2010年2月13日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート21

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート21」だ。

諸君、子路(しろ)という人物は、孔子一門の中で上位の年長者といわれているんですがね、そんな子路でありますが、孔子先生曰く、「やぶれた縕袍(うんぼう)を衣(き)て、狐貉(こかく)を衣(き)たる者と立ちて、恥じざる者は、それは由(ゆ)なるか。」と論語子罕(しかん)編にあるんだよ。
その解釈は、「由(子路)はどんな身なりでも、ボロをまとっていても、豪華な毛皮を着た人のそばに並ぶ。 それでいてちょっとも引け目を感じず堂々としてふるまっていられる者といえば、まず由だろうね。」つまり、着るものは頓着していなかったんだろうがね。
子路のポリシーとしては、「着ているものだけでは、真の俺の価値は判断出来るものではない。」と信念していたんだろうね!
つまり「ボロは着てても心は錦」だったんだね。
そんな子路でありますから、神北(かんぺき)のいでたちを見て、ただ単に姿形(すがたかたち)だけの体裁を整えることは、真の君子たりではないと考えていたようだ。

神北曰く、「そりゃないですよ、子路先輩のために衣装借りに走って、それから美容院に行って髪をセットして忙しかったんですからね! ひどいですよ!」

「わかったよ! すねるなよ! すぐ孔子先生に会うんだから機嫌(きげん)直せよ。 もうすぐ謁見の間だ! 神北、ちょっとそこで待っていろ! そうだ、お前手土産持って来たんだろうな。」

「はい、子路先輩の紹介状と干し肉と青島(チンタオ)ビールを手土産として持ってまいりました。」

「おまえ、粋なことするじゃねえか。 そういえば昨日の居酒屋「ざ・論民」でも青島ビール置いていたよな。」

「はい、そうなんですよ。 そこから孔子先生のお土産に持ってきたんです。 やはり、ジャーキーにはビールが合いますよね。」

「おまえ、請求書の中にあった『お土産代』はこのことか?」

「はい、そうなんです。 子路先輩に頼まれましたから、支払いは子路先輩に付けておきました。」

「なにぃ? 貴様、そんなことまでしていたのか? でも、孔子先生の故郷、山東省の青島ビールは、先生の大好物なんだよな。」

トントン! トントン!(これノックの音ですよ!) 

「先生、子路です。 入門希望者を連れてまいりました。」

「おお、そうか。 お入りなさい待ちかねたぞ!」

「はい、入ります。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月12日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート20

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート20」だ。

諸君、神北(かんぺき)の礼法にかなう作法は、一朝一夕には身につくものではないですよね。
彼は、身分の高いそれなりに教養を身に付けた方と推測できますよね。
しかし、まったくその様子に気づかない子路(しろ)先輩であります。

「子路大先輩、先輩との約束を果しましたよ。 ご門内に入ってよろしいですか?」

「おいおい、口上と御辞儀がえらくなげえなぁ~! 待ちくたびれちまったぜ! 早く入んな! 先生も首を長くして待っておられるからな!」

「先輩、では、入らせて頂きます!」

「神北よ、お前なんか勘違いしてんじゃないかい?」

「えー、何をですか?」

「うちの先生は、レッドクリフの諸葛亮(しょかつりょう)じゃないんだぜ! おまえ、ひょっとして蜀(しょく)の劉備玄徳(りゅうびげんとく)の三顧の礼をパクッて真似ているんじゃないかい!」

「そんなことしてませんよ! でも先輩、レッドクリフは私たちの後々の時代ですよ。 子路先輩、お言葉を返すようですが天風先生は『良いことは真似なさい』とおっしゃっていますよ。」

「はぁ? 何だ、その天風とやらは?」

「今から2500年の時空を超えた後の未来の私の先生になる方でありますよ。」

「神北、おまえ、頭いかれてるぜ! 神北よ、よく聞けよ! うちの先生は、俺の紹介状があって手土産持って行きさえすれば、よっぽどの悪党か、みょうちくりんの手合いじゃなければ、門人のはしくれにしてくれるんだぜ!」

「そうなんですか、先輩?」

「そうだよ! だいたいな、おまえのやり過ぎ! 嫌味! そういうの『いんぎんぶれい』っていうんだぞ!」

諸君、子路は先ほど孔子先生に「おまえの今日の態度は慇懃無礼(いんぎんぶれい)だぞ。」と言われたばかりだったね。 
本来の意味を知らない子路でありました。
「慇懃無礼」とは、表面の態度は丁寧だが、心の中では相手を軽くみていることを言うんだね。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月11日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート19

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート19」だ。

諸君、神北(かんぺき)登場で、思わぬ展開になってきたね。
「天風さん、この創作物語、子路(しろ)の嫉妬話からいったい何を言いたいのか?」
その要旨がわからなくなっている方もおられるでありましょうが、ゆったり構えて気長に楽しんで読んで下され!
いずれわかるようになりますから。

神北、孔子塾正門にて、三回の礼を拝する。
神北曰く、「姓(せい)は京(きん)、名は田(でん)、字(あざな)は神北。 孔子先生閣下、並びに孔門関係各位に対して、三回の礼を拝したてまつる。」

「おいおい、神北よ、あまりかっこうつけんなよ! ここは、孔子神社じゃないぞ! 孔子先生もお待ちかねだ。 そこいらへんでやめとけ!」

神北、子路の言葉をカンペキに無視をする!
神北、正面を見たまま身じろぎもしない、続けて口上を述べる。
神北曰く、「第一の礼、万物の霊長たる人間として、素直な心になって、宇宙根本主体たる天の意志と天の叡智と天の力に対して、感謝と敬意の誠の礼を捧ぐ。」
神北、門前にて深々と御辞儀をする!

神北曰く、「第二の礼、万物の霊長たる人間として、素直な心になって、人倫の道に順応し同胞に対し尊敬の誠の礼を捧ぐ。」
神北、二度目の御辞儀をする!

神北曰く、「第三の礼、万物の霊長たる人間として、素直な心になって、森羅万象に現われたる万物に対して尊重の誠の礼を捧ぐ。」
神北、三度目の御辞儀をする!

