2009年10月31日土曜日

生命の生存パート3

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「生命の生存パート3」だ。

愛しき者よ!
そもどんな経緯、事情、理由であれ自分の命は自分のものじゃないんだよ。
自分の心も、自分の体も自分じゃないんだ。
自分の心や体が自分だとおもいこんだ錯覚が愚かな行為をおこしたんだ。
とりかえしのつかないミステークは、真理への無知が原因である。
え~、学校で一度も習わなかったてかぁ~。
学校で教えるようになれば、少しはいじめという陰惨なことで命を絶つことを、おもいとどめることが出来るかもしれないがね・・・
しかし、学校にら限らずそれは家庭で、社会で、科学や数学のディフィニーション(定義)を教えるように、当り前になるといいのだがねぇ・・・
天風さんよ、何が言いたいかってかい?
それはな・・・
人間や世間は、「かわいそうねぇ~」「気の毒ねぇ~」て言って同情を買ってくれるかもしれませんがねぇ・・・
しかし、真理は人間のいかなる事情も理由も言い訳も相手にしません。
よろしいか、いかなる同情も考慮も恩赦も与えないんです。
人間の前に真理があり、真理は峻厳侵すべからざる絶対なものだからだ。
それが生命の法則なんです。
真理はつめたいってかぁ~。
ああそうだね。
ところがだ・・・
人間も自然物ですよ。
真理に合わせるのが、自然法則なんです。
自身の心を真理に合わせるんです。
愛しき者へ!
落胆も、失望も、苦痛も、悲痛もあらゆる残念の感情も、「人間は本来いかなるものか?」「我とはいかなるものか?」の本質を知らずに生きたことへの気づきでもあるんだぞ。
死んだら楽になる!
この嫌な現実から逃避したい!
この苦痛から離れたい!
この境涯から解放されたい!等々・・・

どうだい、肉体を放れた方々よ!
そうはならなかっただろうよ。
そうではなかった。
それすらも考えられないかい?
人間にとり憑くことで楽になるてか!
人間にとり憑いたって、結果はますます苦しくなるぜ。
よくよく聞きなさいよ。
以前は人間をやってたんだろう。
「人間として生まれさせて頂きましてありがとうございます。」
これ何度も何度もお題目か、お念仏がわりに唱えながら、心の底から人間として生まれたことに感謝してごらんなさい! いいね!

賢明なる諸君らは、彫刻刀でもってこの言葉を心に刻んで、肝に銘じて下さいな。
この社会的大問題は、政治だけで解決する問題ではないですな。
当り前と言えば、当然です。
政治は社会の健全化につとめ、社会的弱者を擁護する責任はありますよ。
政治に限らず、人間社会全体の責務であり、役割でもあります。
但し、真理の上から見たならば、生きようとする力は自分の命の中にすでに備わっている。
自分が何があっても、強く、強く、強く生きようと決心しなければ、天は力を与えないんだ。
天は自ら助くる者を助くるんです。
この自ら助くる者とは、自我の心が強く生きようと決心すると、霊魂から、生かそうとする意志する力が発露するよと言っているんですぞ。
「人の心のうくる幸いは、意志する心に華が咲き、信念の心に実を結ぶ。」
よくよく人間として生まれて来た尊さをお考えなさいよ。
ではまた。
今日一日、真我とともにあらんことを・・・

天意天風

2009年10月30日金曜日

生命の生存パート2

諸君元気かい、天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「生命の生存パート2」だ

只今、太宰治とその妻との人間ドラマ「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」の映画が公開中である。
太宰治は、「人間失格」「桜桃」「斜陽」の代表作でよく知られている昭和初期を代表する作家の一人でもある。
3度目の心中自殺で玉川上水で亡くなったことでも有名な方だ。
「人間失格」は生きる気力を失うに至った男の手記の形で、彼の人生をオーバーラップさせた自身の陰惨な自画像を描いている。
小説をお読みの方なら、すでに御存知のことでしょうよ。
昭和20年、終戦敗戦を向かえた頃は、まだ、東京一面一帯、焼け野原だった。
昭和23年、焼け跡から生き残った方々によって、生きることへの展望が見えはじめた。
また、復興のきざしが見えてきた頃でもあった。
奇しくも「展望」というタイトルの読み物に連載されていたのは皮肉なことだね。
自身は人生展望が見えなくなってしまったんだ。
40代にもみたない若さであったはずだ。
太宰治の代表作の一つである「走れメロス」は親友を身代わりとして、処刑前の三日間の猶予を与えられた主人公メロスが困難にあいながらも、走り続け、見事約束の本懐を遂げる。
人間の本性である本心良心から来るところの「友愛」の在り方である。
今、話題の「友愛」の精神を、「走れメロス」は表現している。
傑作である。
太宰治ファンにとっては異論もあるであろうが、未だに彼の御霊は成仏していない。
いやされやすらいではいないということですよ。
まもなく、浮かび上がってくるでありましょうがね?
何故かってかい?
犠牲者を出した道連れ心中だけが原因ではないんですよ。
文士として、多くの読者に人間失格者を理由に自殺を正当化し擁護し言い訳を大衆にうながした。
また無気力化する刺激を与えた小説を書いたことだ。
つまり、ネガティブな影響力が大きいということです。
またさらに出版物として、後世の人に持てはやされて、残っていくことが更にうかばれることをさまたげて、よりいっそう苦しむことになってしまった。
しかし、ここで、賢明な諸君であるから、自らの反面教師として、かえって見習うことです。
天意天風流に言えば、誰もかれもが、万物の霊長たる人間の一人として生まれてきた尊い存在である。
故に、自分勝手に私は人間失格者であると決定しなければ、失格者はいないんだ。
どうでもよい余計な妄想でもんもんと考えているより、心機一転、人間合格者になるべく、今生きている現実にまず感謝をおしよ!!
「人間として生まれさせて頂きましてありがとうございます」
その上で、人間合格者になるべく、それを目指して、努力精進しつつ、生き抜いていくことが、尊い使命ではないですかい?
「つまらない人間はだんじていないのである。
が、但し、つまらないことを考えている者はいる。」
明日は「生命の生存パート3」です
次回このテーマは〆とする。
では今日一日、真我とともにあらんことを・・・

