものを食(しょく)せ。 もっと近(ちこ)うまいれ。 よく眼(まなこ)をすえて爺の額(ひたい)を見ろ」
額に三日月型の刀傷があるんです。
それが自慢なんです。
私の爺というのは。
「これは戦場出途(しゅつと)の往来によって男の誇りの向こう傷じゃ。 よくうけたまわれ。 男が戦う際は腕じゃないぞ、度胸だぞ。 いかに腕前が優れてるといえども、度胸がなければ必ずその戦いに負ける。 爺が何べんものう、戦場を往来しても、この傷だけでもって命を全うしたのは、自慢するわけじゃないが、しいだま(=度胸)があったからじゃあ。 いざという時は度胸ぞ」
これが必ず爺が私にいう毎晩の言葉なんです。
もう毎晩ですから知っているんです。
「近うまいれ、好めるものを食せ。 眼をすえてよくこの傷を見い」
もうちゃんと何もかも知っているんだ。
こっちはとにかくお膳のものを食いさえすればいいんだ。
何のこともなく思っていた。
むしろ毎晩毎晩の話を飽きっぽく聞いていたやつが、こんど真剣で命のやり取りをする時です。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月6日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート195

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート195」だ。

諸君、子路(しろ)の少年の勇気と度胸は父方のおじいさんの何に故に由来しているのか?
やはり「三つ子の魂百までも」と言うが、幼少の折に聞かされた話というのは、要するに潜在意識の中にインプレス(刻印)されるんですよ。
私が初めて満州で真剣の勝負をしたのは十八歳の時であります。
錦州城(キンシュジョウ)と九連城(キュウレンジョウ)の偵察の任務を参謀本部から仰せつかった河野金吉(こうのきんきち)という人の鞄持(かばんも)ちして十六歳の時に今の満州へ入り込んだわけなんだ。
そうして、生れて初めて真剣の前に命のやり取りをする土壇場(どたんば)に立たされた。
ほとんど無我夢中ではあったけど、その時フゥーッと私の気持ちの中に小さい時、毎夜毎夜、耳にタコが出来るほど聞かされた、私の爺(じい)の言葉をヒョイッと思い出したんです。
私の爺というのは初代の柳川藩主伯爵立花鑑徳(たちばなかんとく)で、私の幼少の名前は三午(さんご)と言った。
それは午(うま)の月の午の日の午の刻に生まれた、その三つの午というので三午という名前だった。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月5日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート194

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート194」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「子路(しろ)少年は勇気と度胸がありますね! 子路少年の勇敢さはどこに由来しているのでしょうか?」

子路(しろ)曰く、「回(かい)よ! いい質問だ。 父方のじいさんは、天風先生のおじいさんと同様に額(ひたい)に三日月型の刀傷(かたなきず)があったんだ。 毎晩の晩酌で一杯やってほろ酔い気分になると必ずこの刀傷を人差し指で大袈裟のポーズでこれ見よがしに指して自慢するんだぜ。 『パッァ! この額の刀傷が目に入らぬか! よ~く見ろよ! これが天下御免の向こう傷じゃ。 男が戦う際は腕じゃないぞ、度胸ぞ。 パッァ!』とお決まりの文句を言うんだ。 毎晩のこの言葉が幼い俺の心の潜在意識層にしっかりと刻印されていたんだな。 きっと!」

顔回曰く、「『旗本退屈男』の早乙女主水之介の決めゼリフにそっくりですね!」

子路曰く、「そうだな。 俺は幼い子供だったので、誰のセリフだろうが、毎晩言われ続けるとじいちゃんの真似を自然とするようになったんだ。 小さな額に墨つけて『パッァ! この額の刀傷が目に入らぬか! よ~く見ろよ! これが天下御免の向こう傷じゃ。 男が戦う際は腕じゃないぞ、度胸ぞ。 パッァ!』 それを見てじいちゃんも喜んでくれたんだ。 この歳になってもその言葉を俺は戒(いまし)めにしているんだぜ。」

子貢(しこう)曰く、「やはり幼い頃に自然に覚えたものは、後々すごい力となって働くんですね! 先輩、勉強になりました。」

顔回曰く、「話の続きをお願いします。」

子路曰く、「隣の女子がいる教室から遊園地の絶叫マシンが怖くって逆さになった時の悲鳴に近い悲鳴がした。 俺と陽明(ようめい)はすぐ隣の教室に向かった。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月4日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート193

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート193」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺は陽明(ようめい)の手を引っ張って廊下を突っ切って、二階の階段を駆け上がり皆のいる教室の戸の前に戻ったんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「そのおやじグモは追っかけてこなかったんですか?」

子路曰く、「どうしてかは知らないが追っかけてこなかったんだ。 教室の戸の前で二人して『ハァ! ハァ!』と息を切らせながら『先生! 玄徳(げんとく)が妖怪グモに捕まって食べられちゃうよ。 早く助けに来て下さい!』と二人して叫んだんだ。 ところが中から返事がない。 戸を開けて入ろうとしたんだが、戸が何かに引っかかって開かないんだ。 『おかしいなぁ。』と思ったが、何とかしなくちゃならない。 思いきって戸に体当たりした。 戸がはずれて教室を覗いてみると・・・」

顔回つばをゴクっと飲み込みながら曰く、「・・・ のぞいてみると・・・。 それから・・・」

子路曰く、「のぞいてみると・・・、何と付き添いの先生と男子全員が ♪『いーとーまきまき、いーとーまきまき』♪ 蜘蛛の糸に巻かれて、まかれて、まかれて、ぐるぐるまきになっていたんだ。」

顔回曰く、「それって妖怪グモではなく、エイリアンの間違いじゃないですか?」

子路曰く、「まさしく、エイリアン蜘蛛と言っても過言ではないな! 陽明と二人してその光景に唖然としたんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月3日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート192

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート192」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「先輩どうして妖怪グモだとわかったんですか? やはり霊感でしょうか?」

子路(しろ)曰く、「蜘蛛の巣で、蜘蛛の糸に巻かれているんだから普通に考えても蜘蛛だよな! ましてや子供であっても人間が身動きできないほどの蜘蛛であれば、尋常じゃないよな。 それで妖気も感じていたから妖怪グモに間違いないと直感したんだ。 わかりやすいだろ。」

子貢(しこう)曰く、「その妖怪グモは人間をエサにするなら、人食いグモですよね! 目に見えない次元の違う妖怪が人間を実際に食べるんでしょうかねぇ~。 信じられませんがね。」

