2010年11月24日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート305

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート305」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

30分ほどして先生が、書院の間に入ってこられた。

子曰く、「子貢(しこう)、待たせたね!」

子貢曰く、「いいえ、先生もお疲れのところ、わざわざ私の為にねこ屋の栗ようかんを買いに行かれたと家人の方よりうかがいました。 お気遣い申し訳ありません。」

子曰く、「いやいや、今朝がたはバタバタしてしまって、うっかり家人に言いつけるのを忘れたまでだ。 特別気遣いなどはしておらんよ!」

子貢曰く、「今日の総合講義の中で、子路(しろ)先輩が私に気遣いをされていると言っておられ、先生も『そうだ。』と答えられました。 私は、先生に気を遣わせてしまう何かがあるのでしょうか?」

子曰く、「私は、子貢に気遣いをしている訳ではない! もちろん、親しき仲にも礼儀というものはある。 しかし、愛弟子に対しては私流の『恕の心』を表したまでだ。」

子貢曰く、「先生流の『恕の心』ですか。」

子曰く、「そうだよ! 私流の思いやりだ。 私がそうしたくて、しているだけだよ。 それは気遣いじゃない!」

子貢曰く、「では、何故先生は、子路先輩に『気を遣っちゃった』と言われたんですか?」

子曰く、「それは子路の気質をよく知った上でのことだよ。」

子貢曰く、「先輩の気質を知った上で・・・」

子曰く、「子路は、ああ見えて、後輩思いの優しいところがある。 子貢もわかっているだろうが、自分一番じゃなければすまないお山の大将だ。 そんな性格から、彼には、心を割って素直に話が出来る友人が一人もいないんだよ。 私は立場上では、師と弟子の関係であるが、子路とは、心を割って話せる一番の友人でありたい。 私より、九つ下で、実の弟ぐらいの年だ。 身内にもできないほど、命がけで私を守ろうとしてくれる奴だ。 私はその心に、私流の『恕の心』で子路に報いたいのだ! 彼に報いるとは真の友人として言いたいことを言える遠慮のない間柄でいることなんだよ。 何をしでかすかわからない奴だが、守らなきゃならない大切なものがある時、彼は分別を弁(わきま)えながらも必死で守ろうとする。 その時の子路は、士たりえているんだよ。 私はそんな子路が大好きなんだ。 子貢よ、わかってもらえるだろうか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月23日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート304

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート304」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

しばらくして、下男が戻って来て曰く、「子貢(しこう)さん、先生は只今着替えてられておいります。 先生から『待たせてすまんが、着替えが済み次第すぐ行く。』とのことです。 もうしばらくお待ちください。」

子貢曰く、「はい、お待ちしております。 使い立てをして申し訳ありませんが、待たせている私の下男に2時間ほどかかるので、食事に行って来るように伝えて下さいませんか。」

家人下男曰く、「はい、わかりました。 お伝えしますが、お付きの方のお食事はこちらでご用意させて頂きますので、ご心配なさらないで下さい!」

そこに家人の下女がお茶を持って入って来た。

家人下女曰く、「お茶をお持ちしました。」

家人下男曰く、「さあさあ、お茶が来ました。 もうしばらくくつろいでお待ち下さい。」

子貢曰く、「あっこれ! 私の大好物です!」

家人下男曰く、「はい、子貢さんが来られうから、講義の後、寄り道されて、ねこ屋の栗ようかんを買って来られたそうです。 それで遅くなってしまったと言っておられました。」

子貢曰く、「え~、私の為にわざわざ買いに行かれたんですか?」

家人下男曰く、「はい、先生らしいですよ!」

子貢曰く、「先生は、私に気を遣っておられるのですね。」

家人下男曰く、「いえいえ、気を遣っておられるというより、先生はそういう方なんですよ。」

子貢曰く、「はい、そうですよね!」

家人下男曰く、「それでは、私はこれで失礼します。 ごゆっくりどうぞ。」

子貢呟いて曰く、「先生は私をそんなに気遣っておられたのか・・・」

先生のさり気ない気遣いに熱いものがこみ上げてくる子貢であった。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月22日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート303

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート303」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子貢(しこう)曰く、「大変とは、何かあったんですか?」

家人下男曰く、「子路(しろ)さんのお部屋にカギがかかっていて、ドアを叩いても起きないんですよ! それで、先生自ら寮に来て、私がバールでドアをこじ開けて入ったんですよ。」

子貢曰く、「どうして、そんな無茶なことをしたんですか?」

家人下男曰く、「先生の御命令なんです。 中に入ると、押し入れの中で子路さんが高いびきで寝ていたんです。 ずいぶんとお酒を召し上がったようで、部屋の外まで酒臭くてたまりませんでした。」

子貢心の中で呟いて曰く、「さもあらん。 論民でずいぶん飲んだからな!」

子貢曰く、「それで、先生、どうされたんですか?」

家人下男曰く、「呼んでも起きないものですから、業を煮やした先生は、私にバケツに水を汲んで来るように言われまして、そのバケツをとって、子路さんの口に流し込んだんですよ! それで殺されると子路さんが飛び起きたんです。 先生はすかさず、耳元でバケツを叩いて追い打ちをかけんたんですよ。」

子貢曰く、「ひどいことをしますね! 先生がしたこととは、到底思えません! それって本当のことですか?」

家人下男曰く、「はい、御止したんですが、『かまわん!』と言われて・・・」

子貢曰く、「そうですか。 そうまでして子路先輩に話したかったことは?」

家人下男曰く、「はい、跡目相続を回さんにするための承諾です。」

子貢曰く、「そうですか。 先生は、回さん贔屓(びいき)ですからね!」

家人下男曰く、「いえいえ、先生の肩をおもみしている時に、『回と子貢は良きライバルだ! 私亡き後は、この二人が孔子塾を引っ張っていってくれる。 私は良き弟子を持った。』と嬉しそうに話してくれましたよ。」

子貢曰く、「え~、先生はそんなこと言ってたんですか!」

家人下男曰く、「はい!」

正門の外で馬の嘶(いなな)く声が響いた。

家人下男曰く、「先生の御帰りです! 子貢さんが来られていることを伝えてまいります。 では、失礼します。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月21日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート302

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート302」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

総合講義で子路(しろ)に槍玉(やりだま)に挙げられた子貢(しこう)であったが、実は孔子先生の言葉に傷つき、心の中の孔子先生に反面していた。
子貢心の中で反面して呟いて曰く、「『いつもは回(かい)にライバル心むき出しの負けず嫌いの子貢にしては、バカにしおらしい返事だったからね。 私も気を遣っちゃってね! “子貢よ、そうだろうな。 お前ばかりか、私だって回には及ばないもんなぁ”と慰めてやったそうだ。 そうですよね、先生!』・・・『そうだ! そのように子貢に話をしたよ。』・・・先生は俺に気を遣われていたんだ。 子路先輩も子路先輩だ。 何も大勢の弟子の前で恥をかかせなくったっていいじゃないか! 俺は先生に嫌われているんだろうか?」

得心がいかない憤りと、先生のためならという気概が崩れ落ちそうになっていた。
しかし、神北(かんぺき)の素性についての報告の義務を果たすべく孔子の自宅へ向う子貢であった。
孔子先生は、従者を伴っての帰宅の途中であった。
子貢の大好物のねこ屋の栗ようかんを従者に買いにいかせたため、帰宅がおくれたのであった。
一足早く着いた子貢は、家人に書院の間に通された。

子貢曰く、「先生は、まだお戻りになられていないのですか?」

家人下男曰く、「はい、まだお帰りになられていません。 先生も朝から寮にお出かけになったので、疲れてどこぞで休んでおられるのでしょう。 子貢さん、お茶をお持ちしますから、しばらくここでお待ち下さい!」

子貢曰く、「え~、先生、何か寮に用があたんですか?」

家人下男曰く、「はい、子路さんが、この頃自宅にも顔を見せないもので、私が呼びにやらされたんですよ。 それからが大変だったんですよ!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月20日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート301

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート301」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「諸君、ここには孔子一門の主だった者が集まっている。 跡目は顔回(がんかい)に決まった。 しかし、門弟の中で『俺が跡目をとるにふさわしい』と思ってる奴もいるんじゃないか? 不服のある奴は今すぐ出て来い! ・・・子貢(しこう)、宰我(さいが)、閔子騫 (びんしけん)、伯牛(はくぎゅう)、仲弓(ちゅうきゅう)、冉有(ぜんゆう)、子游(しゆう)、子夏(しか)、お前ら本音はどうなんだ? 子貢、お前はどうだ?」

子貢曰く、「私は、回(かい)さんで異存ありません!」

子路曰く、「まちがいないな! ファイナルアンサー」

子貢曰く、「ファイナルアンサー! 回さんで異存ありません!」

子貢を除いた7名揃って曰く、「回さんで異存ありません!」

子路曰く、「先生、これで後顧(こうこ)の憂(うれい)が無(な)くなりました。」

子曰く、「子路よ、手数をかけたありがとう!」

宰我曰く、「それでは、子路寮長、花束をお二人にどうぞ!」

子路曰く、「回よ、おめでとう! 何かあっても無くても、この子路様に相談に来いよ!」

顔回曰く、「はい! では早速、あの水着の美女はどなたですか?」

子路曰く、「ああ、あの二人はコンパニオン! お前のために頼んだんだ! ありがたく思え。」

顔回小声で曰く、「先輩、電話番号聞いといて下さいよ。 今後ともご指導のほど宜しくお願い致します。」

宰我曰く、「それでは今一度、盛大な拍手をお願いします。」

会場に拍手の音が響き渡る。

宰我曰く、「これにて、孔子塾塾生総合講義、終わらせて頂きます。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年11月19日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート300

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート300」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)引き続き曰く、「神北(かんぺき)、お前、俺の話が済むまで、そこで会場に向いて立ってろ! では、話の続きだ。 先生がおっしゃるには、『いつもは回(かい)にライバル心むき出しの負けず嫌いの子貢(しこう)にしてはバカにしおらしい返事だったからね、私も気使っちゃってね!“子貢よ、そうだろうな。 お前ばかりか、私だって回には及ばないもんなぁ”』と慰めてやったそうだ。 そうですよね、先生!」

子曰く、「そうだ! そのように子貢に話をしたよ。」

子貢うつむいたまま曰く、「無言!」

子路曰く、「塾生諸君! 先生は弟子の君たちには、お気づかいをされているんだぞ! ありがたく思いなさい! ・・・ところが、俺については『同類』なんだ。 諸君! 『同類』と言う意味は、君たちと俺とは、扱いが違うということだ。 今朝、先生が俺にいきなりひどいことをするもんで、俺もカッときて、『先生は顔回(がんかい)と子貢には優しいですね! 俺にすることとは、ずいぶんと違うじゃないですか? 仁者たるもの、基本的人権を侵害してもいいんですかいね!』と言ったんだ。 諸君! 先生は、何と言われたと思うかね! ・・・先生は、やさしい眼差しでこう言われたんだ。 『それは子路の偏見というものだ。 私は子路だから遠慮がいらないのだよ!』 ・・・よく聞いたか? 俺に対しては、遠慮がいらないんだぞ! 君たちと俺との違いは、歴然としただろう。 俺は更に先生に念を押したんだ。 『それ、先生の本心ですか?』 先生は間髪いれずに、『 Yes I do. 』 と答えたんだぜ。 君たちにはお気づかいをされているんだ。 先生と俺は遠慮がいらない、人間孔子と人間子路の間柄ってこと、このやり取りでわかってもらえたと思う。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月18日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート299

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート299」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)続けて曰く、「会場の諸君! 子貢(しこう)はこう答えたんだ。 『私なんかとても彼とは比べものになりません。 彼は一を聴いて十を知りますが、私は二まで知るのがせいぜいです。』と答えたんだ。 子貢、そう答えたんだよな!」

子貢曰く、「はい、そう答えました。 先輩、ここは裁判所で私は被告人ですか?」

子路曰く、「そうだ! 被告人子貢君、俺はここでは寮長じゃないぞ。 検事長だ!」

子貢曰く、「無言!」

子路曰く、「子貢、返事はどうした。 口がきけなくなったのか?」

子貢曰く、「無言!」

子路曰く、「黙秘権かよ! 小利口なやつは嫌だね! おい、子貢、自分には嘘はつけないぞ!」

子貢曰く、「無言!」

子路続けて曰く、「そうだ、会場の俺の話を聞いている神北(かんぺき)! 隠れてないで、俺の前に出てこいや!」

神北ドキッとしてつぶやいて曰く、「いいかげんにしろや! 俺が何で隠れにゃいかんのだ!」

子路続けて曰く、「神北! 手を上げて返事をしろ!」

神北手を上げて曰く、「はい、子路大先輩! 神北はここにいます!」

子路続けて曰く、「小股の切れ上がったいい男! 早くこっちに出て来いよ!」

神北、会場の注目を浴びながら、演壇の手前に来て、孔子先生、顔回に一礼して、子路の所に向かった。

子路続けて曰く、「会場の諸君! こいつが神北です! とても気が利くいい奴です。 俺の弟分だ。 可愛がってやってね!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月17日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート298

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート298」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

会場の後ろで子路(しろ)のスピーチを聞いていた神北(かんぺき)に、周りの者の視線が集まった。
神北、居たたまれずに下を向いてつぶやいて曰く、「先輩、先生の前で暴露しちゃって・・・ 俺はどうしたらいいんですか! 勘弁して下さいよ!」

子路続けて曰く、「『弟子は皆可愛いんだよ!』と言うから、この俺も弟子の一人だ。 『俺はどうなんですか?』と聞いたんだ。 そうしたら、先生は、『子路よ! 私とお前は同類だ!』と言われたんだ。 俺が期待していたことは、『もちろんお前も可愛いに決まっている。』とこう言ってほしかったんだ。 俺はすかさず、『何が同類なんですか?』と聞き返したんだ。」

司会進行役宰我(さいが)曰く、「子路寮長、花束贈呈式なんですが・・・ 孔子先生、顔回先生がお立ちのままなので、スピーチは手短にお願いします!」

子路曰く、「うるせ~宰我! ここからがいいところなんだ。 黙って聞いてろ!」

子曰く、「宰我、ここは、子路の思いのたけをきこうじゃないか。」

宰我曰く、「はい。 先生と顔回補佐がよろしければ、かまいませんが・・・」

顔回、両手の拳(こぶし)をにぎりしめて、孔子先生の申し入れに同意してうなずいた。

宰我曰く、「それでは、子路寮長、お話の腰を折ってすみません。 続きをどうぞ・・・」

子路続けて曰く、「先生が、子貢(しこう)に『お前と一歳年上の顔回とはどっちが優秀かね?』と問うたんだ。 おい、子貢。 お前、先生にそう問われたんだろう。」

子貢うなずきながら曰く、「はい、先輩、そうです!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月16日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート297

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート297」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

司会進行役宰我(さいが)曰く、「会場の皆様、子路(しろ)寮長による花束贈呈であります。 孔子先生、顔回(がんかい)先生、壇上中央にお越し下さい。」

孔子、顔回、起立して魯国の国旗に一礼し、演壇に向かう。
子路が大きな花束を持たせた、何故か水着姿の
美女二人を伴ってやって来た。

スタンドマイクのマイクをはずして、子路会場の塾生に向かって曰く、「会場に御集りの諸君! 私が子路です。」

会場から割れんばかりの拍手が起こる。

子路続けて曰く、「昨日飲み過ぎたので手短に話をする。 顔回は俺より二十一年(とし)が離れた兄弟弟子だ。 塾生諸君も俺から言わせれば、全員弟弟子だ。 俺は昨日まで、顔回のことを面白くなく思っていた。 先生は、顔回ばかりをひいきして、可愛がるもんで、年甲斐もなく顔回に焼きもちをやいていたんだ。 何かと先生の前で、いい子ぶりっ子する顔回が鼻もちならなかったんだ。 口達者な子貢(しこう)がしばらく留守をするというので、これ物怪(もっけ)の幸(さいわ)いで、新入りの神北(かんぺき)を使って、『顔回を無視せよ!』と諸君に命令したのはこの俺だ。 諸君も知っている通りだ。 俺も先生が寮に来られた今朝まで、顔回が先生の跡目を継ぐことになることなど、まったく知らなかった。 しかし、先生の話を伺うと、もっともなことだと思ったんだ。 先生も今年に入って長男の鯉(り)を亡くされた。 先生御自身の亡き後の孔子塾の行く末や、塾生のお前らのことをいたく心配されておられる。 今朝、先生が俺に『孔子一門を顔回に任せて引退しようと思う。 それについて、俺に力になって欲しい。』と頼まれたんだ。 俺は、『先生は、顔回が一番可愛いんですね。』と聞いたら、『そうかもしれんが、私を信じて慕ってくれる弟子達は皆可愛いんだよ!』と言ってくれた。 お前ら、この後が肝心なところだからよく聞けよ!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年11月15日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート296

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート296」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子曰く、「塾生諸君! 真理にのっとった正義の実現を目指し、道徳を身につけ、慈愛の心を持ち、学問やスポーツを楽しむ。 万物の霊長たる人間としてせっかく生まれたからには、そんな日常を過ごしてもらいたいものです。

子曰く、道に志 (こころざ)し、徳に依(よ)り、仁に依り、芸に游(あそ)ぶ。

続けて子曰く、「ともかく、人生を善く生きるには、愚直なくらい真っ直ぐに生きるのが一番だよ。 悪知恵を働かせて羽振りを利(き)かせている者を見ると、羨(うらや)ましくなるかもしれないが、そんな者を羨ましむことなんか、これっぽっちも持つ必要はないんだよ!  そういう連中は、いまのところマグレ当りで禍(わざわい)を免(まぬが)れているに過ぎないんです。 必ず天の法則にしたがって作用と反作用があるんです。 諸君なら理解できるはずです。 『善く生きる』の話は、これで終わります。」

司会進行役宰我(さいが)曰く、「孔子先生、ありがとうございます。 会場の皆様、今一度盛大な拍手をお願いします。」

会場中に割れんばかりの拍手の音が響く。

宰我曰く、「それでは、本日の総合講義、これにて終了します。」

子路(しろ)心の中でつぶやいて曰く、「お、おい! ちょっと待ってくれよ! 花束贈呈式はないのかよ!」

子曰く、「宰我! ちょっと待ってくれたまえ!」

宰我曰く、「はい、先生! 何でしょうか?」

子曰く、「子路が、顔回(がんかい)と私にお祝いの花束を贈呈してくれるのだ。」

宰我曰く、「はい、わかりました。 会場の皆様、子路寮長より、孔子先生、顔回先生にお祝いの花束を贈呈したいとのことです。 御席を立たないで、今しばらくお待ち下さい! 子路寮長! 御準備出来ましたら合図をお願いします。」

子路曰く、「宰我、俺にも一言お祝いのスピーチをさせてくれ!」

宰我曰く、「はい、わかりました。 すぐスタンドマイクを用意します。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月14日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート295

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート295」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)心の中でつぶやいて曰く、「まったく先生は、いつも俺を出しにして、自分ばっか上目線でいながら遜(へりくだ)ってカッコつけるからなぁ~。 おとなしく黙って聞いてりゃぁ~、え~何だって、『私はお年寄りには安心され・・・』 自分がもう十分年寄りの仲間に入っていることわかんねえのかなぁ~。 人前だから若いふりしちゃって、今朝がた『子路も私もお互い歳をとったなぁ。』と言っていたじゃないか! まぁ~先生には、いつまでも元気でいて欲しいが・・・ しかし、顔回(がんかい)って奴は、万人受けする出来過ぎ君の返答だ! あいつ、先生の前ではいい子ぶりっ子しやがって、もっと本音をぶつけりゃいいのに。 昨日のビールピッチャー一気飲みの回(かい)が俺は好きだね! 人前じゃあ、毒にも薬にもならない奴だぜ!」

子曰く、「諸君、私は、黙々と過去の偉人、聖人、君子を探究し、気長に学び、学んで得たことを人に教えて飽きない。 よくもまぁ~、倦(う)まず弛(たゆ)まずして飽きずにきた自分を誉め励ましながら、こんな自分を自分の取り柄として、生涯持ち続けていくつもりです。 この頃は、他に何の欲もなくなりました。」

