諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート378」だ。
諸君、昨日の引き続きであります。
子曰く、「・・・それでなくてさえ、ただ一心に良心に順(した)がい、心の力を信念精進すれば、諸君の霊に宿る巨神は、つまり内座神のことだが、その威力を振い、天の摂理に順応し、自己心中にすくう悪魔も妖怪(ようかい)も、否一切の汚(けが)れしものを巨神の膝下(ひざした)に跪(ひざまず)かせ、諸君を正念(しょうねん)の彼岸に必ずや導いてくれる。 ・・・諸君! かくして人生を虐(しいた)げ人生を悩ます人間世界の煩悶と苦患(くげん)は、立ちどころに雲散霧消し、われらの世界はここに一新される。 諸君の心と霊魂と霊体は燦として輝き元気溌剌(はつらつ)として生気躍動する尊貴至上の人生が顕現(けんげん)されるのだ。 ・・・私の話は以上だ。 御清聴ありがとう。」
子貢(しこう)曰く、「そのようになれるよう努力精進いたします。 先生、御教授誠にありがとうございます。」
子路(しろ)曰く、「俺は、先生の言っていることがまだまだわかっちゃいないが、一つだけは言える。 お互いに目的を一つとする仲間がいることだ。 俺は決めた。 俺の良心に誓う! 俺は終生お前らを俺の弟として、守ってみせるぜ! お前らが何と言おうとな!」
この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風
諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート377」だ。
諸君、昨日の引き続きであります。
子曰く、「子貢(しこう)! 的を射たいい質問だ! 最後に、それに答えることにしよう。」
顔回(がんかい)寮母の声色を真似て曰く、「みなさん! 御静粛に! 今夜、最後の先生のお話ですよ! 聞き洩らさないようにして下さいね! みなさんの寮母より。 では、先生お願いします!」
子曰く、「諸君、そのようになるためには、そもそも自己を陶冶(とうや)することによってのみ目的を達成できうる。 陶冶とは、生まれついた性質や才能を鍛えて練り上げることの意味だが、どんなに生まれついた天の才能があろうと、それが他の人のために役に立たなければ意味を為さない! そのために鍛えて練り上げる必要があるんだ。 自己陶冶の力とは、自己の生命に内在している力だ。 われら、より良き優れし人生に活きるためには、先ずこの尊厳なる生命内在の力を発現することが肝要である。 この力を発現するには、良心に順じて自己の心の鏡を正しく、怠らず清く払拭(ふっしき)することによってのみ、その全能を発揮することができうる。 諸君は、心に心して常に心に良心に順ずる気高き理想と高級なる想像とを強烈に抱いてくれたまえ。 それはとりもなおさず、心鏡払拭に対する唯(ただ)一つの手段である。 ひたむきにただ想え、気高く強く一筋に。 諸君が、仮に人生行路の中途、滔(とう)々たる運命の濁流になげこまるるとも、また不幸病魔の擒(とりこ)となることありとも、夢にも悶(もだ)ゆる勿(なか)れ、怖るる勿れ。 宇宙の昭々たる摂理は、万象(ばんしょう)を恒(つね)に流転している。 されば今日の禍(わざわい)も、やがてまた明日の幸いを瑞祥(ずいしょう)するの兆(きざし)である。」
この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風
諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート376」だ。
諸君、昨日の引き続きであります。
顔回(がんかい)寮母の声色を真似て曰く、「子路(しろ)ちゃん、イケメンの子貢(しこう)さん、単身赴任の神北(かんぺき)さん、遠慮せずにお飲みになって! 今夜は私がお勘定の半分を持つからね!」
子貢曰く、「回さん! マジに言っているんですか?」
顔回寮母の声色を真似て曰く、「子貢さんたら失礼ねぇ~ 皆さんはもう知ってると思うけど、これに見覚えがあるでしょう! ・・・これよ!」
神北曰く、「あっ、これ・・・ こないだの一気飲みに成功したときに頂いた全飲食50%オフチケットですね!」
顔回寮母の声色を真似て曰く、「だから、おあいその半分は私に任せてね! 皆様に日頃の御愛顧のお礼よ! 遠慮しないで召し上がって下さいな!」
子路曰く、「回! なかなか気が利くじゃないか! ・・・誰だ、KYの回と言ったやつは・・・」
子貢曰く、「回さん、申し訳ありません! 只今からは、『空気が読める心遣いの回』に改めさせて頂きます。」
神北曰く、「回さん、申し訳ありません! 私も、只今から、『空気が読める心遣いの回で、KYの回!』と改めさせて頂きます。」