子路曰く、「子貢、お前いちいちケチをつけるね! 身の危険を感じる時の本能がはたらいて俺は子供なりに食われちまうと直感したんだ。」

顔回曰く、「それはそう感じてあたり前です。 その先をお願いします。」

子路曰く、「陽明(ようめい)が教室の戸をに引いて開けようとする刹那、蜘蛛の糸が『シュー』ととんできたんだ。 陽明は戸にべったりと貼りつけ状態にされたんだ。 俺はとっさに蜘蛛の糸がとんできた方向を懐中電灯で照らした。 その先には口先だけは蜘蛛の口でおやじの顔をしたさえない妖怪グモがいたんだ。」

顔回曰く、「それでどうしたんですか!」

子路曰く、「俺の方へ向かって来たんで懐中電灯をおやじグモの顔に目がけて投げつけてやったんだ。 そうしたらピンポイントで頭に命中した。 やつがひるんだすきに引き戸を蹴破り陽明を引きずり出して『先生助けて~』と叫びながらひたすら廊下を走って逃げたんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月2日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート191

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート191」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「まさか先輩が小学生のころから霊感があったとは知りませんでしたよ。」

神北(かんぺき)曰く、「子路(しろ)大先輩は実は霊能力者だったんですか? そんな風にはみえませんですよね!」

子路曰く、「神北よ、大人に成長してからは、さっぱりない! 今はまるっきり何も感じないぜ!」

顔回(がんかい)曰く、「話を進めましょうよ! 妖気を感じて、それからどうなったんですか?」

子路曰く、「俺は陽明(ようめい)のリュックにぶら下がっていた懐中電灯を取りだし、薄暗い教室内を照らしてみたんだ。 周りをよく見ると、蜘蛛の巣だらけで不気味だった。 天井を照らしてみるとそこには突然いなくなった玄徳(げんとく)が蜘蛛の糸に巻かれて身動きができずにもがいていたんだ。 ちょうどもがけばもがくほど糸がからまり力尽きて行くセミにそっくりだった。 『おい玄徳大丈夫か? 俺だ、子路だ! 口がきけるなら返事をしろ。 今先生を呼んで助けてやるから待っていろ!』 玄徳の返答は帰ってこなかった。 玄徳はすでに力尽きてぐったりしていたのだ。 天井の奥に玄徳をこんな目に合わせた得体のしれない化け物がいるのを感じたんだ。 『おい、陽明! 玄徳が危ない! 妖怪グモのエサにされちまうぞ! 急いで先生たちを呼んで来てくれ! 急げ!』」 

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月1日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート190

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート190」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺は陽明(ようめい)の着替えを手伝ってやりながら、
路:『おい、陽明、お前の見た女の子は俺の見た女の子と同じ子だろう! それとお前の後について来た玄徳(げんとく)を見なかったか?』
陽:『個室トイレに入る時には、玄徳ちゃんを小使用のトイレで用を足しに来たのを見かけたのが最後ですよ。』
路:『おい陽明、何か変じゃないか? もしかして俺たちとんでもない林間学校に来ちまったかもしれないぜ。』
陽:『子路ちゃん、それどういうことだい? もしかしたら〝金田一少年の事件簿“のようにこの学校で林間学校殺人事件が起こるとか?・・・』
路:『いいか、陽明この校舎全体を何者かに監視されている気がするんだ。 つまりお化けか妖怪かわからないが、何かこの世ならざるものがうようよしている。 この学校の校門に入ってからずっと俺の髪の毛の霊感センサーがかなり強い妖気を感じとっていたんだ。』
陽:『子路ちゃん、まるでゲゲゲの鬼太郎だね! すごいよ。』
路:『さっきからこの教室も妖気が漂っている。 何かいるぜ!』
陽:『でも子路ちゃん、お化けには学校も試験も何もないはずだよね! 何で学校に出てくるんだろうね!』
路:『お前〝学校の怪談“見たことないのか?』」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月31日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート189

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート189」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

「いずれにしても、こうしたことのいっさいを考えてみて、私はだよ―諸君がどう考えようと勝手だよ―人生を理論的に難しく考えて苦しむよりは、率直(そっちょく)に喜びのときをできるだけ多く、いかなる場合にも、心か肉体かどちらかに味わせて生きることを人生生活の主眼とするのが、どうせ遅かれ早かれ死んでいく命に対する最上の考え方だと決定したのであります。 
こういう考え方はね、死ぬときが今まもなく来るだろうと思う人間でなきゃ考えられない考え方なんだ。
あなた方みたいに、当分は死なないだろうとのんきに考える人間の頭のなかにはでてこない考え方かもしれない。 けれどね、人の命、まことに、『あすありと思う心の徒桜(あだざくら) 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは』というのが本当のことだもん。
しょっちゅう我々は死と対決してるんですよ。 『Human is mortal(ヒューマン・イズ・モータル)』という言葉があるじゃないか―人間とは死ぬものなり。 もういっぺん言おうね。 二度三度も言ってさしつかえないんだ、私の人生観をね。
人生というものは、忍苦(にんく)の忍耐道(にんたいどう)というような難しいことを考えるより、いつでも自己の命に喜びをできるだけ多く味あわせるようにするとろこに、本当の生きがいがある。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月30日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート188

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート188」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

「もちろんその欲望は、これまた各人各様、種々雑多でしょう。 あるいは金が欲(ほ)しい。あるいは地位が欲しい。 名誉が欲しい。 溶(と)けるような気持の恋愛が欲しい。 あるいは宝石がいい。 いや俺は家屋敷(いえやしき)がいい。 いや什器(じゅうき)だ。 俺はそれよりも、このごろはやりの石を集めたいとか、いや私は着物だ、というようにね―みんな欲しい? みんなはいけないよ。 それで、こうしたいろいろの区別をもつ個性的欲望のいずれもが、すべて結論すればだ、み~んな自分自身がそれによって喜びを感じたときに幸福を感じるじゃないですか。 だから幸福とは、喜びを感じるときの人生を指していう言葉だと言えるね。 手をたたくときが幸せじゃないね。 『幸せなら手をたたこう』って歌があるけれど、手をたたいたって幸せになりゃしないもん。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月29日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート187

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート187」だ。

諸君、幸せって何だと思いますかい?
「おててのしわとしわを合わせて幸せ・・・」
幼い女の子が手を合わせている仏壇屋のCMがありましたな。
「手の節(ふし)を合わせたらどうなるのよ?」という反論もあるでしょうな。
私が生前にねこう言うことを話したことがあるんです。

「私は、だれが何と言おうと『人生というものは、忍苦(にんく)の、あるいは忍耐のというような難しいことを主張するよりは、現在の自分の生きている命に喜びをできるだけ多く味あわせる、そこに真の生きがいがある。』 聞き違いはないだろうね。 これが私の人生観なんだ。 ようく説明するまでもないことでしょう。 喜びのないところに本当の生きがいのある人生というものはないはずであります。 いいかい。 人間はお互いは、それぞれいろいろな欲望をもっている。 その欲望を具体化するために、お互いは毎日あくせく頭を使い、体を使ってあわただしく働いて、動いてるんじゃないかい。」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月28日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート186

