2010年3月26日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート62

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート62」だ。

諸君、舞台は変わってここは孔子書院の間であります。

子貢(しこう)曰く、「先生、申し訳ありませんが、すっかり話に夢中になってしまい、回(かい)さんとの待ち合わせ時間に遅れてしまいました。 大変貴重なお時間をありがとうございます。」

「それはいかんな!」

「回とはいつ約束をしたのだ!」

「はい、こちらへ赴(おもむ)くとき、道すがら、帰宅の途中の回さんを見かけました。」

子曰く、「それでどうしたんだ。」

「そのとき、いつもの回さんにしては、肩を落として元気がないようにお見受けしたものですから、こちらから声をかけました。 先生の帰参のご挨拶が済みましたら、留守中当番を回さんに代わっていただきましたお礼をこめて、久しぶりに二人して飲みませんかとお誘いしました。 回さんは、私の誘いを快く受けてくれましたので、居酒屋『ざ・論民』でPM7:00に待ち合わせをしましょうと約束をした次第です。」

子曰く、「そうか、待たせてはいかんな、早く行っておやりなさい。」

「はい、遅れるかもしれないので、回さんには、先に飲んでいて下さるように話しておきました。」

「子貢よ、いやいや、そうじゃないよ。 それはまずもっていかんな! 回は礼をわきまえている人物だ。 子貢がくるまで、だまって待っているのが回だ。」

「はい、そうです。 来るまで待っていると言っておりました。 律儀な方です。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月25日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート61

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート61」だ。

諸君、神北(かんぺき)の心がチクチク痛むのは、本心良心の呵責(かしゃく)なんだね。
気が咎(とが)めてくる心境のことですが、これを「気咎(きとが)め」と言って、私が生前、人の誠の大切さや本心良心の話をする中でよく話をしたことなんだがね。

子貢(しこう)を待ちながら、悶々としていた顔回(がんかい)であったが、隣の部屋から子路(しろ)と神北にそっくりな声がもれ聞こえてくる。

「あれ、はてな? ひょっとしてあの声は、子路先輩と神北君じゃないか! もしかして、二人して隣の部屋で飲んでいるのであろうか?」

顔回、パーテーションに近づく。
口の中にたまった唾液をゴクッと飲みこみ、息を殺して、パーテーションに自分の耳をピタッとくっけた。

「おい、それはそれとして、顔回のやつ、相当まいってるみたいだな!」

「かなりまいっている様子でしたよ!」

「おお、そうか、ざまあみろ!」

顔回、パーテーションから耳を離した。
奥歯をグッと噛みしめながら、両こぶしを力いっぱい握りしめた。

顔回心の中で叫んで曰く、「間違いない。 子路先輩と神北君だ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月24日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート60

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート60
」だ。

諸君、まさか、偶然、顔回(がんかい)が隣にいるとは・・・
悪いことは出来ないものだねぇ。

「ところで先輩、先生に何て言われたんですか?」

「定期講義に、俺もおまえも出てないものだから、注意されたんだ!」

「それだけですか、先輩。」

「それと、神北(かんぺき)には休まず講義に出席するようにと、子路(しろ)から伝えてくれとのことだ。 おまえ、明日から何もなかったかのように、平然として講義を受けるんだ。 いいな! 先生や回からいろいろ聞かれても余計なこと言うなよ!」

「はい、先輩は出席しないんですか?」

「俺か? 顔回と顔を合わせにゃならんからな… まー、そこらへんは上手くやるよ。」

子路曰く、「おい、それはそれとして、顔回のやつ、相当まいってるみたいだな!」

「かなりまいっている様子でしたよ!」

「おお、そうか、ざまあみろ!」

神北曰く、「先輩、何かだんだん顔回さんが気の毒になってくるんですよ!」

「神北よ、顔回に同情してるのか?」

「そう言う訳じゃないですが、回さんは、真面目だし、怒らないし、親切だし、努力家だし、先輩が嫌うような人物じゃないですよ!」

「神北よ! 何言ってんだ。 回は俺と違って、先生にズケズケ物は言わないし、くってかからないからな。 いい子ぶりっ子しやがって、先生に気に入られることばかり考えてんだよ。 そういうこすからいとこが俺は気に入らないんだ。」

「そうですかね~。 そんな風には見えませんがねぇ~?」

「おい、おまえはどっちの味方なんだ?」

「先輩、こう言っちゃ何ですがね、回さんの大きなどんぐりまなこで、さらに瞬(まばた)きしないで見つめられますとね、何か悪いことしてるのかなぁ?ってそんな気になってくるんですよ。 私のおむねが、チックチック痛むんですよ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月23日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート59

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート59」だ。

諸君、孔子塾の教育方針には、四つの重点があったんですな。

子、四(し)をもって教う。 文(ぶん)、行(こう)、忠(ちゅう)、信(しん)。

文は読書のことだね。
行は実践することだね。
忠は本心良心に従って、真心をこめて物事に当ることだね。
信は信義のことだね。
つまり、自分の本心良心に対して偽ったり欺いたりせず、真実で正しい人の道を守ることだね。