子路曰く、「どっちもKYじゃないか! 紛らわしいなぁ~ ともかく、今夜は祝いの席だ! 大いに飲もうぜ! おい、寮母! ジャンジャン酒を持って来るように京華(きょうか)に言ってくれ!」
顔回寮母の声色を真似て曰く、「はい、かしこまりました! 子路ちゃん、調子でてきたようね!」
子路曰く、「おうよ~!」
子貢曰く、「先生、せっかくの宴席でご教授頂いて申し訳ありませんが、先ほどの先生のお言葉の中で『根源神なるものは、誠と愛の満ちたる絶対調和の精気である。 従ってこの信念が確固不抜のものとなり得れば、わが命は、求めずとても愛と誠と調和という精妙なる雰囲気の中に活きることになる。 期せずして、愛と誠と調和という聖なる精気は、私の命の隅々まで漲(みなぎ)り溢(あふ)れてくるのだ。』と言われましたが、今一つどのようにしたらその信念が確固不抜のものとなりえるのでしょうか? 最後に教えて頂けますか?」
顔回寮母の声色を真似て曰く、「子貢さん、相変わらず難しい話が好きねぇ~!」
この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風
諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート375」だ。
諸君、昨日の引き続きであります。
子曰く、「神北(かんぺき)よ! 君の心の中の更に内奥にある良心が、表に出ようとしているんだ! 自分を偽ることが出来なくなったのも良心の発露した表れなんだよ!」
神北曰く、「私の良心が表(おもて)に出て来たんですね・・・」
子曰く、「その通りだ。 およそ現象の世界にその生命を生かしつつあるものは、何れも全てが『見えざる実在の力』に依って、その命を保たれて居るんだよ! しかもこの『見えざる実在の力』こそは、世の人の言う『神』又は『仏』にして、また私が言うところの『天』であり、『根源の存在』であるんだ。」
子路(しろ)曰く、「先生! 俺には、さっぱりおっしゃっていることがわかりません!」
子曰く、「子路よ! 知ったかぶりするより、今はわからなくともよい! 何を語っているかわからずともいずれ腑に落ちる気付きが訪れるだろう。 ・・・諸君、人にして若しこの真理に正しく目醒めれば、その人生は、刹那直ちに堅固なる礎(いしずえ)の上に屹然として立てる万里の長城の如き、豪壮なる強さをもつに至るのだ。 かかる自覚こそは、人の命の本体である尊い霊魂の核である根源の光の一雫を、万物一切の根元をなす根源神と、確実に結びつけることになるがためである。 根源神なるものは、誠と愛の満ちたる絶対調和の精気である。 従ってこの信念が確固不抜のものとなり得れば、わが命は、求めずとても、愛と誠と調和という霊妙なる雰囲気の中に活きることとなり、期せずして、愛と誠と調和という聖なる精気は、私の命の隅々まで漲(みなぎ)り溢(あふ)れてくるのだ。 かくして私の心の中の一切の不純、一切の邪悪、一切の弱さと卑しさは、この聖なる気の流れで洗い清められるのだ。」
顔回(がんかい)から拍手がおこる。
「パチパチパチパチパチ・・・」
それにつられて子路、子貢、神北も拍手をする。
「パチパチパチパチパチ・・・」
この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風
諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート374」だ。
諸君、昨日の引き続きであります。
子曰く、「諸君! 私は今、我が心の内奥に、この世の全てのものを正しく理解し得る、偉大なる『光り』あるものが宿り居ることを厳かに信ずる。 この『光り』こそは、この世に在る唯(ただ)一つの絶対たる根源神が、わが霊魂の内に与え給(たま)いし慈悲の光の一雫(しずく)である。 又、この「光り」こそは、わが命と根源神を、確実に結びつくるくろがねの鎖(くさり)である。 と、同時に更に天の摂理、人生真理の扉(とびら)を開く秘密の符牒を知るゴールデンキーである。 この『光り』が、わが心の中に燦然(さんぜん)として輝けば、尊しや、根源神は、世の人々のいう『神の啓示』なるものを、量多くインスピレーションによってわれに与えたまう。 そして、その能(あた)わざるなき力を以(もっ)て、、迷いに眩(くら)むわれ等の心の眼(まなこ)を正しく開かせたもう。 この『光の一雫』こそが、人の良心である。 吾は今、この厳(おごそ)かなる法則を、虔(つつま)しやかに行わんがために、心の歩みを根源神と良心に従わせて、ひたすら真と善と美のみの上に運ばせるのだ。 そして、ひたむきにこの『光り』の発現に努めるのだ。 さすればこの妙なる『光り』は、やがてわが心の中に美しき悟りと言う名の気付きの花を咲かせ、その稔(みの)りを豊にして、わが命は常におののく如き歓びに満たされていくのだ。」
神北(かんぺき)曰く、「先生! ますますわからなくなりました・・・ でも、わからないなりに私の胸が何かを感じております。」
