2009年12月19日土曜日

善いことは徹底してまねる パート1

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「善いことは徹底してまねる パート1」だ。
諸君、子供の頃に、学校に行かなきゃならぬ朝は眠いもので、母親か家族のものに「いつまで寝てんだ、学校だ起きろ!」なんてどなられていなかったですかい?
眠い目をこすりこすり、「言われなくたって、わかってるよ〜も〜う」ちびまる子ちゃんみたいに、グチの一つでも言って、「あ、おくれちゃうよ!」「もっと早く起こしてくれればいいのに!」なんて、あわててランドセルせおって、「いってきま〜す!」と飛び出していったおぼえはありませんかな?
ところが、日曜日になると一変する。
日曜の朝7時になると母親、家族のものに起こされなくともバッチリ目が覚める。
どうしてかって、それは諸君も経験あるでしょうよ。
TVを見るためだね。
見逃しちゃならないと、はじまる30分前から待機していたなんてことないですかな?
子供は子供の世界があって、友達同士のコミュニケーションには欠かせない話のネタなんだよな。
テレビ人気ドラマや人気アニメや人気マンガの話題は大人になってもしてるでしょうよ。
そうそう、土曜日の夜8時のTVも話のネタの一つだから見逃せなかったね!
諸君はどうですかな?
劇画やアニメーションのヒーロー&ヒロインにあこがれて同じファッションをしたくって、お年玉や、お小遣いためて、おもちゃのベルトや魔法のステッキ、その他、身につけるグッズやプラモデルや人形がほしくてほしくて買ったり、買ってもらったり、おねだりしたことなかったですかな?
ヒーロー&ヒロインになりきって、友達と「変身ごっこ」などなどしたことないですかな?
同じようなファッションをして、お気に入りのおもちゃのベルトや魔法のステッキ持って、髪にかわいい帽子やリボンなどの髪飾りをつけて、主人公になりきって決めポーズをまねたことありませんかな?
諸君の子供の頃、記憶の中で憧れの的、憧れの象徴、憧れていたものはなかったですかな?
それぞれ各人が忘れていた憧れのヒーロー、ヒロインを思いだしてみてはいかがですかな。 
本日はこれまで。 この続きは明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年12月18日金曜日

和顔平気(わげんへいき) パート6

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「和顔平気(わげんへいき) パート6 ラスト」だ。

古(いにしえ)の聖賢の格言に、「良師は以ってすべからく宝と為すべし、良友は以ってすべからく鑑(かがみ)と為すべし。」というのがある。
先日、伊藤博文公の話をしましたな。
読まれていない諸君はパート1からの関連の流であるので初めから読んで下さいな。
伊藤公があれまでになったのも、良師にめぐまれたからこそですな。
かように言う私も例外ではありませんがね。
諸君はご存知のことでありましょう。
伊藤公の良師はご存知ですかい?
松下村塾の吉田松陰先生だね。
知らない諸君もおいでになるでしょうから、松陰先生の通り一ぺんのプロフィールをご紹介しましょう。

吉田松陰(1830~1859)
幕末の尊王論者、思想家。 長州藩士。
名は矩方(のりかた)、通称は寅次郎。
兵法を学び、長崎、江戸に遊学。
佐久間象山に師事した。
ペリー再来の時、密航を企てて、下獄。
後に、萩の自邸内に松下村塾を開き、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文ら維新の指導者を育成。
安政の大獄に連座、刑死した。

伊藤博文公にあっては、吉田松陰先生は人生の恩師であり良師であったんだね。
判断に迷ったとき、決断に苦しんだときなどは、気持ちを楽にして、静かに目を閉じる。
わずか十三才に満たない少年だった頃に出合った恩師の和顔平気の姿が鮮明にまぶたにやきついている。
恩師松陰先生はいつもにっこりとおだやかにほほえみかけてくる。
「利助、孟子についていっしょに学んだとおりにすることです。」
「利助、人の上に立つものは、高潔で誠実で正直であらねばならない。」
「利助、私心(わたくしごころ)をさり、公儀の為に至誠を尽くす。これすなわち為政者・公人としての弁(わきまえ)である。」
松陰先生の一点の曇りのないすんだ魂からの声が聞こえてくる。
松下村塾で学んだのは、わずか二年足らずであったが、自己を省みるときに、師の後ろ姿がまぶたにうかぶ。
我が人生の師、松陰先生ならどう判断し、どう決断するか?
それが伊藤博文公の正しい判断とする独自の「ものさし」であったんだ。
諸君は本物の良師を以っておりますかな?
このテーマはこれで終わることにする。
次回は新テーマで明日またお会いしましょう。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月17日木曜日

