2010年10月20日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート270

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート270』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

従者曰く、「屋敷の周りを掃除している祝(しゅく)家の下男らしき者に聞いたんですよ! 『ダンナ様いや、御主人様は御在宅ですか?』と」

子貢(しこう)曰く、「ほう、それで。」

従者曰く、「下男が『ダンナ様はお仕事で御留守をされている』と返事が返ってきたんですよ。 そこですかさず、お金をちらっと見せて人相書きを出して『ちょっとこれを見てくれよ』と同時に下男の袖の下にお金を入れたんです。 『いいよ』と言って下男の奴はニヤッと笑っていやがった。 そこで『人相書きの御仁はお前のご主人様か』とたずねたんです。 そうしたら、下男曰く、『良く似てる。 多分うちの旦那様だろう』と言うんですよ。」

子貢曰く、「唐変木! よくやった。 誉めてやるぞ!」

従者曰く、「へえ、どうも。」

子貢曰く、「なんだその手は? 褒美(ほうび)でもくれとでも言いたいのか?」

従者曰く、「旦那様、心付けで結構です。」

子貢曰く、「お前ってやつは抜け目がないな! ギャンブルに使うんじゃないぞ! 女房、子供の土産に使うんだぞ。 ほら、もっていきな!」

従者曰く、「こんなに頂けるんですか! ありがとう存じます。」

子貢曰く、「明日、私が出向いて祝家に届けものをしよう! 今一度、本人かどうか奥方に確認して来るとしよう!」

従者曰く、「旦那様、主(あるじ)は留守ですよ! それに内密の仕事じゃないんですか?」

子貢曰く、「わかっている! とにかく、奥方に会ってくるよ。」

明けて、子貢は正装の身支度をして、従者を引き連れ、実家の店の極上の酒と魯の特産品を持って祝家に赴いたのである。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年10月19日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート269

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート269』だ。

諸君、姓と氏は、中国でも漢代以降は区別が無くなるが「姓」は血縁関係にある一族全体の呼称であり、「氏」は一族の中の誰を先祖とするかや、職業や居住地によってつけられた呼称である。
中国人は五千年前から「姓」を持っており、その数は現在では一万二千以上ある。
ちなみに大半の人が明治になって「姓」をつけた日本人は、三十万以上ある。
中国では一文字姓が圧倒的で、2005年の調査では、「李」「王」「張」がベスト3で、合計二億八千万人を占めている。
少数派ながら、「司馬」「公孫」「諸葛(しょかつ)」「欧陽」など二文字姓もある。
中国では、生まれた子供は男女問わず父親の姓を名乗り、娘は結婚しても姓を変えない。
これは、子供が両親と同姓の者と結婚するのを血族結婚であるとして忌避する「同姓不婚」とういう風習に由来する。


諸君、昨日の引き続きであります。  

従者曰く、「だんな様! だんな様に喜んでもらうために娘婿の自宅を突き止めたんですよ!」

子貢曰く、「唐変木(とうへんぼく)! よくやった。 後で甕(かめ)ごと飲ませるからな! もったいぶらずに話しなさいよ。」

従者曰く、「へい、甕ごとですか! ありがとうござんす。 こちとらも調べがいがあったってもんでげすよ!」

子貢曰く、「唐変木! 飲み過ぎるなよ。」

従者曰く、「へえ、それで娘婿の自宅は大きな屋敷なんですよ! 『祝(しゅく)歓迎』と書いてあったのでどこかの温泉街のアーケードかと勘違いしちまったんですがね! 実はそれは表札なんですよ!」

子貢曰く、「おい!唐変木、お前はボケでおれはツッコミか! 漫才やってるんじゃないぞ!」

従者曰く、「へぇ~い、ボケかましてすんません!」

子貢曰く、「神北(かんぺき)の名は、『祝歓迎(しゅく-かんげい)』というのか。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月18日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート268

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート268』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)は実家に着くと、内務大臣の祝鮀(しゅくだ)の臣下に神北(かんぺき)そっくりな者はいないか調べることにした。
子貢の実家は代々の造り酒屋で、衛国御用達の家柄であった。
そんなことからも、店(たな)にでいりする商人(あきんど)やお届けにあがる内務省の役人とも贔屓(ひいき)があった。
そんなこんなで、どうやら祝鮀の娘婿に良く似ているという情報を得た。

従者曰く、「だんな様! だんな様! 大変だ!」

子貢曰く、「おお、唐変木(とうへんぼく)、遅かったな!」

従者曰く、「ハァ ハァ ハァ ハァ・・・だんな様! わかりましたよ。」

子貢曰く、「ずいぶんと息を切らしているじゃねぇか。 水でも飲め!」

従者曰く、「いえいえ水は結構ですよ。 水はもったいない。 ここの造りたてのお酒をとりあえず一杯お願いします。」

子貢曰く、「おい、唐変木、慌てるな。 後でゆっくり飲ましてやるよ。 ここは売るほどあるんだ。 まず水を飲んで落ち着け! ほら、水だ!」

従者曰く、「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ あ~ぁ、うめぇや! ・・・そうだ、そうだ。 だんな様が私めに描いて下さった人相書きの男にそっくりの者がいるとのことでした。」

子貢曰く、「誰にそっくりなんだ?」

従者曰く、「祝大臣の娘婿で、同じ『祝』です。」

子貢曰く、「神北の野郎、結婚していたのか。 大臣の娘婿とは恐れ入ったな。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月17日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート267

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート267』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)一人つぶやいて曰く、「木札に書かれた『祝』の文字とは、何を意味しているのだろうか?」

従者曰く、「だんな様! 何を手掛かりに探すのですか?」

子貢曰く、「『祝』という文字だ!」

従者曰く、「『祝』の文字だけですか・・・ それだけじゃ、雲や風を掴(つか)むような話ですよ!」

子貢一人つぶやいて曰く、「お前に言われなくてもわかっとるわ。 そうだ! 霊性心からくる霊感というものを引っぱり出せばわかるかもしれないな。 理屈を言わなきゃ霊感が出てくると先生が言っていたな。 俺は理屈っぽいところがあるからな。 よし、理屈を言わないことにしよう!」

従者曰く、「だんな様、何をブツブツ独り言を言っているのですか? 気持ち悪いですよ!」

子貢曰く、「・・・ おい、ひらめいたぞ! 『祝』は人の名字だ。」

従者曰く、「だんな様、衛(えい)の国にも、祝さんは大勢いますよ!」

子貢一人つぶやいて曰く、「お前にいちいち言われなくともわかっとるわ。 ・・・ そういえば、先生が魯の大夫(たいふ)季康子(きこうし)との対話でこう言ったと聞いたことがある。 

・・・・・・・・・・

子、衛の霊公(れいこう)の無道を言う。 康子曰く、「それはかくのごとくんばなんぞ喪(ほろ) びざる」。 孔子曰く、「仲叔圉(ちゅうしゅくぎょ)は賓客を治め、祝鮀(しゅくだ)は宗廟を治め、王孫賈(おうそんか)は軍旅(ぐんりょ)を治む。 それかくのごとくんば、なんぞそれ喪びん」。

先生が『衛の霊公は為政者として失格だ。』と批評した。 
季康子は早速聞き咎めてこう言った。『あなたの言われることが事実なら、国は亡びているはずではないか。』
すると先生は『それは短見(たんけん)です。 衛では、外務大臣じ仲叔圉、内務大臣に祝鮀、防衛大臣には王孫賈という人物が控えています。 このように各部署に有能な人材を得ている以上、衛の国は安泰です。』と答えた。

・・・・・・・・・・

確かそう聞いたな。 待てよ・・・ もしかして・・・ 『祝』の文字は内務大臣の祝鮀のことかもしれんな。 とにかく実家に戻ったらすぐ調べるとしよう。」

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天意天風

2010年10月16日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート266

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート266』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

孔子の命を受けた子貢(しこう)は、神北に離れを貸していた商家の手代に賄(まいない)を渡して、神北の素性を聞いたが、はっきりしたことはわからなかった。
この商家は、衛と魯(ろ)の特産品の取引をしているため荷馬車が私兵に守られて互いの国を行き来をしていて、毎月、「1」の日と「15」の日に荷が出て、「10日」と「25日」に衛から荷が届くということだった。
その荷の中に、「差出人はわからないが、荷札に祝(しゅく)という文字が書かれた神北宛の物が入っていた。」ということまで聞き出すことができた。
たぶんその荷の中に、神北に命じた者の木の札に墨で書かれた手紙が入っていて、荷のやりとりをしながら、神北もなんらかの情報を送っていたと推論できる。

子貢は、急いで従者に旅支度をさせ、即日、衛(えい)に旅立った。
そして、子貢はことのほか喜び勇んで出掛けた。
なぜなら、衛は子貢の生まれ故郷の国で、実家に立ち寄ろうと思っていたからである。

参考までに、衛の国は、中国周代の諸侯国の一つである。
武王の弟、康叔(こうしゅく)を祖とし、朝歌現河南省内に都があった。
紀元前209年、秦(しん)に滅ぼされた。

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今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年10月15日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート265

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート265』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「確かに! 私の言った言葉だ。 回よ! 私を評して、生来の忠恕(ちゅうじょ)の教育者とは的を射ているかもしれないね!」

顔回(がんかい)曰く、「はなはだ失礼ながら、もう一つ言わせて頂くなら、先生は、忠恕の心の思想家でもあります。」

子曰く、「回の評だ。 ありがたく受け取るとするよ! 自己の内にある良心を偽らぬこと忠の心と他者への思いやりの心、つまり恕(じょ)の心とが人倫の根本であり、万古不易(ばんこふえき)の人間の真理でもあるからね。 私はそう確信している。」

顔回曰く、「私はそうした先生のもとで、人生真理を学べることを衷心(ちゅうしん)よりありがたく日々感謝しております。」

子曰く、「人間の心の奥底には、本当に神聖な種火が存在する。 この火の明かりは、心の中を照らす聖火の松明(たいまつ)である。 この神聖な良心の炎を消してしまうと、暗夜の中をさまよってしまうことになる。 真我の中にこの火がある。 内在する神性の火とも、霊性の火とも、仏性の火とも言うんだ。 この種火は、万物の霊長たる人間には、生まれながらにして備わっている火なんだ。 この火が良心の元をなしているんだよ! 私はそう確信している。」

顔回曰く、「はい!」

子曰く、「回よ! 自らの聖火の松明を決して手放してはならない。 その灯を消してはならない。 その灯とともに人生の道を歩(あゆ)んで行きなさい!」

顔回曰く、「御教授ありがとうございます。」

子曰く、「間もなく宰我(さいが)も来るであろう。 近いうちに子路(しろ)ともじっくり話をするつもりだ。 私も結婚式に行く仕度もある。 回よ、頼りにしているぞ。 宜しく頼む!」

顔回曰く、「はい、先生御安心下さい。 では先生、これで失礼します。」

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天意天風

2010年10月14日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート264

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート264』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

顔回(がんかい)曰く、「先生は、生来の忠恕(ちゅうじょ)の教育者なのですね!」

子曰く、「おいおい、回よ、私をヨイショして棚の上のボタモチに祭り上げてはいかんぞ!」

顔回曰く、「いいえ! 先生、覚えておられますか? 子、匡(きょう)に畏(い)す。 顔淵(がんえん)、後(おく)る。 子曰く、“われ女(なんじ)をもって死せりとなす”。』 先生と子路先輩と門弟数名が匡の国で暴徒に取り囲まれて逃げる時に、私一人が皆にはぐれてしまいました。 私は必死で暴徒の群れをかいくぐって、先生一行を追いかけました。 ようやく私は先生に追いついて、先生の顔を見るなり胸がジーンと熱くなりました。 先生は私の顔を見るなり『おお、生きていたか!』 私はまたジーンと熱くなりました。」

子曰く、「覚えているぞ! 忘れはしまい。 顔回曰く、子在(いま)す。 回なんぞ敢(あえ)て死せん。 回は私にこう言った、『先生の生きておられます限り、どうして私が先にしねましょうか!』 あの一言は、うれしかったぞ!」

顔回曰く、「先生、厩(うまや)が火事にあった時のことを覚えていますか?」

子曰く、「よ~く覚えている。」

顔回曰く、「先生が朝廷から退出してこられて、何事も無かったかのように落ち着かれていました。 そして先生が厩番に最初に言われた言葉を忘れられません。」

子曰く、「よく覚えているぞ!」

顔回曰く、「『怪我人は無かったか?』 馬の安否ではありませんでした。 厩の管理責任者の厩番を責めることもありませんでした。」

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今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月13日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート263

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート263』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

顔回(がんかい)曰く、「子貢(しこう)君と他に何を話されたのですか?」

子曰く、「回よ、子貢に関心があるのかね?」

顔回曰く、「はい、私とは年も一つ下で年子(としご)の実の兄弟のようなものです。 性格の違いもありますが、お互い良きライバルです。 私は彼の行動の実践において間一つ遅れるところがあります。 機転の利(き)くところと俊敏さは真似ができません。 私はじっくり考えて行動するタイプなので、彼を見ていると何かと刺激になります。」

子曰く、「ほぉ、そうかね! お互い切磋琢磨して自分を磨き、向上していくことははなはだ良き事。 門人全体の意識も高まろう。 大いに結構だ。」

顔回曰く、「して、何を話されたのですか?」

子曰く、「回には、時おり話していることだが、『どうして先生には、霊魂の固有性能を見分けることが出来るのですか?』と子貢に問われた。」

顔回曰く、「それで、何とお答えになったのですか?」

子曰く、「『霊魂には心がある。 その心を霊性心と呼んでいる。 霊性心は、我々人類の精神のみに特有された極めて優秀性を有する最高給のものだ。かの霊感とか霊智とかいうような特殊なものは、いずれもこの心が発露するものだ。』と答えたが、子貢も『正しい霊感、霊智』に興味を持ったようだ。」

顔回曰く、「それはそれは良かったです。 先生が私一人のときだけのマンツーマンで話される内容ですね。」

子曰く、「そうだね。 霊性心の話をしたのも、彼は器としては最高のものであっても、器のままでいて欲しくはないのだ。 その器を使いこなす存在になりかわって欲しいと願っているからだよ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月12日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート262

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート262』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)と入れ違いで顔回(がんかい)が孔子書院の控えの間に訪れた。

顔回曰く、「顔回です。 先生、お呼びでしょうか?」

子曰く、「おお、回よ! 中に入ってきておくれ。」

顔回一礼して曰く、「失礼します。」

子曰く、「さぁさ、ここにお座りなさい。 茶を入れよう!」

顔回曰く、「先生、どなたかお客様が来られていたのですか?」

子曰く、「いいや、客ではない! 先程まで子貢と話をしていたんだ。」

顔回曰く、「子貢君とですか。 このところ彼とゆっくり話をしていませんので、顔を合わせたかったですね!」

子曰く、「そうか。 実は、子貢には私の用向きを頼んだ。 しばらくの間留守をする。 すまんが、回よ! 子貢留守中に代理を務めてくれないか?」

顔回曰く、「私は司会典礼役は、子貢君のように慣れていませんので代理が務まりますか・・・ わかりません。」

子曰く、「いや、司会典礼役は、宰我(さいが)に代わってもらう。 回を呼んだのも他でもない、この機会に孔子塾の塾頭補佐をしてもらえんか! 門弟にも通達しておこう。」

顔回曰く、「塾頭補佐ですか! 申し訳ありませんが、回は子路(しろ)先輩を差し置いては出来かねます。」

子曰く、「子路に断っておきたかったが、毎日顔を出していたものが、このところ、一切t私の所に顔を出さないんだ。 性急ですまんが、これは是非に回に頼みたい!」

顔回曰く、「はい、子路先輩が快く了承して頂ければ、仰せの通りに・・・」

子曰く、「では、臨時ということで受けてくれ!」

顔回曰く、「はい、わかりました。」

子曰く、「さあ、朝積みフレッシュハーブティーだ。 一服しなさい!」

顔回曰く、「はい、いただきます。 ・・・子貢君の用向きとは何ですか? かなり急ぎの用なのですね!」

子曰く、「急ぐと言えば、そう言えるかな! まぁ~それはそれだ。 私も4~5日親戚の結婚式で留守をする。 留守中よろしく頼むぞ!」

顔回曰く、「はい、かしこまりました。」

子曰く、「先ほど子貢が、回の才能に嫉妬していると言っておったぞ。」

顔回曰く、「子貢君は、私の持っていない政治家としてなしていく弁舌の才があるじゃないですか! 私への嫉妬は私の預かり知らぬところです。」

子曰く、「回よ! それだけ注目の的で、一目置かれているんだよ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月11日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート261

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート261』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「子貢(しこう)よ、この話は私と君だけの秘密だ。 孔家門弟及び君の家族にも他言無用だ。 いいね!」

子貢曰く、「はい、誰にも話しません。」

子曰く、「これは路銀だ。 渡しておく。」

子貢曰く、「はい、お預かりします。」

子曰く、「頼むぞ。 これで用件は済んだ。 有意注意を怠らず、気をつけて行きなさい!」

子貢曰く、「はい、先生、回さんに『子貢が“留守中をお願いします!”とくれぐれもよろしく言っておった』と伝えて下さい。では失礼いたします。」

子曰く、「子貢よ、回に伝えておこう!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

諸君、子貢は、孔子の弟子にして孔門十哲の一人であることはすでにご承知のことと思う。
改めてここで、彼のプロフィールを紹介しよう。

本名は端木賜(たんぼくし)。
姓が端木、名は賜(し)、字が子貢。
衛の人。
弁舌に優れ、衛、魯でその外交手腕を発揮する。
また司馬遷(しばせん)の「史記」によれば子貢は魯や斉の宰相を歴任したともされる。
さらに「貨殖列伝」にその名を連ねるほど商才に恵まれ、孔子門下で最も富んだ。
孔子死後の弟子たちの実質的な取りまとめ役を担った。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月10日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート260

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート260』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「はい、先生! 至らぬ私ですが精一杯努力いたします。」

子曰く、「さて、ずいぶん気分も落ち着いてきたようだな。 もう一杯、茶を入れよう。」

子貢曰く、「先生、私はもう結構です。 私への用向きがありましたのに、先生の話の腰を折ってしまいました。 申し訳ありません。 先程の話の神北(かんぺき)君のことですが・・・ 神北君を調べてどうするのですか?」

子曰く、「これは私の霊感だが、『神北』は偽名だ。 彼は誰かの命令を受けて私や孔子塾の門人を調べに来ている間者だ。 子路(しろ)の紹介で上手くもぐり込んだものだ。」

子貢曰く、「スパイということですか?」

子曰く、「そうだ!」

子貢曰く、「目的は何でしょうか?」

子曰く、「それは私にもわからない。」

子貢曰く、「先生、私が神北君を問い詰めてみますよ!」

子曰く、「それはならぬ! どんな素性であれ、塾生として受け入れたのだ。 かくたる証拠がなければ、問い詰めることはできない。 それゆえ調べて来てもらいたい。」

子貢曰く、「神北は何者か? 誰に命令されて? 何の目的でここにもぐり込んだのか? ・・・ わかりました。 早急に仕度をして、やつの動かぬ証拠をつかんできます!」

子曰く、「頼む。 君の留守中は回(かい)に代わりを務めてもらうことにする。 何にも案ずることはない! すでに回にはここに来るように呼んである。 子貢は旅の支度をして、すぐに出かけられるようにしなさい!」

子貢曰く、「はい、仰(おお)せの通りにいたします。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月9日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート259

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート259』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「心の準備が出来ているから話をしているのだよ!」

