2010年7月10日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート168

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート168」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「回(かい)さんを見習うのは私だけじゃないでしょうよ! 先輩も先生に『回を見習え』と言われていたんじゃなかったですか?」

子路(しろ)曰く、「だまれ! 子貢! それ以上減らず口をたたくと貴様の黄色いくちばしをへし折るぞ!」

顔回(がんかい)曰く、「まあまあ、先輩、子貢君、お二人ともそう興奮しないで下さい! お互い親のかたき同志じゃないですからね!」

そこへ神北(かんぺき)が戻って来る・・・

神北曰く、「芽台酒(マオタイジュウ)すぐに用意するそうです。 乾杯までちょっとお待ち下さい!」

子貢曰く、「神北君、御苦労。 その酒の支払いは私がしよう。」

子路曰く、「貴様はまったく金と口でものを言わせるやつだな!」

顔回曰く、「まあまあ、先輩! ここは子貢君の御好意です。 ありがたく受けましょうよ。それより話の続きをお願いします。」

子路曰く、「そうだな! あの出来事は小学校6年生の夏休みの林間学校へ行ってのことだった。 その林間学校は標高1200mの山あいの中腹にある村の閉校になった分校を使わせてもらったらしい!」

顔回曰く、「何かぞくぞくしてきました。 僕この手の話、本当は大好きなんですよ!」

子路曰く、「俺は友達とキャンプファイヤーをしたり、カブトムシやクワガタ獲りを楽しみにしていたんだ。」

顔回曰く、「それから・・・」

子路曰く、「そこまで行くには途中の村までバスで乗り継いで終点のバス停で降りる。 そこから大人の足で歩いて2時間はゆうにかかるところなんだ。」

顔回曰く、「それから・・・」

子路曰く、「その日は、やけにジトッと蒸し暑く、空はどんより曇って、今にも雨が降りだしそうだった・・・」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月9日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート167

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート167」だ。


諸君、昨日の引き続きであります。

神北(かんぺき)曰く、「まあまあ、子路(しろ)大先輩、ここは芽台酒(マオタイジュウ)で乾杯しましょうよ。」

子路曰く、「お前らの好きにしろ!」

神北曰く、「では、京華(きょうか)ねえさんに用意するように言って来ますから待っていて下さい!」

子貢(しこう)曰く、「盃(さかずき)は5つ用意して下さい。」

神北曰く、「孔家司会典礼役の子貢先輩! 心得てますよ。」

子貢曰く、「では、お頼みします。」

神北立ち上がり、のれんをくぐって部屋を出て行った。

子貢曰く、「そういえば子路先輩は写真が嫌いなその訳を聞いていませんでしたね!」

顔回曰く、「そうでした。 小学校6年生の夏休みに林間学校へ行ったところからでしたね!」

子路曰く、「お前らが、どうしてもその先を聞きたいというのなら話さない訳でもないがな。」

子貢曰く、「本音は話したくてうずうずしているくせして、まったくもって先輩は素直じゃないんだから。」

子路曰く、「うるせえ! 口先男のお前には言われたくないわ!」

顔回曰く、「まあまあ、子路先輩、その先の話を待ってました。 ぜひそのいきさつを聞かせて下さい!」

子路曰く、「さすが回(かい)君だね! 『先輩、待ってました。』いいねぇ・・・ 『ぜひその話聞かせて下さい!』うれしいねぇ・・・ こうでなくっちゃ話が滑らかに進まないな。 子貢よ、お前謙虚になって先輩に対する口のきき方を回君から見習いなさい!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月8日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート166

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート166」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)のれん越しに曰く、「遅くなってすみません。 神北(かんぺき)君どうぞお入り下さい。」