和顔平気(わげんへいき) パート5

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「和顔平気(わげんへいき) パート5」です。

日本のトップリーダーの諸君、天風であります。
諸君らは常に責任を担っているが故に、正しい判断をしなければならない。
当然と言われれば当然である。
それも的確で完全に客観的で、なおかつ公明正大でなければならない。
リーダーにとって判断に迷い、決断に苦しむことは、その立場ゆえ、それが生きてる証で、生き甲斐ぐらいに決心し、決断しておくべきだ。
それが指導的リーダーとしての職務であるからだ。
それがいやなら、受けるべくもなく、やるべくもない。
すべては自業自得であると積極的に意志決定し考えるべきだ。
そのほうが、当然のことリーダーとしての余計な迷いがおこらないですむんだよ。
リーダーが判断に迷い、決断に苦しみすぎると、意志の力が、すこぶる弱っちまう。
それとともに、企業力、組織力も弱っちまう。
大変な損失なんですよ。
トップリーダーの生き抜く力が弱っちまうと、それに呼応して企業の生き抜いていく力も弱っちまうんです。
トップが消極的で弱っちまうと社員の不安の集合意識が世間の不安想念を集め、さらに不安要因を引き寄せてしまう。
負のスパイラルの渦に入っちまうんだ。
個人と同じく、企業も人間と考えれば同じことがいえる。
弱り目に祟り目とはよく言ったもんで、一つの解決をみないうちに、次から次へと困ったときに、さらに困ったことが起こってくる。
天風は生前に企業のトップやトップになる人間に、よくよく言ってきた。

「どんなに事業方針が確立していようと、また経営方針が完備していようと、一番のトップに立っている人々のパーソナリティに多少なりとも欠陥があったらどうなるだろうか。
健康、それから運命に対する扱いがしっかりできる人間でなかったら、どんな肩書をつけようと、それぞれの名前だけにすぎない。
それがために、自身もふくめて、どこまでも人間を積極的につくっておきなさいよ!
それからが経営である。
それから先が事業である。」

本日はこれまで・・・
この続きは明日にまた・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月16日水曜日

和顔平気(わげんへいき) パート4

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「和顔平気(わげんへいき) パート4」だ。

諸君、心の動きは、そのまま顔に表れてしまうね。
日々の思考の習慣が、そのまま顔に表れてしまうということだ。
「和顔」であるから、和(なご)む顔なんだね。
その人の顔を見ただけで、ホッとしたり、気持ちが穏やかになったり、何故かしら、いつもの変わらぬ微笑みに出会うと安心できる。
御歳暮のサラダオイルギフトのTVコマーシャルにこんなのあったね!
「変わらぬ笑顔を見たいから、暮の元気な御あいさつ~~セット!」
見たこと、聞いたことないですかい?
よく出来た決まり文句だね!
でも何かうれしくなるね。
そして、「平気」とは、「落ち着いた平静な気持ち」のことだね。
心が物事に動じないでいて、平素と気持ちや態度が変わらないこと。
いつも変わらない穏やかな心の在り様は、そのまま和顔となってあらわれてくるということだな。
その代表的な顔がね、日本の飛鳥時代の仏像に見られるんですぞ。
アルカイックスマイルと呼ばれている仏像のことなんだよ。
その顔の特徴は、唇の両端がやや上向きになり、つまり口角がほどよく上がっているんだ。
そして、目は静かに半眼に開いている。
その顔が微笑みを浮かべたように見える。
「和顔」の最たるイメージだ。
旧(むかし)から口角を上げることは、人に対して良いイメージを与えているということなんだね!
いまさらのことじゃないんだな。
「和顔平気」、何事があるときもなきときも、常にこの心持ちで微笑(ほほえ)んでいたいものですな!
まちがいなく人相は良くなるね!
この続きは明日にまた・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月15日火曜日

和顔平気(わげんへいき) パート3

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「和顔平気(わげんへいき) パート3」だ。

伊藤さんが首相の当時、明治三十三年十二月帝国議会、第十五議会に提出すべき法律案件になかなか決断を下せないでいた。
それは台湾総督府が提出してきた案件の承認であった。
その当時、日本が統治していた台湾の公債を外国で売り出そうという案件で、秘書官が議会に提出しようと伊藤首相に署名捺印を迫るが、なかなか判子を押そうとしない。
台湾総督からの依頼で、「日本帝国の国益に供与するものであるのに、何故に御承認なさらないのですか?」首相と秘書官の是非に関して、「即決する!」「しない」との押し問答が続いた。
その日は結局、判を押さなかった。
その翌日もまた翌々日も頑として押さなかった。
そうこうしてるうちに、年を越して新年を迎えてしまった。
明治三十四年のことである。
伊藤首相が、この案に反対であり、及び腰であると知って、陸軍大将を経て、陸軍大学校長となり、その当時は、台湾総督であった児玉源太郎が説得に乗り出してきた。
そして、首相と児玉総督の論争の末、承諾し、伊藤首相は判子を押すことになった。
その時、催促を続けていた秘書官を呼んで、伊藤首相はこう聞いた。
「世間では、自分のことを一国の宰相でありながら、優柔不断だといっているそうだな」
「はい、その通りであります。」と秘書官は答えた。
伊藤首相は、和顔平気の態度で言った。
「よく聞けよ。この案件では、君とも随分論争したが、今日私はこれを承認することにする。だがな、私は軽々しく決裁を与えないのは、陛下から多大な信任を頂いているからなのだ。万一不注意不備があっては、誠に畏れ多い。だから私(わたくし)の場合は不断(優柔不断)にあらず、容易に断ぜざるのみである。君にも、この心掛けで日常の事務をやってもらいたい。」
伊藤首相の言葉を聞いて、秘書官はびっしょり汗をかいたという逸話である。
不用意な発言をすれば、マスコミは真意のほどは別として、揚げ足を取ろうとするだろうよ。
何にも言わなければ、優柔不断、卑怯、グズ、ノロマだと評価されるであろうよ。
ゆずれない信念があるのならば、評価を恐れて、安易に容易に走るより、無理矢理決断することが、国民のため、国益となるいい結果になるとは、言い難い。
この続きは明日にまた・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月14日月曜日