子貢(しこう)曰く、「はい、恐れ入ります。 やはり、見分けているその力は先生の言われる霊感とか霊智というやつですね!」

子曰く、「俗世間で言う霊感と分けて、あえて『正しい霊感』と言いたいね!」

子貢曰く、「その『正しい霊感』が教え示してくれるんですね!」

子曰く、「そうだ。」

子貢曰く、「先生! 『正しい霊感』が教え示してくれるのであれば、何もこんな苦労して学問する必要もないじゃないですか?」

子曰く、「子貢よ、それは違う! 学問について私は門人に語っていることは君も承知しているね。 『学びて時にこれを習う、また説(よろこ)ばしからずや。 朋(とも)あり遠方より来る、また楽しからずや。 人知らずして慍(うら)みず、また君子ならずや。』 つまり、学問をすること、そして実践を通して学問を身につけていくこと、これは無情の喜びなんだ。 次第に同志が出来、見ず知らずのその同志たちが集まってくる。 こんな楽しいことはない。 人に認められようが認められまいが、そんなことは気にかけずに勉強を続ける。 これが本当の君子である。 本来、学ぶと言うことは、楽しいものなのだ。」

子貢曰く、「私も『学ぶ』ということが大好きです。」

子曰く、「我が同志よ! それは、よかった。 ただし、単なる学問至上主義に偏(かたよ)ってはならないぞ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月8日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート258

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート258』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢曰く、「どうして先生には、霊魂の固有性能を見分けることが出来るのですか?」

子曰く、「私は道を探究する過程で気付いたのだが、霊魂には心がある。 自我の心以外の心である。 その心を霊性心と呼んでいる。」

子貢曰く、「先生、霊性心をもう少しわかりやすく御説明して頂けませんか?」

子曰く、「せっかくの折だから、掻(か)い摘(つま)んで話をすることにしよう。 霊性心は、われわれ人類の精神のみに特有された極めて優秀性を有する最高級のものである。 普通人には容易に発現し得ないと言われる、かの霊感とか霊智とかいうような特殊なものは、いずれもこの心から発露するものなので、いわゆる神秘的な偉大な思索や、崇高な思想というようなものは、一切この心を本源としえ形成されるものなのである。 私見だが遺憾ながら、この心の働きや力に対しては、あまりにも知らなさ過ぎるくらい無理解な人が多いと言える。」

子貢曰く、「私は、先生から霊性心について初めて聞きました。 私もあまりにも知らなさ過ぎる無理解な一人です。 今後ともご指導の程宜しくお願い致します。」

子曰く、「弟子の中でもすでに心の準備ができているもの以外は話はしない。 何を語っているのか理解するまでになかなか至らない・・・ それでは誤解を招くだけだ。 この頃の子貢は私の話の真意をくみ、奥深いところが理解出来るようになってきたからな。」

子貢曰く、「先生、私は心の準備ができていると受け取ってよろしいのでしょうか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月7日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート257

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート257』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「子貢(しこう)よ、お前は何が言いたいのだ?」

子貢曰く、「それは、私と回(かい)さんのことです。」

子曰く、「回と子貢とな?」

子貢曰く、「はい、ダイヤモンドの原石は回さんで、私は瑚璉(これん)ということです。 先生のおっしゃりようですと、初めから素材が違うと言われんばかりです。」

子曰く、「『性(せい)、相(あい)近し、習(ならい)、相遠し。』 つまり、天性は誰でも似かよっている。 教養や習慣の違いで差がつくのだよ。」

子貢曰く、「私には、言っておられることがよくわかりませんが?」

子曰く、「ダイヤモンドの原石は、そのままではダイヤモンドにならない。 子貢、君は自己を陶冶し、今では最高の器として立派に役に立っているではないか。」

子貢曰く、「そう言われますが、回さんのようにダイヤモンドにはなれません。」

子曰く、「子貢よ、君は回に嫉妬しているのかい?」

子貢曰く、「回さんの才能に嫉妬しています。」

子曰く、「回の才能は回のものだ。 子貢よ、あえてダイヤモンドになる必要はないのだよ。 君の本来の自己である霊魂の中に秘めている固有性能というものがあるんだよ。 もちろん回にもある。」

子貢曰く、「そんなものがあるんですか? はじめて聞きます。」

子曰く、「はじめて聞いてもあるものはあるんだ。 霊魂の固有性能というんだが、これは親子であっても、二子の兄弟姉妹であっても、同じ心の人間はいない通り、心は皆異なる。 これは納得できるだろう。」

子貢曰く、「はい。」

子曰く、「霊魂の固有性能も皆異なるんだ。 別の言い方をすれば、子貢の『我が本性の固有する霊性』とも言うんだ。 これが君の素質なんだよ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月6日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート256

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート256』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「もちろんだ。 磨かれるべく素材があってこその研磨である。 ダイヤモンドの原石は一見するとただ炭と同じく黒いだけである。 やはりよくよく磨いてこそ光にあてるとあのような輝きを放つのであるから、私も子貢も弟子たちもここでこうして学んで正しく考えることで輝きを増すために研磨しているのだ。」

子貢(しこう)曰く、「素材がダイヤモンドの原石ならいざ知らず、ただの石ころだとしたら磨きがいがないではありませんか。」

子曰く、「子貢よ、知ることは聡明(そうめい)を増すことである。 しかし、正しく考えることは一層心を研(と)ぐことになる。 さらに行ずることによって、自らを正しく救うことになる。 玉みがかざれば光なし。 と同時に、道端にあるただの石ころであるとしても、石もみがけば玉となることあり。 また玉にならないまでも、みがかぬ玉よりははるかに良くなることは必定である。」

子貢曰く、「以前、先生に私をご批評願いますとお願いしたら、先生は『お前は器(うつわ)だ』と申されました。 私は『器(うつわ)と申しますと?』と尋ねますと、先生は『瑚璉(これん)だよ。 瑚璉は器としては最高のものだ。』と言われました。 ダイヤモンドの原石の石ころと瑚璉との違いをどのように見分けておられるのですか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月5日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート255

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート255』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「はい、先生のおことばですが、私はお聞きするだけで実感がともないません。」

子曰く、「さもあらん! 今は聞いて知っておくだけでもよい。」

子貢曰く、「先生は齢(よわい)五十にして天命を知ったと聞いておりますが、先生の天命とはいかに?」

子曰く、「『道に志し、徳に拠(よ)り、仁に拠(よ)り、芸(げい)に遊ぶ。』 つまり、道を目標とし、徳を身につけ、仁を実践し、教養を広める。 これが私の生き方である。 またライフワークである。 この生き方による生き様を弟子たちや後世に生まれてくる弟子たちに伝え残すことである。」

子貢曰く、「それが先生の天命なんですか?」

子曰く、「そうだ。 何人ももれおつことの無い天命の大使命は、万物の霊長たる人間として宇宙原則に即応して、この世の中の進化と向上とを現実化することに努力するべく現象界に生まれてきたのである。 子貢よ、君もその一人なんだよ!」

子貢曰く、「私もそうなんですか? しかし、私は先生のような非凡な才能は持ち合わせておりません。」

子曰く、「『われは生まれながらにしてこれを知る者にあらず、古(いにしえ)を好み、敏(びん)にしてもってこれを求むる者なり。』 つまり、私だって先天的に才能があった訳じゃないんだ。 子貢よ、『習慣は第二の天性』と言うだろう。 先人の業績をしたって、それを倦(う)まず弛(たゆ)まずその『第二の天性』でただ研究研鑽(けんさん)しただけなのだ。」

子貢曰く、「それにしても、『第二の天性』で磨くと言っても、本来持ち合わせている素材や素質があろうと思うのですが、いかがでしょうか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年10月4日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート254

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート254』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「先生の内在の神との対話ですね!」

子曰く、「そうだね! 真我と自我との対話と言ってよいだろう。」

子貢曰く、「それで魂からの返答は何と?」

子曰く、「真我からの返答は、『あそこには道の教えを必要としている若者たちがあなたの帰りを今か今かと待っている。 あふれる向上意欲をもてあましているあなたの弟子となる若者たちが待っている! 魯にすぐ帰れ。』と私に語りかけてくれたんだ。」

子貢曰く、「そうでしたか。」

子曰く、「子貢よ、私は私の心の中で真我と対話し、その対話を通じて真我の中にこの世の全てのものを正しく理解し得る偉大なる『光り』なるものが宿り居ることを厳かに感じている。 この『光り』こそは、唯一(ただひと)つの絶対たる宇宙根本主体(天)が我が霊魂の中に与え給いし慈悲の一雫(ひとしずく)である。 またこの『光り』こそは、我が命と宇宙根本主体とを確実に結びつくるくろがねの鎖である。 と同時に更に真理の扉を開く秘密の符牒を知る金鍵(きんけん)なんだ。」

子貢曰く、「先生が言われる『魂の中の“光り”は、真理の扉を開く秘密の符牒を知る金鍵(きんけん) 』とはどういうことなんですか?」

子曰く、「子貢よ、この『光り』が我が心の中に燦然として輝くと、尊しや宇宙根本主体は、世の人の言う『神の啓示』なるものを与えてくれる。 そして無限の力を以って、迷いに眩(くら)む私の心の眼(まなこ)を正しく開かせてくれるんだ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月3日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート253

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート253』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「先生、霊門の扉が開かれるとどうなるんですか?」

子曰く、「子貢よ、君も承知の通り、私は、『朝(あした)に道を聞(き)かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり。』と言ってきている。 只今も変わってはいない。 霊門の扉が開かれると、わが意識の心耳に妙(た)えなる魂の囁(ささや)きを聴くことができうるんだよ。」

子貢曰く、「本当に『魂の囁き』を聴くことができるんですか?」

子曰く、「できる!」

子貢曰く、「先生は常に聴いておられるんですか?」

子曰く、「齢(よわい)六十を過ぎてより、我が魂の囁きに心耳は素直に順(した)がって聴いている。」

子貢曰く、「魂はどのようなことを囁いているんですか?」

子曰く、「道を指し示してくれるんだ。」

子貢曰く、「道を指し示してくれるんですか?」

子曰く、「そうだ。」

子貢曰く、「例えばどんなことですか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

諸君、論語「公冶長篇」にこのように述べられている。

子、陳に在りて曰く、「帰らんか、帰らんか。 わが党の小子、狂簡にして斐然(ひぜん)として章を成す。 これを裁するゆえんを知らず。」

「さあ、一刻も早く故郷へ戻ろう。 あそこには若者たちが私を待っている。 あふれる意欲を持てあましている若者たちが。 色あざやかな布地は織ったが、仕立て方がわからぬ若者たちが。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子曰く、「子貢よ、私が陳の国に在ったときに、私の魂の囁きは、『一刻も早く生まれ故郷の魯の国へ帰りなさい!』と示唆されたんだ。 『聴き間違えはならぬ!』と思い、心静かにして『故障へ帰れとはどういうことですか?』とあらためて魂に問うたのだ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月2日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート252

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート252』だ。

諸君、「論語創作ものがたり」のひきつづきであります。  

子曰く、「子貢(しこう)よ、私は四十まではいよいよ学んで、いよいよ苦しみ、いよいよ極めて、いよいよ迷った。 それまでの私は、徒(いたずら)に肉身または心を人の本体なりと思い惑っていた。 人の本体は肉身にあらず、また心にもあらず。 人の本体は絶対にして不変または不朽不滅なる霊魂なんだ。 身といい、心と称するものは、真我の命が現象の世界に活きてゆくための一切方便を行わんがための命への要具なんだと気付いた。 それに気がついてより迷わなくなった。 およそ人間の心の奥には、幽玄(ゆうげん)微妙はたまたおしはかることが出来ない一大心界がある。 しかもこの心界は、宇宙創造の力と通じ、常に自己を援(たす)け、自己を危害を加えようとするものからかばい守ってくれる務めを行っているんだ。 子貢よ、しかし人々の多くはこの崇高なる心界が、わが命の中に在るのだが、それに気付かず、徒(いたず)らに心の一部に存在する低劣なる心意にのみあたら貴重なる人生を委(ゆだ)ぬるがために、心ならずも価値なき苦しみと悶(もだ)えとを招くんだよ。 心といい肉身というも、それは所詮(しょせん)はわが本体たる霊魂の要具に過ぎない、徒に益なき煩悩(ぼんのう)に執着して、低劣なる心を夢にも躍らしてはならない。 子貢よ、私は、私の裡(うち)なる魂に問い続けた。 また真理・道理にかなう人の道を訪ね続けた。 日々常に心鏡止水(しんきょうしすい)わが本性の固有する霊性開顕(れいせいかいけん)に努力精進した。 倦(う)まず弛(たゆ)まず私の裡の霊門の扉を叩き続けた。 叩けよ、さらば開かれん! 五十を過ぎたころ、堅く閉ざされていた霊門の扉が、裡より静かに開かれてきたんだ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年10月1日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート251

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート251』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。  

『それから、心性意識という意識は、常に発達的だということを忘れちゃ駄目よ。これを忘れちまうと、きょう自分の理性で考えたことが永久に正しいように思い違いしちまうんです。よく議論して平気でこんなこと言ってる人があるんだ。
 「おまえ、そんなこと言うけどな、物の道理を考えてみろ、物の道理を。俺はどうしても、おまえの言うことは違うと思うんだ。縦から考えても、横から考えても、俺の言ってるのが本当だと思うんだ」
 といってる言葉が永久に本当と思ったら違うよ。理性は発達するんだ。きょういいと思っても、あした悪いことになることがあるかもしれない。
 考えてごらん。その昔、人の命をとることはけっして悪いことじゃなかった。元亀(げんき)・天正(てんしょう)より以前の時代は、今のように完全な法治国家じゃなかった。自分を守るものは自分だもの。だから、せっぱつまった場合に人をたたっ斬(き)ったって、けっして罪になりゃしないもの。とくに武士と称する一階級のものは、武士以外の人間だったら人間扱いしないからね。町人なんていうのは無礼打ちでかまわないということになってた。
 もう一段前になると、台湾の生蕃(せいばん)と同じように、自分の殺した人間の数の多いのを自慢にするというような状態だった。それが、その時分の人間の生命を守る一つの手段であると同時に、人生の誇りだった。
 ところが段々だんだん時代が進化するにつれて、人を殺すことは非常な罪悪だということになってるだろう。
 ただし、人を殺せば罪悪だと言いながら、今でも戦争ではドンドン人を殺してるわね。これもまあ、二十年、三十年たったら人を殺さないで、戦争は議論するだけでおしまいにする時代がくるでしょう。そうなりゃあ、しめたもんだけどもね。
 またさらに、二千年のその昔、支那の孔子が生きてる時分には、男、女が七歳以上は一緒にいちゃいけないということになってたんだ―「男女七歳にして席を同じゅうせず」。つまり、その時分の支那人は七歳で色気がでたらしいんだな。今の人間みたいに、生まれるとすぐ色気があるなんてことはなかったらしい。今の人間をもしも孔子に見せたら大変だと思うよ。こらまあ、「これ、人間どもか! あれあれ、あそこに男と女、男と女」ということになるだろう。今じゃあ男と女とこうやって一緒に並んで話を聞いてて、何も罪だと思わないわね。
 昭和二十年まで日本の女は、亭主をもってほかの男と情を通じると姦通罪って罪があった。ありましたな。けど、今は姦通罪がないんだから、いやだったら別れなさい、何も辛抱して一緒にいる必要はありません、というのが法律だもの。段々だんだん変わってきちゃうんだもの。
 今より五千年もたつと、一年ごとに隣のかかあと交代しようなんてことになりやしないかと思うけど、まあとにかく、いろんな時代がくるよ。
 だから、理性というものは、たったいま考えて、これが完全に正当だと思っても、あしたは正当でなくなるかもしれないことを考えなきゃいけない。これは非常に重要な自覚なんだぜ。ところが、心性意識が発達的なものであるということを知らずに生きてる人が多い。これは本当に真剣に考えなきゃいけないよ。いわんやまして、心性意識が非常に発達的なものであるということがわかればだ、霊性意識から霊感を引きだす非常に大きなこれは手がかりになるんだもん。心性意識の働き方一つで霊感がでてくるんだぜ。だから、心性意識がどういうものだということを正しくわからなきゃ、何にもならないんだ。
 理性というものは、心性意識の発達にともなって、やっぱり相対比例で発達してるってことを忘れちゃ駄目よ。だから、軽率に、俺はこういうふうに考えて、これがどこまでもいいと思うんだ、というふうに言い張ることは、よほど考えなきゃいけない。
 理性本位で生きちゃいけないんですよ。だいいち、理性本位で生きるとね、生きるその人間ひとりが非常な苦労をするんですよ。それがわからないんだ、多くの人には。私なんかが、もうそら、形容ができない苦労をしたのは、自分の理屈で自分が苦労したからだ。
 もちろん、理性を排斥してんじゃないんだよ。発達した理性が進化向上を現実化していくんだから、そして文化というような恩沢(おんたく)を受けるような境涯もできてんだから。理性というものは尊重しなきゃいけないけれども、尊重しろということと、それ一点ばりで生きろということとは違うんだもん。わかる? 尊いから尊重はしなさい。けど、それ一点ばりで生きろと言うんじゃないもの。
 人生はねえ、何をいったい本位として生きなきゃいけないかと言うと、霊性を本位として生きなきゃいけない。霊性は発達性のものじゃないから、けっして間違った考え方はだしませんよ。理性のほうは知識とともに発達していくから、その知識が増えりゃ増えるほど、きのう考えたことがきょういけなくなり、きょう考えたことがあした間違ってるってことがわかるようになってくる。』

諸君、「霊感は人間の命の本体である霊魂という気体の中にあるんだ!」ということを多少なりとも理解されたと思う。
では、明日は「論語創作ものがたり」に話を戻すことにしよう。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月30日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート250

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート250』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。  

『第一の肉性意識なるものは、人間ばかりじゃないんだぜ。肉体のあるものには、鳥、獣から、昆虫、爬虫、もっと厳格に言ったら、顕微鏡で見なきゃわからないアミ―バのような微細なものにもあるんだ。
 が、第二の心性意識と第三の霊性意識とは人間だけしかないんだ。万物の霊長たる我れら人間だけに付与された心で、ほかのものにはないの。うちの犬や猫は人間よりも利ロですよというようなことをよく言う人があるわね。そいつはまあ、かわいいペットだから、形容してそう言うんだろうけども、いくら利口でもだよ、犬、猫にはこの第二の心性意識も第三の霊性意識もむろんない。
 だから、庭で飼われている犬が、座敷でかわいがられてる猫を見てハンストをおこしたなんていうのはないでしょう。理性心意識がないもん。
 人間になると、もうすぐ不平を言うわね。同じ兄弟でも、弟がかわいがられるとか、兄貴だけがかわいがられるとか、妹だけがかわいがられて、姉が粗略にされてるなんて、すぐ不平おこすだろう。これは理性心意識があるからなんだ。
 人間以外の動物は肉性意識のみで生きてるんだから、自己というものをただ単に肉体だけのものとしか考えていないのであります。ほかのこと考えられないんだもん。いかなる事柄に直面しても、その事柄に関する事情だとか理由とかというような複雑なことはぜんぜん考えられないんです。考えようとしても、考える心がないんだから、考えられないわな。心性意識が働かなかったら、考えられないんですよ。
 たとえば、ここに一匹の犬が、吹きすさむ嵐の夜、木にゆわかれてつながれたとするんだ。するとその犬は必ずや、キャンキャン吠えたり、暴れたりしますよ。けれども、吠えたり暴れたりするのは、その場から何とかして逃れて、現在の自分の肉体の感じてる不愉快から、もっと安楽なところに行きたいと思うだけで、吠えたり騒いだりしてるだけたんだ。肉性意識がそういうことをさせてるだけなんだ。つまり、肉体に感じる不愉快な感じや、または苦痛の感覚だけを意識して、それから逃れたいだけなんだ。それ以上に階級の高い心性意識などはもともとないんだから、その心にでようはずがないもん。
 だから、ギャンギャン吠えながらも、こんな雨風の激しい嵐の晩に、一体どういう理由で俺はここにつながれたのかなあ、なんてことは言いませんよ。考えられないもん。
 ところが、人間だったらどうなるんだよ。あんた方をいきなり座敷から引きずりだして、嵐の晩に、高手小手にいましめて、庭の木にゆわえつけたとしたら、あなた方はねえ、どんな偉い人にやられたからって、礼は言わないだろう。そうらもう理屈を言いますよ。何で私、ゆわかれてここにいなきゃなんねえんだ。病になったらどうするんだ、一体全体。あれからこれへといろんなことを言うでしょうが。そらもう犬、猫がゆわかれた場合とは格段の相違がでてくるのは、けっきょく要するに、犬や猫は肉性意識が命の全体であるのに比較して、人間のほうはそれより階級の高い心性意識や霊性意識があるがためなんだ。
 動物にだってやっぱり愉快な感覚や不愉快な感覚はありますよ。犬なんか愉快な感覚になって、尾をふってるじゃないか。また、痛い感覚や辛い感覚もあります。それから、物の味わいのうまいとか、まずいとかもありますよ、人間同様。しかし、彼らはただ単に肉体感覚だけで知覚したものを意識してるだけなんだからね。推理的に考える作用は心にないんだから、そこが人間と動物の違うところなんだ。』