子路(しろ)と神北(かんぺき)、居酒屋「ざ・論民」の二階の小部屋に入る。
顔回(がんかい)がいる隣同士の、パーテーションで仕切られた背中合わせの部屋である。

神北曰く、「子路先輩、突然先生に呼び出されたんですよね?」

「ああ、そうだ! ま~ともかく、神北君、おつかれちゃん、乾杯!」

「先輩もお疲れさま!」

「ゴク ゴク ああ、この生ビールうめえ~! 最高!!」

「先輩それで先生に感づかれたんですか?」

「感づかれちゃいないぜ! 心配するな。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月22日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート58

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート58」だ。


諸君、場面は、またまた居酒屋「ざ・論民」でありますぞ。
顔回と子貢の待ち合わせ時間のPM7:00はすでに30分以上も過ぎております。
PM7:30過ぎと言うことだね。
居酒屋「ざ・論民」玄関前であります。

子路(しろ)曰く、「おい神北(かんぺき)! 待たせたな。」

「子路先輩! 今私も来たばかりです。」

「おお、そうか。 いつもの部屋だ。 先にあがっていつものビールを頼んでおいてくれよ!」

「はい、チンタオのプレミアム生ビール(中)ですね!」

「そうだ、彼女に晩飯いらないって電話をしてくるから、すぐ上がっていくから先に飲んでいてくれ!」

「はい、わかりました。」

神北、つぶやいて曰く、「彼女もいないくせに先輩も見栄っ張りなんだよね! 彼女いるようなふりするんだからな。 孔子寮の寮母さんに晩飯いらないって電話しただけなのにねぇ~。 ま~、どうでもいいけど。」

ガラッ(居酒屋に入るドアの音です。)
「毎度、いらっしゃいませ!」

「亭主、二階のいつもの部屋を頼む!」

「どうぞどうぞ、ご用意してありますよ。 二名様ですね。 お二階にどうぞ!」

「おいおい、子路先輩のお気に入りの『“こ”の一番』の下駄箱がふさがっているじゃないか! 先輩、『”こ“の一番』にこだわるんだよな!」

「おい、亭主、だめだよ! 『“こ”の一番』の下駄箱は子路様専用にしておけって、この前も言っておいただろう!」

「お客様、そんな無茶なこと言われましても、ヨン様ならお店の宣伝になりますから考えてもみますが、世間一般のお客様のためだけには、ご用意できかねますので勘弁して下さいな!」

子路曰く、「おい、どうした神北!」

「先輩、今日は『“こ”の一番』が使われていますよ!」

「何にい! 『“こ”の一番』が使われているだと! 孔子大先生の一番弟子の子路様の『“こ”の一番』の下駄箱を勝手に使うふていやつはどこのどいつだ!」

「まあまあ、孔子一番弟子の子路様、ご機嫌直して下さいな。 お二人様にチンタオ生ビール一杯無料にしますから」

「亭主! 今何と言った? 孔子一番弟子の子路様と言ったかい?」

「はい、ナンバーワン弟子は、子路様以外他におりませんよ!」

「おおそうか。 まあ、しかたないな。 それで勘弁してやるか!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月21日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート57

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート57」だ。


諸君、「論語と算盤」の中で渋沢栄一翁は、キリスト教の解くところの「愛」と論語の教うるところに「仁」とは、ほとんど一致していると述べているんだね!
キリスト教の方では、「己の欲する所を人に施せ」と教えてあるが、孔子先生は、「己の欲せざる所を人に施す勿れ」と反対に説いているのだ。
そこに、自動的と他動的との差はあるとしているが、この二者も終局の目的は遂に一致するものであろうと考えると述べておられる。
そうですよ、私天風からすれば、二者とも心一つのおきどころ。
それはね、どちらも端的に言って、「人の喜びをわが喜びとせよ!」これだね。

子貢(しこう)問うて曰く、「先生、二つ目は、孔門以外にも、職責の重い階級や、身分の高い階層の方々とお話をされる機会が多い先生は、私、子貢の感ずるに、いずれの時も相手に応じて的確に判断され、的を得た話をされるので、ただただ敬服しております。 まるで中村天風先生のようです。 先生は、当然のこと、もの知りなのはわかっておりますが、何か特別な秘訣でもあるのでしょうか?」

子曰く、われ知ることあらんや。 知ることはなきなり。 鄙夫(ひふ)あり、われ問うに、空空如(こうこうじょ)たり。 われその両端を叩(たた)きて竭(つ)くす。

子答えて曰く、「子貢よ、勉強好きという点では、私は誰にも負けないつもりだ。 だがここではっきりさせておくことにする。 私はもの知りだという評判は、実は間違っているのだ。 質問者があまりに無知で、何を聞きたいのかさえ要領を得ないんだよ。 そんな時、いろいろとこちらから聞き返して、質問者自身の疑問点を整理整頓をする。 本人が何が疑問なのかを理解におよぶように、はっきりさせてやるだけだよ。」