和顔平気(わげんへいき) パート2

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「和顔平気(わげんへいき) パート2」だ。

「不断にあらず、容易に断ぜざるなり」伊藤博文公のこの言葉の経緯(いきさつ)は御存知の方もおられるでありましょうよ。
私の大先輩である方ですがね!!
諸君の中で知らない方もいらっしゃるでしょうから、伊藤さんの辞典に書かれてある通り一ぺんのプロフィールを紹介しましょう。

伊藤博文(1841~1909)政治家。 長州の人。 初名は俊輔。
中村俊輔ではありませんぞ。ま~いいか!
松下村塾に学び、討幕運動に活躍。
明治政府にあって、帝国憲法の制定、天皇制の確立に尽力。
初代首相、枢密院議長、立憲政友会総裁などを歴任。
組閣四度に及び、その間、日清戦争を遂行。
1905年(明治38)、初代韓国統監。
ハルビンで安重根に暗殺された。

これが辞典に出てくる、客観的プロフィールだね。
こんなもんで人生は、語られてしまうんだね!
それはそれとして・・・

その当時の天風こと私の印象であるが、「百聞は一見にしかず」とも、言えますかな。
近年の政治家のイメージがあるからして、見る側の諸子からして、一様の勝手なレッテルをはってしまう先入固定観念があるでしょうよ。
そうじゃありませんかい?
自分に置きかえてみると、私(わたくし)の考えと、はたの自分に関しての見方、とらえ方はずいぶんとギャップや思いちがいもあるもんじゃないですかい?
諸君も自己に照らして客観視してみればうなずけるでしょうよ。
いかがですかい?
伊藤さんは政治家というより、政治家に余儀なくされた。
そのように促されたんですな?
「時代の趨勢(すうせい)」ともいいましょうかね。
ある意味では、宿命づけられていたということですかな!
諸君は、ひとむかし前の政治家というと雄弁で話上手、ワンマンで強引!
脂ぎっていて、精力的で、金権がらみで、きたない、そして、どぎつい、インパクトがあるでしょうよ。
これって言いすぎですかねえ~?
ま~、すべてとはいいません。
政治家としては必要な条件の一つでもありましょうよ。
日本国初代の首相で、歴史上の人物で、さぞかし、切れ者!剛腕のイメージがあるかもしれないね?
ところがそうでもないですよ。
この伊藤さんは、実践的でありながら思慮深い方なんですよ。
そして、話上手より、聞き上手なんですよ。
とにかく黙ってまず人の話をよく聞く方だったね!
処世術でもあったんだろうが、実のところはそうでもないんだな。
私の察するところはね。
まあ、この話の続きは明日にしますかね・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月13日日曜日

和顔平気(わげんへいき) パート1

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「和顔平気(わげんへいき) パート1」だ。

諸君、今年一年、総括されてどんな一年でありましたかな?
今年一年、日本国民の集合想念および集合意識の総和は、おしなべて陰気な暗い気の重いものであったでありましょう。
積年の国民感情は、「このままではいけない、これではいけない」という反発反動作用も手伝って風向きも「新」与党に追い風になりましたな。
政権交代し、「新」政権が大きくクローズアップされた年でもありました。
そのかわり、新与党にマニュフェストで宣言した公約の期待もかかっているね。
ところが、その中心であり旗頭の「新」総理の鳩山氏の顔がくもっているとか?
顔が暗いとか、覇気がない、ハトちゃんこのごろ人相が悪くなったなどと言われているらしいね?
当然のこと、一国の総理ともなれば、唯一一人であるということだね。
何人もいるわけじゃないんだよな。
言い難い重責を担っているのは、はなからわかっていることでしょうよ。
米軍普天間基地移設問題、予算カット配分の問題、切りがない、つきない課題が山積でありましょうよ。
あちらが立てば、こちらが立たず!と日本丸の舵取りも容易ではないことは、いまさら言うまでありませんな!
是非にね、鳩山総理にね、天風がサンタになって、クリスマスプレゼントとして、はげましのエールをおくりましょうぞ。
もと国民の一人として、おくらせて下さいな!
死んじまってるから、私心などもうとうございません。
かく語る天風が生前に幾度か言葉を交わした方がおります。
名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう。
日本国初代の首相で、旧(むかし)は千円札の顔でしたね!! 伊藤博文公なんですよ。
私が若い頃、縁あって話をしたことがあります。
伊藤さんの苦渋の決断をせまられた時の、彼の言った言葉なんだ。
これを今の総理にあえておくりたい!
「不断にあらず、容易に断ぜざるなり」
御本人は痛いほどおわかりになるでしょうよ。
国のトップでしかわかりようのない言葉かもしれませんがね。
本日は、これまで。
この続きは明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月12日土曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート9