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート186」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、
「路:『“ポン酢醤油”と言って女の子は納得したのか?』
陽明(ようめい):『それが今度は “ポン酢醤油ってなぁに?”と聞いてくるんだ。』 
路:『それでお前何と返答したんだよ。』 
陽:『“ポン酢醤油はポン酢醤油だよ! ポン酢醤油を知らないのか?” 女の子は“知らない! 知らない! 知らない! ポン酢醤油ってなぁに? ポン酢醤油ってなぁに?”って言いながら口が裂けてきて僕を飲み込もうとするんだ。』 
路:『おい陽明、女の子は仮の姿でヘビ少女じゃねえのか? それで陽明飲み込まれたのに、こうして生きてここにいるんじゃないか。 変だなぁ?』 
陽:『子路ちゃん、僕は意識がもうろうとする中で “生きなきゃ、生きなきゃ、強く生きなきゃ”ともがいているうちにおなかに力が入っちゃって打ち上げ花火のようなすごい音のオナラが出たんだ。 それからはおぼえていないんだ。』
路:『お前、ねずみ男か! それで俺が来た時は気を失っていたんだな。』
それから陽明を肩に担ぎながらリュックを持って陽明を着替えさせるためにとりあえず校舎の1階の空いた教室に入ったんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月27日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート185

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート185」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、
「陽明(ようめい):『何とかここから脱出しようとトイレの戸を思いっきり蹴りつけたが、びくともしないんだ。 そうこうしているうちに天井の柱の間にいた女の子が“あけないよ!”と言って下に飛び降りてきて、そして僕の顔の鼻先3センチまで顔を近づけてきたんだ。 目をつり上げて僕の目を睨みつけ “幸せってなあに? 幸せってなあに? 幸せってなあに?”と何度も繰り返すんだ。 子路ちゃん、せまいトイレの中で僕は出るに出られず雪隠詰めに追い込まれちゃったんだ』 
路:『雪隠と言やあ、便所のことじゃないか。 便所の中で雪隠詰めとは上手いこと言うじゃないか!』 
陽:『子路ちゃん、感心している場合じゃないよ。』 
路:『それでお前何と答えたんだ。』 
陽:『僕はその時ピーンと閃いたんだ! それで自信たっぷりにいこう言ってやった。 “よく聞けよ! それはポン酢醤油のある家(うち)さ!” 』 」

顔回(がんかい)、子貢(しこう)、神北(かんぺき)声を揃えて同時に曰く、「ポン酢醤油のある家(うち)?」

子路曰く、「陽明のやつそう言ったんだ。 ちなみに俺んちはポン酢醤油は無かったんだが、陽明の家(うち)は必ず1本は冷蔵庫の中に入っているそうだ。」

子貢曰く、「だから陽明ちゃんは自信を持って答えられたんですね。 言葉に説得力がありますよ。」

顔回曰く、「ちなみに私の家にはポン酢醤油はありませんでした。 今でもキッコーセンの醤油とポメラニアン中濃ソースです。」

神北曰く、「家(うち)はキッコーオクのポン酢醤油がありましたね。」

子貢曰く、「私の家(うち)にもありましたよ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月26日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート184

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート184」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。
子貢(しこう)曰く、「先輩、それで陽明ちゃんはどうなったんですか?」

子路(しろ)曰く、「俺の肩につかまってだが何とか立って歩けるようになったんだ。 『おい陽明、俺がリュックを取って来る間に何があったんだ?』 陽明が言うには『トイレの天井の柱の隙間に女の子がいたんだよ。 僕の方を見ながらこう言うんだ。 〝漏らしたの見ちゃった!“ 僕はすかさず〝君は女の子だろう! ここは男子トイレだよ。 女の子はここに入っちゃいけないんだぞ。”と言ってやったんだ。』」

顔回(がんかい)曰く、「それで・・・」

子路曰く、
「路:『おい陽明、俺も隣のトイレで見知らぬ女の子を見たよ!』 
陽:『子路ちゃんも見たんですか?』 
路:『見たよ! 陽明、それからどうなったんだ。』 
陽:『漏らしたの内緒にしとくから何でもいいから歌を歌えと言うんだ。』 
路:『それでお前歌ったのか?』 
陽:『うん』 
路:『何歌ったんだ?』 
陽:『それで坂本九ちゃんの“幸せなら手をたたこう”を歌ってあげたんだ。』 
路:『お前、トイレの中でよく歌えたな! えらいよ。 それからどうした?』 
陽:『歌い終わる前に女の子が怒りだしたんだ。』 
路:『何で怒ったんだ?』 
陽:『子路ちゃん、知らないよ! 僕に“幸せって何?”と聞くんだよ。 それも壊れたレコードみたいに何度も同じ言葉を繰り返すんだ。 僕は恐くなって、逃げ出そうと思ったんだけどロックがはずせないんだ。』

路:『それでおまえどうしたんだよ。』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月25日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート183

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート183」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。
子路(しろ)曰く、「先生が珍しく居間でテレビを見てくつろいでおられた。 『先生、時代劇が好きなんですか?』と聞いたんだ。 子曰く、『水戸◎門のテレビドラマが好きでね!』と言われたんだ。」

神北(かんぺき)曰く、「もしかして孔子先生もお銀さんの隠れファンだったりしてね!」

子路曰く、「それは先生から聞いてはいないが、子曰く『私は初代の東野英治郎の黄門様が好きだね。 あの笑い顔と笑い方が明るくて自然でいい!』とおっしゃったんだ。」

子貢(しこう)曰く、「へぇ~、知らなかったです。 回(かい)さん知っていましたか?」

顔回(がんかい)曰く、「薄々は知っていましたよ。 子曰く、『政(まつりごと)を成すものは水戸の◎門様を見習うべきだな。』とおっしゃっていましたからね。」

神北曰く、「先生は毎週見ておられたんですかねぇ!」

子路曰く、「いやたまにしか見ないそうだ。 子曰く、『いや、何がいいって、NHKの連続テレビ小説は一回見逃すと先に進んでしまって流れがわかりずらくなるが、一回一回完結していていいいよ。 最後の10分だけ見逃さなければそれで済むことだ。』とおっしゃっていた。」

神北曰く、「『この印籠が目に入らぬか! こちらにおわす御方をどなたと心得る! 畏れ多くも前(さき)の副将軍・水戸光圀公にあらせられるぞ! 一同、御老公の御前である、頭が高い!控え居ろう!!!』 お決まりのこのシーンですよね。」