子曰く、黙(もく)してこれを識(しる)し、学びて厭(いと)わず、人を誨(おし)えて倦(う)まず。何か我に有らんや。

子路心の中でつぶやいて曰く、「年とったんだよ!」

続けて子曰く、「私は、道徳心が失われていくこと、精神に有益な学問が廃(すた)れていくこと、正義を知っていながら他人に無関心となり見て見ぬふりをして実行する者がいないこと、悪いと知っていながら誰も改めようとしないこと、社会がそんな状態になっていくのが私の一番の心配ごとです。」

子曰く、徳の脩(おさ)めざる、学の講ぜざる、義を聞きて徙(うつ)る能(あた)わざる、不善の改むる能わざる、是れ吾が憂(うれ)いなり。

孔子先生は、演壇の横に置かれた水差しのグラスを取り、水をゆっくり注いで、喉を潤す程度に一口ふくみ、間を取るようにゆっくりグラスを置いた。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月13日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート294

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート294」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

司会進行役宰我(さいが)曰く、「顔回(がんかい)先生、塾頭補佐、並びに孔子塾跡目襲名、誠におめでとうございます!」

顔回、会場の拍手に応え、深々と一礼する。
残念なことに、この襲名式より、3ヵ月後に顔回は、風邪をこじらせ、肺炎がもとで四十一歳の若さでこの世を去ることになる。
孔子の死の三年前である。

宰我曰く、「それでは、孔子先生、本日のテーマ『善く生きる』です。」

子曰く、「え~、本日この壇上にいます子路(しろ)と顔回とでこんな話のやりとりをしたんです。『お前達それぞれに、いますぐなれるとしたら、どんな人物になりたいかね。 私になりたい自分像を聞かせてくれないかい?』と聞きました。 この会場の弟子諸君も子路や顔回のように自分に問うてみて欲しい。 すると先輩の子路は『車馬やブランドの服や毛皮のコートを惜しみなく友人と貸し借りし、ボロボロにされたって少しも気に掛けない、そんな太っ腹な人間になりたいものです。』と胸を張って答えたよ。 顔回は、『善行を自慢せず、苦労を他人に押し付けない。 そういう謙虚な人に成りたいです。』と例によって、手短な模範解答をしたよ。 すると子路が『では、先生は?』と訊くから、『そうだな、私はお年寄りには安心され、友人からは信頼され、年少者からは慕(した)われるような者に成りたいのもだなぁ。』と答えました。 諸君等は、何と答えますかな?」

顔淵(がんえん)・季路(きろ)侍(じ)す。 子曰く、盍(なん)ぞ各々(おのおの)爾(なんじ)の志(こころざし)を言わざる。 子路曰く、願わくは車馬(しゃば)衣裘(いきゅう)、朋友(ほうゆう)と共にし、これを敝(やぶ)るも憾(うら)み無からん。顔淵曰く、願わくは善に伐(ほこ)ること無く、労を施すこと無からん。 子路曰く、願わくは子の志を聞かん。子曰く、老者(ろうしゃ)はこれを安んじ、朋友はこれを信じ、少者はこれを懐(なつ)けん。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月12日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート293

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート293」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

司会進行役宰我(さいが)曰く、「皆様、御静粛にお願いします。 司会の私も突然のことで、何も聞かされておりません。 多少動揺しております。 1~2分ほどお時間を下さい。 その間、皆様ここで肩の力を抜いて深呼吸をして頂いて、リラックスしてお待ち下さい!」

宰我、孔子先生の所へ駆け寄る!

宰我曰く、「先生、驚きました・・・ 回(かい)さん、襲名おめでとうございます!」

顔回(がんかい)曰く、「私も会場へ来てわかったことです。 自分が一番驚いています。」

子曰く、「これでいい! これでいい! このサプライズがたまらないんだ。」

宰我曰く、「先生、回さんに襲名の御挨拶をして頂かなくてもよろしいですか?」

子曰く、「それはそうだ! 回よ、晴れの舞台だ、塾生諸君に挨拶してきなさい。」

顔回曰く、「私、こういう場が一番苦手なんです。 他の人に代わってもらえないでしょうか?」

子曰く、「回よ! この期に及んで何を言うか! 腹をくくれ! さあ、挨拶に行って来なさい。」

司会進行役宰我曰く、「それでは、皆様、お待たせいたしました。 孔子塾後継者、塾頭補佐顔回先生の御挨拶です。 会場の皆様、拍手でお迎え下さい! では、顔回先生、どうぞ。」

顔回は震える足を気持ちで押さえながら演壇に向かう!

顔回曰く、「え~、本日は晴天なり! 本日は晴天なり! テスト、テスト! ただいまマイクのテスト中! え~、塾生の皆様、高いところより失礼します。 只今孔子先生より御指名を頂きました顔回です。 私も突然のことでありましたので、大変驚いております。 身に余る光栄ですが、それにもまして責任の重さを、今は痛感しております。 子路(しろ)先輩を差し置いての後継でありますが、子路大先輩の御推挙もありました。 子路先輩、お心遣い、誠にありがとうございます。」

子路、心中で呟いて曰く、「・・・俺は何も推挙なんかしてないぜ! 先生から今朝聞いたばかりだ! 回の奴、意外と調子いいんだからな! ま~、いいか。」

続けて顔回曰く、「塾生の皆様、ふつつか者ですが、いく久しくお引き立てのほど宜しくお願い致します。」

会場から万雷の拍手が起こる。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月11日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート292

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート292」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子曰く、「多少腫れているが、それがどうしたんだ?」

顔回(がんかい)曰く、「芸能人は目が命! 私の取り柄は、この『澄んだクリクリおめめ』なんです!」

子曰く、「回(かい)よ! 大した腫れじゃない。 相変わらず、いい男だぞ!」

顔回曰く、「先生がそうおっしゃって頂けるのなら自信が持てます!」

子曰く、「子路(しろ)もお前が孔子塾の跡目を継ぐことを快く承諾してくれた。 お前の後ろ盾になってくれる! 子路、そうだね!」

子路曰く、「おうよ! 可愛い弟弟子だからな! 俺がついてる! 何も心配するな。 お前の跡目を邪魔するやつは、俺が俺が許さん! 首根っこひっ捕まえてへし折ってくれるわ!」

子曰く、「おいおい、乱暴なことをするんじゃないぞ! では子路よ、回よ頼むぞ。」

子路、顔回揃って曰く、「はい!」

先生は、席を立ち、演壇に向かう。

子、演壇のマイクを取って曰く、「諸君、元気ですか! 孔子であります。 本日は、孔子塾総合講義でありますが、その前に私より重大な発表があります。 私も来年には数え七十の古希(こき)を迎えます。 孔家一門の発展のためにも、儒学精神普及のためにも、そろそろ私の跡継ぎを指名する時機がが訪れました。 諸君には、突然のことですが、私なりに、考えに考えて、心を無にしての結論に至りました。 この場を借りて、後継者を発表します。」

会場から、割れんばかりの大歓声とどよめきがおこる。

司会典礼役宰我(さいが)曰く、「会場の皆様、御静粛にお願いします!」

子、続けて曰く、「それでは発表します。 私の跡目を継ぐ者は・・・」

会場は一瞬静まり返る。

「孔子塾徳行科担当講師、顔回! であります。」

顔回起立して、会場に向かって深々と一礼をする。
会場から、塾生皆起立し、万雷の拍手が起こる。

子、続けて曰く、「今のところは、塾頭補佐として、私の代わりを務めてもらいます。 諸君、まだまだ若い未熟者ですが、塾生諸君の厚いご厚情を頂き、孔子塾発展のために御力を貸して頂きたい! 私からも切に希望するものであります。 以上。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月10日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート291

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート291」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

ここは、神農廟大ホールであります。
午後12時半から開場され、始まる1時半頃には満席で、立ち見が出るほどの盛況ぶりであった。
四科十哲の面々もステージに上がり、着席した。

宰我(さいが)曰く、「本日の司会進行役の孔子塾司会典礼役兼弁舌担当講師の宰我です。 どうぞよろしくお願いします。」

会場から盛大な拍手がおこる。

宰我曰く、「では、皆様、御静粛にお願いします。 孔子塾塾生総合講義、演題は『善く知る』です。 孔子先生、お願い致します。

子曰く、「宰我君、講義の前に、10分程度、時間を頂けないかね? 塾生の諸君に重大な発表があります。」

宰我曰く、「はい、わかりました。 会場の皆さん、孔子先生から重大な発表があります。 そのままお待ち下さい!」

会場の後ろに来ている神北(かんぺき)曰く、「今日はどうしたことだ! あの子路(しろ)先輩がフォーマルスーツで壇上にいる。 回(かい)さんも子貢(しこう)君もだ。 昨日、飲んでいる時には、誰も一言も言っていなかったじゃないか。」

ステージ上の席にかけている顔回(がんかい)小声で曰く、「先生! 先生! これはどういうことですか? 私、何も知らされていないのですが・・・」

ステージ上の子曰く、「回よ、何も案ずるな! これは私からの回へのサプライズだ! 今日の総合講義は、回の塾頭補佐の襲名式を兼ねている。」

ステージ上の顔回曰く、「襲名式ですか?」

ステージ上の子曰く、「そうだ! わかりやすく言えば、私の跡目相続式だ。」

ステージ上の顔回曰く、「え~、そうなら、深夜まで飲むんじゃなかった! 先生、私のまぶた、腫れてないですか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月9日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート290

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート290』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子曰く、「そうだ! 『ガンガン』と『ニコニコ』だ」

子路(しろ)く、「何ですかこれは? ・・・士がどうして、『ガンガン』と『ニコニコ』なんですか?」

子曰く、「『ガンガン』、『ニコニコ』なら、士と言えるだろう。 友とはガンガンと励まし合い、兄弟とはニコニコ接することだよ。 わかるかな?」

子路く、「わかりかねます!」

子曰く、「それだ。 その態度を改めなさい! 仏頂面(ぶっちょうづら)で言ったのでは、ただでさえ人相が悪いのに、周りの者は恐がってしまうぞ! いいかね子路、普段はいつもニコニコ笑顔でいなさい! お前の一挙手一投足が塾生に良くも悪くも影響を与えているのだぞ。 後輩には、ガンガンと励ましてあげなさい。 ガンガンとは、勢いの盛んな様を言うんだ。 それが子路の士としての態度だよ。」

子路く、「はい。」

子曰く、「子路のそのような態度なら、後輩は信頼してついて来るからな!」

子路く、「ご享受ありがとうございます。」

子路問いて曰く、「如何(いか)なるをか斯(こ)れこれを士と謂うべき」。 子曰く、「切切偲偲怡怡如(せつせつししいいじょ)、士と謂うべし。 朋友子路には切切偲偲、兄弟(けいてい)には怡怡如」。

「トントン トントントン」 スタッフ叩くドアの音。
「ギィー」 ドアの開く音。

スタッフX、半ドア越しで曰く、「先生、そろそろお時間です。 ステージの方へお越し下さい。」

子曰く、「はい、すぐまいりましょう!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月8日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート289

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート289」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

神農廟大ホール会場、午後1時であります。
子路(しろ)が司会典礼用のフォーマルスーツを着て大きな花束を2つ抱え、スタッフ通用口から入って曰く、「おい君、そこのスタッフさん、孔子先生の控室はどこかね?」

スタッフ曰く、「孔子先生の関係者の方ですか?」

子路曰く、「そうだ! 孔子先生の一番弟子の子路様だ。」

スタッフ曰く、「ああ、あなたが、かの有名な子路さんですか。」

子路曰く、「おい、お兄さん。 俺ってそんなに有名なのか?」

スタッフ曰く、「はい、巷では、無鉄砲で乱暴者! 怒らせたら何をするかわからない御仁ということで・・・」

子路曰く、「なに~い!」

子路、ここでぐっとこらえて心の中で呟いて曰く、「今日は、回(かい)の記念すべき日だ! 今日一日、決して怒るまいぞ!」

子路曰く、「君は実に正直ものだ!」

スタッフ曰く、「はい、友人からもそう言われています。 子路さんは、噂で聞くのと、会って話してみるのとでは違いますね!実物は渋くてカッコイイです。 孔子先生の控室はステージの真裏の一番奥になります。」

子路曰く、「ああ、そうかね、このステージの裏だね! ありがとう。」

子路、独り言を呟いて曰く、「俺って渋くてカッコいいんだ! 今日、バッチリきめているからなぁ!」

トン トン トン トン

子路曰く、「先生、子路です。」

子曰く、「子路か、入って来なさい!」

子路曰く、「失礼します。」

子曰く、「おいおい、何だその大きな花束は?」

子路曰く、「これですか? これは、先生と顔回に襲名のお祝いの花ですよ! ステージで渡そうと思いましてね。 花屋にとびきりのものをセレクトさせました。」

子曰く、「それはそれはよく気が利くね! 回も喜ぶだろう。 スタッフに渡しておきなさい。 花束贈呈の場を設けよう!」

子路曰く、「先生、とりこんでいるところすみませんが、御伺いしたいことがあります。」

子曰く、「着替えながらで構わないなら言いたまえ!」

子路曰く、「俺は、巷で『無鉄砲で乱暴者! 怒らせたら何をするかわからない御仁』ということで有名だそうです。 自分は常に士たらんとして振舞っているのですが、私を見て先生は正直どう思われますか?」

子曰く、「巷の噂を気にしているかい?」

子路曰く、「まあ・・・ いえ、気にしていません!」

子曰く、「子路よ、以前にも触れたことがあるね! 改めて、士とは、どういう者のことかわかるかね? これがわかると、どんな態度が士としてふさわしいかわかるというものだ。」

子路曰く、「先生、それを伺っているんですが・・・」

子曰く、「よ~く聞けよ! それは『ガンガン』と『ニコニコ』だよ!」

子路く、「『ガンガン』と『ニコニコ』ですか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年11月7日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート288

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート288」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

ここは、神農廟大ホールであります。
中央のステージに演台が置かれ、客席側から見て、右側にテーブルとイスが3席置かれていた。
そのテーブルの前面に、「世界一の儒家、孔子塾 塾頭 孔子先生」「孔子塾 塾頭補佐顔回(がんかい)先生」次に「孔子寮 寮長 子路(しろ)」と肩書と名前が書かれていた。
左側は、イスが7席置かれ、肩書と名前が書かれていた。
それぞれの肩書と名前は、「司会典礼役兼任弁舌科担当講師 子貢」、「宰我」、「徳行科担当講師 閔子騫(びんしけん)」、「冉伯牛(ぜんはくぎゅう)」、「仲弓(ちゅうきゅう)」、「政治科担当講師冉有(ぜんゆう)」、「文学科担当講師 子游(しゆう)」、「子夏(しか)」である。
ちなみに子路は政治科担当講師、顔回は徳行科担当講師であった。
顔回は昨日までステージに無かったテーブルとイスとその書かれてあるものに、大きなまん丸の目をさらに丸くして驚いた。

顔回独り言を言って曰く、「何じゃこりゃ! 一体誰がこんな真似をしたんだ。 ここの責任者は誰だ! すぐ片づけさせよう。」

顔回は、準備しているスタッフAに向かって言った。

顔回曰く、「おい、君! ここの責任者を呼んでくれたまえ!」

スタッフA曰く、「はい、すぐ呼んできます。」

会場設営の責任者らしいBが来て答えて曰く、「何をおっしゃるんですか。 ここの総責任者は顔回補佐じゃないですか。 寝ぼけたこと言ってはこまりますよ!」

顔回曰く、「私は、このようなものを『用意せよ!』と指示をした覚えはありません。 何かのミステークです。」

スタッフB曰く、「おかしいな。 昨日、孔子先生の下男の方がこられて、『総責任者塾頭補佐の顔回先生の御命令で、これこれこのように準備せよとのことです。 間違いのないようにお願いします。』と貼り紙と指示書を持ってこられました。 それには、顔回さんのサインと孔子先生の許可印がありましたよ!」

顔回曰く、「え~ぇ、私はサインなどしていませんよ!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月6日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート287

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート287」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

昨日から深夜まで居酒屋「ざ・論民」で飲んでいた四人の一人である顔回(がんかい)は、2~3時間の睡眠をとって、隙間風の入るあばら家の裏の畑でいつもの畑仕事を終えて、先生と子路(しろ)との内内の約束を知る由(よし)もなく、神農廟大ホールでの講義の準備に早めに出かけていった。

子貢(しこう)は子貢で、朝、起きるやいなや、従者に朝風呂の準備と講義の後に控えている先生に神北(かんぺき)の氏素性(うじすじょう)について改めて報告に伺うため、今日はフォーマルな衣装を用意するように申し付けた。
子貢は商家の生まれで、生まれ持っての商才があった。
子貢は副業でインサイダー取引すれすれの利殖をして、投機で大儲けをしていた。
そのため、山の手の高台に邸宅を建て、使用人を雇って住んでいた。

神北は神北で、子貢同様、商家の下男に、風呂を焚くように命じた。
神北の部屋とお出かけ着は、芳しいお香の香りで焚(た)き染(し)められていた。
実は、神北が離れを借りている商家の主だけが、神北の氏素性を知っていた。
主人の特別な賓客であると家人には伝えられていた。
そのため、神北は、特別な待遇がなされていた。
商家の離れにある主(あるじ)専用の書院の間には、神北用の硯(すずり)と木札がおかれていた。
出掛ける前に、前日の報告を故郷に送るつもりであった。

孔子、子路、顔回、子貢、神北、それぞれに思いを秘めて、農廟大ホールに赴いて行った。
そこには、孔子先生の命により、壇上に十大弟子の席が既に用意されていた。

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今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月5日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート286

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート286」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子曰く、「では、そういうことで。 私は講義の準備があるので、帰る。」

子路(しろ)曰く、「先生、俺は顔回(がんかい)の跡目について何か話さなくてもいいんですか?」

子曰く、「余計なことは、言わなくてもよい! そこに居てくれるだけでいいよ。 ・・・そうだ、礼服で来てくれ! 子路は、それだけでよい!」

子路曰く、「それはどういうことですか?」

子曰く、「子路が礼服で来れば、塾生連中の身が引き締まると言うものだ!」

子路曰く、「そんなことで、身が引き締まるんですか?」

子曰く、「人は見た目を九割重視するものだよ! 子路が改まってそこに座っているだけで、塾生連中は『今日は何かある! いつもと違う!』と憶測するものだ。」

子路曰く、「そんなもんですかねぇ~。 わかりました。 寮母に頼んで、司会典礼用のスーツを借りてこさせます。」

子曰く、「では、神農廟ホールで待っている。 午後1時半からだ。 30分前にきてくれ。いいね!」

子路曰く、「はい、早速仕度いたします。」

この続きは明日また・・・。 
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天意天風

2010年11月4日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート285

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート285」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「『一を訊いて一を知る』 先生でもその実践となると道半ばなんですか!ふ~ん・・・ それでは、俺は先生と同類ということですよね!」

子曰く、「そうだ、子路も私もその途中の道にある者だよ!」

子路曰く、「そうなんですか・・・知りませんでした。 先生も俺も一緒なんだ。」

子曰く、「そうだ、一緒なんだよ。 お互いに類友なんだぞ!」

子路曰く、「類友ですか・・・ 先生が『お互いに年をとったな!』と言われたんで、昔から、『同類相(あい)憐(あわ)れむ!』と言うじゃないですか、おいぼれ同志の同類かと勘違いしちゃいましてね! そういうことなら、合点がいきました。」

子曰く、「子路よ、それを言うなら『同病相憐れむ』だろ。 まあ、よい。 私達は次の時代をリードする若者たちに受け渡していく義務があるんだよ。 その義務を果たすために、子路よ、類友だからこそ、子路に力を貸して欲しい!」

子路曰く、「そういうことなら任しておいて下さいよ! 馬を何頭用意したらいいんですか?」

子曰く、「それは馬力じゃないか! 馬の力はいらん! 子路の力が必要なんだ。」

子路曰く、「はい、いくらでもお貸いたします! 利息はいりませんから。」

子曰く、「それでは、子路は快く承知してくれるんだな!」

子路曰く、「はい! 先生の御力になれるんなら、合点、合点承知之助です。」

子曰く、「今日の午後から神農廟大ホールで、塾生総合の講義がある。 その講義の前に顔回(がんかい)を跡目にすることを発表させてもらうが、子路も演壇の上で同席してもらいたい!」

子路曰く、「へぇ~、もうそんな段取りになっていたんですか。 ・・・それで急いでいた訳だ。」

子曰く、「子路、よろしく頼む!」

子路曰く、「はい、この子路様にお任せ下さい!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年11月3日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート284