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート9 シメククリ」だ。
「必要とされている尊い貴重な存在であることを忘れるな」をテーマに述べさせて頂いた。
この回でこのテーマは一応のシメとさせて頂くことにした。

では、改めて、諸君、「初心(しょしん)忘るべからず」の成句も御存知でありましょう。
あえて説明するまでもありませんな。
何事もスタートが肝心だとも言えるということでありますね。
初めの一歩がどういう理想を描き、初心を忘れない、初心を失わない、しっかりと心にとどめおくために、自己存在理念を必要とするんですよ。
つまり「私は必要とされている尊い貴重な存在である」、この断定が存在理念にあたるんですよ。
え~え、これとても大切なんですよ。
この確固たる自己存在理念に基づき、理念の真意にズレることなく、理想を現実化する。
そのために、日々の正しい観念、つまり本心・良心に基づく思考でズレを修正していく、内省検討が必要不可欠になるんですよ。
これについてもいずれ逐次話をしていこうと考えております。
本心・良心に基づく正しい思考を、仏教の方では正思惟(しょうしゆい)と言っていますね。
その思考のもとに、具体的実践行為を作為する。
後は御実行でありますね。
理想を想像し、あるべく姿として、明瞭であれば、初一念その動機がいかに重要であるかは賢い諸君でありますから自明の理として、おわかりになられるはずであります。
ましてや人生の長途の旅路であれば、必ず何らかの目的がなくては行く先がないのと一緒ですよ。
そして、目的によっては諸君の人生観も変わってくるに違いないことでありましょうぞ。
ロケットの打ち上げ角度が1度でもズレれば、たどり着く先は、大きくズレてくるのは、必然であります。
軌道のズレを途中途中で気づけば脇道にそれたものを、本道に戻すこともできるが、初めから行く先が、誤って決まっている。
初動機がミステイクであった。
初一念から間違った立志、誤った計画、そのことすらまったく考えなかった無自覚観念からスタートしてしまった。
初一念のズレに、気づいたのであれば、当然目的地への軌道の修正は必要不可欠なはずだね。
とりかえしのつくうちにプログラムを一からやり直すか、白紙撤回して、一から出直すでしょうよ。
本心・良心にもとる行為でも、ズレていようといまいと、いまさらそんなことは、どうでもよいと思って突き進む方もいるだろうね!
また、今日一日刹那!刹那!「楽しければ、いいじゃん! いちいち言われる筋合いないもんね!」なんて方もいるだろうね!
その日その日のなりゆきまかせ風まかせ、風の流れるままに、行き当たりばったりのドリフターズ。
「どこへ向かっているのか皆目わからない。人生なんてそんなものよ!」と決めている方もいるだろうね!
人生の羅針盤を持たない漂流者ですな。
それも好きにしてかまわないけれども・・・
他の船に衝突して御迷惑をかけないで下さいな!
「本人が、心の中で、自分はダメ人間だ。何をやってもダメなんだ。ダメ!ダメ!ダメな存在なんだと勝手に決めつけて、泣き言言って、日々を何げなしに歩んでいるならば、そんな方は、錨をおろしたまま、停泊してばかりいる進まない船だね!
自己否定して、何もしないことを言い訳にしているんだね。
しかし、行きつく先は、潜在意識の希望通りのところに行きつくね。
こんなはずではなかったなんて、後から後悔しても、「あとの祭り」ですよ。
決して言い訳を言ってももう無駄ですな。
真理は峻厳侵すべからざるものなんですよ。
何故なら、人間真理の法則に合わせて、ゆくゆくは諸君の望むようになっていくからだよ。
よりよき明るい新年を迎えるにあたって自分のために他がために「自分の心の態度は、積極的or消極的かのどちらにあるのか?」自己省察してみることをおすすめします!
明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月11日金曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート8

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート8」だ。

諸君、天風はどこへ向かって歩いていたのか?
只今も歩いていますがね!
その道は、我が人間人生ドラマを通しての、宇宙の進化と向上に順応すべく、かく歩く道を、あるがままに、天真は流露そのまんまの道に至る道すがらを表現し、指し示すことにありました。
その消息たる天の計らいなど知ってか識らずか、ただ心を強く、ただただ強く、更に強くしたい!という動機に始まって、只ひたすらに、ひたむきに、一途に、積極一貫銘心堅固にして、歩いた来たんですよ。
気づいてみれば、その目的は、大悟による真理の探究徹底と、済民救世を意図する天の慈雨(じう)の法雨(ほうう)の人間真理人生真理を表現する具体的実践的伝達にありました。
只今もまさに同じことをしているのでありますよ。
またそのプロセスにあるんです。
本日はこれまで。
明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月10日木曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート7