天意天風

2009年10月29日木曜日

生命の生存パート1

諸君元気かい、天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「生命の生存パート1」だ。

最近の人の多くが、「生きる力! 生き通す心の力」が弱くなっている。
生命の生存の確保という死生観から鑑みると平成の現代の人は断然心の力が弱くなっているとも言える。
これはね、人生に対する考えが、観念が、消極的で意志薄弱なんです。
何故そんなこと言うのかってかい?
それは、平成の時代に入ってから、自らの命を絶つ方が急増しているからだ。
ここ数年、毎年、年間3万人以上だ。
昭和に交通戦争とよんだ危機的な状態と新聞紙上を騒がせたときでも2万人は超えなかったはずだ。
どうしたことか?
それは、人間の自我の本質を知らない無知のなにものでもないことを証明している。
色々理由をあげてみてれば、それぞれの言い分、言い訳はあるであろうよ。
しかしだ、それぞれの理由を煎じ詰めれば、各人の人生観の信念の欠如である。
心の一部を自己の全体、すべてとしてとらえ、すべて、自分を小さく、弱く、暗く、極めてなさけない小さき者として錯覚したあやまったバカな行為が自殺です。
「人間失格」などと言い訳を言って、自殺を美化していただきたくありません。
くるってますよ。
自殺は断然、人間存在の本質からいっても何んの正当化する事情や理由を付けても愚かな行為なんです。
本日は特に、このことについて強調してお伝えしておきます。
明日は「生命の生存パート2」です。
非常に忌忌しいことでありますからして、この続きを話させて頂きたい!
では・・・
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年10月28日水曜日

人生観を所信表明するのポイントと注意点

諸君元気ですか、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「人生観を所信表明するのポイントと注意点」だ。

所信であるから、自分の信じている事柄、信ずるところの存念のことだ。
諸君の信じるところであって、自分の意志と意思を述べること。
といっても総理大臣ではないので、弁が立つ必要もない。
但し、自分と今は出会っていない第三者を想定して作文してみることだ。
また、正直に語りかけることだ。
それもわかりやすく伝えることだ。
作文する内容は人生観であるからして、自分は出来ている、出来てないと決めつけることではない。
自分の気持ちに素直に表現することに心掛けて作文すること。
これ大切なポイントです。
そして、これでよしとまとめた内容は、自分の大切にすること、していることであるからして、それは、自身の人生観だよね。
自分の人生観であるから、人生に責任を持っていくことだね。
これも大切なポイント!
諸君はかけがえのない人生の主人公だからだぜ。
他人の人生は生きられませんよ。
そして、あまりむずかしく、ややこしく考えないほうがよい。
むずかしく考えると余計何を表明したいのか自分が自分でわかんなくなっちまうからな。
いいよ、よいかげんで、いいかげんでかまわない。
とにかく、所信表明作文をイメージを描いて文章にしてみなさいよ。
自身のやりやすいように表現すればいいから。
注意点は、録音の際に、語気をはっきりと、落ち着いて、ゆっくりのびのびと明るく元気に話すこと。
何故かってかい?
素直で正直な心音を作文して自身の言葉と声で発声する。
それを聞いているのは、自分の耳であって自分の心の耳だからな。
自分が一番先に聞いているんだ。
聞いている自分が自分のことに一番関心があるじゃないかい。

ここでクイズだ!!
正直に答えてくれよな。
人に対して不平不満や愚痴を散々言いまくる。
言われた人は、耳せんしていて何にも聞こえないとしよう。
その不平不満や愚痴は誰が一番先に聞いているでしょうか?
はい、正直に答えてくれたまえ。
ファイナルアンサー! ファイナルアンサー!
え~、誰だい、それは私ってかい。
そう、その通り、ピンポン、正解です。
自身が一番先に聞いているんです。
相手も聞いているだろうが、ぜんぜん受け付けなければ自分の心にゴミがますますたまるだけです。
相手にも毒汁をあびせているんですぞ。
自分にとっても相手にとってもいいわけありませんな。
とにかく、自分の大切にして考えていることを、自分の心に言って聞かせる。
繰り返しね。
それが本心本音であれば、必ず良き出合いとチャンスがおとずれるでしょう。
では、また・・・
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年10月27日火曜日

