本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート30」だ。
諸君、「子曰く、後生畏(おそ)るべしいずくんぞ来者の今にしかざるを知らんや。」うんぬんというのがありますね。
年が若いということは、これからの将来に大いに希望があるということだ。
若いものの今後の世代が現在の時代をつくって中心をになっている世代を乗り越えていかないとは言えないのだ。
2500年前からこのようなことを述べているんだね。
昔も今も、「今の若い者は」「今どきの若い人は」という言葉をよく使うね!
そう言っている人も若い頃があったんだよね。
またそう言われていたんですな。
明治9年生まれの私もそうでしたよ!
私の若い頃は手がつけられなくてね!
「今どきの若い者は」とか、その逆もあったね。
「今どきの若いものにしては殊勝である」とかね。
いつの時代も決まり文句でこのように使われているんですな。
そんな私が、後々、多くの人の前で人生について偉そうに話をするようになった。
自分事であるが、実に後生畏(おそ)るべしですな!
神北(かんぺき)答えて曰く、「『わかる』とは、心と体で理屈抜きに自覚している状態のことを『わかる』と言うと考えます。」
「なるほど。 神北殿、よい返答だね!」
「子貢(しこう)はどうだね?」
子貢答えて曰く、「はい、以前先生は、『良心を偽らぬこと忠なり』と、また『他人への思いやりを恕(じょ)なり』と言われました。 『これが人倫の根本である』とおっしゃった。 その根本を感得する心の在り様、その状態が本当に『わかる』と言えると考えます!」
「子貢よ、とてもよい返答だね!」
「回(かい)はどうだね?」
顔回(がんかい―回)答えて曰く、「はい、私も子貢と同じく、以前先生から『私という人間は、ただひとつの原則(プリンシプル)だけで貫かれているのだよ。』ということを聞きました。 霊魂よりくるところの本心良心をプリンシプルとして、それが人倫の基本として、『してよいこと、してはいけないこと』の判断の基準となると考えます。 それに合わせ、『わかる、わからない』と言えるのではないでしょうか。」
「回よ、とてもすばらしい返答だね!」
諸君、孔子先生は、人を育てるにかけては天才的に上手だったんだね。
この才分は、孔子先生のもつ天分の天命によるものだと思うのだがね。
天命を知るとは、自己のもつ天命の天分を知るということに他ならないんだね、きっと!
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風
0 件のコメント:
コメントを投稿