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート7」だ。

諸君、昨日は「苦労」を「試練」に置きかえる。
「自己」を前に付けて「自己試練」とする。
それから、「私は、必要とされている尊い貴重な存在である。」を心に刻む!
という話でしたな。

まずは、「自己試練」。
これもね、言葉を置きかえるんですよ。
耳慣れない言葉でありましょうがね、「自己陶冶(じことうや)」と生前は言っていました。
乗りこえていくべき「試練」というものは、自己の生まれついた性質、性能をね、鍛えて練り上げてくれる材料なんですよ!
ではその目的はと言うとね、価値高い真人生をきずくための真人格をつくることなんですよ。
「そもそも、人格の完成は、人類当然の責務にして、ただ一途(いちず)、自己を陶冶することによってのみその目的を達成す。」
これを総称して、自己を陶冶すると語っていたんですな。
先哲、先達いわくね、人生を旅としたり、道としたり、川の流れとして、たとえたりもしていますな。
人生を旅路として慮れば、乗り越えていく「試練」の道も、有意義のある、生き甲斐のある人生を演出してくれる、絶好絶妙の天の計(はから)いでもあるんですぜ。
その旅路の初一歩は、私からすれば、万物の霊長たる人間として生まれたという厳粛な事実のことですよ。
諸君も同じですよ。
生まれた時、ところ、境遇は異なっても、えーえ、これは、共通してるんですよ。
人間として生まれたことです。
諸君が、知る識らざるにかかわらず、生れた以上は、誰しも初一歩をすでにスタートしているんです。
えーえ、何人(なんびと)も人間として生まれて、生きているのであれば、みな、只今も歩いているんです。
諸君は、どこへ向かって歩いていますかな?
本日はこれまで。
この続きは、明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月9日水曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート6

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート6」だ。

諸君、油断も隙も無い人間世界に生きているんですから、ディフェンスをしておくことですよ。
では、どのようにディフェンスしたらよいのか?
昨日の引き続きです。

それには、何と言っても自分の口から出す言葉というものを、積極的精神態度で有意注意して使うことですよ。
例えば、「苦労」という言葉を「試練」という言葉に置きかえるんですよ。
「苦労」という言葉自体がネガティブなんですな。
おわかりになりますかい?
「苦労」はすべて「試練」にかえちまうんですよ。
それから「試練」という言葉の前に「自己」という言葉を付けるんです。
つまり「自己試練」だね。
人生どんなときでも「心一つの置きどころ! 積極的精神で、乗り越えるために『自己試練』は用意されているんだ」と己の心に決めるんです。
自覚決心するんです。
よろしいですか!
それでもって、次の言葉を自心に対して厳命するんです!
「私は、必要とされている尊い貴重な存在である。」
念には念を入れて、忘れないために、彫刻刀でもって心に刻みこんでおくんですぞ!
この確信決定が、ディフェンスとなり、必ず生きてきますぞ。
この続きは、明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年12月8日火曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート5

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート5」だ。

諸君、「若い頃の苦労は買ってでもしろ!」この言葉聞いたことないですかい?
また、こんなニュアンスで言われた方いませんかい?
今時は、この言葉は使いませんでしょうねぇ~。
この言葉の本来の意味は、「若い時の苦労は後々に役立つであろうから買ってでもせよ!その方が得になるぞ。」ということでしょうよ。
私の知ってる限り、そう言った本人が、苦労と称するものを喜んで金出して買ったという奇特な人は知らないですよ。
もちろん「苦労売ります!」なんて商売もありませんでしたよ。
諸君の周囲にもないでしょう?
諸君は、神仏の御利益があるなら多少の御賽銭出してもいいとお考えになるでしょうよ。
年末ジャンボ宝くじ3億円当たるなら、多生の金銭なら神仏を買収したいですよね!
そうじゃないですかい?
取り越し苦労バラエティーセット定価100万円を本日は年末スペシャル価格50%offでご提供しますよ。
年に一回の大安売りですよ。
買わなきゃ損ですぞ。
貧乏神苦労セット50万円、疫病神インフルエンザ苦労セット50万円も合わせてどうぞ。
どうだい、諸君は、喜んで買うかい?
好き好んで御苦労買うなどとは、私に言わせれば、気違い沙汰だね。
そうでなくとも、本人が望まなくともだまってでも向こうの方から勝手にやって来るんだものな。
ただし、諸君は、いつやって来るかわかりません。
サンタクロースがプレゼント持って来てくれんじゃないですぞ!
油断(ゆだん)も隙(すき)も無い人間世界に生きているんですから、ディフェンスをしておくことですよ。
つまり自己防衛ですよ。
では、どのようにディフェンスしたらよいのか?
この続きは、明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月7日月曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート4

