2010年3月4日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート40

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート40」だ。

諸君、昨日話した孔子先生の愚痴&ぼやきはこれなんだが、
「子曰く、三年学びて穀(こく)に至らざるは、得易(やす)からず」
他にも愚痴やぼやきが「論語」の中にけっこう載っているんだよ。
ご存知のことと思うが?
「孔子先生だって人間だもの」
そんな人間くさい一面をもつ人柄が描かれているのも「論語」の魅力のひとつなんだろうがね。
学者、見識のある方々によって解釈は様々であるが、私は、いつの時代も実理実利を重んじることは抜きにできないね。
実際の利益や実益のために孔子塾で学んでいると解釈をすれば、「三年も学問をするともう士官のことを気にする。 わが門下生もそんな連中ばかりだ。」と嘆いて愚痴&ぼやきを言っていたんだろうな!
この解釈の方が無理がないと思うんだが、諸君の見解はいかがな?
ま~、生前、私も似たようなことをやっていた、やらしていただいたのでわかるような気もするがね!
「親の心子知らず」という成句があるね!
「師の心、弟子知らず!」
そんなもんだね!
門人となった神北は人当たりがよく、処世術を心得た、弁舌も立ち、調子もいいやつだから、またたく間に門人連中に、子路の思惑通りに話が伝わっちまったんだな。
「好事(こうじ)門を出(い)でず、悪事千里を走る」というが、いつの世も人が集まればゴシップは世の常、それも悪い評判はすぐに世間に知れわたるものだということですな!
とにかく、子路の計画通りにことがはこんで行ったんだね!

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年3月3日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート39

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート39」だ。


諸君、処世術という言葉があるよね!
この世の中で生きてゆく、暮しを立ててゆくための世渡りの術(すべ)。
つまり、今時で言う、「世渡り上手になるための学問のススメ!」みたいなものだな。
成功者による成功哲学もそのジャンルにはいるね!
「どうやったら巨万の富を築けるのか?」なんて書店に行けばたくさん並んでいるだろう!!
一般ピープルはそこまでの野心、野望、大志は無いにしても、今時の御時勢、正社員として就職ができれば十分とか、派遣でも働ければOK!とかね!
とにかく生活していければ文句はないとかね!
そんなことより、宝くじ3億円の半分でも当たる方法を知りたいとかね!
いろんな処世術本が出ているね!!
「これを読めばあなたは変わる。 一夜にして、成功者になれる!」なんてね!
それが、今時と言ったのは、孔子先生の孔子塾の第一義は、「君子たるもの」、または「『仁』の道に至る」ための学問であり、日々実践するための実践哲学を教えるものであるのだが、孔子塾で有能な人材を育て、世に排出していくことでもあった。
しかし、就職のためだけに門人となるという輩(やから)、そういう弟子も多くいたということが「論語」の中に孔子先生のポロっと口から出てしまった愚痴&ぼやきが載っているんですよ。
なにも子路だけが愚痴っぽかったわけではないですよ!
人間思い通りにいく時は、愚痴は出ませんよ!
その反対であれば、愚痴の一つや二つや三つ出ませんかい?
諸君はどうですかな?
身に覚えがありませんかな?

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月2日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート38

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート38」だ。

諸君、論語の中に孔子先生と顔回と子路のこんなやり取りがある。

孔子先生が顔回に向かってこう言った。
「いったん登用されれば全力で発揮するが、認められぬときはじっと静観している。 こういう境地に安住できるのは、私とおまえぐらいのものだろうな。」

これを聞いていた子路は面白くなくって、黙っていられなかった。
孔子先生にくってかかるんだ。
「それならもし先生が大国の総司令官になられた場合は、どんな人物を頼りにしますか?」

「子路よ、素手で虎に立ち向かったり、歩いて黄河を渡るたぐいの無茶でおろかな命知らずはごめんだね。 むしろ臆病なほど注意深く、成功率の高い用意周到な綿密な計画を立てる人間の方が頼りになるよ。」と皮肉られたんだ。
子路、そう言われていたものだから、今回は、子路なりに考えて計画的に行動しているんだろうね?

「先輩、上手いこと言いますよね! それって、嘘も方便て言うんですか?」

「ばか言ってんじゃねえ! 大義名分て言うんだ! よく覚えておけ!」

「はい、先輩の言われる通りに上手くやりますよ! 任せておいて下さいな!」

「ドジるんじゃねえぞ! くれぐれも、先生と回と子貢には、気づかれぬようにやるんだぞ!! いいな!」

「合点しょうちのすけ! では早速取りかかります。」

「たのんだぞ!!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月1日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート37

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート37」だ。
諸君、神北、調子のいい、目立ちたがりやだが、憎めないところもある。
しかし、何者だろうね?