意外にも、神北のとったこの礼のあり方は、ただものではない身分教養のある方に感じますね。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月10日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート18

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート18」だ。

諸君、どんなきっかけの出会いであっても、運命のいたずらであっても、人の縁(えにし)というものは、摩訶不思議なものです!
目に見えない、摩訶不思議な摩訶力が働いているんですな!

孔子塾正門前AM10:00であります。
正門門前に礼装に身をかため、髪の毛はきれいにすかれ結った男が立っていた。
まぎれもないその姿は、子路(しろ)がその到着を待ちに待っていた、昨日、居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」でタダ酒、タダ食いをした神北(かんぺき)であったのだ。
もっと驚いたことに、その頭(かしら)に身分官位を表す冠(かんむり)をいただいていたのだ。

「おいおい、神北、そのなりはいったいぜんたいどういうことだ! おまえ熱でもあるのかよ? 昨日『ざ・論民』で毒気のある珍味ばかりを食らったんじゃねえのか?」

「何をおっしゃっているのですか! 子路大せんせ~いせんぱい! これは、孔子君子大先生に謁見を許された、私こと神北の礼義というものです。」

「ほ~う、おまえいつからそんな真似できるようになったんだ!」

「いつからって、今日からですよ。 これも子路大先生への一飲一飯の恩義にむくいるためですよ!!」

「神北よ、人は見かけによらぬものだなぁ~!」

「何をおっしゃいますか子路先輩。 先輩に恥をかかせたくないからですよ!!」

「そうかいそうかい、うれしいこと言ってくれるじゃねぇか! ま~、入れ、入れ!」

「子路先輩、ちょっと待って下さい!! 先輩との約束を果させて下さいな!」

「ほぉ~、俺との約束? はて、なんだっけな?」

「昨日、『ざ・論民(ろんたみ)』で『明日AM10:00に正門前に立ったら、必ず三回の礼をつくすこと。 いいな!』 そう言ったのは子路様ではありませんか?」

「そうそう、そう言ったのは俺様であった。 わるい、わるい! 忘れていた! ゴメン!」

「先輩、では、さっそくに!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月9日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート17

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート17」だ。

諸君、孔子先生は、いつもの習慣でAM8:00前に朝食をとられ、身支度をされて、AM8:30前には書院の間に入られる。
午前午後の講義録を見直されるのが日課であった。
書院の間とは、今風に言えば、居間兼書斎のことだね。

「先生、おくつろぎ中失礼します! 子路(しろ)であります。 入ってもよろしいでありますか?」

「おお、子路よ、お入りなさい!」

「先生、おはようございます。 先生におかれましてはご機嫌うるわしく存じ奉ります。」

「子路、どうした? 熱でもあるのか?」

「いいえ、いたって元気であります!」

「子路よ! よいか! 親しき仲にも礼儀ありというが、子路の今の態度は、慇懃無礼(いんぎんぶれい)というものなんだよ。」

「はぁ~、そうでありますか? 失礼いたしました。」

「ま~、それはよいとして、子路よ、私に何か伝えたい用件でもあるのかな?」

「さすがに先生、察しがよろしいですね。」

「お~お、普段の子路に戻ったね。 では、その用向きを言ってごらん!」

「はい、どうしても先生の門人門弟になりたいという者がおりまして、いきなりの今日の今日で申し訳ありませんが、是非先生にお目通りをして、門人の一人に加えて頂きたいとAM10:00にこちらにたずねてまいります。」

「ほう、そうか! それは、突然だな! 何か急ぎの訳でもあるのかな? 」

「いえいえ、そうではないと思いますが。」

「では、今日は会わなくてもよかろう。 こちらにも予定があるというものだ。 後日、日を改めてではまずいのかな?」

「はい、でももうすぐ来ちまいます!」

「そうかい! で、紹介者は誰かね?」

「はい、他でもない私なんです。」

「子路よ、君の紹介であるならば、事前に話が出来たのではないかな?」

「はぁ~、そうなんですが、個人的によんどころない差し迫った事情がありまして。」

「何を申しているのか、よくわからんが、ま~よい、子路の紹介とあっては無碍(むげ)にも出来んからな! 門人にするか、しないかは、人物を確かめてからにいたすが、よいか?」

「けっこうです! けっこうです! 先生が会って下さればそれだけでありがたいことです。」

「どうした? 子路よ。 そんなに喜んで! おまえまたよからぬたくらみでもあるのかい?」

「いえいえ、めっそうもございません。」

「子路よ、AM10:00に謁見の間で会うことにしよう。」

「はい、私が連れてまいります。 では、先生よろしくお願いいたします。(あ~、うまくいったわい、よかった~!)」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月8日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート16

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート16」だ。

諸君、居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」で、つくり笑顔とおべっか言って、自己正当化するための後輩の点数稼ぎの接待に追われた子路(しろ)でありましたが、門人のふりをした思いがけない男の登場で、また、子路の嫉妬劇が、新たな展開をみるんですな。
「ざ・論民(ろんたみ)」で打ち上げを終わって、孔子塾生寮に帰る道々でも、明日が来るのが待ち遠しくて、興奮さめやらない子路でありました。

「孔子先生に、明朝の8:30に先生の今日一日のスケジュールの掌握とご挨拶とご機嫌うかがいに参上して、おりをみて、神北(かんぺき)の入門の話をする。 先生、突然の話で何と言うかなぁ? 強引でも先生に会ってもらわなきゃならないからな。 まぁ~、後は、その場のなりゆきに任せよう! そんなことより、神北の野郎、ちゃんと来るかなぁ? こなきゃ、ただじゃおかねえからな! とにかく明日は明日の風が吹く。 明日はAM5:00起きだ!」


一夜明けて、早朝6:00孔子塾生寮門、通称、勝手口前。
「神北の野郎、約束の定刻になっても来やしねえ! ゆるさね~、逃げ隠れしても必ず見つけて手足の2~3本もへし折ってくれるわ!」