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月29日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート249

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート249』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。  

『「一生かかって山の中で、こうして難行苦行しなければ掘りだせないのですか」と言ったらね、
 「うーん、掘りだす方法を知ってしまえば、わけないんだ。けれども、そのわけない方法をみつけることがなかなかできないから、こうやって一生懸命に難行苦行してるんだ」
 この言葉はやがて、きょうの話を聞くと、ああ、そうだなあ、ということがすぐわかる。
私もその初め、何か非常にこれは難しいものであるかのごとくに考えちゃったよ、知らないから。
 けど、ようく考えてみると、人間が人間になるんだから、難しいはずはありませんわね。 人間が猿になるとか、改めて馬になる、こいつは難しいよ。できっこないもん。生まれたときは、諸君はみんな正真正銘の人間だったんだぜ。猿の子でも豚の子でもなかったんだ。
 ただ、物心ついてから、もちろん知らずにやっちゃったことだけれども、にせものになっちゃったのよ。にせものになっちまうと、自分の心の奥底に生まれながら与えられた自覚正念、霊感というものをぜんぜん気がつかないんだから、どうしてもあるとは思いやしませんよ。あると思わないんだから、一生使うことなしに終わっちまうんだ。
 そして、やれ健康がどうの、運命がどうのと、ただもう、ああもなりたい、こうもなりたいという欲望は炎と燃やしていても、これもいつも口癖に言ってるが、日向で自分の影法師をとっつかまえようと思って、駆けりや駆けだすほど、その影法師も逃げだしてしまうような状態の人生を繰り返し繰り返し生きて、そしてどうにもならないで、五十か六十歳でキューツと死んじまう。つまんない人生ですわね、これ。
 支那の昔のことわざに、「悟れば一瞬にして喜びきたり、迷いは永劫に不幸きたる」というのがあるが、全くそのとおりです。
 だから、耳で聞くと同時に、これを本当に自分のものにしなきゃ駄目ですよ。ただおもしろおかしく聞いてるだけじゃあ、何のくその役にもたたないんだから。

 それでは、第一番に知っておきたいことは何だというと、「意識」ということであります。
 意識というのは、わかりやすく言うと、心の活動する状態に対する形容詞なんだ。わかりました? だから、心が活動しなかったら意識はでてこない。心が活動すると同時にでてきた現象を意識という。
 思ったり、考えたりしたら、もうそれが意識なんだよ。心の活動は思考によって現実化するんだから。心は思ったり、考えたりする以外に働かないのよ。心は駆けださないのよ。思ったり、考えたりするのが心の役目なんだもの。思いだした、考えだしたということになると、すぐそれが意識という状態になる。
 そして、一つのように見えてる意識が、その活動の上から仔細に区別すると三つになる。
三つとは何だというと、「肉性意識」と「心性意識」と「霊性意識」という三つのもの。
 それで、肉性意識のなかには「本能心」と「動物心」と「植物心」があるんだよ。心性意識のなかには「理性心」というのがあるわけだ。それから、霊性意識のなかには「霊性心」というものがある。
 第一の肉性意識というのは、肉体生命を生かすために必要な働きを行う心なんです。第二の心性意識というのは、精神生命のなかに存在する理性心から発生する意識なんです。第三の霊性意識というのは、人間の命の本体である霊魂という気体のなかにあるんだ。
 そして、その気体のなかにある霊性意識のなかに霊感、いわゆる第六感があるんですよ。
どうです? あなた方が生まれながら与えられてある霊感、第六感は霊性意識のなかにあるんだ。
 生きてる以上はみんなこの霊魂があるんだぜ。霊魂と言うから、何とかく仏教じみちまうけれども、生きてる命のもとをなしている気体があるんですよ。ただ、見えないもんだから、感じないもんだから、ないと思ってるかもしれないけど、あるから生きてんだぜ。この気がぬけちまうと死ぬんだよ。
 だから、ひどい打撃なんか受けて「気が絶える」とよく言うだろ、「気絶」すると。気絶しても、甦ってくりゃあ気が返ってくるけれども、返ってこなかったときには結局、死んじまうんです。気がぬけっちまうもの。 』

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月28日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート248

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート248』だ。

諸君、俗説であるから真偽のほどは確かではないが、9月28日は孔子先生の誕生日と言われている。
人は皆、天の命令により使命を預かって万物の霊長たる人間として生まれてくる日を定めてきた。
諸君も運命には二種類あることはすでに承知していると思う。
それは天命と宿命である。
天命は絶対で、宿命は相対的である。
どうにも仕様のない運命を天命といい、人間の力で打ち開くことできるものを宿命という。
女が女に生まれ、男が男に生まれたのは天命である。
現代に生まれたのも天命であり、どうすることもできない。
ところが今の人は、打ち開くことのできる運命にぶつかったときでも、それを天命という。
自分の努力が足らないことは棚に上げ、どうにも仕様がないという。

話は変わるが、孔子先生が「もう一人の自分から来る霊感がそう伝えてくれるんだよ。」と話していたね!
そもそも「霊感」とは何であろうか?
そこらへんの話をしてみよう。

肉体を本位に働いてる心から、あるいは理屈を本位に働いている心から妄想念というのは働き出すんだ。
妄想念は煩悶によって引き起こされる自分を苦しめるものだね!
霊性意識の中から働かないんだ。
霊性意識とは、やさしい言葉で言うと「本心・良心」のことだね。
だから、妄想念が除き去られれば、霊性意識が招かずして発現してくる。
霊性意識が発現すりゃ、そこに「自覚正念」というものが出てくるんだ。
いわゆる「霊感」というんですが、学問的に言うと、「自覚正念」。
同じことなのよ、「霊感」も「自覚正念」も。

「霊感」について「盛大な人生」で私は生前このように話している。
その一部を掲載しよう。

『この自覚正念、つまり霊感は人間の心の奥底に存在しているきわめて微妙な力なんだ。
 しかも、学問があろうがなかろうが、経験があろうがなかろうが、女であろうが男だろうが、オギャーと生まれたら、みんなもってるの、この不可思議きわまるありかたいものを。
 ただ、もってるにはもってるけども、もってることを知らないやつは、一生ぜんぜん使わない。
 私もね、アメリカ、ヨーロッパと世界の三分の二も歩いて、そしてあげくの果て、インドの山の中でカリアッパ先生から初めてこの話を聞いたんですよ。
 この話というのは、つまり、
 「おまえの心の奥底には、自覚正念というものがあるのを知ってるか?」
 「そんなものはありませんよ」と言ったら、
 「自分があるということを知らなければ、ないと否定してしまうのは乱暴な断定じゃないか。私たちが生まれおちてから死ぬまで、人生というものの真理と取っ組んで、こうして山の中で毎日、日にちを暮らしているのも、結局その力を掘りだしたいからなんだ」
 そのとき、私はこういう質問をした。 』

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月27日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート247

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート247』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子曰く、「私が朝づみしたフレッシュハーブのオリジナルブレンドティーだ。 気持ちが落ち着くから、まーゆっくりと口にふくめて飲むとよい・・・ それから話をしよう。」

子貢、出されたハーブティーを口にふくめてゴクッと飲み込んだ。

子貢(しこう)曰く、「スーッとしたペパーミントとほのかなレモンの香りのレモングラスと甘い芳香のスペアーミントが醸し出す三つのハーブの清涼感が何とも言えませんね! 肩の力が抜けてリラックスしてきました。」

子曰く、「そうかい。 では、一息入って落ち着いたところで、子貢に調べてもらいたいことがある。」

子貢曰く、「調べてもらいたいこと・・・ はい、なんでしょうか?」

子曰く、「この度、子路(しろ)の推薦で入門した神北(かんぺき)のことだ。」

子貢曰く、「先生、神北君に問題があるというのですか?」

子曰く、「いや、まだそうは言っていない。 だから子貢に調べてもらいたい。」

子貢曰く、「あー、はい。」

子曰く、「神北は立ち振る舞い、並びに言葉づかいがどこかの国の君主かその臣下(しんか)か、また側近に仕えている者か、仕えていた者のどちらかだ。 実のところはわからないが、私のもう一人の自分から来る霊感がそう伝えてくれるんだよ。」

子貢曰く、「先生はいつから霊能者になられたのですか?」

子曰く、「そこらへんを話せば長くなる・・・」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月26日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート246

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート246』だ。

諸君、いよいよ舞台は孔子塾であるが、子貢(しこう)が孔子先生の御用でしばらく留守していたんだったね!
その用向きは何であったのだろうか?
さかのぼって、子貢が孔子先生から用事を言いつかる場面から始めることにする。

ここは、「書院の間」、孔子先生の書斎兼リビングであるである。
先生お気に入りの栴檀(せんだん)の香気がそこはかとなく漂っている。

子貢「書院の間」に入る「控えの間」で曰く、「子貢です。 お呼びでしょうか?」

子曰く、「おお、子貢か。 忙しいところ呼びだてして済まんな! さあ、こちらへ入って来ておくれ・・・」

子貢、一礼して「書院の間」へ向かう・・・

子貢、椅子に腰かけている先生に一礼して曰く、「御用件はなんでありますか?」

子曰く、「さあさあ、ここへ座りたまえ。 私は背が高く、体も大きい、もちろん顔もでかい・・・  それはともかく、座ったほうが目を見てお互いに話がしやすいからね!」

子貢、孔子先生の対面の椅子に座って曰く、「先生、私への用向きは何でありましょうか?」

子曰く、「まあまあ、そう急(せ)くな! 茶でも入れよう・・・ 一服して落ち着きなさい。」

子貢曰く、「先生、典礼役の仕事が午後から入っております。 若いものに指示を出さなきゃなりませんので、長居ができないのであります。」

子曰く、「そうは暇(いとま)はとらせはしないから、まあその間だけは、イライラせず心静かに!」

子貢曰く、「はい、このところ仕事が立て込んでいたもので申し訳ありません。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月25日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート245

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート245』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

『論民』の亭主とバイザー京華(きょうか)が店先まで出て来て、頭を幾度となく下げ、にこやかに手を振って四人の姿が闇の中に消えるまで見送ってくれた。
その後、「『論民』に近いうちにまた飲みに来ようや」との子路の掛け声のもと、孔子塾生寮門前で四人は分かれ、帰宅の途についた。

諸君、四人は居酒屋『論民』にずいぶんと長く居たね!
話は変わるが、サラリーマンたちの飲み屋での会話は、おおむね人事の不平不満、給料の安さ、人間関係のトラブルによる悪口等が相場であろう。
お互いにバカ話をして陽気に笑っているうちはいいが、それが段々グチとなり、やれ胃の調子が悪い、肝臓や内臓の調子が悪い、血圧が高いと言いながら飲むのは体と心に悪いのはどなたが聞いても納得できるはずだぜ。
それは消極的な陰気な飲み方である。
陰気な酒は、消極的な会話となり、それでは逆にストレスが溜まる一方だ。
割り勘で金を払って、余分な他者のストレスまで割り勘では、それこそ割に合わないぞ!
諸君、酒癖の悪い奴とは飲むな! 
ろくなことはない。 
酒は楽しく陽気に飲め!
つまりポジティブに飲むが心得である。
心一つの置きどころである。

明日からは舞台は居酒屋『論民』から孔子塾に移る。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月24日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート244

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート244』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

『論民』スタッフしのもりきしん曰く、「はい、もう一度みなさん、いい顔つくりましょうねぇ・・・肛門締めて・・・ 肩の力抜いて、肩を落として下さい。 よろしいですか・・・ おなかに力を充満させて・・・ ・・・おならしてはいけませんよ・・・ はい撮りますよ・・・ 『クンバハカ!』・・・ (カシャッ!) はい、もう一枚撮りますよ・・・ はい、『クンバハカ!』・・・ (カシャッ!) はい、みなさんご苦労さまでした。」

子貢(しこう)曰く、「先輩、回さん、神北(かんぺき)君、お疲れさまでした。」

顔回(がんかい)曰く、「写真はいつできるんですか? すぐにでも見たいですよ。」

子路曰(しろ)く、「回よ、無理言っちゃいかん! それぞれ会計を済ませて帰るぞ!」

神北(かんぺき)曰く、「回さん! 明日の午後にはプリントしておいてくださるそうですから、夕方にとりに行って来ますよ。 お渡しできるのは明後日に教室で顔を合わせた時ですかね。」

子貢曰く、「回さんが早く見たくて待ち遠しいようだ。 実は、私もだがね。 お手数かけるが宜しく頼みます。」

神北曰く、「はい、4枚プリントをお願いしておきました。 皆様に記念として1枚ずつ頂けるそうです。 それと店内の『千客万来』の額の横に『生ビールピッチャー一気飲みWinner』として写真を飾っておくそうですので、予めご了承下さいとのことです。」

子路曰く、「まあ、飲食半額券もゲットしたことだし、またこなきゃなるめぇから、写真飾るぐらいいいだろう! こんどは四人で飲みに来ようや!」

子貢曰く、「そうですね。 先輩、回さん、孔子先生もうすぐバースデイですよね! 先生を誘って誕生会をしませんか?」

ガラガラガラ(『論民』の玄関のドアの音)。
四人は居酒屋『論民』を後にする。

店内より『論民』スタッフそろって曰く、「ありがとうございました。 またのご来店をお待ちしております!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月23日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート243

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート243』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

1Fの『千客万来』の額がかかった客の待ちスペースにすでにデジタル一眼レフカメラが三脚と共にセッティングされていた。
FC『論民』亭主曰く、「本日は御来店誠にありがとうございました。 記念撮影の準備が出来ております。 さあさあ、みなさんこちらへどうぞ!」

バイザー京華(きょうか)曰く、「どうも! ありがとうございました。 回(かい)様、今日の主役ですから中央にお座り下さい! その隣はで大先輩の子路(しろ)様どうぞ!」

子路曰く、「故(ゆえ)あって、後ろの立ち席がいい。」

バイザー京華曰く、「そうですか。 子路様のお好きにどうぞ。 では、回様の隣は私が同席させて頂きます。 回様の隣を神北(かんぺき)様。 私の隣を子貢(しこう)様でお願いします。 その隣がオーナー亭主が座ります。 お店のスタッフが後ろに入らせて頂きますので予(あらかじ)めご了承ください! ではお席について下さいな。」

顔回(がんかい)曰く、「なんかドキドキしますね! 写真にさゆりちゃんと親父グモが写っていたらいいですね!」

子貢曰く、「回さん、あれは先輩の作り話ですよ! 本気にしないで下さいよ。」

神北曰く、「私は信じますよ! 何かがきっと写ってきますよ。」

顔回(がんかい)曰く、「何が写っているか楽しみですね!」

『論民』スタッフが声をかけて曰く、「皆様! お席に着かれましたか? 記念写真を撮らせていただきます『論民』スタッフの『しのもりきしん』です。 どうぞよろしく。 では、いい顔つくりましょう。  はい、深呼吸して下さい! 肛門を締めて下さい! 同時に肩の力を抜いて、へそ下の丹田に力を充満させて下さい! よろしいですか?」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月22日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート242

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート242』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「回(かい)さん! 我々門弟は先生の人徳や考え方、生き方、または学問に関する造詣の深さに感嘆し、心から尊敬し、頭(こうべ)を垂(た)れ謙虚にそれに倣(なら)おうとしています。 先生をお慕いする気持ちは私とても同じですよ。 『良師は以(も)ってすべからく宝となすべし。 良友は以ってすべからく鑑(かがみ)と為すべし』ですよね。 不肖子貢は、自己を完全に啓発し、自己を真実に向上させて人の世のために真に役立つという仁者・真人となろうためには、ひたすらこうした心がけで何でも善いことを貪欲に模倣することに努めようと決めています。」

顔回(がんかい)曰く、「子貢君、君なりに頑張って下さい! 回は後輩として『“こ”の一番』の札を子路先輩にお返しします。 下足を取り出して『“い”の一番』の札の下足と入れ替えますので、その札をあずけて下さい。 すぐ入れ替えてまいります。」

子路(しろ)曰く、「回や、『“こ”の一番』はお前に譲ることにするぜ。」

顔回曰く、「私はそうそうここに来ることはありませんからいりません。」

子貢曰く、「バカバカしいやり取りはいいかげんにして、さっさと記念撮影して帰りましょう。」

子路『“こ”の一番』の札を見つめながらつぶやいて曰く、「回に『“こ”の一番』を『譲る』と言うのに『いらん』と言いやがる。 こだわっていたのがアホらしくなったぜ‼ さっさと帰って寝るとするか。」

四人は履き物をはいて、みな1Fへと下りて行った。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月21日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート241

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート241』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「先輩は先生に『恋』をしているんですよ! それも長年苦楽を共にしてきた先生の大きな背中を見ながら、先生に憧れ、いつしか片思いの恋に落ちたんですよ。」

子路(しろ)曰く、「俺が片思いの恋に落ちただとぉ! 子貢よ、お前の天職は司会典礼役じゃない。」

子貢曰く、「先輩、自分の心の中を見られるようで嫌なんでしょう! それで私の天職は何だと言うんですか?」

子路曰く、「お前、心理学者ぶりやがって、人の心の中見たような気になっているが、お前は心理学者なんかじゃない! お前の天性は・・・」

子貢曰く、「私の天性は・・・ ズバリ何ですか?」

子路曰く、「本当の恋を知らない恋愛小説家だ! これがお前の職業にピッタリだ。」

子貢曰く、「私は恋愛小説家ですか。」

神北(かんぺき)曰く、「いいなぁ~。 恋愛小説書いて飯が食えるなら、最高ですね! ハーレクイン・ロマンス『論語に出てくるあの子路の嫉妬と恋』というタイトルで子貢さん一つ書いてみてくださいよ! すでにネタはあがってますから・・・」

子路曰く、「おい、神北! 図に乗るんじゃないぞ! 『仏の子路様』でも我慢ならねぇことだってあるんだ。」

子貢曰く、「まあまあ・・・ 先輩、目くじら立てないで下さいよ。 つい先ほどまで、変わらぬ友情を誓いあったばかりじゃないですか。」

顔回曰く、「突然ですが、子路先輩、皆さん、私は今はっきりわかったんです。 私も孔子先生に『恋』していることに気がついたんです。 と言っても、私は心から先生を尊敬している恩師の愛なんです。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月20日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート240