子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)、おい、調子にのるんじゃないぞ!」

子路、すかさず神北の首根っこをつかまえてはがいじめにする。

神北こたえて曰く、「先輩、苦しいですよ! ゲホ! ゲホ! 息できませんよ!  ゲホ! ゲホ! ゲホ! はぁ~、殺されるかと思いましたよ! 先輩、とにかく落ちついて下さいよ! 先輩の約束は忘れていませんよ!」

「嘘を言うな!」

「本当ですよ!」

「必ず先輩の言う通りにしますから!」

「じゃ早速、俺の言う通りに始めてもらうぞ!」

「あいあいさ~! すぐ子路先輩の計画を行いますです!」

「おまえ調子のいいやつだなぁ! いいか、神北よ、居酒屋『ざ・論民』で俺との約束は覚えているよな! 忘れたとは言わさねえぞ! おまえは忘れてもこの背中の桜吹雪が忘れちゃいねえぜ!」

「先輩、いつから遠山の金さんになったんですか? 大丈夫ですよ、忘れちゃいません。 はい、はっきり覚えてますよ!」

「そうか! じゃここで言ってみろ!」

「はい! まず門人連中に、それとなく話しかけて、『顔回と口をきいてはならない! 完璧に無視するように! 子路大先輩の御命令だ。』と伝えるんですよね!」

「ばかやろう! 違うだろう、それではただの弱い者いじめじゃねえか。 いいか神北! 子貢が能力は俺のほうが上なのに、先生は顔回ばかり可愛がる。 子貢が不平不満を言ってきたので、心やさしい子路先輩が、グッチー(愚痴)を聞いて、相談にのってやったんだ。 弟子同士、不平不満や嫉妬がつのれば、孔子一門の結束が乱れる。 また、世間にうわさが流れれば、先生と門人の恥ともなる。 これでは君子たるものを目指す門人の一人として、はたまた『仁』の道を極めんと志すものとして、道義がたたぬから、ここで大先輩の子路様が男気を出されて、これを正そうということだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月28日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート36

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート36」だ。

晴れて、神北(かんぺき)、孔子門人となりました。
しかし、面白くないのは子路(しろ)であります。
「何か自分だけ会話に入れず、何を言っているのか、いまいちよくわからない! 長年先生と一緒にいるおいらがわからなくて、偶然、居酒屋で出会った神北のいんちき野郎が楽しげに話の中に入ってやがる。 実に不愉快! 実に面白くない! 実に腹が立つ!」
そんな子路でありました。

日付は変わって翌朝AM9:00、孔子塾正門前であります。
神北、昨日の服装と打って変わって質素な出で立ちでありながら、髪は普段どおり結われ、小ざっぱりと垢ぬけて見えた。
正門の扉の裏に隠れて、神北の来るのを鬼の形相で待ち構えていたのは子路でありました。
神北、門前に立つと服装を整え、背筋を伸ばし、まっすぐ正面を見据えてゆっくりと頭(こうべ)を90度に下げ、一礼をして入ってまいりました。
門前に入るや否や、神北の前に飛び出したのはご存知、子路大先輩であります。

「待て! 神北! このインチキ野郎!」

「いきなり飛び出して来るからびっくりしましたよ! 先輩、驚かさないで下さいよ!」

「おまえに話がある! 顔かしな!」

「先輩!どうしたんですか? 恐い顔して、何か悪いものでも食べたんですか?」

「うるせぇ! 俺は腹が立っているんだ!」

「子路先輩、怒りは体に毒ですよ。 天風先生がよく言ってたじゃないですか、怒るとたちまち血液は黒褐色になって味わいが苦くなっちまうんですよ。 色と味が変わっちまうと血液本来の姿が消えちまうんですよ。 血液本来の姿というのは弱アルカリ性でなければいけない。 弱アルカリ性の血液である限りは、バイ菌マンが入ったからって、けっしてその人間は病には侵されないんですよ。 先輩、ご存知でしたか?」

「そんなことはどうでもいい! お茶じゃねぇんだ! ごちゃごちゃ言うな、こっちへ来い! おい、神北! さっさと来ねえと首根っこつかまえてへし折るぞ!!」 

「先輩、乱暴はいけませんよ。 暴力反対!!」

「ふざけんじゃねぇよ。 昨日のお前の態度は何だ! 俺のこと、こけにしやがって!」

「先輩、それは誤解ですよ! 私の話もよく聞いて下さいよ。」

怒りの矛先(ほこさき)を神北に向けている子路でありました。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月27日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート35

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート35」だ。

諸君、子路(しろー由)先輩と冉有(ぜんゆう―求)先輩の話を門人仲間から聞いて知っていた弟子の公西華(こうせいか―赤)は、「ただちに実行すべきか?否か? いったいどっちなんだ? 先生が何と考えておられるのか釈然としない。」
真意を知りたくて知りたくて悶々としていたんだね。

そこで孔子先生に個別で指導を仰ぐ機会を得た。
「やったぜベイビー! やっとスッキリする!」
赤(せき)はこおどりして喜んだとか?