子貢曰く、「具体的な御教授、誠にありがとうございます。 精一杯努力いたします。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月20日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート56

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート56
」だ。

諸君、顔回(がんかい)との約束の時間であるPM7:00を過ぎて、子貢(しこう)、いまだ孔子先生と書院の間におります。

子貢すっかり約束の時間を忘れているかのようであります。

子貢曰く、「先生、二つほど御教授をお願いできますか?」

子曰く、「子貢よ、旅の疲れもあると言うのに、元気だね!」

子貢曰く、「はい、おかげさまで、すこぶる元気であります!」

子曰く、「そうか、それはよかった。 ありがたいことだな! まぁ~子貢が良ければせっかくの機会だ、遠慮はいらない。 なんなりと言ってごらんなさい。」

子貢問うて曰く、「一言にもって終身これを行なうべきものありや。」

子曰く、「それ恕(じょ)か。 おのれの欲せざるところは、人に施すなかれ。

子貢問うて曰く、「先生、この一言なら、人生哲学とするに十分に足りうる、また、生涯を信条とする一貫した言葉はありますか?」

子答えて曰く、「私であるならまず第一は恕(じょ)だ。 人を自分の如く思いやることだ。 情味をもって人に接すること。つまり他人の心をもって自分の心とすることだ。 人からされたくないことは、自分からも人にしないことだ。」

子貢曰く、「御教授、ありがとうございます。 至らぬ私ですが、心に刻んで精一杯努力いたします。」

の物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月19日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート55

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート55」だ。

子貢(しこう)、仁をなさんことを問う。 子曰く、「工そのことをよくせんと欲せば、必ずまずその器を利にす。 この邦(くに)に居るや、その大夫の賢者に事(つか)え、その仁者を友とす。」とある。

「子貢(しこう)よ、うでの良い大工はいい仕事をするために、大工道具の手入れに余念がない。  決して使いっぱなしにして、粗末にはしないものだ。  まずノミやカンナを砥ぎ、いつでも自らの手のごとく使えるようにすることだ。  腕の良い大工と手入れの良い大工道具の例えのごとく人間の身と言い、心と称するものは、真我の命が現象の世界に活きゆくための一切方便を行なわんがための命の要具なんだよ。  ただこれを巧みに調整行使して、ひたすらその性能の完全なる発現を促進するぞと決心することだ。  そして、どこに行ってもこれはと思う良師に学び、仁徳のある志士を友人に選びなさい。」


子貢曰く、「はい、至らぬ私ですが、精一杯努力いたします。」

諸君、ところは変わって、居酒屋「ざ・論民」であります。


顔回(がんかい)曰く、「これ、亭主、連れももうすぐ来る。 二階で待たせてもらいたい!」

「はぁ、二階は、履物(はきもの)を脱いでもらいますが!」

「それはかまわぬ、他の客と顔を合わせぬ部屋はないのか?」

「へえ、パーテーションで間仕切りした小部屋がありますが、そこでよろしいでしょうか?」

「ああ、そこにしてくれ!」

「へぇ~い、かしこかしこまりました。 では、お二階へどうぞ!」

「お気に入りのナンバーの下駄箱に入れて下足ふだをお持ち下さい。」

顔回、「“こ”の一番」の下駄箱に入れ、下足ふだを取り、そそくさと二階のパーテーションで間仕切られた小部屋に入った。
掘りごたつ式になったテーブル座敷に座り、ため息ひとつ大きくついた。

その後は身じろぎもせず、なにやら物思いにふけっているかのようだ。
そしてブツブツと一人ごとをはいた。


「僕も先輩のおごりなら喜んで一杯飲みたいし、おいしいもの食べたいんだ。 何故、子路先輩は、僕だけ宴会に呼んでくれなかったんだろうか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月18日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート54

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート54」だ。

諸君、一昨日よりの孔子先生、書院の間での先生と子路(しろ)と子貢(しこう)との会話のやりとりと昨日の顔回(がんかい)のいる居酒屋「ざ・論民」で店の亭主と会話のやりとりがありましたな。
多少の時間差はあれど同時進行で進んでおりますよ。

子曰く、「子路よ、学びたい者の妨げをしてはいけないよ!」

子路曰く、「先生、何のことですか? おっしゃっていることがわかりません。」

子曰く、「子路よ、神北(かんぺき)を授業に出させなさい。 子路が講義を受けない日は、神北も受けていない! 神北に講義を積極的(せきぎょくてき)に受けるように私からのことづけだと子路から必ず伝えてくれ! いいな!」

