2010年10月23日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート273

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート273』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

(Wikipediaより抜粋)
すると子貢(しこう)は「人は誰でも皆天が高いことを知っておりますが、では天の高さはどのようなものか、と聞かれたら皆知らないと答えるでしょう。 わたしは仲尼(ちゅうじ 孔子)の賢さを知っておりますが、その賢さがどのようなものであるのかは知らないのです。」(説苑)と孔子の偉大さを天の高さになぞらえて答えた。

またあるとき、叔孫武叔が(しゅくそんぶしゅく)「子貢は孔子より優れている。」と話したことを子服景伯(しふくけいはく)が子貢に伝えた。
子貢は「屋敷の塀に例えるなら、私の家の塀の高さは肩の高さぐらいでしょう。 ですから、屋敷の中の小奇麗な様子が窺えます。 しかしながら、夫子の家の塀の高さは高すぎて、ちゃんと門から見ないと中の素晴らしい建物や召使の様子は知ることはできないでしょう。 ですから、叔孫武叔がそういったのは無理ないことかもしれません。」(論語子張篇)と見事な例を引き、孔子が優れていることを表現した。
この子貢の言葉は今でも中国のことわざとして残っている。

春秋左氏伝には、国難に際して子貢が呉、斉などへ、外交官として使わされていることが散見している。(春秋左氏伝では子贛とも表記されている。同一人物とされる)
また、魯の大臣が外交の場で失敗して、子贛がいれば失敗しなかったのに、と残念がっている表現や、斉国から成という城市を取り戻していること、答えに窮した正使を助けていることなどの言動から、かなり有能であったことがわかるし、孔子にも勝ると一部で評価されるのも理解できる。

また、史記の記述によれば、魯を救うために越、呉、斉、晋に使いし後の縦横家(じゅうおうか)顔負けの弁舌をふるって魯を救い、呉を滅ぼし、越を覇者たらしめ、斉を弱めて晋を守ったとされる。
このような功績から、魯衛の宰相になったといわれる。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年10月22日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート272

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート272』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「唐変木(とうへんぼく)、お前の働きで、意外に早く片付いたぞ! 明朝、魯に戻るぞ! 帰り仕度の準備をしておきなさい。」

従者曰く、「旦那様、もう帰っちゃうんですか?」

子貢曰く、「お前、女房子供のところへ早く帰りたくないのか。」

従者曰く、「いいえ、それはないですけどね・・・ せっかく旦那様も実家に来られたのですから、温泉にでもつかってもう少しのんびりして帰りましょうよ。」

子貢曰く、「お前、まだ飲み足らないのか?」

従者曰く、「えへへへへ・・・そうなんです。」

子貢曰く、「だめだ! 明朝かえるぞ。 いいな!」

従者曰く、「ヘェ~イ! かしこまりました。」


諸君、明朝、子貢と従者は無事、一路、魯に旅立ったのである。
諸君、子貢の弁舌が優れているのは有名な話であるが、師に対する尊敬の念慮と彼の誠実さはこんなところに表れている。

(Wikipediaより抜粋)
あるとき子貢が斉の景公に「あなたは誰を師となさっているのか」と聞かれたとき、子貢は「仲尼(孔子)が私の師です」と答えた。
しかし子貢は景公に「仲尼は賢いですか」と問われると即座に「賢いです」と答えたものの、「どのように賢いのですか」と問われると「存じません」と答えた。
景公はいぶかしんで「貴方は仲尼は賢いと言いながら、その賢さがどのようなものであるのかは知らないという。それでよろしいのですか」と聞いた。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月21日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート271

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート271』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)は、主人留守中ではあるが、衛の実家に用向きがあってこちらへ来たこと、そして、当主の友人で突然ではあるが、奥方にぜひご挨拶をしたい旨を書状にしたため、家人に取り次ぐよう申し入れた。
しばらくして、家人の者より口上が述べられ、特別お目通りが許されて正門が開かれた。
ハンサムな神北(かんぺき)だけに子貢は奥方はどんな美人かとイメージをふくらませていたが、実のところ奥方はしもぶくれのおたふく顔で小太りの女性であった。
しかし、今の美人感と異なり、その当時では、このような女性が見目(みめ)麗(うるわ)しい美人として持てはやされていたのだ。