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート4」だ。

諸君、天風は、陽気で明るく楽しい笑顔酒の推進派であります。
ことさら酒を飲むことを勧めているわけではありませんぞ。
これはね、「平素人生に活きる時に、つとめて明るく朗らかに活き活きと勇ましく、活きる努力を実行すべきである。」というのが私のモットーの一つでしたよ。
もちろん只今もそうですよ!
それはね、日々の苦労するという観念を、心ひとつで切りかえて、つとめて明るく朗らかなものにしていこうよ。
苦を楽にスイッチしていこうよという心機の転換の意味なんだ。
苦労を喜びに、楽しみに切りかえる場に変えなさいな!と提案しているんですぞ‼
別に諸君に、どうしてもそうしなさいと強要しているんじゃありませんから、それは諸君、御自由にして下さい。
平素とは、酒飲んでいるときもそうですよ。
これも平素の人生に活きる時なんですよ。
酒飲んでいるときは別、パチンコやっているときは別、なんてことはないんですよ。
これも人生の生活の一部でありますよ。
いくどとなく、繰り返しているのなら、立派な生活習慣ですぞ。
何故に苦労厳禁かというとね、知る識らざるとを問うことなく、「俺は心労が絶えないんだ。」と口にするという心もちを自身の心にもたせると、判断力、断行力、さらに精神力というものが、どんどん委縮減退するんですよ。
何故って、さらなる余計な苦労想念エネルギーを呼び込んでしまうからなんですよ。
日頃のたまったストレスのはけグチ(愚痴)が、酒の力をかりることで神経もゆるむことにより、苦労話も出やすくなることは、ご納得されていることでしょう。
苦労話に限らず、どんな言葉も、自分で話したことを自分の耳が聞き、また自分の口がしゃべっているんですよ。
当り前だね!
当り前のことでしょうけれども、これって、知る識らざるにかかわらず、自己の潜在意識層に、自己暗示をかけているんですよ。
本日はこれまで。
この続きは、明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月6日日曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート3

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート3」だ。

諸君は、会社or個人で、何回くらい、忘年会するかね?
2~3回位かい?
多い人でも5~6回位かねえ。
どうだろう。
一年間の苦労をため込んで、2~3回の忘年会で、すべて忘れろというんじゃ、いささか無理がないかいな?
諸君は、毎日、毎日、あきずに飲んだり、食べたりしているんだろう。
日に2~3度は、めし食ってんだろうよ。
一年365日毎日繰り返しているんだね。
中には、プチ断食している人もいるだろうから、毎日じゃないだろうけども、たいがいの人は飲んじゃ、食っちゃ、出しちゃしているんだろう。
どんなに、仕事が忙しいやつでも、一年分を一回で飲みだめ、食いだめは出来ないでしょうよ。
出来る人いるかい?
いるんなら手を上げてくれ!
ましてや、一年に一回の排便、排尿なんて考えられるかい?
願わくば、一日一回のお通じがある方が望ましいよなぁ。
ましてや、小便の方は日に5~6回はしないと体によくないぜ。
がまんなんかしなくていい。
旧(むかし)から、出ものはれものところ嫌わずと言っているだろう!
遠慮するな!
キリスト様が言ったか、お弟子様が言ったかわかりませんが、「今日の苦労は一日で足れり!」新訳聖書マタイ伝に出てくるお馴染みの聖句であります。
ご存知でありましょうや。
今日一日の苦労は一日で十分だということだがね。
天風に言わせりゃ「今日一日の苦労という名の、くそ、小便は、ためとくと心と体に毒だから、ためとかないで、今日一日のうちに、出してスッキリしなさいよ。きれいサッパリ水に流しなさいよ!いいね!」という、ためてもためになる、うんちくとなる話ですよ。
諸君なら、賢いから、きっとおわかりになるはずです。
この続きは、明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月5日土曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート2

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート2」だ。

諸君、昨日は「忘年」とは、年の終わりに、その年にあった「苦労」を忘れること。
忘年会は「苦労」を忘れる会ということだと…

生前も「苦労厳禁」と語っている。
極めて重要な「積極的観念の養成法」の四つの要素の一つでありますな。
まー、この話はいずれするとして、会社の忘年会で日頃の不平不満愚痴等を酒の勢いをかりて、本音吐いちまう。

わかっちゃいるんだが、止められない。
俺はこんなに頑張って働いたのに、ボーナス50%カットとはどういうことだ。
ボーナスならまだわかるが、給料までカットとはどういうことか!
安い上にまた安い。
業績あげたのに、社会に合わせてデフレスパイラル給与とはどういうことか!

誰しも、忘れたいところだが、場がいっぺんに白けちまうな。
ありがちなことだが、諸君も気をつけなさいよ!
大丈夫ってかい?

「え~え、日頃、飲み屋で小出しにしてますから…」

なら、楽しい酒飲みなさいよ。
元気で陽気な酒飲まなきゃ損でしょうよ。
不平不満、愚痴こぼしてチビチビ飲んでる酒は、そんなにうまいかいな?
どうせ身銭で飲まなきゃならねえんなら、とにかく陽気な笑顔酒だぜ。
いいかい!
陰気な酒飲むなよ。
何故かってかい?
旧(むかし)から、言ってるじゃないか。
「積極的に飲めば百薬の長。消極的に飲めば気違い水」てな。
諸君なら、この意味わかるだろう。
この続きは、明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月4日金曜日

必要とされている存在であることを忘れるな パート1

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「必要とされている存在であることを忘れるな パート1」だ。

諸君、いよいよ忘年会シーズンの始まりだね。
え~もう先月忘年会済ませた?
ずいぶんとはやいなぁ~。

「年末はいろいろと忙しいものですから、どうせ自腹の年中行事ですから、混んでない先月に済ませましたよ。」

ま~、それもいいだろうね。
11月1日からクリスマス商戦、正月のお飾りがならべられ、売られている時代だものな。
忙(せわ)しねえ、時代だが、これも御時勢だね。
よしとしよう!
ところで諸君、忘年会ちゃあ、何のためにやるんだい?