「せんぱ~い! 子路せんぱ~い! おはようごぜえます!」

「うるせえ~、声が大きい、静かにしろい! 寮生に聞こえるだろうが。 遅かったじゃねえか?」

「ええ、ちょっと飲みすぎちまって・・・ どうもあいすみませんです。」

「おまえ、その『せんぱ~い!』とのばすのやめろや! 『のだめカンタービレ』じゃないんだからな!」

「はぁ? 何ですか『のだめ』ってのは?」

「わからなきゃいい! 世間知らずなやつだ。 ほら、昨日話した手土産の干し肉だ。 そこに俺の紹介状が添えてあるから、受け取れ! 必ずそれを持ってAM10:00に正門に来いよ! 絶対に遅れるな。 それと、昨日俺がおまえにつけてやった、おまえの名前覚えているよな?」

「へえ、そりゃもちろん覚えておりますよ。」

「そうかい! じゃ、今言ってみろ!」

「へぇ~い! あっしの名前ですね。 へい! 姓は車、名は寅次郎。 人呼んで、フウテンの寅とはあっしでやす!」

「バカ野郎! そりゃ、『男はつらいよ~寅次郎、片思いの恋・嫉妬編』じゃねぇか!」

「子路大先生! 冗談ですがなぁ~。 へえ、ちゃんとわかっておます。 姓は京(きん)。 名は田(でん)。 字(あざな)は神北(かんぺき)、かんぺきでしょ! 子路大先生!」

「わかったわかった、いいか、孔子先生の前で俺の事、大先生と言うんじゃないぞ、いいな!」

「へぇ~! 合点しょうちのすけですよ!」

「調子に乗るな! 人目につくといかんから、さっさと帰れ! AM10:00正門でな!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月7日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート15

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート15」だ。

諸君、孔子先生、生前の春秋(しゅんじゅう)時代の礼にかなった習わしとして、入門の時に師に贈る礼物(れいぶつ)、つまり手土産が必要だったんですな。
「なにぶんよろしくお願いします。」というときの挨拶として、手ぶらでは師に失礼ということで手土産を持参したんですね。
その当時の中国では、家臣や弟子になる時に、持っていった干し肉の束の手土産のことを「束脩(そくしゅう)」と言うんですよ。
プチうんちくですぜ!

子路(しろ)大先生、答えて曰く、
「引き受けてくれるか。 ありがとうよ。 じゃあ今から手はずを教えるから良く聞けよ、いいな。」

「何かあるんですか?」

「いいから、だまって聞きな。」

「はい。」

「神北(かんぺき)、おまえは明日から門人だ。 そこで門人になるためには規定の手続きがあるんだ。 その規定の手続きをふんでいれば、たとえおまえだろうと、神田北京ダックだろうと、ドナルドダックだろうと、相手がどんな人間でも先生は入門を拒まないんだ。 その規定の手続きはというと、同門の口添え、つまり、門人の推薦と初めて教えを請うときの手土産のことだ。 最低は、干し肉を束にしたもの1つでいいんだ。 これを手渡すから、明朝、6時に裏門に必ず来いよ。 それからAM10:00に正門の入り口で待っているから必ず、門前で3回お辞儀をして入ってこい、神北君、いいな。」

「へぇ、がってんがってんしょうちのすけ。」

「調子に乗るんじゃないぞ。 必ず手はず通りにしろよ。 明日は孔子先生に引き合わせるからな。 来ねぇとただじゃおかねえからな。 おまえと俺の話は他言無用だからな。 今日はほどほどに楽しんでくれたまえ、神北君!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月6日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート14

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート14」だ。

諸君、子路(しろ)、顔回(がんかい)、子貢(しこう)の共通点は、本気で君子たる者になろうと真剣に目指していた。
君子とは、学識、人格ともに優れ、徳行の備わった人物を指して言う。
諸君は、そんな君子になんかなれっこないと、はなからあきらめてそう思われるでしょうかな?
孔門の門人は君子を目指しているからこそ、その日常の行いが活き活きとした人間の向上欲求とともに学ぶべき人間の教訓ドラマになっているんだね。

子路、大先生になりきって曰く、
「『君子たるものであるならえこひいきはよろしくないね。 門人に対して示しがつかなくなる。 子貢、おまえの言う通り、回のやつも先生が可愛がることをよいことに先輩を差し置いていい気になっていやがる。』 この際ここらへんで孔子門人を代表して回に百を聞いて一を知るように気づかしてやろうと思ってね。 これも後輩に対する子路大先輩の愛のムチってやつだな。」

「ほぉ~、そうでやんすか。 子路先生となるとさすがに御心労が多いですね。」

「あったぼうよ。 大勢の門人諸君をまとめていかにゃならん立場だからな。 そこでだ、貴様、名前は何といったかな?」 

「えっ? 私のことですか?」

「名前は何というと聞いておる。」

「はぁ~、何でもいいんですが・・・」

「何でもという訳にはいかんから、子路大先生が君に名前をつけてあげよう。 神田の北京ダックで略して『神北(かんぺき)』ってのはどうだい?」
 
「子路先生、『神北』っていい名ですねぇ。」

「そうかい、では、姓は京(きん)、名は田(でん)、字(あざな)は神北(かんぺき)にする。 いいな。 よく覚えておけよ。」

「へぇ、あっしはのみこみが早いほうで。 姓は京、名は田、字は神北。 よござんす。 覚えました。」

「俺も、自慢じゃないが孔門の子路様だ。 後輩門人連中に直接こんな話できないから、神北君、門人連中にまぎれこんでこの話を完璧に流してくれないか。 それとな、門人連中に顔回と口をきいてはいけない、完璧に無視するように必ず伝えるんだぞ。 いいな、神北。 引き受けてくれたら、また「ざ・論民(ろんたみ)」でご馳走するぜ。 お小遣いもあげちゃおうかな?」 

「神北、一飲一飯の恩義、喜んでやらせてもらいます。 子路大先生様。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月5日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート13