自身の人生観を所信表明する

諸君元気ですかい。
天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「自身の人生観を所信表明する」だ。

諸君、日本人は頭は非常にいいんです。
がしかし、頭を使っている人が多すぎる。
頭は使うもんじゃないんだぜ。
頭は働かせるものなんだ。
頭を使ってばかりいると消耗しちまう。
そのうち消しゴム同様、自分の身を削りながら磨り減って、いずれ消えてなくなってしまうぞ。
身が粉になれば役に立とうというものだが、消しくずと一緒にすてられちまうぞ。
磨り減らないようにするには、頭を正しく働かせることだ。
正しく働かせれば、逆に生産性が出てくるんだ。
当然のことで脳は活性化するね。
活性化すれば、グッドアイデアも出てくるてもんなんだ。
但し、頭を正しく働かせるには、自分の確固たる人生観を持たねばならない。
しっかりとした土台石の上に立つプリンシプルのある人生観が必要不可欠となってくる。
昨日、新総理の所信表明演説があったね。
諸君も所信を表明してみてはいかがであろうか。
自身の人生観の所信を表明する。
この表明をまず作文してみよう。
これでよしと自身でまとめられたなら、その作文を声に出して読みあげてみよう。
自身の声を録音する。
パソコンに入力して、今どきの携帯再生機器にダウンロードする。
自身の所信表明を通勤や通学中の電車、バス、その他移動中や、リラックスタイム、睡眠30分位前に聞くこと。
繰り返して何度も聞くことが肝心ですぞ。
いいね。
何度も聞いているうちに、自分が本当は何を表現したいかが見えてくるよ。
不思議な感慨を覚えるとともにね・・・
明日は、所信表明に対するポイントと注意点を述べたいと思う。
では・・・
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風 

2009年10月26日月曜日

積極的に活用する

元気ですかい、天意天風です。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「積極的に活用する」だ。

活用するって、生かすことなんですよ。
何でも生かすことを活用するっていってます。
それも積極的に活用するんです。
ここでの積極的の意味は他とは違いますよ。

積極的に活用するとは・・・
①心を尊く活用する。
②心を強く活用する。
③心を正しく活用する。
④心を清く活用する。

この積極的とは、与えられてある人間の生きる力を最大限に活用するということであります。
活用するとは、何にでも、生きる力を働かせて積極的に生産することなんですよ。

参考までに、心を生産的にするプロセスは、次の手順です。
・生産するには、意志を明確にすること。
・生産するには、明確にした意志を更に決意に固めること。
・生産するには、決意を固めたら更に決心すること。
・生産するには、決心したら決定すること。
・生産するには、決定したら行動すること。
・生産するには、行動したら目的に向かって更に行動し自分を信じて努力すること。

活用するとは利用することじゃない!
利用するといつかは利用され、使われる。
使われると消耗する。
消耗すると疲れる。
疲れると、消極的になる。
消極的になると生きる力が弱くなっちまう。
生きる力が弱くなっちまうと心が暗くなる。
心が暗くなると陰気になる。
暗く陰気になると人に好かれなくなる。
陰気になると何をしても楽しくない、うれしくない、面白くない、ワクワクしない。
生きてる喜びを感じなくなる。
生きてる喜びを感じなくなると、元気がなくなる。

じゃあ、そうなったらどうすればいいの?
それはね!
まず、心のスイッチを切り替えるだけ!
積極モードに切り替えるんだよ。
これ、「心機転換」って言います。
心のスイッチを今すぐ切り替えてごらん。
すぐにでも明るくなれるから。

心を積極的に活用すると元気が湧いてくる。
心が陽気で明るくなる。

どうして積極的に活用すると元気が湧いてくるんですか?
はい・・・、それはね! 
大宇宙が積極的だからですよ!!
大宇宙は大自然。
大自然はいつも元気いっぱいなんですよ。
宇宙はそうできているんですよ!
自然はそうなっているんですよ!
では、また・・・
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年10月25日日曜日

