2009年12月30日水曜日

善いことは徹底してまねる パート12

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「善いことは徹底してまねる パート12」だ。

諸君、「朱(しゅ)に交(まじ)われば赤くなる」という成句がありますが、お耳にしたことあるでしょうよ。
人は交わる友、または環境によって、良くも悪くもなるという意味ですな。
レインボーカラーに交わればレインボーカラーになるのかな?
どうだろうかね。
生前の私の著書「盛大な人生」の中に「十牛訓」(じゅうぎゅうくん)という禅の教えでね、つまり修行の段階と心の階梯とその境地というものを説いた、禅のほうでいうと非常に厳しい教えを天風流に人生真理に照らし合わせて説いたんだね。
よろしかったら「盛大な人生」を読まれると出てくる話です。
京都栂尾(とがのお)の明恵上人(みょうえしょうにん)という人が、安心立命(あんじんりゅうみょう)の大義を檀家(だんか)の信者に説いた話に、「らしくせよ」というのがあるんですよ。
「らしくせよ」です。
ねえ、人間で生まれてきたのにね、人間でなくなっちゃった。
よくいうでしょ、「私らしくしたわ!」この「らしく」だね。
ある檀家の信者が、「毎度のお説教で、もうすっかり私の心の中のよごれや垢は取れたように考えますけれども、ただ一つこのごろヒョイと自身の心をのぞいてみますると、死んだ後(のち)がどうなるだろうか? このまま一体どんな人間になるであろうか? この家の商売の行く末はどうなるであろうか? ということを考えましてな。 おっしゃるとおりの安心立命というような気持になれませんでございます。 もうとる年でございますので、お迎えを待つだけではござりまするけれども、まだ悟りが足らないと思いますので、どうぞ、そこをひとつおさとしをお願いたいものでございます。」
そうしたらね、明恵上人「それはいとやすきことながらのう、人間、今生(こんじょう)の御大事(おんだいじ)じゃ。 心も身も清めてござれ。 『六根清浄(ろっこんしょうじょう)』してからおさとしいたそう。」と、さももったいぶって言ったんだろうね。
「六根清浄」というのは、仏教の用語でね。
感覚や意識をつかさどる六つの器官とその能力を表現したもので、すなわち、眼根(げんこん)、耳根(にこん)、鼻根(びこん)、舌根(ぜつこん)、身根(しんこん)、意根(いこん)の六つの根からなる総称で、六根の執着を断ち、清浄な精神を所有し霊妙な術を修得することにあるとされている。
はやいはなし、霊妙な術とは一言でいえば「霊感」のことなんだがね。 
この話の続きは明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

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