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート13」だ。

諸君、どうやら子路(しろ)は軽率なところもあるが、なかなか政治的な人事のかけひきに優れていたところがあったようだね。

子路、居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」で曰く、
「実はなあ、孔子先生の門人の中でも一番二番を争うえらく頭のいい俺の後輩二人がいるんだがな。 俺様より格下で有名人じゃないがな! おまえも名前ぐらい聞いたことがあるだろう、孔子様の高弟として有名な二人なんだ。」

「へぇ~、そりゃそりゃすごい方々ですねぇ。」

「ま~そうなんだがなぁ。 この一人の子貢(しこう)というのが頭は切れて話もうまいやつだが、女の腐ったような男でな、愚痴が多いやつなんだ。 まあ先輩思いのいいところもあるんだがな。」

「ほぉ~それで?」

「孔子先生がもう一人の俺の後輩の顔回(がんかい)ばかり可愛がるもんだから子貢がひねくれちゃって顔回に嫉妬しているんだよ。 まぁ、男の焼きもちってやつだな。」 

「ほぉ~それで?」

「子貢のやつが、『子路大先輩、折り入ってご相談があるんです。』と訊ねてきたんだよ。 その相談ってのが『先生は顔回先輩ばかり可愛がってこれみよがしに身贔屓するんですよ。 確かに一つ年上の先輩ではありますが、先生の身贔屓は他の門人から見ても露骨すぎると思うんですが、門人にも顔回先輩と同じ境遇の貧乏暮らしの者がいるのに・・・。 回先輩は、三度の食事は盛りきり飯に汁一杯。 住居はっていうと路地裏のあばら家。 並みの人間なら音(ね)を上げそうな超貧乏暮らしのくせに、心情は心は錦、微動だもしない。 〈まったくもって偉い男だ。 回は偉い。 回は偉い。〉 すでに昔のことであるにも関わらず先生は口癖のように私に言うんですよ。 これは明らかに、回への身贔屓、えこひいきですよ。 同門の門人塾生でありながら、不平等ですよ。 君子たるもののとる態度でありましょうか?』と子貢が俺にぐちる!ぐちる! 本音は先生に回より上だと認められたい子貢の嫉妬なんだがね。 他ならぬ尊敬する子路大先輩に『相談にのってくれ』とお願いに来た訳なんだ。」

「ほぉ~それで、子路大先生は、何とお答えなすったんですか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月4日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり 番外編―論語と鬼

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり 番外編―論語と鬼」だ。

諸君、本日は立春であります。
日に日に日が伸び、春の訪れは陽気とともに暖かく心地よく感じられる。
昨日の節分は2月1日よりの3回目、鬼(おに)について話をしてきた。
諸君、論語の中にも鬼が出てくるのを御存知であろうか?
知っている人は知っているであろうが、知らない人のためにせっかくの機会であるから話をしよう。

樊遲(はんち)、知(ち)を問う。
子曰く、「民(たみ)の義(ぎ)を務(つと)め、鬼神を敬してこれを遠ざく。 知と謂(い)うべし。」
仁(じん)を問う。
曰く、「仁者(じんしゃ)は難(むずかし)きを先にして獲(う)ることを後にす。 仁と謂うべし。」

樊遲が「知」とは何かと孔子にたずねた。
「われわれは、ややもすれば万物の霊長たる人間を超えた存在に頼る気持ちをおこしがちだ。 しかし、まず万物の霊長たる人間としてやらねばならぬことは何なのかと考えること、それが本来の『知』だ。」
樊遲はさらに、「仁」についてたずねた。
「万物の霊長たる人間として正しいことは、たとえ労多くして功少なしと知っていても、あえて挑戦し実践する態度、それが仁なのだ。」
孔子先生が二千五百年前よりその当時から鬼神と述べている通り、それ以前から中国にも鬼という存在があったんだね。
また、こんな論語の論語たる有名な成句もある。
子曰く、「その鬼(き)にあらずしてこれを祭るは諂(へつら)うなり、義を見てせざるは、勇なきなり。」
祭る理由のない神々(神霊)を祭るのは、万物の霊長たる人間本来の天より与えられた主体性の尊厳の放棄である。
勇気をもって万物の霊長たる人として行うべきを断固として行うべきなのだ。

また鬼は論語以外にも出てくるんだ。
「断じて行えば、鬼神もこれを避(さ)く」史記李斯伝(しきりしでん)に出てくる有名な一節である。
この意味は強く決心して、そして断行すれば、立ちふさがって通せんぼしている鬼神も道を避け、意志どおりになることを言っている。
万物の霊長たる人間の意志の力のすごさをよく表している言葉ですな。
真理から論断してもまったくこの通りですな。

本日はこれまで。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月3日水曜日

鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート3

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート3」だ。

諸君、本日は立春の前日イブにあたる節分であります。
鬼さんの誤解を解く「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳」ラストですね。
鬼神と言って荒々しい神は人の目に見えず超人的な力を持つ存在のことであるそうな。
日本古来より人間と鬼とは深く関係しているんですよ。
鬼に関する言葉が多いのもその証です。
幽界四次元とその系統系列に鬼霊界があり、数珠つなぎで、その上層に鬼神神霊界なるものが存在しているんですよ。
そして鬼を眷属(けんぞく)として束ねて司っているんだ。
特に仏教的な影響を受けた日本は古来の神道と融合して、日本各地に鬼の伝説や鬼の地名、鬼の祭りとして残っている。
江戸時代には特に大名などの大家では棟の先端に取り付ける一対の鬼瓦(おにがわら)を専属の鬼師に作らせていたんだよ。
見たことあるかな?
鬼の厳(いか)めしい形相がいかにも怖くも感じ、はたまた、建物全体から見れば鬼瓦があることでどっしりとした重厚感も感じるね。