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート284」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「先生、そんなに俺を評価してくれていたんですか? も~、そ~ならそうと、はっきり言って下さいよ! そうとわかっていたら、顔回(がんかい)なんかに嫉妬なんかするんじゃなかったなぁ~も~。 先生のいけず~。」

子曰く、「子路、顔回に嫉妬していたとは、何のことだ!」

子路曰く、「いえいえ! それは俺の独り言です。 ・・・先生、それにしても、一を訊いて一を知るじゃあ、当たり前のことじゃないですか? 一しか訊(き)いてないですからね! それ以上知り得ないですよ! そうじゃないですか?」

子曰く、「そうじゃないよ! 一を訊いて十を知れる者は、常人じゃない! つまり顔回は天才で、出来過ぎ君なんだ。 一を訊いて二を知れる者は、秀才で、子貢(しこう)も常人の域を越えている者だ。 子路は、一を訊いて一を知る。 これもなかなか出来ることじゃないんだぞ。 これが出来ていれば、当然のこと、すでに常人の域を超えている者だ!」

子路曰く、「一を訊いて一を知る者は、常人の域を超えているんですか? ふ~ん。」

子曰く、「子路よ、自己研鑽(けんさん)を積んでいる者であっても、一を訊いて一を知ることがなかなか出来るもんじゃないんだよ。 凡人は、良くって十を訊いて一を知る程度だ。 小人となれば、百を訊いて一を知れば良い方だ。 道を知り、己のものとするには、日々の研鑽(けんさん)努力はもちろんであるが、体得したならば、生涯実践をし続け、日々怠らない事が肝要なんだよ。 私も偉そうなことは言えない! 道徳を解説することや教授することに関しては、私も人並みに出来るようにはなったが、さて、一を訊いて一を実践出来るかというと実のところ、出来てはいない! どんな理屈を言ってこねまわしても、その実践となると、まだまだ道半(みちなか)ばだよ。」

子曰く、「文は吾れ猶(な)お人のごとくなると、莫(な)からんや。 躬(み)、君子を行うことは、則ち吾れ未だこれを得ること有らざるなり」。
 
この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月2日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート283

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート283」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子路(しろ)曰く、「先生は、顔回(がんかい)と子貢(しこう)には優しいですね! 俺にすることとは、ずいぶんと違うじゃないですか! それって差別じゃないですか? 仁者たるもの、基本的人権を侵害してもいいですかいね!」

子曰く、「それは、子路の偏見というものだ。 私は子路だから遠慮がいらないのだよ!」

子路曰く、「それ、先生の本心ですか?」

子曰く、「Yes I do.」

子路曰く、「ただ遠慮がいらないというだけで、『先生と俺が同類だ』という答えにはなってないじゃないですか!」

子曰く、「子路よ、顔回は一を訊(き)いて十を知る。 子貢は一を訊いて二を知る。 子路は一を訊いて一を知る。 私も一を訊いて一を知る。 そういうことだ。」

子路曰く、「俺はやっぱりバカだと言うことですか?」

子曰く、「バカとは一言も言ってないぞ! 私と子路は一を訊いて一を知る同類で類友なんだよ。」

子路曰く、「俺と先生が類友ですか?」

子曰く、「そうだ! 子路、お前は私が教えたことを必ず実践しようと努めたね。 お前は一を訊いて一を実践して、その中で体得して、身について一を知る。 それが子路の持ち味で生一本のところだ。」

子路曰く、「先生、それって俺のこと誉めてるんですか?」

子曰く、「そうだ!」

子路曰く、「へへへへへ・・・ なんか気分が良くなってきちゃったなぁ~。」

子曰く、「子路は、まだ一つの教えが身につかないうちに、私が新たなことを教えようとすると、『一つの教えが消化不良をおこしているのに、新しい教えなど知りたくない!』と逃げ回っていたな。 子路のそんなところは、お前だけに備わった顔回、子貢にない得難(えがた)い資質だ。 その資質はお前のかけがえのない宝だよ。」
 
この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年11月1日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート282

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート282」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子曰く、「ここへ来たのは、子路(しろ)に折り入って話したいことがあってな。 子路の察しの通りだ。」

子路曰く、「こんな真似されちゃ~、君子や仁者でなくとも誰でも察しがつきますぜ!」

子曰く、「なら話がしやすい! それでだ、お前の弟弟子の顔回(がんかい)のことだ。」

子路曰く、「顔回がどうしたんですか?」

子曰く、「私は、息子の鯉(り)を亡くした。 私も年だ。 私は孔子一門を顔回に任せて引退しようと思う。 それについて、何をおいても子路に力になって欲しい
んだよ!」

子路曰く、「先生は、やっぱり顔回が一番可愛いんですね!」

子曰く、「そうかもしれんが、私亡き後の一門の存続がかかっている。 私は顔回もそうだが、子貢(しこう)や私を信じて慕ってくれる弟子達は皆かわいいんだよ!」

子路曰く、「先生、俺はどうなんですか?」

子曰く、「子路よ、私とお前は同類だ!」

子路曰く、「何が同類なんですか?」

子曰く、「私は、子貢に戯(たわむ)れに、『お前と一歳年上の顔回とはどっちが優秀かね?』と訊(き)いたことがあるんだよ。 すると子貢が、『私なんかとても彼とは比べものになりません。 彼は一を聴いて十を知りますが、私は二まで知るのがせいぜいです。』と答えたんだよ。 顔回をライバル視しているあの負けん気の子貢にしてはバカにしおらしい返事だったからね。 『そうだろうな、お前ばかりじゃないぞ! この私だって回には及ばないもんなぁ』となぐさめてやったんだよ。」
 
この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年10月31日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート281

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート281」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子曰く、無言!

子路(しろ)曰く、「それで先生は、俺にわざわざ川の話をしたくてドアをこじ開けてまでおしかけて来たんですか?」

子曰く、「子路よ! もう少し察しを良くしたらどうなんだ。」

子路曰く、「何を察しろと言うんですか?」

子曰く、「私は、子路に、この景色を見て、『時の流れは早いものだ。 子路も私もお互いに年をとったな!』とこう言っているんだよ!」

子路曰く、「先生、『お互い年とったな!』そんなわかりきった話をするために俺の口に水を流し込んだんですか? 俺に言いたいことがあればはっきり言って下さい!」

子曰く、「子路よ、以前は毎晩のように、我が理想と仰ぐ魯の始祖の周公様の夢を見たものだが、この頃はとんと見なくなってしまったよ。 これも老化現象なのだろうかねぇ。」

子曰く、「甚だしいかな、吾が衰(おとろ)えたるや。 久しいかな、吾れ復(ま)た夢に周公を見ず」。

子路曰く、「先生! そりゃー年をとって、一つずつ若くなっていくなら、結構なことですよ。 そんな訳にゃいきませんよ。 70近くにもなりゃ、あっちこっち頭や体に故障がでても不思議じゃありませんぜ。 俺は右肩が四十肩で、左が五十肩で、合わせて九十肩で、首から肩がコッチコッチに固まって、なかなかとれませんぜ。 夢に周公が出てこないくらいで、気の弱いこと言わないで下さいよ!」

子曰く、「子路よ、お前は昔から変わらないな!」

子路曰く、「そりゃそうですよ。 昔っから子路は子路ですよ! 変わってませんぜ!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月30日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート280

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート280
」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

屋上に上がった子路(しろ)は、先生の後ろ姿を見て何か一抹の寂しさを感じた。

子路曰く、「先生、お待たせしました。」

子曰く、「おお、子路! 構わんよ! 私が勝手に押しかけたのだ。 とにかく手荒なまねをした。 子路よすまない。 許しておくれ!」

子路曰く、「わかりました。 許します! 先生、それより、俺に話とは一体何ですか?」

子曰く、「まあ、子路、そう急くな! この景色を見てごらん・・・ 実に美しい眺めじゃないか!」

子路曰く、「先生、俺は毎日窓から見ている眺めですよ! 今さら特別な景色じゃないですがね。 何か先生、おセンチになっちゃって、どうかしたんですか?」

子曰く、「ま~、そうかもしれないな! 私はこの魯の国で生まれ、父を三歳の時に亡くし、 十九歳で結婚しその翌年に長男の鯉(り)が生まれた。 二十四歳で最愛の母を亡くした。 私は今年になって、内なる神のメッセージを受けて、齢(よわい)六十九で子路や顔回ら弟子と共に生まれ故郷に帰って来た。 帰るや否や、長男の鯉を亡くした。 私も鯉もこの魯の国の大地に生まれ、ここで育ち、仁の道を求めた・・・ 子路、この屋上から川が見えるね。」

子路曰く、「俺は遠視なのでよく見えますよ。 何ってことはない川ですよ。」


子曰く、「子路、お前は近眼じゃなかったのか? まぁ、それはどうでもいいことだ・・・子路よ、私は川のほとりに立つたびに思うんだよ。 時の流れはまるで川のようだ。 こんこんと流れ来たって、とうとうと流れ去ってゆく。 待ったなしにね。」

子、川の上(ほとり)に在りて曰く、「逝(ゆ)く者は斯(か)くの如きか。 昼夜を舎(や)めず」。

子路曰く、「どこかで聞いたことがある歌のセリフのようですね! そうだ、美空ひばりの『川の流れのように』だ!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを



天意天風

2010年10月29日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート279

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート279」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

孔子寮の寮母がバスタオルを持って子路の部屋へ、下男と共にやって来た。

寮母曰く、「子路(しろ)様、バスタオルを持って来ましたよ。」

子路曰く、「あっ、ありがとう。」

寮母曰く、「先生もずいぶんと無茶をされますね!」

子路曰く、「ああ。」

下男曰く、「先生はどこにいかれたのですか?」

子路曰く、「上だ。」

下男曰く、「屋上ですか?」

子路曰く、「ああ、この上だ。」

下男曰く、「ああ、そうですか! こんなことされちゃ、当然おかんむりですよね!」

子路無言!

下男曰く、「子路様が口をきかなくなったということは、近寄らないほうがよろしいようで・・・。 私は先生の所に行って来ます。 子路様お風邪などひかれないように十分ご注意下さい!」

子路曰く、「おい、それ以上よけいなこと言うと、このドアのようになるぞ!」

下男曰く、「お~お、触らぬ子路に祟(たた)りなし! 私はこれで失礼いたします。 ごめん下さい!」

寮母曰く、「子路様、先生を怒らせるようなことしたの?」

子路曰く、「それは俺の方が聞きたいぜ! このドア見てくれ! これじゃおちおち寝られねえから、別の部屋に移るから用意しておいてくれ!」

寮母曰く、「子路様、空き部屋はないですよ!」

子路曰く、「なら、叩き出せ!」

寮母曰く、「先生は屋上でお待ちでしょう。」

子路曰く、「ああ、着替えたらすぐ行く。 それにしても頭がガンガンする。 え~い、いまいましいじじいだ。」

屋上に行って戻って来た下男曰く、「寮母さん、熱いブラックコーヒー1杯と熱いカフェカプチーノを1杯、屋上にいる先生の所へ頼む!」

寮母曰く、「はい、かしこまりました。」

子路曰く、「おい、この寮でカプチーノなんかオーダーできるのか?」

寮母曰く、「はい、できますよ! 子路様もカプチーノにしますか?」
 
子路曰く、「俺はホットコーヒーでいい!」

寮母曰く、「はい、ご用意します。 ではね!」

子路曰く、「ああ、パンツまでびしょ濡れだ。 着替えてさっさと行くか!」

子路は着替えて、ブツクサ言いながら屋上に行った。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月28日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート278

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート278」だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

子曰く、「子路(しろ)! やっと起きてくれたか。」

子路曰く、「『やっと起きてくれたか』って、先生は俺を殺すつもりですか? 俺が先生に何をしたと言うんですか?」

子曰く、「子路よ、落ち着け!」

子路曰く、「こんなことされて、落ち着いていられますかい! 冗談じゃありませんよ。 これが君子たるもののすることですか!」

子曰く、「まあ、そう怒るな。 子路がなかなか私のところへ来ないので、私の方から来たまでだ。」

下男にむかって子曰く、「子路が風邪をひくといかん。 寮母さんにバスタオルを2~3枚持って来るように頼んでくれたまえ!」

下男曰く、「はい、すぐに持って来るように言います。」

子曰く、「子路よ! 私はお前に話をしに来たんだ。ここの部屋では話ができん! 寮の屋上で子路と私の二人で話がしたい。」

子路曰く、「先生、こんなまねしてまで話したい話って何の話ですか? 頭がガンガンしてますから、むつかしい話なら来年にして下さい!」

子曰く、「お前と私の仲だ、、理屈を言っても始まらんだろう! さあさあ、機嫌を直しておくれ!」

子路曰く、「わかりましたよ! すぐ着替えますから、屋上で待っていて下さい。」

子曰く、「そうだ! 子路は熱いブラックコーヒーが好きだったね!  目覚まし代わりに寮母さんにとっておきの熱いコーヒーを入れさせよう。 では屋上で待っている。」

そう言うと孔子先生は部屋から出ていった。

子路曰く、「あ~あ、人の部屋だと思って、ドアをこじ開けやがった。 ジジイのくせに乱暴なことをする。 日頃君子というのは考え方は正義を根本とし、行動は礼儀にかない、言葉は謙遜で、人々から信頼されて、物事を成就する。 誠に立派な人物のことを言うんだ。 これが立派な人物のすることかって言うんだ。 ちきよう! 先生じゃなかったら、手足の骨をへし折っているところだ! ハァ~、ハクション! ちくしょう! 風邪ひいちまうぜ!」
 
この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月27日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート277

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート277』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

下男曰く、「旦那様、水を汲んできました!」

子曰く、「子路(しろ)の顔に目がけて水を浴(あ)びせなさい!」

下男曰く、「えっ! 私がやるのですか? 旦那様、それはご勘弁を!」

子曰く、「さっさとやりなさい! 後の責任は私がとります。」

下男曰く、「旦那様、後の責任をとっていただけるのなら、先に責任をとってください!」

子曰く、「上手いこと言うね! おぬし、できるな! 下男にしておくにはもったいない。 塾生にならんか?」

下男曰く、「私は先生のお世話で十分でございます。 御遠慮します。」

子曰く、「君子とはいかんまでも、それなりになるのにおしいことだ。」

下男曰く、「旦那様、私は恐ろしくて出来ません。 子路様を怒らせると大変なことになります。 何をされるかわかりません。 お~、恐ろしや、恐ろしや。 くわばら、くわばら!」

子曰く、「この臆病者! バケツを貸しなさい! 老骨に鞭うって私がやるわ!」

孔子先生は、近くにあった「孫の手」を腰に差し込んで、バケツを持って子路の口にゆっくりと流し込んだ。
最後の水を流すと、子路は咳こむように「ゴホ ゴホ ゴホ」と水を吐き出した。

孔子先生は、すかさず、腰に差していた「孫の手」をとって、子路の耳元でバケツを叩いた。

子曰く、「子路、起きろ! (ガンガン ガン)  子路、起きろ! (ガン ガン ガン)   子路、起きろ!」

これには寝起きの悪い子路もたまらなかった。

子路曰く、「ゴホ ゴホ ゴホ どこのどいつだ、俺の寝込みを襲うとは! ふていやつだ。 首根っこへし折ってくれるわ。」と飛び起きた。

この続きは明日また・・・。 
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天意天風

2010年10月26日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート276

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート276』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

下男は、ドアの隙間にバールを差し込んだ。

下男曰く、「旦那様、こじ開けますが、本当によろしいですね!」

子曰く、「くどいぞ!」

下男は力いっぱいドアをこじ開けた。

下男曰く、「旦那様、開きました!」

子曰く、「御苦労! では、入るぞ!」

子路の部屋に入って、孔子は思わず臭くて鼻を押さえた。

下男曰く、「これはひどい! 『男やもめにうじがわく』とは昔の人は上手いこと言いますね!」

子曰く、「感心している場合じゃない! 早く窓を開けなさい! 臭くて息ができん。」

下男曰く、「先生、窓を開けました!」

子曰く、「こんなに狭い部屋なのに、子路(しろ)はどこにいる!」

下男曰く、「先生、この押入れの中じゃないですか?」

子曰く、「さっさと開けなさい!」

下男は押入れを開けた。
そこには酒に酔い潰れて大いびきをかいている子路が寝ていた。

下男曰く、「子路様!起きて下さい! 先生が来てますよ! 子路様!起きて下さい!」

子曰く、「子路、起きろ! 喝ッ!」

孔子は、子路の頬を軽く叩いた。

子路寝ぼけて曰く、「俺様が『“こ”の一番』だぞ! 先生~、いのち~。」

子曰く、「子路、起きろ! 目を覚ませ!」

子路目を開けて曰く、「あっ先生! これはこれはお久しぶりです! 先生、ここはどこですか? ふにゃふにゃ・・・」

子曰く、「子路の部屋だ! 起きろ!」

子路曰く、「もう少し寝かせて下さいよ。 もう少し・・・ ガァー ガァー ガァー」

下男に向かって子曰く、「バケツに水をくんで来てくれ!」

下男曰く、「どうされるんですか?」

子曰く、「いいから、早くしなさい!」

下男曰く、「はい、すぐに!」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月25日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート275

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート275』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。

孔子先生は、下男が呼びに来るまで、腕を組み目を閉じたまま椅子に座っていた。

下男曰く、「旦那様、寮母さんに連絡がつきました。 バールは寮にあるので用意しておきますとのことです。」

子曰く、「そうか、では行くぞ!」

下男曰く、「はい。」

場所は変わって、孔子寮の玄関である。
玄関に寮母がバールを持って待っていた。

寮母は、下男にバールを渡して曰く、「先生様、子路(しろ)様は何かやらかしたんですか?」

子曰く、「寮母さん、おはよう。 お元気かな?」

寮母曰く、「はい、お陰様で、元気で暮らしております。」

子曰く、「それは何よりだ。 子路の部屋はどこかね?」

寮母曰く、「はい、3階の東南の角部屋です。 部屋番号は『この一番』です。」

子曰く、「ありがとう。 では、まいるぞ。」

下男曰く、「旦那様、この部屋です。」

子曰く、「酒臭いな! ドアを壊す前に、もう一度ドアを叩いて起こしなさい!」

下男曰く、「はい、旦那様。 (ダン! ダン! ダン! ダン!) 子路様! (ダン! ダン! ダン! ダン!) 子路様! 起きて下さい。 先生がおこしです。 (ダン! ダン! ダン!ダン!)  子路様! 先生がおこしです。 起きて下さい。 (ダン!ダン! ダン! ダン!)」

「この一番」の部屋からは無言であった。

子曰く、「この扉をこじ開けなさい!」

下男曰く、「先生、本当にやるんですか?」

子曰く、「問答無用!」

下男曰く、「はい、やります。」

この続きは明日また・・・。 
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天意天風

2010年10月24日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート274

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート274』だ。

諸君、居酒屋「論民」で深夜まで飲んでいた子路(しろ)、顔回(がんかい)、子貢(しこう)、神北(かんぺき)の4人が帰宅したその日の朝の孔子先生の書院の間から始まる。

孔子先生は、午後から神農廟大ホールで塾生総合の講義がある。
そのためいつもより2時間ほど早めに起きられていた。
孔子寮にいながら、ここのところ顔を出さない子路を慮(おもんばか)って、下男にいいつけてここに来るように申しつけた。
孔子先生は、年の開きのない古参の子路を内心では非常に頼りにしていた。
孔子先生は自分の亡き後は顔回に跡目を継がせたいと考えていたが、そのために子路の力が必要不可欠である。
子路とじっくりと話し合って協力を仰ぎたかったのである。

下男が孔子寮へ行って戻って来て曰く、「旦那様、子路様の部屋へ行ってきましたが、鍵がかかっていて入れませんでした。 ドアを叩いて大声で呼びましたが、起きてきません。 いかがいたしましょうか?」

子曰く、「子路は、部屋の中にいるのか?」

下男曰く、「はい、辺(あた)りがとにかくお酒の匂いで、臭くてたまりませんでした。」

子曰く、「マスターキーで開ければよいではないか。」

下男曰く、「そのように思いまして、寮母にマスターキーを出すように言いましたが、寮長の子路様がマスターキーを持って行かれて、他の部屋にも入れなくて困っていると言っていました。」

