2010年4月13日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート80

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート80」だ。

諸君、ここは続けて居酒屋「ざ・論民」、「学而(がくじ)の間」であります。

子貢(しこう)小声で曰く、「『よいしょ』じゃありませんよ。 本心からです。 回(かい)さんは一を聞いたら十を知る天才ですよ。」

回小声で曰く、「子貢君、謙虚で率直で正直な本音、痛み入る。 それから先生は何とおっしゃったんだい。」

子貢小声で曰く、「先生から『子貢よ、おまえは率直に自己分析して、どの程度だと思っているのかい?』とまた問われたんですよ。」

回小声で曰く、「はい、それで君は何と返答したんですか?」

子貢小声で曰く、「『はい、先生。 私は回先輩と比べればせいぜい一を聞いて二を知る程度です。』と答えたんですよ。」

回小声で曰く、「子貢君、先生の前で君は『よいしょ』も上手いが、いい子ぶりっ子もうまいもんだねぇ~。 感心!感心!」

子貢小声で曰く、「回さん、妙なところで感心しないで下さいよ! 子貢は、先生に媚(こび)売ってるといわんばかりじゃありませんか!」

回小声で曰く、「子貢君、先生は以前に授業の中で、『君子は、言論や弁舌が上手であるだけを評価はしない。 またそれだけでその人物を登用することはしない。 しかし、妥当で適切な意見であれば、どんな低い地位にある人物の発言にも、素直に耳を傾けるものだ。』と言っておられた。 君も承知の通り君の意見が妥当で適切であれば正当な評価をなさるはずですよ。」

子貢小声で曰く、「はい、回さんそうなんですよ。 先生は私に、『子貢よ、実は私もお前と同様なんだよ。』 『え~、先生も私と同じでせいぜい一を聞いて二を知る程度だとおっしゃるんですか?』 『そうだその通りだ。 何も私が先生とはいえ、回より人間ができているということではないんだよ。』 『先生、そうなんですか。』 『そうだよ。 子貢よ、だからこうして一緒に共に学んでいるんじゃないか。』 『先生ぇ~。 ありがとうございます。』 思わずじぃ~んときて、うれしくて涙がとめどなくながれたんですよ。 この先生とのやりとりを子路(しろ)先輩に話したんですよ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月12日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート79

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート79」だ。

諸君、ここは相も変わらず居酒屋「ざ・論民」、「学而(がくじ)の間」であります。

女子店員料理をお運びして曰く、「はい、おまたせいたしました。 フカヒレ餃子と海鮮春巻き、上海ガニのショウロンポウです。 北京ダックの炭火焼は少々お待ち下さい!」

子貢(しこう)小声で曰く、「イチゴ大福のおねえさん、チンタオプレミアム生ビール(大)ジョッキを2ツオーダーね! それと、シーザー海鮮サラダ一ツとチンジャオロースのピーマンぬき1ツ追加でたのむよ!」

女子店員曰く、「はい、かしこまりました。 少々お待ち下さい!」

回(かい)小声で曰く、「そういえば、子貢君は大のピーマンぎらいだったね!」

子貢小声で曰く、「はい、子供の頃、夢の中でピーマンのお化けの大軍に追いかけられましてね! それからピーマンが怖くなって食べられなくなったんですよ!」

回小声で曰く、「君も若い頃からずいぶんと苦労したんだねぇ~。」

子貢小声で曰く、「私のピーマン嫌いはどうでもいい話ですよ。 それより、回さん、温かいうちに食べましょうよ!」

回小声で曰く、「そうだね。 やっぱり自分の鼻をつまむよりも美味しい料理に舌鼓を打つほうがいいからね。」

子貢小声で曰く、「そりゃそうですよ。 それにしても回さん、相変わらずエダマメ好きですね。」

回小声で曰く、「私は小学校3年生の頃、枝豆のお化けに憑依(ひょうい)されてから枝豆が大好物になったんだよ! 子貢君、それより肝心の話をしてくれたまえ! ズバリ君は孔子先生に何と返答したんだい!」

子貢小声で曰く、「ああ、はい、そうでしたね! 『はい先生、私などは回先輩には、とても及びもつきません。 先輩は一を聞いて十を知る人です。』」

回小声で曰く、「子貢君、君は相変わらず『よいしょ』が上手だね!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月11日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート78

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート78」だ。

諸君、ここはお馴染み居酒屋「ざ・論民」、「学而(がくじ)の間」であります。
子貢(しろ)小声で曰く、「回(かい)さん、そう言えば以前子路(しろ)先輩から妙なことを聞かれたんですよ。」
の続きからですね!

子貢小声で曰く、「実は回さん、数か月前に孔子先生から問われたことを子路先輩に話したんですよ!」

顔回(がんかい)小声で曰く、「不肖子貢君、先生から何を聞かれたんだい?」

子貢小声で曰く、「回さん、もう『不肖』はとって下さいな!」
 
回小声で曰く、「ああ、そうだね! 不肖回! 失礼いたした。 すまぬ! それで子貢君、改めて何を聞かれたんだい?」

子貢小声で曰く、「『子貢よ、〈仁〉の道とは、万物の霊長たる人間としての歩むべき誠と愛と調和の道だ。 時代性の変遷(へんせん)と共に人間の価値観も移り変わる。 然(さ)れど人の本質は変わらぬ。 〈仁〉の道とは、人格の生長及び形成に最も大切な徳行の道でもあるのだよ。 子貢よ、回はその徳の道に至りつつあるんだ。 私はそう感じている。 子貢よ、おまえは回と自分とを比べてみて、徳の道を行くにおいて、どちらが上だと思うかね? どうだろうよ?』と聞かれたんですよ。」

回小声で曰く、「それで子貢君は何と答えたんだね?」

子貢小声で曰く、「まあまあ、一息入れて飲みましょうよ! 回さん、ちっとも飲んでないじゃないですか! グラスのビールを空けて下さいな! その次はチンタオプレミアム生ビール大ジョッキでたのみますから。」

回小声で曰く、「ああ、そうだね。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月10日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート77

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート77」だ。

諸君、居酒屋「ざ・論民」の女子店員のイチゴ大福orお多福ねえさんが、「い」の一番だね!
何故かってかい?
そりゃそうだろうよ、子貢(しこう)と神北(かんぺき)のイケメン両者からチップをゲットしたからね!
結局のところ一番いい思いしたよな!
何だかんだと言ってこの女子店員さんは明るく愛想がよい人柄が功を奏したんだね!
これも生きてく上での才能の一つだね。
孔子先生、女性と子供の扱いについて「論語」の中でこんなことを言っている。

「子曰く、ただ女子と小人とは養い難しとなす。これを近づくれば不遜なり、これを遠ざくれば怨む。」

「女と小人は始末におえないよ~。 目をかけてやればつけあがるし、さりとて放り出せばめそめそするし、扱いずらいものだ。」とボヤいているんだ!
察するに孔子先生は女性と子供の扱いは苦手のようだね!
この扱いが上手いのは何と言っても子貢君と神北君だね!

改めて、ここは居酒屋「ざ・論民」、「先進の間」であります。

子路(しろ)曰く、「おい、神北よ! 口と金でものを言わせて、さらにイケメン。 おまえも子貢みたいなやつだな。 しらけて酔いが冷めてきちまったぜ。」

神北曰く、「先輩、誤解しないで下さいよ! 私思うに、子貢さんの弁論能力は孔家門人一だと思いますよ。 子路先輩、私は子貢さんに負けたくないんですよ!」

子路曰く、「神北よ、本音は早く帰りたいんだろ! 無理してつき合わなくてもいいんだぜ!」

神北曰く、「先輩! このところ毎晩ここで飲んでいるじゃないですか。 明日は早めに出て、孔子先生の講義を受けたいんですよ。」

子路曰く、「神北、じゃもう1杯飲んだらおひらきとしようぜ!」

神北曰く、「そうですね。 明日、先輩も講義に顔出したほうがいいんじゃないですか?」

子路曰く、「そうだな! 明日は参っている顔回(がんかい)の顔でも見物に行くとするか!」

神北曰く、「先輩、それはさておき隣の部屋の客は飲みに来たにしちゃあやけに静かじゃないですか? 話声がまるきり聞こえませんよ。」

子路曰く、「そういえばそうだな。 やけに静かすぎるな?」

神北小声で曰く、「おねえさんがもうすぐビールのおかわり持って来ますから、隣の客のこと聞いてみましょうか?」

子路曰く、「神北よ、お多福にチップやったんだから、隣の客のこと上手く聞き出せよ!」

神北曰く、「了解!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月9日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート76

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート76」だ。

諸君、阿多福(おたふく)とは辞書を引くと、「額の部分が広く前方に出ていて、頬(ほ)がふくれ、鼻の低い女の顔の面を言う」とある。

女子店員怒って曰く、「そんな言い方、ひどいじゃないですか! 子路(しろ)さん、隣のお客様は二人とも若くてハンサムなイケメンですよ。 そのお一人の方が、『おねえさんは中身は選りすぐった赤いイチゴでしかもみずみずしくキュートだよ。 それでいて、上品な甘さのアンが絶妙にマッチングしている。 そのアンをモチモチした白い生地で優しく包んであるとびきりのスイーツだ! そのままのものだ。』と言ってくれましたよ。」

子路大声で答えて曰く、「そいつは天下の大嘘つきだ。 それじゃなきゃ目がくさってんだ。」

女子店員大声で答えて曰く、「隣のお客様は天下の大嘘つきじゃありませんよ。 『本心良心に誓って誠にきれいな方だよ!』と言ってくれましたよ。 それに気前のいい方ですよ。 私に『多少だけど…』と言ってチップまでくれましたよ。」

子路大声で答えて曰く、「何~ぃ! 口と金にものを言わせる… まるで子貢(しこう)みたいなやつだな!」

神北(かんぺき)曰く、「まあ まあ お姉さん! 子路先輩は口は悪いが、心根は正直な方だ! おたふくねえちゃんは言い過ぎだね! 私が謝るから許しておくれ。」

女子店員曰く、「やっぱり神北さんも私のことおたふくだと思ってる~!」

神北曰く、「おねえさん、いやいやそうじゃない。 世間が言うことや辞典に載っていることを鵜呑みにしちゃぁいけないよ。 お多福とはね、福が多く徳のある女性のことをさして言うんだよ! まさにおねえさんは福徳のある顔立ちだよ。」

女子店員曰く、「うぇ~ん。 とってつけたような言い方だ! まるでティファールのなべみたい。 うぇ~ん!」

神北、口が滑って曰く、「おねえさん、チップをあげるから、泣かないで許しておくれな!」

子路溜息をついて曰く、「神北、おまえもか…」

女子店員曰く、「はい、チップくれるなら、許してあげます!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月8日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート75

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート75」だ。

諸君、ここはご存知居酒屋「ざ・論民」二階「学而(がくじ)の間」の隣の「先進(せんしん)の間」であります。

子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)ちゃん、チンタオプレミアム生ビールを2杯注文してくれ!」

神北曰く、「まだ飲むんですか? 先輩、飲みすぎですよ!」

子路曰く、「いいから、今日は機嫌がいいんだ! たのんでくれ!」

神北大声で女子店員を呼んで曰く、「おねえさ~ん! オーダーだよ! パン パン パン(手を叩いて女子店員を呼んでいる音です。)」

子路酔っぱらって大声で女子店員を呼んで曰く、「おーい、おたふくねえちゃん! ビール持ってこ~い! パン パン パーン!」

女子店員答えて曰く、「はーい、ただいま! お客様、生ビールの追加ですか?」

子路大声で答えて曰く、「そうだよ、おたふくねえちゃん! 生ビールおかわり2つ!」

女子店員曰く、「子路さん、私って『おたふく』なんですか?」

子路大声で答えて曰く、「そうだ、ねえちゃんはおたふくだ!」

女子店員答えて曰く、「まあひどい! 隣の『学而の間』のお客様は『おねえさんはきれいとかわいいが一体となったイチゴ大福だ』ってそうおっしゃいましたよ!」

子路大声で曰く「うそつけぇ~、そいつは目がくもってんだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月7日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート74 

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート74」だ。

諸君、ここはご存知、居酒屋「ざ・論民」、二階「学而(がくじ)の間」であります。

子貢(しこう)小声で曰く、「回(かい)さん、久しぶりのキリンエビスビールの味はいかがですか?」

顔回(がんかい)小声で曰く、「君のおごりなら、僕は孔子先生のお好きなチンタオプレミアム生ビール大ジョッキが飲みたかったよ。」

子貢小声で曰く、「これを飲みほしましたら、お好きなものを注文してくださいな。」

「ああ、遠慮なくそうさせてもらうよ。」

「それで回さん、隣の子路(しろ)先輩と神北(かんぺき)君はいったい何の話をしていたんですか? 回さん、盗み聞きして聞いたんですよね?」

顔回曰く、「子貢君、人聞きの悪いこと言わんでくれたまえ。 君の来るのを首を長くして待っていたら、隣の部屋に客が来て、しばらくすると高笑いが聞こえてきたんだよ。」

子貢小声で曰く「回さん、何を聞いたんですか?」

顔回小声で曰く、「隣の部屋からのその声は、子路先輩と神北君の声にそっくりなんだ。」

子貢小声で曰く、「そっくりで… それから?」

顔回小声で曰く、「二人の声をよく聞きとろうとパーテーションに直(じか)に耳をつけて聞いたんだ。 その時、子路先輩と神北君らしき人から『回さんはずいぶん参っているようですよ、子路先輩。』 『顔回の奴、ざまあみろ!』と、私の名前を言っていたんだよ。 私は二人のやり取りが信じられなくて、あ然として耳を疑ったんだ。 とても信じがたい話をしていたんだよ。」

「それから、それから、彼らは何を話していたんですか? もったいを付けないで下さいよ!」

顔回小声で曰く、「私のことを神北君は『気の毒』とか言っていたんだよ。 そして子路先輩は『回のやつ先生の前ではいい子ぶりっ子しやがって! 同情する必要なんかない。 神北、おまえ、回に同情したのか?』と聞こえたんだ。」

子貢小声で曰く、「回さん、本当にそう言っていたんですか?」

顔回小声で曰く、「子貢君、本当にそう言っていたんだよ。 しかし、私には二人の話の内容がかいもく理解できないんだよ。 この頃のあからさまな無視する態度にはいささか腹も立ったが、『火の無いところに煙は立たない』の昔からのことわざもある。 無視される原因が私にあるだろうと自らを謙虚に振り返ってみてもまったく心当たりがないんだ。」

子貢小声で曰く、「回さん、そう言えば以前、子路先輩から妙なことを聞かれたんですよ…」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月6日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート73

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート73」だ。

諸君、「食不語。 寝不言。」とある。
「孔子先生は、食事の時はこむずかしい話をしなかった。 『さあ、寝るぞ。』と決めて床に就いてからは、しゃべらなかった。」

「食不語」とは、自分の好きなものを食べて、陽気に明るく楽しい会話をすることで、より一層神経作用が消化機能を促進し、栄養物が本来の滋養効果として、十分吸収されるんだ。
ご存知だろうが、「寝不言」とは、眠りに就くまでの間、何にも考えないで眠りに入るのが本当の理想なんですよ。
思ったり考えたりすることがパターン化して固定観念となって、良くも悪くも個人の習慣の言葉として表現されるんだね!
諸君も夜の寝際、出来るだけ昼間関係した消極的なことを思い出さないようにすることが肝心だ。
もの言えば、くちびるがさむくなるからじゃないんだよ。
孔子先生も寝際はしゃべらなかったということは、多分何も考えずに寝ると決めていたんだろう。

「人間の夜の寝際の心は、『特別無条件同化暗示感受習性』という状態になっていて、ちょいとでも、考えたことはパーッと潜在意識にインプレス(刻印)されちまうんだ。 だから、昼間どんな腹の立つことや悲しいことに関係した場合であろうとも、夜の寝際の心の中は断然それを持ちこんじゃいけないの。」と生前の天風が語っている通りですよ。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年4月5日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート72

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート72」だ。

「では回(かい)さん、『三個の礼』を執り行います! それでは、いつもの手順でいきますよ。 では、まず、テーブルの真ん中にグラスを1個置きます! 回さんに1個、そして不肖子貢(しこう)こと私の手前に1個置きます。 これで3個のグラスがテーブルにならびましたね。」

「はい!」

「回さん、真ん中のビールグラスをとって下さい!」

「はい、了解! 子貢君、Mr.マリックの手品に参加しているみたいだね! ドキドキするよ!」

「回さん、お言葉ですが、これは不肖子貢にとっては神聖な儀式ですよ!」

「ああ、すまん!」

「では改めまして、お集まりの目には見えない縁(ゆかり)の方々のために… トック、トック、トック!(ビールをグラスに注ぐ音ですよ。)」

顔回(がんかい)小声で曰く、「グラスをテーブルの真ん中に戻しますよ!」

「はい、戻しましたね! 回さんのグラスに典礼役の子貢から… トック、トック、トック!」

顔回小声で曰く、「はい、ありがとう! さすがに君はビールの注ぎ方が手慣れてるね!」

子貢小声で曰く、「はい、おそれいります。」

顔回小声で曰く、「では、典礼役不肖子貢君のために私から… トック、トック、トック!」

「これで、全部のグラスにビールが注がれましたね!」

「はい。」

子貢小声で曰く、「それでは、典礼役の子貢から乾杯の音頭をとらせていただきます。 『お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、ご先祖様、孔子先生様、ならびに今日お集まりの目に見えない関係各位の皆様方、万物の霊長たる人間として生まれさせて頂きまして誠にありがとうございます。 では、ご一緒にどうぞ!』  乾杯!!」

「乾杯!!  君は相変わらず、司会進行が上手だね!」

「おそれいります。」

諸君、子貢の言う「いつもの儀式」とは、孔子先生が習慣としていた「お初穂取り」だったんだ。
それを真似て、孔家門弟たちは居酒屋でも、万物の霊長である人間として生まれたことを感謝していたんだね!