例えば、そんな大家に雇われている専属の住み込みの鬼の一家があるとする。
今時で言う、「セコムしてますか」の警備保障会社と契約をしているようなものだ。
それが目に見えない鬼警備保障会社なんだがね。
特にその会社は鬼門と裏鬼門を警護する仕事なんだ。
おもな仕事はっていうと、悪霊、怨霊のたぐいから百鬼夜行といって妖怪、魑魅魍魎(ちみもうりょう)、幽霊と夜中に徘徊してくる者たちを鬼門や裏鬼門から勝手な侵入を防いだり、阻止して護ることが職務であり任務であるんだ。
侵入を防ぐために鬼瓦を高い所に据えてあるのは、どこから見ても分かりやすく、「すでにこの大家には専属の鬼の番人が常駐してますよ」ということを鬼等の関係各位に事前に知らしめるための目印(めじるし)であるんだ。
つまり、「セコム鬼看板」みたいなもんですな。
諸君、鬼に金棒という成句は、ご存知でしょうよ。
ただでさえ強い鬼に、金棒を持たせると、強い者がさらに恐ろしく強くなるという意味だね。
日本の警察官も警備員も腰に警棒を携帯しているね。
あれのもっと強力な金棒を持って、門に立っていられたら、正直恐いよな!
だが、反対にこんな強く怖い鬼さんが警備員として立ちはだかって護ってくれたら安心というものだね。
別の鬼さんが鬼門から侵入しようとしても、互いに鬼同士であるから
「ここは俺が雇われている大家だから、ここに侵入するのはやめてくれ!」と言えるよね。

「ここはプロの鬼警備保障のオニセコムに加入しているから、鬼警察と〈つうかあ〉何だぜ。 すぐにおまえ、捕まっちまうぜ。 オニセコムのステッカーの貼ってない家に行ってくれや。」

「そうか、赤鬼、お前はそこの会社に就職していたのか? よかったな!」

「そうだよ、よかったよ。 家族を養っていかにゃならんからな。 おまえはどうしてるんだよ?」

「俺か? この不景気で、ハローワークに行っても就職がないんだよ! アルバイトもないんだよ。 できたら俺もおまえの会社に入れてれないかな? 俺んちの鬼嫁がうるさいんだよ。 『あんた、生活どうするの? うちは鬼子が3人いるんだから、さっさと仕事見つけてきなさいよ!』 恐ろしく怖い嫁、もらっちまったぜ。」

「そうかい。 あんたもいろいろと大変なんだな。 ここで会ったよしみだ。 俺の直の上司の青鬼の中村さんに聞いてみるよ。 中村さん、仕事のオニで厳しい人だが、涙もろい慈悲の心のある鬼部長さんなんだよ。 携帯電話と住所だけ書いていってくれや。 必ず連絡するから。」

「恩にきるぜ。 よろしく頼むな。」

鬼と鬼の関係でも、人と人の関係でも同じでね、お互いにわかっていたら無用な争い事は避けたいものですよ。
まぁ~鬼様も諸君同様に鬼としての役目と役割とその職務を全うして働いているんですよ。
人間と同様に鬼一族の全員が悪いことをするということではないことを言っておきたい。
善良な鬼様も大勢いらっしゃいますよ。
せっかくの丑から寅への節分のこの機会でありますから、鬼の誤解を解くとともに、節分のこの日に知っておいて下さいな!


では、この回はこれまでに。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月2日火曜日

鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート2

諸君元気ですかい、天意天風であります。
諸君、関東はめずらしく大雪だったね。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート2」だ。

鬼とは醜悪(しゅうあく)な形相と恐るべき怪力をもち、人畜に害をもたらす、想像上の妖怪とされている。
牛の角を生やし、寅の皮のふんどしをつけた姿で表されている。
今時なら,ふんどしじゃわからない人がいるだろうから、寅の皮のパンツだね!
陰陽道(おんみょうどう)で丑寅(うしとら)(北東)の隅を「鬼門」と言って、鬼の集まる所と考えられたためということになっている。
昨年が丑(うし)年で、今年は寅年であるから、艮(うしとら)で鬼が大いに活躍する年となるということですかな?
こんな年回りは、恵方巻きを食べるより、鬼になりきってトラがらのパンツをはいたほうがさまになるんじゃないかな?
方位除けトラ柄トランクス、ユニクロで販売したら、買う人けっこういたりしてな。
まぁ~、これも冗談ですがね!
子供の頃、「鬼ごっこ」という遊びをしたことないですかい?
また子供のことを「餓鬼」とも、「くそ餓鬼」とも言って悪態をつきませんかい?
その親分を「餓鬼大将」ともいうよな!
鬼は子供の頃より、日常的に登場する、本当は親しみある愛すべき存在と思うがね!

秋田県男鹿半島などで、小正月に来訪神を迎える行事は知っているかな?
正月の十五日に数人の青年が大きな鬼の面をかぶり、蓑(みの)をつけ、木製の刃物、御幣(ごへい)、桶などを持って家々を訪れて祝福の言葉を述べ、酒食の饗応を受ける年中行事であり、風習だね。
子供にとっては、恐ろしく迷惑な行事であろうが、この鬼の面をかぶった「生剥(なまは)げ」は、家々を守る土着の神霊に他ならないだろうよ。
感謝こそすれ、「生剥げ」の目に豆をぶつけることはしないはずだよ!
風習が変わると鬼に対するとらえ方がずいぶんと変わるね!
鬼(おに)が云(い)うと書いて「魂(たましい)」と読むね!
ここでも鬼が出てくるんだね!
また親に似ぬ子は鬼子(おにご)というそうな!
諸君は親に似ていますかな?
この話の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月1日月曜日

鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート1

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート1」だ。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也」

諸君、早いもので今日から2月です。
本日の1日から3日の節分まで、「論語創作ものがたり」は、ちょっとお休みします。
小休止です。
時節柄、テーマは「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳」と題して、人間の自分勝手な誤解において風習化された、豆ぶつけられっぱなしの悪者役、嫌われ者役の鬼様の一部誤解をとくことにする。

節分には柊(ひいらぎ)の小枝に鰯の頭を刺して戸口にさし、炒った豆を悪疫退散、招福の行事を行う風習が昔からあったんだね。
そのことからも、「鰯(いわし)の頭(あたま)も信心から」と申しますな。
「鰯の頭のように取るに足らないものでも、信ずる気持があれば尊いものに見える。」という意味でしょうか。
まあ、昔はその時期、寒さのせいもあって、風邪やインフルエンザなどの感冒にかかりやすく、また広がりやすかったんでありましょう。

鰯じゃなくて、サンマや鯖の頭じゃだめなのかねぇ。
鰯より頭の大きいカツオやマグロならもっと効果がありそうだがね!
ま~これは、冗談です。
どちらにしても戸口に刺したんじゃ魚臭くって、人間様の方が退散してしまうんじゃないかな?