神北曰く、「では、失礼して入らせて頂きます。」

子路(しろ)曰く、「子貢! 神北! ずいぶんとおせえじゃねえか! 待ちくたびれたぜ。お前らハワイ旅行でもして来たんじゃねえのか?」

子貢曰く、「子路先輩、神北君に話があったものですから、つい話しこんでしまって遅くなりました。 お待たせしました。」

顔回曰く、「神北君、私の隣でよかったら、ここへどうぞお座り下さい。」

神北曰く、「はい、ありがとうございます。 では、おじゃまさせて頂きます。」

子路曰く、「では諸君、それぞれここへ来た経緯はともかくとして、奇(く)しくもここに孔家の門弟の四人が集った。 せっかくの機会であるから、回のピッチャー一気飲み成功の祝いもかねて乾杯して飲みなおそうぜ!」

顔回曰く、「私はビールは結構です。 十二分に頂きました。」

子路曰く、「そうだな! ホッピーにしよう!」

子貢曰く、「似たようなものじゃないですか?」

神北曰く、「まあまあ、大先輩の御三方! 祝宴ですから、芽台酒(マオタイジュウ)で乾杯したらどうでしょうか?」

子貢曰く、「芽台酒ですか?」

神北曰く、「はい!」

顔回曰く、「芽台酒と言えば、毛沢東国家主席がリチャード・ニクソン大統領をもてなし、周恩来が田中角栄首相をこの酒で接待したことなどで知られている結婚式などのお祝いの宴席で乾杯に用いられるあのお酒ですね!」

子貢曰く、「それはいいですね。 強い芳香があり、飲み干してもなお香りが残る。 その上飲み過ぎても二日酔いせず、むしろ適度の飲用は健康に良いとされていますね!」

子路曰く、「おめえら、うんちくが長えんだよ! 俺の知らない知識をひけらかすな。 いちいち癇(かん)に障るぜ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年7月7日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート165

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート165」だ。

諸君、昨日の引き続きです。

子路(しろ)曰く、「回(かい)よ、俺はお前の点数かせぎのいい子ぶりっ子のものの言い方が気に入らないんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「では先輩が気に入るように、私にどうしろと仰せになりたいのですか?」

子路曰く、「むぅ・・・」

顔回曰く、「『 “子曰く、詩三百、一言をもってこれを蔽(おお)う。 曰く、思い邪(よこしま)なし。” と詩教三百篇の魯頒(ろしょう)の駉(けい)篇の中の “偽りのない心” の一句に集約される。』 と孔子先生は言われていますよね。 先輩の『偽りのない心』、つまり『本心良心を偽らぬ誠の心』で回を御指導下さいませんか?」

子路曰く、「回よ! 貴様の言わんとしていることはよくわかった。 俺も先生が『回よ!回よ!』と貴様一人可愛がるものだから正直嫉妬していたんだ。 今思うと年甲斐もなく恥な真似をしたと後悔している。」

顔回曰く、「・・・ そんな風に思っていたんですか。」

子路曰く、「隣だというのに、おい、ずいぶんと子貢(しこう)も神北(かんぺき)も遅いなぁ!」

顔回曰く、「先輩、話をはぐらかさないで下さい!」

子路曰く、「・・・・・・」 無言。

顔回曰く、「先輩の本音は、ズバリ、『子路は孔家門弟一の正義感と勇気と行動力がある』と先生に誉められたんでしょ!」

子路曰く、「うるせえ! それ以上言うな!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月6日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート164

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート164」だ。

諸君、ここは子路(しろ)と顔回(がんかい)のいる学而の間の話の続きであります。

顔回曰く、「子路先輩! お言葉を返すようですが、それは何かの間違いか誤解です。 または私に対する回りの偏見ではないでしょうか? 私は自らの心の中を内省検討しても、先生の前でいい子ぶりっ子した覚えはただの一度もありません。 先生の言われることが逐一もっともなことだと感嘆するばかりです。 私にとって先生との対話は常に私論をはさむ余地がなかっただけなんです。 それよりも先生の語られることを心の耳をそば立てて、一言一句ももらすまいと集中しています。 私の心の耳で聞いたことをさらに記憶にとどめて忘れないように心の手帳に速記しているんです。 『一を聞いて十を知る』と例えて私の人物評を子貢(しこう)君が先生の前で述べたことは本人からも聞いています。 しかし、私としては先生の話の一つ一つがその意味において奥深さの限界が底知れないので、後で消化不良をおこさないために、先生より聞いた一つ一つのことを『聞き洩らすまいぞ!』と自分なりに有意注意しながらよく咀嚼(そしゃく)してから、発言しようと思っているからです。 子路先輩、『一を聞いて十を知る』は過大評価です。 私は『一を聞いて一を咀嚼する』が当を得ていると思います。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月5日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート163