人間だけが笑える! 笑わにゃ損損

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「人間だけが笑える! 笑わにゃ損損」だ。

最近は各テレビ局のどの番組でも、お笑い芸人が出ていないのを見たことないね!
今どきのスターはお笑い芸人だね。
人を笑わせることは、商売とはいえ大変なことだ。
私が、あの世に帰ってからね、ああやっぱりねえとわかったことはだ、当り前のことなんだが、人間やってて、まあ~肉体なくなって、あの世へ帰ってくる人の中でね、俗に成仏してる人はねえ、人間やってるときに、人生何やかんやいろいろあってもな、今わ近くに笑っていた人、ニコニコ笑顔でいた人、こんな方々はたいがいちゃんと帰るべきところへ帰ってますな。
どこへ帰ったとは人それぞれですがね。
ちゃんとそれなりに成仏しているんだね。
これは本当ですよ。
私、生前にね、「死んでからのことは死んでから考えなさいよ。今、肉体をもって生きてるんだから、今生きてること、生かされてることにとにかく感謝しなさいよ。今を大切にすごしなさいよ。」と言ってきたんだがね、もしね、今の今笑って笑顔で息を引きとっている方は、たいがいは成仏するね。
人間だけが笑うことができる神仏がお与え下さったありがたい慈悲の心だからね。
人間の特権なんだから、諸君、おおいに笑おうや!!・・・ね。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年10月24日土曜日

同化は絶対ダメだせ! 何故ダメか?

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「同化は絶対ダメだせ! 何故ダメか?」だ。

1994年放送の人気テレビドラマ「家なき子」安達祐実さん主演の強烈に印象に残っている少女役のセリフがあったね。
諸君の中にも知っている人もいるでしょうよ。
そう…「同情するなら金をくれ!」だったね。
当然私はすでにあの世にいましたがね。
「どうして死んじまっているのにそんなこの世の娑婆世界のこと知ってるんだよ?」と疑問に思うだろう。
私の役目柄もあるが、この世のことも、あの世からリーディングできるんだぜ。
人の記憶を読むことも出来る。
ま~そのへんは、いずれおいおい話をするよ。
このぐらいのことは生前も出来たんだ。
本当だ。
それたので話をもどそう。
お互いの携帯のメールのやりとりでも、パソコンのメールのやりとりでも、電話の会話でも、直接に顔をにらめっこしての会話でも、特別に、さしたる理由もないのに、やたらと意味のない相槌を打つ人がある。
「うん、うん、わかる、わかる。」
「あなたの悲しい気持ち、よーくわかる。うん、うん。」
「そうよ、その人、ひどい人よ! あなた被害者よ。あなたのつらい気持ち、わかるわ~。」
これは理由のない相槌を打つことによって、同情してあげてるんだ。
また同情することが社交辞令であって、礼儀だと思っている人もいるな。
これは同情の勘違いだぜ。
けっこういるよ、この手のタイプ。
諸君もその一人じゃないかい?
真心からの元気づける励ましのメールや言葉や少しでも気持ちが楽になる、明るくなるメールや言葉ならいいがね。
大切な友達だからと、相手の立場に立って親身に話を聞いたり、メールなどのやりとりで、相手に同情したりしてるうちに、いつの間にか自分の気持ちまで、暗くなってきて、落ち込んでしまった。
どうにもならない、どうすることもできない無力な私。
何故か、悲しくて、やるせなくなってしまった。
同情から励まそうと思ったのに、相手の超ネガティブな心の毒をあびて、いつの間にか麻痺して、相手に同化されちまった。
ミイラとりがミイラにされちまった。
知らず知らずに、いつしか、自分も同じように、超ネガティブな人間になっちまうのであります。
しかもだぞ、そうした恐るべき誘惑が悪意でなく、当り前のように、良いことだと思って行われているんです。
人事ではありません。
気をつけなすったほうがよろしいですぞ。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年10月23日金曜日

想念のゴミメールの種類と分別について

諸君、元気ですかい、天意天風です。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「想念のゴミメールの種類と分別について」だ。

ゴミメールって何でしょうかねぇ?
それはこんな感情のゴミがへばりついたネガティブ・マイナス・パワーメールですぞ。
・怒りの感情パワーメール
・悲しい感情パワーメール
・恨みの感情パワーメール
・不平不満感情パワーメール
・嫉妬の感情パワーメール
・憎しみ感情パワーメール
・不安心配の感情パワーメール
・恐れの感情パワーメール
・愚痴の感情パワーメール
・迷い悩み苦しみの感情パワーメール

こんな感情メール、送信したり、受信したことないですかい?
心当りあるよな!
本当はですよ、メールそのものじゃなくて、メール打って送っている諸君の心の中に、ストレスや感情のゴミが溜まっているんだぜ。
この手のメールは相手に送信しないことですぞ。
出来るだけ元気の出るメールが一番いいね!