子曰く、「どうしょうもない奴だ! 私が直接叩き起こしに行こう! ドアごとこじ開けるからバールを持って、私について来なさい。」

下男曰く、「旦那様、ドアを壊してもよろしいのですか?」

子曰く、「かまわん! 修理代は子路に請求しなさい!」

下男曰く、「はい、すぐに御用意します。」

子曰く、「用意できたら呼んでおくれ。」

下男曰く、「はい、お呼びいたします。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月23日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート273

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート273』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

(Wikipediaより抜粋)
すると子貢(しこう)は「人は誰でも皆天が高いことを知っておりますが、では天の高さはどのようなものか、と聞かれたら皆知らないと答えるでしょう。 わたしは仲尼(ちゅうじ 孔子)の賢さを知っておりますが、その賢さがどのようなものであるのかは知らないのです。」(説苑)と孔子の偉大さを天の高さになぞらえて答えた。

またあるとき、叔孫武叔が(しゅくそんぶしゅく)「子貢は孔子より優れている。」と話したことを子服景伯(しふくけいはく)が子貢に伝えた。
子貢は「屋敷の塀に例えるなら、私の家の塀の高さは肩の高さぐらいでしょう。 ですから、屋敷の中の小奇麗な様子が窺えます。 しかしながら、夫子の家の塀の高さは高すぎて、ちゃんと門から見ないと中の素晴らしい建物や召使の様子は知ることはできないでしょう。 ですから、叔孫武叔がそういったのは無理ないことかもしれません。」(論語子張篇)と見事な例を引き、孔子が優れていることを表現した。
この子貢の言葉は今でも中国のことわざとして残っている。

春秋左氏伝には、国難に際して子貢が呉、斉などへ、外交官として使わされていることが散見している。(春秋左氏伝では子贛とも表記されている。同一人物とされる)
また、魯の大臣が外交の場で失敗して、子贛がいれば失敗しなかったのに、と残念がっている表現や、斉国から成という城市を取り戻していること、答えに窮した正使を助けていることなどの言動から、かなり有能であったことがわかるし、孔子にも勝ると一部で評価されるのも理解できる。

また、史記の記述によれば、魯を救うために越、呉、斉、晋に使いし後の縦横家(じゅうおうか)顔負けの弁舌をふるって魯を救い、呉を滅ぼし、越を覇者たらしめ、斉を弱めて晋を守ったとされる。
このような功績から、魯衛の宰相になったといわれる。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年10月22日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート272

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート272』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「唐変木(とうへんぼく)、お前の働きで、意外に早く片付いたぞ! 明朝、魯に戻るぞ! 帰り仕度の準備をしておきなさい。」

従者曰く、「旦那様、もう帰っちゃうんですか?」

子貢曰く、「お前、女房子供のところへ早く帰りたくないのか。」

従者曰く、「いいえ、それはないですけどね・・・ せっかく旦那様も実家に来られたのですから、温泉にでもつかってもう少しのんびりして帰りましょうよ。」

子貢曰く、「お前、まだ飲み足らないのか?」

従者曰く、「えへへへへ・・・そうなんです。」

子貢曰く、「だめだ! 明朝かえるぞ。 いいな!」

従者曰く、「ヘェ~イ! かしこまりました。」


諸君、明朝、子貢と従者は無事、一路、魯に旅立ったのである。
諸君、子貢の弁舌が優れているのは有名な話であるが、師に対する尊敬の念慮と彼の誠実さはこんなところに表れている。

(Wikipediaより抜粋)
あるとき子貢が斉の景公に「あなたは誰を師となさっているのか」と聞かれたとき、子貢は「仲尼(孔子)が私の師です」と答えた。
しかし子貢は景公に「仲尼は賢いですか」と問われると即座に「賢いです」と答えたものの、「どのように賢いのですか」と問われると「存じません」と答えた。
景公はいぶかしんで「貴方は仲尼は賢いと言いながら、その賢さがどのようなものであるのかは知らないという。それでよろしいのですか」と聞いた。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月21日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート271

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート271』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)は、主人留守中ではあるが、衛の実家に用向きがあってこちらへ来たこと、そして、当主の友人で突然ではあるが、奥方にぜひご挨拶をしたい旨を書状にしたため、家人に取り次ぐよう申し入れた。
しばらくして、家人の者より口上が述べられ、特別お目通りが許されて正門が開かれた。
ハンサムな神北(かんぺき)だけに子貢は奥方はどんな美人かとイメージをふくらませていたが、実のところ奥方はしもぶくれのおたふく顔で小太りの女性であった。
しかし、今の美人感と異なり、その当時では、このような女性が見目(みめ)麗(うるわ)しい美人として持てはやされていたのだ。

子貢の好みは、目鼻立ちがはっきりした、スレンダーな女性が好みであったので、子貢の勝手な期待を裏切られることになったが、一たび対座して話をすると、かなりの弁舌家で話術も巧みな才女であった。
奥方は子貢の真意を探るようであったが、孔子の門弟の一人であることを包み隠さず潔く伝えたため、奥方も子貢の誠実さに心打たれて事情を話してくれた。
神北は、奥方だけには、どこで何をしているのか伝えていたのである。
祝鮀(しゅくだ)は娘婿に「弟子となって孔子塾に潜入せよ! 孔子を祝鮀の政治顧問となるようつなぎをつけよ! また、弟子の中で、これはという逸材を見出し渡りをつけよ!・・・等々」であった。
そして、衛の霊公が重い病にかかっており、今にも命が危ういという情報を得た。
祝鮀は、霊公が亡くなれば、衛は家督争いで、国が乱れることを恐れ、その対処方法を孔子に相談したかったのである。
それを食い止めるためにも、孔子のコンサルティングが不可欠との祝鮀の判断とのことであった。
子貢は、奥方に対面して、神北(かんぺき)と祝歓迎は間違いなく同一人物であることが明らかになった。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月20日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート270

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート270』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

従者曰く、「屋敷の周りを掃除している祝(しゅく)家の下男らしき者に聞いたんですよ! 『ダンナ様いや、御主人様は御在宅ですか?』と」

子貢(しこう)曰く、「ほう、それで。」

従者曰く、「下男が『ダンナ様はお仕事で御留守をされている』と返事が返ってきたんですよ。 そこですかさず、お金をちらっと見せて人相書きを出して『ちょっとこれを見てくれよ』と同時に下男の袖の下にお金を入れたんです。 『いいよ』と言って下男の奴はニヤッと笑っていやがった。 そこで『人相書きの御仁はお前のご主人様か』とたずねたんです。 そうしたら、下男曰く、『良く似てる。 多分うちの旦那様だろう』と言うんですよ。」

子貢曰く、「唐変木! よくやった。 誉めてやるぞ!」

従者曰く、「へえ、どうも。」

子貢曰く、「なんだその手は? 褒美(ほうび)でもくれとでも言いたいのか?」

従者曰く、「旦那様、心付けで結構です。」

子貢曰く、「お前ってやつは抜け目がないな! ギャンブルに使うんじゃないぞ! 女房、子供の土産に使うんだぞ。 ほら、もっていきな!」

従者曰く、「こんなに頂けるんですか! ありがとう存じます。」

子貢曰く、「明日、私が出向いて祝家に届けものをしよう! 今一度、本人かどうか奥方に確認して来るとしよう!」

従者曰く、「旦那様、主(あるじ)は留守ですよ! それに内密の仕事じゃないんですか?」

子貢曰く、「わかっている! とにかく、奥方に会ってくるよ。」

明けて、子貢は正装の身支度をして、従者を引き連れ、実家の店の極上の酒と魯の特産品を持って祝家に赴いたのである。

この続きは明日また・・・。 
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天意天風

2010年10月19日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート269

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート269』だ。

諸君、姓と氏は、中国でも漢代以降は区別が無くなるが「姓」は血縁関係にある一族全体の呼称であり、「氏」は一族の中の誰を先祖とするかや、職業や居住地によってつけられた呼称である。
中国人は五千年前から「姓」を持っており、その数は現在では一万二千以上ある。
ちなみに大半の人が明治になって「姓」をつけた日本人は、三十万以上ある。
中国では一文字姓が圧倒的で、2005年の調査では、「李」「王」「張」がベスト3で、合計二億八千万人を占めている。
少数派ながら、「司馬」「公孫」「諸葛(しょかつ)」「欧陽」など二文字姓もある。
中国では、生まれた子供は男女問わず父親の姓を名乗り、娘は結婚しても姓を変えない。
これは、子供が両親と同姓の者と結婚するのを血族結婚であるとして忌避する「同姓不婚」とういう風習に由来する。


諸君、昨日の引き続きであります。  

従者曰く、「だんな様! だんな様に喜んでもらうために娘婿の自宅を突き止めたんですよ!」

子貢曰く、「唐変木(とうへんぼく)! よくやった。 後で甕(かめ)ごと飲ませるからな! もったいぶらずに話しなさいよ。」

従者曰く、「へい、甕ごとですか! ありがとうござんす。 こちとらも調べがいがあったってもんでげすよ!」

子貢曰く、「唐変木! 飲み過ぎるなよ。」

従者曰く、「へえ、それで娘婿の自宅は大きな屋敷なんですよ! 『祝(しゅく)歓迎』と書いてあったのでどこかの温泉街のアーケードかと勘違いしちまったんですがね! 実はそれは表札なんですよ!」

子貢曰く、「おい!唐変木、お前はボケでおれはツッコミか! 漫才やってるんじゃないぞ!」

従者曰く、「へぇ~い、ボケかましてすんません!」

子貢曰く、「神北(かんぺき)の名は、『祝歓迎(しゅく-かんげい)』というのか。」

この続きは明日また・・・。 
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天意天風

2010年10月18日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート268

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート268』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)は実家に着くと、内務大臣の祝鮀(しゅくだ)の臣下に神北(かんぺき)そっくりな者はいないか調べることにした。
子貢の実家は代々の造り酒屋で、衛国御用達の家柄であった。
そんなことからも、店(たな)にでいりする商人(あきんど)やお届けにあがる内務省の役人とも贔屓(ひいき)があった。
そんなこんなで、どうやら祝鮀の娘婿に良く似ているという情報を得た。

従者曰く、「だんな様! だんな様! 大変だ!」

子貢曰く、「おお、唐変木(とうへんぼく)、遅かったな!」

従者曰く、「ハァ ハァ ハァ ハァ・・・だんな様! わかりましたよ。」

子貢曰く、「ずいぶんと息を切らしているじゃねぇか。 水でも飲め!」

従者曰く、「いえいえ水は結構ですよ。 水はもったいない。 ここの造りたてのお酒をとりあえず一杯お願いします。」

子貢曰く、「おい、唐変木、慌てるな。 後でゆっくり飲ましてやるよ。 ここは売るほどあるんだ。 まず水を飲んで落ち着け! ほら、水だ!」

従者曰く、「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ あ~ぁ、うめぇや! ・・・そうだ、そうだ。 だんな様が私めに描いて下さった人相書きの男にそっくりの者がいるとのことでした。」

子貢曰く、「誰にそっくりなんだ?」

従者曰く、「祝大臣の娘婿で、同じ『祝』です。」

子貢曰く、「神北の野郎、結婚していたのか。 大臣の娘婿とは恐れ入ったな。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月17日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート267

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート267』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)一人つぶやいて曰く、「木札に書かれた『祝』の文字とは、何を意味しているのだろうか?」

従者曰く、「だんな様! 何を手掛かりに探すのですか?」

子貢曰く、「『祝』という文字だ!」

従者曰く、「『祝』の文字だけですか・・・ それだけじゃ、雲や風を掴(つか)むような話ですよ!」

子貢一人つぶやいて曰く、「お前に言われなくてもわかっとるわ。 そうだ! 霊性心からくる霊感というものを引っぱり出せばわかるかもしれないな。 理屈を言わなきゃ霊感が出てくると先生が言っていたな。 俺は理屈っぽいところがあるからな。 よし、理屈を言わないことにしよう!」

従者曰く、「だんな様、何をブツブツ独り言を言っているのですか? 気持ち悪いですよ!」

子貢曰く、「・・・ おい、ひらめいたぞ! 『祝』は人の名字だ。」

従者曰く、「だんな様、衛(えい)の国にも、祝さんは大勢いますよ!」

子貢一人つぶやいて曰く、「お前にいちいち言われなくともわかっとるわ。 ・・・ そういえば、先生が魯の大夫(たいふ)季康子(きこうし)との対話でこう言ったと聞いたことがある。 

・・・・・・・・・・

子、衛の霊公(れいこう)の無道を言う。 康子曰く、「それはかくのごとくんばなんぞ喪(ほろ) びざる」。 孔子曰く、「仲叔圉(ちゅうしゅくぎょ)は賓客を治め、祝鮀(しゅくだ)は宗廟を治め、王孫賈(おうそんか)は軍旅(ぐんりょ)を治む。 それかくのごとくんば、なんぞそれ喪びん」。

先生が『衛の霊公は為政者として失格だ。』と批評した。 
季康子は早速聞き咎めてこう言った。『あなたの言われることが事実なら、国は亡びているはずではないか。』
すると先生は『それは短見(たんけん)です。 衛では、外務大臣じ仲叔圉、内務大臣に祝鮀、防衛大臣には王孫賈という人物が控えています。 このように各部署に有能な人材を得ている以上、衛の国は安泰です。』と答えた。

・・・・・・・・・・

確かそう聞いたな。 待てよ・・・ もしかして・・・ 『祝』の文字は内務大臣の祝鮀のことかもしれんな。 とにかく実家に戻ったらすぐ調べるとしよう。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月16日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート266

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート266』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

孔子の命を受けた子貢(しこう)は、神北に離れを貸していた商家の手代に賄(まいない)を渡して、神北の素性を聞いたが、はっきりしたことはわからなかった。
この商家は、衛と魯(ろ)の特産品の取引をしているため荷馬車が私兵に守られて互いの国を行き来をしていて、毎月、「1」の日と「15」の日に荷が出て、「10日」と「25日」に衛から荷が届くということだった。
その荷の中に、「差出人はわからないが、荷札に祝(しゅく)という文字が書かれた神北宛の物が入っていた。」ということまで聞き出すことができた。
たぶんその荷の中に、神北に命じた者の木の札に墨で書かれた手紙が入っていて、荷のやりとりをしながら、神北もなんらかの情報を送っていたと推論できる。

子貢は、急いで従者に旅支度をさせ、即日、衛(えい)に旅立った。
そして、子貢はことのほか喜び勇んで出掛けた。
なぜなら、衛は子貢の生まれ故郷の国で、実家に立ち寄ろうと思っていたからである。

参考までに、衛の国は、中国周代の諸侯国の一つである。
武王の弟、康叔(こうしゅく)を祖とし、朝歌現河南省内に都があった。
紀元前209年、秦(しん)に滅ぼされた。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年10月15日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート265

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート265』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「確かに! 私の言った言葉だ。 回よ! 私を評して、生来の忠恕(ちゅうじょ)の教育者とは的を射ているかもしれないね!」

顔回(がんかい)曰く、「はなはだ失礼ながら、もう一つ言わせて頂くなら、先生は、忠恕の心の思想家でもあります。」

子曰く、「回の評だ。 ありがたく受け取るとするよ! 自己の内にある良心を偽らぬこと忠の心と他者への思いやりの心、つまり恕(じょ)の心とが人倫の根本であり、万古不易(ばんこふえき)の人間の真理でもあるからね。 私はそう確信している。」

顔回曰く、「私はそうした先生のもとで、人生真理を学べることを衷心(ちゅうしん)よりありがたく日々感謝しております。」

子曰く、「人間の心の奥底には、本当に神聖な種火が存在する。 この火の明かりは、心の中を照らす聖火の松明(たいまつ)である。 この神聖な良心の炎を消してしまうと、暗夜の中をさまよってしまうことになる。 真我の中にこの火がある。 内在する神性の火とも、霊性の火とも、仏性の火とも言うんだ。 この種火は、万物の霊長たる人間には、生まれながらにして備わっている火なんだ。 この火が良心の元をなしているんだよ! 私はそう確信している。」

顔回曰く、「はい!」

子曰く、「回よ! 自らの聖火の松明を決して手放してはならない。 その灯を消してはならない。 その灯とともに人生の道を歩(あゆ)んで行きなさい!」

顔回曰く、「御教授ありがとうございます。」

子曰く、「間もなく宰我(さいが)も来るであろう。 近いうちに子路(しろ)ともじっくり話をするつもりだ。 私も結婚式に行く仕度もある。 回よ、頼りにしているぞ。 宜しく頼む!」

顔回曰く、「はい、先生御安心下さい。 では先生、これで失礼します。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年10月14日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート264

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート264』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

顔回(がんかい)曰く、「先生は、生来の忠恕(ちゅうじょ)の教育者なのですね!」

子曰く、「おいおい、回よ、私をヨイショして棚の上のボタモチに祭り上げてはいかんぞ!」

顔回曰く、「いいえ! 先生、覚えておられますか? 子、匡(きょう)に畏(い)す。 顔淵(がんえん)、後(おく)る。 子曰く、“われ女(なんじ)をもって死せりとなす”。』 先生と子路先輩と門弟数名が匡の国で暴徒に取り囲まれて逃げる時に、私一人が皆にはぐれてしまいました。 私は必死で暴徒の群れをかいくぐって、先生一行を追いかけました。 ようやく私は先生に追いついて、先生の顔を見るなり胸がジーンと熱くなりました。 先生は私の顔を見るなり『おお、生きていたか!』 私はまたジーンと熱くなりました。」

子曰く、「覚えているぞ! 忘れはしまい。 顔回曰く、子在(いま)す。 回なんぞ敢(あえ)て死せん。 回は私にこう言った、『先生の生きておられます限り、どうして私が先にしねましょうか!』 あの一言は、うれしかったぞ!」

顔回曰く、「先生、厩(うまや)が火事にあった時のことを覚えていますか?」

子曰く、「よ~く覚えている。」

顔回曰く、「先生が朝廷から退出してこられて、何事も無かったかのように落ち着かれていました。 そして先生が厩番に最初に言われた言葉を忘れられません。」

子曰く、「よく覚えているぞ!」

顔回曰く、「『怪我人は無かったか?』 馬の安否ではありませんでした。 厩の管理責任者の厩番を責めることもありませんでした。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月13日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート263

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート263』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

顔回(がんかい)曰く、「子貢(しこう)君と他に何を話されたのですか?」

子曰く、「回よ、子貢に関心があるのかね?」

顔回曰く、「はい、私とは年も一つ下で年子(としご)の実の兄弟のようなものです。 性格の違いもありますが、お互い良きライバルです。 私は彼の行動の実践において間一つ遅れるところがあります。 機転の利(き)くところと俊敏さは真似ができません。 私はじっくり考えて行動するタイプなので、彼を見ていると何かと刺激になります。」

子曰く、「ほぉ、そうかね! お互い切磋琢磨して自分を磨き、向上していくことははなはだ良き事。 門人全体の意識も高まろう。 大いに結構だ。」

顔回曰く、「して、何を話されたのですか?」

子曰く、「回には、時おり話していることだが、『どうして先生には、霊魂の固有性能を見分けることが出来るのですか?』と子貢に問われた。」

顔回曰く、「それで、何とお答えになったのですか?」

子曰く、「『霊魂には心がある。 その心を霊性心と呼んでいる。 霊性心は、我々人類の精神のみに特有された極めて優秀性を有する最高給のものだ。かの霊感とか霊智とかいうような特殊なものは、いずれもこの心が発露するものだ。』と答えたが、子貢も『正しい霊感、霊智』に興味を持ったようだ。」

顔回曰く、「それはそれは良かったです。 先生が私一人のときだけのマンツーマンで話される内容ですね。」

子曰く、「そうだね。 霊性心の話をしたのも、彼は器としては最高のものであっても、器のままでいて欲しくはないのだ。 その器を使いこなす存在になりかわって欲しいと願っているからだよ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月12日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート262

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート262』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)と入れ違いで顔回(がんかい)が孔子書院の控えの間に訪れた。