え~、会社の決まり事だから。
宴会が好きだから。
飲ミュニケーション + 酒が好き + うさばらし。

プラス (+)思考だねぇ~、諸君は!

「冗談言わんで下さいよ! 好き好んでやってるんじゃないんですからね、天風さん! 上司の機嫌取りですよ。」
「いえいえ、部下の機嫌取りですよ。」

そうかい、そうかい。
ま~、それぞれに理由は異なるでしょうよ。
「忘年」とは、年の終わりに、その年にあった苦労を忘れること。
年忘れの行事やその催しの宴会のことだね。
別に酒飲んで、どんちゃん騒ぎして、2次会でカラオケ歌って、ゲロ吐いて忘れるんじゃないよな。

「私、お酒飲めないのに、飲み放題パックで、割り勘なんですよ。何んか割に合わないと思いませんか? この時期くると癪(しゃく)に障(さわ)るんですよね。」

そんなこともあるだろうね。
「忘れられない癪の会」だな。
嫌なら行かなきゃいいのだが、そうもいかないのかな。
そんな方は、食べるものだけ食べて、早々に切り上げて帰宅することですな。
この時期は胃ぐすりのコマーシャルが多いですな。
食べすぎ、飲みすぎで、体こわしちゃ何にもなりませんぜ。
そうでしょう。
何事も程(ほど)を弁(わき)えましょう!
この続きは、明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月3日木曜日

褌(ふんどし)の紐(ひも)を締める! パート2

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「褌(ふんどし)の紐(ひも)を締める! パート2」シメだ。

諸君、記憶に新しいことでしょうな。
先月11月29日さいたまスーパーアリーナで行われた、プロボクシングWBCフライ級タイトルマッチ。
チャンピオン内藤大助選手、チャレンジャーWBAライトフライ級亀田興毅選手のフライ級のタイトルをかけた12ラウンド息の抜けない戦いであったね。
どちらも負けられない、意地とプライドをかけた名勝負だった。
ボクサーは、シャドーボクシングといって、相手がいるものと仮想して一人で打ち合いの練習をするね。
シルヴェスター・スタローン主演のロッキーの映画のシーンにも出て来てるね。
ある意味、ケース・バイ・ケースのイメージ・トレーニングをしていることになる。
ゲーム運びも、やはり相手の過去の試合のパターンを分析して動きや性格を研究しつくして、戦略と戦術を実践的に想定して練ってもいるだろう!
自分の勝ちパターンにもっていくためにね。
ただ、勝負は何が起こるかわからないからな!
うんちく言わせてもらえば・・・
剣術で例えれば、毛すじの間合でも、切っ先が、ふれなければ、当たらなければ切れない、切られない。
ボクシングもそうだろう。
反射的に見切る絶妙の間合いがあるんですよ。
わずかな差は、絶妙な間合いと、新チャンピオンの気持ちがわずかに勝っていたんだね。
天風さんよ!何故、そう言えるのかってかい?
それはな、初一念貫徹、亀田選手は、デジタル・ハイビジョン・イメージで自分のトランクスにすでにチャンピオンベルトを締めていたんですよ。
それから、次の目標のために、「勝つ」一念でさらに冷静に気を引き締めなおしたんですな。
私はそう感じた。
諸君はどう感じましたかな?
どちらにしても、真剣に楽しませてくれてありがとうだね!!
ではまた・・・
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月2日水曜日

褌(ふんどし)の紐(ひも)を締める! パート1

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「褌(ふんどし)の紐(ひも)を締める! パート1」だ。

諸君、月も改まったことでありますし、今年一年のシメくくりの月ですぞ。
新年までわずか1ヶ月! されど貴重な1ヶ月! 結果オーライなんてことを言うやつもいますよ。
ここは、いっちょう褌の紐を締めて、気合入れていきましょうぞ!ね。
おっと・・・、あー、すまんすまん。
御婦人方や、女性の方々は、褌はしないよな。
旧(むかし)は、腹帯を締めると言ったんだがね。
本日のテーマは「褌の紐を締める! パート1」です。
成句にね、「褌(ふんどし)を締めてかかる」という言葉がありますね。
今時きゃあ、褌してるイキな兄さんは少ないだろうね?
あるなら相撲のフンドシのことか、それとも、祭り神輿をかついでのはっぴにふんどしのいきな兄さんぐらいのイメージだろうかねぇ~。
今時なら、褌はパンツですかいな?
トランクスっていうですかいな?
「パンツを締めてかかる!」「トランクスを締めてかかる!」
置きかえてみるとちょっと変だねえ!
何か、しっくりきませんな。
諸君、どうだろう、しっくりいくかい?
やはり、紐(ひも)じゃないと、わたしゃ締めたという気分になりませんな。
パンツもトランクスもゴムですからね。
「よしゃ、いっちょうやったるかぁ!」という気合が入りませんな!
ま~、ベルトすりゃいいんだがね。
諸君はどうですかいな?
え~、褌しめたことないから分からないてかい!
ま~、そりゃそうだな。
柔道や剣道、空手、合気道などの武道をやっている方ならわかるはずだ。
帯をしっかり締めなおすとやはりグッと気合が入るね!!