では、送られてきたらどうするかだね?
すぐ消去するわけにはいかない人間関係もあるでしょうよ。
仕事上必要な返答もあるからね。
そこでだ。
まずメールを上記にあげた中で冷静に客観的に分別する。
どれにあたるのかなぁ~てね。
気楽なゲーム感覚でも、内容によっては、ありだぜ。
分別した感情パワーにまきこまれないように、フットワークをきかせて、上手にかわすこと。
これも内容によっては、相手の気持ちを察して同情はあり。
人として大事だがね、しかしだぞ、その人の心に自分の心をとっぷり同化させないこと。
同情はいいが、同化はぜったいだめだぜ。
何故だめかは、明日また……
まず、ゴミの種類別に、分別作業をする。
一度試してみて下さいな。

今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2009年10月22日木曜日

携帯電話 3

諸君、元気ですかい、天意天風です。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「
携帯電話パート3」です。
近頃の携帯電話は、すこぶる感度が良くなったことと、これもかというほど1台で何役もこなす機能が付いている。
インターネットは当たりまえ。
ナビゲーションはもちろん、ゲーム、おさいふ、防犯カメラまで多種多才です。
携帯電話は必需品、なくなったら大変なことだね!!
昨今は、携帯電話依存症という病(やまい)もあるそうな。
現代病の一つだね。
これは、使い方をまちがえちまったんだね!
使い方をまちがえると携帯電話に人が使われてしまうはめになるんだよ。
勝手に飛びこんでくる電話やメール。
お互い様だがね。
「ああ、今忙しいのに……!」 「めんどくせ~!」 「うざった~い!」
「でも、メール返さなきゃ。」
こんなときないかい。
いい意味で律儀者であるが、一人や二人ならそれでもすむが、交際が広い方は、一日十人以上となってくると、歩きながら応答返信、バスの中で、電車の中で、トイレの中で、お風呂の中で、夢の中で、メールの返事を打ち続けている。
終電の車中で、犬も杓子もメールしてないかい?
何かにとり憑かれたようにね。
ま~とにかく何をするでも本人が主体だ。
本人が主人で主役です。
人間の利便のためにあるものです。
振り回されないようにね!
「御利用は計画的に」というTVコマーシャル見たことないかい?
携帯に利用されちゃだめだぜ、御活用しなさい!
御活用は計画的にな!
特に気をつけて欲しい有意注意点は、メールや情報の中にネガティブな感情想念のゴミがたまってしまうことだね。
私流に言えば、消極的の心の感情のゴミがメモリーの中にうんとこさたまりにたまってしまっている状態だ。
最近の電子機器は利便の追求のため、容量が増えたからね。
つまり容量が増えるということはだな、イコール、ゴミ箱の容量も大きくなったということだ。
いずれゴミ箱もゴミであふれ、部屋じゅうゴミだらけになっちまうよ。
これじゃ住めなくなっちゃうな。
きたねえし、くさくていられないだろうよ……
たまったメール等の情報ゴミは、分別して捨てなきゃね。
そのうち携帯かけてる最中から、電話から、ゴミくさい臭いがしてくるぜ。
いいかい、冗談じゃないんだぜ。
マイナス感情の想念のゴミのかたまりができると、同じものをさらに引き寄せてしまうんですよ。
諸君の心にも体にも運命にも悪影響です。
そのこと、理解できたら、定期的に整理して捨てましょう。
明日は、ゴミの種類と分別についてお話します。
では……

今日一日、真我とともにあらんことを!!

天意天風

2009年10月21日水曜日

携帯電話 2

諸君、元気ですかい?
天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「携帯電話パート2」だ。
昨日のつづきですよ。
携帯電話の情報の整理整頓と情報のゴミ掃除をすることが何故必要なのか?
まず、諸君は、「生ゴミ」と言ったら何を連想するかい?
辞典では、「生塵とは、野菜くず、食べ残しなど、台所から出る水分を含んだごみ」と解説している。
当り障りのない御答弁だね。
では、その生ゴミは、どこへ捨てるかね?
いくらなんでも真面(まとも)な人は、後生大事に、何年もとっておきはしないだろう。
え? とっておくやつもいる?
そうだな、いろんな人種がいるからな!!
ゴミ屋敷てのも、あちらこちらにあるようだ。
こういう人種てのはなあ……
口が悪いのはゆるせよ!!
もったいない御化けがとりついているんだぜ。
本人はぜんぜん知らないだが、とりつかれているんだ。
やだね~え。
諸君も心当たりがあるじゃないかい。
もしかしたら、もったいない御化けがとりついているかも……。
一般的には、まず、各地方自治体の指定された生ゴミ専用袋で、指定された曜日に、指定された近所の場所に捨てるよな。
たいがいは、そうだろう。
山や海や川、その他の場所には捨てないよな!!
え~、すててる?
良心いたまないかい??
私ね、顔が広いもんでね、清掃局にも知人がいるものでね、私の聞いて知ってるところによるとな、とんでもないものが捨てられているらしいんだぜ。
とんでもない生ゴミがあったんだ。
え~、何? 現生だ~?
そうじゃないぜ。
とてもデリケートなもんで口に出して言えねぇ~なぁ。
ま~とにかく、とんでもないもんが捨てられていたとか?
ばち当りものだよ。
情けなくなっちまうぜ!!
清掃局の現場に携わっておられる皆様、毎日、お仕事ご苦労様です。
蒼天より、天意天風、感謝の気持ちをこめて、尊いお仕事ありがとう存じます。
私、性根は、非常にきれい好きなものでね、どうしてもきれいにするお仕事の関係はエコひいきも手伝ってね、応援したくなるんですな。
これからのエコ時代ね、いろんなゴミ掃除しなきゃならなくなるんだぜ。
目に見えてはっきりわかる生ゴミ、燃えないゴミ、資源ゴミ、粗大ゴミ等ね、分別しなきゃならないゴミいろいろありますよ。
え~? うちのダンナ? ゴミにしてすてたいてか?
亭主はなぁ~。
一般的には、生ゴミかな?資源ゴミかな?粗大ゴミかな?
それとも危険物かもな!
まあ、どちらにしても、目に見えない危険ゴミ、危除情報ゴミもあるてこと、この機会に知っておいてくれ!
いいね。
話が長くなったので、またこのつづきは明日にするよ……
では。

今日一日、真我とともにあらんことを!!