子貢の好みは、目鼻立ちがはっきりした、スレンダーな女性が好みであったので、子貢の勝手な期待を裏切られることになったが、一たび対座して話をすると、かなりの弁舌家で話術も巧みな才女であった。
奥方は子貢の真意を探るようであったが、孔子の門弟の一人であることを包み隠さず潔く伝えたため、奥方も子貢の誠実さに心打たれて事情を話してくれた。
神北は、奥方だけには、どこで何をしているのか伝えていたのである。
祝鮀(しゅくだ)は娘婿に「弟子となって孔子塾に潜入せよ! 孔子を祝鮀の政治顧問となるようつなぎをつけよ! また、弟子の中で、これはという逸材を見出し渡りをつけよ!・・・等々」であった。
そして、衛の霊公が重い病にかかっており、今にも命が危ういという情報を得た。
祝鮀は、霊公が亡くなれば、衛は家督争いで、国が乱れることを恐れ、その対処方法を孔子に相談したかったのである。
それを食い止めるためにも、孔子のコンサルティングが不可欠との祝鮀の判断とのことであった。
子貢は、奥方に対面して、神北(かんぺき)と祝歓迎は間違いなく同一人物であることが明らかになった。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月20日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート270

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート270』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

従者曰く、「屋敷の周りを掃除している祝(しゅく)家の下男らしき者に聞いたんですよ! 『ダンナ様いや、御主人様は御在宅ですか?』と」

子貢(しこう)曰く、「ほう、それで。」

従者曰く、「下男が『ダンナ様はお仕事で御留守をされている』と返事が返ってきたんですよ。 そこですかさず、お金をちらっと見せて人相書きを出して『ちょっとこれを見てくれよ』と同時に下男の袖の下にお金を入れたんです。 『いいよ』と言って下男の奴はニヤッと笑っていやがった。 そこで『人相書きの御仁はお前のご主人様か』とたずねたんです。 そうしたら、下男曰く、『良く似てる。 多分うちの旦那様だろう』と言うんですよ。」

子貢曰く、「唐変木! よくやった。 誉めてやるぞ!」

従者曰く、「へえ、どうも。」

子貢曰く、「なんだその手は? 褒美(ほうび)でもくれとでも言いたいのか?」

従者曰く、「旦那様、心付けで結構です。」

子貢曰く、「お前ってやつは抜け目がないな! ギャンブルに使うんじゃないぞ! 女房、子供の土産に使うんだぞ。 ほら、もっていきな!」

従者曰く、「こんなに頂けるんですか! ありがとう存じます。」

子貢曰く、「明日、私が出向いて祝家に届けものをしよう! 今一度、本人かどうか奥方に確認して来るとしよう!」

従者曰く、「旦那様、主(あるじ)は留守ですよ! それに内密の仕事じゃないんですか?」

子貢曰く、「わかっている! とにかく、奥方に会ってくるよ。」

明けて、子貢は正装の身支度をして、従者を引き連れ、実家の店の極上の酒と魯の特産品を持って祝家に赴いたのである。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年10月19日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート269

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート269』だ。

諸君、姓と氏は、中国でも漢代以降は区別が無くなるが「姓」は血縁関係にある一族全体の呼称であり、「氏」は一族の中の誰を先祖とするかや、職業や居住地によってつけられた呼称である。
中国人は五千年前から「姓」を持っており、その数は現在では一万二千以上ある。
ちなみに大半の人が明治になって「姓」をつけた日本人は、三十万以上ある。
中国では一文字姓が圧倒的で、2005年の調査では、「李」「王」「張」がベスト3で、合計二億八千万人を占めている。
少数派ながら、「司馬」「公孫」「諸葛(しょかつ)」「欧陽」など二文字姓もある。
中国では、生まれた子供は男女問わず父親の姓を名乗り、娘は結婚しても姓を変えない。
これは、子供が両親と同姓の者と結婚するのを血族結婚であるとして忌避する「同姓不婚」とういう風習に由来する。


諸君、昨日の引き続きであります。  

従者曰く、「だんな様! だんな様に喜んでもらうために娘婿の自宅を突き止めたんですよ!」

子貢曰く、「唐変木(とうへんぼく)! よくやった。 後で甕(かめ)ごと飲ませるからな! もったいぶらずに話しなさいよ。」

従者曰く、「へい、甕ごとですか! ありがとうござんす。 こちとらも調べがいがあったってもんでげすよ!」

子貢曰く、「唐変木! 飲み過ぎるなよ。」

従者曰く、「へえ、それで娘婿の自宅は大きな屋敷なんですよ! 『祝(しゅく)歓迎』と書いてあったのでどこかの温泉街のアーケードかと勘違いしちまったんですがね! 実はそれは表札なんですよ!」