子路曰く、「いやそうでもないようだ。 子曰く、『話の内容はともかく毎回ハッピーエンドで終わることをわかっていて安心しているから終わりだけ見届ければそれでいいんだ。』とおっしゃっていた。 つまり一件落着して、次の所へ旅に出る、互いに別れを惜しむシーンがお好きなようだ。」

顔回曰く、「わかるような気がします。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月24日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート182

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート182」だ。

諸君、こんな時にこそ、クンバハカ(神経反射の調節法)を知っていたら腰は抜かさなかったろうな。
諸君も理屈抜きにして、天風式クンバハカ法を会得しなさいよ!
腹が立つこと、心配なこと、恐ろしいこと、何かにつけて感情、感覚の刺激、衝動を心に感じたらすぐ肛門を締めちまう。
そしておなかに力を込めると同時に肩を落としちまうんだ。
何度も繰り返すようだが、この三か所がそうした状態にされた時に初めて感情や感覚の刺激衝動が心には感じても神経系統に影響を与えないという、いわゆる影響を減ずる効果がある。


諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「正解! 『水戸◎門』だぜ。 実は俺、お銀さんの隠れファンなんだけど、お銀さんが引退しちまったんで寂しいよ!」

子貢(しこう)曰く、「先輩、珍しく私と同意見ですね! 定番の徳川家三葉葵のご紋の印籠とお銀さんの入浴シーンが出てこないと『水戸◎門』見た気がしませんからね。」

神北(かんぺき)曰く、「私も同意見ですね! 何故かそれがないと落ち着きませんよね!」

顔回(がんかい)曰く、「私も同感! 以下同文。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月23日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート181

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート181」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。
子路(しろ)曰く、「俺は陽明(ようめい)の体を後ろから羽交い締めにしてトイレの外へと引きずり出した。 すでに雨は本降りになっていた。 少しぐらい濡れてもどうせ漏らして濡れているんだからかまわねえ! 俺はやつの仙骨あたりを足の裏で蹴飛ばしながら同時に羽交い締めした両手を引き上げたんだ。」

神北(かんぺき)曰く、「先輩、何故そんなことしたんですか?」

顔回(がんかい)曰く、「神北君、腰を抜かして立てない場合、そこに気合を入れて蹴飛ばすと腰ぬけが動けるようになるんですよ。」

子路曰く、「そうなんだ。 いきなり立てはしないが、自分の力でハイハイくらいできるようになるんだぜ。」

子貢(しこう)曰く、「へえ~、それってすごいですよ! 先輩、小6なのにどうしてそんな技(わざ)がとっさにできたんですか?」

子路曰く、「子供の頃なのでうる覚えなんだが毎週月曜日夜8時からの時代劇のワンシーンなんだ。 ある男が夜道を提灯を持って急ぎ足で歩いている。 地蔵堂を通りかかった時になにかにつまづいてうつぶせにバタッところんでしまった。 起き上がろうとすると自分の顔と血まみれの顔が鉢合わせ。 男は驚き立とうとするが、立てない。 つまり腰を抜かして立てないんだ。 そんな所を通りかかった助さんだったか、格さんだったか、風車の弥七だったか定かでないが、こんな風にして腰を抜かした男を助けたんだ。」

子貢曰く、「それって人気時代劇『水戸◎門』じゃないですか。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年7月22日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート180

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート180」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「神北(かんぺき)君、実は私もノミの金玉がどのくらいの大きさだろうかと考えてしまったんですよ。 それにノミに心臓ってあるでしょうかねぇ~」

子貢(しこう)曰く、「回(かい)さん、ノミの金玉でもノミの心臓でも『極めて小さい』という意味でしょう。 『ノミの心臓みたいに気が小さくて臆病である』という例えでしょう。」

顔回曰く、「子貢君、君に問いたい! 何故ノミなのか? シラミではいけないのですか?」

子貢曰く、「回さん、私もノミの金玉もノミの心臓もこの目で見たことはありませんよ。 人の気持ちが極めて小さいことの例えですから、シラミでもミジンコでもかまいませんよ。 屁理屈を言わないで下さいよ!」

子路(しろ)曰く、「おいおい、お前ら内輪もめはやめんか! どうでもいい小さいことにこだわるなよ。」

顔回曰く、「では子路先輩、大きいことだったらこだわってもいいですか?」

子路曰く、「回よ、そうむきになってかみつくな!」

子路曰く、「おいお前ら、話を元に戻すぞ!」

顔回曰く、「では、先輩話の続きをお願いします。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月21日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート179

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート179」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「それからどうしたんですか?」

子路(しろ)曰く、「俺はよじ登ったトイレの隙間からそっとリュックをおろして、中に降りたんだ。 トイレの天井を向いて仰向けに倒れている陽明(ようめい)を起こしてトイレの壁に座らせたんだ。 そしてロックをはずしてトイレの戸を開けた。」

顔回(がんかい)曰く、「面白くなってきましたね。」

子路曰く、「陽明をゆすり起こしたんだ。 やはり直感は当っていて気を失っていたんだな。 意識を取り戻した陽明はいきなり俺に抱きついた。 『子路ちゃん、おれ、おれ、見ちゃったんだよ! 聞いちゃったんだよ!』 『漏らしたきたねえ手で抱きつくんじゃないよ。 まぁ~とりあえず陽明が無事であってよかったぜ。 話は後でよく聞くからとりあえずここから出て着換えろよ。』 『子路ちゃん、ありがとう。 でも立ち上がろうとしても立ち上がれないんだ。』 『お前、腰を抜かしたな! おい陽明、そのまま動くな。 俺がトイレから引きずって外に出すからそのままにしてろ。』 『うん、子路ちゃん、わかった。』」

顔回曰く、「先輩、小学6年生で大人顔負けの判断と行動ですね! ふつうなら、そんな状態の陽明ちゃんを見たらすぐにでも付き添いの先生を呼びに行きますものね。」

子路曰く、「普通はそんなんだがな。 陽明との男と男の約束があったものだから、後で本当の理由を先生や友達に聞かれたらやつは学校へ来なくなっちまうと思ったからだ。」

子貢曰く、「でも呼びかけに答えない緊急事態であったんでしょうからどんな事情であれ先生をすぐに呼びに行くべきですよ!」

子路曰く、「やつはとてもシャイでナイーブで心臓はノミの金玉ぐらいしかないんだ。 漏らしたことが皆に知れたらその後のマインドケアーが大変なんだ。 それに俺の子分でもあるから、俺が面倒をみなくっちゃと思ったんだ。」

神北(かんぺき)曰く、「子路先輩、『ノミの金玉』ってどのくらいの大きさですか?」

子貢曰く、「神北君、察して下さいよ! 先輩は『ノミの心臓』って言いたかったんですが、間違えたんですよ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月20日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート178