天意天風

2009年10月20日火曜日

携帯電話

諸君、元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「携帯電話」だ。
今どきの日本では、猫も杓子も、もとい、犬も杓子もが正解であろう。
犬が父親になりさがる時代である。
洒落のつもりだろうが、TVコマーシャルは世相を反映しているからな。
どんなに偉そうに言っても、父親が犬になってしまっては…
父親の威厳も地に落ちたな。
まあそれも時代の変遷における国民の価値意識の移り変わりであるからして、奥方や女性が強くなった証であろうよ。
とにもかくにも、一億総携帯時代である。
なくてはならない必需品ということですね。
文明の恩恵の利器だから、よろしく活用することです。
ただし、携帯電話の中の情報の整理整頓と情報のゴミ掃除をすることをおススメします。
とくにメールなどのやり取りでの悲観的、否定的、消極的なネガティブに属するマイナス感情文章のゴミ出しである。
忘れてしまっているが、マイナス感情記録がいっぱいたまっていて保存されているんだね。
そうした、文章記録、音声記録、撮ってはいけない写真などの消却が定期的に必要なんだぜ。
何故必要かってか?
このつづきは明日また…

今日一日、真我とともにあらんことを!
天意天風

2009年10月19日月曜日

富士山の樹海と煩悶と懊悩 3

諸君、元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「富士山の樹海と煩悶(はんもん)と懊悩(おうのう)」の3回目であります。
近年ますます、富士山頂上への登山せられる方々が増えているそうな。
富士五合目までは、車で楽々行けるようでありますが、なんといっても富士のお山は、富嶽三十六景、すこし遠目で眺めるのが、女性と違って風情があるね。
私は霊峰富士が大好きでありますので、生前は富士山をモチーフにして、いろんなものに描いたものです。
どこから見ても美しく変わらない、富士の山の存在が大好きだね。
「晴れてよし、曇りてもよし富士の山」
何があろうと富士の山の如く、泰然自若として、眺めているだけで勇気凛凛の力を与えてくれるそんな人間存在でありたいね。
諸君はどうだい!!
心の樹海の中で迷妄して、あたら尊い人生を無駄にしないでほしいね。
そんなことより、自らの心の中心に、確固たるプリンシプル(原理原則)として、霊峰富士を中心に描いたらどうだい。
そうすれば、どこにいても、安心立命な不動の心でいられるんだね。
本日は、私から諸君に、皆様方にお願いがあります。
富士山に登頂される方、どの山もいっしょですが、山を汚さないように、ゴミ等は各自持ち帰るようにして下さい。
またそれ以上に山に来れたことに感謝して、そのお礼として、別のゴミ袋を各自用意をして頂いて、他の方が心ならずも捨てられたゴミ等を拾って持ち帰って頂きたい。
これは自然に対する礼儀であります。
人間も自然物ですよ。
よろしくお願い致します。

今日一日、真我とともにあらんことを…。

天意天風

2009年10月18日日曜日

富士山の樹海と煩悶と懊悩 2

諸君、元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「富士山の樹海と煩悶(はんもん)と懊悩(おうのう)」の2回目です。
自己を成長させたい! 健康になりたい! 幸福になりたい! とする欲求願望のなかに悩みもし、煩いもし、葛藤もおこる。
生前に、「人生の幸福というものを安易な世界に求めてはいけない」と語ってきた。
無事平穏であることを、幸福の目標にしないこと。
本当の幸福は、多くの人が忌み嫌う苦悩というものの中にあるぞ。
その苦悩をたのしみに振り替えるところにあると語ってきた。
部屋が暗かったら、照明をつける。
雨が降れば傘をさす。
当り前のことだが、煩悩と懊悩の渦中にあると、自己を見失いがちになる。
まず自分の今ある立ち位置をしっかり見極める。
足元を見すえるということだ。
足元が確認できたらば、とにかく沢づたいに見通しのよい高い所に出る。
さらに足元を見る。
立ち位置を足踏みして確認する。
そして、見晴らしのよい所までさらに登りなさい。
必ず展望は開けると信じて疑わないこと。
いいね。
たいがい、展望台は、暗い森の中にはつくらないのが道理。
展望台は、眺望が開けたところにあるものだ。
自分の心を見晴らしのよい所へもっていきなさいよ。
周囲がよく見渡せると同時に、自分の立場もよくわかるようになるんですよ。
今日一日、真我とともにあらんことを…。
天意天風