良き習慣だね。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを



天意天風

2010年4月4日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート71

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート71」だ。

諸君、ここは居酒屋「ざ・論民」二階「学而(がくじ)の間」であります。

子貢(しこう)小声で曰く、「回(かい)さん、隣のことはまずはさておき、とりあえず乾杯しませんか?」

顔回(がんかい)小声で曰く、「そうだね、別に隣の話を盗み聞きにきたんじゃないからね!」

子貢小声で曰く、「そうですよ、回さん! 二人してお互いに忌憚(きたん)のない楽しい話をしようということが目的ですから・・・」

「そうだ、そのとおりだ。」

子貢小声で曰く、「せっかく飲みごろに冷えているビールが、燗(かん)ビールになってしまいますから、まずは一杯やりましょうよ。」

「そうだね! 子貢君、それがいい!」

子貢小声で曰く、「え~っと、グラスは3個用意されているね!」

顔回小声で曰く、「子貢君、いつもの儀式をやるのかい?」

子貢小声で曰く、「ええ、これをやらないと始まらないですからね! では不肖(ふしょう)子貢が司会典礼役をやらせて頂きますよ。 回さん、よろしいですね?」

回小声で曰く、「いいよ、不肖子貢君、君に任せるから。」

諸君、実はこれはいつも黒子君が「ザ 儀式」とよんで何年も習慣にしている感謝行の一つなんですよ。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月3日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート70

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート70」だ。

諸君、ここでは、孔子先生の食生活について、郷党篇に述べてあるので御紹介しよう。

食(し)は精(せい)を厭(いと)わず。膾(なます)は細きを厭わず。食の饐(い)して餲(あい)し、魚の餒(たい)して肉の敗れたるは食らわず。色の悪しきは食らわず。臭の悪しきは食らわず。飪(じん)を失いたるは食らわず。時ならざるは食らわず。割正(きりめ)しからざれば食らわず。その醤(しょう)を得(え)ざれば食らわず。肉は多しといえども、食気(しき)に勝たしめず。ただ酒は量なし、乱に及ばず。沽酒市脯(こしゅしほ)は食らわず。薑(はじかみ)を撤せずして食らう。多くは食らわず。

解説すると、ご飯はなるべくよく精米したものを食べた。
つまり、玄米を搗(つ)いて白米にすることだね。
昭和の戦前戦中までは特に、白い「おまんま」のことを「銀舎利(ぎんしゃり)」と呼んで尊(たっと)んだ。
物のない時代であったから余計に、皆、銀舎利を腹いっぱい食べてみたいと思ったんだよ!
孔子先生は銀舎利を食べていたとは、その当時としてはけっこうな贅沢(ぜいたく)をしていたんだね。
生ものはなるべく薄く切ったものを食べた。
ご飯が少しでも饐(す)えていたり、魚や肉が少しでも鮮度がおちて、傷んでいれば口にはしなかった。
また、色つやの悪いもの、悪臭を放ったもの、よく火の通っていないもの、季節はずれのもの、切り方が間違っているもの、味付けやソースが料理に合っていないものは食べなかった。
肉類はどんなに多くとも、ご飯より多くは口にしなかった。
また、お酒の方は、別に定量はなかったが、乱れるほどは飲まなかった。
酒も干し肉も売買される市場の市販のものは口にしなかった。
出どころがはっきりしているいただきものか、自分の口に合う安全安心の自家製のものを孔子先生おかかえの孔門酒家で作らせて飲食していたんだね。
また、添えてある薬味のショウガは肉と一緒に食べた。
総じて食事の量は多くはなかったとある。
暴飲暴食を慎み、命取りになりかねない食中毒や毒殺等の警戒を怠らなかったとも言われている。
食の安全に対して有意注意していたことが推測できるね。
諸君らでも、もしや人間を食材として切りきざんでじっくり煮込んで、さらに濃い味付けのソースでごましてしまえばかいもく何を食べているか聞かされなければ、「おいしい!おいしい!」と言って食べているかもしれないね。
どんな材料で、何を食しているのか? 料理方法はどうか? などなどかなり造詣(ぞうけい)が深かったことがうかがえる。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月2日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート69

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート69」だ。

女子店員、子貢(しこう)におだてられていい気分になって曰く、「では、もう一つだけ聞いて下さいな!」

子貢、女子店員に問うて曰く、「隣の部屋の方は、子路(しろ)、神北(かんぺき)と互いの名を呼び合っていなかったかい?」

「はい、となりの『先進(せんしん)の間』のお客様は子路さんと神北さんです!」

顔回(がんかい)小声で曰く、「やはり、子路先輩と神北君か!」

子貢小声で曰く、「ありがとう! きれいでかわいいイチゴ大福のおねえさん!」

女子店員曰く、「お客さんも孔家門人の方ということですね!」

子貢、顔回ともに「無言・・・」

女子店員曰く、「お客様! 隣の間の子路さんはとても気前がいいんですよ!」

「ほう、そうかい」

「さっきから無口でうなづいてばかりいるどんぐりまなこのお客様、おつまみ、お料理の御注文はございませんか?」

顔回小声で答えて曰く、「お女中! 私は鼻をつまんでおくから構わんでくれたまえ!」

「お客様、それではお店の主人に叱られます!」

子貢曰く、「わかってるよ! ではイチゴ大福のおねえさん! 今日のおススメ料理は何だい?」

「はい、今日のおススメは、フカヒレ餃子と海鮮春巻きと上海ガニのショウロンポウとあひるの本場、神田産の北京ダックの炭火焼です!」

子貢曰く、「回さん、何がいいですか?」

顔回曰く、「私は枝豆がいい!」

子貢曰く、「回さん、相変わらず質素で遠慮深いですね! 誘ったのは私ですから、勘定は私に任せておいて下さいな!」

顔回曰く、「私は無一文。 支払いは子貢君におゆずりする!」

子貢曰く、「はい、ぜひ私にゆずって下さい! それではイチゴ大福のおねえさん! 待たせたね。 今日のおススメ品をとりあえず全部持って来てくれたまえ!」

女子店員曰く、「えっ、全部持って来ていいんですか?」

子貢曰く、「金は私が払う。 全部持って来てくれたまえ!」

女子店員、「はい、かしこまりました。」

子貢曰く、「ちょっと、おねえさん! これは多少だがおねえさんにチップだ! 受け取ってくれ。 先ほどこちらから聞いたことは内緒にしてくれるかい?」

女子店員曰く、「はい、もちろんですよ。 内緒にしておきます。」  

子貢曰く、「ありがとう。 あっ、それと、枝豆二人前と自家製ザーサイを一人前たのむよ。」

女子店員、「はい、少々お待ち下さい!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年4月1日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート68

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート68」だ。

女子店員曰く、「それでお客様の『ちょっと聞きたいこと』って何ですか? ひょっとして私を口説くつもりですか?」

「いやいや、そうではない! 隣の客はよく柿食う客だ! 違うか。 もとい、隣の客はよく飲みに来る客かい?」

「はい、常連さんです!」

「どこの方かわかるかい?」

「はい、孔家の門人の方です。」

顔回小声で曰く、「やはり、そうか!」

子貢、女子店員に問うて曰く、「もう一つだけ聞いていいかい? かわいいおねえさん!」

「あら、いやだ。 今度は『かわいい』ですか?」

「そうだ。 おねえさんはきれいとかわいいのイチゴ大福だね!」

「お客様、きれいとかわいいのイチゴ大福って何ですか?」

「おねえさん、それはね、中身は選りすぐった赤いイチゴでしかもみずみずしくキュートだ。 それでいて、上品な甘さのアンが絶妙にマッチングしている。 そのアンをモチモチした白い生地で優しく包んであるとびきりのスイーツだ! つまりおねえさんは、きれいとかわいいが一体となったイチゴ大福なんだよ!」

「私って、きれいとかわいいが一体となったイチゴ大福なんですか?」

「そうだよ! そのままのものだよ!」

諸君、子貢の会話は実に流暢(りゅうちょう)で見事だね!
ちなみに孔子先生はと言うと、居住地での私的生活、つまり自宅でくつろいでいるときは身の回りの世話をする者たちにも逆らわず、従順であまりにおとなしく、無口でろくすっぽ人と話も出来ないふうであったとか。
ところが一たび、公の場に出れば、人がうって変わって、見違えたように筋道を立てて、テキパキと意見を述べ、それでいて慎み深かったとか。
私の生前の晩年は何となく孔子先生と似たところがあったね!

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月31日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート67

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート67」だ。

店員曰く、「お客様、キリンエビスビールをお持ちしました。 グラスは3つですね!」

子貢(しこう)、蚊の鳴くような小声で曰く、「ああ、結構だ。 ありがとう!」

店員も小声になって曰く、「お客様、どうしてそんなに小声で話すんですか?」

子貢、蚊の鳴くような小声で曰く、「おねえさん! それはね! 隣の部屋の客はひょっとして私達の知り合いかもしれないんだよ! 部屋同士がパーテーションだけの仕切りじゃないか。 これじゃ互いに会話がまるぎこえだからね!」

天意天風曰く、おねえさんですから、居酒屋の店員さんは女性だったんだね!

女子店員、平常の声で曰く、「お知り合いでしたら、小声で話す必要はないじゃないかしら?」

子貢、相変わらず小声で曰く、「それがねえ・・・ おねえさん! 私達の大先輩でね! 私と彼が隣にいるとわかると大先輩に対していろいろ気を使わにゃならんことになるんだよ! そこんとこわかるよね?」

女子店員曰く、「はあ、まあ。 お客様のご事情がおありでしょうから、好きにして下さいな!」

子貢、女子店員を手招きで誘う。

耳元でささやいて曰く、「きれいなおねえさん! ちょっと聞いてもいいかい?」

女子店員曰く、「まあ、きれいなおねえさんだなんて、お客様、お口がお上手ですね!」

「いや、そんなことはない、本心良心に誓って誠(まこと)にきれいな方だよ!」

諸君、子貢君は私と一緒で女性を口説くことで「弁舌の才」が磨かれたんではなかろうか。
おっと、これは冗談の本音ですぞ!

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月30日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート66

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート66」だ。

子貢(しこう)、店員に注文して曰く、「グラスは3個用意してくれたまえ!」

「はぁ~? お二人様なのにグラス3個ですか?」

「理由は聞くな!」

「は~い、復唱します。 キリンエビスビール中ビン2本とグラス3個ですね?」

「そうだ、よくできたね! 賢いぞ! では頼む!」

「さて~と、下駄箱はと・・・ おっ、『“こ”の二番』しか空いてないのか! 俺は孔子の弟子、ナンバー2ということかね! 『“こ”の二番』の札を取ってと・・・ どこだ、どこだ?『学而(がくじ)の間』は?  どこの部屋もずいぶんと安っぽちくできてるな。 仕切りがパーテーションで、入口はのれんだけかよ! せめてフスマぐらいつけろよ! 隣の話声がまる聞こえじゃないか。 ああ、ここだ!ここだ!」

子貢、『学而の間』ののれんをくぐって曰く、「回(かい)さん、お待たせしてすみません!」

顔回(がんかい)曰く、「し~いっ! 声が大きいよ! 静かに!」

「はぁ~? 回さん、何やってんですか?」

「子貢君、お静かに! 声を出さないでくれたまえ!」

「はい!」

「声を出さないでと言っただろ!」

そのあと子貢、しばらく無言・・・

「子貢君! 隣に子路(しろ)先輩と神北(かんぺき)君が飲んでいるようだ! 僕らが隣にいることがバレたらまずいんだ。 とにかく、小声で話してくれたまえ!」

「ああ~、そうですか! ラジャー! 了解しました。」

二人とも蚊の鳴くような声でささやきあった。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月29日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート65

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート65」だ。

諸君、子貢(しこう)は、なぜ二人なのに「グラス3個」と言ったんだろうね。

「疏食菜羹瓜(そしさいこうか)といえども祭る。 必ず斉如(さいじょ)たり。」


「論語」の十の郷党(きょうとう)篇の中にあるものだ。

この郷党篇は、他の篇と異なって、ことばの記録ではなく、公私ともの孔子先生の行動のひとつひとつの生活を具体的に記録したものである。
上記を訳すと、「くだけた米の飯や菜葉のような粗末な食物でも、かならずお初穂取りをして、食(しょく)した。 その態度は敬虔(けいけん)そのものであった。」とある。
孔子先生のこの「お初穂取り」とは、食事の前に、食物の一部を皿の外に置き、初めてその食物を食べることを考えついた人やその食材の調理法を考案した方々に敬意と感謝の念慮(ねんりょ)を捧げることを習慣とされた。
この師の習慣がいつの間にか弟子に伝わり、先祖の供養もかねて、天地自然の恵みに感謝、先祖や先達の知恵の恩恵に感謝、見えざる存在の力に対して万物の霊長たる人間としての感謝を捧げることが、孔家門弟をあげての礼儀の在り方として、日常の習慣となっていたんだ。

その年に初めて獲れた穀物や野菜や果物や木の実などを神仏にお供えしておまつりをするこの風習は「お初穂」といって昔から日本各地にありますね。
また御先祖様に毎日炊きたてのご飯をお供えする家もありますね。
それから手を合わせて感謝して「いただきます」と言って食事をする。
これは、皆様方も特別なことではない、当り前の生活習慣となっている方もおられますよね。

日本に限らずどの人種においても、どこの国の民でも、どの宗教でも、食べられることへの感謝と喜びを言葉と形で表す習慣は人間の本性からくるものなんですね。
人間の本性に合わせた感謝を形に表現したものが「礼」の在り方なんですよ。
この「礼」の在り方を孔子先生は「礼」のエキスパートであるからして自ら率先し、よく実践したんだね。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月28日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート64

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート64」だ。

子貢(しこう)、顔回(がんかい)のいる居酒屋へ急いで駆けて行った。
ここは、居酒屋「ざ・論民」の顔回のいる二階の小部屋であります。
子貢の誘いによって、思いがけないところで二人の話を聞いてしまった回でありました。

回、心の中で叫んで曰く、「回よ、落ち着け! 回よ、冷静になれ! 回よ、泰然自若たれ!」
自分の心に言い聞かせる!
しかし、こみあげてくる憤りの感情は強く、なんとか理性で押さえてはいるが自分を冷静に保つのが精いっぱいの回でありました。
こんなとき天風式クンバハカ法を知っていれば何てことないんですがねぇ~。

子貢曰く、「ハァ、ハァ、ハァ~ もうPM8:00になる。 ずいぶんと待たせちまったな。」

ガラ ガラ ガラ~(居酒屋「ざ・論民」玄関のドアを開ける音)

「いらっしゃいませ。 何名様ですか?」

「先に来て一人寂しく二階で待っている者の連れだ。」

「はい、お連れ様ずいぶんお待ちですよ!」

「二階のどこの部屋に待っているのかね?」

「はい、二階の『学而(がくじ)の間(ま)』です。 お客様、履物を脱いで、下駄箱に入れて下さいな。 ふたを閉めて、下足札を抜いて、席までお持ち下さいませ。」

「ああ。 懇切丁寧な説明、いたみいる。 では、親切ついでにキリンエビスビールの中ビンを二本持って来てくれたまえ!」

「は~い、かしこまりました。」

「グラスは3個用意してくれたまえ!」

「はぁ~? お二人様なのにグラス3個ですか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月27日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート63

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート63」だ。

諸君、子貢(しこう)は弁舌に長(た)けた秀才で、頭の切れ味は孔門弟子の中でも群を抜いていた。
しかし、子貢にとって顔回(がんかい)だけはどんなに努力しても越えるに越えられないライバルであったんだ。

「子貢よ、それがわかっていたら、出来ない約束はするものではないぞ。 以前に話したことがあるな! まず、恕(じょ)の心だ。 恕(じょ)の心とは、他人の心をもって自分の心とすること。 要するに他人の立場に立って考えなさいよということだ。 そして人からされたくないことは、自分からも人にしないことだ。」

「そのとき子貢は、私にこう言ったんだよ!」

子貢曰く、「われ人のことをわれに加うるを欲せざるや、われもまたこれを人に加うることなからんと欲す。」

子曰く、「賜(し)やなんじの及ぶところにあらず。」

「先生、私も同感です。 人からされて嫌だと思うことを人にしない。 私は、是非こうありたいと思っています。」

「子貢よ、どんなに口巧者(くちごうしゃ)に語っても、実践はむずかしいものだ。 おまえにそれができるかな? 私はそう答えたね! 子貢よ、この会話、覚えているな!」

子貢答えて曰く、「はい、先生。 覚えております。 申し訳ありません。 先生のおっしゃる通りでした。 以後、有意注意して重重(じゅうじゅう)気をつけます。」

子曰く、「ちょっとしたことだが、常々何を大切にして考えているかの人なりが他人に伝わってしまうものだ。 子貢よ、それに気づけばよい!」

「はい、先生。 明日、改めて用向きの御報告にあがります。 では、お先に失礼いたします。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月26日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート62

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート62」だ。

諸君、舞台は変わってここは孔子書院の間であります。

子貢(しこう)曰く、「先生、申し訳ありませんが、すっかり話に夢中になってしまい、回(かい)さんとの待ち合わせ時間に遅れてしまいました。 大変貴重なお時間をありがとうございます。」

「それはいかんな!」

「回とはいつ約束をしたのだ!」

「はい、こちらへ赴(おもむ)くとき、道すがら、帰宅の途中の回さんを見かけました。」

子曰く、「それでどうしたんだ。」

「そのとき、いつもの回さんにしては、肩を落として元気がないようにお見受けしたものですから、こちらから声をかけました。 先生の帰参のご挨拶が済みましたら、留守中当番を回さんに代わっていただきましたお礼をこめて、久しぶりに二人して飲みませんかとお誘いしました。 回さんは、私の誘いを快く受けてくれましたので、居酒屋『ざ・論民』でPM7:00に待ち合わせをしましょうと約束をした次第です。」

子曰く、「そうか、待たせてはいかんな、早く行っておやりなさい。」

「はい、遅れるかもしれないので、回さんには、先に飲んでいて下さるように話しておきました。」

「子貢よ、いやいや、そうじゃないよ。 それはまずもっていかんな! 回は礼をわきまえている人物だ。 子貢がくるまで、だまって待っているのが回だ。」

「はい、そうです。 来るまで待っていると言っておりました。 律儀な方です。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月25日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート61

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート61」だ。

諸君、神北(かんぺき)の心がチクチク痛むのは、本心良心の呵責(かしゃく)なんだね。
気が咎(とが)めてくる心境のことですが、これを「気咎(きとが)め」と言って、私が生前、人の誠の大切さや本心良心の話をする中でよく話をしたことなんだがね。

子貢(しこう)を待ちながら、悶々としていた顔回(がんかい)であったが、隣の部屋から子路(しろ)と神北にそっくりな声がもれ聞こえてくる。

「あれ、はてな? ひょっとしてあの声は、子路先輩と神北君じゃないか! もしかして、二人して隣の部屋で飲んでいるのであろうか?」

顔回、パーテーションに近づく。
口の中にたまった唾液をゴクッと飲みこみ、息を殺して、パーテーションに自分の耳をピタッとくっけた。

「おい、それはそれとして、顔回のやつ、相当まいってるみたいだな!」

「かなりまいっている様子でしたよ!」

「おお、そうか、ざまあみろ!」

顔回、パーテーションから耳を離した。
奥歯をグッと噛みしめながら、両こぶしを力いっぱい握りしめた。

顔回心の中で叫んで曰く、「間違いない。 子路先輩と神北君だ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月24日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート60

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート60
」だ。

諸君、まさか、偶然、顔回(がんかい)が隣にいるとは・・・
悪いことは出来ないものだねぇ。

「ところで先輩、先生に何て言われたんですか?」

「定期講義に、俺もおまえも出てないものだから、注意されたんだ!」

「それだけですか、先輩。」

「それと、神北(かんぺき)には休まず講義に出席するようにと、子路(しろ)から伝えてくれとのことだ。 おまえ、明日から何もなかったかのように、平然として講義を受けるんだ。 いいな! 先生や回からいろいろ聞かれても余計なこと言うなよ!」

「はい、先輩は出席しないんですか?」

「俺か? 顔回と顔を合わせにゃならんからな… まー、そこらへんは上手くやるよ。」

子路曰く、「おい、それはそれとして、顔回のやつ、相当まいってるみたいだな!」

「かなりまいっている様子でしたよ!」

「おお、そうか、ざまあみろ!」

神北曰く、「先輩、何かだんだん顔回さんが気の毒になってくるんですよ!」

「神北よ、顔回に同情してるのか?」

「そう言う訳じゃないですが、回さんは、真面目だし、怒らないし、親切だし、努力家だし、先輩が嫌うような人物じゃないですよ!」

「神北よ! 何言ってんだ。 回は俺と違って、先生にズケズケ物は言わないし、くってかからないからな。 いい子ぶりっ子しやがって、先生に気に入られることばかり考えてんだよ。 そういうこすからいとこが俺は気に入らないんだ。」