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート178」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「とにかく俺は甥陽明(おいようめい)のリュックを取りに行った。 皆は2階の教室の2室を男子と女子にわけて寝泊まりすることになっていた。 すでにリュックはそこに持って行かれていたんだ。 やつのリュックを背負ってすぐにトイレに戻ったんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「ムムム・・・」

子路曰く、「『甥陽明、リュックを持って来たぞ。戸を開けろ。』 甥陽明は俺の呼びかけにこたえなかった。 『おい、陽明、リュックを持って来てやったぞ。 もらしてしまったことははずかしいことじゃないぜ! リュックを渡すからはやく戸をあけろよ。』 2度の呼びかけにも無言。」

顔回曰く、「ムムム・・・」

子路曰く、「俺は思いっきりジャンプしてトイレの戸の上に手をかけよじ登った。 そしてやつのいるはずのトイレの中をのぞいてみたんだ。 すると・・・」

顔回曰く、「すると・・・。 どうだったんですか?」

子路曰く、「やつはトイレの中で寝ていたんだ。 『おい陽明、起きろ、寝てる場合じゃないぞ! おい、陽明、リュックを投げるぞ!』と大声で怒鳴ったがやつの反応がないんだ。」

顔回曰く、「ムムム・・・」

子路曰く、「最初は陽明が『ただ居眠りでもしているのだ。 のんきなやつだ。』と思ったが、『何か様子が変だ。 これは違う!』と直感したんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月19日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート177

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート177」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「子路(しろ)先輩! 子路ちゃんと陽明(ようめい)君との秘密で、『誰にも言わないでよ!』と言う約束ごとなんですよね。 誰にも言ってはいけないことを聞いてしまいましたよ。」

子路曰く、「もう何十年も経っているんだ! この約束はすでに時効だ。」

顔回(がんかい)曰く、「まあ、今さらどうでもいいことですから、そこは聞かなかったことにしましょう。 その先をお願いします。」

子路曰く、「さすがに顔回は子貢君と違って人間ができてるねぇ! 重箱の隅を楊枝でほじくるような度量の小さい男ではないな!」

子貢曰く、「度量が小さくて悪かったですね! 先輩は度量が大海のごとく大きいですからね! ああやだやだ。」

顔回曰く、「子貢君、ボヤキはみっともないですよ! ここは子路先輩に話の続きをしてもらいましょう。」

子貢曰く、「先輩すいません。 話の続きをお願いします。」

子路曰く、「おお、子貢よ、そういう謙虚な態度で先輩を敬う心が大切だぞ! では、話の続きをしよう。 俺は急いで陽明のリュックを取りに行こうとしたが、もう一人一緒に来た玄徳(げんとく)の姿がなかったんだ。 とっくに皆のいる所に戻っているかと思ったんだ。」

顔回曰く、「え~え、玄徳ちゃんが行方不明になったんですか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月18日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート176

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート176」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「 『陽明(ようめい)慌てるな! 落ち着け!』  『子路ちゃん、落ち着いてられないよ!』 『とにかくここから出て来いよ!』  『いやだよ!』  『おい、いくら友達のお前でもこの子路に逆らうと、この便所の戸を蹴破るぞ!』  『子路ちゃん、わかったよ! 俺、もらしちゃったんだよ!』  『お前、さっきの見たのか?』  『何それ? 何も見ちゃいないよ。 ただ我慢できずにトイレに駆け込んだけど、間に合わなかったんだ。』  『それじゃ、何か? さっきの悲鳴は、ただ単に陽明がもらしただけのことか?』  『ひどいよ、俺にとってはこのままじゃトイレから出られないじゃないか。 だからどうしようかと途方に暮れていたんだよ!』  『わかった。 おい陽明、お前着替えを持って来てるよな!』  『子路ちゃん、あるよ! リュックの中にパンツとシャツと体操服も入ってる。』  『わかった、俺がお前の着替えを持ってきてやるから待ってろ!』  『子路ちゃん、ありがとう。 ついでにトイレットペーパー上から投げ込んでよ。 もう使い果たしちゃったんだ。』  『わかった、隣のペーパーを上から投げ込んでやる。』  『子路ちゃん、ありがとう。 すぐに来てね!』  『わかった、すぐ来るからな!』  『それと子路ちゃん、このことは子路ちゃんと僕だけの秘密で、誰にも言わないでよ!』  『わかったぜ、誰にも言わないから安心しろよ!』」

顔回(がんかい)曰く、「ただのおもらしだったんですか? トイレの花子さんがてっきり出てきて驚いておもらししたと思っちゃいましたよ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月17日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート175

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート175」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

神北(かんぺき)曰く、「回(かい)さんも子貢(しこう)さんもお酒もかなり強いですね!」

子路(しろ)曰く、「特に回なんか、ザルか穴のあいた甕(かめ)かバケツだ。 だからこいつには質より量なんだ。 高いいい酒はいらないんだ。 お中元でもらわない限り、チンタオプレミアム生ビールなんて贅沢過ぎてもったいない。 生ビールは値段が高いから第四のビールで十分なんだぜ!」

子貢曰く、「それは回さんに失礼ですよ! せめて発泡酒じゃなければビールの味わいが楽しめませんよね。」

顔回曰く、「私は質即量、量即質でどちらとも不可分です。 それより子路先輩の話の続きをお願いします。」

子路曰く、「おうおうそうだったな。 諸君のたってのリクエストにこたえて引き続き話をすることにしよう。」

子貢曰く、「先輩、我々にここまで期待をもたせているんですから、つまんない話はごめんですよ!」

子路曰く「子貢君は一言多いいね! それではトイレのいきさつからだ。 俺は隣の個室に入っているやつに呼びかけたんだ。 『おい、陽明(ようめい)大丈夫か?』」

顔回曰く、「隣の子よりトイレの花子さんはどうしたんでしょうかねぇ?」

子路曰く、「隣のやつは甥(おい)陽明という名前だんだが、俺も恐る恐る天井を見上げたんだが、声の主はいなかった。 そこで個室を出てとなりの個室の戸を思いっきり叩いたんだ。 そうしたら甥陽明から返事が返ってきた。 『子路ちゃん、明けないでくれよ!』 『おい、陽明、何かあったのか?』 『子路ちゃん、大変なことになっちゃったんだ。』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月16日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート174

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート174」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