子貢曰く、「おい!唐変木、お前はボケでおれはツッコミか! 漫才やってるんじゃないぞ!」

従者曰く、「へぇ~い、ボケかましてすんません!」

子貢曰く、「神北(かんぺき)の名は、『祝歓迎(しゅく-かんげい)』というのか。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月18日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート268

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート268』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)は実家に着くと、内務大臣の祝鮀(しゅくだ)の臣下に神北(かんぺき)そっくりな者はいないか調べることにした。
子貢の実家は代々の造り酒屋で、衛国御用達の家柄であった。
そんなことからも、店(たな)にでいりする商人(あきんど)やお届けにあがる内務省の役人とも贔屓(ひいき)があった。
そんなこんなで、どうやら祝鮀の娘婿に良く似ているという情報を得た。

従者曰く、「だんな様! だんな様! 大変だ!」

子貢曰く、「おお、唐変木(とうへんぼく)、遅かったな!」

従者曰く、「ハァ ハァ ハァ ハァ・・・だんな様! わかりましたよ。」

子貢曰く、「ずいぶんと息を切らしているじゃねぇか。 水でも飲め!」

従者曰く、「いえいえ水は結構ですよ。 水はもったいない。 ここの造りたてのお酒をとりあえず一杯お願いします。」

子貢曰く、「おい、唐変木、慌てるな。 後でゆっくり飲ましてやるよ。 ここは売るほどあるんだ。 まず水を飲んで落ち着け! ほら、水だ!」

従者曰く、「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ あ~ぁ、うめぇや! ・・・そうだ、そうだ。 だんな様が私めに描いて下さった人相書きの男にそっくりの者がいるとのことでした。」

子貢曰く、「誰にそっくりなんだ?」

従者曰く、「祝大臣の娘婿で、同じ『祝』です。」

子貢曰く、「神北の野郎、結婚していたのか。 大臣の娘婿とは恐れ入ったな。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月17日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート267

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート267』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)一人つぶやいて曰く、「木札に書かれた『祝』の文字とは、何を意味しているのだろうか?」

従者曰く、「だんな様! 何を手掛かりに探すのですか?」

子貢曰く、「『祝』という文字だ!」

従者曰く、「『祝』の文字だけですか・・・ それだけじゃ、雲や風を掴(つか)むような話ですよ!」

子貢一人つぶやいて曰く、「お前に言われなくてもわかっとるわ。 そうだ! 霊性心からくる霊感というものを引っぱり出せばわかるかもしれないな。 理屈を言わなきゃ霊感が出てくると先生が言っていたな。 俺は理屈っぽいところがあるからな。 よし、理屈を言わないことにしよう!」

従者曰く、「だんな様、何をブツブツ独り言を言っているのですか? 気持ち悪いですよ!」

子貢曰く、「・・・ おい、ひらめいたぞ! 『祝』は人の名字だ。」

従者曰く、「だんな様、衛(えい)の国にも、祝さんは大勢いますよ!」

子貢一人つぶやいて曰く、「お前にいちいち言われなくともわかっとるわ。 ・・・ そういえば、先生が魯の大夫(たいふ)季康子(きこうし)との対話でこう言ったと聞いたことがある。 

・・・・・・・・・・

子、衛の霊公(れいこう)の無道を言う。 康子曰く、「それはかくのごとくんばなんぞ喪(ほろ) びざる」。 孔子曰く、「仲叔圉(ちゅうしゅくぎょ)は賓客を治め、祝鮀(しゅくだ)は宗廟を治め、王孫賈(おうそんか)は軍旅(ぐんりょ)を治む。 それかくのごとくんば、なんぞそれ喪びん」。

先生が『衛の霊公は為政者として失格だ。』と批評した。 
季康子は早速聞き咎めてこう言った。『あなたの言われることが事実なら、国は亡びているはずではないか。』
すると先生は『それは短見(たんけん)です。 衛では、外務大臣じ仲叔圉、内務大臣に祝鮀、防衛大臣には王孫賈という人物が控えています。 このように各部署に有能な人材を得ている以上、衛の国は安泰です。』と答えた。

・・・・・・・・・・

確かそう聞いたな。 待てよ・・・ もしかして・・・ 『祝』の文字は内務大臣の祝鮀のことかもしれんな。 とにかく実家に戻ったらすぐ調べるとしよう。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風