2009年10月17日土曜日

富士山の樹海と煩悶と懊悩 1

諸君、元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話、天風人語のテーマは「富士山の樹海と煩悶(はんもん)と懊悩(おうのう)」の3回連続シリーズであります。
諸君は、富士山の樹海の中に入ったことあるかい。
百聞は一見にしかず。 ある人はわかるね。
ない人は、言い知れぬ、何だか、ゾクゾクするイメージがないかい?
テレビでそんな番組見たことあるだろうよ。
何か、暗くて、薄気味悪い。
一度入ったら自分がどこにいるのかさえ、わからなくなって、出てこられなくなってしまいそうな……。
お〜こわ。
アハハハハー。
笑って吹き飛ばしちゃおうぜ。
何、何が言いたいかって?
何も富士山の樹海まで見学に行かなくとも、諸君の心の中に、煩悶(はんもん)と懊悩(おうのう)の迷いの深い森に入ったこと一度や二度はあるだろう。
一度もなきゃ、それはけっこうなことだ。
煩悶てのは、いろいろと苦しみ悩むこと、もだえ苦しむことだね。
懊悩も悩み悶えること。
またその心の状態を指している。
こんなもん、食えやしねえからいらねえな〜。
Oh、NO!
今、現在、深い深い迷いの森に入っている人。
入っていると感じている人は、背筋を伸ばして両肩の力をストンと抜く、肛門をきゅっとしめて、そう、けつの穴しめる。
はい、深呼吸して、深呼吸だから、吐くことからだね。
吐くことが先だ。 いいね。
では、余計なこと考えずに、10回くらいやってごらん。
悩んでいること全部吐き出しちゃいなよ。
そんなもの腹の足しになりゃしないぜ。
この続きは、また明日……では。
今日一日、真我とともにあらんことを…。

天意天風

2009年10月16日金曜日

青い空に白い雲

諸君、元気ですかい、天意天風です。
本日の一日一話、今日は一日一歌ですかな。
天風人語のテーマは「青い空に白い雲」の歌だよ。
クレイジーキャッツの植木等さんが歌っていた、「ホラ吹き太閤記」の映画の中の歌だったと思う。
洒落で替え歌にしたので、気が向いたら、口遊んでくれたまえ。
若い方は知らないだろうが、カラオケルームの中に入っているから、1番は元歌で、2番は替え歌で景気づけに歌ってくれたまえ…。


「だまって俺についてこい」 ハナ肇とクレイジーキャッツ
1(元歌)
ぜにのないやつぁ
俺んとこへこい
俺もないけど 心配すんな
みろよ 青い空 白い雲
そのうちなんとかなるだろう

2(替え歌)
金のあるやつは
俺んとこへこい
俺もあるから 安心しろよ
みろよ 青い空 白い雲
必ずなんとかなっている


今日一日、真我とともにあらんことを…。

天意天風

2009年10月15日木曜日

積極的面白い

諸君、元気ですかい、天意天風であります。
本日の、一日一話、天風人語は「積極的面白い」だ。
人生なんじゃかんじゃ、いろんなことがある、何かあるのが人生です。
何かないと面白くもない。
何かツマンナイなあ~。
何か、いいことないかなぁ~あ。
何か面白いことないかなぁ~あ。
あ~やだやだ。
これは、だんぜん消極的な心の状態だね。
何故って?
それは。面白いこと、誰かがしてくれるのを待っているわけだからさぁ…。
受け身だね。
自分が主人公でなくって、何が面白いんだい?
自分が何もしないで、面白いことが、そう簡単に転がっている訳ではないよ。
自分で、これは面白いというものを自分で見出していく。
自分でつくっていくんだと、まずは決心しなきゃな。
自分の心が、面白いと感じなきゃ面白くないんだぜ。
当り前だ。
自分以外の人にも、それは面白いわ! 面白いね! と言わしめるようでなければ、本当には、面白くないんだ。
観客が一人もいない! 一人芝居じゃ、はりあいがないだろう。
面白いにも、「積極的面白い」と「消極的面白い」があるんだぜ。
今日一日、真我とともにあらんことを…。

天意天風

2009年10月14日水曜日

挨拶

諸君、元気かい、天意天風であります。
本日より、一日一話をはじめたい。
「天声人語」ならぬ「天風人語」だな。
まず小手調べに、「挨拶」からはじめようか。

辞典によると、
「挨拶」とは、人と人とが出合ったときや、別れるときに交わす儀礼的な動作や言葉。
また、その言葉を述べること。
相手に敬意、親愛の意を示す行為で、対人関係を円満にし、社会生活を円滑にする。
と記されている。