バイザー京華(きょうか)曰く、「私はトイレの花子さんじゃないですよ! 早少女京華(さおとめきょうか)ですよ。」

顔回(がんかい)曰く、「それはわかってますよ! いいところで急におねえさんが来られたんでね!」

子貢(しこう)曰く、「ちょうどよかった。 一息入れて乾杯しましょうよ!」

子路(しろ)曰く、「邪魔しやがって! これからが面白いところなんだぜ!」

神北(かんぺき)曰く、「まあまあ、先輩の話の続きは後ほど。 まず乾杯しましょうよ!」

バイザー京華曰く、「はい、盃5つですね。」

子貢曰く、「花子さんじゃなくて京華さん、後は僕がやります。」

バイザー京華曰く、「ではおまかせして、ここにおいておきます。」

子貢曰く、「おねえさん、ありがとう。」

バイザー京華曰く、「後ほど記念撮影しますので、よろしく! ではごゆっくりどうぞ。」

子貢曰く、「では孔家司会典礼役不肖子貢、乾杯の音頭をとらせて頂きます。 では盃を一つ中央に置きます。 皆様の手前に盃を置きます。 では、お酒を中央からお注ぎいたします。 ツー、ツー、ツーで3回お注ぎしました。」

子路曰く、「子貢よ、能書(のうが)きはいいから、さっさと乾杯しようぜ!」

子貢曰く、「では、今宵の出合いに! そして回(かい)さんのチャレンジ成功をお祝いして! また皆様のご健勝とご多幸をお祈りしまして、乾杯!!」

子貢の乾杯の音頭に続いて子路、顔回、神北同時に曰く、「乾杯!!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月15日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート173

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート173」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「先輩、子供なのによく中村天風先生の誦句を知っていましたねぇ。」

子路(しろ)曰く、「俺の母親が天風先生の大ファンで、毎日朝と夜の二回、仏壇の前に座って御経代わりに『力の誦句』を木魚を叩きながらリズムをつけてまるでヒップホップを歌っているいるように唱えていたんだ。」

顔回曰く、「先輩のお母さんはとてもユニークな方ですね!」

子路曰く、「母ちゃんの『力の誦句』はノリがいいものだから意味もわからずにいつの間にか口ずさんでいたんだな。」

顔回曰く、「習慣は第二の天性と言いますが、いざという時に役に立ったんですね。」

子路曰く、「その時はとっさに唱えていたんだが、天井の方から声がするんだ。」

顔回曰く、「どんな声がしたんですか?」

子路曰く、「それが女の子の声なんだ。 『ねぇ~、面白い歌ね! 数え唄じゃないのね! その歌私に教えて・・・』という声なんだ。」

顔回、子貢(しこう)、神北(かんぺき)同時に口を揃えて曰く、「それってもしかして『トイレの花子さん』ですか?」

バイザー京華(きょうか)曰く、「たいへん長らくお待たせしました。 ご注文の芽台酒(マオタイジュウ)です!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月14日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート172

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート172」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺がトイレに行くと後から俺と同じでおしっこしたいやつが俺の後を追っかけてきたんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「それで二人になったんですね!」

子路曰く、「いや三人だ。 その後でもう一人ついて来た。 とにかく三人で校舎の外のトイレに行った。 とても風通しのよい古い木造のトイレなんだ。 三人とも我慢できずにトイレに駆け込んだ。 俺は大小一緒だったんで個室に入った。 もう一人も個室に入った。 俺は出すものを出してはいたが、誰かがついてきて俺をじっと見ている気配がしてならなかった。」

顔回曰く、「それで・・・」

子路曰く、「それからだ。 隣の個室に入ったやつが突然大声で悲鳴を上げたんだ。」

顔回曰く、「どんな悲鳴なんですか?」

子路曰く、「ゴジラとギャオスをミックスした叫びだった。」

顔回曰く、「先輩、それってどんな叫び声なんですか?」

子路曰く、「どんな声だったかは君たちの想像におまかせする! その声をとなりで聞いていた俺は恐怖のあまり一瞬すくんでしまったが、この時とばかりに中村天風先生の「力の誦句」を勇気をふりしぼって唱えたんだ。 『私は 力だ! 力の結晶だ! 何ものにも打ち克つ力の結晶だ。 だから何ものにも負けないのだ。 病にも 運命にも、 否 あらゆるすべてのものに 打ち克つ力だ。 そうだ!! 強い 強い 力の結晶だ。』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月13日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート171

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート171」だ。

論語「述而(じゅつじ)篇」の中に、
「子、怪(かい)、力(りき)、乱(らん)、神(しん)を語らず」とある。

孔子先生は奇妙奇怪な怪談話や確実かどうかはっきりしない噂話や人の心をかき乱す話や、神や死んでからのあの世の世界の話はしなかった。

只今、NHKの朝8時からの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の主人公の主人、つまり水木しげる氏の「ゲゲゲの鬼太郎」の妖怪の話は話題の人気マンガやアニメであってもしなかったということだね。
ところが弟子の中にもいろいろな人がいて、「この手の話が大好き!」という者もいておかしくないですな。
もちろんかの顔回(がんかい)が好きであってもおかしくないということですよ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「それで一人でトイレに行ったんですよね!」

子路(しろ)曰く、「あったぼうよ! 途中までは一人で行ったんだ。」

子貢(しこう)曰く、「途中で恐くなってオシッコちびりながら戻って来たんじゃないんですか?」

子路曰く、「子貢君、君はデリカシーというものを知らんようだねぇ~。 デリカシーに欠ける子貢君、回先輩に指導を仰ぎなさい!」

顔回曰く、「先輩、子貢君のことはどちらでもかまいませんからその続きをお願いします。」

子路曰く、「では、ご期待に応えて続きを話すとしよう。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月12日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート170

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート170」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「回(かい)さん、若い女性じゃあるまいし、ここでかわい子ぶりっ子しないでくださいよ!」

顔回(がんかい)曰く、「失礼ですね。 これは僕の『地』です。」

子路(しろ)曰く、「話を先に続けるぞ!」

顔回曰く、「お願いします。」

子路曰く、「暑さの汗と冷や汗とあぶら汗が混じって、体じゅう汗だくでタオルで拭いても拭いても止まらないんだ。 やっとの思いで分校までたどり着くとポツポツと雨が降り出してきたんだ。 案内のおじさんが校舎の出入り口のカギをあけてくれたので、とりあえず校舎の中に急いで入ることにした。 校庭の入り口の横に二宮金次郎の薪(まき)しょって論語を読んでいるお馴染みの像があったんだ。 その像の台座にこの分校の校歌が彫ってあった。 その像を見上げていたら、首が一回転して俺の方を向いて『薪をおろしたいよぉ~。 お前俺の代わりに背負ってくれよ』と言ってニヤッと笑ったんだ。」

顔回曰く、「二宮さんがニヤッと笑ったんですね。 怒ってなくて良かったですね。」

子路曰く、「回よ! ここは冗談を言うところじゃないぞ! こっちを見て本当に笑ったんだ。」

顔回曰く、「それから・・・」

子路曰く、「黒い雲がたれこめて回りも薄暗くなってきていた。 電気をつけてもらって教室の中に入ったんだ。 俺はかなり汗をかいていたせいかシャツもズボンも汗がひいてかなり冷たくなっていた。 体が冷えたせいか大と小を同時にしたくなったんだ。」