最近、巷では、太巻き寿司一本をまるごと今年の良い方位に向けて、一気食いすると今年一年恵みを得られるという「恵方巻き」なる太巻き寿司をスーパーでもコンビニでも宣伝しているとか・・・
商売とはいえ、いろいろとあの手この手と考えますなぁ・・・
数年前までは関東にそんな習慣はありませんでしたね。

ところで、鬼様は、いつから人間に嫌われるようになったんでしょうかね?
鬼様は人間に豆ぶつけられるようなどんな憎まれることをしたんでしょうかね?
「鬼」イコール「ワル」。
「鬼」イコール「退治するもの」。
そうすると、渡る世間は鬼ばかりだそうな!
諸君も、渡る世間の鬼の仲間かもしれませんぞ!
渡る世間の鬼は、誰が退治するのかねぇ?
桃太郎か、桃太郎侍でしょうかね?

この話の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年1月31日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート12

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート12」だ。

居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」で子路(しろ)曰く

「おい!おい! おまえ、だれだったっけ? 見たことのない顔だな? 孔子先生の弟子はたいがい俺のとこにも挨拶にくるから顔は見知っておぼえてるんだがなぁ~。 どうもお前の顔、見覚えがないな。 おまえいつから、先生の弟子になったんだい?」

「へへへへへ、おそれいります。 実は今日からです!」

「何ぃ! 今日からか、そうか、先生から聞いていないが今日からか、そうか! ほやほやの新入りだな!」

「へ~、そうなんです。 それもちょっと前の夕方からです!」

「何~ぃ? 夕方からか?」

「へ~、さようで。」

「おかしいなぁ君は、孔子先生に門人の許しを得たのか?」

「いいえ!」

「何ぃ! 門人になりすましたのか? 事と次第によってはただではおかぬぞ!!」

「ちょっと、ちょっと、待って下さい! 子路先生!!」

「先生だぁ? 貴様に先生などと言われる筋合いはないわ!」

「いえいえ、ちょっと、聞いて下さいよ、子路大先生様!」

「大先生? 俺がかい?」

「そうですよ、子路大先生様ですよ!」

「う~ん、悪くないね もう一度言えよ!」

「はい、何度でも、子路大先生様!」

「それでどうして貴様がここにいるんだ? 訳を言え!」

「はい、ちょうどPM5:00にここの店先を通りかかりましたら、人だかりがありましたもので、何の人だかりかと思いましてね、近寄って聞いてみましたら、孔子様の第一の門弟(もんてい)の子路様が門人を集めて慰労会ということで、飲み食いタダのご招待と聞きまして、私もぜひ、今宵だけ門人の仲間にさせてもらえないかと思いまして積極的に加わった次第でございますよ!!」

「貴様、門人でもないのに、ずうずうしいやつだな! たかるつもりであったのか?」

「いえいえ、そうではございません。 子路大先生様、先生のお噂は、かねがねお聞きしております。 一度、子路大先生にお会いしたくて!」

「それは本当か?」

「へえ、本当です!」

「そうかい、そうかい。 貴様もまんざら悪い奴ではなさそうだな。 よし、わかった。 ま~、今宵かぎりの門人ということで、この子路先生が特別に許してやる。 それで、おまえ、どこの生まれだい?」

「はい、私は、出身は、北京なんですよ。」

「おお~そりゃすごいな、大都会だな。」

「はいそうなんです。」

「それで、北京のどこだい?」

「はい、北京の神田の生まれなんですよ!」

「何い、北京の神田かぁ、それじゃ、生粋の北京神田っ子じゃないか!」

「はい、実は親子三代北京の神田っ子なんですよ!」

「四代目の私がちょっと離れちゃったんですがね!」

「そうかいそうかい、貴様にもいろいろ事情があったんだな。 遠慮しねえで、食いねえ食いねえ、寿司食いねえ。 フカヒレも、北京ダックもあるでよ!」

「ありがとうございます! 遠慮なくごちになります。」

「おまえも、タダ飲みタダ食いしちまったからには一飲一飯(いっぱん)の恩を感じるよなぁ?」

「はい、そりゃもう、ありがてえっす、子路大先生!!」

「まあ、飲みねえ~。 ここで会ったよしみだ。 そのよしみでおまえに頼みがあるんだが・・・」

「何でしょう、子路大先生!!」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年1月30日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート11

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート11」だ。

諸君、昨日の話に〈女(おんな)の腐ったよう〉と女性をあたかも蔑視しているかのような誤解を受ける不適切な言葉を使った。
すでに死語になりつつある現代であるが、女性差別用語だと言われる方もおられるだろうから、『その当時の世相は』ということで御理解をたまわりたい。
今時の日本では、「草食男子」「肉食女子」とか言われているそうですな。
〈女の腐ったよう〉とは、今時の世相に合わせれば、〈男の腐ったよう〉と改めるべきですかな。
その意味では、ぐずぐず言って男の腐ったような態度のにえきらない、はっきりしない女をののしっていう言葉になるね。
これが今時は正解ですかな?
諸君はどう思われますかな?


さてもさても「子路(しろ)の嫉妬劇」のはじまり、はじまり~!