「そうですかね~。 そんな風には見えませんがねぇ~?」

「おい、おまえはどっちの味方なんだ?」

「先輩、こう言っちゃ何ですがね、回さんの大きなどんぐりまなこで、さらに瞬(まばた)きしないで見つめられますとね、何か悪いことしてるのかなぁ?ってそんな気になってくるんですよ。 私のおむねが、チックチック痛むんですよ!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月23日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート59

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート59」だ。

諸君、孔子塾の教育方針には、四つの重点があったんですな。

子、四(し)をもって教う。 文(ぶん)、行(こう)、忠(ちゅう)、信(しん)。

文は読書のことだね。
行は実践することだね。
忠は本心良心に従って、真心をこめて物事に当ることだね。
信は信義のことだね。
つまり、自分の本心良心に対して偽ったり欺いたりせず、真実で正しい人の道を守ることだね。

子路(しろ)と神北(かんぺき)、居酒屋「ざ・論民」の二階の小部屋に入る。
顔回(がんかい)がいる隣同士の、パーテーションで仕切られた背中合わせの部屋である。

神北曰く、「子路先輩、突然先生に呼び出されたんですよね?」

「ああ、そうだ! ま~ともかく、神北君、おつかれちゃん、乾杯!」

「先輩もお疲れさま!」

「ゴク ゴク ああ、この生ビールうめえ~! 最高!!」

「先輩それで先生に感づかれたんですか?」

「感づかれちゃいないぜ! 心配するな。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月22日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート58

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート58」だ。


諸君、場面は、またまた居酒屋「ざ・論民」でありますぞ。
顔回と子貢の待ち合わせ時間のPM7:00はすでに30分以上も過ぎております。
PM7:30過ぎと言うことだね。
居酒屋「ざ・論民」玄関前であります。

子路(しろ)曰く、「おい神北(かんぺき)! 待たせたな。」

「子路先輩! 今私も来たばかりです。」

「おお、そうか。 いつもの部屋だ。 先にあがっていつものビールを頼んでおいてくれよ!」

「はい、チンタオのプレミアム生ビール(中)ですね!」

「そうだ、彼女に晩飯いらないって電話をしてくるから、すぐ上がっていくから先に飲んでいてくれ!」

「はい、わかりました。」

神北、つぶやいて曰く、「彼女もいないくせに先輩も見栄っ張りなんだよね! 彼女いるようなふりするんだからな。 孔子寮の寮母さんに晩飯いらないって電話しただけなのにねぇ~。 ま~、どうでもいいけど。」

ガラッ(居酒屋に入るドアの音です。)
「毎度、いらっしゃいませ!」

「亭主、二階のいつもの部屋を頼む!」

「どうぞどうぞ、ご用意してありますよ。 二名様ですね。 お二階にどうぞ!」

「おいおい、子路先輩のお気に入りの『“こ”の一番』の下駄箱がふさがっているじゃないか! 先輩、『”こ“の一番』にこだわるんだよな!」

「おい、亭主、だめだよ! 『“こ”の一番』の下駄箱は子路様専用にしておけって、この前も言っておいただろう!」

「お客様、そんな無茶なこと言われましても、ヨン様ならお店の宣伝になりますから考えてもみますが、世間一般のお客様のためだけには、ご用意できかねますので勘弁して下さいな!」

子路曰く、「おい、どうした神北!」

「先輩、今日は『“こ”の一番』が使われていますよ!」

「何にい! 『“こ”の一番』が使われているだと! 孔子大先生の一番弟子の子路様の『“こ”の一番』の下駄箱を勝手に使うふていやつはどこのどいつだ!」

「まあまあ、孔子一番弟子の子路様、ご機嫌直して下さいな。 お二人様にチンタオ生ビール一杯無料にしますから」

「亭主! 今何と言った? 孔子一番弟子の子路様と言ったかい?」

「はい、ナンバーワン弟子は、子路様以外他におりませんよ!」

「おおそうか。 まあ、しかたないな。 それで勘弁してやるか!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月21日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート57

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート57」だ。


諸君、「論語と算盤」の中で渋沢栄一翁は、キリスト教の解くところの「愛」と論語の教うるところに「仁」とは、ほとんど一致していると述べているんだね!
キリスト教の方では、「己の欲する所を人に施せ」と教えてあるが、孔子先生は、「己の欲せざる所を人に施す勿れ」と反対に説いているのだ。
そこに、自動的と他動的との差はあるとしているが、この二者も終局の目的は遂に一致するものであろうと考えると述べておられる。
そうですよ、私天風からすれば、二者とも心一つのおきどころ。
それはね、どちらも端的に言って、「人の喜びをわが喜びとせよ!」これだね。

子貢(しこう)問うて曰く、「先生、二つ目は、孔門以外にも、職責の重い階級や、身分の高い階層の方々とお話をされる機会が多い先生は、私、子貢の感ずるに、いずれの時も相手に応じて的確に判断され、的を得た話をされるので、ただただ敬服しております。 まるで中村天風先生のようです。 先生は、当然のこと、もの知りなのはわかっておりますが、何か特別な秘訣でもあるのでしょうか?」

子曰く、われ知ることあらんや。 知ることはなきなり。 鄙夫(ひふ)あり、われ問うに、空空如(こうこうじょ)たり。 われその両端を叩(たた)きて竭(つ)くす。

子答えて曰く、「子貢よ、勉強好きという点では、私は誰にも負けないつもりだ。 だがここではっきりさせておくことにする。 私はもの知りだという評判は、実は間違っているのだ。 質問者があまりに無知で、何を聞きたいのかさえ要領を得ないんだよ。 そんな時、いろいろとこちらから聞き返して、質問者自身の疑問点を整理整頓をする。 本人が何が疑問なのかを理解におよぶように、はっきりさせてやるだけだよ。」

子貢曰く、「具体的な御教授、誠にありがとうございます。 精一杯努力いたします。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月20日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート56

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート56
」だ。

諸君、顔回(がんかい)との約束の時間であるPM7:00を過ぎて、子貢(しこう)、いまだ孔子先生と書院の間におります。

子貢すっかり約束の時間を忘れているかのようであります。

子貢曰く、「先生、二つほど御教授をお願いできますか?」

子曰く、「子貢よ、旅の疲れもあると言うのに、元気だね!」

子貢曰く、「はい、おかげさまで、すこぶる元気であります!」

子曰く、「そうか、それはよかった。 ありがたいことだな! まぁ~子貢が良ければせっかくの機会だ、遠慮はいらない。 なんなりと言ってごらんなさい。」

子貢問うて曰く、「一言にもって終身これを行なうべきものありや。」

子曰く、「それ恕(じょ)か。 おのれの欲せざるところは、人に施すなかれ。

子貢問うて曰く、「先生、この一言なら、人生哲学とするに十分に足りうる、また、生涯を信条とする一貫した言葉はありますか?」

子答えて曰く、「私であるならまず第一は恕(じょ)だ。 人を自分の如く思いやることだ。 情味をもって人に接すること。つまり他人の心をもって自分の心とすることだ。 人からされたくないことは、自分からも人にしないことだ。」

子貢曰く、「御教授、ありがとうございます。 至らぬ私ですが、心に刻んで精一杯努力いたします。」

の物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月19日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート55

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート55」だ。

子貢(しこう)、仁をなさんことを問う。 子曰く、「工そのことをよくせんと欲せば、必ずまずその器を利にす。 この邦(くに)に居るや、その大夫の賢者に事(つか)え、その仁者を友とす。」とある。

「子貢(しこう)よ、うでの良い大工はいい仕事をするために、大工道具の手入れに余念がない。  決して使いっぱなしにして、粗末にはしないものだ。  まずノミやカンナを砥ぎ、いつでも自らの手のごとく使えるようにすることだ。  腕の良い大工と手入れの良い大工道具の例えのごとく人間の身と言い、心と称するものは、真我の命が現象の世界に活きゆくための一切方便を行なわんがための命の要具なんだよ。  ただこれを巧みに調整行使して、ひたすらその性能の完全なる発現を促進するぞと決心することだ。  そして、どこに行ってもこれはと思う良師に学び、仁徳のある志士を友人に選びなさい。」


子貢曰く、「はい、至らぬ私ですが、精一杯努力いたします。」

諸君、ところは変わって、居酒屋「ざ・論民」であります。


顔回(がんかい)曰く、「これ、亭主、連れももうすぐ来る。 二階で待たせてもらいたい!」

「はぁ、二階は、履物(はきもの)を脱いでもらいますが!」

「それはかまわぬ、他の客と顔を合わせぬ部屋はないのか?」

「へえ、パーテーションで間仕切りした小部屋がありますが、そこでよろしいでしょうか?」

「ああ、そこにしてくれ!」

「へぇ~い、かしこかしこまりました。 では、お二階へどうぞ!」

「お気に入りのナンバーの下駄箱に入れて下足ふだをお持ち下さい。」

顔回、「“こ”の一番」の下駄箱に入れ、下足ふだを取り、そそくさと二階のパーテーションで間仕切られた小部屋に入った。
掘りごたつ式になったテーブル座敷に座り、ため息ひとつ大きくついた。

その後は身じろぎもせず、なにやら物思いにふけっているかのようだ。
そしてブツブツと一人ごとをはいた。


「僕も先輩のおごりなら喜んで一杯飲みたいし、おいしいもの食べたいんだ。 何故、子路先輩は、僕だけ宴会に呼んでくれなかったんだろうか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月18日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート54

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート54」だ。

諸君、一昨日よりの孔子先生、書院の間での先生と子路(しろ)と子貢(しこう)との会話のやりとりと昨日の顔回(がんかい)のいる居酒屋「ざ・論民」で店の亭主と会話のやりとりがありましたな。
多少の時間差はあれど同時進行で進んでおりますよ。

子曰く、「子路よ、学びたい者の妨げをしてはいけないよ!」

子路曰く、「先生、何のことですか? おっしゃっていることがわかりません。」

子曰く、「子路よ、神北(かんぺき)を授業に出させなさい。 子路が講義を受けない日は、神北も受けていない! 神北に講義を積極的(せきぎょくてき)に受けるように私からのことづけだと子路から必ず伝えてくれ! いいな!」

子路曰く、「はい、申し訳ありません。 私も真面目に講義に出させて頂きます!」

子曰く、「わかればいい! さあ、もうよいから帰りなさい! 明日の講義はサボるな!」

「はい、先生、お先に失礼します。」

子路、師の前に背筋を伸ばして凛として立ち、静かに一歩さがる。
そして、ふかぶかと一礼してくるっと向きを変えた。
子貢を一瞥(いちべつ)してニヤッと笑って出て行った。

子曰く、「子貢、待たせたな!」

子貢曰く、「いいえ、先生、子路先輩、また何かしでかしたんですか?」

「いやいやそうではないが、門弟になりたての神北と学び舎(まなびや)には来ているようだが、授業を二人してサボタージュするので注意をしていたところだ。」

「ああ、そうでしたか。 先輩も困ったものですね!」

子曰く、「それはさておき、子貢も疲れたであろう。 今日は早く帰って休むがよかろう!」

子貢曰く、「ありがとうございます。 先生一つお聞きしたいことがありますが?」

子曰く、「何だね?」

子貢曰く、「先生、先ほどの志士仁人(ししじんじん)になるための『仁』を身につけるための心構えを是非教えて下さい!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月17日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート53

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート53」だ。


諸君、所は変わって、ここは居酒屋「ざ・論民」PM6:50であります。
待ち合わせの時間10分前に現われたのは、孔子門下生でエース顔回(がんかい)であります。

「いらっしゃいませ。 何名様ですか?」

「今は、私一人だ!」

「後から来られる方は何名様ですか?」

「後から来るのも一人だ! 悪いのか?」

「悪くございませんよ! ということはお客様は都合二名様ですね!」

「そうだ、二名だ! 人が二(に)と書いて、仁(じん)と読む! 私は仁者を志(こころざす)す者だ。 何故、人が一(いち)ではいかんのか? 君はわかるか?」

「お客様、そんなことはどうでもよろしいんですよ! 孔家の門人様ですね! 孔家の皆さんは、理屈っぽいですからね! 私は君子じゃありませんよ。 この店の亭主です! 経営者でオーナーですよ!」

「ああ、そうか、亭主もくどいな! 孔家門人はみな理屈っぽいのか?」

「そうですよ!」

「そうか、それは知らんかった。 私は初めてそのことを知ったぞ!」

「お客様、そんな大げさなもんじゃないでっしゃろう! ああ、そう言えば、一人だけ理屈っぽくない方がおりますね!」

「そうか、そうじゃないものが一人だけおるのか?」

「はい! 孔家の方で門人集めて大宴会された方がおりましてね! お勘定は全部その方が払ってくれたんですよ! 口は悪いですが、払いはきれい! 実に気前のいい方ですよ!」

「さて、亭主よ! その御人はどなたかな?」

「はあ、孔門一の弟子と自負されておられる子路(しろ)さんですよ!」

「何に! 亭主、子路だと言うのか? 何かの間違いではないのか?」

「はい、実に払いのいい方ですよ!」

「それは聞いておらん! 子路先輩が、ここで宴会をしたのか?」

「へぇ~さようで。 うちとこのお馴染みさんで御贔屓にしてくれておます!」

「そうか、亭主! いろいろ聞いてあいすまんな!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月16日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート52

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート52」だ。


諸君、「子曰く、志士仁人は生を求めてもって仁を害することなし。 身を殺してもって仁を成すことあり。」
これは本真(ほんま)の志士仁人(ししじんじん)は、「仁」を見棄ててまで生きようとはしない。
それどころか、「仁」を守るためには、あえて一命を投げ出すことも辞さないと述べているんだね。
一命を投げ出しても守りたい「仁」とは何だろうか?
孔子先生は、「仁」とは「人を愛することだ」とも答えている。
仁愛だね。

「愛する者を守るためなら一命を投げ出すことも辞さない。」という覚悟を持ちなさいということを言っておられるのだろう。
決して命を粗末にしろと言っているのではないですよ!
この志士仁人が孔子の門下生の目指す共通の目的であり、理想でもあるんだ。
つまり、志士仁人の人物になる、志士仁人の人格者になることが孔子塾で学ぶ第一意義であるんだ。

子曰く、「子貢(しこう)よ、入りたまえ!」

「失礼します!」

「子貢、改めて、お帰り! お役目ご苦労であった。」

「はい、ありがとうございます! これはこれは子路(しろ)先輩、お久しぶりでございます!」

「ああ、おまえまだ生きてたのか? しばらく顔を見かけなかったから、くたばっちまったかと思ったのによ! 残念だな!」

「子路先輩、相変わらず無愛想(ぶあいそう)なおっしゃり方ですね! 先輩もお変わりなく生きておられて安心しましたよ!」

子曰く、「おいおい! 孔家志士仁人たらんものがいがみ合いか?」

貢曰く、「先生、申し訳ありません。 以前子路先輩には、ずいぶんと可愛いがってもらいましたもので、ついジョークを言ってしまいました。 先輩、すいませんでした。」

子路曰く、「相変わらず口がへらねえやつだな! その口が災いを招くんだぜ。 先輩の忠告だ。 よく覚えておけよ!」

子曰く、「子路、そのへんでやめなさい!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月15日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート51

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート51」だ。

子曰く、仁に当たりては、師にも譲らず

諸君、ここは孔子先生の書院の間であります。
孔子先生は子路(しろ)を呼び出し、何やら注意をあたえ、気づきをうながしているようです。
子曰く、「なあ、子路よ、おまえが門弟の中で最も古参で、先進の最年長であろうと、他のことはともかく、『仁』に関しては、先輩だろうが、私こと孔子先生だろうが、お釈迦様、キリスト様、天風先生だろうが、誰だろうが同志である。 遠慮はいらない。 また、遠慮があってはならない。 またこれを妨げてはいけない! わかるよな! 同志で同士の子路よ!」

子路、黙って先生の話を聞いていた。
そこへ来たのが子貢(しこう)である。
トントントン トントントン
「先生、子貢であります。 用向きが終わり、只今ここに帰参いたしました。」

「おお、子貢か、ご苦労であった。 今子路と話をしている。 もうすぐ終わる。 ちょっと、そこで待っていてくれたまえ!」

「はい、かしこまりました。」



子路問いて曰く、「いかなれば、これを士と謂(い)うべき。」

子曰く、「切切偲偲(せつせつしし)、恰恰如(いいじょ)たる、士と謂(い)うべし。 朋友とは切切偲偲、兄弟には恰恰たり。」


子路曰く、「先生が、私を同志で同士と言ってくれましたが、どういう人物が同志で同士の『士』でありますか? ぜひ先生の見解をお尋ねしたい!」

「子路よ、それはもっともな問いかけだ。 私は同志で同士の『士』とはこうとらえている。 真心のある、遠慮のない批判が出来る一方で、人に柔和に接することができる、これならば同志の志だ。 さらに友人に対しても真心のある遠慮ない批判を出し、親兄弟親族には柔和に接するならば同志で同士の『士』と言える! つまり志士のことだ!」


子路曰く、「ああ、はいそうでありますか。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月14日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート50

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート50」だ。

諸君、孔子先生は、良心いつわらぬこと(忠)と、他人への思いやり(恕じょ)とが人倫の根本であると述べておりますがね、私こと天風は、人倫の根本は、本心良心に基づく、忠と恕を兼ねた真心であると考えている。
この本心良心の真心で感じいった素直な心であるならば、自分にとっての最良の良師に出合うことができうる。
師もまた良弟子に出合う!
私はそう信念している。

生前それを聞いて、私は、「ハーッ、これだ、これだ」と思った。
私がちょうど、十三歳のときであった。
当時、贅沢(ぜいたく)三昧に暮らしていた私は、この物語が書いてある本を読んで、「これでは、いけないぞ!」と思った。
「今の境涯で、私がそのまま、いいわいいわで暮らしていることは、本当に罰当りだ。」と思った。
そうして、家をでる決心をしたのは、十五歳のときで、私は、「糞(クソ)! 男一匹、独立独歩だ。 親のお陰で、こんな暮らしをしていたって何になるか。 よし、飛び出してしまえ!」と思った。
それでも、今の時代と違って、いきなり飛び出すわけにはいかないので、「よし! 乱暴狼藉(ろうぜき)してやろう。 そして親に愛想をつかせてやれ!」と思い、もう手に余る乱暴をしてやった。
よく、織田信長のおおうつけの少年時代さながらであったなと思う。
そうして、手がつけられなくなったものだから、父祐興(すけおき)が、母テウの兄である、当時、農商務省の次官をしていた前田正名に相談したら、「友人の頭山満(とおやまみつる)のもとにやれ。」と言われた。
それがきっかけで、私は、頭山満先生のところへ、やられたのである。
そして、親のところを離れて、物好きと言えばそれまでだが、中年まで、満蒙で、自ら苦労に苦労を重ねた。
その苦労を喜びとして活きるような気持が出来てたことも、後年、病に冒された後に、自分自身をそのまま捨てない気になったことも、若いときにちょっと読んだ書物から受けたインスピレーションだと思う。


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月13日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート49

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート49」だ。

諸君、江戸前期の陽明学者、熊沢蕃山(くまざわばんざん 1619―1691)は、若年でありながら江戸初期の儒者、中江藤樹(なかえとうじゅ 1608-0648)という良師を見つけたんだね。
これは学びたい、向上したいという蕃山の強い欲求が引き合わせたんだね。