顔回曰く、「フムフム・・・」

子路曰く、「案内役のおじさんにトイレはどこかと尋ねたら、『校舎の隣で外の別棟にある。 裏口からすぐだから一人で行っといで。』と言われた。 本音を言うと恐いから一緒について来てほしいと言いたかったんだが、ガキ大将の俺のプライドがそう言わせなかったんだな。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月11日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート169

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート169」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「終点のバス停を降りると地元の人が待っていてくれて、目的地の学校まで道案内をしてくれた。 俺は付き添いの先生と殿(しんがり)にいたんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「それから・・・」

子路曰く、「総勢30人余りだろうか・・・ 山道をリュックをかつぎ水筒をぶら下げて山道を登って行った。 俺と先生が殿のはずが、何故か後ろから一緒について来る人の気配を感じたんだ。 それで後ろを振り向くと誰もいない。 『おかしいなぁ?』と前を向いて歩きだすと後ろから左肩を軽くポンポンと叩かれたんだ。」

顔回曰く、「む~ぅ。 面白くなってきましたねぇ・・・」

子路曰く、「また後ろを振り向くと誰もいない! この子路様をなぶるのは、いったい誰だ?先生が俺をからかっているのかと思って聞いてみたんだ。 『先生、いいかげんにからかうのはやめて下さいよ。』 すると先生、きょとんとした顔でこう言ったんだ。 『俺は何も子路にはしてないぞ。 子路君、実はね。 去年も付き添いで児童を引率したんだ。 そして去年と同じように殿を務めたんだ。 その時一緒にいた6年生の男子が君と同じことを聞くんだよ。』」

顔回曰く、「それから・・・、それから・・・」

子路曰く、「おれに先生はこんなことも言うんだ。 『後ろには誰もいないのに、その後をぞろぞろとついて来るものがある。 そのついて来ているものが左肩を叩くんだろうね!』 『先生、それはどう言うことですか?』『どうやらここらへんは出るらしい・・・』」

顔回曰く、「きゃあ~こわい! 何がでるんですか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月10日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート168

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート168」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「回(かい)さんを見習うのは私だけじゃないでしょうよ! 先輩も先生に『回を見習え』と言われていたんじゃなかったですか?」

子路(しろ)曰く、「だまれ! 子貢! それ以上減らず口をたたくと貴様の黄色いくちばしをへし折るぞ!」

顔回(がんかい)曰く、「まあまあ、先輩、子貢君、お二人ともそう興奮しないで下さい! お互い親のかたき同志じゃないですからね!」

そこへ神北(かんぺき)が戻って来る・・・

神北曰く、「芽台酒(マオタイジュウ)すぐに用意するそうです。 乾杯までちょっとお待ち下さい!」

子貢曰く、「神北君、御苦労。 その酒の支払いは私がしよう。」

子路曰く、「貴様はまったく金と口でものを言わせるやつだな!」

顔回曰く、「まあまあ、先輩! ここは子貢君の御好意です。 ありがたく受けましょうよ。それより話の続きをお願いします。」

子路曰く、「そうだな! あの出来事は小学校6年生の夏休みの林間学校へ行ってのことだった。 その林間学校は標高1200mの山あいの中腹にある村の閉校になった分校を使わせてもらったらしい!」

顔回曰く、「何かぞくぞくしてきました。 僕この手の話、本当は大好きなんですよ!」

子路曰く、「俺は友達とキャンプファイヤーをしたり、カブトムシやクワガタ獲りを楽しみにしていたんだ。」

顔回曰く、「それから・・・」

子路曰く、「そこまで行くには途中の村までバスで乗り継いで終点のバス停で降りる。 そこから大人の足で歩いて2時間はゆうにかかるところなんだ。」

顔回曰く、「それから・・・」

子路曰く、「その日は、やけにジトッと蒸し暑く、空はどんより曇って、今にも雨が降りだしそうだった・・・」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月9日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート167

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート167」だ。


諸君、昨日の引き続きであります。

神北(かんぺき)曰く、「まあまあ、子路(しろ)大先輩、ここは芽台酒(マオタイジュウ)で乾杯しましょうよ。」

子路曰く、「お前らの好きにしろ!」

神北曰く、「では、京華(きょうか)ねえさんに用意するように言って来ますから待っていて下さい!」

子貢(しこう)曰く、「盃(さかずき)は5つ用意して下さい。」

神北曰く、「孔家司会典礼役の子貢先輩! 心得てますよ。」

子貢曰く、「では、お頼みします。」

神北立ち上がり、のれんをくぐって部屋を出て行った。

子貢曰く、「そういえば子路先輩は写真が嫌いなその訳を聞いていませんでしたね!」

顔回曰く、「そうでした。 小学校6年生の夏休みに林間学校へ行ったところからでしたね!」

子路曰く、「お前らが、どうしてもその先を聞きたいというのなら話さない訳でもないがな。」

子貢曰く、「本音は話したくてうずうずしているくせして、まったくもって先輩は素直じゃないんだから。」

子路曰く、「うるせえ! 口先男のお前には言われたくないわ!」

顔回曰く、「まあまあ、子路先輩、その先の話を待ってました。 ぜひそのいきさつを聞かせて下さい!」

子路曰く、「さすが回(かい)君だね! 『先輩、待ってました。』いいねぇ・・・ 『ぜひその話聞かせて下さい!』うれしいねぇ・・・ こうでなくっちゃ話が滑らかに進まないな。 子貢よ、お前謙虚になって先輩に対する口のきき方を回君から見習いなさい!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月8日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート166

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート166」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)のれん越しに曰く、「遅くなってすみません。 神北(かんぺき)君どうぞお入り下さい。」

神北曰く、「では、失礼して入らせて頂きます。」

子路(しろ)曰く、「子貢! 神北! ずいぶんとおせえじゃねえか! 待ちくたびれたぜ。お前らハワイ旅行でもして来たんじゃねえのか?」

子貢曰く、「子路先輩、神北君に話があったものですから、つい話しこんでしまって遅くなりました。 お待たせしました。」

顔回曰く、「神北君、私の隣でよかったら、ここへどうぞお座り下さい。」

神北曰く、「はい、ありがとうございます。 では、おじゃまさせて頂きます。」

子路曰く、「では諸君、それぞれここへ来た経緯はともかくとして、奇(く)しくもここに孔家の門弟の四人が集った。 せっかくの機会であるから、回のピッチャー一気飲み成功の祝いもかねて乾杯して飲みなおそうぜ!」