子路曰く、「はい、申し訳ありません。 私も真面目に講義に出させて頂きます!」

子曰く、「わかればいい! さあ、もうよいから帰りなさい! 明日の講義はサボるな!」

「はい、先生、お先に失礼します。」

子路、師の前に背筋を伸ばして凛として立ち、静かに一歩さがる。
そして、ふかぶかと一礼してくるっと向きを変えた。
子貢を一瞥(いちべつ)してニヤッと笑って出て行った。

子曰く、「子貢、待たせたな!」

子貢曰く、「いいえ、先生、子路先輩、また何かしでかしたんですか?」

「いやいやそうではないが、門弟になりたての神北と学び舎(まなびや)には来ているようだが、授業を二人してサボタージュするので注意をしていたところだ。」

「ああ、そうでしたか。 先輩も困ったものですね!」

子曰く、「それはさておき、子貢も疲れたであろう。 今日は早く帰って休むがよかろう!」

子貢曰く、「ありがとうございます。 先生一つお聞きしたいことがありますが?」

子曰く、「何だね?」

子貢曰く、「先生、先ほどの志士仁人(ししじんじん)になるための『仁』を身につけるための心構えを是非教えて下さい!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月17日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート53

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート53」だ。


諸君、所は変わって、ここは居酒屋「ざ・論民」PM6:50であります。
待ち合わせの時間10分前に現われたのは、孔子門下生でエース顔回(がんかい)であります。

「いらっしゃいませ。 何名様ですか?」

「今は、私一人だ!」

「後から来られる方は何名様ですか?」

「後から来るのも一人だ! 悪いのか?」

「悪くございませんよ! ということはお客様は都合二名様ですね!」

「そうだ、二名だ! 人が二(に)と書いて、仁(じん)と読む! 私は仁者を志(こころざす)す者だ。 何故、人が一(いち)ではいかんのか? 君はわかるか?」

「お客様、そんなことはどうでもよろしいんですよ! 孔家の門人様ですね! 孔家の皆さんは、理屈っぽいですからね! 私は君子じゃありませんよ。 この店の亭主です! 経営者でオーナーですよ!」

「ああ、そうか、亭主もくどいな! 孔家門人はみな理屈っぽいのか?」

「そうですよ!」

「そうか、それは知らんかった。 私は初めてそのことを知ったぞ!」

「お客様、そんな大げさなもんじゃないでっしゃろう! ああ、そう言えば、一人だけ理屈っぽくない方がおりますね!」

「そうか、そうじゃないものが一人だけおるのか?」

「はい! 孔家の方で門人集めて大宴会された方がおりましてね! お勘定は全部その方が払ってくれたんですよ! 口は悪いですが、払いはきれい! 実に気前のいい方ですよ!」

「さて、亭主よ! その御人はどなたかな?」

「はあ、孔門一の弟子と自負されておられる子路(しろ)さんですよ!」

「何に! 亭主、子路だと言うのか? 何かの間違いではないのか?」

「はい、実に払いのいい方ですよ!」

「それは聞いておらん! 子路先輩が、ここで宴会をしたのか?」

「へぇ~さようで。 うちとこのお馴染みさんで御贔屓にしてくれておます!」

「そうか、亭主! いろいろ聞いてあいすまんな!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月16日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート52

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート52」だ。


諸君、「子曰く、志士仁人は生を求めてもって仁を害することなし。 身を殺してもって仁を成すことあり。」
これは本真(ほんま)の志士仁人(ししじんじん)は、「仁」を見棄ててまで生きようとはしない。
それどころか、「仁」を守るためには、あえて一命を投げ出すことも辞さないと述べているんだね。
一命を投げ出しても守りたい「仁」とは何だろうか?
孔子先生は、「仁」とは「人を愛することだ」とも答えている。
仁愛だね。

「愛する者を守るためなら一命を投げ出すことも辞さない。」という覚悟を持ちなさいということを言っておられるのだろう。
決して命を粗末にしろと言っているのではないですよ!
この志士仁人が孔子の門下生の目指す共通の目的であり、理想でもあるんだ。
つまり、志士仁人の人物になる、志士仁人の人格者になることが孔子塾で学ぶ第一意義であるんだ。

子曰く、「子貢(しこう)よ、入りたまえ!」

「失礼します!」

「子貢、改めて、お帰り! お役目ご苦労であった。」

「はい、ありがとうございます! これはこれは子路(しろ)先輩、お久しぶりでございます!」

「ああ、おまえまだ生きてたのか? しばらく顔を見かけなかったから、くたばっちまったかと思ったのによ! 残念だな!」

「子路先輩、相変わらず無愛想(ぶあいそう)なおっしゃり方ですね! 先輩もお変わりなく生きておられて安心しましたよ!」

子曰く、「おいおい! 孔家志士仁人たらんものがいがみ合いか?」

貢曰く、「先生、申し訳ありません。 以前子路先輩には、ずいぶんと可愛いがってもらいましたもので、ついジョークを言ってしまいました。 先輩、すいませんでした。」

子路曰く、「相変わらず口がへらねえやつだな! その口が災いを招くんだぜ。 先輩の忠告だ。 よく覚えておけよ!」

子曰く、「子路、そのへんでやめなさい!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月15日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート51