「先生、由(ゆう)先輩が『教えを受けたら、ただちに実行すべきでしょうか?』とたずねたのに対して、先生は、『由には父兄がいることだ。 父兄に相談してから実行にうつしなさい。』とお答えになりました。 ところが、求(きゅう)先輩が教えを受けたら『ただちに実行すべきでしょうか?』とたずねると、『そうすべきだよ』とのお答えでした。 どうも腑に落ちません。 どちらが正しいのでしょうか? 先生の真意はどちらにあるのでしょうか?」

「それはな赤よ、こうなんだ。 求は慎重すぎるのはいいのだが、性格は引っ込み思案なんだね! それでは『いざ』というときに決断と行動がとれない! だから積極性をうながしたんだね。 かたや由は、無鉄砲な無茶をする性分で、人の分までやろうとするよけいなおせっかいするところがあるから、慎重に考慮するように、手綱を引き締めたのだよ。」

「先生、そうだったんですか! 先生の真意もわからず、失礼なことをおたずねしました。 お許し下さい。」

「なんのなんの、素直な疑問があれば、謙虚に問うべきだ。 問われぬものは、私とて答えようがないからね!」

ま~、こんな会話が、論語の中にあるんですな!
ボディーもマインドもスピリッツも同一の人は誰もいません。
人の数だけの対人、対機説法論語があるんですな!
それぞれ聞く耳も、聞く心も違いますからな!
孔子先生の真意は、人の個性、性格を知って、心得ていての人材(じんざい)人財(じんざい)育成にあったんだね!
人それぞれの良いところつまり長所をさらにわかっていて育て伸ばす。
また短所も見方をかえれば個性であって長所となりえる。
それをわかっていてどう見るかによってのとらえどころなんだね。
それを知り、良い方向に導き、伸ばしていこうとしたんだね。
人は真の指導教育によって人財になりうるんですな!
諸君はどう思われますかな?
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月26日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート34

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート34」だ。

諸君、「人を見て法を説け」という成句はご存知であろう。
釈迦が相手の能力や人柄に応じて法を説いたことから、人に応じた働きかけをしなければ、相手の気持ちをつかむことはできないということを言うんだね。
仏教では、「対機説法」とも言いわれているね。
相手の個性能力に応じてわかるように法を説くことなんだね。
別に、釈迦に限らず、孔子先生も弟子に同じことを質問されても、その返答はその人の「わかる」ように「わかる」を教えていたんだ。
そのゆえ返答が一様ではなかったんだね。


子路(しろ―由)問う、
「聞くままにこれを行なわんや。」

子曰く、
「父兄在(い)ますあり。 これをいかんぞ、それをきくままにこれ行わんや。」

冉有(ぜんゆう―求)問う、
「聞くままにこれを行なわんや。」

子曰く、
「聞くままにこれ行え。」

公西華(こうせいか―赤)曰く、
「由(ゆう)や問う、『聞くままにこれを行なわんや。』 子曰く、『父兄在ますあり。』 求(きゅう)や問う、『聞くままにこれを行なわんや。』 子曰く、『聞くままにこれ行え。』 赤(せき)や惑う。 あえて問う。」

子曰く、
「求や退(しりぞ)く。 故にこれを進む。 由や人を兼(か)ぬ。 故にこれを退く。」



子路が孔子先生にたずねた。
「先生の教えを受けたら、ただちに実行すべきでしょうか?」

孔子先生は答えた、
「子路は父兄がいることだ。 父兄に相談もせずに実行していはいけないな。」

弟子の冉有がたずねた。
「先生の教えを受けたら、ただちに実行すべきでしょうか?」

孔子先生は答えた、
「オフ コース! そうすべきだよ。」


諸君、あれ~? 孔子先生、言っていることに一貫性がないよな!
これじゃどうしていいのか弟子も迷っちまうよな!
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月25日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート33

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート33」だ。

諸君、諸君は一を聞いたらいくつ「わかる」を知ることができますかな?
私なんかは百を聞いて一わかるかな?
諸君はいかがであろうか?

「そうか、これで決まりだね。 神北(かんぺき)殿これより孔子塾門人とする! 諸先輩の指導を仰ぐとよい!」

神北答えて曰く、「はい、ありがとうございます! 『仁』の体現を目指していく所存です。 孔子塾門人の一人として恥ぬよう心がけて精進いたします!」

「子路(しろ)よ! 由の紹介であるから、神北の面倒をよくみるように。 いいな!」

子路問て曰く、「先生、けつの青い回(かい)や子貢(しこう)の意見で決めるやり方は、正直言って気にいりません! 由は納得できません! 神北の入門について先生はどう考えておられるか、先生のご意向をおききしたい!!」

「子路よ、お前の話があったときから、神北の入門は許していたんだよ!」

子路日<、「では何故、回や子貢に決めさせるのですか?」

「実は、先日、子貢と話をした。 『子貢よ、回と君はどちらが上だと思うかね?』と問う
たんだよ! ここにいる子貢は、『顔回先輩はーを聞いて十を知る。 一方、私は、一を聞
いて二を知る程度です!』と私に答えたんだね。 子貢よ、そうだったね!」

「はい、そのように申し上げました。」

「この返答で、今朝の入門者の話を聞いて、優等生の回と子貢の二人に入門の選択をまかせることにしたんだよ。 君子の立場より鑑(かんが)みて、人を正しく見極めるという機会は回と子貢の両人の実学になると考えたからだ。 子路、合点がいったかね?」