顔回曰く、「私はビールは結構です。 十二分に頂きました。」

子路曰く、「そうだな! ホッピーにしよう!」

子貢曰く、「似たようなものじゃないですか?」

神北曰く、「まあまあ、大先輩の御三方! 祝宴ですから、芽台酒(マオタイジュウ)で乾杯したらどうでしょうか?」

子貢曰く、「芽台酒ですか?」

神北曰く、「はい!」

顔回曰く、「芽台酒と言えば、毛沢東国家主席がリチャード・ニクソン大統領をもてなし、周恩来が田中角栄首相をこの酒で接待したことなどで知られている結婚式などのお祝いの宴席で乾杯に用いられるあのお酒ですね!」

子貢曰く、「それはいいですね。 強い芳香があり、飲み干してもなお香りが残る。 その上飲み過ぎても二日酔いせず、むしろ適度の飲用は健康に良いとされていますね!」

子路曰く、「おめえら、うんちくが長えんだよ! 俺の知らない知識をひけらかすな。 いちいち癇(かん)に障るぜ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年7月7日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート165

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート165」だ。

諸君、昨日の引き続きです。

子路(しろ)曰く、「回(かい)よ、俺はお前の点数かせぎのいい子ぶりっ子のものの言い方が気に入らないんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「では先輩が気に入るように、私にどうしろと仰せになりたいのですか?」

子路曰く、「むぅ・・・」

顔回曰く、「『 “子曰く、詩三百、一言をもってこれを蔽(おお)う。 曰く、思い邪(よこしま)なし。” と詩教三百篇の魯頒(ろしょう)の駉(けい)篇の中の “偽りのない心” の一句に集約される。』 と孔子先生は言われていますよね。 先輩の『偽りのない心』、つまり『本心良心を偽らぬ誠の心』で回を御指導下さいませんか?」

子路曰く、「回よ! 貴様の言わんとしていることはよくわかった。 俺も先生が『回よ!回よ!』と貴様一人可愛がるものだから正直嫉妬していたんだ。 今思うと年甲斐もなく恥な真似をしたと後悔している。」

顔回曰く、「・・・ そんな風に思っていたんですか。」

子路曰く、「隣だというのに、おい、ずいぶんと子貢(しこう)も神北(かんぺき)も遅いなぁ!」

顔回曰く、「先輩、話をはぐらかさないで下さい!」

子路曰く、「・・・・・・」 無言。

顔回曰く、「先輩の本音は、ズバリ、『子路は孔家門弟一の正義感と勇気と行動力がある』と先生に誉められたんでしょ!」

子路曰く、「うるせえ! それ以上言うな!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月6日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート164

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート164」だ。

諸君、ここは子路(しろ)と顔回(がんかい)のいる学而の間の話の続きであります。

顔回曰く、「子路先輩! お言葉を返すようですが、それは何かの間違いか誤解です。 または私に対する回りの偏見ではないでしょうか? 私は自らの心の中を内省検討しても、先生の前でいい子ぶりっ子した覚えはただの一度もありません。 先生の言われることが逐一もっともなことだと感嘆するばかりです。 私にとって先生との対話は常に私論をはさむ余地がなかっただけなんです。 それよりも先生の語られることを心の耳をそば立てて、一言一句ももらすまいと集中しています。 私の心の耳で聞いたことをさらに記憶にとどめて忘れないように心の手帳に速記しているんです。 『一を聞いて十を知る』と例えて私の人物評を子貢(しこう)君が先生の前で述べたことは本人からも聞いています。 しかし、私としては先生の話の一つ一つがその意味において奥深さの限界が底知れないので、後で消化不良をおこさないために、先生より聞いた一つ一つのことを『聞き洩らすまいぞ!』と自分なりに有意注意しながらよく咀嚼(そしゃく)してから、発言しようと思っているからです。 子路先輩、『一を聞いて十を知る』は過大評価です。 私は『一を聞いて一を咀嚼する』が当を得ていると思います。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月5日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート163

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート163」だ。

諸君、「善」とは大辞林の解説の哲学や倫理学の項目では、「一定の使用・行為・道徳・秩序などにおいて、人や物の性質(価値)がよいこと、望ましくすぐれていること。また、それらをよくあらしめる根拠。真・美とならぶ基本的価値の一。倫理学の対象とされ、人間のあらゆる営みが目指すところ、あるいは営みを律する義務の源泉とされる。」とある。


極めて難解であり、どのように実践したらよいやらわからなくなる。
天風流に要約すれば、「日常の人生生活を、自他のいずれに対しても独りぎめのわがままな自己本位の気持ちではなく、お互い人間同士の間柄を極めて円満に融和するような、普遍的妥当性のある言葉と行為のみで行おうと心がけて、かつそれを確実に実行することなのである。そうすれば、それが期せずして、一切全てがそのまま『善』なるものに共通するからである。」
つまりここで言う「善」は、「人為的なものではない! どんな時にも変わらぬ愛の実践!」ということである。
「致知格物(ちちかくぶつ)」「致良知(ちりょうち)」も万物の霊長たる人間に備わった本心良心をプリンシプルとした知覚力、判断力、断行力を発揮せよということである。
然(さ)すれば、諸君の霊光が自ずと発揚することになる。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月4日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート162

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート162」だ。

諸君、昨日は渋沢栄一翁の著述を掲載させて頂いたが、その中で特筆すべき点は、
「仁義道徳は日常の修養から得らるるので、決して愚昧卑屈(ぐまいひくつ)でその域に達するものではない。大学の致知格物(ちちかくぶつ)も、王陽明の致良知(ちりょうち)も、やはり修養である。修養は土人形を造るようなものではない。かえっておのれの良知を増し、おのれの霊光を発揚(はつよう)するのである。修養を積めば積むほど、その人は事に当たり、物に接して善悪が明瞭になって来るから、取捨去就(しゅしゃきょしゅう)に際して惑わず、しかもその裁決が流るるごとくなって来るのである。」
と述べられたところである。
これについて、異存はないが、「致知格物」、「致良知」について私なりの見解と有意すべき注意点を述べたいと思う。
生前に「日常生活を行なう際、能(あた)う限り、善なることを行おうと心がけることは、人生の最も尊いことである。」と語ってきた。
諸君らは、「善」と言うと「悪」と対比して考えがちだ。
これは人為による善悪の道徳律で、時代の変遷、人心の価値観の推移によって変化するものだ。
諸君らも、子供の頃と、今現在であれば、至極当然物のとらえ方、考え方は変わっているに違いない。
人為的な道徳律では、極端に言えば、昨日の「悪」が、今日には「善」になったり、逆に今日の「善」が明日の「悪」になったりする。
一日前は名誉なことであったが、明ければ不名誉となり、その逆もまたしかりである。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風