そうした暫く月日が過ぎたある日、門弟が気づいて藤樹に話すと、
「そうか。 それでは庭へ入れてやれ。 下郎の身だから座敷へ上げることは出来ないけれども、庭ならよいから入れてやりなさい。 そして、廊下のところで聞かせなさい。」と言って、講義を聞かせた。
そして講義が終わった後で中江藤樹が、「そんなに私の話が聞きたいか?」と聞くと、
「ハイ、雨の日も、風の日も、こうして先生のお話を聞くのが私の何よりの務めだと思って参っております。」
「そうか。 お前の所は一体どこかね?」
「二つ山越した向こうでございます。」
「そうか。 すると歩いて来ると四時間ぐらいはかかるねぇ」
「ハイ、四時間はかかります。」
「どうだ、聞くところによると、年をとったおっ母(か)さんとお前だけだということだけども、うちの馬小屋が空いているので、馬小屋に来て住んではどうか? おふくろさんも、ここで、時折の話を聞くということなれば、四時間も山を越えて来なくてもいいではないか。」
このとき、蕃山は何と答えたか。
涙を流しながら、「身に余るありがたいことです。 けれども、私は山二つ越えてここへ来るからこそ、辛抱甲斐があると思っております。 お宅にご厄介になっては、たいした疲れも感じないで、いながらにしてお話を聞くなんてことは、もったいないことでございます。 やっぱり今まで通り、働いた揚句に、二つの山越えてここへまいり、お話を承る。 これがもう一番、私の気持ちの中に、励みが出ますので、どうぞそうさせて下さい。」と言ったという。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月12日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート48

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート48」だ。

諸君、熊沢蕃山(くまざわばんざん)、二宮尊徳の両偉人も「論語」は若い時より幾度となく熟読し、坊主が経文をくり返し、読経し勤行することによって、いつしかそらんじるまでになるがごとくになっていたんでしょう。
二宮さんも、まきを担いで読んだ一冊の本の中に「論語」もあったであろうと推測できますな。
私こと天風が少年の頃に、あの熊沢蕃山と言う人の作った歌を見たときに、「ああ人間これでなければいけないなぁ」と思った。

『憂きことのなおこの上につもれかし 限りある身のちからためさん』

「憂きことの」だから、憂いだね。
悪い状態になることを予想し、心配することだね。
ああなりはしないか、こうもなりゃしないか、例えば、風邪がずいぶんと長びいていっこうに治らないがひょっとしてガンじゃないかしらん等々色々の憂き思いのことだよ。
つまり、心配の不安の心の意識状態だね!
また悲しい、さびしい憂愁の心境だな!
「憂きことよ、なおこの上に、つもれつもれ。 俺は決してまけないぞ」という気持ちだ。
この人の有名な詩の中で、私の心を打ったエピソードを話そう。
蕃山は、山の上の一寒村に貧しい暮しをしていたが百姓の家に生まれた人なのだ。
もっとも血筋は大変よかったらしいんだが、落ちぶれて、結局は、山家住いの身になったんだが、やっぱり血筋がいいだけに、学問を志して、自分の畠に出来た野菜を担いでは村々、町々に売って歩くかたわら勉学にいそしんだ。
山二つ越したところに、中江藤樹(なかえとうじゅ)という、儒者で我が国陽明学派の祖、その当時の優れた学者の一人がいた。
その当時は、身分のいやしい者は、武士の講義する席上に入ることは許されないから、蕃山は講義の始まる時間に来て垣根の外で、うずくまりながら、垣根越しに中江藤樹の講義を聞いていた。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月11日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート47

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート47」だ。

諸君、以前に「良師は以ってすべからく宝と為すべし、良友は以ってすべからく鑑(かがみ)と為すべし。」と述べたことがあるね。
戦前に、修身によく出てくる話に有名な熊沢蕃山(くまざわばんざん)翁の伝記がある。
修身とは、自分の心と行いを修め正すことの意味だが、第二次大戦前の小中学校の教科目の一つで教育勅語をよりどころとして国民道徳教育の実践指導を目的としたものであったんだ。
昔は小中学校の校庭の隅っこや校舎の横に二宮尊徳翁の像が必ずと言っていいぐらいあったんだ。
まきを担いで本を読んでいる少年の像を諸君も見たことはないですかい?
熊沢蕃山、二宮尊徳は修身に出てくる日本の偉人なんだね。
熊沢蕃山翁の話は、渋沢栄一氏の「論語と算盤」、私こと中村天風の「運命を拓く」にも記載しているんですね。
渋沢栄一氏の「論語と算盤」は、昭和2年に出版されたんですよ。

「現今でも、高等教育を受けた青年の中には、昔の青年に比較して毫(ごう)も遜色(そんしょく)のない者がいくらもある。 昔は少数でも宜(よ)いから、偉いものをだすという天才教育であったが、今は多数の者を平均して啓発するという、常識的教育となっているのである。 昔の青年は良師を選ぶということに非常に苦心したもので、有名な熊沢蕃山ごときは、中江藤樹(なかえとうじゅ)の許へ行って、その門人たらんことを請い願ったが許されず、三日間その軒端を去らなかったので、藤樹もその熱誠に感じて、遂に門人にしたというほどである。 その他、新井白石の木下順庵における、林道春の藤原 惺窩(せいか)におけるごときは、皆その良師を択んで学を修め、徳をみがいたのである。」と渋沢栄一氏は「論語と算盤」の中で述べている。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月10日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート46

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート46」だ。

諸君、一昨日の続きだね。
顔回(がんかい―回かい)が近くに来ると、蜘蛛の子(くものこ)を散らしたようにその場から立ち去って行く塾生が増えていった。
中には、先輩の顔回の顔を見て睨み返して去っていく門人もあった。
さすがの穏やかな顔回も、身に覚えのない陰湿な態度に憤りと疑念を抱いていたが、孔子先生には、そんな様子は一切見せなかった。

そんな最中、帰宅の途中で、後ろから呼び止める声がする。
孔子先生の御用で留守にしていた子貢(しこう)であった。

子貢曰く、「回さん、ご苦労さまです! お帰りですか?・・・  回さんどうしたんですか? 元気がないじゃないですか? 体の具合でも悪いんですか?」

回曰く、「子貢君、君は私と口をきいてもいいのかい?」

「はぁ~? 何をバカなことを言っているんですか? 同門の子貢ですよ! 回さんとてもお疲れのようですね! 私の留守中に何かあったんですか?」

「私にもよくわからないんだ!」

「わからないって、どういうことですか?」

「突然、子路(しろ)先輩や神北(かんぺき)君が口をきかなくなったんだ。 私が挨拶や声をかけると、すぐその場を立ち去るんだ。 君の留守中から他の門下生も同じ態度をとるようになったんだ。 先生のいらっしゃるところではさすがにそれはないが、先生が立ち去るとすぐに私を無視しだすんだよ。 気にとめないようにしているんだがね! さすがにまいっているんだ。」

「そうですか。 回さん、何か心当たりはありますか?」

「私は普段通りで、思い当たるところがないんだよ。」

「回さん、これから私は孔子先生のところにご報告にあがるところです。 もし、お急ぎでなければ、留守中に私の当番を回さんに代わっていただきました。 お礼に一献(いっこん)差し上げたいが、いかがでしょうか?」

「子貢君、これについては先生には話さないでくれたまえ。」

「承知しました。 回さん、久しぶりに飲みながら、お互い忌憚(きたん)のない話をしませんか?」

「子貢君、ありがとう! では、君のご厚意に甘えて、そうさせて頂くことにするよ。」

「それでは、回さん、居酒屋『ざ・論民』をご存知ですね! そこの2階でPM7:00に待ち合わせしませんか? もし私が遅れるようでしたら、先に飲んでいてかまいませんから! 勘定は私に任せて下さい! 時間に間に合うように急いで行きますから、待っていて下さいな!」

「いや、子貢君、君が来るまで待たせてもらうよ!」

「回さん、あいかわらず律儀ですね。 では、後ほど・・・」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月9日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート45

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート45」だ。


諸君、「論語」の中の言葉は、その時代に応じていろいろな方々がそれを引用してきたんだね!
もちろん私もそうでありました。
かつての私のファンクラブの一人で有名人でもある松下幸之助氏もご自身の著書の中で引用の引用をしているね。
そこんとこおもしろいのでクローズアップして紹介しよう。

「生成発展が自然の理法」の中での一コマなんですな。
これは幕末のはなしでありますが、維新の志士の一人である坂本竜馬は大河ドラマ「龍馬伝」で今でも大活躍中の人物ですね。
その竜馬は、よく西郷隆盛と話し合ったものでした。
私の恩師である頭山満翁の敬愛する「敬天愛人」の西郷さんですね。
ところが、この坂本竜馬の意見は会うたびに朝令暮改(ちょうれいぼかい)でコロコロ変わっている。
そのために、話をしていても、西郷隆盛が彼から受ける感じが毎回違うんだ。
そこである日、西郷さんが「あなたはおととい会ったときと、今日の話とはまた違うではないか。 そんなことではあなたの言葉は信用できない。 天下の士として信じられる者には、不動の信念がなければならない」と言って非難したんですよ。
もちろん、薩摩のなまりの言葉で話したんですな!

その時、坂本竜馬は
「いや、決してそうじゃないよ、西郷どん。 孔子は『君子は時に従う』と言っているじゃないか。 刻々と時は移り、社会情勢は日に日に変わっているじゃないですか。 だから今日の是が明日の非になるのは当然じゃないですか。 今日よしとされることが、明日には、ダメになる。 この、時に従うこと、これが君子たるもののとる道じゃないですかい。」と言い切った。
さらに語を継いで、「西郷さん、あなたは、一度こうだと考えると終始一貫、それを守り続けようとする。 だがそれでは、将来、必ずあなたは時代に遅れて取り残されますよ。」と答えたとのこと。

西郷さんほどの人物を、そう軽々しく批判することは、控えなければならないが、生成発展という原理(プリンシプル)から考えてみると、坂本竜馬にいささかの賛成の意を持ちたいと思うと松下氏も言っておられる。
私もその意に賛成である。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月8日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート44

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート44」だ。


諸君、孔子門人で顔回(がんかい―回 かい)の友人の曽子(そし)が、顔回の人となりを称して、「どんなに才能があっても、それにおぼれず、学問を日々怠らず、また自分以下の者にも意見を求める。 どんなに知識が豊かでもそれに頼らず、他人の見聞に徴(ちょう)してみる。 衆知を集め、能力を誇示せず、学識をひけらかさず、争いをしかけられても相手になろうとしなかった。 私の亡くなった友人顔回は、こうした生き方のできる素晴らしい人物でした。」と述べているんだね。

顔回いつも通り正門をくぐると門の裏で隠れるように話し合っている先輩の子路と神北(かんぺき)の姿があった。

回曰く、「子路(しろ)先輩、おはようございます。 今日一日よろしくお願いいたします。」

子路、一瞥(いちべつ)するも回と目を合わさず、避けるように無視する。
無論、無口!

「神北君、おはよう! 今日一日よろしくお願いいたします。」

ちょっと、バツが悪い表情をした神北であったが、子路の方を向いてこちらを見ようともせず無言であった。

「子路先輩、神北君どうしたんですか? 何かあったんですか?」

子路曰く、「神北いくぞ。 ついてこい!」

子路と神北は、回の投げかけた言葉を避けるように無視して、そそくさと門の外に出て行ってしまった。

「どうしたんだろう? いつもと様子が違うが、何かあったんだろうか? まー、いい。 気にしているヒマはない。 急いで教室に行って、先生の今日一日一話の講義の準備をしなきゃ!」 回、教室に入る。

今日の講義のために、次々と、塾生が入室する。

回曰く、「諸君、おはよう!」
無言!

回曰く、「諸君、おはよう!」
無言!

回曰く、「諸君、おはよう!」
無言!

回、心の中で「いつもニコニコして挨拶を交わすのが、塾生同士の常であったのだが、だれも私の目を見ようともしない! むしろ無視するかのようだ。 何か様子が変だ! ま~気にすまい! 先生ももうすぐ来られることだ。 気分をとり直して明るくいこう!」とつぶやく。

孔子先生、中庭をはさんだ向こうから渡り廊下を歩いてこられるのが見えた。

回、教室の前で先生を出迎えて曰く、「先生、おはようございます。 今日一日、ご指導、よろしくお願いいたします!」

「お~お、回よ、おはよう。 今日一日、サポートを頼むぞ。」

「はい、もうすでに準備は整っております。 塾生も子路先輩と神北君以外は、全員そろっております。」

「おお、そうか。 また子路はサボリかい?」

「私には、わかりかねます。」

「神北は金魚のフンかい?」

「私には、わかりかねます。」

「わかった! 子路に注意しておこう。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年3月7日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓〜論語創作ものがたり パート43

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)〜論語創作ものがたり パート43」だ。

私の解釈は別としても、こんなことが「論語」の中に載っているんですよ。

回は実の息子以上の存在であって、孔子先生の後継ぎで、頭が良くて、勉強大好きで、なおかつ思いやりがあって、優しく気立てがいい。
とくりゃ、そりゃ身贔屓(みびいき)もしたくなるのが人情だね。
えこひいきもする。
回の悪口言われりゃ、すぐかばいたくなる。
回をいじめるやつは、同門の弟子でも許さない!
以上のことで子路の嫉妬もうなずける一面もあるね!
火のないところに煙は立ちませんよ。
何故って?
それは、顔回に関しては、父子の接し方であって、他の門人との接し方態度とはあきらかに異なっていたんだろうね。

諸君、そんなこんなで、子路のち密な計画は、思惑通りにはこんだ。
孔子先生、顔回、子貢の三人だけには、耳に入らなかったんだ。
顔回いつも通りに、早朝より働いて、一椀の雑炊をすすり、白湯を飲み、書籍を布に巻いて、腹帯としてしっかりと腰に巻いて、身支度を整えた。
とにかく、学問が三度の飯より好きな顔回君なんだな!
孔子塾門前に来ると弟子は必ず教えを謙虚に乞う姿勢を一礼(おじぎ)をすることによってその意を表すのがならわしであった。
顔回は、師に対する姿勢が際立っていたんだ。
日本の神様ではないから、二礼二拍手一礼をしたかは定かではないが、「一礼(おじぎ)をするとともに、本日も師について学べることを心より感謝します。」という口上を述べて門をくぐっていたとか?
そして、後輩であろうと、近所のおばさんであろうと、子供たちであろうと、自ら率先してあいさつすることにしていた。
礼儀正しい好青年何だね、回君はね!
こんな青年は、やはり人から好かれるんですよ。

子曰く、「なあ、回よ、教養を広めると同時に、これを礼によって集約する実践態度、これこそ君子
としての義務に忠実なものと言えるだろう。」との教えを素直に聞いて、実践している回君なんだ。
これが人から好かれるコツでもあるんだ。
だから好かれようと思わなくても勝手に好かれちまうんだね!


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月6日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓〜論語創作ものがたり パート42

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート42」だ。

クローズアップ「人間孔子に迫る。」
では、私なりの解釈をしよう!




「顔回(がんかい)が死んでしまった。 実の息子以上の顔回が死んじゃった。 天意を汲んで『仁』を志してきたあの顔回が死んでしまった。 何故天は私から回を奪うのか? 天は私を見放したのだ。」

「常々『知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼(おそ)れない。』と言っておられる孔子先生が人前で見栄も外聞もなく身を震わせ声を上げて激しく大泣きをされている。あの偉大な孔子先生があれほど慟哭されるとは、驚きだ。 先生は本当に仁者なのであろうか?」

そのつぶやきを耳にした孔子は、
「この私がまぶたをはらし、目を真っ赤にして、犬のように大口を開けて鼻水やよだれをダラダラたらしながら、大声を出して泣き叫んでいるというのか? そうかい、この私がかい? だが、慟哭もしようぞ。 お前ら、凡俗凡庸の一般門人が死んじまうのとは訳が違うわ! わが子同然のあの回が死んだのだぞ。」

ま〜、付き添っていた門人は、それを聞いてムカッとしただろうが、それでも深い悲しみの先生にかける言葉もなくて、オロオロして困っていたんだろうね。
ああ、かわいい回が死んじゃったよ!
門人仲間は先生第一のお気に入りの回のために一門をあげて、盛大な葬儀を営もうとしたんだよ。

「孔子一門結集して、孔子先生を励ますためにもたくさんの方々に来て頂いて、顔回を偲んで、盛大に門人葬を執り行いますがよろしいでしょうか?」

「真心がこもっていれば質素でいいんだ。」と言って一門葬を止めた。
だが、回の友人たちは盛大な葬儀を営んだ。

「回は私を本当の父親のように慕ってくれた。 それなのに、私は、回をわが息子として送ってやれなかった。 気心しれた者たちと親族と私だけで質素にしめやかに送りたかったんだ。 それなのに、止めたのも聞かずに、アホ弟子は、派手な葬儀などしおってからに・・・ いとしい息子の回よ! これは私の望むところではないのだ。 私のせいではない。 すべてはアホ連中が勝手にやったことだ。 許してくれ!」

諸君、孔子先生も手前勝手な一面もあるんだな!
何故かってかい?

「子曰く、君子は周(しゅう)して比(ひ)せず。 小人は比して周せず。」
君子は、対人関係が友好的であるが、身贔屓(みびいき)はしない。
小人は、その逆である。
身贔屓はするが、真に友好的ではない。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月5日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート41

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート41」だ。

諸君、「論語」を愛読されている方々であれば、顔回(がんかい―回)を特別に可愛がっていたことはすでにご存じでありましょう。
回(かい)に対する身贔屓(みびいき)がすぎるので子路(しろ)が孔子先生にくってかかったり、やきもちをやいたのもわかるね!
「論語」の中に出てくる以下の記述がそれを物語っているんだ。


顔淵(がんえん―顔回)死す。 子曰く、「ああ、天われを喪(ほろ)ぼせり。 天われを喪(ほろ)ぼせり。」 

顔淵死す。 子、これを哭(こく)して慟(どう)す。 従者曰く、「子慟せり。」 曰く、「慟するあるか。 かの人のために慟するにあらずして、誰(た)がためにせん。」

顔淵死す。 門人厚くこれを葬(ほうむ)らんと欲す。 子曰く、「不可なり。」 門人厚くこれを葬る。 子曰く、「回やわれを視ること、なお父のごとくなり。 われを視ること、なお子のごとくするを得ざるなり。 われにあらざるなり、かの二三子(にさんし)なり。」


諸君、顔回が若くして亡くなった時の孔子先生の落胆の様子が描かれているんだね。
明日は、私なりの解釈をしてみよう。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月4日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート40

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート40」だ。

諸君、昨日話した孔子先生の愚痴&ぼやきはこれなんだが、
「子曰く、三年学びて穀(こく)に至らざるは、得易(やす)からず」
他にも愚痴やぼやきが「論語」の中にけっこう載っているんだよ。
ご存知のことと思うが?
「孔子先生だって人間だもの」
そんな人間くさい一面をもつ人柄が描かれているのも「論語」の魅力のひとつなんだろうがね。
学者、見識のある方々によって解釈は様々であるが、私は、いつの時代も実理実利を重んじることは抜きにできないね。
実際の利益や実益のために孔子塾で学んでいると解釈をすれば、「三年も学問をするともう士官のことを気にする。 わが門下生もそんな連中ばかりだ。」と嘆いて愚痴&ぼやきを言っていたんだろうな!
この解釈の方が無理がないと思うんだが、諸君の見解はいかがな?
ま~、生前、私も似たようなことをやっていた、やらしていただいたのでわかるような気もするがね!
「親の心子知らず」という成句があるね!
「師の心、弟子知らず!」
そんなもんだね!
門人となった神北は人当たりがよく、処世術を心得た、弁舌も立ち、調子もいいやつだから、またたく間に門人連中に、子路の思惑通りに話が伝わっちまったんだな。
「好事(こうじ)門を出(い)でず、悪事千里を走る」というが、いつの世も人が集まればゴシップは世の常、それも悪い評判はすぐに世間に知れわたるものだということですな!
とにかく、子路の計画通りにことがはこんで行ったんだね!