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート163」だ。

諸君、「善」とは大辞林の解説の哲学や倫理学の項目では、「一定の使用・行為・道徳・秩序などにおいて、人や物の性質(価値)がよいこと、望ましくすぐれていること。また、それらをよくあらしめる根拠。真・美とならぶ基本的価値の一。倫理学の対象とされ、人間のあらゆる営みが目指すところ、あるいは営みを律する義務の源泉とされる。」とある。


極めて難解であり、どのように実践したらよいやらわからなくなる。
天風流に要約すれば、「日常の人生生活を、自他のいずれに対しても独りぎめのわがままな自己本位の気持ちではなく、お互い人間同士の間柄を極めて円満に融和するような、普遍的妥当性のある言葉と行為のみで行おうと心がけて、かつそれを確実に実行することなのである。そうすれば、それが期せずして、一切全てがそのまま『善』なるものに共通するからである。」
つまりここで言う「善」は、「人為的なものではない! どんな時にも変わらぬ愛の実践!」ということである。
「致知格物(ちちかくぶつ)」「致良知(ちりょうち)」も万物の霊長たる人間に備わった本心良心をプリンシプルとした知覚力、判断力、断行力を発揮せよということである。
然(さ)すれば、諸君の霊光が自ずと発揚することになる。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月4日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート162

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート162」だ。

諸君、昨日は渋沢栄一翁の著述を掲載させて頂いたが、その中で特筆すべき点は、
「仁義道徳は日常の修養から得らるるので、決して愚昧卑屈(ぐまいひくつ)でその域に達するものではない。大学の致知格物(ちちかくぶつ)も、王陽明の致良知(ちりょうち)も、やはり修養である。修養は土人形を造るようなものではない。かえっておのれの良知を増し、おのれの霊光を発揚(はつよう)するのである。修養を積めば積むほど、その人は事に当たり、物に接して善悪が明瞭になって来るから、取捨去就(しゅしゃきょしゅう)に際して惑わず、しかもその裁決が流るるごとくなって来るのである。」
と述べられたところである。
これについて、異存はないが、「致知格物」、「致良知」について私なりの見解と有意すべき注意点を述べたいと思う。
生前に「日常生活を行なう際、能(あた)う限り、善なることを行おうと心がけることは、人生の最も尊いことである。」と語ってきた。
諸君らは、「善」と言うと「悪」と対比して考えがちだ。
これは人為による善悪の道徳律で、時代の変遷、人心の価値観の推移によって変化するものだ。
諸君らも、子供の頃と、今現在であれば、至極当然物のとらえ方、考え方は変わっているに違いない。
人為的な道徳律では、極端に言えば、昨日の「悪」が、今日には「善」になったり、逆に今日の「善」が明日の「悪」になったりする。
一日前は名誉なことであったが、明ければ不名誉となり、その逆もまたしかりである。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月3日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート161

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート161」だ。

諸君、昨日の引き続きにあるが、陽明学の祖、王陽明の陽明学の致良知について述べてみたい。

大辞林によると「
王陽明は(1472~1528)中国,明代の儒学者。浙江省余姚(よよう)出身。 名は守仁、字(あざな)は伯安、諡(おくりな)は文成公。陽明は号。朱子学に満足せず、心即理・知行合一(ちこうごういつ)、致良知を説き、陽明学を完成、実践倫理への道を開いた。 また、寧王宸濠(しんごう)の乱を平定するなど軍事的才能もあった。著「王文成公全書」、語録「伝習録」がある。 」とある。