子曰く、「そのうずきが、良心のうずきなんだ!」
神北曰く、「はい、良心のうずきを感じます。 ・・・泣きたくもないのに、何かいいしれぬ喜びがわきあがってきます。 ・・・何故かうれしくって涙が出そうです!」
この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風
諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート373」だ。
諸君、昨日の引き続きであります。
子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)! これは先生の受け売りだが、俺に誓うのは筋違いだぜ! お前の中の本当のお前に誓うんだ。 本当のお前に誓えるか?」
神北曰く、「本当の私に誓うとは・・・?」
子路曰く、「俺もそこらへんのことがいまだに良くわからないんだ! ・・・先生に伺ってくれよ・・・俺も先生に尋ねたかったんだ!」
顔回(がんかい)寮母の声色を真似て曰く、「皆さん、ずいぶんと難しい話をされているのね!寮母、話の中に入れな~い!」
子貢曰く、「先生がよくおっしゃるもう一人の本当の自分とは、真我(しんが)とも神我(しんが)とも内にある神とも呼んでおられるものですね!」
子曰く、「そのとおりだ! わかりやすく言えば、諸君や私の中に宿る良心のことだよ!」
神北曰く、「私の中に宿る良心のことですか!」
子曰く、「そうだ! 神北の心の中に在る良心に誓いを立てるということだよ。」
神北曰く、「もう少し御説明をお願いできますか?」
子曰く、「子路も良く聞きなさい! およそ人間の心の奥には、幽玄微妙(ゆうげんびみょう)はたまたおしはかることが出来ない一大心界があるんだ。 しかも、この心界は、森羅万象の創造の力と通じている。 人の多くは、この崇高なる心界が、まさか、我が命の中にあるとは気付いていないんだよ。 知らないものだから、徒(いたず)らに、心の一部に存在する低列低級なる心意にのみこの人生を委(ゆだ)ねているがために、二度と生まれ変わることのできないこの時をこころならずも価値なき苦しみと悶(もだ)えとを招いているのだ。 本当の我とは、心でもない、肉身でもないんだ。 つまり、人の霊魂だ。 これは、皆もすでに知っていることと思う。」
神来て曰く、「さきほど、先生は、『もう一人の本当の自分は良心だ。』と言われましたが、霊魂が良心なんでしょうか?」
この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風
諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート372」だ。
諸君、昨日の引き続きであります。
神北(かんぺき)曰く、「お見それしました! では、もう先輩は、私の氏素性を全て知っていた上で、今までお付き合いをしていてくれたということですか?」
子路(しろ)曰く、「お前がそういう目的でここに来たかは、俺は知らなかった。 お前の氏素性など俺にとってはどうでもいいことだからな! ただし、私利私欲で、また公のためと言えども、先生を利用したり、コケにしたり、ないがしろにする輩(やから)は俺は絶対許さない!」
神北曰く、「はい、先輩を側で見ていて、大切にされていることが良くわかりました。 回(かい)さんも子貢(しこう)さんも同じ気持ちでいることもよくわかりました。 私は、孔子塾を見くびっていました。 ・・・先生は、慈愛の心で門弟と接し、弟子は先生を尊敬と同時に親しみを持っております。 師弟がお互いに信頼の絆で結ばれておられる・・・ 私もその仲間に入りたいのです。 もうこれ以上自分を偽ることが出来なくなりました。 カミングアウトではありませんが、偽らざる本心です。 先輩! 私を先輩の友人のはしくれに加えて頂けませんか? 私は、先生、先輩、回さん、子貢さんのこの四人とどこでどうなろうとも真の弟子として、真の友人として終生の契りを結びたいのです。」
子路曰く、「俺は、口先だけの奴は大嫌いなんだ。 口ではなんとでもお上手が言える。 いざ、生死がかかると保身を考え、人を簡単に裏切るものだ! おい、神北よ! お前、先生のために、俺たちのために命をかけられるか? どうだ、本音で答えてみろ!」
神北曰く、「先生の述べられている御言葉を拝借するならば、『朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可(か)なり。』です。 私は、朝、真の友人を共に得ることが出来るならば、昼間に真の友情の絆を確かめ、その日の夕方に死んでも本望です。」
この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風