顔回曰く、「顔回です。 先生、お呼びでしょうか?」

子曰く、「おお、回よ! 中に入ってきておくれ。」

顔回一礼して曰く、「失礼します。」

子曰く、「さぁさ、ここにお座りなさい。 茶を入れよう!」

顔回曰く、「先生、どなたかお客様が来られていたのですか?」

子曰く、「いいや、客ではない! 先程まで子貢と話をしていたんだ。」

顔回曰く、「子貢君とですか。 このところ彼とゆっくり話をしていませんので、顔を合わせたかったですね!」

子曰く、「そうか。 実は、子貢には私の用向きを頼んだ。 しばらくの間留守をする。 すまんが、回よ! 子貢留守中に代理を務めてくれないか?」

顔回曰く、「私は司会典礼役は、子貢君のように慣れていませんので代理が務まりますか・・・ わかりません。」

子曰く、「いや、司会典礼役は、宰我(さいが)に代わってもらう。 回を呼んだのも他でもない、この機会に孔子塾の塾頭補佐をしてもらえんか! 門弟にも通達しておこう。」

顔回曰く、「塾頭補佐ですか! 申し訳ありませんが、回は子路(しろ)先輩を差し置いては出来かねます。」

子曰く、「子路に断っておきたかったが、毎日顔を出していたものが、このところ、一切t私の所に顔を出さないんだ。 性急ですまんが、これは是非に回に頼みたい!」

顔回曰く、「はい、子路先輩が快く了承して頂ければ、仰せの通りに・・・」

子曰く、「では、臨時ということで受けてくれ!」

顔回曰く、「はい、わかりました。」

子曰く、「さあ、朝積みフレッシュハーブティーだ。 一服しなさい!」

顔回曰く、「はい、いただきます。 ・・・子貢君の用向きとは何ですか? かなり急ぎの用なのですね!」

子曰く、「急ぐと言えば、そう言えるかな! まぁ~それはそれだ。 私も4~5日親戚の結婚式で留守をする。 留守中よろしく頼むぞ!」

顔回曰く、「はい、かしこまりました。」

子曰く、「先ほど子貢が、回の才能に嫉妬していると言っておったぞ。」

顔回曰く、「子貢君は、私の持っていない政治家としてなしていく弁舌の才があるじゃないですか! 私への嫉妬は私の預かり知らぬところです。」

子曰く、「回よ! それだけ注目の的で、一目置かれているんだよ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月11日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート261

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート261』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「子貢(しこう)よ、この話は私と君だけの秘密だ。 孔家門弟及び君の家族にも他言無用だ。 いいね!」

子貢曰く、「はい、誰にも話しません。」

子曰く、「これは路銀だ。 渡しておく。」

子貢曰く、「はい、お預かりします。」

子曰く、「頼むぞ。 これで用件は済んだ。 有意注意を怠らず、気をつけて行きなさい!」

子貢曰く、「はい、先生、回さんに『子貢が“留守中をお願いします!”とくれぐれもよろしく言っておった』と伝えて下さい。では失礼いたします。」

子曰く、「子貢よ、回に伝えておこう!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

諸君、子貢は、孔子の弟子にして孔門十哲の一人であることはすでにご承知のことと思う。
改めてここで、彼のプロフィールを紹介しよう。

本名は端木賜(たんぼくし)。
姓が端木、名は賜(し)、字が子貢。
衛の人。
弁舌に優れ、衛、魯でその外交手腕を発揮する。
また司馬遷(しばせん)の「史記」によれば子貢は魯や斉の宰相を歴任したともされる。
さらに「貨殖列伝」にその名を連ねるほど商才に恵まれ、孔子門下で最も富んだ。
孔子死後の弟子たちの実質的な取りまとめ役を担った。

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月10日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート260

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート260』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「はい、先生! 至らぬ私ですが精一杯努力いたします。」

子曰く、「さて、ずいぶん気分も落ち着いてきたようだな。 もう一杯、茶を入れよう。」

子貢曰く、「先生、私はもう結構です。 私への用向きがありましたのに、先生の話の腰を折ってしまいました。 申し訳ありません。 先程の話の神北(かんぺき)君のことですが・・・ 神北君を調べてどうするのですか?」

子曰く、「これは私の霊感だが、『神北』は偽名だ。 彼は誰かの命令を受けて私や孔子塾の門人を調べに来ている間者だ。 子路(しろ)の紹介で上手くもぐり込んだものだ。」

子貢曰く、「スパイということですか?」

子曰く、「そうだ!」

子貢曰く、「目的は何でしょうか?」

子曰く、「それは私にもわからない。」

子貢曰く、「先生、私が神北君を問い詰めてみますよ!」

子曰く、「それはならぬ! どんな素性であれ、塾生として受け入れたのだ。 かくたる証拠がなければ、問い詰めることはできない。 それゆえ調べて来てもらいたい。」

子貢曰く、「神北は何者か? 誰に命令されて? 何の目的でここにもぐり込んだのか? ・・・ わかりました。 早急に仕度をして、やつの動かぬ証拠をつかんできます!」

子曰く、「頼む。 君の留守中は回(かい)に代わりを務めてもらうことにする。 何にも案ずることはない! すでに回にはここに来るように呼んである。 子貢は旅の支度をして、すぐに出かけられるようにしなさい!」

子貢曰く、「はい、仰(おお)せの通りにいたします。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月9日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート259

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート259』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「心の準備が出来ているから話をしているのだよ!」

子貢(しこう)曰く、「はい、恐れ入ります。 やはり、見分けているその力は先生の言われる霊感とか霊智というやつですね!」

子曰く、「俗世間で言う霊感と分けて、あえて『正しい霊感』と言いたいね!」

子貢曰く、「その『正しい霊感』が教え示してくれるんですね!」

子曰く、「そうだ。」

子貢曰く、「先生! 『正しい霊感』が教え示してくれるのであれば、何もこんな苦労して学問する必要もないじゃないですか?」

子曰く、「子貢よ、それは違う! 学問について私は門人に語っていることは君も承知しているね。 『学びて時にこれを習う、また説(よろこ)ばしからずや。 朋(とも)あり遠方より来る、また楽しからずや。 人知らずして慍(うら)みず、また君子ならずや。』 つまり、学問をすること、そして実践を通して学問を身につけていくこと、これは無情の喜びなんだ。 次第に同志が出来、見ず知らずのその同志たちが集まってくる。 こんな楽しいことはない。 人に認められようが認められまいが、そんなことは気にかけずに勉強を続ける。 これが本当の君子である。 本来、学ぶと言うことは、楽しいものなのだ。」

子貢曰く、「私も『学ぶ』ということが大好きです。」

子曰く、「我が同志よ! それは、よかった。 ただし、単なる学問至上主義に偏(かたよ)ってはならないぞ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月8日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート258

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート258』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢曰く、「どうして先生には、霊魂の固有性能を見分けることが出来るのですか?」

子曰く、「私は道を探究する過程で気付いたのだが、霊魂には心がある。 自我の心以外の心である。 その心を霊性心と呼んでいる。」

子貢曰く、「先生、霊性心をもう少しわかりやすく御説明して頂けませんか?」

子曰く、「せっかくの折だから、掻(か)い摘(つま)んで話をすることにしよう。 霊性心は、われわれ人類の精神のみに特有された極めて優秀性を有する最高級のものである。 普通人には容易に発現し得ないと言われる、かの霊感とか霊智とかいうような特殊なものは、いずれもこの心から発露するものなので、いわゆる神秘的な偉大な思索や、崇高な思想というようなものは、一切この心を本源としえ形成されるものなのである。 私見だが遺憾ながら、この心の働きや力に対しては、あまりにも知らなさ過ぎるくらい無理解な人が多いと言える。」

子貢曰く、「私は、先生から霊性心について初めて聞きました。 私もあまりにも知らなさ過ぎる無理解な一人です。 今後ともご指導の程宜しくお願い致します。」

子曰く、「弟子の中でもすでに心の準備ができているもの以外は話はしない。 何を語っているのか理解するまでになかなか至らない・・・ それでは誤解を招くだけだ。 この頃の子貢は私の話の真意をくみ、奥深いところが理解出来るようになってきたからな。」

子貢曰く、「先生、私は心の準備ができていると受け取ってよろしいのでしょうか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月7日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート257

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート257』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「子貢(しこう)よ、お前は何が言いたいのだ?」

子貢曰く、「それは、私と回(かい)さんのことです。」

子曰く、「回と子貢とな?」

子貢曰く、「はい、ダイヤモンドの原石は回さんで、私は瑚璉(これん)ということです。 先生のおっしゃりようですと、初めから素材が違うと言われんばかりです。」

子曰く、「『性(せい)、相(あい)近し、習(ならい)、相遠し。』 つまり、天性は誰でも似かよっている。 教養や習慣の違いで差がつくのだよ。」

子貢曰く、「私には、言っておられることがよくわかりませんが?」

子曰く、「ダイヤモンドの原石は、そのままではダイヤモンドにならない。 子貢、君は自己を陶冶し、今では最高の器として立派に役に立っているではないか。」

子貢曰く、「そう言われますが、回さんのようにダイヤモンドにはなれません。」

子曰く、「子貢よ、君は回に嫉妬しているのかい?」

子貢曰く、「回さんの才能に嫉妬しています。」

子曰く、「回の才能は回のものだ。 子貢よ、あえてダイヤモンドになる必要はないのだよ。 君の本来の自己である霊魂の中に秘めている固有性能というものがあるんだよ。 もちろん回にもある。」

子貢曰く、「そんなものがあるんですか? はじめて聞きます。」

子曰く、「はじめて聞いてもあるものはあるんだ。 霊魂の固有性能というんだが、これは親子であっても、二子の兄弟姉妹であっても、同じ心の人間はいない通り、心は皆異なる。 これは納得できるだろう。」

子貢曰く、「はい。」

子曰く、「霊魂の固有性能も皆異なるんだ。 別の言い方をすれば、子貢の『我が本性の固有する霊性』とも言うんだ。 これが君の素質なんだよ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月6日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート256

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート256』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子曰く、「もちろんだ。 磨かれるべく素材があってこその研磨である。 ダイヤモンドの原石は一見するとただ炭と同じく黒いだけである。 やはりよくよく磨いてこそ光にあてるとあのような輝きを放つのであるから、私も子貢も弟子たちもここでこうして学んで正しく考えることで輝きを増すために研磨しているのだ。」

子貢(しこう)曰く、「素材がダイヤモンドの原石ならいざ知らず、ただの石ころだとしたら磨きがいがないではありませんか。」

子曰く、「子貢よ、知ることは聡明(そうめい)を増すことである。 しかし、正しく考えることは一層心を研(と)ぐことになる。 さらに行ずることによって、自らを正しく救うことになる。 玉みがかざれば光なし。 と同時に、道端にあるただの石ころであるとしても、石もみがけば玉となることあり。 また玉にならないまでも、みがかぬ玉よりははるかに良くなることは必定である。」

子貢曰く、「以前、先生に私をご批評願いますとお願いしたら、先生は『お前は器(うつわ)だ』と申されました。 私は『器(うつわ)と申しますと?』と尋ねますと、先生は『瑚璉(これん)だよ。 瑚璉は器としては最高のものだ。』と言われました。 ダイヤモンドの原石の石ころと瑚璉との違いをどのように見分けておられるのですか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月5日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート255

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート255』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「はい、先生のおことばですが、私はお聞きするだけで実感がともないません。」

子曰く、「さもあらん! 今は聞いて知っておくだけでもよい。」

子貢曰く、「先生は齢(よわい)五十にして天命を知ったと聞いておりますが、先生の天命とはいかに?」

子曰く、「『道に志し、徳に拠(よ)り、仁に拠(よ)り、芸(げい)に遊ぶ。』 つまり、道を目標とし、徳を身につけ、仁を実践し、教養を広める。 これが私の生き方である。 またライフワークである。 この生き方による生き様を弟子たちや後世に生まれてくる弟子たちに伝え残すことである。」

子貢曰く、「それが先生の天命なんですか?」

子曰く、「そうだ。 何人ももれおつことの無い天命の大使命は、万物の霊長たる人間として宇宙原則に即応して、この世の中の進化と向上とを現実化することに努力するべく現象界に生まれてきたのである。 子貢よ、君もその一人なんだよ!」

子貢曰く、「私もそうなんですか? しかし、私は先生のような非凡な才能は持ち合わせておりません。」

子曰く、「『われは生まれながらにしてこれを知る者にあらず、古(いにしえ)を好み、敏(びん)にしてもってこれを求むる者なり。』 つまり、私だって先天的に才能があった訳じゃないんだ。 子貢よ、『習慣は第二の天性』と言うだろう。 先人の業績をしたって、それを倦(う)まず弛(たゆ)まずその『第二の天性』でただ研究研鑽(けんさん)しただけなのだ。」

子貢曰く、「それにしても、『第二の天性』で磨くと言っても、本来持ち合わせている素材や素質があろうと思うのですが、いかがでしょうか?」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年10月4日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート254

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート254』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「先生の内在の神との対話ですね!」

子曰く、「そうだね! 真我と自我との対話と言ってよいだろう。」

子貢曰く、「それで魂からの返答は何と?」

子曰く、「真我からの返答は、『あそこには道の教えを必要としている若者たちがあなたの帰りを今か今かと待っている。 あふれる向上意欲をもてあましているあなたの弟子となる若者たちが待っている! 魯にすぐ帰れ。』と私に語りかけてくれたんだ。」

子貢曰く、「そうでしたか。」

子曰く、「子貢よ、私は私の心の中で真我と対話し、その対話を通じて真我の中にこの世の全てのものを正しく理解し得る偉大なる『光り』なるものが宿り居ることを厳かに感じている。 この『光り』こそは、唯一(ただひと)つの絶対たる宇宙根本主体(天)が我が霊魂の中に与え給いし慈悲の一雫(ひとしずく)である。 またこの『光り』こそは、我が命と宇宙根本主体とを確実に結びつくるくろがねの鎖である。 と同時に更に真理の扉を開く秘密の符牒を知る金鍵(きんけん)なんだ。」

子貢曰く、「先生が言われる『魂の中の“光り”は、真理の扉を開く秘密の符牒を知る金鍵(きんけん) 』とはどういうことなんですか?」

子曰く、「子貢よ、この『光り』が我が心の中に燦然として輝くと、尊しや宇宙根本主体は、世の人の言う『神の啓示』なるものを与えてくれる。 そして無限の力を以って、迷いに眩(くら)む私の心の眼(まなこ)を正しく開かせてくれるんだ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月3日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート253

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート253』だ。

諸君、昨日の引き続きであります。  

子貢(しこう)曰く、「先生、霊門の扉が開かれるとどうなるんですか?」

子曰く、「子貢よ、君も承知の通り、私は、『朝(あした)に道を聞(き)かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり。』と言ってきている。 只今も変わってはいない。 霊門の扉が開かれると、わが意識の心耳に妙(た)えなる魂の囁(ささや)きを聴くことができうるんだよ。」

子貢曰く、「本当に『魂の囁き』を聴くことができるんですか?」

子曰く、「できる!」

子貢曰く、「先生は常に聴いておられるんですか?」

子曰く、「齢(よわい)六十を過ぎてより、我が魂の囁きに心耳は素直に順(した)がって聴いている。」

子貢曰く、「魂はどのようなことを囁いているんですか?」

子曰く、「道を指し示してくれるんだ。」

子貢曰く、「道を指し示してくれるんですか?」

子曰く、「そうだ。」

子貢曰く、「例えばどんなことですか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

諸君、論語「公冶長篇」にこのように述べられている。

子、陳に在りて曰く、「帰らんか、帰らんか。 わが党の小子、狂簡にして斐然(ひぜん)として章を成す。 これを裁するゆえんを知らず。」

「さあ、一刻も早く故郷へ戻ろう。 あそこには若者たちが私を待っている。 あふれる意欲を持てあましている若者たちが。 色あざやかな布地は織ったが、仕立て方がわからぬ若者たちが。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子曰く、「子貢よ、私が陳の国に在ったときに、私の魂の囁きは、『一刻も早く生まれ故郷の魯の国へ帰りなさい!』と示唆されたんだ。 『聴き間違えはならぬ!』と思い、心静かにして『故障へ帰れとはどういうことですか?』とあらためて魂に問うたのだ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年10月2日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート252

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート252』だ。

諸君、「論語創作ものがたり」のひきつづきであります。  

子曰く、「子貢(しこう)よ、私は四十まではいよいよ学んで、いよいよ苦しみ、いよいよ極めて、いよいよ迷った。 それまでの私は、徒(いたずら)に肉身または心を人の本体なりと思い惑っていた。 人の本体は肉身にあらず、また心にもあらず。 人の本体は絶対にして不変または不朽不滅なる霊魂なんだ。 身といい、心と称するものは、真我の命が現象の世界に活きてゆくための一切方便を行わんがための命への要具なんだと気付いた。 それに気がついてより迷わなくなった。 およそ人間の心の奥には、幽玄(ゆうげん)微妙はたまたおしはかることが出来ない一大心界がある。 しかもこの心界は、宇宙創造の力と通じ、常に自己を援(たす)け、自己を危害を加えようとするものからかばい守ってくれる務めを行っているんだ。 子貢よ、しかし人々の多くはこの崇高なる心界が、わが命の中に在るのだが、それに気付かず、徒(いたず)らに心の一部に存在する低劣なる心意にのみあたら貴重なる人生を委(ゆだ)ぬるがために、心ならずも価値なき苦しみと悶(もだ)えとを招くんだよ。 心といい肉身というも、それは所詮(しょせん)はわが本体たる霊魂の要具に過ぎない、徒に益なき煩悩(ぼんのう)に執着して、低劣なる心を夢にも躍らしてはならない。 子貢よ、私は、私の裡(うち)なる魂に問い続けた。 また真理・道理にかなう人の道を訪ね続けた。 日々常に心鏡止水(しんきょうしすい)わが本性の固有する霊性開顕(れいせいかいけん)に努力精進した。 倦(う)まず弛(たゆ)まず私の裡の霊門の扉を叩き続けた。 叩けよ、さらば開かれん! 五十を過ぎたころ、堅く閉ざされていた霊門の扉が、裡より静かに開かれてきたんだ。」

この続きは明日また・・・。 
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年10月1日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート251

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート251』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。  

『それから、心性意識という意識は、常に発達的だということを忘れちゃ駄目よ。これを忘れちまうと、きょう自分の理性で考えたことが永久に正しいように思い違いしちまうんです。よく議論して平気でこんなこと言ってる人があるんだ。
 「おまえ、そんなこと言うけどな、物の道理を考えてみろ、物の道理を。俺はどうしても、おまえの言うことは違うと思うんだ。縦から考えても、横から考えても、俺の言ってるのが本当だと思うんだ」
 といってる言葉が永久に本当と思ったら違うよ。理性は発達するんだ。きょういいと思っても、あした悪いことになることがあるかもしれない。
 考えてごらん。その昔、人の命をとることはけっして悪いことじゃなかった。元亀(げんき)・天正(てんしょう)より以前の時代は、今のように完全な法治国家じゃなかった。自分を守るものは自分だもの。だから、せっぱつまった場合に人をたたっ斬(き)ったって、けっして罪になりゃしないもの。とくに武士と称する一階級のものは、武士以外の人間だったら人間扱いしないからね。町人なんていうのは無礼打ちでかまわないということになってた。
 もう一段前になると、台湾の生蕃(せいばん)と同じように、自分の殺した人間の数の多いのを自慢にするというような状態だった。それが、その時分の人間の生命を守る一つの手段であると同時に、人生の誇りだった。
 ところが段々だんだん時代が進化するにつれて、人を殺すことは非常な罪悪だということになってるだろう。
 ただし、人を殺せば罪悪だと言いながら、今でも戦争ではドンドン人を殺してるわね。これもまあ、二十年、三十年たったら人を殺さないで、戦争は議論するだけでおしまいにする時代がくるでしょう。そうなりゃあ、しめたもんだけどもね。
 またさらに、二千年のその昔、支那の孔子が生きてる時分には、男、女が七歳以上は一緒にいちゃいけないということになってたんだ―「男女七歳にして席を同じゅうせず」。つまり、その時分の支那人は七歳で色気がでたらしいんだな。今の人間みたいに、生まれるとすぐ色気があるなんてことはなかったらしい。今の人間をもしも孔子に見せたら大変だと思うよ。こらまあ、「これ、人間どもか! あれあれ、あそこに男と女、男と女」ということになるだろう。今じゃあ男と女とこうやって一緒に並んで話を聞いてて、何も罪だと思わないわね。
 昭和二十年まで日本の女は、亭主をもってほかの男と情を通じると姦通罪って罪があった。ありましたな。けど、今は姦通罪がないんだから、いやだったら別れなさい、何も辛抱して一緒にいる必要はありません、というのが法律だもの。段々だんだん変わってきちゃうんだもの。
 今より五千年もたつと、一年ごとに隣のかかあと交代しようなんてことになりやしないかと思うけど、まあとにかく、いろんな時代がくるよ。
 だから、理性というものは、たったいま考えて、これが完全に正当だと思っても、あしたは正当でなくなるかもしれないことを考えなきゃいけない。これは非常に重要な自覚なんだぜ。ところが、心性意識が発達的なものであるということを知らずに生きてる人が多い。これは本当に真剣に考えなきゃいけないよ。いわんやまして、心性意識が非常に発達的なものであるということがわかればだ、霊性意識から霊感を引きだす非常に大きなこれは手がかりになるんだもん。心性意識の働き方一つで霊感がでてくるんだぜ。だから、心性意識がどういうものだということを正しくわからなきゃ、何にもならないんだ。
 理性というものは、心性意識の発達にともなって、やっぱり相対比例で発達してるってことを忘れちゃ駄目よ。だから、軽率に、俺はこういうふうに考えて、これがどこまでもいいと思うんだ、というふうに言い張ることは、よほど考えなきゃいけない。
 理性本位で生きちゃいけないんですよ。だいいち、理性本位で生きるとね、生きるその人間ひとりが非常な苦労をするんですよ。それがわからないんだ、多くの人には。私なんかが、もうそら、形容ができない苦労をしたのは、自分の理屈で自分が苦労したからだ。
 もちろん、理性を排斥してんじゃないんだよ。発達した理性が進化向上を現実化していくんだから、そして文化というような恩沢(おんたく)を受けるような境涯もできてんだから。理性というものは尊重しなきゃいけないけれども、尊重しろということと、それ一点ばりで生きろということとは違うんだもん。わかる? 尊いから尊重はしなさい。けど、それ一点ばりで生きろと言うんじゃないもの。
 人生はねえ、何をいったい本位として生きなきゃいけないかと言うと、霊性を本位として生きなきゃいけない。霊性は発達性のものじゃないから、けっして間違った考え方はだしませんよ。理性のほうは知識とともに発達していくから、その知識が増えりゃ増えるほど、きのう考えたことがきょういけなくなり、きょう考えたことがあした間違ってるってことがわかるようになってくる。』