「論語と算盤」の中の「誤解されたる修養説を駁す」で渋沢栄一翁もこのように述べている。

「修養ということについて、私はある者より攻撃を受けたことがある。その説は、大体二つの意味に分かれていたのである。その一つは、修養は人の性の天真爛漫を傷つけるから宜しくないと言うので、他の一つは、修養は人を卑屈にすると言うのであった。よってこれらの異見に対して答えておいたことを、左に述べてみようと思うのである。
 まず修養は、人の本然の性の発達を阻害するから宜しくないというは、修養と修飾とを取り違えて考えておるものと思う。修養とは身を修め徳を養うということにて、練習も研究も克己も忍耐もすべて意味するもので、人が次第に聖人や君子の境涯に近づくように力(つと)めるということで、それがために人性(じんせい)の自然を矯(た)めるということはないのである。つまり人は充分に修養したならば、一日一日と過(あやま)ちを去り、善に遷(うつ)りて聖人に近づくのである。もしも修養したために、天真爛漫を傷つけると言うならば、聖人君子は完全に発達した者でないということになる。また修養のために偽君子となり、卑屈に陥るならば、その修養は誤れる修養であって、われわれの常に言う修養ではないと思う。人は天真爛漫が善いということは、私は最も賛成する所であるが、人の七情すなわち喜怒哀楽愛悪慾の発動が、いつ如何なる場合にも差し支えないとは言われぬ。聖人君子も発して節に中(あた)るのである。ゆえに修養は人の心を卑屈にし、天真を害するものと見るは、大なる誤りであると断言するのである。
 修養は人を卑屈にするというに、礼節敬虔(けいけん)などを無視するより来る妄説(もうせつ)と思う。およそ孝悌忠信、仁義道徳は日常の修養から得らるるので、決して愚昧卑屈(ぐまいひくつ)でその域に達するものではない。大学の致知格物(ちちかくぶつ)も、王陽明の致良知(ちりょうち)も、やはり修養である。修養は土人形を造るようなものではない。かえっておのれの良知を増し、おのれの霊光を発揚(はつよう)するのである。修養を積めば積むほど、その人は事に当たり、物に接して善悪が明瞭になって来るから、取捨去就(しゅしゃきょしゅう)に際して惑わず、しかもその裁決が流るるごとくなって来るのである。ゆえに修養が人を卑屈愚昧にすると言うに大なる誤解で、極言(きょくげん)すれば、修養は人の智を増すにおいて、必要だということになるのである。これをもって修養は智識を軽んぜよというのではない。ただ今日の教育は、あまりに智を得るのみに趨(はし)って、精神を練磨することに乏しいから、それを補うための修養である。修養と修学を相容(あいい)れぬごとくに思うのは、大なる誤りである。
 蓋(けだ)し修養ということは広い意味であって、精神も智識も身体も行状も向上するように練磨することで、青年も老人も等しく修めねばならぬ。かくて息(や)むことなければ、遂には聖人の域にも達することができるのである。
 以上は私が二つの反対説、すなわち修養無用論者に対して反駁(はんばく)したる大要であるが、青年諸氏もまたこの考えで、大いに修養せられんことを切望するのである。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年7月2日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート160

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート160」だ。

諸君、論語「公冶長篇(こうやちょうへん)」に
「子路聞くことありて、いまだこれを行なうことあたわざれば、ただ聞くあらんことを恐る」とある。


子路は孔子先生に何か一つ教えを受けると、それをすぐさま実行に移そうとした。
身をもって実行できないうちは、新たに別の教えを師から受けることを拒否したとある。
子路にとってみれば、どんなに良い教えを聞いたところでそれが現実に活かせぬもの、または役に立たない物は良しとしなかった。
偉そうに口巧者に語ったとしても実行せぬものは信用しなかった。
言行が一致しないことは何らの価値を見いだせないと考えていたのだろう。
後の世に生を受ける陽明学の祖、王陽明の実践哲学がそれである。

大辞林によると陽明学とは、「中国明代の王陽明およびその学派の新儒教学説。 元・明代に官学として重んじられた朱子学の主知主義的理想主義的傾向に対して現実主義的批判を加え、主体的実践を重視した。 心が理であるという心即理(しんそくり)、生来の道徳的判断力を発揮せよという致良知(ちりようち)、認識と実践を一致させよという知行合一(ちこうごういつ)、欲望を肯定する無善無悪などを主要な学説とする。 王学。」と説明されている。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年7月1日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート159

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート159」だ。

諸君、ここは子路(しろ)と顔回(がんかい)のいる学而の間であります。

顔回が子路と神北(かんぺき)の礼に欠ける振る舞いに対して、「存念やいかに?」と問うたところからですよ!