諸君、孔子先生にはそういう意図があったんだね。
孔子先生は、天分の天命をもった天性の教育者なんだね!
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月24日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート32

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート32」だ。

諸君、孔子先生の返答、「わかる」かな?
「わかんねえ」だろうな?
「わかる」と一言で言っても本当に「わかる」となると深遠なものですな!
この「わかる」とは理屈抜きで「わかる」ということではないかね。
あえて正しく「わかる」とは、スピリッツ(霊魂)がすでに知っているんだね。

子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)や子貢(しこう)、回(かい)の言っていることもわかりませんが、先生の言っておられることは、輪をかけてわかりません! 『わかる』『わからない』は、それぞれの理解度によって個人差があるんですよね! そうであるならば、もっと世間一般ピープルに合わせてわかるように教えていただきたい!」

「子路の言う通りだね。 それぞれ、天から与えられた固有の性能を有しているのだ。 皆一人一人違うことはわかっているよ。 とにかく子路よ、由(子路)がぜひ会ってくれと連れてきた相手だ。 ここで神北殿を門人とするのかしないのかの是非を顔回と子貢の二人に決めてもらう! 二人の意見が割れた場合は、私が決めよう。 子路は当然入門には異存はないであろう。 回、子貢、異存はないね!」

顔回答えて曰く、「はい! 回は異存ありません。」

「はい、子貢も異存ございません。」

「では子貢よ、神北殿を門人にするか? 否か?」

「はい、神北殿を門人に迎えます。」

「顔回はどうかな?」

「はい、神北殿を門人の同志として喜んで迎えます!」

子路の筋書き通り運んでいるようだね。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月23日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート31

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート31」だ。

諸君、いよいよ孔子先生が返答をする番だね。
何と言われるか楽しみだねぇ~!

子こたえて曰く、「神北(かんぺき)殿、そして子貢(しこう)、顔回(がんかい)の『わかる』は、皆、的(まと)を得た解答であったね! 万物の霊長たる人間は、『体』という『ボディー』と『心』という『マインド』と『霊魂』という『スピリッツ』の三位一体でできているのだ。 どれをぬいても人間として存在できないし、人間で在るとは言えないんだ。 それはどうしてかと言うとな、人間は、神でもない、また他の植物や動物でもない!  自然物ではあるが、神念(おも)う、天念う、地念う、万物念う、他者念う心性をもった霊的存在である。 また真理を慮(おもんばか)り、それを表現出来る権能を天から与えられている存在でもあるんだ。 そして人の霊魂よりくるところの本心良心がある。 それが天秤ばかりのバランスをはかる中心軸になる。 『自分には何がわかっているか、また何がわかっていないのか』というこの区別を本心良心よりくるところの悟心で得心すること、それが『わかる』ということなのだ。 つまり悟心とは、心がはっきりと澄んだ心で道理を明瞭に理解し、納得した心の状態、つまり正しく自覚している心の在り様のことだ。 本来、天には相対的な善悪も存在しない! 人の心を介することで、天秤ばかりが、善にも悪にもはかること、またはかられることになる。 その道理を己の心が知っていて、わきまえていることが、『わかる』ということだ。 その『わかる』心は、物事のあらわれやものの本質も自明することとなる。 『仁』の心が何たるかもわかるというものだ。 仁者への道でもある。」

一同、先生の話に、あ然として、ただただ、沈黙の静寂があった。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月22日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート30

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート30」だ。

諸君、「子曰く、後生畏(おそ)るべしいずくんぞ来者の今にしかざるを知らんや。」うんぬんというのがありますね。
年が若いということは、これからの将来に大いに希望があるということだ。
若いものの今後の世代が現在の時代をつくって中心をになっている世代を乗り越えていかないとは言えないのだ。
2500年前からこのようなことを述べているんだね。
昔も今も、「今の若い者は」「今どきの若い人は」という言葉をよく使うね!
そう言っている人も若い頃があったんだよね。
またそう言われていたんですな。
明治9年生まれの私もそうでしたよ!
私の若い頃は手がつけられなくてね!
「今どきの若い者は」とか、その逆もあったね。
「今どきの若いものにしては殊勝である」とかね。
いつの時代も決まり文句でこのように使われているんですな。
そんな私が、後々、多くの人の前で人生について偉そうに話をするようになった。
自分事であるが、実に後生畏(おそ)るべしですな!