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを
天意天風

2010年3月3日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート39

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート39」だ。


諸君、処世術という言葉があるよね!
この世の中で生きてゆく、暮しを立ててゆくための世渡りの術(すべ)。
つまり、今時で言う、「世渡り上手になるための学問のススメ!」みたいなものだな。
成功者による成功哲学もそのジャンルにはいるね!
「どうやったら巨万の富を築けるのか?」なんて書店に行けばたくさん並んでいるだろう!!
一般ピープルはそこまでの野心、野望、大志は無いにしても、今時の御時勢、正社員として就職ができれば十分とか、派遣でも働ければOK!とかね!
とにかく生活していければ文句はないとかね!
そんなことより、宝くじ3億円の半分でも当たる方法を知りたいとかね!
いろんな処世術本が出ているね!!
「これを読めばあなたは変わる。 一夜にして、成功者になれる!」なんてね!
それが、今時と言ったのは、孔子先生の孔子塾の第一義は、「君子たるもの」、または「『仁』の道に至る」ための学問であり、日々実践するための実践哲学を教えるものであるのだが、孔子塾で有能な人材を育て、世に排出していくことでもあった。
しかし、就職のためだけに門人となるという輩(やから)、そういう弟子も多くいたということが「論語」の中に孔子先生のポロっと口から出てしまった愚痴&ぼやきが載っているんですよ。
なにも子路だけが愚痴っぽかったわけではないですよ!
人間思い通りにいく時は、愚痴は出ませんよ!
その反対であれば、愚痴の一つや二つや三つ出ませんかい?
諸君はどうですかな?
身に覚えがありませんかな?

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年3月2日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート38

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート38」だ。

諸君、論語の中に孔子先生と顔回と子路のこんなやり取りがある。

孔子先生が顔回に向かってこう言った。
「いったん登用されれば全力で発揮するが、認められぬときはじっと静観している。 こういう境地に安住できるのは、私とおまえぐらいのものだろうな。」

これを聞いていた子路は面白くなくって、黙っていられなかった。
孔子先生にくってかかるんだ。
「それならもし先生が大国の総司令官になられた場合は、どんな人物を頼りにしますか?」

「子路よ、素手で虎に立ち向かったり、歩いて黄河を渡るたぐいの無茶でおろかな命知らずはごめんだね。 むしろ臆病なほど注意深く、成功率の高い用意周到な綿密な計画を立てる人間の方が頼りになるよ。」と皮肉られたんだ。
子路、そう言われていたものだから、今回は、子路なりに考えて計画的に行動しているんだろうね?

「先輩、上手いこと言いますよね! それって、嘘も方便て言うんですか?」

「ばか言ってんじゃねえ! 大義名分て言うんだ! よく覚えておけ!」

「はい、先輩の言われる通りに上手くやりますよ! 任せておいて下さいな!」

「ドジるんじゃねえぞ! くれぐれも、先生と回と子貢には、気づかれぬようにやるんだぞ!! いいな!」

「合点しょうちのすけ! では早速取りかかります。」

「たのんだぞ!!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年3月1日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート37

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート37」だ。
諸君、神北、調子のいい、目立ちたがりやだが、憎めないところもある。
しかし、何者だろうね?

子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)、おい、調子にのるんじゃないぞ!」

子路、すかさず神北の首根っこをつかまえてはがいじめにする。

神北こたえて曰く、「先輩、苦しいですよ! ゲホ! ゲホ! 息できませんよ!  ゲホ! ゲホ! ゲホ! はぁ~、殺されるかと思いましたよ! 先輩、とにかく落ちついて下さいよ! 先輩の約束は忘れていませんよ!」

「嘘を言うな!」

「本当ですよ!」

「必ず先輩の言う通りにしますから!」

「じゃ早速、俺の言う通りに始めてもらうぞ!」

「あいあいさ~! すぐ子路先輩の計画を行いますです!」

「おまえ調子のいいやつだなぁ! いいか、神北よ、居酒屋『ざ・論民』で俺との約束は覚えているよな! 忘れたとは言わさねえぞ! おまえは忘れてもこの背中の桜吹雪が忘れちゃいねえぜ!」

「先輩、いつから遠山の金さんになったんですか? 大丈夫ですよ、忘れちゃいません。 はい、はっきり覚えてますよ!」

「そうか! じゃここで言ってみろ!」

「はい! まず門人連中に、それとなく話しかけて、『顔回と口をきいてはならない! 完璧に無視するように! 子路大先輩の御命令だ。』と伝えるんですよね!」

「ばかやろう! 違うだろう、それではただの弱い者いじめじゃねえか。 いいか神北! 子貢が能力は俺のほうが上なのに、先生は顔回ばかり可愛がる。 子貢が不平不満を言ってきたので、心やさしい子路先輩が、グッチー(愚痴)を聞いて、相談にのってやったんだ。 弟子同士、不平不満や嫉妬がつのれば、孔子一門の結束が乱れる。 また、世間にうわさが流れれば、先生と門人の恥ともなる。 これでは君子たるものを目指す門人の一人として、はたまた『仁』の道を極めんと志すものとして、道義がたたぬから、ここで大先輩の子路様が男気を出されて、これを正そうということだ。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月28日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート36

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート36」だ。

晴れて、神北(かんぺき)、孔子門人となりました。
しかし、面白くないのは子路(しろ)であります。
「何か自分だけ会話に入れず、何を言っているのか、いまいちよくわからない! 長年先生と一緒にいるおいらがわからなくて、偶然、居酒屋で出会った神北のいんちき野郎が楽しげに話の中に入ってやがる。 実に不愉快! 実に面白くない! 実に腹が立つ!」
そんな子路でありました。

日付は変わって翌朝AM9:00、孔子塾正門前であります。
神北、昨日の服装と打って変わって質素な出で立ちでありながら、髪は普段どおり結われ、小ざっぱりと垢ぬけて見えた。
正門の扉の裏に隠れて、神北の来るのを鬼の形相で待ち構えていたのは子路でありました。
神北、門前に立つと服装を整え、背筋を伸ばし、まっすぐ正面を見据えてゆっくりと頭(こうべ)を90度に下げ、一礼をして入ってまいりました。
門前に入るや否や、神北の前に飛び出したのはご存知、子路大先輩であります。

「待て! 神北! このインチキ野郎!」

「いきなり飛び出して来るからびっくりしましたよ! 先輩、驚かさないで下さいよ!」

「おまえに話がある! 顔かしな!」

「先輩!どうしたんですか? 恐い顔して、何か悪いものでも食べたんですか?」

「うるせぇ! 俺は腹が立っているんだ!」

「子路先輩、怒りは体に毒ですよ。 天風先生がよく言ってたじゃないですか、怒るとたちまち血液は黒褐色になって味わいが苦くなっちまうんですよ。 色と味が変わっちまうと血液本来の姿が消えちまうんですよ。 血液本来の姿というのは弱アルカリ性でなければいけない。 弱アルカリ性の血液である限りは、バイ菌マンが入ったからって、けっしてその人間は病には侵されないんですよ。 先輩、ご存知でしたか?」

「そんなことはどうでもいい! お茶じゃねぇんだ! ごちゃごちゃ言うな、こっちへ来い! おい、神北! さっさと来ねえと首根っこつかまえてへし折るぞ!!」 

「先輩、乱暴はいけませんよ。 暴力反対!!」

「ふざけんじゃねぇよ。 昨日のお前の態度は何だ! 俺のこと、こけにしやがって!」

「先輩、それは誤解ですよ! 私の話もよく聞いて下さいよ。」

怒りの矛先(ほこさき)を神北に向けている子路でありました。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月27日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート35

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート35」だ。

諸君、子路(しろー由)先輩と冉有(ぜんゆう―求)先輩の話を門人仲間から聞いて知っていた弟子の公西華(こうせいか―赤)は、「ただちに実行すべきか?否か? いったいどっちなんだ? 先生が何と考えておられるのか釈然としない。」
真意を知りたくて知りたくて悶々としていたんだね。

そこで孔子先生に個別で指導を仰ぐ機会を得た。
「やったぜベイビー! やっとスッキリする!」
赤(せき)はこおどりして喜んだとか?

「先生、由(ゆう)先輩が『教えを受けたら、ただちに実行すべきでしょうか?』とたずねたのに対して、先生は、『由には父兄がいることだ。 父兄に相談してから実行にうつしなさい。』とお答えになりました。 ところが、求(きゅう)先輩が教えを受けたら『ただちに実行すべきでしょうか?』とたずねると、『そうすべきだよ』とのお答えでした。 どうも腑に落ちません。 どちらが正しいのでしょうか? 先生の真意はどちらにあるのでしょうか?」

「それはな赤よ、こうなんだ。 求は慎重すぎるのはいいのだが、性格は引っ込み思案なんだね! それでは『いざ』というときに決断と行動がとれない! だから積極性をうながしたんだね。 かたや由は、無鉄砲な無茶をする性分で、人の分までやろうとするよけいなおせっかいするところがあるから、慎重に考慮するように、手綱を引き締めたのだよ。」

「先生、そうだったんですか! 先生の真意もわからず、失礼なことをおたずねしました。 お許し下さい。」

「なんのなんの、素直な疑問があれば、謙虚に問うべきだ。 問われぬものは、私とて答えようがないからね!」

ま~、こんな会話が、論語の中にあるんですな!
ボディーもマインドもスピリッツも同一の人は誰もいません。
人の数だけの対人、対機説法論語があるんですな!
それぞれ聞く耳も、聞く心も違いますからな!
孔子先生の真意は、人の個性、性格を知って、心得ていての人材(じんざい)人財(じんざい)育成にあったんだね!
人それぞれの良いところつまり長所をさらにわかっていて育て伸ばす。
また短所も見方をかえれば個性であって長所となりえる。
それをわかっていてどう見るかによってのとらえどころなんだね。
それを知り、良い方向に導き、伸ばしていこうとしたんだね。
人は真の指導教育によって人財になりうるんですな!
諸君はどう思われますかな?
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月26日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート34

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート34」だ。

諸君、「人を見て法を説け」という成句はご存知であろう。
釈迦が相手の能力や人柄に応じて法を説いたことから、人に応じた働きかけをしなければ、相手の気持ちをつかむことはできないということを言うんだね。
仏教では、「対機説法」とも言いわれているね。
相手の個性能力に応じてわかるように法を説くことなんだね。
別に、釈迦に限らず、孔子先生も弟子に同じことを質問されても、その返答はその人の「わかる」ように「わかる」を教えていたんだ。
そのゆえ返答が一様ではなかったんだね。


子路(しろ―由)問う、
「聞くままにこれを行なわんや。」

子曰く、
「父兄在(い)ますあり。 これをいかんぞ、それをきくままにこれ行わんや。」

冉有(ぜんゆう―求)問う、
「聞くままにこれを行なわんや。」

子曰く、
「聞くままにこれ行え。」

公西華(こうせいか―赤)曰く、
「由(ゆう)や問う、『聞くままにこれを行なわんや。』 子曰く、『父兄在ますあり。』 求(きゅう)や問う、『聞くままにこれを行なわんや。』 子曰く、『聞くままにこれ行え。』 赤(せき)や惑う。 あえて問う。」

子曰く、
「求や退(しりぞ)く。 故にこれを進む。 由や人を兼(か)ぬ。 故にこれを退く。」



子路が孔子先生にたずねた。
「先生の教えを受けたら、ただちに実行すべきでしょうか?」

孔子先生は答えた、
「子路は父兄がいることだ。 父兄に相談もせずに実行していはいけないな。」

弟子の冉有がたずねた。
「先生の教えを受けたら、ただちに実行すべきでしょうか?」

孔子先生は答えた、
「オフ コース! そうすべきだよ。」


諸君、あれ~? 孔子先生、言っていることに一貫性がないよな!
これじゃどうしていいのか弟子も迷っちまうよな!
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月25日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート33

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート33」だ。

諸君、諸君は一を聞いたらいくつ「わかる」を知ることができますかな?
私なんかは百を聞いて一わかるかな?
諸君はいかがであろうか?

「そうか、これで決まりだね。 神北(かんぺき)殿これより孔子塾門人とする! 諸先輩の指導を仰ぐとよい!」

神北答えて曰く、「はい、ありがとうございます! 『仁』の体現を目指していく所存です。 孔子塾門人の一人として恥ぬよう心がけて精進いたします!」

「子路(しろ)よ! 由の紹介であるから、神北の面倒をよくみるように。 いいな!」

子路問て曰く、「先生、けつの青い回(かい)や子貢(しこう)の意見で決めるやり方は、正直言って気にいりません! 由は納得できません! 神北の入門について先生はどう考えておられるか、先生のご意向をおききしたい!!」

「子路よ、お前の話があったときから、神北の入門は許していたんだよ!」

子路日<、「では何故、回や子貢に決めさせるのですか?」

「実は、先日、子貢と話をした。 『子貢よ、回と君はどちらが上だと思うかね?』と問う
たんだよ! ここにいる子貢は、『顔回先輩はーを聞いて十を知る。 一方、私は、一を聞
いて二を知る程度です!』と私に答えたんだね。 子貢よ、そうだったね!」

「はい、そのように申し上げました。」

「この返答で、今朝の入門者の話を聞いて、優等生の回と子貢の二人に入門の選択をまかせることにしたんだよ。 君子の立場より鑑(かんが)みて、人を正しく見極めるという機会は回と子貢の両人の実学になると考えたからだ。 子路、合点がいったかね?」

諸君、孔子先生にはそういう意図があったんだね。
孔子先生は、天分の天命をもった天性の教育者なんだね!
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月24日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート32

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート32」だ。

諸君、孔子先生の返答、「わかる」かな?
「わかんねえ」だろうな?
「わかる」と一言で言っても本当に「わかる」となると深遠なものですな!
この「わかる」とは理屈抜きで「わかる」ということではないかね。
あえて正しく「わかる」とは、スピリッツ(霊魂)がすでに知っているんだね。

子路(しろ)曰く、「神北(かんぺき)や子貢(しこう)、回(かい)の言っていることもわかりませんが、先生の言っておられることは、輪をかけてわかりません! 『わかる』『わからない』は、それぞれの理解度によって個人差があるんですよね! そうであるならば、もっと世間一般ピープルに合わせてわかるように教えていただきたい!」

「子路の言う通りだね。 それぞれ、天から与えられた固有の性能を有しているのだ。 皆一人一人違うことはわかっているよ。 とにかく子路よ、由(子路)がぜひ会ってくれと連れてきた相手だ。 ここで神北殿を門人とするのかしないのかの是非を顔回と子貢の二人に決めてもらう! 二人の意見が割れた場合は、私が決めよう。 子路は当然入門には異存はないであろう。 回、子貢、異存はないね!」

顔回答えて曰く、「はい! 回は異存ありません。」

「はい、子貢も異存ございません。」

「では子貢よ、神北殿を門人にするか? 否か?」

「はい、神北殿を門人に迎えます。」

「顔回はどうかな?」

「はい、神北殿を門人の同志として喜んで迎えます!」

子路の筋書き通り運んでいるようだね。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月23日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート31

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート31」だ。

諸君、いよいよ孔子先生が返答をする番だね。
何と言われるか楽しみだねぇ~!

子こたえて曰く、「神北(かんぺき)殿、そして子貢(しこう)、顔回(がんかい)の『わかる』は、皆、的(まと)を得た解答であったね! 万物の霊長たる人間は、『体』という『ボディー』と『心』という『マインド』と『霊魂』という『スピリッツ』の三位一体でできているのだ。 どれをぬいても人間として存在できないし、人間で在るとは言えないんだ。 それはどうしてかと言うとな、人間は、神でもない、また他の植物や動物でもない!  自然物ではあるが、神念(おも)う、天念う、地念う、万物念う、他者念う心性をもった霊的存在である。 また真理を慮(おもんばか)り、それを表現出来る権能を天から与えられている存在でもあるんだ。 そして人の霊魂よりくるところの本心良心がある。 それが天秤ばかりのバランスをはかる中心軸になる。 『自分には何がわかっているか、また何がわかっていないのか』というこの区別を本心良心よりくるところの悟心で得心すること、それが『わかる』ということなのだ。 つまり悟心とは、心がはっきりと澄んだ心で道理を明瞭に理解し、納得した心の状態、つまり正しく自覚している心の在り様のことだ。 本来、天には相対的な善悪も存在しない! 人の心を介することで、天秤ばかりが、善にも悪にもはかること、またはかられることになる。 その道理を己の心が知っていて、わきまえていることが、『わかる』ということだ。 その『わかる』心は、物事のあらわれやものの本質も自明することとなる。 『仁』の心が何たるかもわかるというものだ。 仁者への道でもある。」

一同、先生の話に、あ然として、ただただ、沈黙の静寂があった。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月22日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート30

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート30」だ。

諸君、「子曰く、後生畏(おそ)るべしいずくんぞ来者の今にしかざるを知らんや。」うんぬんというのがありますね。
年が若いということは、これからの将来に大いに希望があるということだ。
若いものの今後の世代が現在の時代をつくって中心をになっている世代を乗り越えていかないとは言えないのだ。
2500年前からこのようなことを述べているんだね。
昔も今も、「今の若い者は」「今どきの若い人は」という言葉をよく使うね!
そう言っている人も若い頃があったんだよね。
またそう言われていたんですな。
明治9年生まれの私もそうでしたよ!
私の若い頃は手がつけられなくてね!
「今どきの若い者は」とか、その逆もあったね。
「今どきの若いものにしては殊勝である」とかね。
いつの時代も決まり文句でこのように使われているんですな。
そんな私が、後々、多くの人の前で人生について偉そうに話をするようになった。
自分事であるが、実に後生畏(おそ)るべしですな!