子路つり上がったまなこを大きく見開き顔回のまなこを直視してい曰く「回(かい)! 俺は先生に『回を見習え、回を見習え』と言われ続けているんだぞ! 俺は貴様より二十一歳も年上なんだぜ。 出来たお前であっても俺の立場であれば後輩の貴様を見習えと言われれば面白くないのは当たり前だろう。 俺は先生を共に苦労してきた同志だと思っているんだ。 そして俺は先生のためなら命も惜しくない! 貴様にも俺の気持ちはわかるはずだ。 先生は、お前を我が子以上に可愛くてしょうがないのは、俺はわかっているつもりだ。 回は先生の言うことをいちいちうなずいて、逆らうことをしない。 俺はいちいち先生の言われること、なさることを『もっともだ』と思うこともあるが何を言っているのかわからない時は、『何を言っておられるかわかりません。』とはっきり言う! 時には先生に対して食ってかかる時もある。 『一を聞いて十を知る』なんて、そんな器用な真似はできん。 特に先生の前でいい子ぶりっ子している貴様のまねなど見習えぬわ! 俺は子路であって、顔回じゃないんだ、覚えておけ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年6月30日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート158

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート158」だ。

諸君、昨日の引き続きです。

子貢(しこう)に釈明したいけど言えないもどかしさをこらえて神北(かんぺき)曰く、「子貢さん、私はどんな約束事にせよ、いったんそれを受け約束を交わした以上、その約束を遵守(じゅんしゅ)するということを旨としております。 これ以上は私の口からはお答え出来かねます。 どうぞ御容赦下さい!」

子貢曰く、「わかりました。 それ以上このことに関しては君に聞くのはやめましょう。」

神北曰く、「御恩情痛み入ります。」

子貢曰く、「神北君、子路(しろ)先輩と回(かい)さんをかなり待たせています。 回さんのチャレンジ成功祝いと験(げん)直しを兼ねて一緒に一杯やりましょうよ!」

神北曰く、「はい、そうですね。 お二人がお待ちかねでしょう! では遠慮なくお邪魔させて頂きます。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年6月29日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート157

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート157」だ。

諸君、昨日の引き続きです。

先進の間で神北(かんぺき)は子貢(しこう)に「事の真相やいかに」と詰め寄られ、同じく学而の間で発端をつくった子路(しろ)に顔回(がんかい)がガチンコで「真意やいかに」と詰め寄った。
本音で語りあえる対話処 居酒屋「ざ・論民」で繰り広げられる人間模様であります。

改めてここは子貢と神北のいる先進の間であります。

神北沈黙を破って曰く、「子貢さん、数々の御無礼お許し下さい!」と深々と頭(こうべ)を下げた。

子貢曰く、「神北君、私は理由のないのに君に頭を下げられても却って不自然じゃありませんか? 私はこの度の回(かい)さんに対する子路先輩や神北君、そして門人門下生の無礼、不敬、不遜ならびに孔家の門人に対してあるまじき礼を逸した振る舞いは、孔子先生の仁を志す者として最も嫌うことで恥とすることですよ。」

神北平身低頭して曰く、「子貢さんのおっしゃる通りです。 面目(めんぼく)ありません。」

子貢曰く、「神北君、私は君に何度も頭を下げ謝られても、これは私自身が直接受けた当事者ではないんです。 許しを乞われるのなら回さんに対してですよね。 しかし、 あなたも子路先輩に止められているのか、義理立てしているのか? 事の真相を言えない理由があるのでしょうから、今ここで君に問い詰めるのはやめにします。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年6月28日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート156