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート240』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「先生が『回よ! 回よ! 回さんよ!』とばかりに回さんばかり可愛がるから、年甲斐もなく回さんにモーレツに嫉妬していたんですよね! 先生に気に入られようと一生懸命するんですが、何故かやることなすこと先生に注意を受けるものだから面白くない。 先生も言わなきゃいいのに、言葉じりの最後に『回を見習え! 回を見習え!』といわれるものだから、よけい腹が立つ。 『腹が立つが言われてみればもっともだ。』と思えることなので、よけいに癪(しゃく)に障り、感情のもって行き場がないものだから、恋敵の回さんに向けての姿を見ると『癪』の種になっちゃった。 まさに嫉妬の炎が焔々(えんえん)と燃え上ってきて、その炎の勢いが強すぎて、もうどうにも理性心では押さえきれない。 この度の騒動は、先輩の嫉妬が原因で端を発したことですが、これは相手の立場で考えれば今回のことも先輩に限ったことではありませんよ。 意外に回さんだって嫉妬の炎が焔々と燃え上り、ことは起こさなくても心の中で解決できずに苦しみ、悩み続けたかもしれませんよ!」

顔回(がんかい)曰く、「その通りです。 先輩を責めることはできません。 この度の私に対しての先輩や神北君や門人の無視する態度は私の心の感情が傷つき、その傷がもとで煩悶(はんもん)していました。 帰宅途中で子貢君に出合わなければ、まだ私は傷が癒えずに更なる煩悶をつくり、悶(もだ)え苦しんでいたでしょう。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月19日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート239

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート239』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子路(しろ) 曰く、「こだわるわけ・・・ おおありよ~! 『“こ”の一番』のこだわりは・・・『こ・い』なんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「池の『こい』ですか? こいのぼりの『こい』ですか?」

子路曰く、「ちゃうちゃう、その『こい』じゃない! この『こい』は釣らずに育てるものだ。 それでまた、不思議なものなんだ。 会っている時はなんともないが、『さよなら』すると涙がこぼれちゃうんだよ。 そんな切ない『こい』なんだ。 この気持ち、わかるか? 回君!」

顔回曰く、「それって、初恋や恋愛の『恋』ですか?」

子路曰く、「そうだ。 俺は周りの奴から『無鉄砲な子路』とか『勇敢な子路』とか、そんなイメージが定着して期待されているもんだから、常に勇気!勇気!勇気!一辺倒で振舞ってきたんだ。」

顔回曰く、「先輩それと『“こ”の一番』とどういう関係があるんですか?」

子路曰く、「俺の本音は、『勇気凛凛』より、いつも『恋』をしていたいんだ。」

子貢(しこう)曰く、「先輩、悪酔いしたんですか?」

子路曰く、「バカ言うな! 俺は正気だ! おい、回! お前は本気で恋愛したこといっぺんでもあるか?」

顔回曰く、「そう単刀直入に言われますと・・・ 恋と言えるかわかりませんが、無いとも言えません。」

子路曰く、「へえ~、女に興味の無い学問ばかりしているお前が本当の恋愛をしたことがあるのか?」

神北曰く、「先輩、ここに飲みに来るたびに『孔子先生大好き!』、『孔子先生命(いのち)』と下駄箱の前で言っているじゃないですか。 『こ』は孔子先生のことだと・・・ 先生を大切に思う気持ちは孔門弟子ナンバーワンであると自負している先輩の気概が『“こ”の一番』の下足札のこだわりなんですよね!」

子路顔を赤くして曰く、無言。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月18日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート238

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート238』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう)曰く、「これにて一件落着! では、お開きといたしましょう!」

顔回(がんかい)曰く、「神北(かんぺき)君、そちらはそちらでお会計してくれたまえ。 こちらは子貢君がおあいそをすることに決まっているから!」

神北曰く、「はい、記念撮影もありますので・・・。 では京華(きょうか)さんに『おあいそ』お願いしますと伝えてきます!」

子貢曰く、「神北君! あっ、ちょっと、僕の支払いは『いつもニコニコカード払い』でお願いしてます。 この店は、カード払いOKか聞いてきて下さい!」

神北曰く、「あっ、論民はチェーン店で、私は以前、他店の論民でカード払いしましたから大丈夫と思いますよ。」

子貢曰く、「そうですか。 私は明日・・・、あっ、いやぁ~もう深夜の2時ですよ! 今日孔子先生に報告をする約束をしていますので、皆さん、さっさと帰る準備をしましょう。」

神北戻って来て曰く、「子貢さん、カード払いOKです。 1Fでカメラのセッティングはできているそうです。 いつでもどうぞと言うことです。」

子路(しろ)曰く、「では、引き上げるとするか! (顔回の下足札を見て)何ぃ! 俺専用の『“こ”の一番』の下足札じゃないか!」

顔回曰く、「『“こ”の一番』のこの下足札がどうかしましたか?」

子路曰く、「俺は『“こ”の一番』は子路様専用の下駄箱なんだ。 この店の主人に『長嶋茂雄の背番号 “3” と同じく永久欠番にしろ! 俺以外の者に使わせるな!』ときつく言ってあるんだぜ!」

顔回曰く、「先輩、『“こ”の一番』にこだわる理由でもあるんですか?」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月17日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート237

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート237」だ。

諸君、聖人君子でないかぎり、諸君も「気咎(とが)め」を感じたことは今までに一度や二度や三度はあるじゃないですかい?

子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)、お前をかえって苦しませてしまった。 すまんことをした。 許せ! ただし聞き捨てならぬことを言ったな! 神北よ、改めて聴く、この居酒屋で初めて会ったのも偶然じゃなくして、孔家門人の子路様だと承知のうえで近づいたのか?」

子貢(しこう)曰く、「まあまあ、先輩、神北君も正直に詫びているんですから、その話は後日にしましょうよ! ここは、お互いに同門の弟子として、変わらぬ友情を誓いあって乾杯してお開きにひましょうよ! 子路先輩、回さん、神北君、いかがですか?」

子路曰く、「もちろん異存はない! おれも気咎めを感じていた。 それが今は『八面玲瓏(はちめんれいろう)、磨(みが)ける鏡のごとき』という心境だぜ。」

顔回曰く、「私も同感です。」

神北曰く、「不肖神北、皆様方のお仲間に入れていただき、光栄です。 私、神北は、変わらぬ友情を誓います。」

子貢曰く、「それでは、芽台酒(マオタイジュウ)で、変わらぬ友情を誓ってシメの乾杯といたしましょう! 乾杯の音頭は、子路先輩お願いします。」

子路曰く、「よっしゃ! では、孔子先生ならび諸君らの健康と我ら四人の変わらぬ友情を誓って乾杯!」

顔回、子貢、神北そろって曰く、「かんぱい!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月16日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート236

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート236」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。
以前にもふれたことがあるが、孔子先生は、仁者、君子と人間をより分けるのではなく、万人共通の人間の本性としてすでに持ち来らしている人間真理として捉えていたのっではないかと推論する。

「論語」「里仁(りじん)篇」の中にこう述べている。

子曰く、「参(しん)や、わが道は一をもってこれを貫く」。 曽子(そうし・参)曰く、「唯(い)」。 子出(い)ず。
門人問いて曰く、「なんの謂(いい)ぞや」。
曽子曰く、「夫子の道は、忠恕のみ」。

この対話の意味は、
「参(しん・曽子)よ、私という人間はただ一つのプリンシプル(原理、原則)だけで貫かれているのだ。」
この孔子の言葉に、曽子(参)はただ「ハイ」と返事をし、うなずいただけであった。
孔子先生がその場を立ち去ると、居合わせた門人が曽子にたずねた。
「参さん! 孔子先生は何をおっしゃりたかったのか私にはその意味がさっぱりわかりませんでした。 参さんは、うなずいておられましたが、何のことを言っておられたのでしょうか?」
「それはね、先生は、良心を偽らぬこと『忠』と、他人への思いやり『恕』とが人倫の根本であり、人間真理であるとおっしゃったのだよ。」

私で言えば「積極一貫」ですな。
諸君等も、どういう場合に直面した時でも、本心良心に悖(もと)らないようにすることです。
自分の言葉や行ないは常に本心良心そのままという気持ちを心がけの第一とされたのであります。
よく「誠心誠意」といいますが、この誠心誠意というのは、本心良心がその大根大本(おおねおおもと)となって、本心良心に悖りさえしなかったら、自分の仕事に対して情熱の炎が焔々(えんえん)として燃えるであろうし、そして常にその気持ちにむらというものがないことになります。
むらのない心から働きだされる事柄にどんな結果がくるか、これはもう考えなくてもおわかりのことと思います。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月15日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート235

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート235」だ。

諸君、神北(かんぺき)ではないが、人間、何か道に外れた事を言ったり、あるいは不道理なことを行う場合、また行なった場合にも、何とはなしに気の重い後ろめたさを感じるものだね!
これが「気咎(きどが)め」というやつですよ。
何とも、言うに言われない嫌な気持ちを感じるものでありますよ!
どんな人間にも本心良心がある証拠には、悪いことをする人間も公然と悪いことはしません。
本心良心の咎めがあるからですよ。

「論語」「顔淵(がんえん)篇」の中にこう述べている。

司馬牛(しばぎゅう)、君子を問う。 子曰く、「君子は憂(うれ)えず懼(おそ)れず」。 曰く、「憂えず懼れず、すなわちこれを君子というか」。 子曰く、「内に省(かえり)みて疾(やま)しからずんば、それを何をか憂え何かを懼れん」。

この対話の意味は、
君子たる者の資格について司馬牛から質問された時、孔子はこう答えた。
「心に心配や恐れがないのが君子だぜ。」
「それだけで君子と言えるのでしょうか?」
「良心に照らして恥じるところがある。 また後ろめたさを感じるのであれば、良心に対しての気咎めで、心配や恐れから自らの心が解放されないのだぞ。」

ですから、現在も永久にも、自分がやましい気持ちを感じないというものこそ、本心良心のあらわれなんですぜ。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月14日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート234

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート234」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩、回(かい)さんによく謝ってくれました。 先輩の弟弟子、不肖子貢、心よりお礼申し上げます。」

子路(しろ)曰く、「子貢よ、貴様は天性の司会典礼役だな。 この度のことはお前にも迷惑をかけ、骨を折らせたな・・・ 礼を言うよ。 ありがとう!」

子貢曰く、「いえいえ、どういたしまして・・・ さてさて先輩!  先ほど私が神北(かんぺき)君に事の次第の説明を求めた時、神北君は沈黙を守って先輩の指図について何も語りませんでした。 先輩の回さんへの個人的嫉妬が理由でその腹いせのためにお先棒を担がされた神北君ですが、神北君にも非があります。 それは問い詰めません。 神北君も先輩への義理立てがあるでしょうから、ここは先輩から何か言ってあげて下さい。」

顔回(がんかい)曰く、「新参者の神北君としては、先輩の命令は断れないですよ! それはパワーハラスメントですよ! 神北君も気の毒です。」

子路曰く、「神北! まだ入門したばかりのお前に、俺の不平不満の感情を満たすために利用したことを深く詫びる!(子路、神北に向かって土下座する。) これこのとおりだ。 申し訳なかった。 あいすまぬ!」

神北曰く、「先輩、面(おもて)を上げて下さい! 私も回先輩に何の怨みも遺恨もありません。 ただ指図されたままに動いたのは本当のことです! 実は私は孔門の弟子の一人になりたくって計画的に子路先輩に近づいたのも本当のことです。 先輩だけが悪いんじゃないです。 ただ回さんは立派な方です。 回さんの勤勉家で実直な振る舞いを見ていて、自分が万物の霊長たる人間として恥ずべきことをしていると心苦しくて気咎めを感じていたんです。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月13日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート233

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート233」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。
子路(しろ)、子貢(しこう)の諫言(かんげん)にうなずくも無言。

子貢曰く、「孔子先生は後輩弟子の宰我(さいが)君に厳しく戒(いまし)めておられながらも『既往(きおう)は咎(とが)めず。』と言っておられました。 子路先輩もご存知のはずです。 過去の出来ごとについてあれこれと重箱の隅を突っつくように咎めだてするより、深く反省し、今を改め、同じ事を二度と繰り返さないよう心と身を慎むことが大切であると言っておられます。 私も回さんも先輩や神北君を決して咎めだてしているのではありません。 これからもずっと同門の敬愛する先輩に何ら変わりはないのですから・・・ 回さんもそう思いませんか?」

顔回(がんかい)曰く、「もちろんです。 先輩に対する敬愛の気持ちに対しては、いささかも変わりはありませぬ!」

子路たまりかねて曰く、「回! すまぬ! すまなかった。 孔門の弟子として恥ずべきことをした。」

子路は回の前に居住まいを正して座り、いきなり土下座をした。

子路土下座をして曰く、「これこの通りだ。 俺のした振る舞いを許してくれ!」


顔回曰く、「先輩、面(おもて)を上げて下さい! 許すも許さぬもありませんよ。 年は離れていますが、いつも変わらぬ実の兄弟のような弟思いの兄貴でいて下さいませんか?」

子路曰く、「おうよ! お前らは、この勇気凛凛の子路様がが守ってくれるわ!」

顔回曰く、「あっ、いつもの先輩にもどりましたね。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月12日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート232

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート232」だ。

諸君、話を戻すことにする。
子貢(しこう)の「一つはっきりさせなきゃならない事がある!」の続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「子貢君! 急に真剣な顔してどうしたんですか?」

子貢曰く、「回(かい)さん、ここへ来た第一の動機ですよ! ここで四人で会ったことで、はっきりさせたいことがあるんじゃないですか?」

顔回曰く、「はい、そうでした。 子路少年の林間学校の話に夢中になって、肝心なことを忘れてました。」

子貢曰く、「回さん、ここで子路(しろ)先輩と神北(かんぺき)君を前にして、言った言わないはお互い無しにしてはっきりさせましょうよ!」

顔回曰く、「はい!」

子貢曰く、「先輩! 神北君! いちいち改めて私の方から事のいきさつを説明するまでもないでしょう! 先生に用を言いつけられて留守をしている間に、回さんに対するお二人の振る舞いです! 回さんが挨拶しても他の門下生も挨拶せず無視するありさま! これは先輩の差し金で、『顔回を無視するように』と神北君が門人に言いふらしていたそうですね! 何のことかご存じのはずです。 ご自身の胸に手を当てて良心に問うてみればすぐわかることです。」

子路曰く、「俺は神北にそこまでせよ!とは指図していない。」

神北曰く、うなだれて沈黙。

子貢曰く、「先輩、お互い孔子先生の弟子です! 良心の呵責(かしゃく)を感じていたんでしょう? 『回よ! 俺が仕組んだことだ! すまない! 許してくれ!』と正直に回さんに謝ってまた兄弟弟子として仲睦まじくしましょうよ。 兄貴ぃ~! ゲロすれば楽になりますよ!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月11日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート231

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート231」だ。

昨日の引き続きであります。

 心を健全に活かすには、いかなる場合にも、心に積極的な態度をしっかりと持たねばならない。そうして初めて、生命の源泉を確保したことになる。形ある肉体も、自ら、その力に導かれ、当然健全なものになるのである。
 この真理を厳かに考えれば、たとえ、現在の体力が不完全であろうとも、病があろうとも、心配することも、悲観することもない。自分の心さえ、積極的に健全にさえすれば、その肉体は自然に強健なものに作りかえられる。そしてそのことが、宇宙真理であるということに気づかねばならない。
 心を積極的にする要点は何かというと、勇気の煥発だ! だから、すべからく何事に対しても、またいかなるときといえども、勇気、勇気で対応しなければならない。
 力の暗示誦句を唱うときでも、体のどこかに穴が空いているのじやないかと思うようなのがときどきいるが、勇気の抜けているのは力の誦句にならない。私は、勇気ひとすじな人間が大好きなのだ。女でも、男でも、勇気のない人間は、いざというときに話相手にならない。ちょっと一緒に往来を歩いていても、勇気のない人間というものは、戦々恐々と、びくびくして歩いている。
 まこと、人生修養の最彼岸点は、いつも勇気の溌剌たるものがなければいけない。
 勇気溌剌たるものとはどんなものか。
 わかりやすくいえば、どんな場合にも、虚心平気の状態でいるのが、溌刺たる勇気の状態なのだ。勇気を常に心から落さない心がけで人生を活きると、人生何事に直面した場合でも、虚心平気の状態で、それに応接することが出来るようになるのである。つまり、勇気というものが、虚心平気という大境涯に入る経路なのである。ところが、たいていの人は、この簡単な道理に目覚めていないので、ものごとを怖れるとか、不安になるとか、神経過敏とかということが、心を消極的にする原因のように考えているが、それらは原因でなく結果なのである。尻と頭を間違えている。原因は勇気が欠けているからで、勇気が欠けているから、消極的な心や気持ちが起こってくるのである。
 以前話したことがあるが、平炭坑のストライキ調停のため、私が単身で炭坑の現地に赴いた。それまで陸軍の大迫(おおさこ)将軍や、日蓮宗の田中智学らが調停に行っても鉄砲を撃ちかけられて渡ることすら出来なかった炭坑の入口の橋を、警官が止めるのも聞かず、平気で渡っていったのも、この勇気が煥発されたからこそなのである。
 女房や娘を売ってまでも、炭坑に立て龍って、長い間、経営者と戦い続けている悲惨な労働者を救おうとしてやって来た自分に、弾丸なんか当ってたまるか、いや、当るはずがない。
 この勇気が煥発されて虚心平気な気持ちになれたのである。だから橋に一歩足をかけた途端、パンパンと撃ちかけてきたが、平気でドンドン渡って行った。そして、橋を渡った後に気が付いたのであるが、身につけていた外套を六発の弾丸が打ち抜いていた。けれど身にはまったく、かすり傷一つ受けなかったのである。
 だから、勇気さえ心から失わなければ、何事もこの世に怖るるものはないのである。
 昔の諺にも、
    勇気は常に勝利をもたらし
    恐怖は常に敗北を招く
 というのがある。
   断じて行なえば、鬼神もこれを避く
   陽気の発するところ 金石もまた透る
 である。
 だから、人間の心から勇気がなくなると哀れなものである。万物の霊長なんて名ばかりになってしまう。四六時中不当にやすらかな気持ちで人生を活きることが出来ない。
 何か「事」があるとすぐに心の調和を失い、心の平和がかき乱される。
 だから、理屈は抜きにして“たとえ、どんなことがあっても、断然、勇気を失うことなかれ″これがモットーなのである。
 そうなるには、観念要素の更改を真剣に実行するとともに、普段から、出来るだけ勇気凛々たる人間と交際するように心がけることである。
 前にもいったとおり、この世の中や人生には、滅多矢鱈(やたら)に恐ろしいということはありはしない。怖ろしいと思っているのは、自分の心なのである。
 今まで活きて来た過去を考えてみなさい。のべつそんなに怖ろしいことがあったか、なかったか。
 生まれつき神経過敏な人間はいないといっただろう。生まれたときには白紙のごとし。
 それが、いまのような状態になったのはなぜかというと、自分自身で生まれたときに持ってきた勇気というものを影を薄くしてしまっているからだ。なくなっているのではない。その上に消極的な弱い心が蓋(ふた)をしているからなのである。
 日本人であることを忘れるな!
 世界で二つとない富士山をもっている日本国民、燎乱三千年の歴史の中に燦(さん)として輝いていた、日本人の勇気がいかに豊富であったか。それが、太平洋戦争で、滅茶滅茶に醜くなり、たとえ一時的であろうとも勝を向うへやった。これは、当時の人間が、大言壮語しても、真の勇気が欠けていたからだ。
 今夜から寝ぎわの観念要素の更改には、毎日毎日こうして、魂に手ごたえを与えている真理の瞑想によって開けた悟りのうち、どれでも良いから、寝がけの観念要素の更改の場合の魂を綺麗に研ぎ上げる手段に使いなさい。それには、誦句集のどの章でもいいから、開けて読みなさい!
 読むだけでも非常に寝ぎわのときの気持ちの掃除が出来る。ただ、眠いからといって、フーッと寝るよりは、この誦句集のどのページでもいいから開いて、一章だけでいいから誦えなさい! 二つも三つも重ねていう必要はない。そして、そのままの気持ちになる。信念のところを唱えたら信念の気持ち。勇気のところを唱えたら勇気の気持ちになって、「夢むらさきと豊けくけむれ」ばいいのだ。
 そして、本当にけなげな勇気ある自分を作りなさい!