神北(かんぺき)答えて曰く、「『わかる』とは、心と体で理屈抜きに自覚している状態のことを『わかる』と言うと考えます。」

「なるほど。 神北殿、よい返答だね!」

「子貢(しこう)はどうだね?」

子貢答えて曰く、「はい、以前先生は、『良心を偽らぬこと忠なり』と、また『他人への思いやりを恕(じょ)なり』と言われました。 『これが人倫の根本である』とおっしゃった。 その根本を感得する心の在り様、その状態が本当に『わかる』と言えると考えます!」

「子貢よ、とてもよい返答だね!」

「回(かい)はどうだね?」

顔回(がんかい―回)答えて曰く、「はい、私も子貢と同じく、以前先生から『私という人間は、ただひとつの原則(プリンシプル)だけで貫かれているのだよ。』ということを聞きました。 霊魂よりくるところの本心良心をプリンシプルとして、それが人倫の基本として、『してよいこと、してはいけないこと』の判断の基準となると考えます。 それに合わせ、『わかる、わからない』と言えるのではないでしょうか。」

「回よ、とてもすばらしい返答だね!」

諸君、孔子先生は、人を育てるにかけては天才的に上手だったんだね。
この才分は、孔子先生のもつ天分の天命によるものだと思うのだがね。
天命を知るとは、自己のもつ天命の天分を知るということに他ならないんだね、きっと!
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月21日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート29

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート29」だ。

諸君、学問とは、読んで字のごとく学んで問うということですな。
誰に学んで、誰に問うのか?
孔子先生は、「仁」を志す者は同じ同志として師弟間の問答のやり取りで実践的に自分のものとして学んでいくスタイルを大切にしていたんだ。

子貢(しこう)曰く、「待って下さい。 回(かい)先輩、私、子貢も先生より門人に推挙するしないの是非を委ねられています。 せっかく、この場をかりて、先生にお題をいただき、それぞれの見解を述べる! それから決めても遅くはない。 けっして神北(かんぺき)殿にも失礼にはあたらぬと考えますが! 先生いかがでありましょうか?」

「そうだな。 せっかくの茶会、ゆっくりと互いの会話を楽しもうではないか? どうだね、回よ? どうだね、子路(しろ)よ? いかがですか、神北殿?」

「先生、回は異存ございません!」

「先生、子路は異存ございません!」

「先生、神北も異存ございませぬ!」

「そうか、では、大先輩の子路からたずねるとしようかね。」

「はぁ~、私からですか?」

「そうだよ、長幼の序(ちょうようのじょ)にしたがって子路の考えを先に聞くことにする。 ましてやこのきっかけをつくってくれたのは他ならぬ子路だからな!」

「はぁ~、ま~そうですか?」

「由(ゆう)よ、『わかる』とはどういうことかね?」

「はぁ~、『わかる』ということですか? それは、『わかっているから、わかっている。 わからないことは、わからない。』じゃないですか?」

「子路よ、その答えでは、孔門の弟子としては浅はかな返答ではないかね?」

「はぁ・・・」

子曰く、「神北殿はいかに?」

孔子先生、ならび孔門の十哲の三大弟子の前で、神北いよいよ自分の考えを述べることになった。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月20日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート28

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート28」だ。

諸君、いよいよ神北君の入門審査会のはじまりはじまり。
子路の思惑通りにことがはこぶのかな?

子曰く、「顔回(がんかい)、子貢(しこう)、こちらが子路(しろ)紹介の神北(かんぺき)殿だ!」 

「顔回殿、子貢殿、お二人のお噂はかねがねうかがっております。 姓は京(きん)、名(な)は田(でん)、字は神北であります。 お会いできて光栄であります。」

顔回曰く、「先生よりご紹介にあずかった、顔回こと顔淵(がんえん)です。 字(あざな)は子淵(しえん)です。 子路先輩、先生のお引き合わせです。 こちらこそお会いできて光栄です。」

子貢曰く、「神北殿、お会いできてうれしく存ずる。 私は、姓は端木、名は賜(し)、子貢は字(あざな)だ。 顔回君と私が、貴殿の入門を決め、選択を先生から委ねられることは、先ほど知らされたことだが、それを抜きにして歓談したい! 神北殿、遠慮はいりませんぞ。  せっかくの話が遠回りになります。 貴殿のご意見を伺いたく存じ上げる。 回先輩はいかがですかな?」

顔回答えて曰く、「あなたの内の良心本心に省(かえり)みられて、入門の動機が疾(やま)しくなければ、神北殿の意志を尊重したいと思います。 神北殿、先生と子路先輩の好意とご配慮で貴殿にお会いできることになりました。 私が、先生に『〈仁〉とは何か?』についてお尋ねしたことがあるんです。 この〈仁〉を自らのものとして会得すれば、あとの徳目の〈礼〉も〈義〉も〈信〉も〈智〉もおのずと関連してつながっているものゆえ、いずれ自然に身に備わっていくとことなると先生より薫陶(くんとう)を受けております。 先生は『〈仁〉とは、自分にうち克って礼の本質を自覚し、その本質に合致した行動を自ずとするのが〈仁〉なのだ。 それができれば、人間世界は〈仁〉に同化する。 したがって、〈仁〉はひとりひとりの霊性意識よりくるところの、意志の発露の問題であって、個人の人生観によるところであるから、人に強制すべきものではない!』と教えられているからです。」

神北曰く、「顔回殿、至らぬわたくしですが、精一杯努力いたします。」

諸君、孔子先生の意図は、顔回、子貢を後継者として育てようと考えておられての配慮だったんだね。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月19日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート27

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート27」だ。

諸君、孔子先生は。論語の中で、顔回(がんかい)と子貢(しこう)について二人の人格および価値観の相異を述べているんだよ!
知っている人は知っているね!