「門人諸君、大先輩の子路であります。 諸君らにお話がありますから、すぐに中庭に全員集合してくれたまえ。」

門人を中庭に集めて子路曰く、「孔子門人諸君、日頃、諸君らは、孔子先生について寝食を忘れてよくお勉強して頑張っておられるから、今日は子路先輩が、孔子先生にかわり、君たちにごほうびとしてごちそうするから、本日のPM7:00に居酒屋『ざ・論民(ろんたみ)』に集合されたし! 諸君、よろしいか?
それと、 顔回(がんかい―回)と子貢(しこう)は先生のお供で外出しているので、伝えなくていいから。 俺の方から話はしてあるので、余計なことは気をまわさないでくれたまえ! 諸君、よろしいか?」

「イエッサー 子路先輩!」 「はい、子路先輩!」

舞台は変わりまして、居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」。
時間はちょうど定刻のPM7:00。

居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」の店先で子路曰く「なになに『孔門御一行様 貸切御礼』 何だこれ? 水戸の黄門様一行じゃあるまいし、こんなたれ幕、店の前に下げんなよ。」

居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」の店内において子路曰く「おいおい、タダ酒、タダ食いとなるとずいぶん早くから集まるもんだね! 『衣食足りて礼節を知る』とは本当のことだな。」

乾杯を前にして子路曰く「諸君! 本日は、お忙しい中、よく集まってくれました。 ありがとう。 諸君の日頃の労をねぎらうためのものでありますから、先輩後輩の関係はおたがい抜きにして、本日は無礼講です。 孔子先生の門人として、この一時(ひととき)を楽しくやりましょう。 では諸君、孔子先生、諸君のますますの発展とご健勝を祈念しまして乾杯!!」 

「かんぱ~い!!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年1月29日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート10

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート10」だ。

子路(しろ)激怒して曰く・・・
「なに~い、お前と先生とそんな話をしていたのか? 実にけしからん! 実におもしろくない! 実に不愉快である! 顔回(がんかい―回)も子貢(しこう)おまえも、先生も、俺だけのけものにしていたんだな!」

「子路にいさん、それは誤解だよ。」

「うるせ~、6階も7階も8階も地下1階もあるんだ。 おまえなんぞに『にいさん』なんて言われる筋合いはないわい!」

「子路にいさん、それはないよ! ああ~いや、子路大先輩が『血のつながりはないが、これからは、にいさん、おとうとよの間柄でいこうぜ。』って言ったんじゃないですか?」

「俺がかぁ~? いつそんなことを言った。 それこそ誤解ってもんだ。 もし言ったとしたら、今すぐやめだ、やめだ、やめだ~い。」

「子路あにき、また、やきもちですか? それってまちがいなく男の嫉妬ですね!」

「このやろう、それ以上言うとただじゃおかねえぞお!」

「おっと、子路あにき、そうそうにはこの子貢、油断しませんよ! 子路大先輩また嫉妬しているんですかぁ~。 孔子先生に直接真意を伺ってみてはどうですか?」

「うるせ! うるせ! うるせ~い!」

「先輩、それって世間では〈女(おんな)の腐ったよう〉って言うらしいですよ。」

「お前、少しだまっていろ。 今、頭が混乱しているんだ。」

「それはちがうでしょ。 子路先輩のその状態は、怒り心頭に発しているんじゃないですか? ズバリ、嫉妬して腹を立てている。 そしておさまりがつかない。 そうでしょ?」

「そうだよ、そうだよ、そのとおりだよ。 この事は先生にも回にも誰にも言うなよ。 いいな、子貢」

「わかってますよ、先生にも回先輩にも誰にも言いませんよ!」

「きっとだな!」

「きっとですよ!」

「約束だぞ!」

「ええ、約束します!」

…………………

ここから舞台は別の場所に移りますぞ。
ここは子路行きつけの居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」で、うさ晴らしに一人で飲んでいる子路であります…

「え~、いまいましい。 子貢のやろうも俺様をばかにしくさって! 顔回と子貢に俺様をのけものにするとどんなことになるか思い知らせてやるわ! 今に見ておれ…」


諸君、この続きは明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風
女(おんな)の腐ったよう―ぐずぐず言って態度のはっきりしない男をののしっていう言葉。

2010年1月28日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート9

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート9」だ。

諸君、諸君の中で、「論語」に興味のない方々は、話はおもしろくないですな!
ついていけてないかもしれないが、「論語」というお題目を、決まり切った一視点のみで見るのではなく、上下、左右あらゆる角度視点から取り上げてみると、人の価値観は千差万別(せんさばんべつ)であることがわかる。
そして、自己を写す浄玻璃(じょうはり)の鏡として、自身が、時を超えて、現代の「論語人間ドラマ」を、今時のトレンディードラマの主人公を演じていると決めて、役柄になりきってみると意外と自分の今まで見えなかった、自分の別の一面に気づくかもしれない。
こんな自分もあったんだと、老若男女かかわりなく、個人の素直な感情として新鮮な感慨とともに新しい自分を発見されるだろう。
「不思議新しき自己発見!」
どうでしょう? 楽しみだね!

諸君も御存知のことかもしれないが、孔子先生には次の四つの欠点が無かったと言われている。
①自我の主観だけで憶測すること。
②自分の考えを正当化して無理に押し通すこと。
③一つの判断のみに固執して、融通がきかぬこと。
④自分の立場や都合しか考えぬこと。

これは論語の中の子罕(しかん)偏にある。
「子、四を絶つ。 意なく、必なく、固なく、我なし。」である。
これが、孔子先生の人間としての長所であるんですよ。
これ総合して、何と言うかと言うと、孔子先生、理屈っぽいと受け取る方もいるであろうが、私こと天風と同じく、案外、素直な心の人だということですよ。
この素直さがとても大切だと私は正直に思いますよ。
この素直さの大切さってね。
自己の天命の天分の自分を知る端緒(たんしょ)になるからですよ。
端緒って言うのは、糸口。
つまりきっかけになるんですよ。
ここらへんがわかると、ほんとのこと、正しい霊道が拓かれて、正しい霊感が自ずと受け取れるんですがね・・・

明日は、「論語創作ものがたり」の続きです。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

浄玻璃(じょうはり)の鏡
―(仏)地獄の閻魔王庁にあって、亡者の生前のすべてのおこないを残りなく映し出すという鏡。

2010年1月27日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート8

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート8」だ。

諸君、子路(しろ)と子貢(しこう)は年の差が21歳離れているんだね。
昔でいえば親子ほど年の離れた義兄弟という関係だね。
孔子先生と子貢は31歳離れているらしいからもう親子だね。
顔回(がんかい―回)とは子貢がわずかに1歳年下なんだね。
子貢にとっては先輩でありながら互いにいい意味でライバル同士というわけだね。