神北(かんぺき)答えて曰く、「『わかる』とは、心と体で理屈抜きに自覚している状態のことを『わかる』と言うと考えます。」

「なるほど。 神北殿、よい返答だね!」

「子貢(しこう)はどうだね?」

子貢答えて曰く、「はい、以前先生は、『良心を偽らぬこと忠なり』と、また『他人への思いやりを恕(じょ)なり』と言われました。 『これが人倫の根本である』とおっしゃった。 その根本を感得する心の在り様、その状態が本当に『わかる』と言えると考えます!」

「子貢よ、とてもよい返答だね!」

「回(かい)はどうだね?」

顔回(がんかい―回)答えて曰く、「はい、私も子貢と同じく、以前先生から『私という人間は、ただひとつの原則(プリンシプル)だけで貫かれているのだよ。』ということを聞きました。 霊魂よりくるところの本心良心をプリンシプルとして、それが人倫の基本として、『してよいこと、してはいけないこと』の判断の基準となると考えます。 それに合わせ、『わかる、わからない』と言えるのではないでしょうか。」

「回よ、とてもすばらしい返答だね!」

諸君、孔子先生は、人を育てるにかけては天才的に上手だったんだね。
この才分は、孔子先生のもつ天分の天命によるものだと思うのだがね。
天命を知るとは、自己のもつ天命の天分を知るということに他ならないんだね、きっと!
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月21日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート29

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート29」だ。

諸君、学問とは、読んで字のごとく学んで問うということですな。
誰に学んで、誰に問うのか?
孔子先生は、「仁」を志す者は同じ同志として師弟間の問答のやり取りで実践的に自分のものとして学んでいくスタイルを大切にしていたんだ。

子貢(しこう)曰く、「待って下さい。 回(かい)先輩、私、子貢も先生より門人に推挙するしないの是非を委ねられています。 せっかく、この場をかりて、先生にお題をいただき、それぞれの見解を述べる! それから決めても遅くはない。 けっして神北(かんぺき)殿にも失礼にはあたらぬと考えますが! 先生いかがでありましょうか?」

「そうだな。 せっかくの茶会、ゆっくりと互いの会話を楽しもうではないか? どうだね、回よ? どうだね、子路(しろ)よ? いかがですか、神北殿?」

「先生、回は異存ございません!」

「先生、子路は異存ございません!」

「先生、神北も異存ございませぬ!」

「そうか、では、大先輩の子路からたずねるとしようかね。」

「はぁ~、私からですか?」

「そうだよ、長幼の序(ちょうようのじょ)にしたがって子路の考えを先に聞くことにする。 ましてやこのきっかけをつくってくれたのは他ならぬ子路だからな!」

「はぁ~、ま~そうですか?」

「由(ゆう)よ、『わかる』とはどういうことかね?」

「はぁ~、『わかる』ということですか? それは、『わかっているから、わかっている。 わからないことは、わからない。』じゃないですか?」

「子路よ、その答えでは、孔門の弟子としては浅はかな返答ではないかね?」

「はぁ・・・」

子曰く、「神北殿はいかに?」

孔子先生、ならび孔門の十哲の三大弟子の前で、神北いよいよ自分の考えを述べることになった。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月20日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート28

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート28」だ。

諸君、いよいよ神北君の入門審査会のはじまりはじまり。
子路の思惑通りにことがはこぶのかな?

子曰く、「顔回(がんかい)、子貢(しこう)、こちらが子路(しろ)紹介の神北(かんぺき)殿だ!」 

「顔回殿、子貢殿、お二人のお噂はかねがねうかがっております。 姓は京(きん)、名(な)は田(でん)、字は神北であります。 お会いできて光栄であります。」

顔回曰く、「先生よりご紹介にあずかった、顔回こと顔淵(がんえん)です。 字(あざな)は子淵(しえん)です。 子路先輩、先生のお引き合わせです。 こちらこそお会いできて光栄です。」

子貢曰く、「神北殿、お会いできてうれしく存ずる。 私は、姓は端木、名は賜(し)、子貢は字(あざな)だ。 顔回君と私が、貴殿の入門を決め、選択を先生から委ねられることは、先ほど知らされたことだが、それを抜きにして歓談したい! 神北殿、遠慮はいりませんぞ。  せっかくの話が遠回りになります。 貴殿のご意見を伺いたく存じ上げる。 回先輩はいかがですかな?」

顔回答えて曰く、「あなたの内の良心本心に省(かえり)みられて、入門の動機が疾(やま)しくなければ、神北殿の意志を尊重したいと思います。 神北殿、先生と子路先輩の好意とご配慮で貴殿にお会いできることになりました。 私が、先生に『〈仁〉とは何か?』についてお尋ねしたことがあるんです。 この〈仁〉を自らのものとして会得すれば、あとの徳目の〈礼〉も〈義〉も〈信〉も〈智〉もおのずと関連してつながっているものゆえ、いずれ自然に身に備わっていくとことなると先生より薫陶(くんとう)を受けております。 先生は『〈仁〉とは、自分にうち克って礼の本質を自覚し、その本質に合致した行動を自ずとするのが〈仁〉なのだ。 それができれば、人間世界は〈仁〉に同化する。 したがって、〈仁〉はひとりひとりの霊性意識よりくるところの、意志の発露の問題であって、個人の人生観によるところであるから、人に強制すべきものではない!』と教えられているからです。」

神北曰く、「顔回殿、至らぬわたくしですが、精一杯努力いたします。」

諸君、孔子先生の意図は、顔回、子貢を後継者として育てようと考えておられての配慮だったんだね。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月19日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート27

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート27」だ。

諸君、孔子先生は。論語の中で、顔回(がんかい)と子貢(しこう)について二人の人格および価値観の相異を述べているんだよ!
知っている人は知っているね!

「子曰く、回(かい)やそれ庶(ちか)きか。 しぼしぼ空し。 賜(し)は命を受けずして貸殖(かしょく)す。 億(おもんばか)れば、しばしば中(あた)る。」
〈回(顔回)の人格はほぼ完全に近い。 赤貧(せきひん)の中で天命を楽しんでいる。 賜(し―子貢)は天命に甘んじないで、金もうけに浮身をやつしているが、それでも遠い見通しをあやまるような人物ではない。〉と述べているのだ。

ま、ここらへんの解釈は、渋沢栄一氏の「論語と算盤」を是非お読み下さいな!

「では、失礼して入らせていただきます。 先生、おはようございます。 先生にあられては、本日はご機嫌うるわしく存じます。」

「子貢よ、昨日も共にしたばかりだ、いちいち杓子定規なことはいい。 顔回にも来てもらった、 子路(しろ)の紹介の門人希望の神北(かんぺき)殿に会ってもらおうと思ってな! 回と子貢の二人の合意で神北殿の入門を許そうと思っているのだが、まず、せっかくの機会だから、私と子路と回と子貢、神北殿と茶でも飲んで語り合いたいが、子貢はかまわぬか?」

「はい、もちろんでございます。」

「回もいいな!」

「はい、先生、おおせの通りにいたします。」

「ちょっとちょっと先生、何で回と子貢が俺の連れてきた入門希望者の審査員なんですか? いつもの先生なら、『来る者は拒まず、去る者は追わず』じゃなかったんですか?」

「おいおい、由(ゆう―子路)よ、そんな目くじら立てるな。 目からしおがふいておるぞ!!」

「え~、俺の目にクジラがいるんですかい? それもしおをふいているんですか?」

「由よ、たとえ言葉だよ!」

「先生は由をからかっているのですか?」

「ま~、そうむきになって怒るな! 子路の紹介で集まっているんだからな。 みんな、楽にしてくれたまえ。」

諸君、今回の入門審査については孔子先生、何か訳がありそうだね。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月18日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート26

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート26」だ。

諸君、いよいよ顔回(がんかい)の登場だね。
論語の中で、孔子先生は顔回についてこんな人物評価をしている。

「子曰く、回(かい)や、われを助くる者にあらず。 わが言において説(よろこ)ばざるところなし。」
〈顔回という男ときたら、もう少し質問でもしてくれたら、私も助かるのだが・・・。 私の言うことに感心ばかりしている。〉

この言葉からも推察するに、顔回は非常に理解力、つまり飲み込みが早かったのであろう。
『つうと言えばかあ』ですかな!
しかし、先生としては会話のキャッチボールをしたかったんだろうね。
顔回はどちらかといったら、寡黙な人であっただろうよ!

「先生、おはようございます。」

「おう、回よ! おはよう! 昨日は、私の友人の病気見舞いに子貢ともども付き添ってくれてありがとうよ。 病人の介添えまでしてもらったね。 まことにご苦労であったな。 礼を言うよ。」

「はい、先生のご友人が病でありますから、少しなりともお役に立ててよかったです。」

「ま~、こちらに来なさい。 回よ、突然であるが、子路(しろ)の紹介で訪ねてこられた、入門希望の神北(かんぺき)殿を引き合わせようと思ってな! 子貢(しこう)も呼んである。 間もなく来るであろうから、楽にして待っていてくれたまえ!」

回曰く、「はい、わかりました。」

顔回曰く、「子路先輩、ご無沙汰しております。 このところお目にかかっていませんでしたが、先輩もお変わりなくお元気でありましょうや?」

子路「ああ、ありがとよ。 変わりねえぜ。 頭の脳みそ以外は、元来が丈夫でね。 すこぶる元気だぜ!」

「いつもの先輩でお変わりなく安心しました!」

トントントン(ノックの音ですよ!)

「子貢であります。 先生、お呼びでありましょうか?」

「おお、子貢よ、待ちかねた。 さあ入ってきなさい!」

諸君、これで今回の登場人物が全員揃ったわけだね。
この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月17日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート25

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート25」だ。

諸君、孔子先生は名は丘(きゅう)、字(あざな)は仲尼(ちゅうじ)、諡(おくりな)は文宣王。
魯(ろ)の国の山東省曲阜県昌平郷陬邑(さんとうしょうきょくふけんしょうへいごうすうゆう)という町で生まれた。
紀元前552年とされる。
シャカムニ(釈尊)とほぼ同時期で、ギリシャの大哲学者ソクラテスより80数年早い。
魯国は中国周代諸侯国の一つ。紀元前十一世紀に周の武王が弟の周公旦(しゅうこうたん)に与えた領地で、都は山東省の曲阜。
孔子の生まれた春秋時代から国勢は振るわなかったが周の文化を最もよく伝えられるとされる。

子曰く、「そうか、ではよかった。 神北(かんぺき)殿、失礼なことを言うようだが、そのいでたちは宮中の正式なものではないか? 貴殿は着付けも礼法にかない心得ておられ、堂に入っておられる。 神北殿、貴殿の所作もまた作法にかなっておられる。 それなりの出の方と御見受けするが? 失礼なことをお聞きするが、貴殿はどこのどなたかな? 物言いからして子路(しろ)とはそぐわぬようにみえるが・・・ 由(ゆう―子路)とはどこでお知り合いになられたのかな?」
 
神北曰く、「はい、実は、昨日夕方より居酒屋『ざ・論民』で、はじ・・・」
 
子路、間髪入れず二人の会話の中に言葉をはさむ。

言葉をはさんで子路曰く、「ああ、先生、そんなどうでもいい話はよしましょうよ。 こいつ、先生の門人として学びたい一心でここにまいったんですから。 先生、それとこいつ気が利くんですよ。 先生の生まれ故郷の山東省の地ビールを手土産に持って来たんですよ。」

「そうか、私の好きな地ビールとな、そりゃすまんな。」
 
「はい。 青島(チンタオ)ビール、のど越しすっきり〈生〉、期間限定のプレミアムで新発売のものだそうですよ。」

「おお、それはそれはありがとうよ。 キリン、アサヒ、サッポロ、サントリー各ビール会社の関連競争も命がけのしのぎを削っていると巷の噂で耳にしておりますがね! 政治を中心にどの産業も大変な乱世の時代になりましたな! ハハハハハ!」

トントン! トントン! トントン!(これノックの音ですよ。)

「顔回(がんかい)であります。 先生、お呼びでしょうか?」

「おお、回か、待っていたぞ。 さあ、入ってきなさい。」

「はい、では。」

いよいよ、待ちに待った孔門第一と呼び声高い、顔回初登場であります。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月16日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート24

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート24」だ。

諸君、はた目から見ると「何やってんだこいつ」なんて言って人のことは、ことさら分かったように見えるね。
しかし、自分のこととなるとなかなか気がつかないものですな!
諸君はどうですかな?

神北(かんぺき)曰く、「願ってもないことです。 孔門第一、第二の高弟と言われて呼び声の高い顔回(がんかい)様と子貢(しこう)様と是非お会いし、お話をお聞きし、教えを請いたいと意念しておりました。」

子路(しろ)曰く、「なにぃ~! おい、神北! 孔子先生の一番弟子は自慢じゃないが紛れもないこの俺様だ! 間違えるな! よく覚えておけ! いいな!」

子曰く、「待て待て子路よ。 徳の何であるかをわきまえた人間はいないものだな!(『子曰く、由(ゆうー子路)よ、徳を知るものは鮮(すく)なし。』) これ、誰のことかわかるな、由よ!」

「はぁ~、それは顔回と子貢のことですね! あいつら自分勝手ですからね!」

子曰く、「子路よ、ともに語りあうべき人物に出会いながら語りあわぬのは、良友を失うことである。 ともに語るに足りぬ人物とばかり語りあうのは、ことばの浪費である。 知者は良友を失うこともなく、ことばの浪費もしない! 子路が出会いの縁(えにし)をつくってくれたのだ。 良友あい交わるせっかくの機会だ!! 子路よ、良友はもって須(すべか)らく鑑(かがみ)となすべしだ!」

子路こたえて曰く、「実は、私も神北を回と子貢に会わせたかったんですよ。」

子曰く、「そうか、では両人ともよかったな。」

子路の心の中のひとりごと「ちぇっ、うざってぇ野郎が来るなぁ。 何も回や子貢に話なんかねえよ・・・! 先生、何考えて呼んだんだよ。」 

「子路、何か言ったかい?」

「いえいえ、何も言ってません。」

子路のよからぬ企みをうすうす感じている孔子先生でありました。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月15日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート23

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート23」だ。

諸君、孔子先生は両眼の眼(まなこ)と眉間の第三の眼の三点を合わせることによって相手の真意と人物を見極めたんだろうね。
これって、読心術のひとつなんだよね。

孔子先生曰く、「まぁ~、神北(かんぺき)殿、こちらに来て腰をかけて楽にしてくれたまえ。 子路(しろ)、お前も来なさい。 先日、来賓より極上の烏龍茶をいただいたから、一緒に喫茶を楽しみませんかな?」

子路曰く、「いいですねぇ~、先生。 では、子路が早速お茶の用意をしますよ。」

「いやいやその必要はない。 神北殿が来られるということで下男に申しつけて、すぐにでも茶がたてられるように用意していたんだよ。」

「先生、そうですか。 今日はずいぶんとサービスがいいじゃないですか。 先生が自ら茶をたててくれるんですか?」

「もちろんだよ。」

「子路よ、君の紹介で当方までわざわざお越しになられたんだぞ。 私も先生という立場はあっても礼に対しては礼をもって迎えるものだよ。 それに孔門の弟子、子路に恥をかかせたくないからな。 神北殿、これでも私はお茶をたてるのが上手いんだよ。 子路にも先だて茶をたてたことがあったな。 その時は、子路はやたら喉が渇いていたとみえて、せっかくのお茶をがぶ飲みしたんだね。 それはそれで構わぬが、今日は、神北殿もいらっしゃることだ、せっかくの極上のお茶、ゆっくり風味香りを味わって喫茶を楽しんでくれたまえ。」

子路曰く、「先生、あと茶碗が2つ余分に用意してありますが・・・ これは何故に?」

子曰く、「ああ、この2つはな、顔回(がんかい)と子貢(しこう)を呼んであるんだ。 まもなく二人ともここへ挨拶に顔を出すであろう。 せっかくの機会、この五人で茶会をすることにしたんだ。」

子路曰く、「え~、聞いてませんよ。 顔回と子貢の野郎がくるんですか?」  

子曰く、「子路よ、彼らが来たら都合が悪いのかね?」

子路曰く、「いえいえ、めっそうもございません。 ええ、二人とも私の可愛い弟弟子ですよ。」

実のところ、二心(ふたごころ)のある子路でありました。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月14日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート22

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート22」だ。

諸君、神北(かんぺき)いよいよ孔子先生との対面であります。
孔子先生、奥の間でこちらを見ながら座っておられた。

子路(しろ)曰く、「先生おはようございます。 本日は無理を言って時間を作っていただき誠にありがとうございます。 弟子入り希望の神北を連れてまいりました。」

先生曰く、「こちらに来なさい。」

「先生、こいつが神北です。」

先生ゆっくり立ち上がられ、神北の正面に向かった。
それから、孔子先生は、神北の両眼(まなこ)と額の真中にあたる第三の目と言われる三点に自身の視線がぴったり合うように真向かわれた。 
両者、両手を組んでしばらく互いの眼(まなこ)を見つめあった。 
そして互いに深々と三度の御辞儀をした。

子曰く、「よく来られましたな。」

神北曰く、「はい、子路大せんせ…いぱいが口を利いてくれたおかげであります。 ご挨拶が遅れました。 私は、姓は京(きん)、名は田(でん)、字は神北と申します。 昨日よりお会いできることを楽しみにしておりました。 先生に謁見できましたこと、終生の光栄に思います。 以後お見知りおきくださいますようお願い申し上げます。」

「いやいや、今朝子路の申し出が突然だったので、後日、日を改めようと思ったが、どうやら子路にも事情があるとのこと。 無碍に断ることが出来なかったのだよ。 子路が是非に会ってくれという、珍しく本人直接の紹介であったから、どんな者を連れてくるのかと興味もわいたんだね。 まぁ~、子路は何をたくらんでいるのかわからんが、『人物を確かめて門人にすることにしよう』と子路には伝えてある。 神北殿、貴殿もそのこと心得て下されな。」

「はい。」

諸君、さて、何故孔子先生は、神北に真向かい、神北の両眼(まなこ)と第三の目と言われる三点に視線を合わせたのであろうか?
何か意図があるんだろうね。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月13日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート21

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート21」だ。

諸君、子路(しろ)という人物は、孔子一門の中で上位の年長者といわれているんですがね、そんな子路でありますが、孔子先生曰く、「やぶれた縕袍(うんぼう)を衣(き)て、狐貉(こかく)を衣(き)たる者と立ちて、恥じざる者は、それは由(ゆ)なるか。」と論語子罕(しかん)編にあるんだよ。
その解釈は、「由(子路)はどんな身なりでも、ボロをまとっていても、豪華な毛皮を着た人のそばに並ぶ。 それでいてちょっとも引け目を感じず堂々としてふるまっていられる者といえば、まず由だろうね。」つまり、着るものは頓着していなかったんだろうがね。
子路のポリシーとしては、「着ているものだけでは、真の俺の価値は判断出来るものではない。」と信念していたんだろうね!
つまり「ボロは着てても心は錦」だったんだね。
そんな子路でありますから、神北(かんぺき)のいでたちを見て、ただ単に姿形(すがたかたち)だけの体裁を整えることは、真の君子たりではないと考えていたようだ。

神北曰く、「そりゃないですよ、子路先輩のために衣装借りに走って、それから美容院に行って髪をセットして忙しかったんですからね! ひどいですよ!」

「わかったよ! すねるなよ! すぐ孔子先生に会うんだから機嫌(きげん)直せよ。 もうすぐ謁見の間だ! 神北、ちょっとそこで待っていろ! そうだ、お前手土産持って来たんだろうな。」

「はい、子路先輩の紹介状と干し肉と青島(チンタオ)ビールを手土産として持ってまいりました。」

「おまえ、粋なことするじゃねえか。 そういえば昨日の居酒屋「ざ・論民」でも青島ビール置いていたよな。」

「はい、そうなんですよ。 そこから孔子先生のお土産に持ってきたんです。 やはり、ジャーキーにはビールが合いますよね。」

「おまえ、請求書の中にあった『お土産代』はこのことか?」

「はい、そうなんです。 子路先輩に頼まれましたから、支払いは子路先輩に付けておきました。」

「なにぃ? 貴様、そんなことまでしていたのか? でも、孔子先生の故郷、山東省の青島ビールは、先生の大好物なんだよな。」

トントン! トントン!(これノックの音ですよ!) 