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート51」だ。

子曰く、仁に当たりては、師にも譲らず

諸君、ここは孔子先生の書院の間であります。
孔子先生は子路(しろ)を呼び出し、何やら注意をあたえ、気づきをうながしているようです。
子曰く、「なあ、子路よ、おまえが門弟の中で最も古参で、先進の最年長であろうと、他のことはともかく、『仁』に関しては、先輩だろうが、私こと孔子先生だろうが、お釈迦様、キリスト様、天風先生だろうが、誰だろうが同志である。 遠慮はいらない。 また、遠慮があってはならない。 またこれを妨げてはいけない! わかるよな! 同志で同士の子路よ!」

子路、黙って先生の話を聞いていた。
そこへ来たのが子貢(しこう)である。
トントントン トントントン
「先生、子貢であります。 用向きが終わり、只今ここに帰参いたしました。」

「おお、子貢か、ご苦労であった。 今子路と話をしている。 もうすぐ終わる。 ちょっと、そこで待っていてくれたまえ!」

「はい、かしこまりました。」



子路問いて曰く、「いかなれば、これを士と謂(い)うべき。」

子曰く、「切切偲偲(せつせつしし)、恰恰如(いいじょ)たる、士と謂(い)うべし。 朋友とは切切偲偲、兄弟には恰恰たり。」


子路曰く、「先生が、私を同志で同士と言ってくれましたが、どういう人物が同志で同士の『士』でありますか? ぜひ先生の見解をお尋ねしたい!」

「子路よ、それはもっともな問いかけだ。 私は同志で同士の『士』とはこうとらえている。 真心のある、遠慮のない批判が出来る一方で、人に柔和に接することができる、これならば同志の志だ。 さらに友人に対しても真心のある遠慮ない批判を出し、親兄弟親族には柔和に接するならば同志で同士の『士』と言える! つまり志士のことだ!」


子路曰く、「ああ、はいそうでありますか。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月14日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート50

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート50」だ。

諸君、孔子先生は、良心いつわらぬこと(忠)と、他人への思いやり(恕じょ)とが人倫の根本であると述べておりますがね、私こと天風は、人倫の根本は、本心良心に基づく、忠と恕を兼ねた真心であると考えている。
この本心良心の真心で感じいった素直な心であるならば、自分にとっての最良の良師に出合うことができうる。
師もまた良弟子に出合う!
私はそう信念している。

生前それを聞いて、私は、「ハーッ、これだ、これだ」と思った。
私がちょうど、十三歳のときであった。
当時、贅沢(ぜいたく)三昧に暮らしていた私は、この物語が書いてある本を読んで、「これでは、いけないぞ!」と思った。
「今の境涯で、私がそのまま、いいわいいわで暮らしていることは、本当に罰当りだ。」と思った。
そうして、家をでる決心をしたのは、十五歳のときで、私は、「糞(クソ)! 男一匹、独立独歩だ。 親のお陰で、こんな暮らしをしていたって何になるか。 よし、飛び出してしまえ!」と思った。
それでも、今の時代と違って、いきなり飛び出すわけにはいかないので、「よし! 乱暴狼藉(ろうぜき)してやろう。 そして親に愛想をつかせてやれ!」と思い、もう手に余る乱暴をしてやった。
よく、織田信長のおおうつけの少年時代さながらであったなと思う。
そうして、手がつけられなくなったものだから、父祐興(すけおき)が、母テウの兄である、当時、農商務省の次官をしていた前田正名に相談したら、「友人の頭山満(とおやまみつる)のもとにやれ。」と言われた。
それがきっかけで、私は、頭山満先生のところへ、やられたのである。
そして、親のところを離れて、物好きと言えばそれまでだが、中年まで、満蒙で、自ら苦労に苦労を重ねた。
その苦労を喜びとして活きるような気持が出来てたことも、後年、病に冒された後に、自分自身をそのまま捨てない気になったことも、若いときにちょっと読んだ書物から受けたインスピレーションだと思う。


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月13日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート49

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート49」だ。

諸君、江戸前期の陽明学者、熊沢蕃山(くまざわばんざん 1619―1691)は、若年でありながら江戸初期の儒者、中江藤樹(なかえとうじゅ 1608-0648)という良師を見つけたんだね。
これは学びたい、向上したいという蕃山の強い欲求が引き合わせたんだね。