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月10日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート230

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート230」だ。

昨日の引き続きであります。

 それから、中には、人に忠告したり勧告したりするとき、その忠告や勧告に応じてくれないと、やたらと胸くそを悪くする人かある。これも滑稽千万である。第一、無理な注文である。あなたのその言葉に応じるか応じないかは、向うの勝手だ。人の意思は自由だから、こっちで干渉する権利はない。
 もっと滑稽な人間になると、人に親切にしてやって、相手がその親切に感じないと、盛んに怒っている者がいる。
「何よ! あの人、恩知らず!」なんて……。
 それからまた、愚にもつかないこういう人間もいる。
 自分の仕事などが、うまく思うとおりにいかないと、とっても、がっかりして、へこたれて、意気消沈してしまう。箸一つ切れなかったり、竹一つ切れなかったりすると、一日中意気消沈しているような間抜けもいる。
 ただ、往生のときを早めるだけじやないか。この世の精算を早めるだけじやないか。他に、何の効果も来やしない。人生は主観だ! 心一つのおきどころだ!
 いったいなぜ人間はこういうようなんだろうかということを考えてみよう。
 たとえば、病のときなんか、「なにくそ! こんな病に負けてたまるか」と考えればいいんだけれど、考えられないのはなぜか、ということを考えてみよう。
 自分の仕事だからこそ、「これが心配せずにいられるか。これが悲観せずにいられるか……」と。しかし原因は何と、極めて簡単なところにあるのだ。どういうところにあるかというと、結論的にずばり言えば “勇気” がないからなのだ。否! 勇気が欠けているからだ。勇気はあるのに、出し方がわからないから、人生を活きる際に、非常に勇気が足りないものが出てくるのだ。
 勇気が落ちたら、いくら積極的にしようと思っても、“いざ、さらば” というときに積極的にならない。普段の習慣が大事なのである。勇気というものは、人生を統一する一切の根本基礎なのだ。
 繰り返していうが、人間の生命の本体というものは、形ある肉体ではない。ちょっと考えると、形のある肉体であるかのごとく見えるが、実は形の見えない気の中にあるのである。
 ちょうど、扇風機は、扇風機のモーターの力で回っているのではない、扇風機を回している力の元は、エレクトロンとプロトンという “気” である。
 よく考えてみれば、すぐ解ることだけれども、頑健な肉体を持たず、見るからに弱々しい体であっても、相当に長生きをし、世の中のために仕事をなしている人が、昔から随分といる。イマヌエル・カントや、ヘレン・ケラーや平田篤胤(あつたね)、貝原益軒というような人は、その代表的な人達だ。もちろん、肉体が強いに越したことはないけれども、いかに肉体が発達しても、それはただ単に、生命の物質的方面のみの発達だ。心の方面が積極でないかぎり、理想通りの最高の生命の発達は出来ない。
 というのは、いまいったとおり、人間の生命の本体は、精神生命の根元である無形の霊という “気” であるからである。
 今の話のとおり、いかに立派な扇風機を拵(こしら)えてみたところで、モーターの中のコイルの捲き方が不完全であったら、充分にこの気を受け入れることが出来ない。形だけは立派でも少しも回らない。だから、完全に、生命を活かす計画の成就は、生命の本体たる霊という気を、完全なる姿で、この生命を確保しなければいけない。
 その第一の先決問題は何か!
 それは、心を健全に活かすことである。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月9日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート229

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート229」だ。

昨日の引き続きであります。

 心配や悲観をする癖がつくと、悪い習慣だけど何を考えるときでも、やたらと取越苦労をする。取越苦労をすると、物事をやたらと消極的におおぎょうに考える。あれがああなってこうなって、こうなってああなって、ああペシャンコだ、というようにね。
 人間は、この良くない癖と、伝統的に、慣習的に付き合っているといっても過言ではない。重大に考えなければならないことは、心配したり悲観したりする習慣を、習慣とも気づかず、悪い癖とも反省しないで、人間共通の通有性というように、間違えてますますやっていると、人生の光明をどんどん闇にする哀れな気分だけが、人生を支配するようになってしまう。
 ただ、それだけでも下らない惨めな人生なのに、そういう心配や悲観をしていると、その心配や悲観したことが、なんと現実の事実となって、人生を惨めな状態にしてしまうのである。なぜかというと、悲観したり心配したりすると、その心配や悲観が、人生に苦い形で現実の姿を現わしてくるように、宇宙真理が出来ているからである。
 これは絶対の真理である。これは自然の法則なのである。
 だからかりそめにも、生まれ甲斐があり、生き甲斐のある人生を活きようと欲するならば、何よりも一番戒めなければならない大切なことは、心配や悲観、これは断然、禁物だと思わねばならないのだ。
 もう、何回もいっているとおり、この大宇宙の中には精気というものがあって、その精気の中には、積極の気と消極の気とが入り混って、遍満している。その気が人間の心の中の気分と常に同化的に働いている。積極的なことを考えればプラス(正)の気が入ってくるし、消極的の気分になればマイナス(負)の気が入ってくる。
 我々は、千万の理論よりも、一つの事実を厳かに考えねばならない。真理というものは、事情や情実で左右はされない。まして病や運命に対して、もっとより良い結果を望むのならばなおさら、一段と心配や悲観というものは絶対に無意味だと考えねばならない。否、無意味というより破壊に終わるのだ。
 もう何遍もいっているとおり、宇宙の根本主体である、神仏と称せられるものの心の中には、“真” “善” “美” 以外に心配や悲観というような心持ちは夢にもない。その神の心と通じている心を持つあなたがたが、この自覚を明瞭にしなければならない。そのことが明瞭になれば、下らないものを心配したり、悲観したりする必要は、さらになくなってしまうものだ。
 人間というものは、人間である以上、人間としての面目を発揮しないと、人間としての面汚しを自分でしているようなものである。人間は人間らしくあるときにのみ、人間の恵まれた幸福というものが与えられる。だから、もっと神の心や仏の力に近寄りたかったら、心配や悲観を断然しないようにしなくてはならない。
 よく考えてみよう。人生には特に病が生じたり、運命が悪くなったときは、ひとしおその生命の力をより強くする必要があるときなのである。何でもないときは、さもあらばあれ、病や運命が悪くなったときには、そのときこそ、生命を守る戦いを開始しなければならないのだ。そのときに、戦いに勝つものは、力なのだ。しかも、その力を強くするには何を措いても、第一に心を積極的にしなければいけないのだ。それを、悲観したり心配したりして、心を消極的にして、なおかつ、より価値高く活きようとする考え方は、火種なしに炭から火を熾(おこ)そうとするのと同じである。
 もっととぼけた滑稽な人間になると、他人の言葉や行為にまで、自分の心が影響され、あるいは同情して、自分まで心配して不愉快になったり、悲観して不機嫌になってしまう馬鹿者がいる。
 “同情” という気分は尊いが、自分というものを、これと同様の消極的な気分にして、自分の生命まで腐らしてしまわねばならぬ、いささかの義務も責任もないはずだ。消極的な他人の気分にまで、同化的環境を造る必要はない。


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月8日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート228

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート228」だ。

諸君、子路(しろ)少年の勇気は、やはり心の態度が積極的であったのは間違いないね!
何事に遭遇しても恐れたりしなかった。
生前に勇気について述べたことがある。
「運命を拓く―天風瞑想録」の「第十一章 勇気と不幸福撃退」というタイトルテーマのところです。 
大切なことなので全文を掲載することにする。
諸君等の参考にしてほしい。




 今日は人生を完全に活きるのに必要な各種の要項の中で、特に必要なことを悟ることにしよう。
 それは何かというと、第一に必要なことは、何事にもやたらに悲観したり心配したりして、すべてのことを消極的に思ったり考えたりすることを止めることである。
 今まで、常日頃、あなたがたが当り前のように思ったり考えていた心配や悲観、それが決して当り前ではないということを悟ることにしよう。
 あなたがたが、病なり運命なりに冒されると、やにわに、それを心配したり悲観したりする。そして、そうすることが当り前の人間のように思っている。常識のある人間なら、そうあるのが当然だと思っている。そして、その理由というのは、実に第二義的なことを麗々しく並べたてる。〝自分も含め周囲のすべてがそうであるから”というのである。ところが、真理の上から正しく論断するなら、大変な間違いなのである。間違いを行なっている人が多いからといって、その数で是非善悪を決定するということは、実に無鉄砲な乱暴な決定ではないだろうか。
 考えてみよう、人聞か病や不運に冒されたとき、それを心配したり悲観したりするのが、真理だとしたら、人間なんて値打ちが少しもなく、人間ほど惨めなものはないと思わないだろうか。
 心配したり悲観したりするとき、人生が明るく感じられるか、あるいは暗く感じられるか、すぐ解ることだ。何ともいえぬ楽しみで心配や悲観の気持ち、心持ちを、もっている人があったら、そんな人は、人間が万物の霊長としてこの世に生まれてきた理由を考えないからである。万物の霊長として生まれてきた理由を考えるなら、心配したり悲観したりすることが寸法違いだということをすぐ悟れるわけである。
 考えてみよう。人間はこの世に悩むために来たのではないだろう。心配するために来たんではなかろう。悲観するために来たのではないだろう。つまり、一生を暗く生きるために来たのでは断じてない。まこと尊きかな、人間は進化と向上という偉大な尊厳な宇宙法則を現実化するために、この世に生まれてきたのである。
 このような見地に立脚して、人間というものを厳かに考えるなら、まったく、悲観や心配という心持ちが人間の共通性だという決定は、最初からまったく、とんでもない誤りから出発した結論ではないだろうか。しかるに、この間違いを正しく悟ることができず、病だから心配するのが当り前で、不運だから悲観するのが当然だというように、少しも間違いのない真理のように考えるのなら、そういう人は、こういうことを考えてごらん。いや、そうしたことが、五十歩百歩譲って、正しい真理であるとしたならば、病に罹(かか)って心配した者が早く治り、不運に遭って悲観した者がたちまち幸運に運命を転換しているはずである。ところが事実は全然それと反対ではないか。
 病のとき、心配すればするほど回復は遅い。私は死亡広告を新聞で見るたびに、この人は、本当の病で死んだのだろうかと考えてしまう。否、寿命で死んだのなら、さもあらばあれ、たいていは自殺じゃないのだろうか。自殺といっても、なにも青酸カリやブロバリンを大量に飲んで死ぬのばかりが自殺ではない。病に罹ったときに神経を過敏にして、ああでもないこうでもないと、心配を重ねて、活きる力を自分で衰えさせて死んだのも自殺なのだ。私はそういう者が多いのではないか、といつも思う。
 また不運のとき、悲観すればするほど、よりいっそうよくない事実が現実にくる、という、侵すべからざる事実があるのを何とするか。いかに屁理屈を付けてみても、この厳然たる事実を曲げたり、否定したりすることは出来ないだろう。
 しかるに、この真理に正しく目覚めないで、やたらと何でも、人生のことを心配したり悲観したりするのを人類の通有性と見るのは、随分飛び離れた、“あわてもの”といわねばならない。そういうのも結局、生命に関する宇宙の法則や、心の持つ生命への偉大な働きかけ、というものに無自覚であるからだ。そして、その無自覚から、そういう“癖”を知らず知らずの間に心につけてしまっているからだ。習慣は第二の天性というが、まことに怖るべきことではある。


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月7日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート227

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート227」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ) 曰く、「おい、子貢(しこう)、俺はモデルじゃないんだ。 写真を撮られるばかりで自分で見なければ面白くも何ともねえじゃないか。」

神北(かんぺき)曰く、「それより、先輩が手にとったら、いつも何か写っているんですよね。今回は何が写るか、そっちの方が興味ありますよ!」

子貢曰く、「そうですよ! 話をずいぶん引っぱった割に、結局これからここで記念撮影して、さて何が写っているかその方が楽しみですよ!」

顔回(がんかい)曰く、「心霊写真になってしまうきっかけは、やはり、さゆりさん達に会ってからのことですよね!」

子路曰く、「多分それからだと思う。」

顔回曰く、「それなら原因がわかるじゃないですか。 勇気ある少年を誇りに思って、はたまた感謝しつつ同じ仲間として認めての記念撮影に入ってきたのでしょう。 さゆりさんや親父グモだけじゃなく他の心霊や精霊も先輩のことが好きなんですよ! 好かれているんですから写真嫌いになることないじゃないですか?」

神北曰く、「後輩の分際で話の腰を折るようで申し訳ないですが、孔子先生の講義を受けたいので皆さんさっさと記念撮影して帰りませんか?」

子貢曰く、「神北、ちょっと待ってくれ! 一つはっきりさせなきゃならないことがある!」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月6日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート226

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート226」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ) 曰く、『おじさん、さゆりは学校と子供たちを守ろうとしているんですよ! その手伝いが出来るんだから、それは誇りに思ったらいいですよ! 用務員の誇りですよ!』

案内人曰く、『用務員の誇り!! 子供なのにいいこと言うね! ますます気に入ったよ!』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、「どうやら用務員のおじさんと親父グモはスチーブンソン作の小説の主人公であるジキル博士とハイド氏のようにセットであることは間違いない。 それから一緒に記念撮影をした。 おじさんは俺の隣に立っていた。 後日、夏休みが終わって、学校で先生から写真を渡されたんだ。 その写真を見たとき隣のおじさんが消えていて親父グモが代わりに写っていたんだ。 おまけに親父グモの頭の上にさゆりが写っていた。 友達の回りにも、この小学校の子供たちが重なり合うように写っていた。 俺が写真嫌いになったのは、俺の写真にだけ写っているということだ。 同じ写真が配られたのに、俺に渡された写真だけに奇怪なものが写っている。 つまり俺が写っている写真を俺が手に持って見ると心霊写真になっちまうんだ。」

子貢(しこう)曰く、「話をずいぶん引っ張った割には落ちがつまらないですね! それは写真を撮られるのが実は嫌いじゃない先輩が写真を手に持ってみることで問題が生じているわけですから、先輩は手にとって写真を見なければいいんですよ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月5日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート225

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート225」だ。

昨日の引き続きであります。

神北(かんぺき)曰く、「そう言えば、アメリカ映画『スパイダーマン』にも主人公の青年がスーパーグモに刺されたため、熱に浮かされて、目が覚めると、超能力クモ人間になっていた。 と言う映画でしたが、顔も体も人間でしたね! 顔だけ親父で、たいした力も無しでは気の毒というものです!」

顔回(がんかい)曰く、「スパイダーマンは、スーパーヒーローです。 親父グモとは一緒に比較しないで下さい! 話の先をお願いします。」

子路(しろ)曰く、「案内人のおじさんは、懐中電灯をぶつけられた腹いせなのか、俺にへばりついて離れないんだ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

案内人曰く、『子路君、その時の夢は、ここには、さゆりという学校童(わらし)がいて、この学校を陰で守っているんだ。 そのさゆりが、“お兄さん、このまま放っておけばクモの毒が全身に回って24時間以内に死んでしまうよ! まだ死にたくないでしょう? 必ず助けるから、この学校を守るためのお手伝いをしなさい!” と言われた夢なんだ。』

子路曰く、『それで、おじさんは夢の中でどうしたんだ。』

案内人曰く、『子路君、その当時は私も若くてハンサムなお兄さんでしたよ!』

子路曰く、『そりゃどうも。 お兄さん、失礼しました。』

案内人曰く、『俺はこの学校が好きだから用務員になった。 だから、この学校を守るためなら “はい、喜んで!” と即答した。 その返事をした途端、夢から覚めて、目を覚ましたらすっかり熱も下がり、俺は死なずに生きていることを実感したんだよ! それから、この学校の用務員室に泊まるたびに、夢を見るんだ。 さゆりが “学校のトイレが汚い! もっときれいに掃除させろ!”、“ 村の○○ちゃんがひどい風邪だ、山の中の薬草をとって持って行きなさい!” とか、ことあるにつけ命令するんですよ! “明日はお休みだから出来ない” と言うと、“約束守らないとクモになっちゃうよ!” と脅すんですよ!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月4日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート224

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート224」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺は案内人のおじさんの顔をそのときまざまざと見たんだ。 それで、ハッとした。 そのおじさんの顔は、あの時の親父グモの顔に瓜二つ、そっくりなんだ。 それに何故、このおじさんは親父グモのことを知っているんだ。 おじさんは絆創膏を『ここを見ろ』と言わんばかりに剥(は)がしたんだ。 その傷は、三日月の格好をしている切り傷であった。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、『おじさん、その傷は俺が投げた懐中電灯で切ったと言いましたが、俺はおじさん目がけて投げたおぼえなんかないよ。 顔はおじさんにそっくりで、体全身クモのような毛で覆われた見たこともない化け物に投げたんだ!』

案内人曰く、『教室内の見回り中に、いきなり懐中電灯が飛んできたんですよ。 まだズキズキして頭が痛いです。』

子路曰く、『おじさんはどうして親父グモのことを知っているんだよ。』

案内人曰く、『おじさんはこの小学校の卒業生でね。 大人になってからここの用務員になったんだ。 今はこの廃校の管理を任されているんだよ。 おじさんがこの小学校の用務員になりたてのころ夜間に教室を見回っているときに、廊下の床に毛むくじゃらの大きなクモがいたんだ。 暗かったので誤って踏みつぶすところだったが、このクモは動かないんだ。 おじさんは、子供のころから虫でも何でも謂(い)われなく殺すのが嫌だから、手にとって逃がしてやろうとしたんだ。 その時にクモが毒グモだったのか、指を刺されたんだ。 夜のクモは縁起が悪いというが、それから三日三晩高熱が出て浮かされながら不思議な夢を見たんだ。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月3日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート223

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート223」だ。

昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「世にも不思議な物語ですねぇ~。」

子路(しろ)曰く、「物語じゃねえやい! 俺にとってはノンフィクションだ。 人は本当らしい嘘は信じるが、嘘らしい本当は信じねえものだ。 オレオレ詐欺にはひっかかるが、当の正真の本人のほうが親の所へ電話をかけたら、『あなたが何方(どなた)か知りませんが、息子の声色を真似るの上手ねぇ!!  オレオレ詐欺なんか仕事にしないで、その才能を活かして俳優になるか、他の真っ当な仕事に付きなさい!』なんて逆に説教たれられるようなもんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「わかるようでわかりにくい、屁理屈のような話ですね。 まぁ、それだけ人身の心が、疑心暗鬼(ぎしんあんき)になっていると言うことですかね。 ではその先をお願いします。」

子路曰く、「林間学校に来ている間、校庭のすみっこで飯ごうでご飯を炊いて、大なべでお決まりのカレーを作ったりして食べた。 最後の晩は、皆で歌ったり踊ったり、これもお決まりのキャンプファイアで盛り上がったなぁ。 そして帰る日になって、校舎の前の二宮尊徳翁の前で、記念撮影をすることになり、俺は小6の割に大人顔負けの体であったので、向かって左の(二宮)金次郎側の後ろの位置になった。 その時、道案内してくれたおじさんも来ていて、記念撮影に加わってくれることになったんだが、そのおじさんの顔をその時よくよく見ると、額(ひたい)の真中に大判の絆創膏を貼っていたんだ。 『どこかで見た見覚えのある顔だなぁ』と思ったが、なかなか思い出せない。 すると案内人のおじさんはニッコリ笑って俺の耳元でおかしなことを言うんだ。 『子路君、君、親父グモに会ったでしょう! 君に投げつけられた懐中電灯で額が切れて、三日月の傷が残っちゃったんだよね! “天下御免の向こう傷” だ。』と言いながら絆創膏をはがしたんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月2日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート222