もともとは、禅の言葉で、禅宗では門下の僧と禅問答して悟りの程度を知ることである。
つまり、禅師が弟子の心の成長具合を、挨拶を交わすことで推し量るんだな。
挨拶の挨は心を開くこと。
拶は、互いに心を交わすこと。
互いに、胸襟を開いて、心を交わすことを挨拶という。
私流に言うならば、挨拶とは、溌剌、颯爽と明るく元気よく言葉を交わす。
人間同士の元の気を交わすこと。
気の交流だね。
互いに元気を交わす。
先天の一気を交わし合うわけだね。
人間として生きている以上、元気がなければ、生きていないんだよ。
わかるかい。
元気がなければ、挨拶にならないんだ。
挨拶とは言わないんだ。
いかなる場合、事情があろうとも、挨拶は互いの気の交わりなんです。
万物の霊長たる人間の証の一つですよ。

今日一日、真我とともにあらんことを…。

天意天風

2009年10月12日月曜日

皆さん、ごきげんよう。
天意天風であります。
本日も秋晴れのさわやかな天気です。
壮快! 壮快!
行楽には、最適日和だね。
朝のはじまりは、何と言っても、元気、溌剌、颯爽の気分が一番。
さあ心も体も楽しんできて下さい。

真我とともにあらんことを
天意天風

2009年10月11日日曜日

諸君元気ですかい。
天意天風であります。
“天意天風ここにあり!„ いよいよ準備が整ってまいったので、蒼天より、皆様へ第一声を挙げてさせて頂くことにあいなりました。
この産声は、わかる人にはわかるでありましょう。
わかっている諸君らに、天意による、蒼天からの呼びかけでもあります。

今日は、初のごあいさつでありますからして、肛門しめて、肩の力抜いて、リラックスして、さりげなく話をしてまいりたい。
本日は、晴天なり。 本日は、晴天なり。 あ、あ…、良好、良好。

いよいよもって、本格的な秋のおとずれだね。
そして実りの秋。
食べ物もおいしいシーズンになりました。
それにしても、このごろの台風は、やたらと大型化していないかい?
ついこないだの18号台風は、記憶に新しいことでしょう。
未だかつてない、伊勢湾台風より大型の勢力だった。
台風の大型化の原因は、地球温暖化の影響ではないかということで、さわいでいるが、はたしてそういうことなのか?
私の見解を述べたいとおもう。
我が国、日本は戦後より、太陽の観測とりわけ、太陽黒点の観測では世界第一線級の活躍をしてきている。
ご存知のこととおもうが…。
太陽の極性は、つまりN極とS極が、約11年の周期で入れかわり、盛衰を繰り返している。
しかし、ここんとこ入れかわり周期も定かでなくなっている。
その黒点の活動周期もここんとこ、一定ではなくなっている。
この前、話題になった皆既日食があったね。
これも記憶に新しいことだろう。
太陽の周りに真珠色の淡光として見えるコロナ放電に伴って発せられる光のことだが、この放電は、強いマイクロウェーブになる。
太陽系でもっとも影響を受けるのが、水の惑星地球なんですよ。
何を言いたいか?
それは電子レンジと同じということ。
大気と水のある惑星地球がすっぽり太陽コロナの電子レンジの中に入って、“チン„されているそんなイメージをおもい描いてみればわかりがいい。
地球内部から、ジワジワあったまっているんだ。
皆さん方も、電子レンジの中に入っているんだぜ。
ただし、マイクロウェーブじゃないんだ。
太陽を太陽としてあらしめている霊太陽の太陽意識の発する太陽霊子エネルギーのウェーブなんだな、これは…。
南洋の島が、海面上昇で、水没しかけているのは、知ってるね。
下から熱せられているんだ。
自宅のガスレンジでも、オール電化IHクッキングレンジでもかまわないが、鍋に水を入れて、沸騰させる。
何故沸騰させるってかい?
夕食は、うどん。
うどんを茹でるのに、お湯を沸かしているんだ。
とにかく、鍋に水を入れて火にかける、そしてお湯が沸いたら、乾麺のうどんでも、冷凍のうどんでもどちらでも結構、とにかく茹でる。
そのままにしておくと、熱湯が麺と一緒に噴き上がり、噴きこぼれてしまう。
事前に用意した差し水を、一気に鍋の中に入れて、噴きこぼれを一時的に止める。
スーッとひいていくね。
そして、かき回して、茹であがった頃に、火を止め、ざるにあけるね。
何が言いたいか、つまり、台風の大型化は、差し水の量を、今までの倍にふやさなければ、また風力を倍にふやさなければ地球環境のバランスがとれなくなってきているということ。
自然は自然のあり方で、自然に戻すべく、生態系を整えようとしているのだ。
どうしても、雨や風をふかせて、こもっている粗熱を取りはらわなければならないんだ。
台風も生命体なんだぜ。
台風の目に、台風の魂があるんだ。
これはほんとだ。
日本列島を縦断するときに、海上では、ぶつかるものがないから、意気盛ん、意気揚々だが、上陸すると、それを阻止しようとする山々や他の自然物、人工物にぶつかるので、それはそれで役目とはいえ、くるしいそうだ。
台風の生命体は、見方をかえると大変ありがたい存在なんだ。
今日は、あいさつていどだから、このへんにしておきましょう。
この続きは次回また。
ごきげんよう。
さようなら。

天意天風