そうした暫く月日が過ぎたある日、門弟が気づいて藤樹に話すと、
「そうか。 それでは庭へ入れてやれ。 下郎の身だから座敷へ上げることは出来ないけれども、庭ならよいから入れてやりなさい。 そして、廊下のところで聞かせなさい。」と言って、講義を聞かせた。
そして講義が終わった後で中江藤樹が、「そんなに私の話が聞きたいか?」と聞くと、
「ハイ、雨の日も、風の日も、こうして先生のお話を聞くのが私の何よりの務めだと思って参っております。」
「そうか。 お前の所は一体どこかね?」
「二つ山越した向こうでございます。」
「そうか。 すると歩いて来ると四時間ぐらいはかかるねぇ」
「ハイ、四時間はかかります。」
「どうだ、聞くところによると、年をとったおっ母(か)さんとお前だけだということだけども、うちの馬小屋が空いているので、馬小屋に来て住んではどうか? おふくろさんも、ここで、時折の話を聞くということなれば、四時間も山を越えて来なくてもいいではないか。」
このとき、蕃山は何と答えたか。
涙を流しながら、「身に余るありがたいことです。 けれども、私は山二つ越えてここへ来るからこそ、辛抱甲斐があると思っております。 お宅にご厄介になっては、たいした疲れも感じないで、いながらにしてお話を聞くなんてことは、もったいないことでございます。 やっぱり今まで通り、働いた揚句に、二つの山越えてここへまいり、お話を承る。 これがもう一番、私の気持ちの中に、励みが出ますので、どうぞそうさせて下さい。」と言ったという。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月12日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート48

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート48」だ。

諸君、熊沢蕃山(くまざわばんざん)、二宮尊徳の両偉人も「論語」は若い時より幾度となく熟読し、坊主が経文をくり返し、読経し勤行することによって、いつしかそらんじるまでになるがごとくになっていたんでしょう。
二宮さんも、まきを担いで読んだ一冊の本の中に「論語」もあったであろうと推測できますな。
私こと天風が少年の頃に、あの熊沢蕃山と言う人の作った歌を見たときに、「ああ人間これでなければいけないなぁ」と思った。

『憂きことのなおこの上につもれかし 限りある身のちからためさん』

「憂きことの」だから、憂いだね。
悪い状態になることを予想し、心配することだね。
ああなりはしないか、こうもなりゃしないか、例えば、風邪がずいぶんと長びいていっこうに治らないがひょっとしてガンじゃないかしらん等々色々の憂き思いのことだよ。
つまり、心配の不安の心の意識状態だね!
また悲しい、さびしい憂愁の心境だな!
「憂きことよ、なおこの上に、つもれつもれ。 俺は決してまけないぞ」という気持ちだ。
この人の有名な詩の中で、私の心を打ったエピソードを話そう。
蕃山は、山の上の一寒村に貧しい暮しをしていたが百姓の家に生まれた人なのだ。
もっとも血筋は大変よかったらしいんだが、落ちぶれて、結局は、山家住いの身になったんだが、やっぱり血筋がいいだけに、学問を志して、自分の畠に出来た野菜を担いでは村々、町々に売って歩くかたわら勉学にいそしんだ。
山二つ越したところに、中江藤樹(なかえとうじゅ)という、儒者で我が国陽明学派の祖、その当時の優れた学者の一人がいた。
その当時は、身分のいやしい者は、武士の講義する席上に入ることは許されないから、蕃山は講義の始まる時間に来て垣根の外で、うずくまりながら、垣根越しに中江藤樹の講義を聞いていた。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月11日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート47

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート47」だ。

諸君、以前に「良師は以ってすべからく宝と為すべし、良友は以ってすべからく鑑(かがみ)と為すべし。」と述べたことがあるね。
戦前に、修身によく出てくる話に有名な熊沢蕃山(くまざわばんざん)翁の伝記がある。
修身とは、自分の心と行いを修め正すことの意味だが、第二次大戦前の小中学校の教科目の一つで教育勅語をよりどころとして国民道徳教育の実践指導を目的としたものであったんだ。
昔は小中学校の校庭の隅っこや校舎の横に二宮尊徳翁の像が必ずと言っていいぐらいあったんだ。
まきを担いで本を読んでいる少年の像を諸君も見たことはないですかい?
熊沢蕃山、二宮尊徳は修身に出てくる日本の偉人なんだね。
熊沢蕃山翁の話は、渋沢栄一氏の「論語と算盤」、私こと中村天風の「運命を拓く」にも記載しているんですね。
渋沢栄一氏の「論語と算盤」は、昭和2年に出版されたんですよ。

「現今でも、高等教育を受けた青年の中には、昔の青年に比較して毫(ごう)も遜色(そんしょく)のない者がいくらもある。 昔は少数でも宜(よ)いから、偉いものをだすという天才教育であったが、今は多数の者を平均して啓発するという、常識的教育となっているのである。 昔の青年は良師を選ぶということに非常に苦心したもので、有名な熊沢蕃山ごときは、中江藤樹(なかえとうじゅ)の許へ行って、その門人たらんことを請い願ったが許されず、三日間その軒端を去らなかったので、藤樹もその熱誠に感じて、遂に門人にしたというほどである。 その他、新井白石の木下順庵における、林道春の藤原 惺窩(せいか)におけるごときは、皆その良師を択んで学を修め、徳をみがいたのである。」と渋沢栄一氏は「論語と算盤」の中で述べている。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月10日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート46