「子曰く、回(かい)やそれ庶(ちか)きか。 しぼしぼ空し。 賜(し)は命を受けずして貸殖(かしょく)す。 億(おもんばか)れば、しばしば中(あた)る。」
〈回(顔回)の人格はほぼ完全に近い。 赤貧(せきひん)の中で天命を楽しんでいる。 賜(し―子貢)は天命に甘んじないで、金もうけに浮身をやつしているが、それでも遠い見通しをあやまるような人物ではない。〉と述べているのだ。

ま、ここらへんの解釈は、渋沢栄一氏の「論語と算盤」を是非お読み下さいな!

「では、失礼して入らせていただきます。 先生、おはようございます。 先生にあられては、本日はご機嫌うるわしく存じます。」

「子貢よ、昨日も共にしたばかりだ、いちいち杓子定規なことはいい。 顔回にも来てもらった、 子路(しろ)の紹介の門人希望の神北(かんぺき)殿に会ってもらおうと思ってな! 回と子貢の二人の合意で神北殿の入門を許そうと思っているのだが、まず、せっかくの機会だから、私と子路と回と子貢、神北殿と茶でも飲んで語り合いたいが、子貢はかまわぬか?」

「はい、もちろんでございます。」

「回もいいな!」

「はい、先生、おおせの通りにいたします。」

「ちょっとちょっと先生、何で回と子貢が俺の連れてきた入門希望者の審査員なんですか? いつもの先生なら、『来る者は拒まず、去る者は追わず』じゃなかったんですか?」

「おいおい、由(ゆう―子路)よ、そんな目くじら立てるな。 目からしおがふいておるぞ!!」

「え~、俺の目にクジラがいるんですかい? それもしおをふいているんですか?」

「由よ、たとえ言葉だよ!」

「先生は由をからかっているのですか?」

「ま~、そうむきになって怒るな! 子路の紹介で集まっているんだからな。 みんな、楽にしてくれたまえ。」

諸君、今回の入門審査については孔子先生、何か訳がありそうだね。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月18日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート26

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート26」だ。

諸君、いよいよ顔回(がんかい)の登場だね。
論語の中で、孔子先生は顔回についてこんな人物評価をしている。

「子曰く、回(かい)や、われを助くる者にあらず。 わが言において説(よろこ)ばざるところなし。」
〈顔回という男ときたら、もう少し質問でもしてくれたら、私も助かるのだが・・・。 私の言うことに感心ばかりしている。〉

この言葉からも推察するに、顔回は非常に理解力、つまり飲み込みが早かったのであろう。
『つうと言えばかあ』ですかな!
しかし、先生としては会話のキャッチボールをしたかったんだろうね。
顔回はどちらかといったら、寡黙な人であっただろうよ!

「先生、おはようございます。」

「おう、回よ! おはよう! 昨日は、私の友人の病気見舞いに子貢ともども付き添ってくれてありがとうよ。 病人の介添えまでしてもらったね。 まことにご苦労であったな。 礼を言うよ。」

「はい、先生のご友人が病でありますから、少しなりともお役に立ててよかったです。」

「ま~、こちらに来なさい。 回よ、突然であるが、子路(しろ)の紹介で訪ねてこられた、入門希望の神北(かんぺき)殿を引き合わせようと思ってな! 子貢(しこう)も呼んである。 間もなく来るであろうから、楽にして待っていてくれたまえ!」

回曰く、「はい、わかりました。」

顔回曰く、「子路先輩、ご無沙汰しております。 このところお目にかかっていませんでしたが、先輩もお変わりなくお元気でありましょうや?」

子路「ああ、ありがとよ。 変わりねえぜ。 頭の脳みそ以外は、元来が丈夫でね。 すこぶる元気だぜ!」

「いつもの先輩でお変わりなく安心しました!」

トントントン(ノックの音ですよ!)

「子貢であります。 先生、お呼びでありましょうか?」

「おお、子貢よ、待ちかねた。 さあ入ってきなさい!」

諸君、これで今回の登場人物が全員揃ったわけだね。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月17日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート25

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート25」だ。

諸君、孔子先生は名は丘(きゅう)、字(あざな)は仲尼(ちゅうじ)、諡(おくりな)は文宣王。
魯(ろ)の国の山東省曲阜県昌平郷陬邑(さんとうしょうきょくふけんしょうへいごうすうゆう)という町で生まれた。
紀元前552年とされる。
シャカムニ(釈尊)とほぼ同時期で、ギリシャの大哲学者ソクラテスより80数年早い。
魯国は中国周代諸侯国の一つ。紀元前十一世紀に周の武王が弟の周公旦(しゅうこうたん)に与えた領地で、都は山東省の曲阜。
孔子の生まれた春秋時代から国勢は振るわなかったが周の文化を最もよく伝えられるとされる。

子曰く、「そうか、ではよかった。 神北(かんぺき)殿、失礼なことを言うようだが、そのいでたちは宮中の正式なものではないか? 貴殿は着付けも礼法にかない心得ておられ、堂に入っておられる。 神北殿、貴殿の所作もまた作法にかなっておられる。 それなりの出の方と御見受けするが? 失礼なことをお聞きするが、貴殿はどこのどなたかな? 物言いからして子路(しろ)とはそぐわぬようにみえるが・・・ 由(ゆう―子路)とはどこでお知り合いになられたのかな?」
 