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート156」だ。

ここは居酒屋「ざ・論民」「学而の間」であります。

顔回(がんかい)曰く、「では、正々堂々たる子路(しろ)先輩に折り入ってお聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」の続きからです。

子路曰く、「ああ、言いたいことがあれば言ってみろ!」

顔回曰く、「子路先輩、言いたいことではありません。 聞きたいことがあるんです。」

子路曰く、「どっちも似たようなものだ。 聞きたいことがあったら言えよ!」

顔回曰く、「先輩の写真嫌いの理由(わけ)は後ほどうかがいます。 先輩と神北君はこのところ私が挨拶しても無視されるだけで口もきいてくれませんでしたね。 それに他の門人門下生も私を無視するようになりました。 孔家は礼と義を特に重んじます。 ましてや礼の基本である挨拶をすることは門人であれば誰もがわきまえていることです。 私について言いたいことがあれば面と向かっておっしゃって下さい。 先輩は孔家を代表する古参で先輩の言行は影響力があります。 私にとって先輩は実の兄同様、それ以上の方です。 先輩の率直な忠告であれば実の兄の言葉として謙虚にお聞きしたい。 ぜひ先輩の存念をはっきりと先輩のお言葉でお聞かせ下さい!!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年6月27日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート155

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート155」だ。

諸君、昨日の引き続きです。

子貢(しこう)曰く、「回(かい)さんが『子貢君、ありがとう! では、君のご厚意に甘えてそうさせて頂くことにするよ。』と快く受けてくれたんだ。」

神北(かんぺき)曰く、「・・・」 うなだれたまま無言。

子貢曰く、「『それでは回さん、居酒屋「ざ・論民」をご存じですね!』 いつもの回さんの笑顔でうなずいた。 『そこの2階でPM7:00に待ち合わせしませんか? もし私が遅れるようでしたら先に飲んでいてかまいませんから! 勘定は私に任せて下さい! 時間に間に合うように急いで行きますから、待っていて下さいな!』ということで只今こうして、神北君と私がここにいる次第ですよ。 まさか隣どうしで来ていることなど予想だにしてはいなかったんですよ。 もっと驚いたことにあの回さんがピッチャーの一気飲みにチャレンジするハプニングが起こるとは青天の霹靂でした。 神北君、君もそう思ったでしょ。」

神北曰く、「・・・」 変わらずうなだれたまま無言。

子貢曰く、「神北君、どうしたんですか? 体の具合でも悪いんですか?」

神北曰く、「・・・」 無言。

子貢曰く、「先ほど君は大声で回さんのチャレンジにエールを送っていましたね。 どうしたんですか?口でもきけなくなったんですか? それとも言いたくないことがあるんですか? どんな理由であれお互い縁あって孔家同門の弟子になったのですから事の真相を正直に話してはくれませんか! 神北君、君と私は同志じゃないですか!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年6月26日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート154

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート154」だ。

諸君、昨日の続きです。

子貢(しこう)曰く、「『回(かい)さん、これから私は孔子先生のところに御報告にあがるところです。 もしお急ぎでなければ留守中に私の当番を回さんに代わっていただきました。 お礼に一献(いっこん)差し上げたいがいかがでしょうか?』と私から誘ったんだ。」

神北(かんぺき)曰く、「・・・」 頭を上下に振って無言でうなずく。

子貢曰く、「回さんのお気持ちを察するに、孔子先生に心配や迷惑をかけたくないということもありましょう。 事実を明らかにしたうえで慎重に、冷静に判断しなければならないでしょう。 そして、自身の発言には影響力もあるため無責任なことは言えないとのお立場を考えられてのことでしょう。 『子貢君、これについては先生にはなさないでくれたまえ。』と言われたんですよ。」

神北曰く、「・・・」 頭を上下に振って無言でうなずく。

子貢曰く、「私はすかさず『承知しました。 回さん久しぶりに飲みながらお互い忌憚(きたん)のない話をしませんか?』とさらにうながしたんですよ。」

神北曰く、「・・・」 うなだれたまま無言。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年6月25日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート153