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート46」だ。

諸君、一昨日の続きだね。
顔回(がんかい―回かい)が近くに来ると、蜘蛛の子(くものこ)を散らしたようにその場から立ち去って行く塾生が増えていった。
中には、先輩の顔回の顔を見て睨み返して去っていく門人もあった。
さすがの穏やかな顔回も、身に覚えのない陰湿な態度に憤りと疑念を抱いていたが、孔子先生には、そんな様子は一切見せなかった。

そんな最中、帰宅の途中で、後ろから呼び止める声がする。
孔子先生の御用で留守にしていた子貢(しこう)であった。

子貢曰く、「回さん、ご苦労さまです! お帰りですか?・・・  回さんどうしたんですか? 元気がないじゃないですか? 体の具合でも悪いんですか?」

回曰く、「子貢君、君は私と口をきいてもいいのかい?」

「はぁ~? 何をバカなことを言っているんですか? 同門の子貢ですよ! 回さんとてもお疲れのようですね! 私の留守中に何かあったんですか?」

「私にもよくわからないんだ!」

「わからないって、どういうことですか?」

「突然、子路(しろ)先輩や神北(かんぺき)君が口をきかなくなったんだ。 私が挨拶や声をかけると、すぐその場を立ち去るんだ。 君の留守中から他の門下生も同じ態度をとるようになったんだ。 先生のいらっしゃるところではさすがにそれはないが、先生が立ち去るとすぐに私を無視しだすんだよ。 気にとめないようにしているんだがね! さすがにまいっているんだ。」

「そうですか。 回さん、何か心当たりはありますか?」

「私は普段通りで、思い当たるところがないんだよ。」

「回さん、これから私は孔子先生のところにご報告にあがるところです。 もし、お急ぎでなければ、留守中に私の当番を回さんに代わっていただきました。 お礼に一献(いっこん)差し上げたいが、いかがでしょうか?」

「子貢君、これについては先生には話さないでくれたまえ。」

「承知しました。 回さん、久しぶりに飲みながら、お互い忌憚(きたん)のない話をしませんか?」

「子貢君、ありがとう! では、君のご厚意に甘えて、そうさせて頂くことにするよ。」

「それでは、回さん、居酒屋『ざ・論民』をご存知ですね! そこの2階でPM7:00に待ち合わせしませんか? もし私が遅れるようでしたら、先に飲んでいてかまいませんから! 勘定は私に任せて下さい! 時間に間に合うように急いで行きますから、待っていて下さいな!」

「いや、子貢君、君が来るまで待たせてもらうよ!」

「回さん、あいかわらず律儀ですね。 では、後ほど・・・」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月9日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート45

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート45」だ。


諸君、「論語」の中の言葉は、その時代に応じていろいろな方々がそれを引用してきたんだね!
もちろん私もそうでありました。
かつての私のファンクラブの一人で有名人でもある松下幸之助氏もご自身の著書の中で引用の引用をしているね。
そこんとこおもしろいのでクローズアップして紹介しよう。

「生成発展が自然の理法」の中での一コマなんですな。
これは幕末のはなしでありますが、維新の志士の一人である坂本竜馬は大河ドラマ「龍馬伝」で今でも大活躍中の人物ですね。
その竜馬は、よく西郷隆盛と話し合ったものでした。
私の恩師である頭山満翁の敬愛する「敬天愛人」の西郷さんですね。
ところが、この坂本竜馬の意見は会うたびに朝令暮改(ちょうれいぼかい)でコロコロ変わっている。
そのために、話をしていても、西郷隆盛が彼から受ける感じが毎回違うんだ。
そこである日、西郷さんが「あなたはおととい会ったときと、今日の話とはまた違うではないか。 そんなことではあなたの言葉は信用できない。 天下の士として信じられる者には、不動の信念がなければならない」と言って非難したんですよ。
もちろん、薩摩のなまりの言葉で話したんですな!

その時、坂本竜馬は
「いや、決してそうじゃないよ、西郷どん。 孔子は『君子は時に従う』と言っているじゃないか。 刻々と時は移り、社会情勢は日に日に変わっているじゃないですか。 だから今日の是が明日の非になるのは当然じゃないですか。 今日よしとされることが、明日には、ダメになる。 この、時に従うこと、これが君子たるもののとる道じゃないですかい。」と言い切った。
さらに語を継いで、「西郷さん、あなたは、一度こうだと考えると終始一貫、それを守り続けようとする。 だがそれでは、将来、必ずあなたは時代に遅れて取り残されますよ。」と答えたとのこと。

西郷さんほどの人物を、そう軽々しく批判することは、控えなければならないが、生成発展という原理(プリンシプル)から考えてみると、坂本竜馬にいささかの賛成の意を持ちたいと思うと松下氏も言っておられる。
私もその意に賛成である。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月8日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート44