諸君、「霊感は人間の命の本体である霊魂という気体の中にあるんだ!」ということを多少なりとも理解されたと思う。
では、明日は「論語創作ものがたり」に話を戻すことにしよう。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月30日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート250

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート250』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。  

『第一の肉性意識なるものは、人間ばかりじゃないんだぜ。肉体のあるものには、鳥、獣から、昆虫、爬虫、もっと厳格に言ったら、顕微鏡で見なきゃわからないアミ―バのような微細なものにもあるんだ。
 が、第二の心性意識と第三の霊性意識とは人間だけしかないんだ。万物の霊長たる我れら人間だけに付与された心で、ほかのものにはないの。うちの犬や猫は人間よりも利ロですよというようなことをよく言う人があるわね。そいつはまあ、かわいいペットだから、形容してそう言うんだろうけども、いくら利口でもだよ、犬、猫にはこの第二の心性意識も第三の霊性意識もむろんない。
 だから、庭で飼われている犬が、座敷でかわいがられてる猫を見てハンストをおこしたなんていうのはないでしょう。理性心意識がないもん。
 人間になると、もうすぐ不平を言うわね。同じ兄弟でも、弟がかわいがられるとか、兄貴だけがかわいがられるとか、妹だけがかわいがられて、姉が粗略にされてるなんて、すぐ不平おこすだろう。これは理性心意識があるからなんだ。
 人間以外の動物は肉性意識のみで生きてるんだから、自己というものをただ単に肉体だけのものとしか考えていないのであります。ほかのこと考えられないんだもん。いかなる事柄に直面しても、その事柄に関する事情だとか理由とかというような複雑なことはぜんぜん考えられないんです。考えようとしても、考える心がないんだから、考えられないわな。心性意識が働かなかったら、考えられないんですよ。
 たとえば、ここに一匹の犬が、吹きすさむ嵐の夜、木にゆわかれてつながれたとするんだ。するとその犬は必ずや、キャンキャン吠えたり、暴れたりしますよ。けれども、吠えたり暴れたりするのは、その場から何とかして逃れて、現在の自分の肉体の感じてる不愉快から、もっと安楽なところに行きたいと思うだけで、吠えたり騒いだりしてるだけたんだ。肉性意識がそういうことをさせてるだけなんだ。つまり、肉体に感じる不愉快な感じや、または苦痛の感覚だけを意識して、それから逃れたいだけなんだ。それ以上に階級の高い心性意識などはもともとないんだから、その心にでようはずがないもん。
 だから、ギャンギャン吠えながらも、こんな雨風の激しい嵐の晩に、一体どういう理由で俺はここにつながれたのかなあ、なんてことは言いませんよ。考えられないもん。
 ところが、人間だったらどうなるんだよ。あんた方をいきなり座敷から引きずりだして、嵐の晩に、高手小手にいましめて、庭の木にゆわえつけたとしたら、あなた方はねえ、どんな偉い人にやられたからって、礼は言わないだろう。そうらもう理屈を言いますよ。何で私、ゆわかれてここにいなきゃなんねえんだ。病になったらどうするんだ、一体全体。あれからこれへといろんなことを言うでしょうが。そらもう犬、猫がゆわかれた場合とは格段の相違がでてくるのは、けっきょく要するに、犬や猫は肉性意識が命の全体であるのに比較して、人間のほうはそれより階級の高い心性意識や霊性意識があるがためなんだ。
 動物にだってやっぱり愉快な感覚や不愉快な感覚はありますよ。犬なんか愉快な感覚になって、尾をふってるじゃないか。また、痛い感覚や辛い感覚もあります。それから、物の味わいのうまいとか、まずいとかもありますよ、人間同様。しかし、彼らはただ単に肉体感覚だけで知覚したものを意識してるだけなんだからね。推理的に考える作用は心にないんだから、そこが人間と動物の違うところなんだ。』


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月29日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート249

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート249』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。  

『「一生かかって山の中で、こうして難行苦行しなければ掘りだせないのですか」と言ったらね、
 「うーん、掘りだす方法を知ってしまえば、わけないんだ。けれども、そのわけない方法をみつけることがなかなかできないから、こうやって一生懸命に難行苦行してるんだ」
 この言葉はやがて、きょうの話を聞くと、ああ、そうだなあ、ということがすぐわかる。
私もその初め、何か非常にこれは難しいものであるかのごとくに考えちゃったよ、知らないから。
 けど、ようく考えてみると、人間が人間になるんだから、難しいはずはありませんわね。 人間が猿になるとか、改めて馬になる、こいつは難しいよ。できっこないもん。生まれたときは、諸君はみんな正真正銘の人間だったんだぜ。猿の子でも豚の子でもなかったんだ。
 ただ、物心ついてから、もちろん知らずにやっちゃったことだけれども、にせものになっちゃったのよ。にせものになっちまうと、自分の心の奥底に生まれながら与えられた自覚正念、霊感というものをぜんぜん気がつかないんだから、どうしてもあるとは思いやしませんよ。あると思わないんだから、一生使うことなしに終わっちまうんだ。
 そして、やれ健康がどうの、運命がどうのと、ただもう、ああもなりたい、こうもなりたいという欲望は炎と燃やしていても、これもいつも口癖に言ってるが、日向で自分の影法師をとっつかまえようと思って、駆けりや駆けだすほど、その影法師も逃げだしてしまうような状態の人生を繰り返し繰り返し生きて、そしてどうにもならないで、五十か六十歳でキューツと死んじまう。つまんない人生ですわね、これ。
 支那の昔のことわざに、「悟れば一瞬にして喜びきたり、迷いは永劫に不幸きたる」というのがあるが、全くそのとおりです。
 だから、耳で聞くと同時に、これを本当に自分のものにしなきゃ駄目ですよ。ただおもしろおかしく聞いてるだけじゃあ、何のくその役にもたたないんだから。

 それでは、第一番に知っておきたいことは何だというと、「意識」ということであります。
 意識というのは、わかりやすく言うと、心の活動する状態に対する形容詞なんだ。わかりました? だから、心が活動しなかったら意識はでてこない。心が活動すると同時にでてきた現象を意識という。
 思ったり、考えたりしたら、もうそれが意識なんだよ。心の活動は思考によって現実化するんだから。心は思ったり、考えたりする以外に働かないのよ。心は駆けださないのよ。思ったり、考えたりするのが心の役目なんだもの。思いだした、考えだしたということになると、すぐそれが意識という状態になる。
 そして、一つのように見えてる意識が、その活動の上から仔細に区別すると三つになる。
三つとは何だというと、「肉性意識」と「心性意識」と「霊性意識」という三つのもの。
 それで、肉性意識のなかには「本能心」と「動物心」と「植物心」があるんだよ。心性意識のなかには「理性心」というのがあるわけだ。それから、霊性意識のなかには「霊性心」というものがある。
 第一の肉性意識というのは、肉体生命を生かすために必要な働きを行う心なんです。第二の心性意識というのは、精神生命のなかに存在する理性心から発生する意識なんです。第三の霊性意識というのは、人間の命の本体である霊魂という気体のなかにあるんだ。
 そして、その気体のなかにある霊性意識のなかに霊感、いわゆる第六感があるんですよ。
どうです? あなた方が生まれながら与えられてある霊感、第六感は霊性意識のなかにあるんだ。
 生きてる以上はみんなこの霊魂があるんだぜ。霊魂と言うから、何とかく仏教じみちまうけれども、生きてる命のもとをなしている気体があるんですよ。ただ、見えないもんだから、感じないもんだから、ないと思ってるかもしれないけど、あるから生きてんだぜ。この気がぬけちまうと死ぬんだよ。
 だから、ひどい打撃なんか受けて「気が絶える」とよく言うだろ、「気絶」すると。気絶しても、甦ってくりゃあ気が返ってくるけれども、返ってこなかったときには結局、死んじまうんです。気がぬけっちまうもの。 』

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月28日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート248

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート248』だ。

諸君、俗説であるから真偽のほどは確かではないが、9月28日は孔子先生の誕生日と言われている。
人は皆、天の命令により使命を預かって万物の霊長たる人間として生まれてくる日を定めてきた。
諸君も運命には二種類あることはすでに承知していると思う。
それは天命と宿命である。
天命は絶対で、宿命は相対的である。
どうにも仕様のない運命を天命といい、人間の力で打ち開くことできるものを宿命という。
女が女に生まれ、男が男に生まれたのは天命である。
現代に生まれたのも天命であり、どうすることもできない。
ところが今の人は、打ち開くことのできる運命にぶつかったときでも、それを天命という。
自分の努力が足らないことは棚に上げ、どうにも仕様がないという。

話は変わるが、孔子先生が「もう一人の自分から来る霊感がそう伝えてくれるんだよ。」と話していたね!
そもそも「霊感」とは何であろうか?
そこらへんの話をしてみよう。

肉体を本位に働いてる心から、あるいは理屈を本位に働いている心から妄想念というのは働き出すんだ。
妄想念は煩悶によって引き起こされる自分を苦しめるものだね!
霊性意識の中から働かないんだ。
霊性意識とは、やさしい言葉で言うと「本心・良心」のことだね。
だから、妄想念が除き去られれば、霊性意識が招かずして発現してくる。
霊性意識が発現すりゃ、そこに「自覚正念」というものが出てくるんだ。
いわゆる「霊感」というんですが、学問的に言うと、「自覚正念」。
同じことなのよ、「霊感」も「自覚正念」も。

「霊感」について「盛大な人生」で私は生前このように話している。
その一部を掲載しよう。

『この自覚正念、つまり霊感は人間の心の奥底に存在しているきわめて微妙な力なんだ。
 しかも、学問があろうがなかろうが、経験があろうがなかろうが、女であろうが男だろうが、オギャーと生まれたら、みんなもってるの、この不可思議きわまるありかたいものを。
 ただ、もってるにはもってるけども、もってることを知らないやつは、一生ぜんぜん使わない。
 私もね、アメリカ、ヨーロッパと世界の三分の二も歩いて、そしてあげくの果て、インドの山の中でカリアッパ先生から初めてこの話を聞いたんですよ。
 この話というのは、つまり、
 「おまえの心の奥底には、自覚正念というものがあるのを知ってるか?」
 「そんなものはありませんよ」と言ったら、
 「自分があるということを知らなければ、ないと否定してしまうのは乱暴な断定じゃないか。私たちが生まれおちてから死ぬまで、人生というものの真理と取っ組んで、こうして山の中で毎日、日にちを暮らしているのも、結局その力を掘りだしたいからなんだ」
 そのとき、私はこういう質問をした。 』

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月27日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート247

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート247』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子曰く、「私が朝づみしたフレッシュハーブのオリジナルブレンドティーだ。 気持ちが落ち着くから、まーゆっくりと口にふくめて飲むとよい・・・ それから話をしよう。」

子貢、出されたハーブティーを口にふくめてゴクッと飲み込んだ。

子貢(しこう)曰く、「スーッとしたペパーミントとほのかなレモンの香りのレモングラスと甘い芳香のスペアーミントが醸し出す三つのハーブの清涼感が何とも言えませんね! 肩の力が抜けてリラックスしてきました。」

子曰く、「そうかい。 では、一息入って落ち着いたところで、子貢に調べてもらいたいことがある。」

子貢曰く、「調べてもらいたいこと・・・ はい、なんでしょうか?」

子曰く、「この度、子路(しろ)の推薦で入門した神北(かんぺき)のことだ。」

子貢曰く、「先生、神北君に問題があるというのですか?」

子曰く、「いや、まだそうは言っていない。 だから子貢に調べてもらいたい。」

子貢曰く、「あー、はい。」

子曰く、「神北は立ち振る舞い、並びに言葉づかいがどこかの国の君主かその臣下(しんか)か、また側近に仕えている者か、仕えていた者のどちらかだ。 実のところはわからないが、私のもう一人の自分から来る霊感がそう伝えてくれるんだよ。」

子貢曰く、「先生はいつから霊能者になられたのですか?」

子曰く、「そこらへんを話せば長くなる・・・」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月26日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート246

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート246』だ。

諸君、いよいよ舞台は孔子塾であるが、子貢(しこう)が孔子先生の御用でしばらく留守していたんだったね!
その用向きは何であったのだろうか?
さかのぼって、子貢が孔子先生から用事を言いつかる場面から始めることにする。

ここは、「書院の間」、孔子先生の書斎兼リビングであるである。
先生お気に入りの栴檀(せんだん)の香気がそこはかとなく漂っている。

子貢「書院の間」に入る「控えの間」で曰く、「子貢です。 お呼びでしょうか?」

子曰く、「おお、子貢か。 忙しいところ呼びだてして済まんな! さあ、こちらへ入って来ておくれ・・・」

子貢、一礼して「書院の間」へ向かう・・・

子貢、椅子に腰かけている先生に一礼して曰く、「御用件はなんでありますか?」

子曰く、「さあさあ、ここへ座りたまえ。 私は背が高く、体も大きい、もちろん顔もでかい・・・  それはともかく、座ったほうが目を見てお互いに話がしやすいからね!」

子貢、孔子先生の対面の椅子に座って曰く、「先生、私への用向きは何でありましょうか?」

子曰く、「まあまあ、そう急(せ)くな! 茶でも入れよう・・・ 一服して落ち着きなさい。」

子貢曰く、「先生、典礼役の仕事が午後から入っております。 若いものに指示を出さなきゃなりませんので、長居ができないのであります。」

子曰く、「そうは暇(いとま)はとらせはしないから、まあその間だけは、イライラせず心静かに!」

子貢曰く、「はい、このところ仕事が立て込んでいたもので申し訳ありません。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月25日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート245

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート245』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

『論民』の亭主とバイザー京華(きょうか)が店先まで出て来て、頭を幾度となく下げ、にこやかに手を振って四人の姿が闇の中に消えるまで見送ってくれた。
その後、「『論民』に近いうちにまた飲みに来ようや」との子路の掛け声のもと、孔子塾生寮門前で四人は分かれ、帰宅の途についた。

諸君、四人は居酒屋『論民』にずいぶんと長く居たね!
話は変わるが、サラリーマンたちの飲み屋での会話は、おおむね人事の不平不満、給料の安さ、人間関係のトラブルによる悪口等が相場であろう。
お互いにバカ話をして陽気に笑っているうちはいいが、それが段々グチとなり、やれ胃の調子が悪い、肝臓や内臓の調子が悪い、血圧が高いと言いながら飲むのは体と心に悪いのはどなたが聞いても納得できるはずだぜ。
それは消極的な陰気な飲み方である。
陰気な酒は、消極的な会話となり、それでは逆にストレスが溜まる一方だ。
割り勘で金を払って、余分な他者のストレスまで割り勘では、それこそ割に合わないぞ!
諸君、酒癖の悪い奴とは飲むな! 
ろくなことはない。 
酒は楽しく陽気に飲め!
つまりポジティブに飲むが心得である。
心一つの置きどころである。

明日からは舞台は居酒屋『論民』から孔子塾に移る。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月24日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート244

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート244』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

『論民』スタッフしのもりきしん曰く、「はい、もう一度みなさん、いい顔つくりましょうねぇ・・・肛門締めて・・・ 肩の力抜いて、肩を落として下さい。 よろしいですか・・・ おなかに力を充満させて・・・ ・・・おならしてはいけませんよ・・・ はい撮りますよ・・・ 『クンバハカ!』・・・ (カシャッ!) はい、もう一枚撮りますよ・・・ はい、『クンバハカ!』・・・ (カシャッ!) はい、みなさんご苦労さまでした。」

子貢(しこう)曰く、「先輩、回さん、神北(かんぺき)君、お疲れさまでした。」

顔回(がんかい)曰く、「写真はいつできるんですか? すぐにでも見たいですよ。」

子路曰(しろ)く、「回よ、無理言っちゃいかん! それぞれ会計を済ませて帰るぞ!」

神北(かんぺき)曰く、「回さん! 明日の午後にはプリントしておいてくださるそうですから、夕方にとりに行って来ますよ。 お渡しできるのは明後日に教室で顔を合わせた時ですかね。」

子貢曰く、「回さんが早く見たくて待ち遠しいようだ。 実は、私もだがね。 お手数かけるが宜しく頼みます。」

神北曰く、「はい、4枚プリントをお願いしておきました。 皆様に記念として1枚ずつ頂けるそうです。 それと店内の『千客万来』の額の横に『生ビールピッチャー一気飲みWinner』として写真を飾っておくそうですので、予めご了承下さいとのことです。」

子路曰く、「まあ、飲食半額券もゲットしたことだし、またこなきゃなるめぇから、写真飾るぐらいいいだろう! こんどは四人で飲みに来ようや!」

子貢曰く、「そうですね。 先輩、回さん、孔子先生もうすぐバースデイですよね! 先生を誘って誕生会をしませんか?」

ガラガラガラ(『論民』の玄関のドアの音)。
四人は居酒屋『論民』を後にする。

店内より『論民』スタッフそろって曰く、「ありがとうございました。 またのご来店をお待ちしております!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月23日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート243

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート243』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

1Fの『千客万来』の額がかかった客の待ちスペースにすでにデジタル一眼レフカメラが三脚と共にセッティングされていた。
FC『論民』亭主曰く、「本日は御来店誠にありがとうございました。 記念撮影の準備が出来ております。 さあさあ、みなさんこちらへどうぞ!」

バイザー京華(きょうか)曰く、「どうも! ありがとうございました。 回(かい)様、今日の主役ですから中央にお座り下さい! その隣はで大先輩の子路(しろ)様どうぞ!」

子路曰く、「故(ゆえ)あって、後ろの立ち席がいい。」

バイザー京華曰く、「そうですか。 子路様のお好きにどうぞ。 では、回様の隣は私が同席させて頂きます。 回様の隣を神北(かんぺき)様。 私の隣を子貢(しこう)様でお願いします。 その隣がオーナー亭主が座ります。 お店のスタッフが後ろに入らせて頂きますので予(あらかじ)めご了承ください! ではお席について下さいな。」