神北曰く、「はい、実は、昨日夕方より居酒屋『ざ・論民』で、はじ・・・」
 
子路、間髪入れず二人の会話の中に言葉をはさむ。

言葉をはさんで子路曰く、「ああ、先生、そんなどうでもいい話はよしましょうよ。 こいつ、先生の門人として学びたい一心でここにまいったんですから。 先生、それとこいつ気が利くんですよ。 先生の生まれ故郷の山東省の地ビールを手土産に持って来たんですよ。」

「そうか、私の好きな地ビールとな、そりゃすまんな。」
 
「はい。 青島(チンタオ)ビール、のど越しすっきり〈生〉、期間限定のプレミアムで新発売のものだそうですよ。」

「おお、それはそれはありがとうよ。 キリン、アサヒ、サッポロ、サントリー各ビール会社の関連競争も命がけのしのぎを削っていると巷の噂で耳にしておりますがね! 政治を中心にどの産業も大変な乱世の時代になりましたな! ハハハハハ!」

トントン! トントン! トントン!(これノックの音ですよ。)

「顔回(がんかい)であります。 先生、お呼びでしょうか?」

「おお、回か、待っていたぞ。 さあ、入ってきなさい。」

「はい、では。」

いよいよ、待ちに待った孔門第一と呼び声高い、顔回初登場であります。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月16日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート24

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート24」だ。

諸君、はた目から見ると「何やってんだこいつ」なんて言って人のことは、ことさら分かったように見えるね。
しかし、自分のこととなるとなかなか気がつかないものですな!
諸君はどうですかな?

神北(かんぺき)曰く、「願ってもないことです。 孔門第一、第二の高弟と言われて呼び声の高い顔回(がんかい)様と子貢(しこう)様と是非お会いし、お話をお聞きし、教えを請いたいと意念しておりました。」

子路(しろ)曰く、「なにぃ~! おい、神北! 孔子先生の一番弟子は自慢じゃないが紛れもないこの俺様だ! 間違えるな! よく覚えておけ! いいな!」

子曰く、「待て待て子路よ。 徳の何であるかをわきまえた人間はいないものだな!(『子曰く、由(ゆうー子路)よ、徳を知るものは鮮(すく)なし。』) これ、誰のことかわかるな、由よ!」

「はぁ~、それは顔回と子貢のことですね! あいつら自分勝手ですからね!」

子曰く、「子路よ、ともに語りあうべき人物に出会いながら語りあわぬのは、良友を失うことである。 ともに語るに足りぬ人物とばかり語りあうのは、ことばの浪費である。 知者は良友を失うこともなく、ことばの浪費もしない! 子路が出会いの縁(えにし)をつくってくれたのだ。 良友あい交わるせっかくの機会だ!! 子路よ、良友はもって須(すべか)らく鑑(かがみ)となすべしだ!」

子路こたえて曰く、「実は、私も神北を回と子貢に会わせたかったんですよ。」

子曰く、「そうか、では両人ともよかったな。」

子路の心の中のひとりごと「ちぇっ、うざってぇ野郎が来るなぁ。 何も回や子貢に話なんかねえよ・・・! 先生、何考えて呼んだんだよ。」 

「子路、何か言ったかい?」

「いえいえ、何も言ってません。」

子路のよからぬ企みをうすうす感じている孔子先生でありました。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月15日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート23

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート23」だ。

諸君、孔子先生は両眼の眼(まなこ)と眉間の第三の眼の三点を合わせることによって相手の真意と人物を見極めたんだろうね。
これって、読心術のひとつなんだよね。

孔子先生曰く、「まぁ~、神北(かんぺき)殿、こちらに来て腰をかけて楽にしてくれたまえ。 子路(しろ)、お前も来なさい。 先日、来賓より極上の烏龍茶をいただいたから、一緒に喫茶を楽しみませんかな?」

子路曰く、「いいですねぇ~、先生。 では、子路が早速お茶の用意をしますよ。」

「いやいやその必要はない。 神北殿が来られるということで下男に申しつけて、すぐにでも茶がたてられるように用意していたんだよ。」

「先生、そうですか。 今日はずいぶんとサービスがいいじゃないですか。 先生が自ら茶をたててくれるんですか?」

「もちろんだよ。」

「子路よ、君の紹介で当方までわざわざお越しになられたんだぞ。 私も先生という立場はあっても礼に対しては礼をもって迎えるものだよ。 それに孔門の弟子、子路に恥をかかせたくないからな。 神北殿、これでも私はお茶をたてるのが上手いんだよ。 子路にも先だて茶をたてたことがあったな。 その時は、子路はやたら喉が渇いていたとみえて、せっかくのお茶をがぶ飲みしたんだね。 それはそれで構わぬが、今日は、神北殿もいらっしゃることだ、せっかくの極上のお茶、ゆっくり風味香りを味わって喫茶を楽しんでくれたまえ。」