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート222」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「村長さんと助役さんの働きで校舎は村営の歴史記念館として残ることになって、『めでたし、めでたし』と一件落着になった。 しかし、俺は人質になった玄徳(げんとく)や友達や引率の先生に聞いたんだが、誰もが『人質になった覚えがない』と口を揃えて言うんだ。 トイレに行った俺と甥陽明(おいようめい)がいつまでたっても帰ってこないんで、引率の先生と案内人のおじさんと一緒に校舎の周りを探しに行ったが見つからず、『単独行動をするいつもの腕白大将の子路のことだから、陽明とここら辺の山を冒険に行っているんだろう。 腹がへったら必ず帰ってくるだろうから』とそれ以上探しはしなかったんだ。 友達も気にも留めずに歌を歌ったり、ゲームしたりと楽しく過ごしていたそうだ。 親父グモの糸にぐるぐる巻きにされた玄徳ちゃんだが、本人は『親父グモなんかいっぺんも見てはいない。』と言うんだ。 ではあの俺が見た蜘蛛の糸に巻かれた玄徳の姿は何だったんだろうか? 唯一、さゆりや親父グモの話ができたのは陽明だけだった。 陽明は気絶したままだったが、意識が戻ってみるとガランとした教室にいた。 『目が覚めた後、不思議な夢を見たとほっぺたをつねってみると痛かったが、何かリアルな夢で、きつねにつままれた不思議な感覚だ。』と言っていた。 『ただ子路ちゃんがいないので心配していたんだ。』と言うんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月1日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート221

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート221」だ。

昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩、お話の腰を折るようですいませんが、さゆりちゃんは精霊でこの世のものじゃないですよね。 火をつけて校舎と共に死ぬことができるのですか?」

子路(しろ)曰く、「さゆりも切羽詰まっていたから、気持ちが空回りして思わず言ってしまったんだろうよ!」

顔回(がんかい)曰く、「 “さゆり” と気安く呼び捨てに出来る関係って、なんかいいですね! その先の話をお願いします。」

子路曰く、「村長はしばらく沈黙していたが・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

村長曰く、『人命には代えられません! 私が全ての責任を持ちます。 この校舎を残すことに同意します。 引き換えに職員を開放して下さい!』

さゆり曰く、『村長さんは私達の要求に同意していただけました。 助役さんはどうしますか?』

助役曰く、『私も人命には代えられません! 同意します。』

さゆり曰く、『では、お二人ともこの誓約書にサインして下さい! 言っときますがこの誓約を守らないと・・・』

村長曰く、『この誓約を守らないと、どうなるんですか?』

子路曰く、『さゆり、どうするんだ。』

さゆり曰く、『この誓約は聖なる誓いです。 この誓いを守らない時は、毎日化けてお仕置きするからね!』

村長曰く、『さゆりちゃんなら可愛いから化けて出てもかまいませんが、それとこれは別のことです。 私とさゆりさんのお互いの信義の問題です。 (誓約書にサインをして・・・)これでどうですか?』

さゆり曰く、『では、職員さんを解放することを誓約します。 私のサイン入りの誓約書を渡します。 ただし、子路ちゃんが林間学校にいる間は子路ちゃん達をお預かりするかたちになります。 決して人質ではなく、お客様として接待しますからご安心下さい!』

村長曰く、『わかりました。 その間に村民も含めて事情説明します!』

さゆり曰く、『では、これで手打ちで決まりですね!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月31日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート220

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート220」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺はさゆりに言った・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、『俺の友達は皆大丈夫か?』

さゆり曰く、『大丈夫よ。 安心してちょうだい!』

村長曰く、『さゆりさん、あなたの申し出はわかるが、子路君の仲間をすぐに開放して欲しい! それからでないと私としては話し合いには応じられない。』

さゆり曰く、『村長さん、もうとっくに開放してますよ! 食事も終えてみんなで楽しく遊んでいます。 ここの様子を調べに来た役所の方に代わりに人質になっていただきました。』

村長曰く、『さゆりさん、職員は無事ですか?』

さゆり曰く、『無事です! それより村長さん、この校舎をこのまま村の管理でいつでも活用できるように残すことを約束して下さい! それが私達の要求です。』

村長曰く、『さゆりさん、私の一存では決められないのです。』

さゆり曰く、『あなたの村の職員の命がかかっていてもですか?』

村長曰く、『職員に罪はありません。 すぐ解放して下さい! このことは改めてここが村営の歴史記念館として残せるよう議会にかけてみます。 さゆりさん、私の政治生命をかけて議員を説得します。』

さゆり曰く、『村長さん、私には村議会の議員の心が見えます。 信用できません。 今ここで返事をいただけないのなら、この校舎が壊される前にあなたの職員を道連れに私の手で火をつけて校舎と共に果てる覚悟です。 村長は、今すぐ、はっきりした返答をして下さい!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月30日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート219

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート219」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「村長が音楽教室の戸を開けようとする刹那、中からオルガンの音と子供たちの歌声が聞こえてきた。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

助役曰く、『村長、この小学校の校歌ですよ‼』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路(しろ)曰く、「村長はうなずきながら黙って戸を開けた。 その中を見ると大勢の小学児童が教室の中に所狭しと重なり合いながら一生懸命校歌を歌っていた。」

顔回(がんかい)曰く、「それはいったいどういうことなのですか?」

子路曰く、「教室に入りきれない子供たちだ。 それも俺の友達じゃない。 後でさゆりに聞いたら、この小学校で学んだ全ての児童の面影のホログラムだと言うんだ。 村長と助役と俺は中に入ってその歌声をしばらく聞いていた。 その中に子供の頃の村長と助役の姿もあったらしく、その姿を見る二人の頬には大粒の涙が流れていたのを覚えている。 歌っている子供の中から一人の少女がまっすぐこちらへ向かって歩いて来た。 学校童(わらし)のさゆりであった。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さゆり曰く、『村長さん、助役さん、ようこそいらっしゃって下さいました。 学校童のさゆりです。 子路ちゃん、ごくろうさまでした。』

村長曰く、『子供の頃にここで校歌を歌った懐かしい記憶があります。 私と助役の姿もありましたが、この光景はいったい何でしょうか?』

さゆり曰く、『これは、ここの小学校に学んだ児童全員の面影です。 村長さんと助役さんの面影もあったでしょう。 この校舎にはここで学んだ全ての児童の面影が大切に保存されているんですよ。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月29日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート218

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート218」だ。

昨日の引き続きであります。

秘書課長曰く、『小学校が見えてきました。』

助役曰く、『村長! ここに来るのは久しぶりです。 懐かしいですね!』

村長曰く、『そうだね! 助役、君とはこの道を歩いて通ったね。』

助役曰く、『二人でずいぶんいたずらしましたね!』

村長曰く、『お互い悪ガキだったが、あの頃は何をしても楽しかったな!』

子路(しろ)曰く、『お話中すみませんが、 “真実の鏡” を通してさゆりから連絡が入っています。 ちょっと待って下さい!』

さゆり曰く、『もしもし、子路ちゃん。 校舎の中の音楽教室に来るように伝えて下さい!どうぞ』

子路曰く、『了解しました。 どうぞ・・・ 村長さん、さゆりが音楽教室に来るようにとのことです。』

村長曰く、『わかりました。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、「四人は正門をくぐり、二宮尊徳像に一礼して校舎に入った。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

村長曰く、『思ったより中はきれいに掃除されているんだね!』

助役曰く、『村長、廃校にはなりましたが、この近くの者に火元の管理から、校舎の保守管理、不審者がいないかなど、毎日見回ってもらってます。』

村長曰く、『そうかね。 ご苦労様ですね。』

子路曰く、『もしかして、僕たちをここまで道案内してくれた方ですか?』

助役曰く、『そうです。 彼もこの小学校の卒業生で、廃校になるまで用務員として勤めていました。 この辺りに一番詳しい者です。』

村長曰く、『いよいよ音楽教室ですね! さゆりさんと会えるのが楽しみです。』

秘書課長曰く、『村長! 私は廊下で皆さんを待っておりますが、よろしいでしょうか・・・』

村長曰く、『君、震えているね! 好きにしたまえ。 では、子路君、助役、入りますよ!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月28日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート217

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート217」だ。

昨日の引き続きであります。

村長曰く、『秘書課長、急いで車を手配してくれたまえ!』

秘書課長曰く、『はい、すぐに手配いたします。』

村長曰く、『せっかくの機会だ、君も同乗しなさい!』

秘書課長曰く、『私は出来れば遠慮したいのですが・・・』

村長曰く、『この機会でないとめったに見られんぞ。 遠慮しないで一緒に来なさい。』

秘書課長曰く、『はい、そうさせていただきます。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路(しろ)曰く、「・・・ということで、途中まで車で行くことになった。」

子貢(しこう)曰く、「話のわかる村長さんでよかったですね!」

子路曰く、「そうだな。 ツイていたよ!」

顔回(がんかい)曰く、「話の先をお願いします。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


村長曰く、『秘書課長、廃校の中の様子を見に行かせた者たちの報告はありましたか?』

秘書課長曰く、『いいえ! 着いたら連絡するように指示しましたが、まったく音信がありません。』

村長曰く、『どうしたんだろうか? 何か事故でもあったのでしょうか?』

運転手曰く、『村長! 助役! 見て下さい。 役所の車があります。 誰も乗っていないようです。』

村長曰く、『ではまだ戻って来てないということだな!』

運転手曰く、『村長、車で行かれるのはここまでです。』

村長曰く、『ありがとう! ここまででいいよ。 あなたはここで待っていて下さい! みなさん、とにかく急ぎましょう!』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、「運転手さんを一人車に待たせて、村長と助役と課長と俺は、廃校まで歩いて登って行った。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月27日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート216

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート216」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、『村長さんの心の中が写ってきました。 村長さんは様々な問題を一杯抱えていて大変なんですね。 村議会を通さなきゃいけない懸案事項が目白押しですね!』

村長曰く、『それは私に与えられた職務であり責務であるから承知している。』

子路曰く、『村長さんの子供の頃の想い出が写っています。 こんな高い建物はありません! これは廃校になった小学校であります。  あっ、村長さんに目元がそっくりの少年が二宮尊徳像にいたずらしています。 あ~、このいたずらは度が過ぎるので言わないことにします。 もしかしてこの少年は村長さんかも? あっ、また助役さんらしき少年が廊下に立たされてます。 村長さんも助役さんもこの小学校の卒業生なんですね! 村長さんの心が写ってきました。 子供の数が少なくてしかたなく廃校にしたんですね。 この小学校を残そうと努力したんですが、議会決議で校舎の取り壊しが決まってしまったんですね。 村長さんは本当はこの小学校を残したいんですね。』

村長曰く、『そうです。 子路君、この村庁舎の外観をみたね。 バブル時代の箱物行政の産物だよ。 今は財政上、職員も削減してこの中は閑散としている。 若者は職を求めて都市に流れて、残るのは年寄りばかりだ。 しかしあの小学校はこの村の歴史でもある。 たくさんの児童が卒業して大人になっていったんだよ! 帰省した時に生まれ故郷のこの村の小学校を訪ねれば、その時過ごした記憶がよみがえってくるはずだ。 私もその一人だよ。 この機会にもう一度村にとって何が大切か考え直してみたい。』

子路曰く、『はい、それは村長さんの本心ですね! あっ学校童(わらし)のさゆりが写っている。 どうやら話し合いたいようです。』

村長曰く、『そうですか。 人命もかかっている。 急いで出かけましょう。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月26日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート215

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート215」だ。

昨日の引き続きであります。

村長曰く、『では子路(しろ)君、私から一つ提案があるがいいかね!』

子路曰く、『はい、なんでしょうか。』

村長曰く、『私と助役で学校童(わらし)と話し合ってみたいのだが、どうだろうか?』

子路曰く、『そうしていただけると私も大人の使いじゃないので助かります。 さゆりとの約束が果たせます。 ぜひお願いします。』

村長曰く、『では、決まりだ。 ああ、そうだ君に私の心をその “真実の鏡” で写してみてはくれまいか。 私とて人として清い心、正しい心、尊い心、強い心、明るい心、朗らかな心でありたいと自己を陶冶(とうや)しているんです。 だが今の政治を取り巻く環境は困難を極めていて人の倫理に反していても決議されればやらねばならんのですよ! 私は子供の頃より政治家を志してきたが多数代表制で決議されたものをそうやすやすと変更するのもまた多大な困難が生ずるんだ。 少年の君に理解して欲しいと言い訳するのもおかしな話だが、嘘をつきたくないのですよ。』

子路曰く、『はい、村長さんや助役さんの立場もわかるような気がします。』

村長曰く、『では、只今の私の心を写してくれたまえ。 私は私のやれるできるだけのことをしたい! ましてや人の命がかかっている以上、何をおいてもその命を最優先で考えるのが人の道であり、政治家としての務めである。 正しい道を選択しているのか? 私に何ができるのか? 子路君、そのところを “真実の鏡” で見極めて欲しい!』

子路曰く、『わかりました。 では、早速始めます。 “鏡よ! 鏡よ! 鏡さん! 村長さんの誠の心を写して下さいな!”』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月25日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート214

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート214」だ。

昨日の引き続きであります。

村長曰く、『子路(しろ)君は小学校の6年生なんだね!』

子路曰く、『はい、そうです。』

村長曰く、『小6の君が自らも乱用したことをすまなく思っているんだね! お互いに反面教師ということですか。 わかりました。 課長の処分については不問に付すことにしましょう。 助役もよろしいですか?』

助役曰く、『はい、異存はありません。』

村長曰く、『では、課長のプライベートのことについても忘れることにいたしましょう。』

秘書課長曰く、『ありがとうございます。』

村長曰く、『では、本題に入ろう。 子路君の話だと、廃校になっている校舎に学校童(わらし)が住んでいて、この校舎を壊されると行くところが無いということだね!』

子路曰く、『はい、そうです。』

村長曰く、『学校童は、林間学校として来ていた先生や友達を人質にして君が一人、その伝令の使者として選ばれて、今ここに私達といると言うことだね!』

子路曰く、『はい、その通りです! その時にビデオカメラを村役の肩に見せなさいと言付かったんです。 それと、この鏡をもたされたんです。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月24日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート213

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート213」だ。

諸君、昨日の子路(しろ)少年の話の中で、「鏡におじさんの心が写っているよ!」との会話のやりとりがあったね。
心を鏡と置きかえてみると、その鏡が曇っていたり、汚れていれば明瞭に鏡に写すことができませんな!

私、生前こんなことを申し上げていましたよ。
「どんな場合、どんな事物に対応するにも、常に意識を明瞭にしてこれに接するようにすること。 もっとわかりやすく言えば、いつもはっきりした気持ちで何事何物にも接すること。 これが先決問題なのである。 形容すれば、八面玲瓏(はちめんれいろう)磨き上げた鏡の如くあるべきである。 写真のレンズが曇っておれば、対称事物を明瞭にフィルムに印象しない。 これと同様で心が明瞭な意識で保持されていないと、心の前に現われた一切を完全に集中捕捉することはできない。」

八面玲瓏磨き上げた鏡は、どの面から見ても美しく鮮明な心の状態をさしているんです。
当然のことこのような心であれば、おのずと向かい合う人の心がおのずと写し出されてきても不思議ではないんですよ。

では、昨日の引き続きであります。

子路曰く、「村長さん、おまけに助役さんまでお詫びをして頂けるとは恐縮です!」

子貢(しこう)曰く、「先輩、小6の子路少年がそんな言葉づかいするんですか?」

子路曰く、「そんなことわかっとるよ! こんな気持ちで答えたんだということだ。 そこらへんのニュアンスをくんでくれないか。」

顔回(がんかい)曰く、「続きをお願いします。」



村長曰く、「秘書課長! 君の行為は職権乱用に当たるぞ! 処分はあとで検討するよ! いいね。」

秘書課長曰く、「はい、申し訳ありません。 以後気をつけます。」

子路曰く、「村長さん、課長さんを許してあげて下さい。 僕が不思議な鏡を使ったからいけないんです。 ですから私も人の心を乱用したんです。 ごめんなさい。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月23日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート212

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート212」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、
「職員:『おい、俺が鏡に向かって全体ズラをつけたりはずしたりしているところがその鏡に本当に写っているのか?』
 
子路(しろ):『おじさん、俺は写ったままを伝えただけだよ。 おじさん、顔が青ざめているけど、かなり動揺しているみたいだね!』

職員:『おい、その鏡、俺によこせ!』

路:『だめだよ! これはさゆりからの大切な預かり物なんだ。』

職員:『じゃあちょっと貸してくれよ!』

路:『だめだよ! 渡したら返してくれないでしょ! 鏡におじさんの心が写っているよ!』

職員:『渡さなきゃ村長に会わせないぞ! いいのか。』

路:『約束が違うじゃないか! おじさん、これを悪用するつもりだね! バレバレだよ!絶対に渡さない!』

職員:『では、村長に会わせない! 警備員に言えば君の持ち物を取り上げることぐらいすぐできるんだからな。』

そこに村長が助役と一緒に入って来た。
村長曰く、『うちの職員と子路君のやりとりを別室のテレビモニターでみさせたもらった。助役ともどもここに来たのは、子路君、君に謝ろうと思ってね! うちの職員が大変無礼なことをした。 深く深くお詫びする。』

助役ともども村長は頭をさげた。」
 
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月22日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート211

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート211」だ。

昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩の話しっぷりでは、少年子路(しろ)は正義のヒーローですよね。今の先輩とはずいぶんイメージがほど遠いんですが、もしかして少年マンガに出てくる主人公のストーリーを脚色して自分のことのように話しているんじゃないですか?」

子路(しろ)曰く、「これは小6の頃の俺の忘れたくても忘れられない心の傷として残っているノンフィクションドラマなんだ。 子貢君は、人の揚げ足を取る名人だねぇ。 まったく『ああ言えば子貢』 子貢君、君に忠告する。 心の曇りを払拭(ふっしょく)して、素直な心で聞きなさい。」

子貢曰く、「むむむ・・・」

顔回(がんかい)曰く、「二人とも話を引っ張らないでさっさと話の続きをお願いします。」

子路曰く、「職員のおじさんが、『子路君、さっきの私の秘密にしていることわかっちゃった。とは、君は俺の秘密を知っているということだ。 それならば俺の秘密を俺だけに教えてくれないか! 聞かないうちは気になって落ち着かない! 今すぐ教えろ!』

路:『おじさん、もし教えてズバリ的中したら、おじさんの秘密は俺にばれたことになるから、聞かないほうがいいんじゃないの。 それがおじさんのトラウマだとしたら俺はそのことに触れたくないよ! 聞かないで俺とおじさんの胸にしまっておこうよ!』

職員:『俺の秘密なんだから、俺は知っているんだ。 俺が俺のことを聞く分には問題ないじゃないか。』
 
路:『おじさんのたってのお願いであれば言うよ! その代わり落ち着いて冷静に聞いてよ! じゃあ、言うよ・・・ おじさんの頭の毛は実はアデランネイチャーのズラだってこの鏡が写し出したよ。 おじさん、よほど気にしてるみたいだね。 おじさんが洗面所でズラをつけたりはずしたりしている姿が鏡に写ってるんだ。 俺はズラが無いほうがスッキリして男らしくてカッコイイと思うけどなぁ。』 」


 
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月21日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート210

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート210」だ。

諸君、ここで鏡の話が出てきましたな。
余談になるが、鏡と言えば生前に鏡の前に向き合って、潜在意識領域に刻み込むために、顕在意識より気を込めて真剣に命令暗示法を日々実践していた。
その要領は、鏡に映る自己の顔面に対し、自己の欲する積極精神状態を命令的言語を用いて、例えば「信念が強くなる!」というような言葉を、真剣な気分で発声するんです。
発声は特に大声である必要はなく、自分の耳に聞こえる程度でよい。
必要なのは、一回一事項に限ることと、命令したことが確実に自己の精神に具体化するまで、同一命令をその度ごとに続行することであります。