「先生、子路です。 入門希望者を連れてまいりました。」

「おお、そうか。 お入りなさい待ちかねたぞ!」

「はい、入ります。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月12日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート20

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート20」だ。

諸君、神北(かんぺき)の礼法にかなう作法は、一朝一夕には身につくものではないですよね。
彼は、身分の高いそれなりに教養を身に付けた方と推測できますよね。
しかし、まったくその様子に気づかない子路(しろ)先輩であります。

「子路大先輩、先輩との約束を果しましたよ。 ご門内に入ってよろしいですか?」

「おいおい、口上と御辞儀がえらくなげえなぁ~! 待ちくたびれちまったぜ! 早く入んな! 先生も首を長くして待っておられるからな!」

「先輩、では、入らせて頂きます!」

「神北よ、お前なんか勘違いしてんじゃないかい?」

「えー、何をですか?」

「うちの先生は、レッドクリフの諸葛亮(しょかつりょう)じゃないんだぜ! おまえ、ひょっとして蜀(しょく)の劉備玄徳(りゅうびげんとく)の三顧の礼をパクッて真似ているんじゃないかい!」

「そんなことしてませんよ! でも先輩、レッドクリフは私たちの後々の時代ですよ。 子路先輩、お言葉を返すようですが天風先生は『良いことは真似なさい』とおっしゃっていますよ。」

「はぁ? 何だ、その天風とやらは?」

「今から2500年の時空を超えた後の未来の私の先生になる方でありますよ。」

「神北、おまえ、頭いかれてるぜ! 神北よ、よく聞けよ! うちの先生は、俺の紹介状があって手土産持って行きさえすれば、よっぽどの悪党か、みょうちくりんの手合いじゃなければ、門人のはしくれにしてくれるんだぜ!」

「そうなんですか、先輩?」

「そうだよ! だいたいな、おまえのやり過ぎ! 嫌味! そういうの『いんぎんぶれい』っていうんだぞ!」

諸君、子路は先ほど孔子先生に「おまえの今日の態度は慇懃無礼(いんぎんぶれい)だぞ。」と言われたばかりだったね。 
本来の意味を知らない子路でありました。
「慇懃無礼」とは、表面の態度は丁寧だが、心の中では相手を軽くみていることを言うんだね。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月11日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート19

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート19」だ。

諸君、神北(かんぺき)登場で、思わぬ展開になってきたね。
「天風さん、この創作物語、子路(しろ)の嫉妬話からいったい何を言いたいのか?」
その要旨がわからなくなっている方もおられるでありましょうが、ゆったり構えて気長に楽しんで読んで下され!
いずれわかるようになりますから。

神北、孔子塾正門にて、三回の礼を拝する。
神北曰く、「姓(せい)は京(きん)、名は田(でん)、字(あざな)は神北。 孔子先生閣下、並びに孔門関係各位に対して、三回の礼を拝したてまつる。」

「おいおい、神北よ、あまりかっこうつけんなよ! ここは、孔子神社じゃないぞ! 孔子先生もお待ちかねだ。 そこいらへんでやめとけ!」

神北、子路の言葉をカンペキに無視をする!
神北、正面を見たまま身じろぎもしない、続けて口上を述べる。
神北曰く、「第一の礼、万物の霊長たる人間として、素直な心になって、宇宙根本主体たる天の意志と天の叡智と天の力に対して、感謝と敬意の誠の礼を捧ぐ。」
神北、門前にて深々と御辞儀をする!

神北曰く、「第二の礼、万物の霊長たる人間として、素直な心になって、人倫の道に順応し同胞に対し尊敬の誠の礼を捧ぐ。」
神北、二度目の御辞儀をする!

神北曰く、「第三の礼、万物の霊長たる人間として、素直な心になって、森羅万象に現われたる万物に対して尊重の誠の礼を捧ぐ。」
神北、三度目の御辞儀をする!

意外にも、神北のとったこの礼のあり方は、ただものではない身分教養のある方に感じますね。

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月10日水曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート18

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート18」だ。

諸君、どんなきっかけの出会いであっても、運命のいたずらであっても、人の縁(えにし)というものは、摩訶不思議なものです!
目に見えない、摩訶不思議な摩訶力が働いているんですな!

孔子塾正門前AM10:00であります。
正門門前に礼装に身をかため、髪の毛はきれいにすかれ結った男が立っていた。
まぎれもないその姿は、子路(しろ)がその到着を待ちに待っていた、昨日、居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」でタダ酒、タダ食いをした神北(かんぺき)であったのだ。
もっと驚いたことに、その頭(かしら)に身分官位を表す冠(かんむり)をいただいていたのだ。

「おいおい、神北、そのなりはいったいぜんたいどういうことだ! おまえ熱でもあるのかよ? 昨日『ざ・論民』で毒気のある珍味ばかりを食らったんじゃねえのか?」

「何をおっしゃっているのですか! 子路大せんせ~いせんぱい! これは、孔子君子大先生に謁見を許された、私こと神北の礼義というものです。」

「ほ~う、おまえいつからそんな真似できるようになったんだ!」

「いつからって、今日からですよ。 これも子路大先生への一飲一飯の恩義にむくいるためですよ!!」

「神北よ、人は見かけによらぬものだなぁ~!」

「何をおっしゃいますか子路先輩。 先輩に恥をかかせたくないからですよ!!」

「そうかいそうかい、うれしいこと言ってくれるじゃねぇか! ま~、入れ、入れ!」

「子路先輩、ちょっと待って下さい!! 先輩との約束を果させて下さいな!」

「ほぉ~、俺との約束? はて、なんだっけな?」

「昨日、『ざ・論民(ろんたみ)』で『明日AM10:00に正門前に立ったら、必ず三回の礼をつくすこと。 いいな!』 そう言ったのは子路様ではありませんか?」

「そうそう、そう言ったのは俺様であった。 わるい、わるい! 忘れていた! ゴメン!」

「先輩、では、さっそくに!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月9日火曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート17

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート17」だ。

諸君、孔子先生は、いつもの習慣でAM8:00前に朝食をとられ、身支度をされて、AM8:30前には書院の間に入られる。
午前午後の講義録を見直されるのが日課であった。
書院の間とは、今風に言えば、居間兼書斎のことだね。

「先生、おくつろぎ中失礼します! 子路(しろ)であります。 入ってもよろしいでありますか?」

「おお、子路よ、お入りなさい!」

「先生、おはようございます。 先生におかれましてはご機嫌うるわしく存じ奉ります。」

「子路、どうした? 熱でもあるのか?」

「いいえ、いたって元気であります!」

「子路よ! よいか! 親しき仲にも礼儀ありというが、子路の今の態度は、慇懃無礼(いんぎんぶれい)というものなんだよ。」

「はぁ~、そうでありますか? 失礼いたしました。」

「ま~、それはよいとして、子路よ、私に何か伝えたい用件でもあるのかな?」

「さすがに先生、察しがよろしいですね。」

「お~お、普段の子路に戻ったね。 では、その用向きを言ってごらん!」

「はい、どうしても先生の門人門弟になりたいという者がおりまして、いきなりの今日の今日で申し訳ありませんが、是非先生にお目通りをして、門人の一人に加えて頂きたいとAM10:00にこちらにたずねてまいります。」

「ほう、そうか! それは、突然だな! 何か急ぎの訳でもあるのかな? 」

「いえいえ、そうではないと思いますが。」

「では、今日は会わなくてもよかろう。 こちらにも予定があるというものだ。 後日、日を改めてではまずいのかな?」

「はい、でももうすぐ来ちまいます!」

「そうかい! で、紹介者は誰かね?」

「はい、他でもない私なんです。」

「子路よ、君の紹介であるならば、事前に話が出来たのではないかな?」

「はぁ~、そうなんですが、個人的によんどころない差し迫った事情がありまして。」

「何を申しているのか、よくわからんが、ま~よい、子路の紹介とあっては無碍(むげ)にも出来んからな! 門人にするか、しないかは、人物を確かめてからにいたすが、よいか?」

「けっこうです! けっこうです! 先生が会って下さればそれだけでありがたいことです。」

「どうした? 子路よ。 そんなに喜んで! おまえまたよからぬたくらみでもあるのかい?」

「いえいえ、めっそうもございません。」

「子路よ、AM10:00に謁見の間で会うことにしよう。」

「はい、私が連れてまいります。 では、先生よろしくお願いいたします。(あ~、うまくいったわい、よかった~!)」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月8日月曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート16

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート16」だ。

諸君、居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」で、つくり笑顔とおべっか言って、自己正当化するための後輩の点数稼ぎの接待に追われた子路(しろ)でありましたが、門人のふりをした思いがけない男の登場で、また、子路の嫉妬劇が、新たな展開をみるんですな。
「ざ・論民(ろんたみ)」で打ち上げを終わって、孔子塾生寮に帰る道々でも、明日が来るのが待ち遠しくて、興奮さめやらない子路でありました。

「孔子先生に、明朝の8:30に先生の今日一日のスケジュールの掌握とご挨拶とご機嫌うかがいに参上して、おりをみて、神北(かんぺき)の入門の話をする。 先生、突然の話で何と言うかなぁ? 強引でも先生に会ってもらわなきゃならないからな。 まぁ~、後は、その場のなりゆきに任せよう! そんなことより、神北の野郎、ちゃんと来るかなぁ? こなきゃ、ただじゃおかねえからな! とにかく明日は明日の風が吹く。 明日はAM5:00起きだ!」


一夜明けて、早朝6:00孔子塾生寮門、通称、勝手口前。
「神北の野郎、約束の定刻になっても来やしねえ! ゆるさね~、逃げ隠れしても必ず見つけて手足の2~3本もへし折ってくれるわ!」

「せんぱ~い! 子路せんぱ~い! おはようごぜえます!」

「うるせえ~、声が大きい、静かにしろい! 寮生に聞こえるだろうが。 遅かったじゃねえか?」

「ええ、ちょっと飲みすぎちまって・・・ どうもあいすみませんです。」

「おまえ、その『せんぱ~い!』とのばすのやめろや! 『のだめカンタービレ』じゃないんだからな!」

「はぁ? 何ですか『のだめ』ってのは?」

「わからなきゃいい! 世間知らずなやつだ。 ほら、昨日話した手土産の干し肉だ。 そこに俺の紹介状が添えてあるから、受け取れ! 必ずそれを持ってAM10:00に正門に来いよ! 絶対に遅れるな。 それと、昨日俺がおまえにつけてやった、おまえの名前覚えているよな?」

「へえ、そりゃもちろん覚えておりますよ。」

「そうかい! じゃ、今言ってみろ!」

「へぇ~い! あっしの名前ですね。 へい! 姓は車、名は寅次郎。 人呼んで、フウテンの寅とはあっしでやす!」

「バカ野郎! そりゃ、『男はつらいよ~寅次郎、片思いの恋・嫉妬編』じゃねぇか!」

「子路大先生! 冗談ですがなぁ~。 へえ、ちゃんとわかっておます。 姓は京(きん)。 名は田(でん)。 字(あざな)は神北(かんぺき)、かんぺきでしょ! 子路大先生!」

「わかったわかった、いいか、孔子先生の前で俺の事、大先生と言うんじゃないぞ、いいな!」

「へぇ~! 合点しょうちのすけですよ!」

「調子に乗るな! 人目につくといかんから、さっさと帰れ! AM10:00正門でな!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月7日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート15

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート15」だ。

諸君、孔子先生、生前の春秋(しゅんじゅう)時代の礼にかなった習わしとして、入門の時に師に贈る礼物(れいぶつ)、つまり手土産が必要だったんですな。
「なにぶんよろしくお願いします。」というときの挨拶として、手ぶらでは師に失礼ということで手土産を持参したんですね。
その当時の中国では、家臣や弟子になる時に、持っていった干し肉の束の手土産のことを「束脩(そくしゅう)」と言うんですよ。
プチうんちくですぜ!

子路(しろ)大先生、答えて曰く、
「引き受けてくれるか。 ありがとうよ。 じゃあ今から手はずを教えるから良く聞けよ、いいな。」

「何かあるんですか?」

「いいから、だまって聞きな。」

「はい。」

「神北(かんぺき)、おまえは明日から門人だ。 そこで門人になるためには規定の手続きがあるんだ。 その規定の手続きをふんでいれば、たとえおまえだろうと、神田北京ダックだろうと、ドナルドダックだろうと、相手がどんな人間でも先生は入門を拒まないんだ。 その規定の手続きはというと、同門の口添え、つまり、門人の推薦と初めて教えを請うときの手土産のことだ。 最低は、干し肉を束にしたもの1つでいいんだ。 これを手渡すから、明朝、6時に裏門に必ず来いよ。 それからAM10:00に正門の入り口で待っているから必ず、門前で3回お辞儀をして入ってこい、神北君、いいな。」

「へぇ、がってんがってんしょうちのすけ。」

「調子に乗るんじゃないぞ。 必ず手はず通りにしろよ。 明日は孔子先生に引き合わせるからな。 来ねぇとただじゃおかねえからな。 おまえと俺の話は他言無用だからな。 今日はほどほどに楽しんでくれたまえ、神北君!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月6日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート14

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート14」だ。

諸君、子路(しろ)、顔回(がんかい)、子貢(しこう)の共通点は、本気で君子たる者になろうと真剣に目指していた。
君子とは、学識、人格ともに優れ、徳行の備わった人物を指して言う。
諸君は、そんな君子になんかなれっこないと、はなからあきらめてそう思われるでしょうかな?
孔門の門人は君子を目指しているからこそ、その日常の行いが活き活きとした人間の向上欲求とともに学ぶべき人間の教訓ドラマになっているんだね。

子路、大先生になりきって曰く、
「『君子たるものであるならえこひいきはよろしくないね。 門人に対して示しがつかなくなる。 子貢、おまえの言う通り、回のやつも先生が可愛がることをよいことに先輩を差し置いていい気になっていやがる。』 この際ここらへんで孔子門人を代表して回に百を聞いて一を知るように気づかしてやろうと思ってね。 これも後輩に対する子路大先輩の愛のムチってやつだな。」

「ほぉ~、そうでやんすか。 子路先生となるとさすがに御心労が多いですね。」

「あったぼうよ。 大勢の門人諸君をまとめていかにゃならん立場だからな。 そこでだ、貴様、名前は何といったかな?」 

「えっ? 私のことですか?」

「名前は何というと聞いておる。」

「はぁ~、何でもいいんですが・・・」

「何でもという訳にはいかんから、子路大先生が君に名前をつけてあげよう。 神田の北京ダックで略して『神北(かんぺき)』ってのはどうだい?」
 
「子路先生、『神北』っていい名ですねぇ。」

「そうかい、では、姓は京(きん)、名は田(でん)、字(あざな)は神北(かんぺき)にする。 いいな。 よく覚えておけよ。」

「へぇ、あっしはのみこみが早いほうで。 姓は京、名は田、字は神北。 よござんす。 覚えました。」

「俺も、自慢じゃないが孔門の子路様だ。 後輩門人連中に直接こんな話できないから、神北君、門人連中にまぎれこんでこの話を完璧に流してくれないか。 それとな、門人連中に顔回と口をきいてはいけない、完璧に無視するように必ず伝えるんだぞ。 いいな、神北。 引き受けてくれたら、また「ざ・論民(ろんたみ)」でご馳走するぜ。 お小遣いもあげちゃおうかな?」 

「神北、一飲一飯の恩義、喜んでやらせてもらいます。 子路大先生様。」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月5日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート13

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート13」だ。

諸君、どうやら子路(しろ)は軽率なところもあるが、なかなか政治的な人事のかけひきに優れていたところがあったようだね。

子路、居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」で曰く、
「実はなあ、孔子先生の門人の中でも一番二番を争うえらく頭のいい俺の後輩二人がいるんだがな。 俺様より格下で有名人じゃないがな! おまえも名前ぐらい聞いたことがあるだろう、孔子様の高弟として有名な二人なんだ。」

「へぇ~、そりゃそりゃすごい方々ですねぇ。」

「ま~そうなんだがなぁ。 この一人の子貢(しこう)というのが頭は切れて話もうまいやつだが、女の腐ったような男でな、愚痴が多いやつなんだ。 まあ先輩思いのいいところもあるんだがな。」

「ほぉ~それで?」

「孔子先生がもう一人の俺の後輩の顔回(がんかい)ばかり可愛がるもんだから子貢がひねくれちゃって顔回に嫉妬しているんだよ。 まぁ、男の焼きもちってやつだな。」 

「ほぉ~それで?」

「子貢のやつが、『子路大先輩、折り入ってご相談があるんです。』と訊ねてきたんだよ。 その相談ってのが『先生は顔回先輩ばかり可愛がってこれみよがしに身贔屓するんですよ。 確かに一つ年上の先輩ではありますが、先生の身贔屓は他の門人から見ても露骨すぎると思うんですが、門人にも顔回先輩と同じ境遇の貧乏暮らしの者がいるのに・・・。 回先輩は、三度の食事は盛りきり飯に汁一杯。 住居はっていうと路地裏のあばら家。 並みの人間なら音(ね)を上げそうな超貧乏暮らしのくせに、心情は心は錦、微動だもしない。 〈まったくもって偉い男だ。 回は偉い。 回は偉い。〉 すでに昔のことであるにも関わらず先生は口癖のように私に言うんですよ。 これは明らかに、回への身贔屓、えこひいきですよ。 同門の門人塾生でありながら、不平等ですよ。 君子たるもののとる態度でありましょうか?』と子貢が俺にぐちる!ぐちる! 本音は先生に回より上だと認められたい子貢の嫉妬なんだがね。 他ならぬ尊敬する子路大先輩に『相談にのってくれ』とお願いに来た訳なんだ。」

「ほぉ~それで、子路大先生は、何とお答えなすったんですか?」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年2月4日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり 番外編―論語と鬼

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり 番外編―論語と鬼」だ。

諸君、本日は立春であります。
日に日に日が伸び、春の訪れは陽気とともに暖かく心地よく感じられる。
昨日の節分は2月1日よりの3回目、鬼(おに)について話をしてきた。
諸君、論語の中にも鬼が出てくるのを御存知であろうか?
知っている人は知っているであろうが、知らない人のためにせっかくの機会であるから話をしよう。

樊遲(はんち)、知(ち)を問う。
子曰く、「民(たみ)の義(ぎ)を務(つと)め、鬼神を敬してこれを遠ざく。 知と謂(い)うべし。」
仁(じん)を問う。
曰く、「仁者(じんしゃ)は難(むずかし)きを先にして獲(う)ることを後にす。 仁と謂うべし。」

樊遲が「知」とは何かと孔子にたずねた。
「われわれは、ややもすれば万物の霊長たる人間を超えた存在に頼る気持ちをおこしがちだ。 しかし、まず万物の霊長たる人間としてやらねばならぬことは何なのかと考えること、それが本来の『知』だ。」
樊遲はさらに、「仁」についてたずねた。
「万物の霊長たる人間として正しいことは、たとえ労多くして功少なしと知っていても、あえて挑戦し実践する態度、それが仁なのだ。」
孔子先生が二千五百年前よりその当時から鬼神と述べている通り、それ以前から中国にも鬼という存在があったんだね。
また、こんな論語の論語たる有名な成句もある。
子曰く、「その鬼(き)にあらずしてこれを祭るは諂(へつら)うなり、義を見てせざるは、勇なきなり。」
祭る理由のない神々(神霊)を祭るのは、万物の霊長たる人間本来の天より与えられた主体性の尊厳の放棄である。
勇気をもって万物の霊長たる人として行うべきを断固として行うべきなのだ。

また鬼は論語以外にも出てくるんだ。
「断じて行えば、鬼神もこれを避(さ)く」史記李斯伝(しきりしでん)に出てくる有名な一節である。
この意味は強く決心して、そして断行すれば、立ちふさがって通せんぼしている鬼神も道を避け、意志どおりになることを言っている。
万物の霊長たる人間の意志の力のすごさをよく表している言葉ですな。
真理から論断してもまったくこの通りですな。