顔回(がんかい)曰く、「なんかドキドキしますね! 写真にさゆりちゃんと親父グモが写っていたらいいですね!」

子貢曰く、「回さん、あれは先輩の作り話ですよ! 本気にしないで下さいよ。」

神北曰く、「私は信じますよ! 何かがきっと写ってきますよ。」

顔回(がんかい)曰く、「何が写っているか楽しみですね!」

『論民』スタッフが声をかけて曰く、「皆様! お席に着かれましたか? 記念写真を撮らせていただきます『論民』スタッフの『しのもりきしん』です。 どうぞよろしく。 では、いい顔つくりましょう。  はい、深呼吸して下さい! 肛門を締めて下さい! 同時に肩の力を抜いて、へそ下の丹田に力を充満させて下さい! よろしいですか?」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月22日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート242

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート242』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「回(かい)さん! 我々門弟は先生の人徳や考え方、生き方、または学問に関する造詣の深さに感嘆し、心から尊敬し、頭(こうべ)を垂(た)れ謙虚にそれに倣(なら)おうとしています。 先生をお慕いする気持ちは私とても同じですよ。 『良師は以(も)ってすべからく宝となすべし。 良友は以ってすべからく鑑(かがみ)と為すべし』ですよね。 不肖子貢は、自己を完全に啓発し、自己を真実に向上させて人の世のために真に役立つという仁者・真人となろうためには、ひたすらこうした心がけで何でも善いことを貪欲に模倣することに努めようと決めています。」

顔回(がんかい)曰く、「子貢君、君なりに頑張って下さい! 回は後輩として『“こ”の一番』の札を子路先輩にお返しします。 下足を取り出して『“い”の一番』の札の下足と入れ替えますので、その札をあずけて下さい。 すぐ入れ替えてまいります。」

子路(しろ)曰く、「回や、『“こ”の一番』はお前に譲ることにするぜ。」

顔回曰く、「私はそうそうここに来ることはありませんからいりません。」

子貢曰く、「バカバカしいやり取りはいいかげんにして、さっさと記念撮影して帰りましょう。」

子路『“こ”の一番』の札を見つめながらつぶやいて曰く、「回に『“こ”の一番』を『譲る』と言うのに『いらん』と言いやがる。 こだわっていたのがアホらしくなったぜ‼ さっさと帰って寝るとするか。」

四人は履き物をはいて、みな1Fへと下りて行った。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月21日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート241

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート241』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「先輩は先生に『恋』をしているんですよ! それも長年苦楽を共にしてきた先生の大きな背中を見ながら、先生に憧れ、いつしか片思いの恋に落ちたんですよ。」

子路(しろ)曰く、「俺が片思いの恋に落ちただとぉ! 子貢よ、お前の天職は司会典礼役じゃない。」

子貢曰く、「先輩、自分の心の中を見られるようで嫌なんでしょう! それで私の天職は何だと言うんですか?」

子路曰く、「お前、心理学者ぶりやがって、人の心の中見たような気になっているが、お前は心理学者なんかじゃない! お前の天性は・・・」

子貢曰く、「私の天性は・・・ ズバリ何ですか?」

子路曰く、「本当の恋を知らない恋愛小説家だ! これがお前の職業にピッタリだ。」

子貢曰く、「私は恋愛小説家ですか。」

神北(かんぺき)曰く、「いいなぁ~。 恋愛小説書いて飯が食えるなら、最高ですね! ハーレクイン・ロマンス『論語に出てくるあの子路の嫉妬と恋』というタイトルで子貢さん一つ書いてみてくださいよ! すでにネタはあがってますから・・・」

子路曰く、「おい、神北! 図に乗るんじゃないぞ! 『仏の子路様』でも我慢ならねぇことだってあるんだ。」

子貢曰く、「まあまあ・・・ 先輩、目くじら立てないで下さいよ。 つい先ほどまで、変わらぬ友情を誓いあったばかりじゃないですか。」

顔回曰く、「突然ですが、子路先輩、皆さん、私は今はっきりわかったんです。 私も孔子先生に『恋』していることに気がついたんです。 と言っても、私は心から先生を尊敬している恩師の愛なんです。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月20日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート240

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート240』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう) 曰く、「先生が『回よ! 回よ! 回さんよ!』とばかりに回さんばかり可愛がるから、年甲斐もなく回さんにモーレツに嫉妬していたんですよね! 先生に気に入られようと一生懸命するんですが、何故かやることなすこと先生に注意を受けるものだから面白くない。 先生も言わなきゃいいのに、言葉じりの最後に『回を見習え! 回を見習え!』といわれるものだから、よけい腹が立つ。 『腹が立つが言われてみればもっともだ。』と思えることなので、よけいに癪(しゃく)に障り、感情のもって行き場がないものだから、恋敵の回さんに向けての姿を見ると『癪』の種になっちゃった。 まさに嫉妬の炎が焔々(えんえん)と燃え上ってきて、その炎の勢いが強すぎて、もうどうにも理性心では押さえきれない。 この度の騒動は、先輩の嫉妬が原因で端を発したことですが、これは相手の立場で考えれば今回のことも先輩に限ったことではありませんよ。 意外に回さんだって嫉妬の炎が焔々と燃え上り、ことは起こさなくても心の中で解決できずに苦しみ、悩み続けたかもしれませんよ!」

顔回(がんかい)曰く、「その通りです。 先輩を責めることはできません。 この度の私に対しての先輩や神北君や門人の無視する態度は私の心の感情が傷つき、その傷がもとで煩悶(はんもん)していました。 帰宅途中で子貢君に出合わなければ、まだ私は傷が癒えずに更なる煩悶をつくり、悶(もだ)え苦しんでいたでしょう。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月19日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート239

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート239』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子路(しろ) 曰く、「こだわるわけ・・・ おおありよ~! 『“こ”の一番』のこだわりは・・・『こ・い』なんだ。」

顔回(がんかい)曰く、「池の『こい』ですか? こいのぼりの『こい』ですか?」

子路曰く、「ちゃうちゃう、その『こい』じゃない! この『こい』は釣らずに育てるものだ。 それでまた、不思議なものなんだ。 会っている時はなんともないが、『さよなら』すると涙がこぼれちゃうんだよ。 そんな切ない『こい』なんだ。 この気持ち、わかるか? 回君!」

顔回曰く、「それって、初恋や恋愛の『恋』ですか?」

子路曰く、「そうだ。 俺は周りの奴から『無鉄砲な子路』とか『勇敢な子路』とか、そんなイメージが定着して期待されているもんだから、常に勇気!勇気!勇気!一辺倒で振舞ってきたんだ。」

顔回曰く、「先輩それと『“こ”の一番』とどういう関係があるんですか?」

子路曰く、「俺の本音は、『勇気凛凛』より、いつも『恋』をしていたいんだ。」

子貢(しこう)曰く、「先輩、悪酔いしたんですか?」

子路曰く、「バカ言うな! 俺は正気だ! おい、回! お前は本気で恋愛したこといっぺんでもあるか?」

顔回曰く、「そう単刀直入に言われますと・・・ 恋と言えるかわかりませんが、無いとも言えません。」

子路曰く、「へえ~、女に興味の無い学問ばかりしているお前が本当の恋愛をしたことがあるのか?」

神北曰く、「先輩、ここに飲みに来るたびに『孔子先生大好き!』、『孔子先生命(いのち)』と下駄箱の前で言っているじゃないですか。 『こ』は孔子先生のことだと・・・ 先生を大切に思う気持ちは孔門弟子ナンバーワンであると自負している先輩の気概が『“こ”の一番』の下足札のこだわりなんですよね!」

子路顔を赤くして曰く、無言。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月18日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート238

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート238』だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう)曰く、「これにて一件落着! では、お開きといたしましょう!」

顔回(がんかい)曰く、「神北(かんぺき)君、そちらはそちらでお会計してくれたまえ。 こちらは子貢君がおあいそをすることに決まっているから!」

神北曰く、「はい、記念撮影もありますので・・・。 では京華(きょうか)さんに『おあいそ』お願いしますと伝えてきます!」

子貢曰く、「神北君! あっ、ちょっと、僕の支払いは『いつもニコニコカード払い』でお願いしてます。 この店は、カード払いOKか聞いてきて下さい!」

神北曰く、「あっ、論民はチェーン店で、私は以前、他店の論民でカード払いしましたから大丈夫と思いますよ。」

子貢曰く、「そうですか。 私は明日・・・、あっ、いやぁ~もう深夜の2時ですよ! 今日孔子先生に報告をする約束をしていますので、皆さん、さっさと帰る準備をしましょう。」

神北戻って来て曰く、「子貢さん、カード払いOKです。 1Fでカメラのセッティングはできているそうです。 いつでもどうぞと言うことです。」

子路(しろ)曰く、「では、引き上げるとするか! (顔回の下足札を見て)何ぃ! 俺専用の『“こ”の一番』の下足札じゃないか!」

顔回曰く、「『“こ”の一番』のこの下足札がどうかしましたか?」

子路曰く、「俺は『“こ”の一番』は子路様専用の下駄箱なんだ。 この店の主人に『長嶋茂雄の背番号 “3” と同じく永久欠番にしろ! 俺以外の者に使わせるな!』ときつく言ってあるんだぜ!」

顔回曰く、「先輩、『“こ”の一番』にこだわる理由でもあるんですか?」

この続きは明日また・・・。
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天意天風

2010年9月17日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート237

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート237」だ。

諸君、聖人君子でないかぎり、諸君も「気咎(とが)め」を感じたことは今までに一度や二度や三度はあるじゃないですかい?

子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)、お前をかえって苦しませてしまった。 すまんことをした。 許せ! ただし聞き捨てならぬことを言ったな! 神北よ、改めて聴く、この居酒屋で初めて会ったのも偶然じゃなくして、孔家門人の子路様だと承知のうえで近づいたのか?」

子貢(しこう)曰く、「まあまあ、先輩、神北君も正直に詫びているんですから、その話は後日にしましょうよ! ここは、お互いに同門の弟子として、変わらぬ友情を誓いあって乾杯してお開きにひましょうよ! 子路先輩、回さん、神北君、いかがですか?」

子路曰く、「もちろん異存はない! おれも気咎めを感じていた。 それが今は『八面玲瓏(はちめんれいろう)、磨(みが)ける鏡のごとき』という心境だぜ。」

顔回曰く、「私も同感です。」

神北曰く、「不肖神北、皆様方のお仲間に入れていただき、光栄です。 私、神北は、変わらぬ友情を誓います。」

子貢曰く、「それでは、芽台酒(マオタイジュウ)で、変わらぬ友情を誓ってシメの乾杯といたしましょう! 乾杯の音頭は、子路先輩お願いします。」

子路曰く、「よっしゃ! では、孔子先生ならび諸君らの健康と我ら四人の変わらぬ友情を誓って乾杯!」

顔回、子貢、神北そろって曰く、「かんぱい!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月16日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート236

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート236」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。
以前にもふれたことがあるが、孔子先生は、仁者、君子と人間をより分けるのではなく、万人共通の人間の本性としてすでに持ち来らしている人間真理として捉えていたのっではないかと推論する。

「論語」「里仁(りじん)篇」の中にこう述べている。

子曰く、「参(しん)や、わが道は一をもってこれを貫く」。 曽子(そうし・参)曰く、「唯(い)」。 子出(い)ず。
門人問いて曰く、「なんの謂(いい)ぞや」。
曽子曰く、「夫子の道は、忠恕のみ」。

この対話の意味は、
「参(しん・曽子)よ、私という人間はただ一つのプリンシプル(原理、原則)だけで貫かれているのだ。」
この孔子の言葉に、曽子(参)はただ「ハイ」と返事をし、うなずいただけであった。
孔子先生がその場を立ち去ると、居合わせた門人が曽子にたずねた。
「参さん! 孔子先生は何をおっしゃりたかったのか私にはその意味がさっぱりわかりませんでした。 参さんは、うなずいておられましたが、何のことを言っておられたのでしょうか?」
「それはね、先生は、良心を偽らぬこと『忠』と、他人への思いやり『恕』とが人倫の根本であり、人間真理であるとおっしゃったのだよ。」

私で言えば「積極一貫」ですな。
諸君等も、どういう場合に直面した時でも、本心良心に悖(もと)らないようにすることです。
自分の言葉や行ないは常に本心良心そのままという気持ちを心がけの第一とされたのであります。
よく「誠心誠意」といいますが、この誠心誠意というのは、本心良心がその大根大本(おおねおおもと)となって、本心良心に悖りさえしなかったら、自分の仕事に対して情熱の炎が焔々(えんえん)として燃えるであろうし、そして常にその気持ちにむらというものがないことになります。
むらのない心から働きだされる事柄にどんな結果がくるか、これはもう考えなくてもおわかりのことと思います。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月15日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート235

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート235」だ。

諸君、神北(かんぺき)ではないが、人間、何か道に外れた事を言ったり、あるいは不道理なことを行う場合、また行なった場合にも、何とはなしに気の重い後ろめたさを感じるものだね!
これが「気咎(きどが)め」というやつですよ。
何とも、言うに言われない嫌な気持ちを感じるものでありますよ!
どんな人間にも本心良心がある証拠には、悪いことをする人間も公然と悪いことはしません。
本心良心の咎めがあるからですよ。

「論語」「顔淵(がんえん)篇」の中にこう述べている。

司馬牛(しばぎゅう)、君子を問う。 子曰く、「君子は憂(うれ)えず懼(おそ)れず」。 曰く、「憂えず懼れず、すなわちこれを君子というか」。 子曰く、「内に省(かえり)みて疾(やま)しからずんば、それを何をか憂え何かを懼れん」。

この対話の意味は、
君子たる者の資格について司馬牛から質問された時、孔子はこう答えた。
「心に心配や恐れがないのが君子だぜ。」
「それだけで君子と言えるのでしょうか?」
「良心に照らして恥じるところがある。 また後ろめたさを感じるのであれば、良心に対しての気咎めで、心配や恐れから自らの心が解放されないのだぞ。」

ですから、現在も永久にも、自分がやましい気持ちを感じないというものこそ、本心良心のあらわれなんですぜ。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月14日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート234

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート234」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。

子貢(しこう)曰く、「先輩、回(かい)さんによく謝ってくれました。 先輩の弟弟子、不肖子貢、心よりお礼申し上げます。」

子路(しろ)曰く、「子貢よ、貴様は天性の司会典礼役だな。 この度のことはお前にも迷惑をかけ、骨を折らせたな・・・ 礼を言うよ。 ありがとう!」

子貢曰く、「いえいえ、どういたしまして・・・ さてさて先輩!  先ほど私が神北(かんぺき)君に事の次第の説明を求めた時、神北君は沈黙を守って先輩の指図について何も語りませんでした。 先輩の回さんへの個人的嫉妬が理由でその腹いせのためにお先棒を担がされた神北君ですが、神北君にも非があります。 それは問い詰めません。 神北君も先輩への義理立てがあるでしょうから、ここは先輩から何か言ってあげて下さい。」

顔回(がんかい)曰く、「新参者の神北君としては、先輩の命令は断れないですよ! それはパワーハラスメントですよ! 神北君も気の毒です。」

子路曰く、「神北! まだ入門したばかりのお前に、俺の不平不満の感情を満たすために利用したことを深く詫びる!(子路、神北に向かって土下座する。) これこのとおりだ。 申し訳なかった。 あいすまぬ!」

神北曰く、「先輩、面(おもて)を上げて下さい! 私も回先輩に何の怨みも遺恨もありません。 ただ指図されたままに動いたのは本当のことです! 実は私は孔門の弟子の一人になりたくって計画的に子路先輩に近づいたのも本当のことです。 先輩だけが悪いんじゃないです。 ただ回さんは立派な方です。 回さんの勤勉家で実直な振る舞いを見ていて、自分が万物の霊長たる人間として恥ずべきことをしていると心苦しくて気咎めを感じていたんです。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月13日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート233

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート233」だ。

諸君、昨日のひきつづきであります。
子路(しろ)、子貢(しこう)の諫言(かんげん)にうなずくも無言。

子貢曰く、「孔子先生は後輩弟子の宰我(さいが)君に厳しく戒(いまし)めておられながらも『既往(きおう)は咎(とが)めず。』と言っておられました。 子路先輩もご存知のはずです。 過去の出来ごとについてあれこれと重箱の隅を突っつくように咎めだてするより、深く反省し、今を改め、同じ事を二度と繰り返さないよう心と身を慎むことが大切であると言っておられます。 私も回さんも先輩や神北君を決して咎めだてしているのではありません。 これからもずっと同門の敬愛する先輩に何ら変わりはないのですから・・・ 回さんもそう思いませんか?」

顔回(がんかい)曰く、「もちろんです。 先輩に対する敬愛の気持ちに対しては、いささかも変わりはありませぬ!」

子路たまりかねて曰く、「回! すまぬ! すまなかった。 孔門の弟子として恥ずべきことをした。」

子路は回の前に居住まいを正して座り、いきなり土下座をした。

子路土下座をして曰く、「これこの通りだ。 俺のした振る舞いを許してくれ!」


顔回曰く、「先輩、面(おもて)を上げて下さい! 許すも許さぬもありませんよ。 年は離れていますが、いつも変わらぬ実の兄弟のような弟思いの兄貴でいて下さいませんか?」

子路曰く、「おうよ! お前らは、この勇気凛凛の子路様がが守ってくれるわ!」

顔回曰く、「あっ、いつもの先輩にもどりましたね。」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月12日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート232

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート232」だ。

諸君、話を戻すことにする。
子貢(しこう)の「一つはっきりさせなきゃならない事がある!」の続きであります。

顔回(がんかい)曰く、「子貢君! 急に真剣な顔してどうしたんですか?」

子貢曰く、「回(かい)さん、ここへ来た第一の動機ですよ! ここで四人で会ったことで、はっきりさせたいことがあるんじゃないですか?」

顔回曰く、「はい、そうでした。 子路少年の林間学校の話に夢中になって、肝心なことを忘れてました。」

子貢曰く、「回さん、ここで子路(しろ)先輩と神北(かんぺき)君を前にして、言った言わないはお互い無しにしてはっきりさせましょうよ!」

顔回曰く、「はい!」

子貢曰く、「先輩! 神北君! いちいち改めて私の方から事のいきさつを説明するまでもないでしょう! 先生に用を言いつけられて留守をしている間に、回さんに対するお二人の振る舞いです! 回さんが挨拶しても他の門下生も挨拶せず無視するありさま! これは先輩の差し金で、『顔回を無視するように』と神北君が門人に言いふらしていたそうですね! 何のことかご存じのはずです。 ご自身の胸に手を当てて良心に問うてみればすぐわかることです。」

子路曰く、「俺は神北にそこまでせよ!とは指図していない。」

神北曰く、うなだれて沈黙。

子貢曰く、「先輩、お互い孔子先生の弟子です! 良心の呵責(かしゃく)を感じていたんでしょう? 『回よ! 俺が仕組んだことだ! すまない! 許してくれ!』と正直に回さんに謝ってまた兄弟弟子として仲睦まじくしましょうよ。 兄貴ぃ~! ゲロすれば楽になりますよ!」

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月11日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート231