昨日の引き続きであります。

職員:『子路(しろ)君、君は俺に何を言いたいんだ! 人の弱みに付け込んで、俺の秘密を言いふらそうとでも言うのか?』

路:『おじさん、おじさんの秘密なんか俺にとっては関心無いよ、どうでもいいんだよ。 それより、おじさんの力を借りたいんだよ!』

職員:『どうやら子路君は嘘を言ってないことは認める。 しかし俺は一介の宮仕(みやづか)えの身だ。 力は無いよ。』
 
路:『そんなことないよ! 村長に話をさせて下さい! それだけでいいんだ。』

職員:『わかったよ! 子供ながら子路君の友達を思う気持ちに免じて会わせることにしよう!』

路:『本当に村長に会わせてくれるのかい?』

職員:『おれも男だ! 会わせると言った以上、嘘は言わん! こう見えても俺は秘書課長だぞ!』

路:『おじさん、偉い人だったんだね。 見直したよ。』

職員:『見直したはないだろう!』

路:『でもおじさん、本当にありがとう!』
 
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月20日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート209

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート209」だ。

昨日の引き続きであります。

職員:『子路(しろ)君、大人をからかうもんじゃないぞ! 自分の置かれた立場をよく考えるんだな! 嘘をつけば、村長には会わせてやれないな!』

路:『嘘じゃない、これだよ!』

職員:『なんだ手鏡じゃないか! それが何だと言うんだ!』
 
路:『おじさん、これは “真実の鏡” と言って、人の心を写すんだよ!』

職員:『ほお、そうかい! じゃあ、俺の心も写すんだな!』

路:『そうだよ。 まる見えだね!』

職員:『それは恐いね! 俺も叩けばほこりが出るからな! 子路君、すぐわかる簡単なところから試させてもらうよ! 間違えれば嘘と言うことで村長には会えない。 いいね!』

路:『もちろん。 異存は無いよ。』

職員:『大した自信だな! では、俺は昼飯に何を食べたか当ててごらん。』

路:『じゃあ、はじめるよ! “鏡よ、鏡よ、鏡さん! おじさんの心を写して下さいな! 今日のおじさんの昼飯は何を食べたか?” えーっと、ラーメン屋さんが写っている。 お店の名前は “餃子の王様” だ。 えーと、メニューは、ラーメン、ギョーザと半ライスのB定食だ! おじさん、この鏡にはっきり写っているよ!』

職員:『正解! やるな。 だがそれだけでは信用できんな! ではA定食は何だ?』

路:『チャーハン、ギョーザにスープとザーサイがついてるね。』

職員:『正解! やるな。 だがそれだけでは信用できんな!』

路:『おじさん! おじさんを脅す訳じゃないけど、おじさんの秘密にしてることわかっちゃった。』

職員:『なんだこのガキ! おれを脅迫するのか?』

路:『おじさん! 俺は村長さんに話を聞いてもらって、一刻も早く仲間を助け出したいんだ。 それと “さゆり” との約束を守りたいんだ。 ただそれだけだよ!』
 
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月19日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート208

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート208」だ。

諸君、子路(しろ)少年は私の言うところの『積極的精神』が子供ながら出来ているんですな。
仲間の命を救おうとの一途な誠の心が、つまり『誠心誠意』が人を動かすんことになるんですよ。
どんな時にでも本心良心に悖(もと)った言葉や行ないは断然しないことです。
本心良心に悖った言葉や行ないというものは、それ自体がすでに消極的なんです。
積極的じゃないであります。
というのは、本心良心に悖ると、やましい観念のために心の力は常に委縮(いしゅく)してしまうんです。
これも昔のことわざにはっきりとうたわれていますね。

「自ら省(かえり)みて直(なお)くんば、千万人といえど我れ往(い)かん」と。

この言葉こそ、本心良心の発動した結果現象の尊さを形容している言葉なんです。
本心良心の発動した場合における言葉や行ないというものには、一点のやましいことがないから、どんな場合でも恐れることはないという意味です。

昨日の引き続きであります。

職員:『子路君、もし君の言う通りであるとすれば、主謀犯である女の子は学校童(わらし)で学校を守護する精霊であるとか? そんな精霊が子供たちを捕まえて何故こんな残忍非道なことをするんだ! これには納得がいかんね!』

路:『俺、面白い物もってんだ。』

職員:『おいおい、話をはぐらかすな! その面白い物って何だ?』
 
路:『人の本音やたてまえ、嘘か誠か、何を思っているかわかっちまう不思議なものなんだ。 おじさん、興味ある?』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月18日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート207

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート207」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「今時は子供でも何をしでかすかわからないですよ。 警備員も村長に何かあってからでは大変ですからね。」

子路(しろ)曰く、「ま~、騒ぎを起こしたことが結果的には村長と話をすることが出来たんだがな! 自分の持ち物検査と身体検査をされて警備員2名にひも付けられて会議室に連れて行かれた。 まるで犯罪者だ。 そこには男の職員が立っていて、

職員:『坊主、名前は何と言うか?』

路:『はい、子路です!』

職員:『子路君、これからいくつかの質問をするから正直に答えてくれたまえ、いいね! 答え如何(いかん)によっては村長に面会させないでもないぞ!』
 
路:『はい、正直に答えます。』

職員:『子路君、騒ぎを起こした本当の理由を答えなさい!』

路:『俺はこの村の山の上の廃校の小学校に林間学校として学ぶために友達と来ているんです。 そこに行ったら “これこれしかじか”の理由でここに来ることになっちまったんです。 持参したビデオカメラを見てもらえばわかります。』

職員:『ビデオカメラの中身はすでに見せてもらった。 作りごとかそうじゃないか、廃校に職員を見に行かせている。 これが事実だとしたら人命に関わることだからな! ただし、妖怪の脅しに屈して村議会で決定されたことを、“はい、そうですか” と直ちに覆(くつがえ)す訳にはいかないんだぞ!』

路:『“はい、そうですか” と覆して下さい! とにかく人命に関わることです! 廃校一つぐらい村の歴史記念館にしたっていいじゃないですか!』

職員:『君の意見は聞いていない。 こちらの質問にだけ答えなさい。』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月17日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート206

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート206」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「村役場に着くと正面玄関をくぐって自動ドアを通り抜け受付目がけて駆け寄って行った。 そこで、俺は大胆にも村役場の受付で『村長さんに会わせろ!』と大声を上げたんだ。 受付の女性が『ぼく。 ここでは大声出しちゃいけませんよ。』とたしなめられたが、『子供の命に関わる大事なんだ。 このまま放っておくと友達が死んでしまうかもしれないんだ。 助けておくれよ!』と必死で叫んだんだ。 頭の髪の毛の薄いメガネをかけた男の職員が俺の方に駆け寄って曰く、『こらぁ、ガキ、静かにしろ!』とどなり上げてきた。 『うるせぇ、お前みたいな小役人に用は無い。 村長に会わせろ!』と言い返したんだ。 『生意気な小僧だ! 小役人で悪かったな!』と言いながらこの職員が俺を捕まえようとしたから、『捕まってなるものか!』と逃げながら大声で『村長に会わせろ! 山の上にある廃校にいる子供の命が危ない! 助けてくれ! ヘルプ! 村長出てこい!』と連呼したんだ。 そこに黒塗りの公用車から降りてきた村長らしき人物に遭遇したんだ。 村長は『おいおい、この騒ぎは何だ! テロでもあったのか?』とお供のものに聞いていた。 俺はすかさず『村長さんですか? 村長さんですか? おじさんは村長さんですか?』 村長曰く、『どうしたんですか? 私がここの村長だが? 私に何か用でもあるのかい?』 俺は『大変なことになっているんだ。 俺の友達の命が危ないんだ。 助けておくれよ!』と大泣きしたんだ。 村長もただ事ではないと察したようだったが、俺は警備員に捕まって取り押さえられてしまったんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月16日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート205

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート205」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、

さゆり:『そうよここは私の家でもあるのよ! 他の派遣切りにあった妖怪たちも次の職が見つかる間暮していけるための大切な施設でもあるの! そんなことより、ぐずぐずしているとあなたの友達がこのままミイラになるわよ! やるしかないのよ。 あなたにノーという返事はないの。 覚悟しなさい!』

路:『“義を見てせざるは勇無きなり” 男、子路! やってみせるぜ! すぐに役場に行って事情を話をして俺の仲間とお前の仲間とこの学校を壊さないでもらうように話をつけて来るぜ!』

さゆり:『あなたの仲間が持っていたとビデオカメラが一目で事態がわかるようにしてあるからこれを見せればいいわ! それとこの鏡を持って行って! これは“真実の鏡”と言って精霊たちの必須アイテムで、人の心の思いが真実かどうか見抜ける鏡なのよ! それにナビにもなるとっても便利な鏡なのよ。 使い方は簡単よ! 鏡に自分の顔を写してこうとなえるの “鏡よ、鏡よ、鏡さん。役場まで連れて行って下さいな!” わかった?』

路:『わかった! ロンパールームの要領で言えばいいんだな。 ありがとう』

さゆり:『終わったら返してね! ぐずぐずしないで早く行って!』

路:『行ってくるぜ!』

早速俺は食料と水をリュックに入れて、カメラと鏡を持って村役のいる役場に向かったんだ。
俺は鏡の導くままに従って行くと村の家々が見えてきた。
村の唯一の繁華街である銀座通り商店街の中心に地上10階建てのガラスばりのビルでこの村の環境には似つかわしくない建物であった。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月15日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート204

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート204」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、

さゆり:『子路兄ちゃんよく聞いて! この廃校(はいこう)になった校舎は今年いっぱいで壊されてしまうのよ! この建物は120年の歴史があってこの村の子供たちの成長を見守ってきたのよ! 校庭の二宮尊徳像も校門の桜の木もそうよ! これが全て壊されてしまうの!』

路:『さゆりちゃん、今どきは少子化で子供の数が減る一方だよ。 あっちこっちで学校が成り立たなくなって閉校している現状だ。 ましてや廃校になって子供がいないなら、このまま使わない校舎として置いておく訳にゃいかないじゃないかい? 管理するのも大変だから行政も仕方なくすることだと思うよ。』

さゆり:『そんな勝手なこと許さないわ! ここの小学校はこの地域で最初の学校で村人が自らの手で建てたところよ! 村にとっては重要文化財よ! 壊す前にこの校舎を村中で活かすことを考えてないわ!』

路:『なんか難しい話になってきたな! 俺に何をしろと言うんだよ!』

さゆり:『この校舎を壊さないでほしの! それと村中で大切にしてこの小学校に全国から子供や大人が集まるように努力して欲しいことを村役の人達に伝えてくれない!』

路:『伝えるって、小6のよそ者の子供の話を聞いてくれるかい?』

さゆり:『そのために人質よ! これは最後の手段なの。 私達は長年ここに住んでいるのよ。 この場所が無くなったら行くとこもなくなってしまうのよ!』

路:『さゆり、この小学校がお前の家なのか! ホームレスになっちまうのか! 他の小学校に転勤することはできないのかよ? バカなことはやめて次の家を早く探しなよ!』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月14日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート203

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート203」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「正座で足がしびれていた。 それを察したのか、

女の子:『足がしびれて座ってられないのね! 特別に許してあげるから足をくずして楽ににしていいわよ!』

俺は助かったと思ったよ。 すぐ足をくずして立ち上がろうとしたが、足がもつれて大きく転倒してしまった。

路:『おい、陽明(ようめい)、肩を貸してくれ!』と呼んだが、やつはすでに俺の後ろで気絶していたんだ。

女の子:『アハハハハ・・・ あなたの仲間で私と話ができるのは、子路兄ちゃんあなた一人だけよ!』

路:『何故俺だけ一人残したんだ?』

女の子:『あなたは勇気があるわ! 男の中の男と見込んでお願いがあるの!』

路:『お前は誰だよ! 本当の正体を明かせよ!』

女の子:『わかったわ。 私の名前は“さゆり”。 職業は学校童(がっこうわらし)よ。 よろしくね!』

路:『座敷童(ざしきわらし)は聞いたことあるが、学校童は聞いたことがないぞ。 嘘を言うなよ!』

女の子:『私は小学校の精霊、お化けじゃないわよ! 小学校の繁栄を守護する役職なのよ!』

路:『さゆりが小学校を守護する精霊なら、何で俺の仲間をこんなひどい目にわせるんだよ!』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月13日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート202

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート202」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「おやじグモ曰く、『正座したまま頭を下げろ! 俺が“おもてをあげよ!”と合図するまでそのままでいろよ。 いいな!』 俺は『わかった』と言ってすぐ額が床に着くぐらい深々と頭を下げた。 おやじグモ曰く、『ボスのお出ましだ。』 俺は頭を下げたまま少し緊張した。」

顔回(がんかい)曰く、「妖怪の世界も仁義を重んじるんですねぇ~! 勉強になります。」

子路曰く、「妖怪の世界が仁義に厚ければ、孔子先生の言う理想世界だぜ!」

顔回曰く、「話の先をお願いします。」

子路曰く、「いよいよボスとのご対面だ。 おやじグモ曰く、『坊主、おもてを上げよ!』 俺はゆっくりと頭をあげた。 俺の前にいたボスとはトイレの天井にいた女の子だった。」

子貢(しこう)曰く、「そうじゃないかと薄々は感じていました。 やっぱりそうでしたか。」

顔回曰く、「私も同感です。 その先をお願いします。」

子路曰く、「思わず『トイレにいた女の子じゃないか! 陽明(ようめい)や玄徳(げんとく)や友達にひどい目にあわせた首謀者はお前か?』

女の子:『子路兄ちゃん勇気あるね! それに友達思いで感心しちゃった。』

路:『おい、お前! すぐに玄徳たちを解放しろ!』

女の子:『いやよ! せっかくの人質だもの。』

路:『人質とはどうゆうことだ。 本当は人を食うつもりでいたんだろう?』

女の子:『あなた方は私の人質よ!』

路:『お前いったい何者で、俺たちを人質にとるとは何が目的だ!』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月12日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート201

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート201」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「理由はわかりませんが、おやじグモはおやじグモなりの立場があるんですね! まるで中年中堅サラリーマンのようですね!」

神北(かんぺき)曰く、「そこに勤めていた小学校の先生が亡くなって何かの理由で妖怪グモおやじになったのかもしれませんよね!」

顔回(がんかい)曰く、「まー、どちらにしても今時のサラリーマンは厳しいですよ! とにかくここでは真実を知っているのは子路少年です。 その話をうかがいましょう。 ではお願いします。」

子路(しろ)曰く、「では、話を戻そう。 どうやらおやじグモの上司が陰に隠れていて糸を引いて操っているらしいことは推測できるだろう。 『おい、おやじさんの立場はわかったから、お前のボスとやらに会わせてくれよ! 何故こんなひどいことをするのか、俺が直接ボスに聞くからな! それならおやじがボスの命令を忠実に守ったことになるだろう!』 おやじグモ曰く、『わかった。 ボスと話をしてくるからちょっと待っていろ!』 俺はその場を動かずに立って待っていたんだ。」

神北曰く、「ボスって誰でしょうねぇ? すごくグロテスクなやつなんでしょうかね?」

子貢曰く、「意外にその逆かもしれませんよ!」

顔回曰く、「私もそんな気がします。 ではその先をお願いします。」

子路曰く、「しばらくするとおやじグモが戻ってきたんだ。 おやじグモ曰く、『待たせたな。 ボスがお前に会うそうだ。 正座してして待つようにいいな!』 何で正座して待たなきゃならないのかと思ったが、とにかくボスに会うために『ハイ』と元気よく返事をしたんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月11日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート200

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート200」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

神北(かんぺき)曰く、「先輩すごいですね! 敵にほめられたんですね。」

顔回(がんかい)曰く、「神北君、おやじグモがまだ敵と決めるのは早計すぎますよ。」

子路(しろ)曰く、「そうだな。」

顔回曰く、「話の先をお願いします。」

子路曰く、「俺はおやじグモに真意を尋ねた。 

路:『こりゃ、ほめてくれてありがとさん。 おやじグモに、いや、おじちゃんグモに聞きたいことがある。 答えてくれるかなぁ?』 


おやじ:『あらたまって何だよ! 聞きたいことがあるなら言えよ!』

路:『では、おじちゃんはどうしてそんな蜘蛛男になっちまったんだ?』

おやじ:『どうしてそんなことを聞く!』

路:『スパイダーマンは糸は飛ばすが姿は人間のままなので聞きたかったんだ。』

おやじ:『話せば長くなる。』

路:『では、次の質問。 どうして子供の玄徳(げんとく)をかどわかして糸でぐるぐる巻きにしてしばりつけるようなひどいことをするんだ。』

おやじ:『お化け屋敷のアトラクションじゃないんだ。 このくらいのことをしないと目的が果たせない!』

路:『目的が果たせないとはどういうことだよ! 子供の俺にわかるように話してくれないか?』

おやじ:『それは俺の口からは話せない!』

路:『聞けって言ったじゃないか!』

おやじ:『聞きたいことがあるなら言えと言ったが、それについて答えるとは言ってない!』

路:『お前、蜘蛛のくせしてずいぶんと理屈言うね。』

おやじ:『話したら俺のボスにこっぴどく叱られる! 俺のボスってすごく怖いんだ! そのことは聞くな! 俺の立場も理解してくれ。』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月10日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート199

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート199」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩! 蜘蛛には手があるんですか?」

子路(しろ)曰く、「子貢君、おやじグモなんだ。 手もありゃ足もある。 つまりカニのハサミの部分をおやじグモの手であるとイメージしてくれたまえ。」

子貢曰く、「とりあえず了解しました。 先をお願いします。」

子路曰く、「おやじグモが額(ひたい)を指して『おい、クソガキ! お前が投げた懐中電灯が俺のおでこに当って額が割れた。 よ~く見ろよ! このキズ、どうしてくれるんだ。』と怒ってるんだ。 よ~く見ると額の真中の上部から左下に三日月型の切り傷があったんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「それで先輩はどう答えたんですか?」

子路曰く、「『おやじグモさん、よ~く聞けよ。 そんな傷ひとつくらいで死にゃしないぜ! おやじが俺たちを脅かすからいけないんじゃないか! その傷のかたちは俺のじいちゃんと同じ三日月型の傷だ! じいちゃん曰くそれって“天下御免の向こう傷”と言うんだぞ。 男の勲章だよ。 つまり度胸の証だ。』」

子貢曰く、「おやじグモはただ驚かすだけで、人喰いグモではなさそうですね。 その先をお願いします。」

子路曰く、「おやじグモが俺に向かって『おい、クソガキ! お前いい度胸してるな。 たいがいは俺の姿を見るだけで、気絶するか腰抜かすかしょん便漏らすかだ。 俺に傷をおわせたやつはお前がはじめてだ。 ほめてやるぞ。』」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月9日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート198

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート198」だ。

諸君、子路(しろ)の話からの引き続きであります。

子路曰く、「俺は隣の教室を開けると、そこはまさに妖怪グモの吐く糸にからめとられる寸前の女子の泣き叫ぶ光景であった。 その蜘蛛ときたら、さきほど一階の教室にいたはずのおやじグモで、俺の顔を見て不敵に笑ったんだ。 俺と陽明(ようめい)とはなすすべを失ってただ呆然と立ち尽くしていた。」

子貢(しこう)曰く、「そのおやじグモは、人喰いグモなんですか? 食べる気だったらもうとっくに誰かが食べられて犠牲者が出てますよ! 先輩も人喰いグモに食べられていたら今頃はここで飲んでられませんからね! ぐるぐる巻きにして楽しんでいるだけじゃないですかねぇ。」

子路曰く、「子貢君は何でも理屈で捉えるからいけないねぇ! その場に出くわしたら起こった出来事をいちいち分析してさらに解析している余裕なんかないんだぜ! 自分を信じて刹那刹那の霊感の勘が頼りなんだ。 子貢君、事件は現場で起こっているんです。 その時にはよろしいか! 理屈を超えた判断が必要となるんです。」