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート153」だ。

諸君、昨日の続きです。

子貢(しこう)曰く、「回(かい)さんが『私にもよくわからないんだ!』と言うから、すかさず『わからないってどういうことですか?』とたずねた。 すると回さん本人もどうしてもそうなったのかわからないが私の留守におこったことの一部始終を話してくれたんだ。」

神北(かんぺき)曰く、「・・・」 沈黙。

子貢曰く、「『子貢君、実は突然、子路(しろ)先輩や神北君が口をきかなくなったんだ。 私が挨拶や声をかけるとすぐその場を立ち去るんだ。 君の留守中からは他の門下生も同じ態度をとるようになったんだ。 先生のいらっしゃるところではさすがにそれはないが、先生が立ち去るとすぐに私を無視しだすんだよ。 気にとめないようにしているんだがね! さすがにまいっているんだ。』と回さんには珍しく弱気で言葉に力のないものだった。」

神北曰く、「・・・」 沈黙。

子貢曰く、「私は回さんに『そうですか。 回さん何か心当たりはありますか?』と言うと回さんは『私は普段通りで思い当たるところがないんだよ。』と答えたんだ。」

神北うなだれぎみに曰く、「・・・」 沈黙。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年6月24日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート152

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート152」だ。

諸君、昨日の続きです。

子貢(しこう)曰く、「神北 (かんぺき) 君、私は孔子先生に御用を頼まれて出張で留守をしていたんですよ! その仕事を終えて先生に御報告に行く道すがら、帰宅する回(かい)さんの後姿を見かけてね・・・」

神北曰く、「そう言われればここしばらく子貢さんの姿が見えなかったのは、出張されていたんですか?」

子貢曰く、「神北君、話はこれからだ! 回さんがいつもの回さんと違って肩をつぼめて首はうなだれてとぼとぼ歩いていたんだ。 それで気になって声をかけたんだ。 『回さんご苦労さまです! お帰りですか? ・・・回さんどうしたんですか? 元気がないじゃないですか? 体の具合でも悪いんですか』と言うと、回さんは私に変なことを言うんだ。」

神北曰く、「ほぉー、それで?」

子貢曰く、「『子貢君は私と口を聞いてもいいのかい?』って言うんだ。 目はうつろでまるでうつ病のようだった。 『はぁ~? 何をバカなことを言っているんですか? 同門の子貢ですよ! 回さんとてもお疲れのようですね! 私の留守中に何があったんですか?』とたずねたんだ。」

神北曰く、「それで回さんは何とお答えになったんですか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年6月23日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート151

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート151」だ。

諸君、ここは居酒屋「ざ・論民」「先進の間」であります。

先進の間の出入り口ののれんの前で子貢(しこう)曰く、「孔家門弟の子貢です。 神北(かんぺき)殿はおられますかな?」

神北その声に答えて曰く、「同門の神北です。 子貢先輩どうぞお入り下さい。」

子貢曰く、「それでは、失礼して入らせていただく。」

神北曰く、「これはこれは子貢先輩! このようなところでお会いするとは思いもよらぬことです。」

子貢曰く、「確かに! しかし神北君はここの常連だと聞いたが?」

神北曰く、「常連と言われるほどには来てはいませんが、このところ子路(しろ)先輩と連れだってよく来るようになったんですよ。 それにここは、私にとって孔家とご縁を結んでくれた縁起の良いところですからね。」

子貢曰く、「君もわかっているだろうが今隣に子路先輩が来ていてね。 子路先輩と回(かい)さんに神北君を呼んで来てくれと頼まれたので、声をかけに来たんだ。」

神北曰く、「回先輩も私のことを呼んでくれとおっしゃっているのですか?」

子貢曰く、「初めに神北君に来てほしいと言ったのは回さんだよ。」

神北曰く、「そうですか。 まー、立ち話ではなんですからどうぞお座りになって下さい!」

子貢曰く、「では遠慮なくそうさせてもらうよ。 それで神北君も店内放送で事のなりゆきを聞いていると思うから、私の方から逐一説明する必要もなかろうと思う。」

神北曰く、「しかし回先輩と子貢先輩がここに飲みにこられているとは正直驚きましたよ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年6月22日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート150