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート44」だ。


諸君、孔子門人で顔回(がんかい―回 かい)の友人の曽子(そし)が、顔回の人となりを称して、「どんなに才能があっても、それにおぼれず、学問を日々怠らず、また自分以下の者にも意見を求める。 どんなに知識が豊かでもそれに頼らず、他人の見聞に徴(ちょう)してみる。 衆知を集め、能力を誇示せず、学識をひけらかさず、争いをしかけられても相手になろうとしなかった。 私の亡くなった友人顔回は、こうした生き方のできる素晴らしい人物でした。」と述べているんだね。

顔回いつも通り正門をくぐると門の裏で隠れるように話し合っている先輩の子路と神北(かんぺき)の姿があった。

回曰く、「子路(しろ)先輩、おはようございます。 今日一日よろしくお願いいたします。」

子路、一瞥(いちべつ)するも回と目を合わさず、避けるように無視する。
無論、無口!

「神北君、おはよう! 今日一日よろしくお願いいたします。」

ちょっと、バツが悪い表情をした神北であったが、子路の方を向いてこちらを見ようともせず無言であった。

「子路先輩、神北君どうしたんですか? 何かあったんですか?」

子路曰く、「神北いくぞ。 ついてこい!」

子路と神北は、回の投げかけた言葉を避けるように無視して、そそくさと門の外に出て行ってしまった。

「どうしたんだろう? いつもと様子が違うが、何かあったんだろうか? まー、いい。 気にしているヒマはない。 急いで教室に行って、先生の今日一日一話の講義の準備をしなきゃ!」 回、教室に入る。

今日の講義のために、次々と、塾生が入室する。

回曰く、「諸君、おはよう!」
無言!

回曰く、「諸君、おはよう!」
無言!

回曰く、「諸君、おはよう!」
無言!

回、心の中で「いつもニコニコして挨拶を交わすのが、塾生同士の常であったのだが、だれも私の目を見ようともしない! むしろ無視するかのようだ。 何か様子が変だ! ま~気にすまい! 先生ももうすぐ来られることだ。 気分をとり直して明るくいこう!」とつぶやく。

孔子先生、中庭をはさんだ向こうから渡り廊下を歩いてこられるのが見えた。

回、教室の前で先生を出迎えて曰く、「先生、おはようございます。 今日一日、ご指導、よろしくお願いいたします!」

「お~お、回よ、おはよう。 今日一日、サポートを頼むぞ。」

「はい、もうすでに準備は整っております。 塾生も子路先輩と神北君以外は、全員そろっております。」

「おお、そうか。 また子路はサボリかい?」

「私には、わかりかねます。」

「神北は金魚のフンかい?」

「私には、わかりかねます。」

「わかった! 子路に注意しておこう。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年3月7日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓〜論語創作ものがたり パート43

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート43」だ。

私の解釈は別としても、こんなことが「論語」の中に載っているんですよ。

回は実の息子以上の存在であって、孔子先生の後継ぎで、頭が良くて、勉強大好きで、なおかつ思いやりがあって、優しく気立てがいい。
とくりゃ、そりゃ身贔屓(みびいき)もしたくなるのが人情だね。
えこひいきもする。
回の悪口言われりゃ、すぐかばいたくなる。
回をいじめるやつは、同門の弟子でも許さない!
以上のことで子路の嫉妬もうなずける一面もあるね!
火のないところに煙は立ちませんよ。
何故って?
それは、顔回に関しては、父子の接し方であって、他の門人との接し方態度とはあきらかに異なっていたんだろうね。

諸君、そんなこんなで、子路のち密な計画は、思惑通りにはこんだ。
孔子先生、顔回、子貢の三人だけには、耳に入らなかったんだ。
顔回いつも通りに、早朝より働いて、一椀の雑炊をすすり、白湯を飲み、書籍を布に巻いて、腹帯としてしっかりと腰に巻いて、身支度を整えた。
とにかく、学問が三度の飯より好きな顔回君なんだな!
孔子塾門前に来ると弟子は必ず教えを謙虚に乞う姿勢を一礼(おじぎ)をすることによってその意を表すのがならわしであった。
顔回は、師に対する姿勢が際立っていたんだ。
日本の神様ではないから、二礼二拍手一礼をしたかは定かではないが、「一礼(おじぎ)をするとともに、本日も師について学べることを心より感謝します。」という口上を述べて門をくぐっていたとか?
そして、後輩であろうと、近所のおばさんであろうと、子供たちであろうと、自ら率先してあいさつすることにしていた。
礼儀正しい好青年何だね、回君はね!
こんな青年は、やはり人から好かれるんですよ。

子曰く、「なあ、回よ、教養を広めると同時に、これを礼によって集約する実践態度、これこそ君子
としての義務に忠実なものと言えるだろう。」との教えを素直に聞いて、実践している回君なんだ。
これが人から好かれるコツでもあるんだ。
だから好かれようと思わなくても勝手に好かれちまうんだね!


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風