「褌を締めてかかる」とは、ゆるんだ気分をあらためて、十分に気持ちを引き締めて物事に着手するということですから・・・
諸君の大切なもの守るところのパンツに紐がついている。
それを締め直す。
女性の方は、車のシートベルトをしっかり締め直すようなイメージをして、気合を入れ直してくれればよろしい!
この続きは、明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2009年12月1日火曜日

「デザインする!」表現の前に何をどのようにすればいいのかが、優先順位である。 パート9

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「『デザインする!』表現の前に何をどのようにすればいいのかが、優先順位である ラスト」だ。

さて月も改まりまして、早いもので今年も年末、ラスト月、師走とあいなりました。
一年の計は元旦に始まって、「三十六計逃げるが勝ち」月日は逃げていくように走っていくね。
旧から「時は金なり」と言いますよ。
これは私流に言ってもだ、
「諸君の人生の与えられた限られた生命時間が最も大切ですよ。」
ということなんだよ。
生前も当り前のこと言っていたんだよ。
与えられ限られているからこそ、自分の生き方に人生に責任を持ちなさいよということですな。
結論づけると、日々の当り前の生活をしていることを、当り前を意識して、気を入れてやってみることだよ。
当り前のことを意思して、意図して、気を入れて行動してみるんですよ。
このこと、有意注意(ゆういちゅうい)と言ってたんだよ。
はっきりした気持ちでやるということですよ。
真剣にやってみるんですよ。
当り前だと考えたり、思ったりしているときは、当り前じゃないんだな。
諸君も当り前のことは、日常のありふれた普通の習慣だから、気に留めていちいち考えやしませんよ。
それが、当り前になっているからね。
それをあえて、見方や考え方、いままで当り前だと思っていた事柄を、上下左右、斜め横、あらゆる角度から、切り口から、意識して観察するんですよ。
当り前の中に、今まで気づかなかった、才能の新発見や、「あ~そうかなるほど」「そうだ!」とうなることが出てきますよ。
その瞬間は、理屈抜きで、自分でうなずきながら、自分なりの合点がいくんですぜ。
何をどうするのか、何をどうしたらよいのか、なかなか気づけなかった、ちょっとした切っかけが、端緒が見えてくるんですよ。
その先の自身の目的や具体的目標もいずれ見えてくるものですよ。
日常の中に今までの身の回りの習慣の中に、当り前を当り前とせず何かを気づかせてくれているありがたい当り前がたくさんあるとして、客観的に自己観察してごらんなさい。
これが準備段階であり、優先順位である。
明日は新テーマで引き続き話して行こう!
では、御機嫌よう, Bye Bye
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年11月30日月曜日

「デザインする!」表現の前に何をどのようにすればいいのかが、優先順位である。 パート8

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「『デザインする!』表現の前に何をどのようにすればいいのかが、優先順位である パート8」だ。
今日でこのテーマが一番長くなったね。

諸君、生前の言葉、「暗かったら窓を開けろ!」

真夜中1時2時3時に窓を開けても外は暗夜じゃないでしょうか?
白夜の国なら別ですが・・・

という問い合わせがありました。
これはねぇ、諸君、苦労したり、悩んだり、人を憎んだり、怖れたり、悲しんでいる最中は、気持ちいいですかい?
その最中は気がつかなかったが、後から気づけば、あんな嫌な気持ちないでしょうよ。
その嫌な気持ちをなぜ心にさせるんだい。
喜ばしてやれよ。
出来る限り、始終楽しく考えさせてやれよ。
それが心に対する諸君等の義務だぜ。
ま、こんなことを語ってたんですよ。
もちろん、今現在も同じことを言わしてもらいますよ。
夜中に窓開けてもな、そりゃ、夜中だからお日様が出ている昼よか暗いに決まってるじゃないか。
そういうこと言ってるんじゃないぞ。
いいかい、これはな、心の暗い方面から考えるなよ。
損だよ。
心は明るい方面から考えた方がお得だぜ。
そういう意味合いから、「暗かったら窓を開けなさいよ!」と言ったんだ。
今時は、暗かったら、部屋の照明スイッチをONするんだよ。
そしたら部屋はすぐ明るくなるだろう。
諸君の心の照明スイッチを切り替えて、明るくするんだよ。
これが私がいつも言っている「心機の転換」なんですよ。
心一つのスイッチの切り替えですよ!
この続きは、また明日。
ではね。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風