顔回(がんかい)曰く、「先輩のおっしゃることがよく分かります。 その先をお願いします。」

子路曰く、「そのおやじグモが臭い息を吐きながら俺の方へ近づいてきたんだ。 さすがの俺も身震いしたよ。 ところがおやじグモが俺の前でピタリと止まっておかしなことを言いやがる。」

神北(かんぺき)曰く、「おやじグモは喋れるんですか?」

子路曰く、「まさか蜘蛛は人間の言葉は喋れねえが、妖怪おやじグモだから顔はおやじだ! 喋れねれ道理はないぜ。 いきなり俺に『お前、俺の額の傷を見ろ』と蜘蛛手でおやじの額(ひたい)を指差したんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月8日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート197

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート197」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

「旗本退屈男」や「桃太郎侍」に出てくる主人公のように、人を大根や人参、キャベツを切るように切れるもんじゃありませんぜ。

真剣で命のとりやりをする時です。
いくら偉そうなことを言ったって、初めての命のとりやりというものはね、もう生きた気持ちのあるべきものじゃないんですぜ。
もしも、「俺は初めての斬(き)りあいの時だったって、何もかもはっきりしていた」っていう奴があったら、そいつは嘘ですよ。
何がどうなったんだか、ちっともわかりゃしないんだ。
殺されちゃたいへんだと思うからね。
一尺足らずの仕込み杖(づえ)を抜いて構えは構えたものの、震えてんだか動いてんだか、息してんだか生きてんだかわかりゃしない。
それで雲をつくような男が青龍刀(せいりゅうとう)ブンブンふり回して、デモンストレーション(示威)がすこぶる派手なんですからねえ、満州の馬賊(ばぞく)って奴は。
その時フウッと……思ったんじゃないよ、思わないで頭の中に出てきたんだ。
「真剣の勝負は腕前じゃない。度胸だぞ」って。
毎晩、もういやんなっちまうように聞かされていたその話が、爺(じい)の顔がパアーッとあっちへ出ると同時に、頭の中に閃(ひらめ)いたと思うと、どういうふうに斬り込んじゃったか、とにかくメチャメチャに斬っちゃったわけです。
それで、どこもどうもないとこを見れば、私は無事だったんだ。
もしも、ああいう尊い毎晩の教えが私の頭になかったら、あるいはそれでこの世を終わってしまっていたかもしれないんです。
いや、斬りあわないうちに倒れちまいますよ。
だから、現在かくある原因は自分じゃ気がつかなかろうけど、心のなかに与えられた、知らざるあいだに自分の心を同化させている暗示のおかげだということを深く反省しなければいけないんであります。
だから今夜から寝がけ、わずかな時間ですが、寝つくまでのあいだ、たとえ昼間どんな場合があろうとも、それは寝床の中に持ち込まないこと。
寝床の中はあとうかぎり積極的な状態で心を堅持しなければ駄目ですよ。
理想からいったらば、寝がけは何も考えないほうがいいんです。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年8月7日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート196

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート196」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

さて、私の爺(じい)は夕飯の場合には必ず四つも五つもお膳(ぜん)を並べて、腰元が三人もかしずいて晩酌(ばんしゃく)の楽しみを毎晩やることになっています。
そうすると必ず私が呼び寄せられる。
で、言うことがもう紋切り型、判で押したようなことを言うんです。
「そちの好めるものを食(しょく)せ。 もっと近(ちこ)うまいれ。 よく眼(まなこ)をすえて爺の額(ひたい)を見ろ」
額に三日月型の刀傷があるんです。
それが自慢なんです。
私の爺というのは。
「これは戦場出途(しゅつと)の往来によって男の誇りの向こう傷じゃ。 よくうけたまわれ。 男が戦う際は腕じゃないぞ、度胸だぞ。 いかに腕前が優れてるといえども、度胸がなければ必ずその戦いに負ける。 爺が何べんものう、戦場を往来しても、この傷だけでもって命を全うしたのは、自慢するわけじゃないが、しいだま(=度胸)があったからじゃあ。 いざという時は度胸ぞ」
これが必ず爺が私にいう毎晩の言葉なんです。
もう毎晩ですから知っているんです。
「近うまいれ、好めるものを食せ。 眼をすえてよくこの傷を見い」
もうちゃんと何もかも知っているんだ。
こっちはとにかくお膳のものを食いさえすればいいんだ。
何のこともなく思っていた。
むしろ毎晩毎晩の話を飽きっぽく聞いていたやつが、こんど真剣で命のやり取りをする時です。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月6日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート195

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート195」だ。

諸君、子路(しろ)の少年の勇気と度胸は父方のおじいさんの何に故に由来しているのか?
やはり「三つ子の魂百までも」と言うが、幼少の折に聞かされた話というのは、要するに潜在意識の中にインプレス(刻印)されるんですよ。
私が初めて満州で真剣の勝負をしたのは十八歳の時であります。
錦州城(キンシュジョウ)と九連城(キュウレンジョウ)の偵察の任務を参謀本部から仰せつかった河野金吉(こうのきんきち)という人の鞄持(かばんも)ちして十六歳の時に今の満州へ入り込んだわけなんだ。
そうして、生れて初めて真剣の前に命のやり取りをする土壇場(どたんば)に立たされた。
ほとんど無我夢中ではあったけど、その時フゥーッと私の気持ちの中に小さい時、毎夜毎夜、耳にタコが出来るほど聞かされた、私の爺(じい)の言葉をヒョイッと思い出したんです。
私の爺というのは初代の柳川藩主伯爵立花鑑徳(たちばなかんとく)で、私の幼少の名前は三午(さんご)と言った。
それは午(うま)の月の午の日の午の刻に生まれた、その三つの午というので三午という名前だった。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月5日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート194

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート194」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「子路(しろ)少年は勇気と度胸がありますね! 子路少年の勇敢さはどこに由来しているのでしょうか?」

子路(しろ)曰く、「回(かい)よ! いい質問だ。 父方のじいさんは、天風先生のおじいさんと同様に額(ひたい)に三日月型の刀傷(かたなきず)があったんだ。 毎晩の晩酌で一杯やってほろ酔い気分になると必ずこの刀傷を人差し指で大袈裟のポーズでこれ見よがしに指して自慢するんだぜ。 『パッァ! この額の刀傷が目に入らぬか! よ~く見ろよ! これが天下御免の向こう傷じゃ。 男が戦う際は腕じゃないぞ、度胸ぞ。 パッァ!』とお決まりの文句を言うんだ。 毎晩のこの言葉が幼い俺の心の潜在意識層にしっかりと刻印されていたんだな。 きっと!」

顔回曰く、「『旗本退屈男』の早乙女主水之介の決めゼリフにそっくりですね!」

子路曰く、「そうだな。 俺は幼い子供だったので、誰のセリフだろうが、毎晩言われ続けるとじいちゃんの真似を自然とするようになったんだ。 小さな額に墨つけて『パッァ! この額の刀傷が目に入らぬか! よ~く見ろよ! これが天下御免の向こう傷じゃ。 男が戦う際は腕じゃないぞ、度胸ぞ。 パッァ!』 それを見てじいちゃんも喜んでくれたんだ。 この歳になってもその言葉を俺は戒(いまし)めにしているんだぜ。」

子貢(しこう)曰く、「やはり幼い頃に自然に覚えたものは、後々すごい力となって働くんですね! 先輩、勉強になりました。」

顔回曰く、「話の続きをお願いします。」

子路曰く、「隣の女子がいる教室から遊園地の絶叫マシンが怖くって逆さになった時の悲鳴に近い悲鳴がした。 俺と陽明(ようめい)はすぐ隣の教室に向かった。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月4日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート193

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート193」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺は陽明(ようめい)の手を引っ張って廊下を突っ切って、二階の階段を駆け上がり皆のいる教室の戸の前に戻ったんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「そのおやじグモは追っかけてこなかったんですか?」

子路曰く、「どうしてかは知らないが追っかけてこなかったんだ。 教室の戸の前で二人して『ハァ! ハァ!』と息を切らせながら『先生! 玄徳(げんとく)が妖怪グモに捕まって食べられちゃうよ。 早く助けに来て下さい!』と二人して叫んだんだ。 ところが中から返事がない。 戸を開けて入ろうとしたんだが、戸が何かに引っかかって開かないんだ。 『おかしいなぁ。』と思ったが、何とかしなくちゃならない。 思いきって戸に体当たりした。 戸がはずれて教室を覗いてみると・・・」

顔回つばをゴクっと飲み込みながら曰く、「・・・ のぞいてみると・・・。 それから・・・」

子路曰く、「のぞいてみると・・・、何と付き添いの先生と男子全員が ♪『いーとーまきまき、いーとーまきまき』♪ 蜘蛛の糸に巻かれて、まかれて、まかれて、ぐるぐるまきになっていたんだ。」

顔回曰く、「それって妖怪グモではなく、エイリアンの間違いじゃないですか?」

子路曰く、「まさしく、エイリアン蜘蛛と言っても過言ではないな! 陽明と二人してその光景に唖然としたんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月3日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート192

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート192」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「先輩どうして妖怪グモだとわかったんですか? やはり霊感でしょうか?」

子路(しろ)曰く、「蜘蛛の巣で、蜘蛛の糸に巻かれているんだから普通に考えても蜘蛛だよな! ましてや子供であっても人間が身動きできないほどの蜘蛛であれば、尋常じゃないよな。 それで妖気も感じていたから妖怪グモに間違いないと直感したんだ。 わかりやすいだろ。」

子貢(しこう)曰く、「その妖怪グモは人間をエサにするなら、人食いグモですよね! 目に見えない次元の違う妖怪が人間を実際に食べるんでしょうかねぇ~。 信じられませんがね。」

子路曰く、「子貢、お前いちいちケチをつけるね! 身の危険を感じる時の本能がはたらいて俺は子供なりに食われちまうと直感したんだ。」

顔回曰く、「それはそう感じてあたり前です。 その先をお願いします。」

子路曰く、「陽明(ようめい)が教室の戸をに引いて開けようとする刹那、蜘蛛の糸が『シュー』ととんできたんだ。 陽明は戸にべったりと貼りつけ状態にされたんだ。 俺はとっさに蜘蛛の糸がとんできた方向を懐中電灯で照らした。 その先には口先だけは蜘蛛の口でおやじの顔をしたさえない妖怪グモがいたんだ。」

顔回曰く、「それでどうしたんですか!」

子路曰く、「俺の方へ向かって来たんで懐中電灯をおやじグモの顔に目がけて投げつけてやったんだ。 そうしたらピンポイントで頭に命中した。 やつがひるんだすきに引き戸を蹴破り陽明を引きずり出して『先生助けて~』と叫びながらひたすら廊下を走って逃げたんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
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天意天風

2010年8月2日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート191

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート191」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「まさか先輩が小学生のころから霊感があったとは知りませんでしたよ。」

神北(かんぺき)曰く、「子路(しろ)大先輩は実は霊能力者だったんですか? そんな風にはみえませんですよね!」

子路曰く、「神北よ、大人に成長してからは、さっぱりない! 今はまるっきり何も感じないぜ!」

顔回(がんかい)曰く、「話を進めましょうよ! 妖気を感じて、それからどうなったんですか?」

子路曰く、「俺は陽明(ようめい)のリュックにぶら下がっていた懐中電灯を取りだし、薄暗い教室内を照らしてみたんだ。 周りをよく見ると、蜘蛛の巣だらけで不気味だった。 天井を照らしてみるとそこには突然いなくなった玄徳(げんとく)が蜘蛛の糸に巻かれて身動きができずにもがいていたんだ。 ちょうどもがけばもがくほど糸がからまり力尽きて行くセミにそっくりだった。 『おい玄徳大丈夫か? 俺だ、子路だ! 口がきけるなら返事をしろ。 今先生を呼んで助けてやるから待っていろ!』 玄徳の返答は帰ってこなかった。 玄徳はすでに力尽きてぐったりしていたのだ。 天井の奥に玄徳をこんな目に合わせた得体のしれない化け物がいるのを感じたんだ。 『おい、陽明! 玄徳が危ない! 妖怪グモのエサにされちまうぞ! 急いで先生たちを呼んで来てくれ! 急げ!』」 

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年8月1日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート190

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート190」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「俺は陽明(ようめい)の着替えを手伝ってやりながら、
路:『おい、陽明、お前の見た女の子は俺の見た女の子と同じ子だろう! それとお前の後について来た玄徳(げんとく)を見なかったか?』
陽:『個室トイレに入る時には、玄徳ちゃんを小使用のトイレで用を足しに来たのを見かけたのが最後ですよ。』
路:『おい陽明、何か変じゃないか? もしかして俺たちとんでもない林間学校に来ちまったかもしれないぜ。』
陽:『子路ちゃん、それどういうことだい? もしかしたら〝金田一少年の事件簿“のようにこの学校で林間学校殺人事件が起こるとか?・・・』
路:『いいか、陽明この校舎全体を何者かに監視されている気がするんだ。 つまりお化けか妖怪かわからないが、何かこの世ならざるものがうようよしている。 この学校の校門に入ってからずっと俺の髪の毛の霊感センサーがかなり強い妖気を感じとっていたんだ。』
陽:『子路ちゃん、まるでゲゲゲの鬼太郎だね! すごいよ。』
路:『さっきからこの教室も妖気が漂っている。 何かいるぜ!』
陽:『でも子路ちゃん、お化けには学校も試験も何もないはずだよね! 何で学校に出てくるんだろうね!』
路:『お前〝学校の怪談“見たことないのか?』」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月31日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート189

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート189」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

「いずれにしても、こうしたことのいっさいを考えてみて、私はだよ―諸君がどう考えようと勝手だよ―人生を理論的に難しく考えて苦しむよりは、率直(そっちょく)に喜びのときをできるだけ多く、いかなる場合にも、心か肉体かどちらかに味わせて生きることを人生生活の主眼とするのが、どうせ遅かれ早かれ死んでいく命に対する最上の考え方だと決定したのであります。 
こういう考え方はね、死ぬときが今まもなく来るだろうと思う人間でなきゃ考えられない考え方なんだ。
あなた方みたいに、当分は死なないだろうとのんきに考える人間の頭のなかにはでてこない考え方かもしれない。 けれどね、人の命、まことに、『あすありと思う心の徒桜(あだざくら) 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは』というのが本当のことだもん。
しょっちゅう我々は死と対決してるんですよ。 『Human is mortal(ヒューマン・イズ・モータル)』という言葉があるじゃないか―人間とは死ぬものなり。 もういっぺん言おうね。 二度三度も言ってさしつかえないんだ、私の人生観をね。
人生というものは、忍苦(にんく)の忍耐道(にんたいどう)というような難しいことを考えるより、いつでも自己の命に喜びをできるだけ多く味あわせるようにするとろこに、本当の生きがいがある。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月30日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート188

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート188」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

「もちろんその欲望は、これまた各人各様、種々雑多でしょう。 あるいは金が欲(ほ)しい。あるいは地位が欲しい。 名誉が欲しい。 溶(と)けるような気持の恋愛が欲しい。 あるいは宝石がいい。 いや俺は家屋敷(いえやしき)がいい。 いや什器(じゅうき)だ。 俺はそれよりも、このごろはやりの石を集めたいとか、いや私は着物だ、というようにね―みんな欲しい? みんなはいけないよ。 それで、こうしたいろいろの区別をもつ個性的欲望のいずれもが、すべて結論すればだ、み~んな自分自身がそれによって喜びを感じたときに幸福を感じるじゃないですか。 だから幸福とは、喜びを感じるときの人生を指していう言葉だと言えるね。 手をたたくときが幸せじゃないね。 『幸せなら手をたたこう』って歌があるけれど、手をたたいたって幸せになりゃしないもん。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月29日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート187

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート187」だ。

諸君、幸せって何だと思いますかい?
「おててのしわとしわを合わせて幸せ・・・」
幼い女の子が手を合わせている仏壇屋のCMがありましたな。
「手の節(ふし)を合わせたらどうなるのよ?」という反論もあるでしょうな。
私が生前にねこう言うことを話したことがあるんです。

「私は、だれが何と言おうと『人生というものは、忍苦(にんく)の、あるいは忍耐のというような難しいことを主張するよりは、現在の自分の生きている命に喜びをできるだけ多く味あわせる、そこに真の生きがいがある。』 聞き違いはないだろうね。 これが私の人生観なんだ。 ようく説明するまでもないことでしょう。 喜びのないところに本当の生きがいのある人生というものはないはずであります。 いいかい。 人間はお互いは、それぞれいろいろな欲望をもっている。 その欲望を具体化するために、お互いは毎日あくせく頭を使い、体を使ってあわただしく働いて、動いてるんじゃないかい。」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月28日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート186

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート186」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、
「路:『“ポン酢醤油”と言って女の子は納得したのか?』
陽明(ようめい):『それが今度は “ポン酢醤油ってなぁに?”と聞いてくるんだ。』 
路:『それでお前何と返答したんだよ。』 
陽:『“ポン酢醤油はポン酢醤油だよ! ポン酢醤油を知らないのか?” 女の子は“知らない! 知らない! 知らない! ポン酢醤油ってなぁに? ポン酢醤油ってなぁに?”って言いながら口が裂けてきて僕を飲み込もうとするんだ。』 
路:『おい陽明、女の子は仮の姿でヘビ少女じゃねえのか? それで陽明飲み込まれたのに、こうして生きてここにいるんじゃないか。 変だなぁ?』 
陽:『子路ちゃん、僕は意識がもうろうとする中で “生きなきゃ、生きなきゃ、強く生きなきゃ”ともがいているうちにおなかに力が入っちゃって打ち上げ花火のようなすごい音のオナラが出たんだ。 それからはおぼえていないんだ。』
路:『お前、ねずみ男か! それで俺が来た時は気を失っていたんだな。』
それから陽明を肩に担ぎながらリュックを持って陽明を着替えさせるためにとりあえず校舎の1階の空いた教室に入ったんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月27日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート185

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート185」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、
「陽明(ようめい):『何とかここから脱出しようとトイレの戸を思いっきり蹴りつけたが、びくともしないんだ。 そうこうしているうちに天井の柱の間にいた女の子が“あけないよ!”と言って下に飛び降りてきて、そして僕の顔の鼻先3センチまで顔を近づけてきたんだ。 目をつり上げて僕の目を睨みつけ “幸せってなあに? 幸せってなあに? 幸せってなあに?”と何度も繰り返すんだ。 子路ちゃん、せまいトイレの中で僕は出るに出られず雪隠詰めに追い込まれちゃったんだ』 
路:『雪隠と言やあ、便所のことじゃないか。 便所の中で雪隠詰めとは上手いこと言うじゃないか!』 
陽:『子路ちゃん、感心している場合じゃないよ。』 
路:『それでお前何と答えたんだ。』 
陽:『僕はその時ピーンと閃いたんだ! それで自信たっぷりにいこう言ってやった。 “よく聞けよ! それはポン酢醤油のある家(うち)さ!” 』 」

顔回(がんかい)、子貢(しこう)、神北(かんぺき)声を揃えて同時に曰く、「ポン酢醤油のある家(うち)?」

子路曰く、「陽明のやつそう言ったんだ。 ちなみに俺んちはポン酢醤油は無かったんだが、陽明の家(うち)は必ず1本は冷蔵庫の中に入っているそうだ。」

子貢曰く、「だから陽明ちゃんは自信を持って答えられたんですね。 言葉に説得力がありますよ。」

顔回曰く、「ちなみに私の家にはポン酢醤油はありませんでした。 今でもキッコーセンの醤油とポメラニアン中濃ソースです。」

神北曰く、「家(うち)はキッコーオクのポン酢醤油がありましたね。」

子貢曰く、「私の家(うち)にもありましたよ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風