子路曰く、「先生、あと茶碗が2つ余分に用意してありますが・・・ これは何故に?」

子曰く、「ああ、この2つはな、顔回(がんかい)と子貢(しこう)を呼んであるんだ。 まもなく二人ともここへ挨拶に顔を出すであろう。 せっかくの機会、この五人で茶会をすることにしたんだ。」

子路曰く、「え~、聞いてませんよ。 顔回と子貢の野郎がくるんですか?」  

子曰く、「子路よ、彼らが来たら都合が悪いのかね?」

子路曰く、「いえいえ、めっそうもございません。 ええ、二人とも私の可愛い弟弟子ですよ。」

実のところ、二心(ふたごころ)のある子路でありました。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月14日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート22

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート22」だ。

諸君、神北(かんぺき)いよいよ孔子先生との対面であります。
孔子先生、奥の間でこちらを見ながら座っておられた。

子路(しろ)曰く、「先生おはようございます。 本日は無理を言って時間を作っていただき誠にありがとうございます。 弟子入り希望の神北を連れてまいりました。」

先生曰く、「こちらに来なさい。」

「先生、こいつが神北です。」

先生ゆっくり立ち上がられ、神北の正面に向かった。
それから、孔子先生は、神北の両眼(まなこ)と額の真中にあたる第三の目と言われる三点に自身の視線がぴったり合うように真向かわれた。 
両者、両手を組んでしばらく互いの眼(まなこ)を見つめあった。 
そして互いに深々と三度の御辞儀をした。

子曰く、「よく来られましたな。」

神北曰く、「はい、子路大せんせ…いぱいが口を利いてくれたおかげであります。 ご挨拶が遅れました。 私は、姓は京(きん)、名は田(でん)、字は神北と申します。 昨日よりお会いできることを楽しみにしておりました。 先生に謁見できましたこと、終生の光栄に思います。 以後お見知りおきくださいますようお願い申し上げます。」

「いやいや、今朝子路の申し出が突然だったので、後日、日を改めようと思ったが、どうやら子路にも事情があるとのこと。 無碍に断ることが出来なかったのだよ。 子路が是非に会ってくれという、珍しく本人直接の紹介であったから、どんな者を連れてくるのかと興味もわいたんだね。 まぁ~、子路は何をたくらんでいるのかわからんが、『人物を確かめて門人にすることにしよう』と子路には伝えてある。 神北殿、貴殿もそのこと心得て下されな。」

「はい。」

諸君、さて、何故孔子先生は、神北に真向かい、神北の両眼(まなこ)と第三の目と言われる三点に視線を合わせたのであろうか?
何か意図があるんだろうね。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月13日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート21

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート21」だ。

諸君、子路(しろ)という人物は、孔子一門の中で上位の年長者といわれているんですがね、そんな子路でありますが、孔子先生曰く、「やぶれた縕袍(うんぼう)を衣(き)て、狐貉(こかく)を衣(き)たる者と立ちて、恥じざる者は、それは由(ゆ)なるか。」と論語子罕(しかん)編にあるんだよ。
その解釈は、「由(子路)はどんな身なりでも、ボロをまとっていても、豪華な毛皮を着た人のそばに並ぶ。 それでいてちょっとも引け目を感じず堂々としてふるまっていられる者といえば、まず由だろうね。」つまり、着るものは頓着していなかったんだろうがね。
子路のポリシーとしては、「着ているものだけでは、真の俺の価値は判断出来るものではない。」と信念していたんだろうね!
つまり「ボロは着てても心は錦」だったんだね。
そんな子路でありますから、神北(かんぺき)のいでたちを見て、ただ単に姿形(すがたかたち)だけの体裁を整えることは、真の君子たりではないと考えていたようだ。

神北曰く、「そりゃないですよ、子路先輩のために衣装借りに走って、それから美容院に行って髪をセットして忙しかったんですからね! ひどいですよ!」

「わかったよ! すねるなよ! すぐ孔子先生に会うんだから機嫌(きげん)直せよ。 もうすぐ謁見の間だ! 神北、ちょっとそこで待っていろ! そうだ、お前手土産持って来たんだろうな。」

「はい、子路先輩の紹介状と干し肉と青島(チンタオ)ビールを手土産として持ってまいりました。」

「おまえ、粋なことするじゃねえか。 そういえば昨日の居酒屋「ざ・論民」でも青島ビール置いていたよな。」

「はい、そうなんですよ。 そこから孔子先生のお土産に持ってきたんです。 やはり、ジャーキーにはビールが合いますよね。」

「おまえ、請求書の中にあった『お土産代』はこのことか?」

「はい、そうなんです。 子路先輩に頼まれましたから、支払いは子路先輩に付けておきました。」

「なにぃ? 貴様、そんなことまでしていたのか? でも、孔子先生の故郷、山東省の青島ビールは、先生の大好物なんだよな。」

トントン! トントン!(これノックの音ですよ!) 

「先生、子路です。 入門希望者を連れてまいりました。」

「おお、そうか。 お入りなさい待ちかねたぞ!」

「はい、入ります。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風