本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート29」だ。
諸君、学問とは、読んで字のごとく学んで問うということですな。
誰に学んで、誰に問うのか?
孔子先生は、「仁」を志す者は同じ同志として師弟間の問答のやり取りで実践的に自分のものとして学んでいくスタイルを大切にしていたんだ。
子貢(しこう)曰く、「待って下さい。 回(かい)先輩、私、子貢も先生より門人に推挙するしないの是非を委ねられています。 せっかく、この場をかりて、先生にお題をいただき、それぞれの見解を述べる! それから決めても遅くはない。 けっして神北(かんぺき)殿にも失礼にはあたらぬと考えますが! 先生いかがでありましょうか?」
「そうだな。 せっかくの茶会、ゆっくりと互いの会話を楽しもうではないか? どうだね、回よ? どうだね、子路(しろ)よ? いかがですか、神北殿?」
「先生、回は異存ございません!」
「先生、子路は異存ございません!」
「先生、神北も異存ございませぬ!」
「そうか、では、大先輩の子路からたずねるとしようかね。」
「はぁ~、私からですか?」
「そうだよ、長幼の序(ちょうようのじょ)にしたがって子路の考えを先に聞くことにする。 ましてやこのきっかけをつくってくれたのは他ならぬ子路だからな!」
「はぁ~、ま~そうですか?」
「由(ゆう)よ、『わかる』とはどういうことかね?」
「はぁ~、『わかる』ということですか? それは、『わかっているから、わかっている。 わからないことは、わからない。』じゃないですか?」
「子路よ、その答えでは、孔門の弟子としては浅はかな返答ではないかね?」
「はぁ・・・」
子曰く、「神北殿はいかに?」
孔子先生、ならび孔門の十哲の三大弟子の前で、神北いよいよ自分の考えを述べることになった。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風
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