本日はこれまで。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月3日水曜日

鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート3

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート3」だ。

諸君、本日は立春の前日イブにあたる節分であります。
鬼さんの誤解を解く「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳」ラストですね。
鬼神と言って荒々しい神は人の目に見えず超人的な力を持つ存在のことであるそうな。
日本古来より人間と鬼とは深く関係しているんですよ。
鬼に関する言葉が多いのもその証です。
幽界四次元とその系統系列に鬼霊界があり、数珠つなぎで、その上層に鬼神神霊界なるものが存在しているんですよ。
そして鬼を眷属(けんぞく)として束ねて司っているんだ。
特に仏教的な影響を受けた日本は古来の神道と融合して、日本各地に鬼の伝説や鬼の地名、鬼の祭りとして残っている。
江戸時代には特に大名などの大家では棟の先端に取り付ける一対の鬼瓦(おにがわら)を専属の鬼師に作らせていたんだよ。
見たことあるかな?
鬼の厳(いか)めしい形相がいかにも怖くも感じ、はたまた、建物全体から見れば鬼瓦があることでどっしりとした重厚感も感じるね。

例えば、そんな大家に雇われている専属の住み込みの鬼の一家があるとする。
今時で言う、「セコムしてますか」の警備保障会社と契約をしているようなものだ。
それが目に見えない鬼警備保障会社なんだがね。
特にその会社は鬼門と裏鬼門を警護する仕事なんだ。
おもな仕事はっていうと、悪霊、怨霊のたぐいから百鬼夜行といって妖怪、魑魅魍魎(ちみもうりょう)、幽霊と夜中に徘徊してくる者たちを鬼門や裏鬼門から勝手な侵入を防いだり、阻止して護ることが職務であり任務であるんだ。
侵入を防ぐために鬼瓦を高い所に据えてあるのは、どこから見ても分かりやすく、「すでにこの大家には専属の鬼の番人が常駐してますよ」ということを鬼等の関係各位に事前に知らしめるための目印(めじるし)であるんだ。
つまり、「セコム鬼看板」みたいなもんですな。
諸君、鬼に金棒という成句は、ご存知でしょうよ。
ただでさえ強い鬼に、金棒を持たせると、強い者がさらに恐ろしく強くなるという意味だね。
日本の警察官も警備員も腰に警棒を携帯しているね。
あれのもっと強力な金棒を持って、門に立っていられたら、正直恐いよな!
だが、反対にこんな強く怖い鬼さんが警備員として立ちはだかって護ってくれたら安心というものだね。
別の鬼さんが鬼門から侵入しようとしても、互いに鬼同士であるから
「ここは俺が雇われている大家だから、ここに侵入するのはやめてくれ!」と言えるよね。

「ここはプロの鬼警備保障のオニセコムに加入しているから、鬼警察と〈つうかあ〉何だぜ。 すぐにおまえ、捕まっちまうぜ。 オニセコムのステッカーの貼ってない家に行ってくれや。」

「そうか、赤鬼、お前はそこの会社に就職していたのか? よかったな!」

「そうだよ、よかったよ。 家族を養っていかにゃならんからな。 おまえはどうしてるんだよ?」

「俺か? この不景気で、ハローワークに行っても就職がないんだよ! アルバイトもないんだよ。 できたら俺もおまえの会社に入れてれないかな? 俺んちの鬼嫁がうるさいんだよ。 『あんた、生活どうするの? うちは鬼子が3人いるんだから、さっさと仕事見つけてきなさいよ!』 恐ろしく怖い嫁、もらっちまったぜ。」

「そうかい。 あんたもいろいろと大変なんだな。 ここで会ったよしみだ。 俺の直の上司の青鬼の中村さんに聞いてみるよ。 中村さん、仕事のオニで厳しい人だが、涙もろい慈悲の心のある鬼部長さんなんだよ。 携帯電話と住所だけ書いていってくれや。 必ず連絡するから。」

「恩にきるぜ。 よろしく頼むな。」

鬼と鬼の関係でも、人と人の関係でも同じでね、お互いにわかっていたら無用な争い事は避けたいものですよ。
まぁ~鬼様も諸君同様に鬼としての役目と役割とその職務を全うして働いているんですよ。
人間と同様に鬼一族の全員が悪いことをするということではないことを言っておきたい。
善良な鬼様も大勢いらっしゃいますよ。
せっかくの丑から寅への節分のこの機会でありますから、鬼の誤解を解くとともに、節分のこの日に知っておいて下さいな!


では、この回はこれまでに。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月2日火曜日

鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート2

諸君元気ですかい、天意天風であります。
諸君、関東はめずらしく大雪だったね。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート2」だ。

鬼とは醜悪(しゅうあく)な形相と恐るべき怪力をもち、人畜に害をもたらす、想像上の妖怪とされている。
牛の角を生やし、寅の皮のふんどしをつけた姿で表されている。
今時なら,ふんどしじゃわからない人がいるだろうから、寅の皮のパンツだね!
陰陽道(おんみょうどう)で丑寅(うしとら)(北東)の隅を「鬼門」と言って、鬼の集まる所と考えられたためということになっている。
昨年が丑(うし)年で、今年は寅年であるから、艮(うしとら)で鬼が大いに活躍する年となるということですかな?
こんな年回りは、恵方巻きを食べるより、鬼になりきってトラがらのパンツをはいたほうがさまになるんじゃないかな?
方位除けトラ柄トランクス、ユニクロで販売したら、買う人けっこういたりしてな。
まぁ~、これも冗談ですがね!
子供の頃、「鬼ごっこ」という遊びをしたことないですかい?
また子供のことを「餓鬼」とも、「くそ餓鬼」とも言って悪態をつきませんかい?
その親分を「餓鬼大将」ともいうよな!
鬼は子供の頃より、日常的に登場する、本当は親しみある愛すべき存在と思うがね!

秋田県男鹿半島などで、小正月に来訪神を迎える行事は知っているかな?
正月の十五日に数人の青年が大きな鬼の面をかぶり、蓑(みの)をつけ、木製の刃物、御幣(ごへい)、桶などを持って家々を訪れて祝福の言葉を述べ、酒食の饗応を受ける年中行事であり、風習だね。
子供にとっては、恐ろしく迷惑な行事であろうが、この鬼の面をかぶった「生剥(なまは)げ」は、家々を守る土着の神霊に他ならないだろうよ。
感謝こそすれ、「生剥げ」の目に豆をぶつけることはしないはずだよ!
風習が変わると鬼に対するとらえ方がずいぶんと変わるね!
鬼(おに)が云(い)うと書いて「魂(たましい)」と読むね!
ここでも鬼が出てくるんだね!
また親に似ぬ子は鬼子(おにご)というそうな!
諸君は親に似ていますかな?
この話の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年2月1日月曜日

鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート1

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳 パート1」だ。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也」

諸君、早いもので今日から2月です。
本日の1日から3日の節分まで、「論語創作ものがたり」は、ちょっとお休みします。
小休止です。
時節柄、テーマは「鬼さんの誤解をとく、鬼の目にも涙のいい訳」と題して、人間の自分勝手な誤解において風習化された、豆ぶつけられっぱなしの悪者役、嫌われ者役の鬼様の一部誤解をとくことにする。

節分には柊(ひいらぎ)の小枝に鰯の頭を刺して戸口にさし、炒った豆を悪疫退散、招福の行事を行う風習が昔からあったんだね。
そのことからも、「鰯(いわし)の頭(あたま)も信心から」と申しますな。
「鰯の頭のように取るに足らないものでも、信ずる気持があれば尊いものに見える。」という意味でしょうか。
まあ、昔はその時期、寒さのせいもあって、風邪やインフルエンザなどの感冒にかかりやすく、また広がりやすかったんでありましょう。

鰯じゃなくて、サンマや鯖の頭じゃだめなのかねぇ。
鰯より頭の大きいカツオやマグロならもっと効果がありそうだがね!
ま~これは、冗談です。
どちらにしても戸口に刺したんじゃ魚臭くって、人間様の方が退散してしまうんじゃないかな?

最近、巷では、太巻き寿司一本をまるごと今年の良い方位に向けて、一気食いすると今年一年恵みを得られるという「恵方巻き」なる太巻き寿司をスーパーでもコンビニでも宣伝しているとか・・・
商売とはいえ、いろいろとあの手この手と考えますなぁ・・・
数年前までは関東にそんな習慣はありませんでしたね。

ところで、鬼様は、いつから人間に嫌われるようになったんでしょうかね?
鬼様は人間に豆ぶつけられるようなどんな憎まれることをしたんでしょうかね?
「鬼」イコール「ワル」。
「鬼」イコール「退治するもの」。
そうすると、渡る世間は鬼ばかりだそうな!
諸君も、渡る世間の鬼の仲間かもしれませんぞ!
渡る世間の鬼は、誰が退治するのかねぇ?
桃太郎か、桃太郎侍でしょうかね?

この話の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

2010年1月31日日曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート12

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート12」だ。

居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」で子路(しろ)曰く

「おい!おい! おまえ、だれだったっけ? 見たことのない顔だな? 孔子先生の弟子はたいがい俺のとこにも挨拶にくるから顔は見知っておぼえてるんだがなぁ~。 どうもお前の顔、見覚えがないな。 おまえいつから、先生の弟子になったんだい?」

「へへへへへ、おそれいります。 実は今日からです!」

「何ぃ! 今日からか、そうか、先生から聞いていないが今日からか、そうか! ほやほやの新入りだな!」

「へ~、そうなんです。 それもちょっと前の夕方からです!」

「何~ぃ? 夕方からか?」

「へ~、さようで。」

「おかしいなぁ君は、孔子先生に門人の許しを得たのか?」

「いいえ!」

「何ぃ! 門人になりすましたのか? 事と次第によってはただではおかぬぞ!!」

「ちょっと、ちょっと、待って下さい! 子路先生!!」

「先生だぁ? 貴様に先生などと言われる筋合いはないわ!」

「いえいえ、ちょっと、聞いて下さいよ、子路大先生様!」

「大先生? 俺がかい?」

「そうですよ、子路大先生様ですよ!」

「う~ん、悪くないね もう一度言えよ!」

「はい、何度でも、子路大先生様!」

「それでどうして貴様がここにいるんだ? 訳を言え!」

「はい、ちょうどPM5:00にここの店先を通りかかりましたら、人だかりがありましたもので、何の人だかりかと思いましてね、近寄って聞いてみましたら、孔子様の第一の門弟(もんてい)の子路様が門人を集めて慰労会ということで、飲み食いタダのご招待と聞きまして、私もぜひ、今宵だけ門人の仲間にさせてもらえないかと思いまして積極的に加わった次第でございますよ!!」

「貴様、門人でもないのに、ずうずうしいやつだな! たかるつもりであったのか?」

「いえいえ、そうではございません。 子路大先生様、先生のお噂は、かねがねお聞きしております。 一度、子路大先生にお会いしたくて!」

「それは本当か?」

「へえ、本当です!」

「そうかい、そうかい。 貴様もまんざら悪い奴ではなさそうだな。 よし、わかった。 ま~、今宵かぎりの門人ということで、この子路先生が特別に許してやる。 それで、おまえ、どこの生まれだい?」

「はい、私は、出身は、北京なんですよ。」

「おお~そりゃすごいな、大都会だな。」

「はいそうなんです。」

「それで、北京のどこだい?」

「はい、北京の神田の生まれなんですよ!」

「何い、北京の神田かぁ、それじゃ、生粋の北京神田っ子じゃないか!」

「はい、実は親子三代北京の神田っ子なんですよ!」

「四代目の私がちょっと離れちゃったんですがね!」

「そうかいそうかい、貴様にもいろいろ事情があったんだな。 遠慮しねえで、食いねえ食いねえ、寿司食いねえ。 フカヒレも、北京ダックもあるでよ!」

「ありがとうございます! 遠慮なくごちになります。」

「おまえも、タダ飲みタダ食いしちまったからには一飲一飯(いっぱん)の恩を感じるよなぁ?」

「はい、そりゃもう、ありがてえっす、子路大先生!!」

「まあ、飲みねえ~。 ここで会ったよしみだ。 そのよしみでおまえに頼みがあるんだが・・・」

「何でしょう、子路大先生!!」


この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年1月30日土曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート11

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート11」だ。

諸君、昨日の話に〈女(おんな)の腐ったよう〉と女性をあたかも蔑視しているかのような誤解を受ける不適切な言葉を使った。
すでに死語になりつつある現代であるが、女性差別用語だと言われる方もおられるだろうから、『その当時の世相は』ということで御理解をたまわりたい。
今時の日本では、「草食男子」「肉食女子」とか言われているそうですな。
〈女の腐ったよう〉とは、今時の世相に合わせれば、〈男の腐ったよう〉と改めるべきですかな。
その意味では、ぐずぐず言って男の腐ったような態度のにえきらない、はっきりしない女をののしっていう言葉になるね。
これが今時は正解ですかな?
諸君はどう思われますかな?


さてもさても「子路(しろ)の嫉妬劇」のはじまり、はじまり~!

「門人諸君、大先輩の子路であります。 諸君らにお話がありますから、すぐに中庭に全員集合してくれたまえ。」

門人を中庭に集めて子路曰く、「孔子門人諸君、日頃、諸君らは、孔子先生について寝食を忘れてよくお勉強して頑張っておられるから、今日は子路先輩が、孔子先生にかわり、君たちにごほうびとしてごちそうするから、本日のPM7:00に居酒屋『ざ・論民(ろんたみ)』に集合されたし! 諸君、よろしいか?
それと、 顔回(がんかい―回)と子貢(しこう)は先生のお供で外出しているので、伝えなくていいから。 俺の方から話はしてあるので、余計なことは気をまわさないでくれたまえ! 諸君、よろしいか?」

「イエッサー 子路先輩!」 「はい、子路先輩!」

舞台は変わりまして、居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」。
時間はちょうど定刻のPM7:00。

居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」の店先で子路曰く「なになに『孔門御一行様 貸切御礼』 何だこれ? 水戸の黄門様一行じゃあるまいし、こんなたれ幕、店の前に下げんなよ。」

居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」の店内において子路曰く「おいおい、タダ酒、タダ食いとなるとずいぶん早くから集まるもんだね! 『衣食足りて礼節を知る』とは本当のことだな。」

乾杯を前にして子路曰く「諸君! 本日は、お忙しい中、よく集まってくれました。 ありがとう。 諸君の日頃の労をねぎらうためのものでありますから、先輩後輩の関係はおたがい抜きにして、本日は無礼講です。 孔子先生の門人として、この一時(ひととき)を楽しくやりましょう。 では諸君、孔子先生、諸君のますますの発展とご健勝を祈念しまして乾杯!!」 

「かんぱ~い!!」

この物語の続きは明日また・・・。
今日一日、真我とともにあらんことを


天意天風

2010年1月29日金曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート10

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート10」だ。

子路(しろ)激怒して曰く・・・
「なに~い、お前と先生とそんな話をしていたのか? 実にけしからん! 実におもしろくない! 実に不愉快である! 顔回(がんかい―回)も子貢(しこう)おまえも、先生も、俺だけのけものにしていたんだな!」

「子路にいさん、それは誤解だよ。」

「うるせ~、6階も7階も8階も地下1階もあるんだ。 おまえなんぞに『にいさん』なんて言われる筋合いはないわい!」

「子路にいさん、それはないよ! ああ~いや、子路大先輩が『血のつながりはないが、これからは、にいさん、おとうとよの間柄でいこうぜ。』って言ったんじゃないですか?」

「俺がかぁ~? いつそんなことを言った。 それこそ誤解ってもんだ。 もし言ったとしたら、今すぐやめだ、やめだ、やめだ~い。」

「子路あにき、また、やきもちですか? それってまちがいなく男の嫉妬ですね!」

「このやろう、それ以上言うとただじゃおかねえぞお!」

「おっと、子路あにき、そうそうにはこの子貢、油断しませんよ! 子路大先輩また嫉妬しているんですかぁ~。 孔子先生に直接真意を伺ってみてはどうですか?」

「うるせ! うるせ! うるせ~い!」

「先輩、それって世間では〈女(おんな)の腐ったよう〉って言うらしいですよ。」

「お前、少しだまっていろ。 今、頭が混乱しているんだ。」

「それはちがうでしょ。 子路先輩のその状態は、怒り心頭に発しているんじゃないですか? ズバリ、嫉妬して腹を立てている。 そしておさまりがつかない。 そうでしょ?」

「そうだよ、そうだよ、そのとおりだよ。 この事は先生にも回にも誰にも言うなよ。 いいな、子貢」

「わかってますよ、先生にも回先輩にも誰にも言いませんよ!」

「きっとだな!」

「きっとですよ!」

「約束だぞ!」

「ええ、約束します!」

…………………

ここから舞台は別の場所に移りますぞ。
ここは子路行きつけの居酒屋「ざ・論民(ろんたみ)」で、うさ晴らしに一人で飲んでいる子路であります…

「え~、いまいましい。 子貢のやろうも俺様をばかにしくさって! 顔回と子貢に俺様をのけものにするとどんなことになるか思い知らせてやるわ! 今に見ておれ…」


諸君、この続きは明日また・・・では。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風
女(おんな)の腐ったよう―ぐずぐず言って態度のはっきりしない男をののしっていう言葉。

2010年1月28日木曜日

論語と算盤と天風哲学と電卓~論語創作ものがたり パート9

諸君元気ですかい、天意天風であります。
本日の一日一話。
天風人語のテーマは「論語(ろんご)と算盤(そろばん)と天風哲学(てんぷうてつがく)と電卓(でんたく)~論語創作ものがたり パート9」だ。

諸君、諸君の中で、「論語」に興味のない方々は、話はおもしろくないですな!
ついていけてないかもしれないが、「論語」というお題目を、決まり切った一視点のみで見るのではなく、上下、左右あらゆる角度視点から取り上げてみると、人の価値観は千差万別(せんさばんべつ)であることがわかる。
そして、自己を写す浄玻璃(じょうはり)の鏡として、自身が、時を超えて、現代の「論語人間ドラマ」を、今時のトレンディードラマの主人公を演じていると決めて、役柄になりきってみると意外と自分の今まで見えなかった、自分の別の一面に気づくかもしれない。
こんな自分もあったんだと、老若男女かかわりなく、個人の素直な感情として新鮮な感慨とともに新しい自分を発見されるだろう。
「不思議新しき自己発見!」
どうでしょう? 楽しみだね!

諸君も御存知のことかもしれないが、孔子先生には次の四つの欠点が無かったと言われている。
①自我の主観だけで憶測すること。
②自分の考えを正当化して無理に押し通すこと。
③一つの判断のみに固執して、融通がきかぬこと。
④自分の立場や都合しか考えぬこと。

これは論語の中の子罕(しかん)偏にある。
「子、四を絶つ。 意なく、必なく、固なく、我なし。」である。
これが、孔子先生の人間としての長所であるんですよ。
これ総合して、何と言うかと言うと、孔子先生、理屈っぽいと受け取る方もいるであろうが、私こと天風と同じく、案外、素直な心の人だということですよ。
この素直さがとても大切だと私は正直に思いますよ。
この素直さの大切さってね。
自己の天命の天分の自分を知る端緒(たんしょ)になるからですよ。
端緒って言うのは、糸口。
つまりきっかけになるんですよ。
ここらへんがわかると、ほんとのこと、正しい霊道が拓かれて、正しい霊感が自ずと受け取れるんですがね・・・

明日は、「論語創作ものがたり」の続きです。
今日一日、真我とともにあらんことを

天意天風

浄玻璃(じょうはり)の鏡
―(仏)地獄の閻魔王庁にあって、亡者の生前のすべてのおこないを残りなく映し出すという鏡。