子路曰く、「おいおい、それで孔子先生は何と返答したんだ!」

「先生の意外な返答にとても驚いたんです。 思いもしなかった言葉を聞いたんですよ。 とてもうれしかったんです。」と子貢は答えた。

「おい、子貢よ、一人で悦に入ってんじゃないよ。 もったいぶらないで先生は何と言ったんだよ~。 早く言えよ、言わないと、ただじゃおかねえぞ、このやろう!!」

「子路あに…… 息! 息!ができませんよ。 苦し~い!」

「わるいわるい、ちょっと腹が立ってな、力が入っちまった。」

「子路にいさん! 殺されるかと思いましたよ。 いきなり首をしめるんだから・・・むちゃしないで下さいよ。 兄弟同士じゃなかったんですか?」

「そうだったな、それで先生は何と言ったんだよ。」

「『子貢よ、うん、そのとおりだ。 実は私も、お前同様なのだよ。』 『え~、先生も私と同じでせいぜい一を聞いて二を知る程度だとおっしゃるんですか?』 『そうだ、そのとおりだ。 何も私が先生とはいえ、回(かい)より人間ができているということではないんだよ。』 『先生、そうなんですか。』 『そうだよ、子貢よ、だからこうして一緒に共に学んでいるんじゃないか。』 『先生ぇ~え。 ありがとうございます。』 思わずじ~んときて、うれしくて涙がとめどもなく流れたんですよ。 こらえきれなかったんですよ、子路にいさん!」

諸君、この「論語創作ものがたり」の続きは明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年1月26日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート7

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート7」だ。

諸君、孔子先生が子貢(しこう)と〈仁〉について問うた、その後の孔子先生のお話からだったね。
「『子貢よ、そうすることにより相手の考えが自ずと見えてくるんだよ! 見えてくるというのは、相手が何を欲しているのか、また、本音と立前、真心と二心等が見えてくる。 相手を知って、相手の望むものがわかれば、相手にこびへつらうことなく、ことさら迎合する必要はないが、無用の争いを避けることも出来うる。 子貢よ、〈仁〉の道とは、万物の霊長たる人間としての歩むべき誠と愛とその調和の道だ。 時代性の変遷(へんせん)とともに人間の価値観も移り変る。 然(さ)れど人の本質は変らぬ。 〈仁〉の道とは、人格の生長および形成に最も大切な徳行の道でもあるんだよ。 子貢よ、回(かい)はその徳の道に至りつつあり、かなっているんだよ。 私はそう感じている。 子貢よ、お前は、回と自分とを比べてみて、徳の道を行くにおいて、どちらが上だと思うかね。 どうだろうよ?』と孔子先生に問われたんですよ。」

「それでそれで、おとうとよ、おまえ、何と答えたんだよ。」

「『はい、先生、私などは回先輩には、とても及びもつきません。 彼は一を聞いて十を知る人です。』 『そうかい、では、子貢よ、おまえは率直に自己分析して、どの程度だと思っているかい?』 『はい、先生、私は回先輩と比べれば、せいぜい一を聞いて二を知る程度です。』と答えたんですよ。」

諸君、この「論語創作ものがたり」の続きは明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風
      
二心(にしん、ふたごころ)-①敵対したり謀反したりする心。 ②疑いの心

2010年1月25日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート6

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート6」だ。

「なあ、子貢(しこう)おとうとよ!!」


「なんですか、子路(しろ)にいさん。」

「おとうとよ!! おまえ実のところ孔子先生に何と言われたんだい!! この間、ずいぶんと落ち込んでいたじゃないか?」

「ああ、そのことですか? あれは、顔回(がんかい)先輩のことですよ。」

「顔回のことって何だよ?」

「孔子先生に問われたんですよ。」

「何をだよ? まどろこしいなぁ~、子貢、はっきり言っちまえよ!」

「にいさん、そう、むきにならないで下さいよ! 孔子先生と私、私と先生、二人で世間話をしていたんですよ。 先生が『子貢よ、〈仁〉について子貢の存念を述べてごらんなさい。』と言われたものですから、ここぞとばかりに、私のいつも心に思っている〈仁〉の心の在り方、考えを述べたんですよ。」

「ほ~、それでおとうとよ、おまえ何と言ったんだよ!」

「私、子貢の存念は政事を為す者としての立場からの〈仁〉であります。」

「なるほど、子貢よ、君は、為政者の立場としての立脚点に立ってということでの〈仁〉ということだね!」
「はい、そうです。 『本来の君子を目指しての為政者としての在り方の命題がテーマであります。』と先生に申し上げたんです。」

「それでそれで、おまえ孔子先生に何と言ったんだよ。」

「はい、人民を貧窮から救い、生活を安定させることができたら、どうでしょう、これこそ〈仁〉ではありませんか?」

「それで、先生は何と答えんたんだ?」

「子貢よ、そこまでいけば、それはもう〈仁〉どころではない! 堯(ぎょう)、舜(しゅん)でさえそれを成就できなくて悩んだんだ。 〈仁〉はこの世に生ある人としてなすべき尊い道でもあるんだ。 子貢のいうところの為政者の立場から見たならば、君子は自分の名誉を大切に思うなら、他人の名誉を重んずるべきだ。 天は人間をして創造の自由を本性において与えられているのが人間なんだ。 自分が自由でありたければ、まず他人の自由を重んずる。 こうして自分を常に為政者と限定することなく、本来の万物の霊長たる人間として、他者の立場として客観的において考察し、まず天より与えられた人間本来の自由性を認め、自分が認めてもらいたいのであれば、まず他人の自由性を重んじること。 こうして、自分を常に他人の立場に置いてみること。 子貢よ、それが〈仁〉の道なのだよ。 何故それが〈仁〉の道なのか? そうすることにより相手の考えが自ずと見えてくるんだよ!」

諸君、この「論語創作ものがたり」の続きは明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

為政者(いせいしゃ) ―政治を行う人。