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート150」だ。

諸君、昨日の引き続きです。

子路(しろ)曰く、「誰にも言うなよ! 実は俺、小学校6年生の夏休みに林間学校に行ったんだ。」

子貢(しこう)曰く、「それからどうしたんですか?」

顔回(がんかい)曰く、「話の腰を折るようですまないが、子貢君、神北(かんぺき)君を一人きりにさせておかないでここへ呼びましょうよ!」

子貢曰く、「そうですね。 子路先輩、神北君にここへ来てもらいますが差支えありませんよね?」

子路曰く、「ああ、神北にも口止めせにゃいかんからな!」

子貢曰く、「では、僕が呼んできます。 ちょっと待っていて下さい!」

子貢小部屋ののれんをくぐって隣に入っていった。

顔回曰く、「子路先輩、先ほどは力の入った御声援誠にありがとうございます。」

子路曰く、「欲がないと思っていた回がピッチャー一気飲みの大それた野望を抱いていたとは知らなかったぜ!」

顔回曰く、「先輩、回だって人間だもの。」

子路曰く、「お前、あいだみつおか?」

顔回曰く、「先輩が写真嫌いとは知りませんでしたよ。」

子路曰く、「俺は酒盗もきらいだ!」

顔回曰く、「それって鰹(かつお)の腸(わた)の塩辛(しおから)のことですね!」

子路曰く、「そうだ!」

顔回曰く、「この塩辛を肴(さかな)にするとますます酒がすすむというじゃないですか。」

子路曰く、「それだ。 それがいけねえんだ。 はなから『お酒がススム君』とか『酒進(しゅしん)』にすればいいものを、盗人じゃねえんだから盗人呼ばわりするとは気に入らん! 正々堂々と酒の友達で『酒達(さけだち)』にしろよ!」

顔回曰く、「先輩、今、正々堂々とおっしゃいましたか?」

子路曰く、「ああ」

顔回曰く、「では、正々堂々たる子路先輩に折り入ってお聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年6月21日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート149

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート149」だ。

諸君、昨日の引き続きです。

子路(しろ)答えて曰く、「無論おれは異存はない! ただし・・・」

バイザー京華(きょうか)、子路、顔回(がんかい)、子貢(しこう)の三人に会釈をして学而の間を出ていった。

子貢曰く、「『ただし・・・』何ですか?」

子路曰く、「回(かい)、子貢、口の堅いお前たちこのことだが、孔子先生や他の門人、それ以外の誰にも言うなよ! 約束できるか?」

顔回曰く、「先輩が『言うなよ!』と言われることは、この顔回、愛宕白山に誓って誰にも言いません!」

子路曰く、「口巧者(くちごうしゃ)な子貢、お前はどうなんだよ?」

子貢曰く、「先輩が嫌だと言うことなら言いませんが、せっかくの回さんの晴れ姿ですよ。 それに孔家一門のメンツがたったんですから・・・ たかが記念撮影じゃないですか。」

顔回曰く、「子貢君、たかが記念撮影とは何ですか! 私にとっては命がけのチャレンジに成功したんです。」

子路曰く、「回さん、すいません。 つい口がすべりました。」

顔回曰く、「わかっていただければ許します。」

子路曰く、「お前ら俺の話を聞けよ! 俺の個人的なことだが、『ただし・・・』には訳があるんだ。」

顔回曰く、「個人的とはどういうことですか?」

子路曰く、「実は俺、写真に写るのが苦手で、ズバリ、写真嫌い!」

子貢曰く、「えー、どうしてですか? 先輩はミーハーで目立ちたがり屋じゃないですか。」

子路曰く、「何事においても寛大な子路様にも苦手なものがあるんだ!」

子貢曰く、「へぇ~、ひょっとして写真写りが悪いので気にしているとか、ですか?」

子路曰く、「バカ言っちゃいけねぇ。 そんなんじゃないやい。」

子貢いわく、「じゃ何ですか? 『男』が売りの先輩がずいぶんはっきりしないですね。 ズバリ言って下さいよ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風