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート231」だ。

昨日の引き続きであります。

 心を健全に活かすには、いかなる場合にも、心に積極的な態度をしっかりと持たねばならない。そうして初めて、生命の源泉を確保したことになる。形ある肉体も、自ら、その力に導かれ、当然健全なものになるのである。
 この真理を厳かに考えれば、たとえ、現在の体力が不完全であろうとも、病があろうとも、心配することも、悲観することもない。自分の心さえ、積極的に健全にさえすれば、その肉体は自然に強健なものに作りかえられる。そしてそのことが、宇宙真理であるということに気づかねばならない。
 心を積極的にする要点は何かというと、勇気の煥発だ! だから、すべからく何事に対しても、またいかなるときといえども、勇気、勇気で対応しなければならない。
 力の暗示誦句を唱うときでも、体のどこかに穴が空いているのじやないかと思うようなのがときどきいるが、勇気の抜けているのは力の誦句にならない。私は、勇気ひとすじな人間が大好きなのだ。女でも、男でも、勇気のない人間は、いざというときに話相手にならない。ちょっと一緒に往来を歩いていても、勇気のない人間というものは、戦々恐々と、びくびくして歩いている。
 まこと、人生修養の最彼岸点は、いつも勇気の溌剌たるものがなければいけない。
 勇気溌剌たるものとはどんなものか。
 わかりやすくいえば、どんな場合にも、虚心平気の状態でいるのが、溌刺たる勇気の状態なのだ。勇気を常に心から落さない心がけで人生を活きると、人生何事に直面した場合でも、虚心平気の状態で、それに応接することが出来るようになるのである。つまり、勇気というものが、虚心平気という大境涯に入る経路なのである。ところが、たいていの人は、この簡単な道理に目覚めていないので、ものごとを怖れるとか、不安になるとか、神経過敏とかということが、心を消極的にする原因のように考えているが、それらは原因でなく結果なのである。尻と頭を間違えている。原因は勇気が欠けているからで、勇気が欠けているから、消極的な心や気持ちが起こってくるのである。
 以前話したことがあるが、平炭坑のストライキ調停のため、私が単身で炭坑の現地に赴いた。それまで陸軍の大迫(おおさこ)将軍や、日蓮宗の田中智学らが調停に行っても鉄砲を撃ちかけられて渡ることすら出来なかった炭坑の入口の橋を、警官が止めるのも聞かず、平気で渡っていったのも、この勇気が煥発されたからこそなのである。
 女房や娘を売ってまでも、炭坑に立て龍って、長い間、経営者と戦い続けている悲惨な労働者を救おうとしてやって来た自分に、弾丸なんか当ってたまるか、いや、当るはずがない。
 この勇気が煥発されて虚心平気な気持ちになれたのである。だから橋に一歩足をかけた途端、パンパンと撃ちかけてきたが、平気でドンドン渡って行った。そして、橋を渡った後に気が付いたのであるが、身につけていた外套を六発の弾丸が打ち抜いていた。けれど身にはまったく、かすり傷一つ受けなかったのである。
 だから、勇気さえ心から失わなければ、何事もこの世に怖るるものはないのである。
 昔の諺にも、
    勇気は常に勝利をもたらし
    恐怖は常に敗北を招く
 というのがある。
   断じて行なえば、鬼神もこれを避く
   陽気の発するところ 金石もまた透る
 である。
 だから、人間の心から勇気がなくなると哀れなものである。万物の霊長なんて名ばかりになってしまう。四六時中不当にやすらかな気持ちで人生を活きることが出来ない。
 何か「事」があるとすぐに心の調和を失い、心の平和がかき乱される。
 だから、理屈は抜きにして“たとえ、どんなことがあっても、断然、勇気を失うことなかれ″これがモットーなのである。
 そうなるには、観念要素の更改を真剣に実行するとともに、普段から、出来るだけ勇気凛々たる人間と交際するように心がけることである。
 前にもいったとおり、この世の中や人生には、滅多矢鱈(やたら)に恐ろしいということはありはしない。怖ろしいと思っているのは、自分の心なのである。
 今まで活きて来た過去を考えてみなさい。のべつそんなに怖ろしいことがあったか、なかったか。
 生まれつき神経過敏な人間はいないといっただろう。生まれたときには白紙のごとし。
 それが、いまのような状態になったのはなぜかというと、自分自身で生まれたときに持ってきた勇気というものを影を薄くしてしまっているからだ。なくなっているのではない。その上に消極的な弱い心が蓋(ふた)をしているからなのである。
 日本人であることを忘れるな!
 世界で二つとない富士山をもっている日本国民、燎乱三千年の歴史の中に燦(さん)として輝いていた、日本人の勇気がいかに豊富であったか。それが、太平洋戦争で、滅茶滅茶に醜くなり、たとえ一時的であろうとも勝を向うへやった。これは、当時の人間が、大言壮語しても、真の勇気が欠けていたからだ。
 今夜から寝ぎわの観念要素の更改には、毎日毎日こうして、魂に手ごたえを与えている真理の瞑想によって開けた悟りのうち、どれでも良いから、寝がけの観念要素の更改の場合の魂を綺麗に研ぎ上げる手段に使いなさい。それには、誦句集のどの章でもいいから、開けて読みなさい!
 読むだけでも非常に寝ぎわのときの気持ちの掃除が出来る。ただ、眠いからといって、フーッと寝るよりは、この誦句集のどのページでもいいから開いて、一章だけでいいから誦えなさい! 二つも三つも重ねていう必要はない。そして、そのままの気持ちになる。信念のところを唱えたら信念の気持ち。勇気のところを唱えたら勇気の気持ちになって、「夢むらさきと豊けくけむれ」ばいいのだ。
 そして、本当にけなげな勇気ある自分を作りなさい!

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月10日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート230

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート230」だ。

昨日の引き続きであります。

 それから、中には、人に忠告したり勧告したりするとき、その忠告や勧告に応じてくれないと、やたらと胸くそを悪くする人かある。これも滑稽千万である。第一、無理な注文である。あなたのその言葉に応じるか応じないかは、向うの勝手だ。人の意思は自由だから、こっちで干渉する権利はない。
 もっと滑稽な人間になると、人に親切にしてやって、相手がその親切に感じないと、盛んに怒っている者がいる。
「何よ! あの人、恩知らず!」なんて……。
 それからまた、愚にもつかないこういう人間もいる。
 自分の仕事などが、うまく思うとおりにいかないと、とっても、がっかりして、へこたれて、意気消沈してしまう。箸一つ切れなかったり、竹一つ切れなかったりすると、一日中意気消沈しているような間抜けもいる。
 ただ、往生のときを早めるだけじやないか。この世の精算を早めるだけじやないか。他に、何の効果も来やしない。人生は主観だ! 心一つのおきどころだ!
 いったいなぜ人間はこういうようなんだろうかということを考えてみよう。
 たとえば、病のときなんか、「なにくそ! こんな病に負けてたまるか」と考えればいいんだけれど、考えられないのはなぜか、ということを考えてみよう。
 自分の仕事だからこそ、「これが心配せずにいられるか。これが悲観せずにいられるか……」と。しかし原因は何と、極めて簡単なところにあるのだ。どういうところにあるかというと、結論的にずばり言えば “勇気” がないからなのだ。否! 勇気が欠けているからだ。勇気はあるのに、出し方がわからないから、人生を活きる際に、非常に勇気が足りないものが出てくるのだ。
 勇気が落ちたら、いくら積極的にしようと思っても、“いざ、さらば” というときに積極的にならない。普段の習慣が大事なのである。勇気というものは、人生を統一する一切の根本基礎なのだ。
 繰り返していうが、人間の生命の本体というものは、形ある肉体ではない。ちょっと考えると、形のある肉体であるかのごとく見えるが、実は形の見えない気の中にあるのである。
 ちょうど、扇風機は、扇風機のモーターの力で回っているのではない、扇風機を回している力の元は、エレクトロンとプロトンという “気” である。
 よく考えてみれば、すぐ解ることだけれども、頑健な肉体を持たず、見るからに弱々しい体であっても、相当に長生きをし、世の中のために仕事をなしている人が、昔から随分といる。イマヌエル・カントや、ヘレン・ケラーや平田篤胤(あつたね)、貝原益軒というような人は、その代表的な人達だ。もちろん、肉体が強いに越したことはないけれども、いかに肉体が発達しても、それはただ単に、生命の物質的方面のみの発達だ。心の方面が積極でないかぎり、理想通りの最高の生命の発達は出来ない。
 というのは、いまいったとおり、人間の生命の本体は、精神生命の根元である無形の霊という “気” であるからである。
 今の話のとおり、いかに立派な扇風機を拵(こしら)えてみたところで、モーターの中のコイルの捲き方が不完全であったら、充分にこの気を受け入れることが出来ない。形だけは立派でも少しも回らない。だから、完全に、生命を活かす計画の成就は、生命の本体たる霊という気を、完全なる姿で、この生命を確保しなければいけない。
 その第一の先決問題は何か!
 それは、心を健全に活かすことである。

この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月9日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート229

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート229」だ。

昨日の引き続きであります。

 心配や悲観をする癖がつくと、悪い習慣だけど何を考えるときでも、やたらと取越苦労をする。取越苦労をすると、物事をやたらと消極的におおぎょうに考える。あれがああなってこうなって、こうなってああなって、ああペシャンコだ、というようにね。
 人間は、この良くない癖と、伝統的に、慣習的に付き合っているといっても過言ではない。重大に考えなければならないことは、心配したり悲観したりする習慣を、習慣とも気づかず、悪い癖とも反省しないで、人間共通の通有性というように、間違えてますますやっていると、人生の光明をどんどん闇にする哀れな気分だけが、人生を支配するようになってしまう。
 ただ、それだけでも下らない惨めな人生なのに、そういう心配や悲観をしていると、その心配や悲観したことが、なんと現実の事実となって、人生を惨めな状態にしてしまうのである。なぜかというと、悲観したり心配したりすると、その心配や悲観が、人生に苦い形で現実の姿を現わしてくるように、宇宙真理が出来ているからである。
 これは絶対の真理である。これは自然の法則なのである。
 だからかりそめにも、生まれ甲斐があり、生き甲斐のある人生を活きようと欲するならば、何よりも一番戒めなければならない大切なことは、心配や悲観、これは断然、禁物だと思わねばならないのだ。
 もう、何回もいっているとおり、この大宇宙の中には精気というものがあって、その精気の中には、積極の気と消極の気とが入り混って、遍満している。その気が人間の心の中の気分と常に同化的に働いている。積極的なことを考えればプラス(正)の気が入ってくるし、消極的の気分になればマイナス(負)の気が入ってくる。
 我々は、千万の理論よりも、一つの事実を厳かに考えねばならない。真理というものは、事情や情実で左右はされない。まして病や運命に対して、もっとより良い結果を望むのならばなおさら、一段と心配や悲観というものは絶対に無意味だと考えねばならない。否、無意味というより破壊に終わるのだ。
 もう何遍もいっているとおり、宇宙の根本主体である、神仏と称せられるものの心の中には、“真” “善” “美” 以外に心配や悲観というような心持ちは夢にもない。その神の心と通じている心を持つあなたがたが、この自覚を明瞭にしなければならない。そのことが明瞭になれば、下らないものを心配したり、悲観したりする必要は、さらになくなってしまうものだ。
 人間というものは、人間である以上、人間としての面目を発揮しないと、人間としての面汚しを自分でしているようなものである。人間は人間らしくあるときにのみ、人間の恵まれた幸福というものが与えられる。だから、もっと神の心や仏の力に近寄りたかったら、心配や悲観を断然しないようにしなくてはならない。
 よく考えてみよう。人生には特に病が生じたり、運命が悪くなったときは、ひとしおその生命の力をより強くする必要があるときなのである。何でもないときは、さもあらばあれ、病や運命が悪くなったときには、そのときこそ、生命を守る戦いを開始しなければならないのだ。そのときに、戦いに勝つものは、力なのだ。しかも、その力を強くするには何を措いても、第一に心を積極的にしなければいけないのだ。それを、悲観したり心配したりして、心を消極的にして、なおかつ、より価値高く活きようとする考え方は、火種なしに炭から火を熾(おこ)そうとするのと同じである。
 もっととぼけた滑稽な人間になると、他人の言葉や行為にまで、自分の心が影響され、あるいは同情して、自分まで心配して不愉快になったり、悲観して不機嫌になってしまう馬鹿者がいる。
 “同情” という気分は尊いが、自分というものを、これと同様の消極的な気分にして、自分の生命まで腐らしてしまわねばならぬ、いささかの義務も責任もないはずだ。消極的な他人の気分にまで、同化的環境を造る必要はない。


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年9月8日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート228

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート228」だ。

諸君、子路(しろ)少年の勇気は、やはり心の態度が積極的であったのは間違いないね!
何事に遭遇しても恐れたりしなかった。
生前に勇気について述べたことがある。
「運命を拓く―天風瞑想録」の「第十一章 勇気と不幸福撃退」というタイトルテーマのところです。 
大切なことなので全文を掲載することにする。
諸君等の参考にしてほしい。




 今日は人生を完全に活きるのに必要な各種の要項の中で、特に必要なことを悟ることにしよう。
 それは何かというと、第一に必要なことは、何事にもやたらに悲観したり心配したりして、すべてのことを消極的に思ったり考えたりすることを止めることである。
 今まで、常日頃、あなたがたが当り前のように思ったり考えていた心配や悲観、それが決して当り前ではないということを悟ることにしよう。
 あなたがたが、病なり運命なりに冒されると、やにわに、それを心配したり悲観したりする。そして、そうすることが当り前の人間のように思っている。常識のある人間なら、そうあるのが当然だと思っている。そして、その理由というのは、実に第二義的なことを麗々しく並べたてる。〝自分も含め周囲のすべてがそうであるから”というのである。ところが、真理の上から正しく論断するなら、大変な間違いなのである。間違いを行なっている人が多いからといって、その数で是非善悪を決定するということは、実に無鉄砲な乱暴な決定ではないだろうか。
 考えてみよう、人聞か病や不運に冒されたとき、それを心配したり悲観したりするのが、真理だとしたら、人間なんて値打ちが少しもなく、人間ほど惨めなものはないと思わないだろうか。
 心配したり悲観したりするとき、人生が明るく感じられるか、あるいは暗く感じられるか、すぐ解ることだ。何ともいえぬ楽しみで心配や悲観の気持ち、心持ちを、もっている人があったら、そんな人は、人間が万物の霊長としてこの世に生まれてきた理由を考えないからである。万物の霊長として生まれてきた理由を考えるなら、心配したり悲観したりすることが寸法違いだということをすぐ悟れるわけである。
 考えてみよう。人間はこの世に悩むために来たのではないだろう。心配するために来たんではなかろう。悲観するために来たのではないだろう。つまり、一生を暗く生きるために来たのでは断じてない。まこと尊きかな、人間は進化と向上という偉大な尊厳な宇宙法則を現実化するために、この世に生まれてきたのである。
 このような見地に立脚して、人間というものを厳かに考えるなら、まったく、悲観や心配という心持ちが人間の共通性だという決定は、最初からまったく、とんでもない誤りから出発した結論ではないだろうか。しかるに、この間違いを正しく悟ることができず、病だから心配するのが当り前で、不運だから悲観するのが当然だというように、少しも間違いのない真理のように考えるのなら、そういう人は、こういうことを考えてごらん。いや、そうしたことが、五十歩百歩譲って、正しい真理であるとしたならば、病に罹(かか)って心配した者が早く治り、不運に遭って悲観した者がたちまち幸運に運命を転換しているはずである。ところが事実は全然それと反対ではないか。
 病のとき、心配すればするほど回復は遅い。私は死亡広告を新聞で見るたびに、この人は、本当の病で死んだのだろうかと考えてしまう。否、寿命で死んだのなら、さもあらばあれ、たいていは自殺じゃないのだろうか。自殺といっても、なにも青酸カリやブロバリンを大量に飲んで死ぬのばかりが自殺ではない。病に罹ったときに神経を過敏にして、ああでもないこうでもないと、心配を重ねて、活きる力を自分で衰えさせて死んだのも自殺なのだ。私はそういう者が多いのではないか、といつも思う。
 また不運のとき、悲観すればするほど、よりいっそうよくない事実が現実にくる、という、侵すべからざる事実があるのを何とするか。いかに屁理屈を付けてみても、この厳然たる事実を曲げたり、否定したりすることは出来ないだろう。
 しかるに、この真理に正しく目覚めないで、やたらと何でも、人生のことを心配したり悲観したりするのを人類の通有性と見るのは、随分飛び離れた、“あわてもの”といわねばならない。そういうのも結局、生命に関する宇宙の法則や、心の持つ生命への偉大な働きかけ、というものに無自覚であるからだ。そして、その無自覚から、そういう“癖”を知らず知らずの間に心につけてしまっているからだ。習慣は第二の天性というが、まことに怖るべきことではある。


この続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月7日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート227

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート227」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ) 曰く、「おい、子貢(しこう)、俺はモデルじゃないんだ。 写真を撮られるばかりで自分で見なければ面白くも何ともねえじゃないか。」

神北(かんぺき)曰く、「それより、先輩が手にとったら、いつも何か写っているんですよね。今回は何が写るか、そっちの方が興味ありますよ!」

子貢曰く、「そうですよ! 話をずいぶん引っぱった割に、結局これからここで記念撮影して、さて何が写っているかその方が楽しみですよ!」

顔回(がんかい)曰く、「心霊写真になってしまうきっかけは、やはり、さゆりさん達に会ってからのことですよね!」

子路曰く、「多分それからだと思う。」

顔回曰く、「それなら原因がわかるじゃないですか。 勇気ある少年を誇りに思って、はたまた感謝しつつ同じ仲間として認めての記念撮影に入ってきたのでしょう。 さゆりさんや親父グモだけじゃなく他の心霊や精霊も先輩のことが好きなんですよ! 好かれているんですから写真嫌いになることないじゃないですか?」

神北曰く、「後輩の分際で話の腰を折るようで申し訳ないですが、孔子先生の講義を受けたいので皆さんさっさと記念撮影して帰りませんか?」

子貢曰く、「神北、ちょっと待ってくれ! 一つはっきりさせなきゃならないことがある!」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月6日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート226

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート226」だ。

昨日の引き続きであります。

子路(しろ) 曰く、『おじさん、さゆりは学校と子供たちを守ろうとしているんですよ! その手伝いが出来るんだから、それは誇りに思ったらいいですよ! 用務員の誇りですよ!』

案内人曰く、『用務員の誇り!! 子供なのにいいこと言うね! ますます気に入ったよ!』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子路曰く、「どうやら用務員のおじさんと親父グモはスチーブンソン作の小説の主人公であるジキル博士とハイド氏のようにセットであることは間違いない。 それから一緒に記念撮影をした。 おじさんは俺の隣に立っていた。 後日、夏休みが終わって、学校で先生から写真を渡されたんだ。 その写真を見たとき隣のおじさんが消えていて親父グモが代わりに写っていたんだ。 おまけに親父グモの頭の上にさゆりが写っていた。 友達の回りにも、この小学校の子供たちが重なり合うように写っていた。 俺が写真嫌いになったのは、俺の写真にだけ写っているということだ。 同じ写真が配られたのに、俺に渡された写真だけに奇怪なものが写っている。 つまり俺が写っている写真を俺が手に持って見ると心霊写真になっちまうんだ。」

子貢(しこう)曰く、「話をずいぶん引っ張った割には落ちがつまらないですね! それは写真を撮られるのが実は嫌いじゃない先輩が写真を手に持ってみることで問題が生じているわけですから、先輩は手にとって写真を見なければいいんですよ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年9月5日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート225

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート225」だ。

昨日の引き続きであります。

神北(かんぺき)曰く、「そう言えば、アメリカ映画『スパイダーマン』にも主人公の青年がスーパーグモに刺されたため、熱に浮かされて、目が覚めると、超能力クモ人間になっていた。 と言う映画でしたが、顔も体も人間でしたね! 顔だけ親父で、たいした力も無しでは気の毒というものです!」

顔回(がんかい)曰く、「スパイダーマンは、スーパーヒーローです。 親父グモとは一緒に比較しないで下さい! 話の先をお願いします。」

子路(しろ)曰く、「案内人のおじさんは、懐中電灯をぶつけられた腹いせなのか、俺にへばりついて離れないんだ。」

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案内人曰く、『子路君、その時の夢は、ここには、さゆりという学校童(わらし)がいて、この学校を陰で守っているんだ。 そのさゆりが、“お兄さん、このまま放っておけばクモの毒が全身に回って24時間以内に死んでしまうよ! まだ死にたくないでしょう? 必ず助けるから、この学校を守るためのお手伝いをしなさい!” と言われた夢なんだ。』

子路曰く、『それで、おじさんは夢の中でどうしたんだ。』

案内人曰く、『子路君、その当時は私も若くてハンサムなお兄さんでしたよ!』

子路曰く、『そりゃどうも。 お兄さん、失礼しました。』

案内人曰く、『俺はこの学校が好きだから用務員になった。 だから、この学校を守るためなら “はい、喜んで!” と即答した。 その返事をした途端、夢から覚めて、目を覚ましたらすっかり熱も下がり、俺は死なずに生きていることを実感したんだよ! それから、この学校の用務員室に泊まるたびに、夢を見るんだ。 さゆりが “学校のトイレが汚い! もっときれいに掃除させろ!”、“ 村の○○ちゃんがひどい風邪だ、山の中の薬草をとって持って行きなさい!” とか、ことあるにつけ命令するんですよ! “明日はお休みだから出来ない” と言うと、“約束守らないとクモになっちゃうよ!” と脅すんですよ!』

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風